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2005年05月03日

小売業による顧客価値創造―西武百貨店における営業プロセスの変更を中心に―(粟島 2004)

要約
 小売業は厳しい環境におかれている。インターネットにより,顧客は十分な情報を持ち,価格だけでなく,商品の価値やサービスの価値にも関心をもつようになっている。しかも,競争相手は国内同業者だけではない。世界中のさまざまな業態がシェアをかけ競争を仕掛けている。
 百貨店も当然こうした厳しい環境に直面している。そこで,この論文では,西武百貨店の営業プロセスの変更を取り上げ,いかにして顧客価値が創造されるかについて分析がなされている。特に顧客の視点にたった営業プロセスの変更による顧客価値の創造について明らかにされている。そして,今後小売業が提供すべき顧客価値についてのひとつの指標が示されている。

理論的検討
 この論文では,「顧客が負担するすべてのコスト(総顧客コスト)と,手にするすべての価値(総顧客価値)との差が最終的に顧客の受け取る価値であり,この差が顧客価値である」(182ページ)とされている。いかにしてこの顧客価値をプラスにするか,そのためにどのような営業プロセスが必要であるかが検討されている。ここでは,西武百貨店における営業プロセスの変更が取り上げられ,どのようにして顧客価値が創造されているかが分析されている。

1,店舗コンセプトの変更
 これまでの百貨店は,明確なターゲットもコンセプトも持たず,スケールメリットのみを目指した多店舗化と多角化を追求してきた。その結果,「何でもあるけど,欲しいものがないという」(185ページ)顧客無視の店舗戦略を展開し,量販店や専門店に顧客を奪われる結果となった。
 そこで,西武百貨店は店舗コンセプトの変更を試みた。それは「店舗のおかれた商圏を分析し,マーケットに最適かつ自店の強みを発揮できる分野に特化する」(185ページ)という当たり前のことである。
 それを基に,95年に有楽町店のリニューアルが行われた。ターゲットを20歳代から30歳代の働く女性とし,「女性のファッション領域以外の商品は構成を一切なくした」(185ページ)女性ファッション専門店として再出発。その後,この店舗は好成績を収めている。さらに,他店舗においてもそれぞれの商圏を分析しなおし,強みとして残す売り場,同グループ内の企業に任せる売り場,撤退する売り場に分類がなされている。

2,クラブオンカードの導入
 1996年,西武百貨店はクラブオンカードというポイントカードを導入した。このカードの導入が,購入金額・利用回数・利用頻度・性別・年齢などの個人情報の把握を可能にした。クラブオンカードから得られるデータにより,店舗の売り上げを支えているのは,年に何度も利用してくれて,年間買い上げ金額の多いなじみ客であることが明らかにされている。そこで,西武百貨店は,「新規顧客獲得と既存顧客の喪失を繰り返すやり方から」(190ページ),既存顧客と長期間にわたり良好な関係を築いていくというやり方に方針を変更を実施した。
 従来のマス媒体を使った顧客アプローチから,DMや電話,電子メールといった個人を対象としたアプローチ法へと営業プロセスを変更。特に,手書きDMの利用は非常に効果的であることが明らかにされている。なぜなら,クラブオンカードから得られる売上情報を基に,販売メモからの情報を付加することで,非常にパーソナルでタイムリーなメッセージを送ることに成功したからである。既存顧客を囲い込むにはこうしたパーソナルな対応の心地よさが非常に有効であることが実証されている。

結論 
 西武百貨店経営危機にある中で,こうした営業プロセスの変更を実施したことにより,業績は急回復している。こうした,営業プロセスの変更が顧客に支持されていることが明らかにされている。西武百貨店が実施した変更の原点は,顧客の立場に立つという小売業として当たり前のことである。今までの戦略がいかに顧客の視点を忘れていたかが明らかになった結果となっている。
 また,こうした変更によって成果が上がるということは,顧客視点での営業プロセスが不十分であることを示しており,すべての小売業態が実施すべきサービスの原点が明らかにされている。


論点
 確かに,2つの営業プロセスの変更によって,顧客がどのようなものを求めているかを追求し,それにあわせた戦略を実施することで成果は上がっている。しかし,顧客に合わせる戦略だけでは,ほかの小売業態との間に決定的な違いを生み出せない。百貨店自体が商品を開発したり,百貨店側から顧客に対して積極的に働きかけることなどにより,小売業態の中でも特別な存在になる必要がある。

  
出典:粟島浩二 「小売業による顧客価値創造―西武百貨店における営業プロセスの変更を中心に―」『立命館経営学』第43巻第1号,2004年5月,177-201ページ。

投稿者 02daigo : 2005年05月03日 17:05

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