訳者による南仏紀行 (Part2)

3.アニアーヌ村:マ・ド・ドマス・ガサック -ラングドック地方における高級ワイン造り再生の先駆者-
 モンペリエから車で東へ途中まで高速道路A750次いで国道109号線を合計30キロほど走るとジニャック(Gignac)という村に着く。この村から北へ,フランス100美村の一つでロマネスクの修道院があるサン・ギエーム・ル・デゼール(St. Guilhem-le-Désert)の方角に車を5キロ走らせたところに本書の舞台アニアーヌ(Aniane)村がある。シャルルマーニュ大帝の時代の8世紀,アニアーヌの聖ベネディクトゥスが8世紀に修道院を建立し,修道院によるブドウ栽培とワイン生産が隆盛した伝統を持つ。現在の村には往時の面影はなく,村の中心部はひっそりとしている。人口は2400人。
ジニャック村の民宿:マ・カンブネ Mas Cambounet
モンペリエからジニャックの手前約3キロのところで国道109号線を左折した人里離れた静かな場所にある隠れ家的な民宿(chambre d’hôte)。オリーブ畑とブドウ畑が隣接。18世紀の農家を改造した個性的な4つの部屋(1泊80~96€)。ファビエンヌとジャン・シャルルの二人による経営。ソーヴィニョン・ブラン種とシャルドネ種による白ワインやラングドック地方の伝統的なブドウ品種カリニャンを使った赤ワインなどを造るブドウ栽培兼ワイン醸造農家。夕食は24ユーロでファビエンヌの手料理にジャン・シャルルが造ったワインが付く。ミシュランのグリーン・ガイド『ラングドック・ルシヨン』地方編に掲載。 www.mas-cambounet.com ドメーヌ・マ・カンブネ(Domaine Mas Cambounet) のワイン:赤(Rouge) ・カリニャン種,サンソー種,白(blanc) ・シャルドネ種。(情報は訳者が滞在した2008年夏段階のもの)
 ラングドック地方では,ワイン産業を奨励したシャルルマーニュ(カール)大帝の時代の8世紀から9世紀にかけて,アニアーヌの聖ベネディクトゥスがサン・ギエーム・ル・デゼールなど,各地にベネディクト会修道院を建立し,修道院でのブドウ栽培・ワイン生産が隆盛した。その後,ボルドーやブルゴーニュにワイン生産の中心地の地位を譲り,低品質安価ワインの大量生産地として定着していた。1907年には,不正ワイン製造の横行に抗議して,小規模ワイン生産農家が立ち上がり,ラングドック地方各地で抗議集会が行われ,軍隊との衝突により死者も出た。このようなラングドック地方で,元々ボルドー地方のブドウ品種であったカベルネ・ソーヴィニョンを植えて,自らのドメーヌで醸造・瓶詰めまで行うヴィニュロン(ブドウ栽培兼ワイン醸造農家)として,高級ワインの生産に成功したのがマ・ド・ドマス・ガサックのエメ・ギベールだった。ギベールに続いて,この地方では,数多くの高品質ヴァン・ド・ペイ(地ワイン)を生産するヴィニュロンが出てくるようになった。
 ジニャックからアニアーヌに向かって県道32号線を走り,アニアーヌの手前2キロ付近で右折して,ブドウ畑の中を進んだところに,マ・ド・ドマス・ガサックがある。
 訳者は,次男のモンペリエ時代の学友ティボーのお父さんエリックが運転する車で,2007年8月22日に,初めてここを訪問した。この日は,丁度,この年のブドウの収穫が始まった日だった。収穫されていたのは白ワイン用のヴィオニエだった。マ・ド・ドマス・ガサックの内部は,ガイド付きで訪問できる。訪問の最後には,この土地が持つ高級ワイン用ブドウ生産に適した潜在性を再発見して当主ギベールに伝えた地理学者の名にちなんだ「アンリ・アンジャリベールの間」で,試飲をさせてもらえる。
マ・ド・ドマス・ガサック

マ・ド・ドマス・ガサック

水分を求めて地中深く伸びた根

水分を求めて地中深く伸びた根

ヴィオニエの収穫

ヴィオニエの収穫

ブドウの選別

ブドウの選別

カーヴでの熟成

カーヴでの熟成

 
 当主エメ・ギベール(Aimé Guibert)と長男で後継者のサミュエル・ギベール(Samuel Guibert)親子は,訳者の質問に次のように答えてくれた。
エメ:「日本人だと思ったよ。私は日本にたくさん友達がいます。日本語にその本を訳すんだって。作者は一度も私に会いに来たことがないよ」
亀井:「ところで,事業承継を成功させる秘訣は何でしょうか?」
サミュエル:(ひとこと)「父親に対するパシアンス(忍耐)」。(創業者である父親に対して辛抱強く接していくことこそが重要)。
エメ:(雄弁)「確かにドマス・ガサックでは事業承継はうまくいっています。でも,事前には成功したかどうかははっきりしません。現段階では成功の鉄則というものはありません。第一,トランスミッシヨン(事業の承継・伝承)という発想は間違っています。これは受け取る子供側の問題なのです。受け取る術を知り,受け取るものを大切にし,それを守っていく若者がいます。一方で,大切なのは価値であって,受け取るものが何もなくても,自分で作り出していくんだと考える若者もいます。つまり,受け取ってくれて,それを守ってくれる子供を持つ者は幸せだということなのです」

マ・ド・ドマス・ガサック

 
 エメ:(語調を強めて)「それよりも,もっと深刻な問題がありますよ。いつまで,私たちはアメリカ化の波に抵抗し続けることができるでしょうか?私の目には,とりあえず日本は賢明で,一線を画しているように見えます。アメリカ人を批判しているのではありません。アメリカ流の大規模スーパーマーケットの進出によって,小さな街の食材店や肉屋などの地域に根差した小さな店が次々とつぶれています。失業者が増えます。アメリカ流の大規模店では,低賃金で人々がこき使われているように見えます。アメリカ流は,まるで,お金の宗教じゃないですか。お金が王様になっています。でもとてもひどい王様です。お金中心だとまったく役に立つ仕事にはなりません。『ひと』のことを考えてはじめてよい仕事になるのです。自由で民主的で賢明なフランスの職人たちが大切にしてきた価値を,金の亡者たる馬鹿な考え方に取り換えることは不可能なのです」
マ・ド・ドマス・ガサック Mas de Daumas Gassac
Haute Vallée du Gassac, 34150 Aniane, France   www.daumas-gassac.com
ガイド付き訪問:日曜祝日以外年中無休。10 :00-12 :00 14 :00-18 :00
赤ワイン・Vin de Pays de l’Hérault : Mas Daumas Gassac Rouge(カベルネ・ソーヴィニョン種80%)
白ワイン・Vin de Pays de l’Hérault : Mas Daumas Gassac Blanc(ヴィオニエ種90%)など。

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