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訳者ノート 「フランス社会編」

2003年夏:フランスにおける記録的猛暑 -危機管理の夏-
2003年夏,フランス各地で連日40度近い気温が続き,フランス全土で180ある気象台のうち70ヵ所で最高気温の記録を更新した。マスコミでは酷暑を意味する「カニキュール」(canicule)という言葉が飛び交った。猛暑による干ばつのため,農作物に大きな被害が出た。高齢者を中心に,猛暑が原因で死亡した人が一万人以上に上った。老人ホーム入居者の死亡,独居老人の死亡など,いずれの場合も緊急医療体制などの危機管理システムの不充分さが指摘された。バカンス大国フランスでは,医療機関においても夏の長期バカンスをとる者が多く,人手不足に陥っていた。元来,個人主義の国で,離婚の増加に伴う家族・親子関係の複雑化などを背景に,死亡した老人の引き取り手が現れないケースが数多く見られた。 一大バカンス地であるコート・ダジュールでは,7月末に発生した山火事によりホテルのキャンセルが相次いだ。前年秋に沈没したタンカーから流出した重油におる海岸汚染の被害を受けた大西洋岸では,7月半ばに暴風雨に襲われ,泣きっ面に蜂の様相となった。さらに舞台芸術関係のスタッフ職のストライキのあおりを受けて,アヴィニョンの演劇祭や,エクス・アン・プロバンスの国際音楽フェスティバルなど,全国各地で毎年恒例の芸術フェスティバルが中止に追い込まれた。世界一の観光大国フランスであるが,この年,観光産業は幾多のリスクに遭遇し,危機管理の観点から大きな試練を経験した。2003年夏にリュベロン地方のビュウックス村とラングドック地方の中心都市モンペリエに滞在した筆者は,この猛暑を肌で実感した。 猛暑はマイナスの側面だけをもたらしたわけではない。本書の主題たるワイン生産者にとって,2003年はブドウ果汁の濃度が高く,ワインの品質は史上最高の部類となる見通しにある。2003年は,猛暑の被害と共に,最高のヴィンテージの年として人々の記憶に残ることになる。
(亀井克之『経営者とリスクテーキング』関西大学出版部,2005年より抜粋)
アステリクスとオベリクス(Astérix et Obélix)
日本の「ドラえもん」や「サザエさん」に匹敵するフランスの国民的漫画。ルネ・ゴシニー(René GOSCINNY)の文章とアルベール・ウデルゾ(Albert UDERZO)の作画による作品。ストーリー:紀元前50年,シーザー率いるローマ軍によって全土を征服されていたガリア(現在のフランス)の中で,北西部のアルモリック(現在のブルターニュ地方)にある小さな村だけは,いつまでもローマ軍に屈することなく,抵抗を続けていた。村には主人公のアステリクスとその相棒のオベリクスをはじめとする愉快な仲間たちが住んでいる。ポーション・マジック(魔法の秘薬)を飲むと,ホウレンソウを食べたポパイのごとく,アステリクスは百人力になり,ローマ軍の兵士たちを蹴散らしてしまう。この漫画の実写版の映画も大ヒットした。この映画でジェラール・ドパルデューがオベリクスを演じている。パリ郊外にはパルク・アステリクスというテーマパークがある。本書では,モンダヴィの進出に抵抗するエメ・ギベールをローマに抵抗するアステリクスに喩えている。
ジェラール・ドパルデュー (Gérard Depardieu)
1948年生まれ。シャトールー出身。現代フランスを代表する映画俳優。1980年代と1990年代の話題作に次々と主演した。現在も抜群の存在感で活躍している。脚光を浴びるきっかけとなった1974年の『バルスーズ』での荒くれ者役から,トリュフォー監督『終電車』(1980年)『隣の女』(1981年)で見せた繊細な男性役,一連の文芸作の主役(1986年『愛と宿命の泉』のジャン・ド・フロレット役,1988年『カミーユ・クローデル』のロダン役,1990年『シラノ・ド・ベルジュラック』のシラノ役など),『アステリクスとオベリクス』シリーズのオベリクス役で見せるコミカルな役柄まで,きわめて幅広い演技力を持つ。『終電車』と『シラノ・ド・ベルジュラック』でセザール賞の主演男優賞。ハリウッドに進出して主演した『グリーン・カード』で1990年のゴールデングローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)主演男優賞。
フランスの教育・研究機関 : グラン・ゼコル(grandes écoles)
フランスには,高校・リセ(lycée)最終学年に大学入学資格試験・バカロレア(baccalauréat)合格後に,書類選考で進学できる大学・ユニベルシテ(université)とは別に,グラン・ゼコル(grandes écoles)と呼ばれるフランス独自の超エリート教育を施す機関が存在する。グラン・ゼコルに進学するためには,通常,バカロレア合格後,グラン・ゼコル受験準備学級(classe préparatoire)に入って2年程度受験勉強に専念し,各グラン・ゼコルが実施する選抜試験に合格しなければならない。修業年数は2~3年。トップクラスのグラン・ゼコル出身は国家や民間のエリート・コースを歩む。 代表的なグラン・ゼコル として次のような学校がある。 理科系:エコル・ポリテクニック(Ecole Polytechnique:理工科大学校)=卒業生:カルロス・ゴーン(ルノー日産),ベルナール・アルノー(LVMH),エコル・デ・ミーヌ(Ecole des Mines :鉱山学校),ポン・エ・ショッセ(Ecole Nationale des Ponts et Chaussé:橋梁大学校)。理科系のグラン・ゼコルは,エコル・ダ・アンジェニウール(Ecole d’Ingénieur :エンジニア養成学校)と呼ばれる。したがって,フランスでは,「エンジニア」という場合,理系グラン・ゼコル出身者を意味し,特有のステータスを誇っている。上記のトップ校は,ナポレオンの時代に創立・構想された。国力を上げるためには,国家エリートを養成しなければならないという理念に基づいており,現在も継承されている校名は,ナポレオン時代の基幹産業の名前を冠している。 高等教育者養成:エコル・ノルマル・シュペリウール(Ecole Normale Supérieure:高等師範学校)=卒業生:サルトル。 高級官僚・政治家養成:ENA(Ecole Nationale d’Administration:国立行政学院)=卒業生:ジャック・シラク前大統領。IEP(Institut d’Etude Politique :パリ政治学院)=卒業生:マ・ド・ドマス・ガサック経営者エメ・ギベール。 商業系:HEC(Hautes Etudes Commerciales:高等商業学校)=卒業生:モンペリエ前市長,ラングドック・ルシオン地域圏代表・ジョルジュ・フレッシュ。モンペリエのような主要都市には商工会議所が運営する高等商業学校がある。
DEA(Diplôme d’Etudes Approfondies)
伝統的にDEAは,フランスの大学における「学士号」の次の段階で,修業年数は1年。「博士論文」を執筆する場合必ず必要な資格。フランスの一般的な大学では,入学→1~2年目「DEUG(教養課程)」→3年目「Licence(学士号)」→4年目「Maîtrise(修士号)」→5年目(実務指向の場合)「DESS」(博士論文執筆へと進むことを念頭に置いた研究指向の場合)「DEA」→6~8年目「Doctorat(博士号)」となっていた。これはフランス固有のシステムであったが,近年の欧州他国の制度に合わせてLMD(Licence-Mastaire-Doctorat)の制度が導入され,入学後3年目でLicense(学士号),5年目でMastaire(修士号),8年目をめどにDoctorat(博士号)という風になった。これにより,従来のDESSとDEAは新設されたMastaireという学位となった。本書執筆にあたり,作者トレス氏は,ドロテ・ヤウアンクがモンペリエ第一大学に提出したDEA課程修了論文を参考にしている。
ERFI・モンペリエ第一大学
ERFI (Equipe de Recherche sur la Firme et l'Industrie : 企業・産業研究班)は,モンペリエ第1大学 (Université Montpellier 1)・経営学部ISEM (Institut des Sciences de l'Entreprise et du Management : 企業経営研究所)にある研究組織である。フランスにおける中小企業研究の第一人者ミシェル・マルシェネ(Michel Marchesnay)教授(2005年9月より名誉教授)によって創設された。マルシェネ教授門下の研究者(マルシェネ教授の下での博士論文執筆者80人に上る)による活発な研究活動により,フランスにおける中小企業研究の拠点としての名声を確立している。研究員である本書の作者オリビエ・トレス(Olivier Torrès)氏はフランスを代表する若手中小企業研究者である。ERFIは,経営戦略論のフレデリック・ル・ロワ(Frédéric Le Roy)教授が,マルシェネ教授から所長職を継承して以来,競争戦略や戦略的提携など,経営戦略など,中小企業研究以外の研究分野においても顕著な成果を挙げており,パリ以外の地方圏の研究組織として独自性を発揮している。ERFIのメンバーの心意気が本書にも随所に表れている。
マルシェネの「起業家類型」論(Typologie des entrepreneurs)
ミシェル・マルシェネ(Michel Marchesnay)教授は,起業家を「地域性」(地域的正当性,légitimité territorialeと「競争力」(競争的正当性,légitimité concurrentielle)の二要素の強弱に基づいて4類型に分類している。作者トレス氏は,本書の中で,エメ・ギベールを地域的正当性に長けた方の名士型(「ボス」)のアントルプルヌールに分類し(5章第1節に記述),一方ロバート・モンダヴィを地域的正当性と競争的正当性の両方に長けた「アントルプルノール」に分類している(第1章第1節に記述)。
  地域性 競争力  
小店主:
「孤立」(isolé)
暗黙知に基づく事業展開。地域性と競争力が共に低い。
地方の名士型:
「ボス」(notaire)
地域社会における商業上の慣習など,非競争的なものに重きを置く。地域における伝統的なブランドを守ることを重視しており,地域社会における人間関係を活用して解決しようとする。
専門経営者:
「遊牧民」(nomade)
競争力に最大の価値を置く専門的経営者。地域や企業を渡り歩く傾向。
起業家型:
「アントルプルヌール」
(entrepreneur)
①技術上の資質と②地域社会における人間関係上の資質という両特質をフルに活用する。
ミシェル・マルシェ教授と作者オリビエ・トレス

ミシェル・マルシェ教授と作者オリビエ・トレス
フランスを代表する中小企業研究の師弟

コミューン(Commune):フランスにおける最小の行政単位
同じ意味でミュニシパリテ(Municipalité)という語も用いられる。フランスには市町村の区別はない。したがって人口25万人のモンペリエも,人口2400人のアニアーヌも,同等にコミューンの単位で表わされ,その長はいずれもメール(maire)と呼ばれる。本書を翻訳するにあたり,日本の市町村の感覚で,モンペリエのように人口の多いコミューンには「市」,アニアーヌのように人口の少ないコミューンには「村」と表記した。フランス本土で36000ものコミューンがある。こうしたコミューンの多さがフランスの行政,地方自治制度の特徴であり,モンダヴィ事件の背景になっている。
選挙(Election)
フランスにおける主たる議会と選挙の関係は次のように示される。
  議会 議員 選挙  
コミューン
(commune)
市町村議会
(conseil municipal)
市町村議会議員(conseiller municipal)
任期6年
市町村議会選挙
(élections
municipales)
コミューンは行政の最小単位,市町村の区別なし

(département)
県議会
(conseil général)
県議会議員
(conseiller général)
任期6年
県議会選挙
(élections
cantonales)
選挙区の単位がカントン(canton)
地域圏(région) 地域圏議会
(conseil régionales)
地域圏議会議員
(conseiller régional)
任期5年
地域圏議会選挙
(élections régionales)
 
国家(Etat) 国民議会
(Assemblée nationale)
国民議会議員
(député)
任期5年
国民議会選挙
(élections législatives)
 
ジョゼ・ボヴェによるミヨーのマクドナルド解体
1999年8月12日にジョゼ・ボヴェがリーダーを務めるフランス農民連盟のメンバーを中心とする反グローバリゼーション運動家が,マクドナルドを米国流のグローバリゼーションの象徴に見立て,ミヨーに建設中のマクドナルドの店舗を解体した事件。→序論p.9ならびに「訳者による南仏紀行」参照。

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