ハレ便り2018


大家さんとの会話 1


 
 外から帰ってくると大家さんが庭仕事をしている。挨拶をするのだが、挨拶だけで済まないのがいつものパターンである。今回も彼女の話に耳を傾けることになる。まず庭の植物の一部は秋になると業者に引き取ってもらい、冬の間ビニールハウスあるいは温室(Gewächshaus)に置いていてもらい、春にまた庭に戻すのだそうだ。300ユーロほどかかるという。植木鉢ではなく、地植えしてあるものを毎年そうやって移し替えるのは大変だ。私の実家の庭では、冬が近づくと植木屋さんに雪囲いを頼む。雪の重みで枝が折れないように、縄で枝と幹を結びつけて補強する。冬対策はどこにもあるようだ。
 話は暖房の話題に移る。大家さんが通った小学校ではHausmeister(ふつう寮の管理人などを指すが、ここでは用務員さんのようなものだろう)が教室のストーブに石炭をくべていたとのこと。私が通った小学校はだるまストーブで、同じく石炭を燃やす。日直の生徒が授業中も石炭をくべるのだが、へたな生徒がやると空気がうまく入らず、火が消えて教室中煙に包まれたと私が話すと、大家さんはストーブは大きいので、授業中に石炭がなくなることはなく、休み時間にHausmeisterが行なっていたという。ドイツは何でも大きいのだな。
 話は家の暖房の話題に移る。ドイツの暖房は温めたお湯を循環させるのだが、ガスを使って温めるという。私がハイデルベルクにいた頃は、よくバキュームカーのようなものが各家庭をまわって、1年に1回石油をボイラーに入れていたが、どうりで見かけなくなったと思った。当時、そのバキュームカーらしきものを見て、汲み取り式トイレの家もあるんですかと聞いたら、違う、石油を入れているんだと言われた。さて大家さんに、本当にお湯が循環しているのですかと聞くと、彼女はあろうことかボイラーの機械の細かなところまで逐一説明し始めた。最初から最後まで説明しないと気が済まない性格のようだ。なぜ私がそんな質問をしたかというと、9年前ここで冬を過ごしたわけだが、暖房は音一つせず、静かだったからである。22年前に住んでいたハイデルベルクではコックをひねるとシュルシュルシュルと音がしていかにもお湯が循環していると思わせたし、しょっちゅう故障したので、そのたびにスパナでネジをゆるめてプシューと蒸気を一瞬噴き出させると、なぜか直った。そんなことを大家さんに話すと、おやまあと反応する。この辺は珍しく彼女が聞き役になっている。日本では週1回ほど、巡回してくる業者から石油を買って、入れ物(Behälter)に入れてもらうと言ったら驚いていた。どうも日本は小さくてちまちましているようである。
 庭で話していたのに、いつの間にか家に入り、階段の踊り場で雑談は続いている。今度は家屋の構造に話が及ぶ。かつてテレビか映画で日本の家を見たが、Wände(壁)をschieben(押す)していたと大家さんが言う。「壁を押す」とは何のことかと頭をフル回転させて理解しようとしたが、しばらく話が通じなかった。ようやくそれが日本の戸のことを言っているというのがわかった。そうか、スライドする戸はドイツ人にはなじみがないわけだ。ドイツでは自動ドアですら多くは観音開きである。大家さんが見たというのがどんな戸なのかわからないが、家の中だったら障子(しょうじ)と襖(ふすま)である。薄い紙(障子)と厚い紙(襖)があって、子供のころはよく障子張りを手伝ったと言った。すると、日本のドアは紙でできているのかと、これまた彼女は目を丸くする。音が聞こえてしまうのではと大家さん。確かにプライバシーは守られないですね。最近は日本の家もヨーロッパ化して、ドアもヨーロッパ式が多いと私は答えた。昔はみな土壁で、築50数年経つ実家は土壁だと言ったら、即座にうなずいていた。この辺は通ずるものがあるのだろうか。
 結局1時間も無駄話、いや有意義な話をしてしまった。