ハレ便り2018


住まい



 住まいについてはすでに「鍵王国ドイツ」の記事で少し触れている。9年前とあまり変わっていないのがうれしい。当時私が買った食器もまだある。衣食住のうち、住に関してはヨーロッパの伝統かもしれないが、センスがいい。3階の屋根裏部屋という言葉からくる貧相なイメージとはまるで違う。重厚な窓やドアのおかげか、外の音がせず、静寂そのものである。夏場、さすがに屋根裏は暑い。何度も大家さんから言われたのだが、暑い日は窓を閉め、巻き上げ式のブラインドを下ろしておくのがいいらしい。ちなみに巻き上げ式ブラインドはRoll(l)adenと言うが、大家さんはただRollと言っていた。ドイツの一般家庭にはエアコンがない。こういう場合、私は家中の窓を開けて、風を通すのが一番と考えているが、それは違うと彼女は言う。日のあたるところの窓は閉めて、熱い空気が入らないようにするのだそうだ。結局その助言を入れて、暑いときは窓を閉め、ブラインドを下ろしている。気温が25〜30度くらいが微妙である。むしろ窓を開けたほうがと思うのだが、大家さんが庭で監視しているのではと思うと……やはり閉めておくか。
 風呂とトイレは同じ部屋にある。大きな浴槽があるが、シャワーだけで済ませている。ここへ来てまもないころ、大家さんと日用品の買い出しに出かけ、浴槽で泡立てる石鹸はいらないのかと聞かれた。一瞬何のことかと思ったが、そうか、よく欧米のドラマで浴槽を泡だらけにして入浴しているシーンを見るが、本当にそんなことをしているのだなと認識した。一人一人が別々にお湯をはって泡立てていたら、お湯がもったいないと思うのだが。トイレは取り立てて何もない。つまり温水洗浄便座というものはドイツにはない。1998年、ハイデルベルクで長野オリンピックをテレビで見ていたら、サッカーのリトバルスキーが日本を紹介していて、温水洗浄便座をハイテクと言っていたのを思い出す。そしてつい先ごろもテレビで「日本のハイテクトイレ」と言っている場面があった。ハイテクという短縮語はパソコンなどと違って日本語由来ではないようだ。ほとんど決まり文句のようになっている「日本のハイテクトイレ」だが、ドイツではいっこうに普及する様子がない。今回は夏場の滞在でよかったが、冬のドイツで冷たい便座にすわるにはいつも気合が必要だ。
 部屋には植木鉢が2つある。9年前は強烈な匂いを放つ花に閉口し、咲いた花を次々と窓から捨て、匂いに魅かれてやってくるアリ退治に奔走していたが、その植物は今回はないようだ(前回、花を捨てていたのを大家さんは知っていたし)。週2回水をやっているが、心なしかうなだれているようで、私のせいで枯れたら大変だ。もう一方の植木鉢を大家さんは階段の踊り場に出し、別のと取り換えると言う。別のはいらないのだけど。
 部屋にはいくつか置物が置いてある。テディベアや石や、日本的なとっくりのようなものもある。大家さんの感性の表れだと思うが、私は自分のものを片っ端からテーブルに置いてしまうので、飾りものはどうでもいいのである。あるとき、深皿のような瀬戸物を持ってきて、どこに置いたらいいだろうと聞くのだが、答えようがない。結局窓際に置いていったが、窓を大きく開けたときの「つっかえ棒」に使っている。
 明かりに関しては白熱電球を好むドイツ人であるが、EUの方針でEnergiesparlampe(文字どおりエネルギー節約ランプ)に取り換えなければならないとして、9年前に天井の電気を換えた。外見は変わらないが節約になっているのだろうか。机の明かりは熱をもつので、ただの白熱電球だろう。この夏は暑く、目の前の電球でさえうらめしく思う。
 日本なら上がりかまちがあって、内と外が完全に分かれているが、ドイツ(たぶん欧米一般)では境目がはっきりしていない。もちろん頑丈なドアで内と外は分かれているはずなのだが、人の意識はそうなっていない。大家さんの住まいは入ってすぐ左側の台所にしか入ったことがないが、そのまま入れと言われるので、ためらいながらも靴を履いたまま入る。ただ大家さん自身は、同じ部屋を裸足で歩いている。私の部屋も仕切りはあるが、段差はない。ドアの外側に靴を置き、中では裸足か、靴下を履いて歩く。床は全面カーペットが敷いてあり、私はよく仰向けに寝転がっている(土足可にしたら、これができない)。9年前はよく職人が入ってきたが、靴にビニールをかぶせて入る人もいれば、土足で入ってくる人もいた。テレビのドラマでも靴を履いたままソファーにすわり、ベッドに横になる。Pippi  Langstrumpf (長くつ下のピッピ)のドラマに至っては、子供らが靴のままソファーの上を飛び跳ねている。こういうことはあまり話題にならないが、私にとっては大きなカルチャーショックである。(フォトギャラリー参照)