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2005年06月22日

デジタル,ポストモダン,そしてアカウントプランニング(小林・野口 1999)

 コミュニケーションの枠組みが変わりつつある。
日本にも1990年代後半以後,様々な形で導入されつつあるアカウントプランニング(AP)は,デジタルエイジ・ポストモダンの文脈においてその意味を考察し,また,従来の定量重視型のプランニングジレンマが当たった限界の解決策として用いられている。この論文はAPを通して,新しいコミュニケーションの枠組みをモデル化することへの試みを目的としている。

 APは,マーケティング・コミュニケーション戦略構築の方法論である。「数字の客観性よりも人間の洞察力や直感力を評価する英国の文化的土壌で生まれ,1970年代米国の『クリエーティブ不毛の時代』へのブレークスルーを生み出す方法論として,米国に浸透した」(2ページ)。
 定量情報を重視して戦略を決定させていくことは,数字のデータが物語ると言う意味でも「客観的」であるとして,説得性にも優れ高い評価を得てきた。しかし,一方で次のような3つの危険性も有している。
①平均点のジレンマ
②評論家のジレンマ
③専門性のジレンマ
である(2-5ページより)。
 そもそも,マーケティングコミュニケーションは消費者に対して何らかの変化・態度変容を引き起こすために行われてきたはずである。しかしそれを効果的にやろうとするあまり,変化の芽を摘み取ってしまう危険性に陥る。これが前述の①である。つまり,未来の変化を引き起こすことよりも,「過去のデータを重視し,突出した独自性よりも平均点でのリスク回避を志向する」(4ページ)ことで,より効果的なアイディア,人の心を動かし得るアイディアを圧殺してしまう危険性を筆者は指摘している《リスク最小化》《アイディアの圧殺》。
 また,定量情報の量が膨大になり,分析の手法も精緻化してきた。そのため,それを扱う人の専門性も高まり,結果として「物を売るための戦略を決定する」(2ページ)という目的が見失われ,そのための手段であるべき「『データの厳密性』が目的化することがある」(2ページ)。本来,戦略決定の手助けをするために情報を収集し,分析しているはずなのにそれを厳密にしようとするあまり,戦略をかえって決められなくなってしまう・・・これが②であり《厳密性重視》《結論の回避》,結果的に②は方向性を見出せなくなり,全体が見えなくなるのである。分析細部の厳密性を重視しすぎて,時として答えを出さないほうが良いと判断してしまい分析者がただの評論家となってしまうことを筆者は危惧している。「優れたソリューションは方向性がはっきりしており,しかも全体で一つの方向を向いている」(4ページ)。
 定量情報は時としてミスディレクションを引き起こす。社会科学の調査には調査の方法論やその環境からくるバイアスがつきまとっている。結果,「一生活者の視点からすれば明らかに間違っている結論が導き出されることがある」(3ページ)。これは,専門家が専門性を追求するあまり全体像を見失い,膨大な情報量があだとなり間違いを起こしてしまうという③専門性のジレンマである《データ至上主義》《非常識な結論》。
 APは①,②,③の問題を克服する。あくまでも「主観」を重視することでアイディアを喚起し未来への可能性を残し,総合的な判断を可能にする。しかしAPは定量情報を無視するわけではない,定性情報を再評価し,insight(洞察力)・subject(主観)を再評価するのがこの方法論である。insight(洞察力)・subject(主観)はAPの核であり,「変化,不確実性,リスクをパワフルで建設的な力」(4ページ)としてとらえ,本質的な部分と方向性を見出す力である。

結論
 科学の中核で起こっていることは、「細分化」よりも「関係性」を重視しようとする方向性であり、「実験による再現性の得られない事象の発見である」(5ページ)。「エコロジー」「共生」「複雑系」「ネットワーク」(2-7ページ本文より)はすべてポストモダンを語る言葉であり,物事をトータルにとらえ,全体の中での相互関係に注目することを示している。要素に分解し数値化するよりも,単純化しきれないものも一つの関係として圧殺せずにとらえることの重要性を筆者は繰り返し説いている。広告の科学者は「ダイナミズムで創出される部分」(6ページ)を科学していく必要がある。

出典:小林保彦・野口喜一(1999),「デジタル,ポストモダン,そしてアカウントプランニング」『日経広告研究所報』,33(4),2-7ページ。

投稿者 02tsukazaki : 2005年06月22日 23:36

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