日々雑記


融通念仏縁起

2018-12-1

先日、2日間にわたって融通念仏宗寺院の調査に参加した。今年度1回目の調査で確認した中世に遡る融通念仏縁起2巻。至徳や文亀の年号があり、巻末には寺院に入った経緯が記される。奈良絵風のやや稚拙な描写ながら異本にあたる作品である。

当該の文化財審議会・絵画担当の先生に見てもらったが、「大したことはない」とされ、指定候補にはならないとのこと。調査員の方と改めて絵巻を見直しながら「この価値がわからないとは、節穴(の眼)だね」と苦笑。

このままでは、作品が可哀想である。まず田代尚光『増訂融通念仏縁起の研究』と『続日本絵巻集成 11 融通念仏縁起』を“読む”。いずれ、どこかで紹介するつもり。

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近世仏師工房

2018-12-2

ふたたび久保惣記念美術館『土佐派と住吉派』展に向かい(本日最終日)、住吉具慶「洛中洛外図巻」を見る。幸運にも仏師工房の画面が開かれていた。

近世の仏師工房を描いた作品は、戯れ絵を除くと2点しかない。ひとつは喜多院『職人尽絵』、もうひとつが「洛中洛外図巻」である。『職人尽絵』は屋外での仁王像の据付の様子を描いた作品だが、「洛中洛外図巻」では仏師工房内の様子を描いている。
うだつの上がった2階建の工房で、単眼鏡を通して1階では、手斧、鑿、木槌、拡大器に囲まれて大仏師、仏師、小僧が仕事をしている。2階では漆箔の作業がみえる。大仏師はここでも指示しているだけである。

庭の紅葉が美しい。

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東博その1 東博には乙事主様がいる

2018-12-3

過日、東博へ行った際の備忘録(?)。
東京国立博物館の常設展示は色々と面白い。
石川光明《野猪》(1912年)。

乙事主が何ものか知らなかった。自宅に帰り家族に写真を見せていると、娘が「おっとこぬし!」というので、何それ?と尋ねて分かった次第。
アニメ「もののけ姫」だったか・・・。見てないので何とも。
ググると、娘と同じ感想を持つ人がいる。

《野猪》も「乙事主様」も同じものかといわれてしまうと、石川光明も立つ瀬がない。

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東博その2 《女》の背中には愛(ハート)がある。

2018-12-05

東京芸大の石膏からおこした荻原守衛《女》(1910年)。

360度から眺めることができる。両手を後ろで組んだ形にふと気づく。ハートやん!

荻原守衛がひそかに思慕を寄せていた同郷の先輩の夫人相馬良(黒光)の存在が色濃く影を落としているとする。(文化遺産オンライン)
ぜんぜん「ひそか」じゃないと思う。

眺めながら、恋や愛をハート形で示すのはいつからなのかと考えつつも、 守衛の絶作となった作品。

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国立国会図書館デジタルコレクション

2018-12-07

国立国会図書館デジタルコレクションは実に便利である。古書店から消えた資料もみることが出来、多方面で愛用している。

ところが明治頃の書籍ではやや画質が荒い。
最近もある人に『商工技藝 都の魁』の画像を送ったのだが、「かすれや潰れが多く見づらい絵でしたが、鮮明で驚きました。店の奥まで見えて嬉しいです。」と仰っていた。

また原則、モノクロであるために彩色の有無が分からない。
原本を見て、初めてわかる色彩の鮮明さに驚く。

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あれっ?

2018-12-08

今月に入ってからの話。有名な某寺で仏像調査。
ご挨拶にも伺い、ようやく調査にこぎつけた。調査対象は鎌倉時代だとされている立像。
厨子から出してライトをあてると、江戸時代(年紀あり)と判明。写真撮影や法量を計って終了。眼もだいぶ弱ってきた・・・。

翌日、簡単な報告を出す必要があったので、鎌倉時代とした資料を出すと、小さなモノクロ写真ながら、調査した像の台座形状が異なっている。資料では截金、玉眼となっているが、調査した像は彫眼で截金はなし。しかし像高、像容はかなり近い。

昨日も「鎌倉の像を模刻しようと努力したんだが」と慰めに近い言葉をかけられたのだが。
写真の像が別保管されている可能性もあるが、その雰囲気はなさそうだったし。

謎は深まるばかり・・・。

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萬字屋書店

2018-12-10

図録が必要となり、ネットで検索すると、「萬字屋書店」の名前。ん?大阪駅前地下街(アリバイ通り)阪神百貨店前にあったお店である。学生の頃によく通ったが、無くなったと思っていたが。
阪急梅田横の古書の街に引っ越したようである。ちょっと探すのに時間がかかりそう・・・。

行ってみると、図録を中心とした美術関係書の店舗に変身。

さっと見つけて、購入。しばらくは梅田経由で出勤しようかと思ったり。
写真はアリバイ通り時代の萬字屋さん。

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世紀の大発見

2018-12-13

卒論演習も佳境。興奮気味に学生が来る。どうした?

世紀の大発見!とニコニコしてパソコンを開くと、竹内栖鳳《羅馬之図》。ん?
画面を切り替えると、実景が出てきた。

学生曰く、
栖鳳がローマを訪れたことは確かですが、「あやしげな促成英語」(『栖鳳閑話』)でヨーロッパ美術巡りしていた時に、イタリア語が喋れると思います?

栖鳳の《羅馬古城図》・《ヴェニスの月》・《スエズ景色》は絵葉書や写真からリメイクして作られたことがわかっています。それで《羅馬之図》も、と思ってググってみると、どや!

美術巡りしている途中に、イタリア語も喋らずに単身で水道橋遺跡公園(Parco degli Acquedotti)に行ってスケッチしたと思いますか?
これもきっと写真ですよ。今、《和蘭春光・伊太利秋色》の実景も捜しているとこです。

もう時期が時期やから、原稿、書かんと間に合あわんぞと言いながら、確かに世紀の大発見である。 イタリア語も話せず、美術巡りに勤しんでいたはずの栖鳳が遺跡のスケッチをしたとは思えない・・・。ホンマに誰もそのことに触れてへんやろな、とまだ疑いのまなざし。
時としてGoogle 学生は思いもよらぬ発見をする。

びっくり。

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埼玉

2018-12-15~16

埼玉出張。

写真だけみて、どこかわかれば相当マニアック。

周囲に山が見えないので、どの方向を向いているのかちっともわからない。携帯の地図だけが頼り。
資料をコピーし頒布分は購入して、玄奘三蔵のように背負って次の目的地へ向う。

これでようやく原稿が書けると思い安堵する。
帰途、安心のため新大阪止まりの新幹線を選び、なおかつ目覚ましをかける。
最近、やや疲れ気味。

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脱線!

2018-12-17

授業で、狩野永徳《檜図屏風》について。

「これまで八曲一隻の本間屏風、アコーデオンのような屏風ですが・・・。」といったが屏風など扱ったことのない学生だけに、「畳4枚重ねて一度に扱うような感じです」と。(←本間屏風四曲一双でもかなり扱いに難渋するので、二人で扱うが)それでは扱いにたいへん苦労するので、最近、四曲一双に仕立て直しましたと説明。ここまではよかった・・・。

その後、ハリー・パッカードの襖絵引き裂き(表裏分離)に始まり、徳川美術館《源氏物語絵巻》がこれまでの額面から巻子装にもどされ、同じく《彦根屏風》ももとの六曲一隻に戻されるなど、作品保護、鑑賞のために変更されます・・・、と話していると、ようやく脱線に気づき、え~と、どこまで話しましたかねぇと。

反省もせずにしらばっくれて、講義を続行。
ま、いいか。

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大和めぐり

2018-12-19

左は奈良・絵図屋庄八の「大日本早引再建絵図」(天保13年)の大和国の部分。
詳細は こちら

奈良からのびる黒線は「大和巡り道」、奈良から「をひとけ(帯解)」「柳本」「芝村」を通る細い線が「西国巡礼道」。両者を通ると、たいていの大和名所が見てまわれる、お急ぎの人は、横田・二階堂・田原本を通るルートと、昔に書いた。

旧友がこれに気づいて、別方面からの問合せ。 対応しながら思い出深い論文を読み返す。

ゆっくりと大和巡りをしたいものである。

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仏像製作

2018-12-22

朝から某所で会議&仏像複製の見学。

単なる形だけの模刻ではなく調査結果から出来る限り、制作技法も忠実に制作。
どうやって木を寄せているのか、なぜその部分の枘はひとつなのか、こうすると接合面が正面から見えにくいのかなどと関心すること、学ぶことが多い。

計画段階で、3Dスキャンとってプリンターに起こせばという意見もあったが、それでは学ぶことはない(3Dスキャンはとったが)し、木彫技術の伝統が失われてしまう。

仏師を目指す人も増えたが、制作するのは三尺以下がほとんど。等身を超えるような作品は見ない。そうした作品を製作する機会がないのも確かだが、殆どは小仏師(こぼとけし)である。 そうした木彫技術を若い人に伝えて(学んで)いくのも大きな責務である。

現代彫刻だけがバカでかい作品であるのも、不思議といえば不思議。

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授業日

2018-12-24

カレンダー見ながら、何時からクリスマスイブが祝日になったんだと勘違い。
ハッピーマンディ。

20日に学生が来室(卒論の相談)することになって大急ぎで掃除したので、きれい。いくつか見当たらない本もあるが・・・。

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観仏三昧

2018-12-27

写真で振り返る2018年。


薬師如来像(1月)

後鬼(2月)

截金(3月)

十六羅漢像(4月)

五百羅漢像(5月)

地震(6月)

金剛力士像(7月)

地蔵菩薩像(8月)

台風(9月)

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過去ログ