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訳者ノート 「ワイン編」 (Part5)

フレンチ・パラドックス
 「赤ワインが健康に良いという話題が沸騰したきっかけは,フランス人は喫煙率が高く,バター・肉などの動物性脂肪の摂取量が多いのに,心疾患による死亡率が低いといういわゆるフレンチ・パラドックスにある。

 フランス・リヨンのルノー博士らは,動物性脂肪を多量に摂取しても,ワインを飲んでいれば虚血性心疾患のリスクが上がらないことを示した。これは1991年11月にアメリカCBSテレビの人気ニュース『60minutes』で放映され,店頭からアメリカ中の赤ワインがなくなり,それまで停滞していたアメリカのワインの売り上げが,急増するという現象となった。フレンチ・パラドックスに関する番組の放映から,赤ワインの動脈硬化予防に関する論文発表が相次いだ。」(佐藤充克「ワインの健康学」辻調理師専門学校・山田健監修『ワインを愉しむ基本大図鑑』講談社,2007年,310-311頁)
マロラクティック発酵 (MLF)
 ワインの中に含まれているリンゴ酸が,乳酸菌の働きで,まろやかな乳酸と二酸化炭素に変化する現象。

 「近年,特にオーストラリアを中心とする醸造技術先行型のワイン生産国では,MLFが調味料のような役割を演じるようになってきました。ハンター・ヴァレーやバロッサ・ヴァレーのシャルドネは,補酸が必要なほど酸度が低いにもかかわらず,MLFによるバターのようなニュアンスが市場で好まれるため,補酸によるMLFが日常化しています。MLFがオーク樽での発酵やオーク・チップによるフレヴァー添加と併用されることによって,醸造技術が前面に出たワインが生まれ,葡萄が育った畑の個性は跡形もなく消え去ってしまいます」(堀賢一『ワインの個性』ソフトバンククリエイティブ,2007年,165頁「マロラクティック発酵」)
ミクロ・クリマ(micro clima) :微小気候
 「ラングドック・ルシヨン地方は,沿岸の丘陵地,内陸の平野,高原,高台,河川,渓谷など,地形はひじょうに変化に富んでいる。土壌も石灰岩質,粘土質,花崗岩質など,じつにさまざまだ。そのため,それぞれの場所の地形や気候,土壌に合わせてぶどうの栽培が行われている。このように場所によって細分化された気候や土壌などの条件を,ミクロ・クリマ(微小気候)という」(弘兼憲史『さらに極めるフランスワイン』幻冬社,2003年,182頁)
『モンドヴィーノ』(Mondovino)
 ジョナサン・ノシター(Jonathan Nossiter)が監督・撮影・編集したドキュメンタリー映画(2004年)。ノシター監督が,世界中のワイン業界関係者を訪ねて行ったインタビューで構成されている。前半部分に,アニアーヌ村へのモンダヴィの進出計画失敗をめぐる当事者であるエメ・ギベール,モンダヴィ親子,アンドレ・ルイーズ,マニュエル・ディアズ,アニアーヌ村の住民らへのインタビューが盛り込まれている。本書の主題「ワイン分野におけるグローバリゼーションとテロワールの対立の構図と背景」を理解する上で必見の作品。(序論p.9参照)
マ・ド・ドマス・ガサックで販売されていた『モンドヴィーノ』 モンドヴィーノ
ワイナリー(winery):ワイン醸造所
 本書で「ワイナリー」と言う場合,特に「新世界」のアメリカ・カリフォルニアにおけるモンダヴィ流のワイン醸造所を指しており,「ワイン工場」的なニュアンスが込められている。したがって「伝統的生産国」であるフランスにおけるブドウ栽培兼ワイン醸造農家の状況とははっきりと区別されている。
ロバート・パーカー(Robert Parker)
 1947年米国ボルチモア生まれのワイン評論家。100点法による評価を導入した。ワイン批評誌The Wine Adovocateを発行。

 「一般に,パーカーがワイン業界にもたらした最大の業績は,100点法によるワインの数値評価であると考えられています。しかしながら私自身は,一切の広告を掲載せず,ワイン業界のしがらみから独立し,消費者の視点からワインの試飲評価を行うという,批評の独立性こそが彼の真骨頂だと思います」
「パーカーが世界的にその名前を知られるようになったのは,1982年ヴィンテージのボルドー赤のプリムール・テイスティングにおいてでした。収獲の翌春にパーカーがいち早く「世紀のヴィンテージ」宣言をして市場の耳目を集めたのに対し,イギリスの著名なワイン批評家のほとんどは,「葡萄が過熟したため,長期のボトル熟成は望めない」と断じました。ひとり1982年の優位性を訴えたパーカーが,のちに市場の共感を得,カリスマ性を増し絵いくのに対し,イギリスのジャーナリストの権威は地に堕ちてしまいました」
「友人として,パーカーが引退するとか,死亡するといったことは考えたくありませんが,ワイン業界全体としては,いつかくるその時のために,どのようなことが起こりうるのかを予測し,それが不幸な結果を招かないよう,今から準備を始めることが肝要だと思います」
(堀賢一『ワインの個性』ソフトバンククリエイティブ,2007年,275-280頁「パーカー後の世界について」)
 「彼の批評を個人の意見として客観的に受け止められなくなっているところに,パーカーの数値評価の最大の問題があります」(堀賢一,前掲書,281-284頁「数値評価からの自由」)

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