訳者による南仏紀行 (Part6)

9.アプトの自然食品店
周知の通り,フランスはヴァカンス大国で,1回の旅行日数が長い。したがって,1週間単位で,ジット(gîte)と呼ばれる貸し別荘や,貸しアパートの制度が発達している。家族でホテルに滞在すると,部屋で調理することは当然不可能で,毎度の食事を外食することになり,費用がかさむ。したがって,家族での滞在先として,キッチンが付いていて,自分で自由に料理できるところが便利だ。1週間単位で,キッチンの付いた民宿やジットに滞在し,午前中,曜日毎に,いろいろな村の広場で行われるマルシェで食材を調達し,色とりどりの野菜や果物,郷土の名産物を使って自ら調理するのが安上がりで,かつ楽しい。こうしてリュベロン地方のビュウックス村に滞在する度に,村の広場のマルシェ以外で,食材調達先として,よく利用したのが,アプト(Apt)にある自然食品店エピスリ・ヴェルト(Epicerie Verte)だ。 アプトは,リュベロン地方では大きな部類に入る街の一つで,ビュウックス村から6キロの所に位置し,砂糖漬け果物菓子・フリュイ・コンフィを名産とする。このアプトで自然食品店を経営するヤニークはかつてフランス北西部のブルターニュ地方で庭師をしながら自転車競技でも活躍していた。しかし,連日の雨に嫌気がさすと,日照時間が最も多い街という理由だけでアプト移住を断行,自転車競技の選手であることから健康に留意し自然食品店に通ううちに,ついにその経営権を譲り受けることになった。欧州では,Limaというブランドで,醤油や梅干などさまざまな日本の食料品が製造販売されている。エピスリ・ヴェルトでも,多くの日本の食料品が置かれおり。豆腐などは,日常的によく売れている。日本食は,健康食品として位置付けられている。 1998年に行ったインタビューでは,ヤニークは次のように答えてくれていた。 亀井:「お仕事の面白いところは?逆に難しいところは?」 ヤニーク:「私はとても面白い立場にあると思います。いろいろなお客さんが,体のここが悪いのだけれど,どのようなものを食べたらいいだろうというような相談に来ます。アドバイスを与えたりしながら交流していく。さらには自然食品,有機栽培の野菜といってもいろいろ基準があって,基準の守り方がいいかげんなところもある。そういったものを厳しく見きわめます。難しいことではありますが,そうしたことをする見張り番としての立場もやりがいがあります」 この店は2007年に25周年を迎え,その半分をヤニークが担ってきた。余暇には,故郷のブルターニュの踊りの講師を務めているという。小さなこの店はますます盛況だ。 2007年のインタビューでは,「サ・マルシュ。商売はうまくいってるよ。大切なのは,他人,つまりお客さんが何を望んでいるかを理解するということだと思うよ」と答えてくれた。リュベロンでは,アプトの近くの村で造られるワインの銘柄としてイゾレット(Isolette)やビオ・ワインのカノルグ(Canorgue)に親しんできたが,このとき,ヤニークからエダン(Eydins)というビオ・ワインとその生産者を紹介してもらった。
エピスリ・ヴェルト L’Epicerie Verte 1982年創業
Bio食料品店(有機栽培作物・自然食品)
81, boulevard Foch, Apt
10.ボニュー村 シャトー・エダン(レ・ゼダン)
 リュベロン地方に点在する美しい村の中でも,村の高台からヴァントゥ山を背景にした絶景を眺めることのできるボニュー(Bonnieux)はとりわけ美しい。「フランスで最も美しい村」協会(Les plus beaux villages de France, http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/)はフランス全土で150の正真正銘に美しい村を認定している。リュベロン地方では,ルールマラン,ルシヨン,ヴェナスクなどと共に,ボニューも選定されている。リュベロン自然公園の中央に位置するボニュー村から,県道149号線をローマ時代の遺跡の橋ポン・ジュリアン(Pont Julien)の方に向けてしばらく車を走らせたところに,シャトー・エダン(レ・ゼダン)(Château Les Eydins)がある。  エダンは,ブドウ畑の面積20ヘクタールで,セルジュ・セニョン(Serge Seignon)氏が経営する20ヘクタールのヴィニョーブル(ブドウ栽培兼ワイン醸造所)だ。ここは,4代続くブドウ栽培農家だった。セルジュのお父さんはブドウを栽培し,収穫したブドウを地元のカーヴ・コーペラテイヴ(ワイン醸造販売協同組合)に運びこんでいた。自然を愛するセルジュは,オフィスワークの仕事を辞めて,1993年から父親のブドウ栽培と野菜栽培の仕事を手伝うようになった。1999年にブドウ園の運営を父親から受け継いで,自分が代表者となった。1999年から2002年までの3年間は,父親とワイン醸造販売協同組合との契約が残っており,協同組合用にブドウを栽培していた。2000年にビオロジック(有機栽培)農業の認証を申請し,古い家屋を醸造所に改装した。2002年に本格的にヴィニュロン(ブドウ栽培兼ワイン醸造農家)に転身し,自らのビオ・ワイン醸造に着手した。現在年間8万本を生産し,日本にも1,000本程度輸出している。個人事業の形態をとっている。ブドウの作付面積は,赤・ロゼワイン用にシラー種10ヘクタール,グルナッシュ種5ヘクタール,カリニャン種3ヘクタール,白ワイン用にヴィオニエ種1.2ヘクタール,ヴェルメンティーノ種0.8ヘクタール,グルナッシュブラン種0.3ヘクタール,ル-サンヌ種。  亀井:「お仕事のやりがいはどんなところにあるでしょうか?逆に難しいところは何でしょうか?」 セルジュ:「ワイン造りはすべてが面白いです。ただし行政上の書類作りは例外だけど。難しいのは,造ったワインをどうやって売るかという部分ですね。交渉は簡単にはいきません。ヴィニュロンの仕事は,本当にすることが多くて,2002年以来,まとまったヴァカンスをとっていません。これも困ったところですね」 亀井:「お父様からこのブドウ農家を受け継がれたわけですが,事業承継を成功させる秘訣は何ですか?」 セルジュ:「親との協力関係だと思います。1993年から1999年は私が父の仕事であるブドウと野菜栽培を手伝いました。2002年に私がヴィニュロンとして独自にワインを醸造するようになって,今は,父の方が,ワインの販路開拓の手助けをしてくれています。2006年には,販売会社を立ち上げました。すべて両親の手助けがあってのことです」
Château les Eydins(HP)
Route du Pont Julien, 84480 Bonnieux
e-mail : serge.seignon@club-internet.com/
赤ワイン・AOC Côtes du Luberon:Château les Eydins, L'Ouvière, Les Fontêtes, Petitou,Vin de Table:K à part.
ロゼワイン・Vin de Table:Inspiration.
白ワイン・AOC Côtes du Luberon:L'Ouvière, Vin de Table:Viognier.
*レ・ゼダンのワイン輸入取扱:ミナトワイン他
11.ボニュー村 シャトー・ラ・カノルグ
 ピーター・メイル原作,リドリー・スコット監督,ラッセル・クロウ主演の映画A Good Year(邦題『プロヴァンスの贈りもの』)に登場するブドウ栽培兼ワイン醸造農家の撮影に使われたのシャトー・ラ・カノルグ(Château La Canorgue)は,ボニュー村のはずれ,シャトー・エダン(レ・ゼダン)からそう遠くないところにある。カノルグは,4代続く,伝統的なブドウ栽培兼醸造農家だったが,当主が急死して,1957年から1977年までの20年間,ブドウ畑は放置されていた。荒廃したワイン農家という設定は,映画にそのまま用いられている。 現在の当主ジャン-ピエール・マルガン(Jean-Pierre Margan)氏は,亡くなった前当主の娘さんと結婚して,この地にやってきた。荒れ果てた土地を見て,当初は,観光用の施設への転用を考えた。しかし,高品質ワイン用のブドウ栽培に適したこの土地のテロワール(土壌の特性)に与えられた天命(vocation)を悟り,「この土地でのワイン造りを途切らせてはならなかったのだ」と実感した。元々,ワイン醸造学を修めていたこともあり,ジャン・ピエールは,この地でのワイン造りを再興することを決意した。ジャン・ピエールは,最初から「ビオ(有機栽培)」で「高品質」なワインを生産することに焦点をあてた。努力の甲斐あって,1979年の初めてのヴィンテージから,カノルグのワインはさまざまな賞を獲得した。すでに30年に及ぶ実績を持ち,この地域におけるビオ・ワイン造りでは,エダンの大先輩格になる。 亀井:「どうしてここで20年ぶりにワイン造りを再開しようと思ったのですか?」 ジャン-ピエール:「ブドウ畑もワイン貯蔵室も何もかもなくなっている荒れた状態でしたから,確かに観光客向けに民宿をすることも考えました。しかしもともと私はエノログ(ワイン醸造研究者)でした。大地と自然をこよなく愛していたこともあります。何よりもこの土地の持つ高品質ワインを生産するのに向いた潜在能力に気付いたからです」 亀井:「お仕事のやりがいはどんなところにありますか?」 ジャン-ピエール:「すべてにやりがいがあります。ワイン造りはすべてが面白い。この仕事(メチエ)にはとても多様な側面があります。単なるブドウ栽培者(ヴィティキュルトゥール)ではなく,ブドウ栽培兼ワイン醸造者(ヴィニュロン)ですから,土地の選択,ブドウの植え付け,品種の選択,ブドウの木の手入れ,収穫,醸造,瓶詰め,ラベル貼り,そして販売・マーケティングまでの一連の仕事をこなします。土にまみれたブドウ栽培の仕事から,ネクタイをしめて農業サロンに行って,人と話して造ったワインを販売するまで,実に多様性に富んだ仕事なのです。こうした仕事の流れ,繋がりがとても面白いのです」  亀井:「ファミリー企業としての成功の秘訣は何でしょうか?」  ジャン-ピエール「そして,ファミリー企業といっても,うちのように規模が小さい場合,特に地域と密接なつながりがあります。だから,テロワール(地域の特性)を愛し,手入れをするということが大切になります。テロワールに対する情熱が最も重要なのです。家族で,テロワールを相手にして働くわけですから,必要があれば,日曜日でも,夜でも,早朝でも働きます。ですから,自分たちのしていることに確信を持ち,常にモティベーションを維持しなければなりません。例えば,私の娘のカロルがこのシャトーの後継者となりますが,彼女もこのテロワールへの愛情と仕事に対するモティベーションをしっかり受け継いでくれています。それから,家族経営の小さなヴィニョーブル(ブドウ栽培兼ワイン醸造所)ですから,一人が何役もこなさなければなりません」 亀井:「お仕事で難しいところはどんなところですか?」 ジャン-ピエール:「難しいのは,やはり行政関係に提出する書類作成ですね。私たちはビオロジック(有機栽培)ですから,認証関係もありますし,とにかく提出しなければならない書類が多すぎます。それから,なんといっても問題なのは気候ですね。ある年,雹が降って,一瞬でブドウの木がすべて台無しになったことがありました。気候は気懸りです。『高品質なものを作って,ふさわしい条件で販売する』。これに向けて日々努力していますが,そう簡単なことではありません」
シャトー・ラ・カノルグ(Château La Canorgue)
Route du Pont Julien, 84480 Bonnieux 
e-mail chateaucanorgue.margan@wanadoo.fr
(日祝以外)毎日シャトーにおいて直販(夏期:月~金 9時~19時,土 9時~12時・14時~19時。 冬季:月~金 9時~12時,14時~17時30分。)
赤ワイン・AOC Côtes du Luberon:Château La Canorgue Rouge (シラー,グルナッシュ,カリニャン種), Vin de Pays de Vaucluse :La Canorgue(メルロ,カベルネ,シラー種)。ロゼワイン・AOC Côtes du Luberon : Château La Canorgue Rose(グルナッシュ,シラー種)。白ワイン・AOC Côtes du Luberon:Château La Canorgue Blanc(クレレット,ブールブーラン,ルーサンヌ,マルサンヌ種など)など。
*カノルグのワイン輸入取扱:ル・ヴァン・ナチュール他

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