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訳者ノート 「ラングドック・ルシヨン地方編」

モンペリエ(Montpellier)
 A ラングドック・ルシヨン地方の中心都市。エロー県の県庁所在地。ラングドック・ルシヨン地方の地方圏議会所在地。人口約25万人。

 「ワイン生産の中心だった歴史は古く,ローマ時代にさかのぼる。モンペリエ大学は古くから有名。ブランデーの創始者といわれるアルノー・ド・ヴィルヌーヴはここの医学者だったし,シャプタリザシオン(糖分添加)を普及化したシャプタルもこの大学の教授だった。フィロキセラ対策としてアメリカ種のブドウの台木にヨーロッパ種のブドウを接ぎ木する栽培法を開発したのもこの大学である。ボルドーが醸造学の学府とすれば,この大学は栽培学の学府」(大塚謙一・山本博監修『ワインの事典』柴田書店,2006年,258頁)
モンペリエ INRA(国立農業研究学院)

モンペリエ INRA(国立農業研究学院) フィロキセラ対策のための品種改良の研究が行われた。

国際ワイン・マーケティング学会

モンペリエ INRAで開催された国際ワイン・マーケティング学会(2006年7月)

サインするオリビエ・トレス氏

モンペリエINRAでの国際ワインマーケティング学会で「英語版」にサインする著者オリビエ・トレス氏

ラングドック・ルシヨン地方のワイン造り
概況
 ブドウ栽培面積,ワイン生産量がフランスで最大の地域。低品質・安ワインの大量生産地として位置づけられていたが,近年,高品質ワインと,セパージュを明記したヴァン・ド・ペイの生産が盛んになってきている。
位置
 西はスペイン国境地帯から,東はローヌ河までの地中海沿いの地域。ピレネー・オリアンタル(ペルピニャン),オード(カルカソンヌ),エロー(モンペリエ),ガール(ニーム),ロゼール(マンド)の5つの県にまたがる。(   )内は県庁所在都市。
ブドウ栽培面積・ワイン生産量
 20万ヘクタール,生産量1200万リットル(フランス全体の4分の1)=フランスで最大の生産量。ヴァン・ド・ペイとヴァン・ド・ターブルのフランス全生産量の大半はこの地方で生産される。
主要セパージュ
 赤ワイン:グルナッシュ,カリニャン,サンソー,シラー,ムールヴェードル;白ワイン:クレレット・ブランシュ,モーザック,ユニ・ブラン,マカベオ,ブールブーラン
ラングドック地方の主なAOC
 [発泡酒]Blanquette de Limoux,Crément de Limoux ; [スティル・ワイン(無発泡酒)]Languedoc (2007年Coteaux du Languedocより名称変更),Clairette de Bellegarde, Cositières de Nîmes, Faugères, Saint-Chinian, Corbières, Fitou, Minervois, Minervois-La-Livinière.
ルシオン地方の主なAOC
 Côtes du Roussillon, Côtes du Roussillon-Villages, Collioure.
VDNとVDL
 スティル・ワイン(無発泡性ワイン)のほか,ミュスカ酒のようなVDN(Vin Doux Naturel)(天然甘口ワイン)やVDL(Vin de Liqueur)(リキュール)の生産が盛ん。VDNの大半はラングドック・ルシヨン地方で生産される。
VDNの主なAOC
 [ラングドック地方]Frontignan (Muscat de Frontignan), Muscat de Lunel;[ルシヨン地方]Banuyls, Banyuls Grand Cru, Maury, Rivesaltes.
ラングドック・ルシヨン地方のヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)
 本書『ワイン・ウォーズ』の中で,ラングドック地方における高級ワイン生産の草分けであるマ・ド・ドマス・ガサックの創設者エメ・ギベールが,ボルドーの葡萄品種であるカベルネ・ソーヴィニョンを使うことによって,あえてAOC(原産地統制呼称制度)ではなくヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)の範疇に入る高級ワイン生産を選択したことが取り上げられている。 フランスでは,1990年以降,ヴァン・ド・ペイが多く造られるようになったが,そのヴァン・ド・ペイの半分以上が,ラングドック・ルシヨン地方のヴァン・ドゥ・ペイ・ドック(Vin de Pays d’Oc)である。ラングドック・ルシヨン地方におけるヴァン・ドゥ・ペイの近年の隆盛は,この地方のAOCやAOVDQSに認められている従来のブドウ品種以外のブドウ品種,すなわちカヴェルネ・ソーヴィニョンやシャルドネを使って新機軸のワイン造りに挑戦し成功したブドウ醸造農家が出てきたからである。 こうしたラングドック・ルシヨン地方における高級ヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)造り について,渋谷・柳監修による著作では次のように紹介されている。

 「フロンティア精神あふれる新進醸造家達が,造り出すヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)の一大産地」,「ワイン法にとらわれないワイン造りが,多く行われている」,「今なお,ヴァン・ドゥ・ターブルの中心地であることに変わりはないが,品種名を表示したヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)が成功し,フランス全体で生産されているヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)の80%を占めるにいたった。その一方,AOCワインの生産は,フランス全体の10%程度でしかなく,その多くが80年代になってようやくAOCを所得したところである」「東はローヌ川の右岸,西はピレネー山脈にいたる地中海沿いのワイン産地で,ブドウ畑の総面積は30万ヘクタールと,フランス全体の3分の1におよぶ。気候はまさしく地中海性気候で,雨は年間400ミリ足らずの一方,夏の気温はしばしば30度を越え,干ばつがこの地方の最大の悩みとなっている」(渋谷康弘・柳忠之監修『プロフェショナルのための世界ワイン大全』日経BP社,1999年,134 頁)
ラングドック・ルシヨン地方のワイン造りとアニアーヌの聖ベネディクトゥス
 フランク王国シャルルマーニュ(カール)大帝が800年に神聖ローマ帝国の皇帝となり,ワイン造りを奨励した。この地方の修道院におけるワイン振興に貢献したのがアニアーヌの聖ベネディクトゥスであった。

「セプティマニア(ラングドック地方沿岸部)では,アニアーヌの聖ベネディクトゥス(750~821年頃。ベネディクト会の改革者)と仲間の力で,ブドウ栽培が大きく発展した。ベネディクトゥスらはこの地域に,サン=ティベリ,ラグラス,サン=シニアン,サン=ギエム・ル・デゼール,サン=ジルなどのベネディクト会修道院を次々と建てた」(ジルベール・ガリエ著,八木尚子訳『ワインの文化史』筑摩書房,2004年,40頁)
ラングドック・ルシヨン地方とアニアーヌ村のドメーヌ
 次の著作にはアニアーヌ村のドメーヌ「グランジュ・オ・ペール」(135-141頁)とドメーヌ「マ・ド・ドマス・ガサック」(263-267頁)への訪問記が収録されている。

「かつては日常消費用のワインの産地として知られていた。日照に恵まれた温暖な気候の地だけに,ぶどうはさして手間をかけなくても育つ。そういった特性をいかして,かつてはもっぱらヴァン・ドゥ・ターブルの生産を行っていた。しかし近年は,この地方に新しくワインづくりを始める意欲的な生産者が流れ込み,日常消費用のワインから脱却した作り手が注目を集めている。このごろは,毎年のように脚光を浴びる作り手を輩出している。今や,フランスでもっとも熱いワイン生産地という印象があるところだ」(大谷浩己『フランスワインの12カ月』講談社現代新書,1999年,261頁)。
マ・ド・ドマス・ガサック(Mas de Daumas Gassac)(*「訳者による南仏紀行」参照)
 南仏ラングドック地方アニアーヌ村にある高級ワインを生産するドメーヌ。当主エメ・ギベール(Aimé Guibert)は,1970年に南仏ラングドック地方アニアーヌ村のガサック(Gassac)峡谷にドマス(Daumas)家が所有していた農家(Mas)を手に入れた。この土地は,聖ベネディクトゥスの時代に,高級ワインを生産するブドウ園として栄えていたと考えられた。しかしその後1200年にわたり,この土地はブドウ栽培から遠ざかっていた。1971年にボルドー大学アンリ・アンジャリベール教授(地理学)から,高級ワインを産むブドウ栽培に最適であるという助言を受けて,ギベールは,ブドウ栽培兼ワイン醸造農家に転じ,同大学のエミール・ペイノー教授(醸造学)の指導を受けて1978年からワインを生産し始めた。かつて高級ワイン生産地として名声を博したラングドック地方は,ボルドーやブルゴーニュに抜かれて,低品質ワインの大量生産地に位置付けられるようになったが,マ・ド・ドマス・ガサックは「ラングドック地方における高級ワインのルネッサンス(再生)」の試みの先駆けとなった。南仏において,元々ボルドー地方のブドウ品種であったカベルネ・ソーヴィニョン栽培と,協同組合ではなく自らのドメーヌでの瓶詰め(元詰め)を最初に手掛けた。

 「南仏モンペリエ市から南西に35 km,ガサック川渓谷に挟まれた標高90mから220 mの地中海性気候の潅木林が茂る美しい自然環境の中に存在します。ギベール夫妻が静かな生活を求めて買いとった家「マス・ド・ドマス」から見下ろす潅木林の一部を開墾したところ,農作物栽培には適していませんでした。その為カベルネ・ソーヴィニョンを植え,ボルドーの偉大なエノローグ,エミール・ペイノー氏の助言を得て醸造したところ,生まれたワインは驚くほど芳醇で,当時この地方唯一のグラン・ヴァンとして世界的に高く評価されるに至ります。  この最初の区画はガサック川が形成した北西向きの斜面にあり,石灰質基盤が氷河期に急激な温度変化により破砕し粘土質となって斜面全体を覆う赤土(ブルゴーニュのワイン産地と同じ土壌生成)で,非常に土壌排水性に優れ,果皮成分に富んだ凝縮したブドウを生みます。またガサック川上流からブドウ園にもたらされる北風は冷涼で,ブドウの成熟期の夜間と日中の寒暖さはラングドック地方で最も大きく,この冷涼さがブドウに長い成熟期間を与え,ポリフェノール類(タンニン等)や芳香成分のブドウ樹の生合成に大きく関与しています。  現在ドメーヌは80haあり,そのうちの半分は潅木林で,ブドウ園はその中にひっそり小さく点在し,約40種類のブドウ品種が植えられています。AOC規格の外に自由を選択した為,誕生からアペラシオンを持たず,現在もヴァン・ドゥ・ペイ(地ワイン)のまま,フランスで最も奇抜で個性的なワインの一つです。  ドマス・ガサック赤はカベルネソーヴィニョン80 %にシラー,ピノノワール,メルロー,グルナッシュ他をブレンド,ドマス・ガサック白はプチマンセン,シャルドネ,ヴィオニエを主体にブレンドしています」(富永敬俊「Takaのボルドー便り」
モンペリエ INRA(国立農業研究学院

モンペリエ INRA(国立農業研究学院) フィロキセラ対策のための品種改良の研究が行われた。

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