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2005年05月02日

国民市場における小売国際化(田村 2004)

要約
 この論文は小売国際化の推進要因を国民市場という観点から実証的に検討している。まず理論的に整理されていない小売国際化の概念を明確にするため,過去の研究を評価している。ここでは,過去のいずれの研究も小売国際化過程はミクロ過程でしか実現されていないと指摘している。よって,ミクロとマクロの両面を実証的に検討しようとしている。そこでまず,国際化の舞台となってきた国民市場の特性を明らかにするために国際小売業のI-Oマップが提案され,そこにさらに統計的分析を与えている。最後に利用可能な市場特性データを用いた分析から,小売国際化推進力のマクロ的要因を,プッシュ要因とプル要因に分けて明らかにしようとしている。

理論的検討
 この論文では小売の国際化推進力の実証的解明を「小売国際化研究の中心的課題の一つ」(1ページ)として捉え,まず理論的に不十分である小売国際化の概念そのものを明確にしている。
 小売国際化推進要因の既存の分析モデルとしてプッシュ/プル表と小売国際化過程モデルが紹介され,評価が与えられている。プッシュ/プル表は企業が国際化しようとする時点で,プッシュ要因とプル要因のふたつを対比させて整理したものである。「プル要因は外国市場を魅力的にする要因であり,プッシュ要因は本国市場の魅力を減じる要因」(1ページ)とされている。小売国際化過程モデルは企業が国際化しようとする時点だけでなく,その後の進展の過程もマクロ・ミクロの両面から捉え,モデル化しようとしたものである。
 プッシュ/プル表,小売国際化過程モデルのいずれも「小売国際化の概念はミクロ過程とマクロ過程の間を揺れ動いて」(7ページ)おり,「ミクロ過程でしかモデル化されていない」(7ページ)と述べられている。マクロ過程も「小売国際化の重要な側面」(7ページ)であるとし,この論文では小売国際化推進力をミクロ・マクロ両面について実証的に検討しようとしている。

 
実証分析の構造
 まず,小売国際化においてどのような国がその活動舞台として選択されてきたのか,またその理由を明らかにするために国民市場レベルでの小売国際化推進力を明らかにしようとされている。
 そこで,M+M Planet Retail社が提案した,国民市場の国際化指数を利用している。この指標は国際化している世界的小売業のうち2001年度の売上高上位30社を取り上げ「国別の進出企業数を平均に対して指数化している」(10ページ)もので,各国の小売の国際化を示している。この論文では,この指数に評価を与えた後に,外国企業数と本国企業数をそれぞれプル要因とプッシュ要因に対応させて検討することにしている。
 M+M Planet Retail社のデータに基づき,各国を分析単位として縦軸に本国企業数,横軸に外国企業数を取り,1つの図にマップ化してI-Oマップを得ている。ここではさらにクラスター分析を行っている。

 次に,どのような国民市場特性が国際化を促進するのか,その一般要因をプッシュ要因とプル要因にわけ統計的に検討している。
 プッシュ要因として本国市場の飽和を問題にし,それに関する利用可能な5つの市場特性を分析に用いている。5つの市場特性とは,人口千人あたり小売販売額,小売販売額,人口,小売販売額成長率,人口成長率である。データを「本国企業数がゼロの国とそれ以外の国に分割し」(14ページ)上記の市場特性に差が見られるかマン・ホワイトニーU検定を行っている。
 プル要因は,上記5つの市場特性に国際小売業上位30位に入る本国企業数を加えたものを分析に用いている。進出企業数の平均値6.6を基準に,進出企業数6以下を低進出国,7以上を高進出国として各国をわけ,マン・ホワイトニーU検定を行っている。


分析の結果と結論
 クラスター分析の結果,小売国際化の活動舞台となる国は大きく3つのグループに分けられている。グループは代表的国際小売業発生国であり,進出先国でもある先導国,進出先として選ばれることの多い進出先国,それら残りの発展途上国の3つである。それらは,さらに細かく「多様なサブグループを階層的に形成している」(12ページ)と述べている。このことから,すべての国に共通した一般要因と,各国に特殊で多様な要因が相互作用し活動舞台を規定していると述べられている。
 
 プッシュ要因における差の検定の結果,人口千人あたり小売販売額と小売販売額には差が見られた。また,国際小売業を生み,他国に進出している発展国の方がそれらの中央値が高かったことが示されている。これを国際小売業誕生の潜在条件とし,国際小売業誕生は国民市場の経済発展に依存していると述べられている。小売販売額成長率,人口成長率は未発展国の方が発展国より高く,これは本国市場の飽和仮説を支持するため,市場の飽和は小売国際化の推進要因の1つであると述べられている。 
 プル要因における差の検定の結果,5つの市場特性については高進出国が高くなり,上位30位本国企業数は小さくなるというプッシュ/プル表の期待をまったく満たさず,人口成長率以外,有意差は見られなかった。このことから,プッシュ/プル表は過去の研究から指摘された要因を実証分析の根拠なく無批判的に導入したものであることが明らかにされている。そして,この論文で行ったような国民市場特性を用いた分析だけでは,どのような国が小売国際化の進出先国として選ばれるかは,ほとんど説明できないと述べられている。市場選択は歴史的過程が深く関わるため,小売国際化のマクロ過程の実証分析は,統計分析や企業レベルでの分析に,さらに歴史的過程の検討を加えることが必要であると結論づけられている。


論点
 小売国際化のマクロ過程の実証分析には歴史的過程の検討を付け加えることが必要であると結論付けられており,確かに歴史的過程は小売国際化推進力の重要な側面である。しかしながら,推進力となった歴史的事件として挙げられているものは,
・ヨーロッパと北米における国際経済統合
・アジア経済の台頭と市場開放
・情報・物流技術の技術革新
・消費生活スタイルの国際標準化
など,かなり幅が広く「歴史的過程」という一言で言い表すことができるものではないように思う。
 今後は,この歴史的過程についてさらに詳細な検討がなされるべきである。


出典:田村正紀(2004),「国民市場における小売国際化」『流通科学研究所モノグラフ』No.058。

投稿者 02eiko : 2005年05月02日 14:35

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コメント

とても良くまとまっています。
そろそろ論点の提示を期待します。

投稿者 Baba : 2005年05月02日 22:03

論点追加しました。コメントよろしくお願いします。

投稿者 02eiko-o : 2005年05月03日 00:47

まあ,悪くない論点の提示だと思います(具体的な議論はまた後日,口頭で)。ですが,「歴史的」そして「過程」という言葉にはもっと豊かな意味があります。それを知るために田村先生の『日本型流通システム』を読み,他にも「経路依存性」をキーワードに文献を検索してみてください。その上で,もう一度同じ問題意識を自分に投げかけてみることをおすすめします。小説の読み方でもそうですが,これと思った著者の書いたものはすべて読んでいくといいでしょう。

投稿者 Baba : 2005年05月03日 02:58

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