Part23

トップページに戻る

KSつらつら通信・ジャンル別テーマ一覧」へ

過去の「KSつらつら通信」

メールはこちらへ:katagiri@kansai-u.ac.jp

<目次>

第881号 「面倒くさい」が通ってしまう時代(2022.12.28)

第880号 最近不満に思ったこと(2022.12.25)

第879号 なぜ環境問題を世代間問題にしたがるのだろうか?(2022.11.6)

第878号 ダンナとヨメ(2022.10.30)

第877号 推し女の功(2022.10.25)

第876号 日本は、出稼ぎ送り出し国に戻るのか?(2022.10.22)

第875号 強引なマイナカードの普及方法(2022.10.14)

第874号(童話)消えたスマイル国のおはなし(2022.10.3)

第873号 「多文化共生」より「新文化創造」の方が日本らしいのでは?(2022.9.14)

第872号 村上宗隆の55号到達報道に思うこと(2022.9.13)

第871号 国葬の意味(2022.9.5)

第870号 リスクマネジメントの考察(2022.9.4)

第869号 別れ際の手の振り方(2022.8.31)

第868号 ポイント、ポイント、ポイント、、、あー、嫌だ(2022.8.21)

第867号 夏休みの宿題(2022.8.13)

第866号 どこで戦争をやめればいいのだろう?(2022.8.8)

第865号 厳格な東京大学(2022.8.5)

第864号 芸術論(2022.8.3)

第863号 現役世代の孤独死(2022.7.30)

第862号 また「のり弁当」が出てきた(2022.7.29)

第861号 令和の四天王(2022.7.24)

第860号 社会学教育者としての腕は年々上がっている(2022.7.23)

第859号 安倍元総理暗殺事件(2022.7.15)

第858号 受け身の優等生たちの指導は楽しくない(2022.7.10)

第857号 2019年以前の大学にはもう戻らない(2022.6.17)

第856号 そこまで配慮すべきなのだろうか?(2022.6.3)

第855号 ルッキズムについて考える(2022.5.26)

第854号 「マスク禁止法」でも作らないともう戻らないのかもしれない(2022.5.20)

第853号 小学生スポーツの全国大会(2022.5.2)

第852号 いやいや、判断を間違っているでしょ(2022.4.17)

第851号 国際連合は何か役に立っているのだろうか?(2022.4.9)

第850号 孫と飲むような、、、(2022.4.6)

第849号 片桐ゼミのHPに関するアンケートの最終結果報告(2022.4.3)

第848号 男のトイレのエトセトラ(2022.4.1)

第847号 若隆景(2022.3.28)

第846号 高齢者マウンティング(2022.3.28)

第845号 冷蔵庫地図(2022.3.25)

第844号 らくたん(2022.3.23)【追記(2022.3.25)】

第843号 片桐ゼミのHPに関するアンケートの中間集計結果報告(2022.3.17)

第842号 3回目接種終了(2022.3.10)

第841号 祖父の建てた建物が残っていた!(2022.3.6)

第840号 デジャブのような、、、(2022.2.26)

第839号 ウクライナ危機(2022.2.25)

第838号 音楽の受容の仕方(2022.2.23)

第837号 頑張った、ロコソラーレ!(2022.2.20)

第836号 人生がシンプルになってきました(2022.2.16)

第835号 関関同立ちょうどいい(2022.2.11)

第834号 嗚呼、ムスタファ、、、(2022.2.10)

第833号 「頭がいい」とは?(2022.2.10)

第832号 マスクがパンツになってしまった日本(2022.2.8)

第831号 飲食店がまん延防止措置の発出を要請(2022.2.3)

第830号 人間って、本当に戻るんですね(2022.1.24)

第829号 「未読」のままの方が失礼なのでは?(2022.1.24)

第828号 近隣トラブルはなぜ増大しているのか(2022.1.15)

第827号 学生百人一首(2022.1.15)

第826 上野動物園のパンダ(2022.1.12)

881号(2022.12.28)「面倒くさい」が通ってしまう時代

 最近の学生を見ていると、面倒なことはできる限り避けるということを行動の基準にしている人がかなり増えているように思います。「タイパ」――「タイム・パフォーマンス」の略で、「コスパ」がいいという言葉が、コスト少なく満足度の高い成果を得られることと同じように、時間をかけずに満足度の高い結果を得ることを「タイパ」がいいと言うようです――などという言葉が若者の間で流行するのもこういう行動基準が広まっているからでしょう。好きでないことは、時間や手間をかけずに済ませてしまうこと、それが若者にとって大事なことのようです。

 しかしよく考えてみると、面倒くさいことなんて、若者に限らず、みんな好きではないはずです。同じ成果が得られるなら、お金も時間もより少なくて済むように行動するというのは、目的合理的行為であり、多くの人が行っている行為です。にもかかわらず、若者により強く見られるような気がするのはなぜでしょうか。それは、上の世代になればなるほど、たとえ面倒くさいと思っても、他の選択肢がなかったので、面倒なことでもやらなければならないのだという価値観を身に着けているからでしょう。大学に行くのも、仕事に行くのも面倒だと思った日が1日もないなんて人はほとんどいないでしょうが、行かなければ、授業は聞けないし、仕事もできなかったので、なんとか気持ちを奮い立たせて、重い腰をあげて通学・通勤をしていたわけです。

 しかし、このコロナ禍の3年で世の中は大きく変わりました。デジタル化、オンライン化といったシステムが大学でも会社でもこぞって導入され、大学に行かなくても学べる、会社に行かなくても仕事ができるという時代になりました。この3年を新社会人、大学生として過ごしてきた若者たちは、「こんな風にできるなら、会社や大学にも最低限の出席で済ませたい」と思うようになっています。若者だけでなく、私のような高齢者でも会議はその場に出向かずにZoomで参加できるなら、それを選んでしまうことが多くなっています。目的合理的行動なのですから、こうなるのは仕方がないのかもしれません。

 ただし気になるのは、面倒くさいことを避けて得た結果は、面倒なことをして得た結果と同じなのかということです。大学の授業については、対面とオンデマンドではかなり違いがあるのではないかということは、「第786号 オンデマンド授業の弱点(2021.3.27)」に書きました。仕事の方では、人間関係が深まらないでしょう。それは、大学の授業でも同じで、もしもゼミまで完全オンラインにしてしまったら、まず仲良くなることはないでしょう。ただし、この人間関係が深まることがいいいことだというような言説は私のような古い世代が言いがちのことで、若者世代はそういう人間関係こそ「面倒くさい」ものの典型としてあげたりします。

 恋愛なんかも、「面倒くさい」基準が幅を利かせるようになって、その価値が大きく変わったもののひとつです。恋愛が面倒なのは昔からです。付き合っている相手のことを気にかけ、お金も時間もかけるという、面倒くさいことこの上ないものです。ですが、そんな面倒くささがあるからこそ、相手が喜んでくれたり、幸せになったりした時の喜びもひとしおだったわけです。面倒くさいと言って、恋もしなければ、こうした喜びも知らぬまま人生を過ごしていくことになります。

 他にも小学生や中学生でも学校に行くのが面倒くさい、男(女)として生きるのが面倒くさい、働くこと自体が面倒くさいなど、いろいろなところで人は面倒くさいと思い、ぶつぶつ言うものです。昔なら、「そんなこと言ってもやらなければならないのだから、頑張りなさい」と親も社会も言ったものですが、今は「嫌なら無理してやらなくていいよ」と囁いてくれる「甘やかし」の時代です。「弱者に優しい」時代というべきなのかもしれませんが、そんなに面倒くさいことは全部しなくていいよと言っていたら、人は本当に成長できるのでしょうか。

面倒くさいことを避け続けた先には、楽しさもなくなっているのではないかという気がしてなりません。もちろん、技術も価値観も変わってきているわけですから、昔と同じように面倒なことをすべてすべきだとは思いません。無駄にエネルギーを使っていたことは変わってしかるべきです。しかし、なんでもかんでも「面倒だから」の一言で避けてしまうことが正当化されるべきではないと思います。すべての面倒なことを避けて得られる楽しみなんて、ほんのわずかなものでしかないと私は思います。

880号(2022.12.25)最近不満に思ったこと

 毎年のことですが、11月、12月は非常に忙しく、「つらつら通信」も更新が滞ります。11月から12月前半は「ゼミの集い」の準備と実施で忙しく、それが終わると今度は修論や卒論の赤入れに追われます。特に、今年は第8回大学生調査のデータ分析もある上に、例年より多い、修士2年の留学生が2人に、学部ゼミ生が22人もいて、修論や卒論の赤入れで休む暇もありません。明日また何本か草稿や修正稿が提出されるはずですが、今だけ一瞬時間ができたので、今年最後になるかもしれない「つらつら通信」を書いておきます。

 私のゼミでは、卒論草稿は印刷した原稿を返信用封筒とともに提出してもらい、赤を入れ次第送り返すという方式でやってきています。こんな時代なのに、デジタルデータではないのですかと言われるかもしれませんが、学生の卒論の第1次草稿は部分的な修正ではまったく対応がつかず、デジタルデータをいじってどうこうできるというものではない場合が多いので、紙ベースのものが必要です。

 4回生ゼミは月曜日なのでそこで受け取ったものをその日から赤入れを始めて送り返すのですが、昨年までなら土曜日も郵便配達があったので、木曜日の朝くらいまでにポストに放り込めば土曜日までに届くという感じでやっていたのですが、今年日本郵便は土曜日の配達をやめ、かつ普通郵便は翌日に配達することはないと決めてしまいました。結果的に、今年は水曜日の朝くらいまでにポストに投函しないと、その週中には届かないという状況です。なので、月曜日に受け取ったらそこから必死に赤入れをして水曜日の朝までに何本かでも投函しようと頑張ります。まあせいぜい、23本くらいしかできないですが。

 先日もそのパターンで頑張って赤入れをし、火曜日の夕方に豊中市に住む学生宛ての郵便を我が家に近い吹田市のポストに投函したのですが、なんとこの郵便が届いたのが翌週の火曜日でした。ちょっと、日本郵便、いい加減にしろよなと思いました。なんで、吹田から豊中への郵便が6日もかかるのですか?サービスが悪すぎます。日本郵便は、民営化して、かつての国営の郵便局時代よりはるかにサービスが悪くなりました。民営化が消費者にとってよい結果を生むのは、ちゃんと競争が生まれる場合です。手紙や葉書のような郵便物はライバルとなる企業がないので、サービスを悪化させてられても消費者にはどうしようもありません。宅配便でも送ろうと思ったら送れるでしょうが、かなり値段が高くなります。土日配達なし、普通郵便の翌日配達なし、という方針は見直してほしいものです。

 そしてもうひとつ不満に感じたことが卒論を受け取る学生の対応です。郵便で次のゼミまでに受け取れなくなるだろうと思った水曜日午後以降は、赤を入れた卒論を研究室まで取りに来るようにメールで連絡します。大学から遠い学生はゼミのある月曜日に取りに来ますが、大学近くに下宿している学生なら取りに来られるので研究室のドアに手提げ袋に入れてかけておき、持って行ってもらうようにしています。

 先日もそういう連絡をある学生にしたのですが、返信がなく、やっぱりメールは見ないのかなと思っていたところ、授業を終えて研究室に戻ったら袋ごと卒論が消えていました。どうやらメールに気づいて取りに来たようですが、連絡なしで持っていくんだとちょっと不快に思いました。その上、卒論を入れていた袋は割としっかりしたビニール袋で、卒論を入れてドアノブにかけておくのにちょうどいいものだったので、愛用していたのですが、袋ごと持って行ってしまわれたので、メールで連絡して次に大学に来る時に持ってきてくださいと連絡したら、「すみません。鞄をもっていて不要だったので、ごみ箱に捨ててしまいました」と返事がきました。「はあ?」という感じでした。鞄を持っていて不要なら最初から卒論だけ持って行ってよ、そもそも返信も寄越さず、取りに来るのもおかしいし、かなり腹が立ちました。

 手提げ袋の件はまあ目を瞑るにしても、卒論に赤を入れてもらって「ありがとうございます」とか「受け取りに行きます」ないしは「受け取りました」の一言が言えませんかねえ。その学生は普通にまじめな学生さんですが、こういう常識をわきまえてないのかとがっかりしました。「既読スルー」のような感じで返信も省略なのでしょうか。これ以降、学生に卒論の赤を入れたものを取りに来てくださいと連絡する時は、件名に【要返信】とつけています。時代とともに、ある程度常識は変わっていくものですが、何かをしてもらった、連絡をもらったら、応答するのは、他者とコミュニケーションを取る上で生き続けなければいけない大事な常識ではないでしょうか。「小言幸兵衛」じいさんみたいですが、大学生を育てるのが私の仕事です。厳しいことも必要に応じて言わせてもらいます。

879号(2022.11.6)なぜ環境問題を世代間問題にしたがるのだろうか?

 先日、某テレビ番組に、環境問題について熱心に学習している高校の生徒たちが出演し、いかに地球温暖化問題や気候変動の問題に世界が、日本がちゃんと考えていないかと主張し、「私たち若い世代はもっと怒ってもいいんだと思う」といった発言をしていました。この生徒たちだけでなく、他の「先進国」でも若い人たちが環境問題をもっと真剣に考えるべきだと主張するために、極端に過激な行動に走ったりしています。

環境問題で大人世代に怒りを向け続けている代表格は、スウェーデンのグレータ・トゥーンベリさんでしょうが、なぜ彼女はあそこまで環境問題を世代間闘争にしたがるのか、私にはよくわかりません。彼女の主張を聞いていると、子どもや若者が被害者で、大人が加害者という風に聞こえてきますが、一体彼女が怒りを向ける「大人」とはいったい誰のことなのでしょうか?30歳代あたりはまだ若者世代ということで被害者側になるのでしょうか?40歳代は?50歳代は?たぶん、そういう問いはナンセンスとか言われてしまうのでしょうね。「大人」とは社会を動かしている人たちとかいう答えになるのでしょうか?しかし、社会を動かしている人たちって、誰なんでしょうね?政治家あたりが主たる対象でしょうか?政治家が環境問題を真剣に考えないから、地球温暖化や気候変動がどんどんひどくなっているということなのでしょうか?

今の政治家も多少責任はあるかもしれませんが、ここ200年以上、あるいは人類が誕生してから、人類は一貫して、エネルギー消費を増大させながら、より快適な生活をめざしてきたのですから、今の「大人」にのみ責任があるというのも正しくないと思います。もしも非難するなら、より快適な生活をしたいとめざしてきたすべての人類を非難しないと筋が通らないのではないかと思います。今、自分たちは被害者だと主張する若者たちも、快適な生活を捨ててエネルギー消費をしないようにしようとしている人なんてほんのわずかでしょう。エアコンの効いた部屋で様々な便利な機器に囲まれ、豊かな食を満喫しながら、「大人」たちはおかしいと言われても納得がいきません。むしろ、若い時の生活で比べたら、現在60歳以上の人たちの方が、エアコンもなく、湯たんぽを使って暖を取るといったエコロジーな生活をしていました。今の若い人たちがそこまでの生活に戻る勇気があるなら、「大人」を非難する声にも耳を傾けますが、そういう人たちはほとんどいないでしょう。

エコバッグや再利用可能なカップの使用なども、それを造り、輸送し、洗浄しといった過程を考えると決してエコではないという話もあります。そういうことはやっているから、SDGsを実践していますという人は多そうですが、社会全体で本当にエネルギー消費を減らしているのかどうかは怪しいところです。

もちろん、環境にやさしい方がいいというのは否定するものではないですが、どういうことをするのが環境にやさしいのか、明確に言える人はいるのでしょうか?化石燃料が今は一番の悪玉にされているようですが、そうなると結局原子力発電をという声が実質的に高まってきてしまうでしょう。若者は再生可能エネルギーをもっと利用すべきとし、太陽光だ風力だと言っていますが、そうした再生可能エネルギーだけで、今の快適な生活を維持できるのかをまじめに考えたらとうてい難しいことにすぐ気づくはずです。また、休耕田や山の斜面を太陽光発電用パネルだらけにするのは、美しいものではないですし、それは環境にやさしいと言えるのでしょうか?

1960年代頃の日本は大気も河川も街も汚れまくっていました。それが環境に関する様々な法律や企業・住民の意識改革で、今やこんなに綺麗な環境を取り戻すことができました。もちろん、今は今で見過ごせない環境問題はあるでしょう。しかし、その改善のためには、「大人」を非難するという世代間闘争なんか百害あって一利なしです。世代でいがみ合うのではなく、すべての人が協力して動く必要があります。なんで、同じ社会の、世界の構成メンバーの中で敵味方を作るのでしょうか?私にはまったく理解ができません。

878号(2022.10.30)ダンナとヨメ

 40歳代以下、もしかすると50歳代以下の夫婦では、親しい友人と話をする時に、女性は「ダンナ」という名称で、男性は「ヨメ」という呼称で、配偶者のことを語っている人が多いのではないでしょうか。フェミニストが目くじら立てそうなこれらの呼称ですが、ジェンダー問題を強く意識する人以外は、みんな元の意味が何かとは考えずに使っているのでしょうね。で、別にそのことを批判したいわけではありません。たまたま、先日バスの中で後ろに座った二人組の女性たち――40歳代後半くらい?――が「ダンナが、、、」と話していた会話がすごくよく聞こえてきてしまい、そう言えば、みんななんと呼んでいるのだろうと気になったのです。

 そこで、親しい卒業生たち――30歳代〜50歳過ぎ――に何と呼ぶかと聞いたところ、やはり「ダンナ、ダンナさん」「ヨメ、ヨメさん」が多く、「奥さん」やニックネームで呼ぶという回答も少しありました。それらの回答を聞きながら、配偶者をなんと呼ぶかで夫婦の関係性――配偶者への思い――がわかるかもしれないなと思いました。「ダンナ」と「ダンナさん」、「ヨメ」と「ヨメさん」は同じように見えますが、結構違う気がします。「さん」をつける場合は、配偶者への愛情や好意が含まれており、つけない場合より配偶者への思いがあるように思います。「奥さん」は40歳代以下では少なく、我々60歳代以上の世代はよく使っていましたが、この言い方も結構愛情があると思います。ニックネームで呼ぶというのも、かなり愛情がある場合でしょう。親しい友人ですから、配偶者の名前を知っている可能性は高いので、ニックネームで呼んでも友人はわかるはずですが、夫婦間の仲の良さを示しすぎてしまうことになりそうで、避ける人も多いように思いますが、そんな中でもあっさりニックネームで友人に配偶者のことを語れる人は、かなり配偶者に対する愛情がある気がします。ああ、ちなみに「ダンナ」「ヨメ」という呼称も決して愛情が薄いというわけではないと思います。現在の標準の呼称ですので。

 「妻」「夫」という呼称は、40歳代以下では、多少公的な要素を含む人間関係の場面では使うことはあっても、親しい友人との会話ではまず使われることはないでしょう。もしも使っている人がいたら、少し愛情が薄れているかもしれません。「彼」「彼女」も微妙な感じがしますね。40歳代以下はあまり使わないかもしれませんが、「うちの人」とか「うちの」という言い方も大分愛が冷めている感じがしますね。さらに、「あの人」「あいつ」とかなったら、もう危ない夫婦関係かもしれません。

 世代を限定せずに考えてみると、配偶者の呼称はもっといろいろあってその使われる頻度も大きく変わってきました。私のような60歳代後半の世代では、「ダンナ」と「ヨメ」はほとんどなかったと思います。使っていた人もいるかもしれませんが、私の周りではあまり聞きませんでした。男性は「家内」「女房」「妻」「奥さん」くらいでした。女性は「主人」「亭主」「夫」といった呼称を使っていたと思います。

 ジェンダー問題に敏感な人は、「パートナー」と呼ぶ人もいた気がします。それは今でもかもしれませんね。まあ、今回の話は、夫婦間の呼称からジェンダー問題を考えるのではなく、夫婦の愛情を考えるという話なので、どの呼称がいいかどうかという話には繋げずにおきたいと思います。当たってないかもしれませんが、親しい友人が配偶者のことをどう呼んでいたかを、思い出して考えてみていただけると面白いかもしれません。ちょっと悪趣味かな(笑)じゃあ、自分がなんと呼んでいるかを、呼び方は変わってきていないかを考えてもらうということで、当たっているかどうか考えていただければ、自分の配偶者への思いの変化がわかるかもしれませんよ。少なくとも、私は確実に変化してました(笑)

877号(2022.10.25)推し女の功

 先日韓国の釜山で行われたBTSのライブに日本からも多くのファンが駆け付け、べらぼうな額となったチケットやホテル代を支払い、あるいはチケットが取れずに外に漏れ聞こえる音を聞くだけのためにも現地に行く人が多かったという報道を見ながら、いろいろ考えていました。BTSに限らず、今はいろいろなアイドルにたくさんの女性ファンがついています。昔からアイドルやスターのファンはいましたが、ここ10年ほどの間に世間に流布するようになった「推し」というファンの意識は、昔のファンとはかなり違う要素を持っているように思います。

 かつてのアイドルやスターのファンは、基本的に男性は女性アイドルの、女性は男性アイドルのファンになるというのが一般的で、そこには疑似恋愛対象としてアイドルを見るという見方がありました。しかし、現代の「推し」は、主として女性たちがその主体で、対象も男性アイドルに限らず女性アイドルにも熱い「推し活」が行われているように思います。男性のファンにも「推し」という言葉を使うこともあるとは思いますが、大多数の人々が思い浮かべるのは、「推し活」は女性たちが行っている活動というイメージだと思います。

男性ファンが女性アイドルのファンになるのは昔ながらの疑似恋愛要素が強いように思いますし、男性アイドルのファンには男性はほとんどならないでしょう。男性が男性のファンになる場合は、矢沢永吉や長渕剛のファンのように、同じ男性としての目標的な要素でしょう。しかし、女性の「推し」はそれとは違う要素がかなり入っているような気がします。もちろん、男性アイドルに対しては昔ながらの疑似恋愛的な要素もなくはないでしょうが、応援している女性ファンたちの様子を見ていると、疑似恋愛対象というよりは、自分たちが応援することによって、アイドルがより売れていくことに喜びを感じているように見えます。それは、まるで我が子を応援する母親の気持ちに近いものではないかと見えます。昔なら、夫の成功を支える「内助の功」とも同質のものではないかという風に私には見えます。

 推し活を熱心にしている女性たちのジェンダー意識を分析したら、推し活に興味がない人より、伝統的ジェンダー観に対する批判意識が弱いという仮説が立てられるように思います。自分が前に出て輝きたいというより、誰かを応援することで自分の存在意義を確認したいというのは、「内助の功」「賢母」といった、かつて女性たちに期待されていた役割遂行意識と非常に近いところにある気がします。

 今は女性アイドルグループを推す女性ファンはたくさんいますが、かつては宝塚ファンが女性が女性を推す典型でした。そして、その宝塚ファンの女性たちはかつては比較的生活が豊かな家庭の専業主婦が多いと言われていました。彼女たちは、宝塚のスターたちに若い頃から注目し、そのスターが伸びていくことを、自分の子が成長していくのを楽しむように応援していたということも多くあったようです。お弁当を差し入れたりということも多く行われていたようで、それはまるで母親が子どもにしてあげるようなサポート活動です。(ただし、現代の宝塚ファンの女性たちには、バリバリ仕事をしている人たちが増えているようです。そこには、母親的な気持ちよりは、日頃の多忙さを忘れさせてくれるゴージャスな非日常が味わえて癒しになるといった気持ちがあるようです。チケット代も高いですし、以前のように豊かな暮らしを満喫できる専業主婦層というのも減っているということも関係していそうです。)

 ジャニーズ系アイドルのファンも昔は中学生くらいまでの女子が、疑似恋愛対象として好きになるということが多かったのですが、2000年以降くらいから、どんどん年齢の高い女性たちがファンになってきています。自分より10歳も20歳も若い男の子を応援する気持ちは、疑似恋愛対象としてよりは、成長を助けてあげたいという母親の気持ちに近いように思います。内助の功などしなくてよくなった現在、子育ても一段落した女性たちは、自分が前に出て輝くことより、誰かを応援することで、無意識に自分の存在意義を確認しているのだと思います。ちょっと厳しい言い方をしてしまいますが、たぶんその方が楽なんですよね。自分自身が輝こうと思ったら、能力、努力、様々なものが必要となります。でも、応援するだけなら、その応援しているアイドルが輝けたら、自分の推しがあの子を輝かせる一助になったと思え、もしも伸びなかったら、他に乗り換えることも簡単にできるのですから。夫婦や親子の縁は、簡単に乗り換え可能ではないので、「内助の功」や「賢母」はそう言われるまで、簡単に放り出せませんが、「推し女の功」はそう思える対象に出会うまでいくらでも乗り換え可能です。

 私としては、「推し女」として貢献するより、自分自身が輝くために努力する女性が多くなってほしいものだと強く思います。

876号(2022.10.22)日本は、出稼ぎ送り出し国に戻るのか?

 先日テレビを見ていたら、今海外で稼ぐ日本人が増えているというニュースがやっていました。日本と同じ仕事をしていても、アメリカやカナダやオーストラリアで働くと倍以上の給料が得られるということで出稼ぎに行く若者が増えているそうです。アメリカで働いていると紹介されていた人は、美容師や寿司職人といった手に職のある人でしたが、ワーキングホリデーの受け入れ国では、そうした技術を何も持っていない人でも、アルバイトや単純労働でも日本の倍以上稼げると喜んでいました。中には、「もう日本で働くのは馬鹿馬鹿しいので、ずっと海外で働きたい」と言う人もいました。

 かつてバブル経済が本格化した1980年代後半から、日本は外国人が出稼ぎ労働に来て稼ぎたいと思う国でしたが、この30年以上給料が上がらないという経済低迷期を経て、今や日本人の方が海外に行って稼ぐ国になり始めているようです。歴史をもっと遡れば、かつて日本人が日本の中では生活が成り立たず、海外へ出稼ぎに、あるいは移民する時代が長くあったのですが、1960年代以降の高度経済成長を通して日本の経済はよくなり、人々の生活は豊かになり、海外に稼ぎに行く必要はない社会となっていたのです。

 そういう右上がりの時代の中で育ってきた私たち世代にとって、若い人が職人や単純労働者として海外に稼ぎに出かけるようになっているというのは、衝撃的なニュースでした。30年くらい前から、日本はもう右上がりが望めない国になっているといろいろなところで言ってきましたが、今や停滞期ではなく、右下がりの国、沈みゆく国になり始めていると思わざるをえないニュースです。

 ただ、一方で金銭面だけではない日本の暮らし良さを求めて、日本に来る外国人もいます。その代表格が中国の高学歴の若者たちです。ニュースでも紹介されていたのですが、私の実感でもそのトレンドは感じていました。10年ほど前はそこまでたくさん来ていなかった中国人の大学院希望者が最近急激に増えています。7月の入試では、社会学専攻だけで8名、同じく10月入試では15名もの中国からの大学院進学希望者が受験しました。かつては、籍だけ大学ないしは大学院に置いて、実際はアルバイトして稼ぐことがメインなのではと思う中国人留学生がかなりいましたが、今はそんな人はほぼいません。みんな優秀でやる気があります。ニュースで紹介されていた人たちは、異様に競争社会になっている中国で疲弊してしまったとか、厳しい管理主義や言論の不自由さなどから、日本で働くことを望むという人たちでした。中国の厳しい現実を知っているので、いかに日本が暮らしやすいかをきちんと認識し、それを享受し続けるために努力もしています。

 そういう中国の若者たちを見ていると、日本の若者の危機感のなさがひどく心配になります。今の日本の若者は、こうした日本の暮らし良さが当たり前に存在する中で育ってきたので、そのありがたさや、それを維持するために頑張るという意識を持っているのだろうかと不安になります。就活だけは頑張りますが、その後仕事をし始めてからは、どのくらい頑張る気持ちがあるでしょうか。中国の若者はほぼみな一人っ子で、両親の期待を背負っているということも日々感じていますが、日本の若者は、そんな親の期待を背負っているから頑張ろうなんて考えている人は極少数でしょう。親も含めて他人から制約されない暮らしをマイペースでしたいなというのが、今の日本の若者の気分でしょう。

 こんな日々の様子を見ていると、中国生まれの人でも日本人として暮らしたいという人には、どんどん新日本人になってもらうのが、中長期的に日本を立て直す唯一の手立てではないかという気がしてきます。日本政府はこういう根本的な問題について考えようとせず、やれ為替介入だ。全国旅行割だ、出産一時金の増額だ、マイナポイントだとか、ただただ金を配ればいいだろうという政策しか打ち出しません。これでは、秋の日のつるべ落としのように、日本社会は沈んでいきそうです。コロナワクチンより、日本社会にカンフル剤を打ち込まなければいけないのではないでしょうか?

875号(2022.10.14)強引なマイナカードの普及方法

 2024年秋から健康保険証を廃止してマイナンバーカードに一本化すると、河野デジタル大臣が宣言しました。実質マイナカードの義務化ということです。私はマイナカードは持っていますし、保険証として使える登録もしていますが、日頃まったく持ち歩いてはいません。保険証は職場から発行されたものを持ち歩いていますので、まだ一度もマイナカードを保険証として使ったことはありません。それが2年後には無理矢理変えられてしまうことになるわけです。報道を見ていると、新しい病院とかに行ってもこれまでにどんな病気をしたか、どんな薬を飲んでいたかが、本人の記憶に頼らず正確にかつすぐわかり便利だとか言ってましたが、それは単純に便利と言えるのでしょうか。

 たとえば、精神的にしんどかった時期があり、そういう処方を受けたというようなことがあった場合、あるいは、望まない妊娠をして中絶した経験があった場合、全然関係ない病院や場合によっては役所にもそういう事実を全部知られてしまうということではないでしょうか。一応本人の了解を得て情報にアクセスするということになっているようですが、どんな薬を使っているのかを知る必要があるのでと言われたら、断れないのではないでしょうか。そもそもマイナカードを読み取る機械を持たない普通の国民は、自分がどういう病院にいつかかったかも自分では確認できなくなるではないでしょうか。今なら、各病院の診察券が手元にあり、診察日が裏に書いてあったりしますので、いつどこの病院に診察に行ったかが自分でも把握できるし、関係ない病院や役所で自分の知られたくない情報を知られてしまう怖れはほぼないわけです。マイナカードが保険証代わりになっても、いいことなんか国民にはほとんどありません。

 さらには2024年度末までは運転免許証としても使えるようにするそうです。今の計画では運転免許証自体は廃止しないようですが、それもどうなるかはわかりません。もしも運転免許証も廃止し、マイナカードで代替するとなったら、マイナカードを紛失したら、再発行してもらうまで、車には乗れない、病院にも行けないということになりかねません。推進派の人は、なくしたら困るのは現在でも一緒でしょと言いますが、今はそれぞれ別のカードで、万一紛失した場合のリスクも分散されています。それが1枚に集約されたら、万一の危険度はべらぼうに大きくなります。財布がすっきりするとか、しょうもないことを言っていた推進派もいましたが、クレジットカードやポイントカードはマイナカードになるわけではないので、健康保険証と診察券と運転免許証が減ったからと言ってたいして薄くはなりません。

 政府がこんなやっきになって、マイナカードを普及させようとするのは、行政の仕事が効率化するということだけでなく、いずれすべての銀行口座とも紐づけることを義務化して、国民の財産・所得の管理をしたいのではと思えてなりません。その管理をちゃんとできる政府・行政なのかと多くの人が不信感をいだいています。そもそも、どうやって再来年秋までに全員にマイナカードを持たせるのでしょうか?認知症になっているお年寄りは?乳幼児は?調べてみると、代理で作れるようですが、写真は必要、ポイントは本人名義でないといけないので、新生児でもポイントを受け取れる口座を作りましょうとか書いてあります。なんやねん、それは、という感じです。

 国民にとって利益の感じられないマイナカードですが、どうしてもやりたいなら明確にマイナカードを持つことは国民の義務だと言い切ってほしいものです。そして、国民自身にとってよりも、この社会にとってこのカードを国民全員が持つことが不可欠なのだときちんと言うべきです。現在国民の三大義務と言われている「教育、勤労、納税」も国民自身にとってというより、社会を維持存続させるために必要なものばかりでしょう。中途半端に、便利になるから持ちましょう、なんて言おうとするからおかしくなるのです。保険証と一体化なんてさせなくとも、義務だから持ってください、自分でうまく申請できない人は代わりに国が全部やってあげますと言ってほしいものです。

 きっとスムーズに進まず、2024年秋に健康保険証の廃止はできないだろうと、私は予測しています。というか、保険証の完全廃止は永遠にできないのではという気がします。

874号(2022.10.3)(童話)消えたスマイル国のおはなし

 むかし、むかし、あるところに、海にかこまれたスマイル国という、小さいけれどとてもすてきな国がありました。そこの国の人たちは、そんなに豊かではなかったけれど、いつも笑顔で、「おはよう!」「こんにちは!」「ありがとう!」と声をかけあって、仲良く幸せに暮らしていました。

 ところが、ある年、よその国から船で来た人がだれも知らないコロナという新しい病気を持ちこんでしまいました。新しい、未知の病気というのはとてもこわいもので、年をとった人が何人も死んでいくのを見て、みんな、「これはたいへんだ」とパニックになってしまいました。

 病気にかかった人は、熱と咳が出るので、みんなこぞってマスクをしはじめました。いつもならやすく買えるマスクがとても高い値段になり、さらにはそのうちどこにも見当たらなくなりました。

みんなが困っているのを見て、国のいちばんえらい人であるアキシベ大臣は「国のお金でマスクを作って、みんなにくばってあげなさい」と命じました。あわててマスクを用意しなければならなくなった職人さんたちは大変で、数をたくさん作るために、ちょっと小さめに生地を切ってマスクを作り、すべてのうちに2枚ずつくばりました。でも、小さめに生地を切ってしまったので、しっかりと鼻と口をおおうことができないものになり、くばられた国民は、「こんなマスクは子どもにしか使えない」と誰も感謝しませんでした。

大人たちは、じぶんからこぞってマスクをしたがりましたが、子どもたちはマスクをするのがいやでいやで仕方ありませんでした。幼稚園児のリョウくんも「マスクなんかしたら苦しいし、みんなの笑顔もみられなくなっちゃうからいやだ」と言ったのですが、ママが困ったように「リョウくん、しばらくのあいだだけだから、がまんしてマスクをしてね」と言うので、ママを困らせてはいけないと思ったリョウくんは、「わかったよ。しばらくのあいだだね、ママ。ボク、マスクするよ」と言うと、ママはとてもよろこんでくれました。

ところが、1週間たっても、1か月たっても、マスクをはずしていいとはだれも言ってくれません。リョウくんは、「ママ、もうマスクしなくていいよね」と毎日聞いていたのですが、ママがいつも困ったように「ごめんね。リョウくん、もう少しがまんしてね」というので、だんだんリョウくんもママに聞いたらいけないんだと思うようになり、2月もたったころにはなにも言わなくなりました。

そのとし、リョウくんは小学校に入学しました。食べるのが大好きなリョウくんは、給食の時間をすごく楽しみにしていました。リョウくんのおねえちゃんから、「給食はね。みんなで机を囲んでわいわい食べるんだよ。楽しいよ」と聞いていたので、すごく楽しみにしていたのです。

ところがです。はじめて給食を食べることになった日、たんにんのウシジマ先生はマスクをしたまま、こう言ったのです。「みなさん、今はコロナがはやっていますので、給食はそれぞれ前を向いて食べ、いっさいおはなしをしないように、モクショクしてください」

みんなでわいわい言いながら食べる給食を楽しみにしていたリョウくんはすごくがっかりしました。「モクショク」ってなんだかわからなかったので、おうちに帰ってから、パパにきくと、「もくしょくというのはね、黙って食べるということなんだよ」と教えてくれましたが、リョウくんは家でもパパやママやおねえちゃんとわいわいおはなししながらご飯を食べていたので、「なんで、そんな食べ方をしないといけないの?」とぜんぜんわかりませんでした。パパも困ったように「コロナだからね」と言うだけでした。

その後、1年、2年経っても、スマイル国の人々は、みんなマスクをしたままでした。リョウくんも3年生になりました。すっかりマスクにもモクショクにも慣れてしまい、たまにマスクをはずしている人がいるとへんな人なんだと思うようになりました。でも、このあいだ、テレビのニュースをみていたら、よその国では、もうマスクをしていない国がほとんどだと聞いてびっくりしました。「なんでマスクしなくていいんだろう?コロナ、こわくないのかな?」とリョウくんは不思議に思いました。

そのニュースを見てちょっといいなとリョウくんが思ったのは、みんなが笑顔でいたことです。リョウくんはもう何年もともだちの笑顔を見ていません。笑顔どころか、おめめのかわいいカナちゃんもフーちゃんも本当はどんな顔をしているのか、リョウくんは知りません。いつかマスクをはずせる日がきたら、みんな「はじめまして」って言うのかな、なんて思ったりしていました。

結局、この国ではその後もみんながマスクを外す日は来ず、むしろ常につけるのが当たり前になってしまい、この国の人々の最大の魅力だった笑顔がすっかり消えてしまいました。「自分だけマスクははずせない」という過同調的なパターンにはまっている人だけでなく、「マスクをしている方がかわいく見える」という「マスク肯定派」もたくさん現れてきたのが原因でした。

笑顔の消えたスマイル国はもはや「スマイル国」の名に値せず、「マスク国」と国の名前を変えました。しかし、顔を半分隠し、笑顔も喋る表情も見せることのないこの「マスク国」のことを、どこの国の人も信頼ができず、「マスク国」は世界で孤立し、ついに滅びてしまったそうです。(終)

873号(2022.9.14)「多文化共生」より「新文化創造」の方が日本らしいのでは?

 先日、片桐社会学塾で「多文化共生」について議論したのですが、そこでも出た意見ですし、私もそうだなと思ったのが、「多文化共生」って「SDGs」と同じように聞こえの良い言葉で否定はしにくいけど、なんかすっきりと腑に落ちる言葉じゃないなあということです。このおさまりの悪さは何なんだろうとずっと考えていたのですが、もしかするとこういうことかなとちょっと思ったので書いてみます。

 「多文化共生」という言葉には、日本文化とは異なる文化を持った「外国人」が、最近は日本にも増えてきているので、彼らが暮らしやすいように、日本文化とは異なる彼らの文化を許容していきましょうというニュアンスがありますよね。異質な文化を異質なものとして認めてあげましょうという感じがします。なんかここがちょっと気持ち悪いというか、「上から目線」的な感じがあって、腑に落ちないのかなと思います。

 日本の文化ってもともと外国からの他文化をどんどん取り入れて形成されてきたもののはずです。この今使っている文字も、まずは中国の漢字を取り入れ、それを基に表音文字としてのカタカナとひらがなを作ったわけですし、日本人の信仰も自然に対する怖れと感謝から生まれたアニミズム的信仰である神社信仰に、帰化人がもたらした仏教がまじりあう形でできあがりました。稲作文化もお茶の文化ももともと輸入です。和食の代表の天ぷらもすき焼きも、海外の文化との融合として出来上がっています。

 明治以降もダイニング・テーブルの脚を切ってできたのがちゃぶ台ですし、神社で結婚式を挙げるのも西洋の結婚式を真似して作られたものです。ファッションも髪型も西洋の文化を模倣して現在に至るわけです。他にも山のように例はあげられます。要するに、日本文化は他文化を受け入れ、それを自分たちにとって使いやすいようにアレンジして作られてきたものがほとんどなのです。他文化と共生するというより、積極的に他文化と融合してきたという歴史を持つのです。

 現代も本当はそれでいいのじゃないでしょうか。「多文化共生」などという言葉を使って、異質な文化を異質なものとして許容しましょうというのではなく、他文化から刺激を受けて、新しい新日本文化が創造されるのを楽しみましょうという「新文化創造」の方が、これまでの日本の歴史からすると自然なあり方なんじゃないかなと思います。

 まあでも、こんな言葉にケチをつけようとつけまいと、今を生きる人たちも、これまでの日本人と同様に、外国の文化を柔軟に受け入れて、日本人が受け入れやすいように変化させて、新たな日本文化にしていくでしょうから、50年後くらいには、新日本文化がきっといろいろ生まれていることでしょう。

872号(2022.9.13)村上宗隆の55号到達報道に思うこと

 ヤクルトの村上宗隆選手、すごいですよね。最近は、ヤクルトの試合結果が見たくてスポーツニュースに注目しています。さて、今日の巨人戦で2本のホームランを打ち55本になり、ついに王貞治氏の記録に並び、テレビのニュースでは「日本人最高記録に並ぶ!」とテンション高く報道していました。でも、この報道は厳密に言うと正しくないです。王貞治氏は現在に至るまで一貫して国籍は中華民国籍です。つまり、もしも「日本人」を国籍で規定するなら、日本人最高記録は、野村克也氏と落合博満氏の52本で、村上選手はもうとっくに抜いていたのです。しかし、こんな指摘をしても、多くの人は「いや、王さんは日本人とみなしてよい」と思うのでしょうね。お母さんが日本人で、日本で生まれ、日本で野球を覚え、甲子園の優勝投手にもなり、巨人軍に入団した人ですから、選手として経験してきたプロセスは、他の日本人選手と変わるところはひとつもないので、日本人とみなしてよいと思うのでしょうね。ましてや、国民栄誉賞までもらっているのですから。(ちなみに、国民栄誉賞って、もらう人が「国民」なのか、与える方が「国民」なのか、どっちなんでしょうね。王さんがもらっているんだから、国民じゃなくても与えられるから、国民が与えるのかな?実際は、その時々の内閣が人気取りのために勝手に与えていますが。)

 他方、大相撲でも、2016年初場所で琴奨菊が優勝した時に、「10年ぶりの日本人力士の優勝!」といったん大々的に報道された後に、2012年夏場所で優勝したモンゴル出身の旭天鵬がすでにその時点で日本国籍を取っていたことがわかり、慌てて、その後は「日本出身力士の10年ぶりの優勝」と言い換えるという事態が生じていました。

 この2つの事例からわかることは、法的には日本人とは日本国籍を持った人と定義せざるをえないけれど、大多数の国民に共有された認識としては、国籍ではない何かで日本人が捉えられる時も多々あるようです。オリンピックをはじめとする国際大会で優勝でもする日本国籍の選手がいれば、見た目が黄色人種である日本人っぽくなくても、「日本人が優勝!」と大々的に報じますが、本音のところではどの程度本気で日本人が優勝したと思っているでしょうか。白鵬も20199月から日本国籍にしていましたので、最後の3回の優勝は日本人としての優勝ですが、日本人力士が45回もの優勝という大記録を打ち立てたとは誰も言いませんでしたし、いまだに大相撲ファンは、白鵬も鶴竜も琴欧州も日本人と思ってないでしょう。(3人とももう国籍は日本です。)

 海に囲まれた日本は長い間国も閉ざして来て、言語も日本語というこの国でしか使わない言葉を使い、単一民族国家であるかのような意識で過ごしてきました――歴史を遡れば、すべての日本人の先祖はみんなどこからかやってきた人々で、単一民族なんかでは絶対ないということに容易に気づくはずです――が、今やもうまったくそういう状況にはありません。日本にやってきて、日本語も上手に使える外国人、あるいは元外国人がたくさんいます。そして、そういう人たちと結婚して生まれた子どもたちは見た目が黄色人種っぽくなくても、生まれた時から日本文化をしっかりと身に着けた人がたくさんいます。でも、そういう人たちを日本人と思っていない人はたくさんいると思います。

日本人っていったい誰なんでしょうね?

871号(2022.9.5)国葬の意味

 安倍元総理の国葬をめぐって反対意見が日増しに強くなっていますが、国民の関心が費用の問題に偏っているのはちょっとおかしいのではないかと思います。これまでの多くの自民党から出た総理大臣が亡くなった時と同様に、内閣・自民党合同葬にしたら、葬儀の費用の半分は自民党が持つのに、国葬だと全部国が持つことになるからもったいないと批判する人がいますが、内閣・自民党合同葬で自民党が出す費用は葬儀に直接関わる部分だけです。今回の場合、2億何千万円と言われている部分の半分にあたる部分です。しかし、どちらの形でやろうとも、外国からの賓客や国内の有力政治家などが集まれば、その警備費用が直接的葬儀費用の何十倍もかかるわけで、その費用は当然国が出すわけです。今回もある試算によれば、100億円くらいになるのではと言われています。つまり、国葬でやろうと内閣・自民党合同葬でやろうと、べらぼうな費用を国が負担するのは変わらないわけです。

 では、何が一番異なるかと言えば、国葬は国民を含んだ国全体で亡くなった人を悼み、送り、喪に服すという意味になるということです。内閣・自民党合同葬なら、国民は必ずしも葬儀を行う主体ではないのに対し、国葬はそういう意味になるということです。なので、本来は国民を代表する国会で、国葬を行うことを認めなければならないはずです。それを閣議決定だけで進めるのは、法的には正当性がないことになります。岸田内閣はどこまでわかっていたのかわかりませんが、「国葬でやる」と早々と宣言し、批判の声が高まってくると、国民に黙祷や葬儀への敬意を払うことは求めないと言うようになっています。であれば、それはもう国葬ではないはずです。調べたら、1975年に亡くなった佐藤栄作元総理の場合は、内閣、自民党、国民有志による「国民葬」という形でやったようです。ネーミングにはやや問題がある気がしますが、今回の安倍元総理の葬儀もそのくらいの形にしておけば収まりがよかっただろうなと思います。

あるタレント・コメンテーターが、「安倍さんでやらなければ、一体誰で国葬をやるんですか?」と言っていましたが、政治家をはじめ民間人に関しては、国葬はしないことを原則にした方がいいように思います。天皇や上皇といった方々に関しては、そういう日が来たら、それは当然国葬になるわけですが、民間人だと国民全体で、その死を悼むということにすると必ず異論が出そうです。

 まあでも、もう実施時期が迫っていますので、政府・自民党はこのまま、国民は必ずしも悼まなくてよいという奇妙な「国葬」のまま行くのでしょう。世論調査では、今は国葬反対の声がやや多くなっていますが、警備費まで入れたら、費用は内閣・自民党合同葬としてもそう変わりはしないと知れば、大多数の国民は「なんだ。じゃあ、国葬でもいいんじゃない」と思うことでしょう。もちろん、国葬に強く反対している人たちは国葬が費用の問題ではなく、国民全体を葬儀の主体にすることになるということを考えての反対ですから、費用の差がたいしたことではないと知っても反対を続けるでしょうが。

 それにしても、岸田総理はぶれぶれです。本人は国民の声を聴いているつもりなのでしょうが、世論という形で現れる国民の声なんてころころ変わりますから、それに耳を傾けすぎていては政策がぶれるのも当然です。安倍元総理が凶弾に倒れ、国民がショックを受け、その死を悼んでいた頃には、国葬を行うというのが、国民の感情に沿った良い判断だと思ったのでしょうが、その後事件の詳細がわかってきて、犯人の人生に同情の声が増え、旧統一教会と安倍元総理の関係の深さなどが明らかになってくると、風向きが変わり、国葬反対が半数以上を占めるようになってきています。国葬という形式は今更やめられないけれど、その中身は換骨堕胎して、国民には強制しませんと言い始めているわけです。本人が自慢げに語る「聞く力」ゆえに、今やふらふらしていて信念のない政治家に見えるようになっています。

昨年、菅前総理からバトンタッチした頃は、菅前総理が聴く耳を持たない不遜な感じに見えていたので、その逆バネで、高圧的でなく聞く力をウリにしていた岸田総理の支持率が高くなったわけですが、もうその逆バネ効果はすっかり消えてしまいました。むしろ、菅前総理の方が、携帯スマホの通信費を大幅に安くしたり、不妊治療を保険適用にしたり、短い期間でいろいろ仕事をしたのに、岸田総理は何もしてないなあと思う人が確実に増えている気がします。喋り方も本人は丁寧に喋っているつもりかもしれませんが、感情がこもらず、まるでロボットが喋っているようです。しばらく選挙がないので、総理の地位から引きずり降ろされることはないとは思いますが、このままずるずる支持率が下がり続けたら、自民党内部での権力闘争は強まっていくでしょう。菅の逆バネで岸田が有利となったわけですが、今の岸田はロボットみたいで魅力がないとなれば、その逆バネで人気を得そうなのは、やはり発信力があると言われる河野太郎でしょうね。まあ、彼は彼で一言も二言も多いタイプなので、総理になったらなったで、またいろいろ物議を醸しそうですが。

国葬の話から、今後の政治状況の予測にまで進んでしまいました。まあでも、最近はあまり政治ネタを書いていなかったので、よしとしておきます。

870号(2022.9.4)リスクマネジメントの考察

 卒論で、子どもたちのリスクとそのマネジメントについて研究している学生がおり、彼が詳しく調べてきた事例等を見ながら、今まで気づいていなかったことに、いろいろ気づき始めています。ちょっと自分の頭の中を整理するために、まとめておきます。まず、そうかあと思ったことが、リスクというのは一義的に決められるものではなく、リスクマネジメントという行為がなされることで、リスクとして認識されるものだということです。これは、社会問題の構築主義的考え方と同じです。社会問題は一義的に決められるものではなく、異議申し立て活動が生まれて初めて、そこに社会問題が存在すると認識されるというのとまったく同じ構図です。考えてみれば、子どものリスクも小さな社会問題とも言えるわけですから、同じ枠組みが適用できるのも当然です。ただ、これまで気づいていなかったのは、子どものリスクは、異議申し立て活動で気づかれることは少なく、リスクマネジメントによって認識されるため、同型の枠組みなのだということに気づいていなかったのです。でも、マネジメントせずにいて何か問題が起きたら、当然異議申し立ても生じますから、実際は同じものと考えてもいいわけです。

 次に気づいたことは、子どものリスクマネジメントは誰をリスクから守ろうとしているかということです。単純に考えれば、リスクに晒される子どもたちを守っているということになりますが、いろいろあげたくれた事例を見ていると、これは本当に子どもたちのことを考えてのリスクマネジメントなのだろうかと疑問になるものも多々あります。例えば、校則です。最近は、しばしば「ブラック校則」という名で槍玉にあげられることも多い奇妙な校則などは、生徒を守るというより、学校の評判が落ちるというリスクを減らすために作られているという見方の方が妥当性がありそうです。小学校で「ニックネーム禁止」というリスクマネジメントをしているのも、少数の悪印象を与えるニックネームの存在が、いじめや不登校を生み出す可能性があり、そうなった時に学校が非難されることになるので、そのリスクを生まないために、全面的なニックネーム禁止というリスクマネジメントを選択していると言えます。公園の回転遊具をはじめとする多少なりとも事故が起こる可能性のありそうな遊具の全面撤去も、万一事故が起きた時に批判される行政が、そのリスクを避けるためにやっていることと解釈できそうです。

 タテマエは子どもをリスクから守ると言いながら、ホンネでは組織を守るためというリスクマネジメントの場合は、上の例を見てもわかるように、過度なリスクマネジメントになりやすく、その結果として潜在的逆機能が起きることもしばしばあります。ニックネームを使う関係になれば、親しみも増すのに、全面禁止という措置を取ることで、クラスのコミュニケーションが深まらないという事態を生み出していますし、公園の遊具も本来なら、どんな使い方をしたら危ないかを学ぶ意味もあったはずですが、全面撤去してしまったら、どういう行動をしたらどういうリスクが生まれるのかに子どもたちが気づけず、いつかもっと大きなリスクに直面してしまうかもしれません。他にも、菌から子どもを守ると徹底して清潔な環境づくりというリスクマネジメントをする母親の下で育った子どもがちょっとした環境変化に弱い子に育ってしまうということもありそうです。

 子どもたちのリスクマネジメントを考察する際は、リスクを被る子どもたち、リスクマネジメントをする親・学校・行政、発生したリスクを非難する世論という三者関係を視野に入れる必要がありそうです。世論が現代のようにうるさくなかった時代は、リスクマネジメントももっと緩やかだったはずです。もとろん、その結果として、今よりリスクに直面することは多かったかもしれませんが、管理されることが少ない分、子どもたちは自分でリスクを乗り越えるために、自立心、危機回避能力、忍耐力などを、より身に着けやすかったのではないかと思います。世論の監視が厳しくなり、何か起きれば、一斉に非難するという時代になってから、マネジメント主体は先回りしてやや過剰なほどにリスクマネジメントをするようになっています。果たして、それは本当に子どものためになっているのかと改めて問う必要があるのではないかという気がします。

869号(2022.8.31)別れ際の手の振り方

 先日、テレビで昔の映像を見ていた時に、「あれっ、なんかおかしな手の動きだな」と思って気になったことがありました。それは、外国からの賓客を見送る多数の芸子さんたちが、手を前後に振り、まるで追い払うような動きをしていることでした。表情は、みんな笑顔でしたので、決して嫌なお客を追い払っているのではなく、暖かく見送っている感じでした。今なら、当然手のひらを見せて左右に振るような場面です。そうかあ、もしかしたらある時期までは、左右に手を振るという動作は、日本人の別れ際の動作ではなかったのかもしれないと気づきました。

 ネットで調べてみても、あまり詳しい情報は見つからなかったのですが、それでも明治以降、特に戦後になって大きく変わってきたらしいという情報は見つかりました。溝口健二監督の『雨月物語』では、手を前後に振る別れの場面があるそうですし、そういう手の振り方をしている人に会ったこともあるという情報がありました。手のひらを見せて左右に手を振るときに言う言葉は「バイバイ」ですよね。これは、当然英語の「good-bye」から来ているわけでしょうから、英語文化が入ってくる明治より前の時代では使われていないはずですし、明治以降も「グッバイ」とか「バイバイ」という別れの挨拶が、すぐに日本語として定着したとは思えません。一般的には、戦後GHQが日本を占領していた時代に、「グッバイ」や「バイバイ」は急速に広まり、それとともに、手のひらを見せて左右に振るという別れ際の動作も一般化していったのではないでしょうか。

 戦後のアメリカの影響を受ける前に大人になった現在90歳代くらいの方なら、昔の別れの際の手の動作とかを知っていそうです。私の両親がその世代ですが、父はもうなく、母も認知症が進んでしまっているので、もう過去のことを聞くことはできません。まだ少し元気だった時の母は、手のひらを見せて左右に振る「バイバイ」の動作をしていましたので、90歳代の人でも、別れ際に前後に手を振るという動作をしていたことを記憶している人は少ないかもしれませんが。探したら、おられそうな気はします。

そう言えば、特攻隊を見送る女学生たちの写真があったはずだと探してみたのが、この2枚です。左の写真は、桜の枝を持っているせいもありますが、なんとなく下から上に腕をあげて見送っているようにも見えます。しかし、右の写真は今と同様手のひらを見せて左右に振っている動作をしているように見えます。ということは、戦前でも、手を左右に振る別れの動作はある程度浸透していたと見るべきなんでしょうね。女学生の横の軍人は帽子を持って、左右に振っていたと思われます。大正デモクラシーあたりから、若い人を中心に手を左右に振り別れを告げるという動作も広まっていたのかもしれません。

 いずれにしろ、昔の日本人は別れ際に手を前後に振っていたらしいということは確かなようです。ここから先は私の仮説ですが、招くときと別れるときで振り方が違っていたのではないかという気がします。招く動作は手を上から下に振り、別れの際には、下から上に振っていたのではないでしょうか。招く動作が上から下へ手を動かすというのは、今でも日本人は使うと思うので納得してもらえると思いますが、別れの際は下から上というのは、昔の映像を見ながら感じたことです。白黒の8mmの映像だったので、はっきりわからなかったのですが、追い払うような動作に見えたのは、手が下から上へと動いていたからだった気がします。考えてみると、今でも「じゃあな」と言って別れるときに、下から上に腕を上げる動作をする人は結構いると思いますが、上から下には降ろす人はいないでしょう。こういう風に考えてみると、下から上に手や腕を上げて別れを告げるという動作は、今でも残っていると言えるのではないかという気がしてきました。

868号(2022.8.21)ポイント、ポイント、ポイント、、、あー、嫌だ

 今、世の中にポイントが溢れかえってますよね。先日、8月末まででGO TO EATのポイントの有効期限が来ますという通知が来たので、ああそうか、そんなポイントもあったかと思い出し、使うことしました。しかし、そのポイントを使うためにはある飲食店紹介サイトから予約しないといけなかったので、この間全然使っていなかったそのサイトになんとかログインして、一応ポイントを利用した予約ができました。しかし、今回の予約に伴うポイントをまたこのサイトに貯めると不便だなと思いながら見ていたら、このサイトのポイントではなく、PayPayにも貯められると書いてあったので、その手続きをしようと思いクリックしたら、今度はYahooと連携させてくださいというのが出てきて、とりあえずそれもやって、一応今後はこのサイトのポイントはPayPayに貯められることになりました。

 長ったらしい文章になってすみません。やった作業を書くと実際こんな感じで、正直面倒くさいと思いながらやっていたという気分を伝えるために、だらだらした文章を書きました。で、これを終えてから、そう言えば、他の飲食店紹介サイトの方もポイント付与が確定しましたとか連絡が来てたけど、あれはどこに貯まっているんだろうと調べてみたら、なんとポイントを貯めるための登録をしていなかったため、ポイントは雲散霧消していました。あ〜あです。もうひとつ別のサイトのポイントは楽天ポイントと紐づける手続きをしていたようで無駄にはなっていませんでした。

 この後、そうだ、マイナンバーカードを健康保険証としての利用を可とするという手続きをすればマイナポイントももらえるはずだと思い、それもやりました。マイナンバーカードのどこにスマホをかざしたらきっちり読み込めるのかわからず、2回ほど失敗しましたが、これもなんとか成功はしました。しかし、面倒くさい。なんなんだ、このポイント制度はと、やりながらどんどん腹が立ってきました。こんなマイナポイント獲得手続きはどうしたらいいのかわからないという人は多いのではないかと思います。マイナポイントをもらえるからマイナンバーカードを作ろうとか思う人はそんなにいないはずです。現金をくれるなら別でしょうが、ポイントをくれると言われても、「はあ〜?」という感じの人が多いはずです。ポイント制度に乗っかる国のやり方は疑問です。

それにしても、私自身一体何種類のポイント会員になっているのか、自分でも把握できていません。たまにしか使わないものなどは、気づいたら有効期限が来ていたなんてこともしばしばです。確かポイント制度って、ヨドバシカメラが導入したと聞いたことがあるような気がします。価格の1割くらいのポイントをつけるヨドバシポイントの導入で、ヨドバシカメラは新宿西口の一カメラ店から、全国展開する家電量販店へ飛躍できたのです。この成功がきっかけとなり、様々な店舗がポイント制度を導入し、今やありとあらゆるところで使われるようになっています。各自が2桁を超えるポイント会員になっているのが当たり前になっています。しかし、ちゃんと自分のポイントを把握できている人って、一体どのくらいいるのでしょうか。会員カードを紛失したり、IDやパスワードを忘れてしまったりということで使えなくなったポイントもものすごくあることでしょう。

 この「ポイント社会」とでも言える状況は今後さらに進むことはあってもなくなることはないのでしょうね。仮想通貨とか絶対に使いたくないと思っている人間ですが、ポイントって考えようによっては仮想通貨ですよね。ネット上の決済とポイントの付与・使用とかで経済が動いているんですね。みんな、しっかりついていけているのかな。そのうち、小学生にも硬貨や紙幣などを教えることより、電子決済とポイント制度とかを教える必要が出てきそうな気がします。

867号(2022.8.13)夏休みの宿題

 先ほど、某番組で橋下徹が「夏休みの宿題なんて要らない。日本の教育のだめなところだ」と主張していました。根拠としていたのは、生徒一人一人の能力に合ってない一律の宿題なんてまったく意味がない。そもそも優秀な子は飛び級させたり、理解できていない子は進級させずにもう一度同じ学年でやらせるといった教育制度を導入すべきだというような話でした。特に漢字ドリルなんて無駄に何回も書かせるだけで、あんなものは要らない。スマホで調べられるのだから、漢字なんか書けなくても大丈夫だし、歴史的出来事の年号なんて覚えさせるのは日本だけで、ヨーロッパの学校では第2次世界大戦直前の状況を想定して、子どもたちが各国の大使になったとして交渉を行うといった歴史の授業をやっている。日本の教育は文科省と政治家がダメなので、どうしようもないと叫んでいました。一部なるほどなと思うところもありましたが、そうかなあと思うところもあり、ちょっと自分の考えをまとめておこうと思いました。

 槍玉に上がっていたドリルですが、確かに私自身も子供時代つまらないものをさせるなと思いながらやっていました。記憶も定かではないですが、同じ漢字を何回も書かせるなんて一番嫌いだったと思います。でも、パソコンとスマホばかりで文章を書いている昨今、黒板に漢字を書こうとして、「あれっ、この部分どうだったかな?」と焦るということを何回も経験しており、今改めて漢字を何回も書いて体で覚えることをし直そうかなと思ったりしています。勝手に変換してくれた漢字を見てはいるので、大体のイメージはあるのですが、いざ書こうとした時に、細かいところがわからなくなります。もちろん調べればわかりますが、授業をしている最中に小学生時代に習った漢字がふと書けなくなり調べるからちょっと待ってというのはなかなか恥ずかしいです。でも、確実に漢字は書けなくなってきています。それでも、私たち世代は以前はすらっと書けていたわけですが、もしも小学生にも何回も書かせるというトレーニングをさせないなら、小学生のうちから漢字が書けないという子が山のように現れるでしょうね。スマホがあるからいいとも言えない気がします。まあでも、確かに全部の漢字を10回とかは要らないかもしれません。自分で、この漢字はしっかり頭に入ったと思えた段階で次の漢字に進むくらいで、できないものでしょうか。

 年号を覚えさせるなんて馬鹿馬鹿しいといった主張は賛成できません。ある程度どの歴史的出来事がいつ起きたかを知っていることで、歴史をつなげて考えられるようになります。小中学生の時はただの暗記として嫌々覚えたとしても、その年号がしっかり頭に入っていることで、その後大人になってから入ってくる歴史的知識がしっかり位置づけられるようになってきます。大使になりきって模擬交渉を行うという授業を日本でやろうとして、1930年代後半から1941年の日米開戦前の時期の、日本大使とアメリカ大使と中国大使になりきってやってみなさいなんて授業がとうていできるとは思えません。指導する教師は、その模擬交渉がどんな展開をしたらまずいとか、どう考えたらいいのでしょうか。こんな政治的な授業は大学生でも怖くてできません。

 義務教育における飛び級と留年制度の導入や、夏休みの宿題全廃というのは、結局新自由主義的政策とつながります。能力のある人はどんどん伸ばしてもらって、夏休みも能力のある人たちは、自主的に塾に行ったり、より高いレベルの勉強をやるのだからそれでいいはずだという橋下徹の主張は、出来の悪い人、怠けてしまう人は、そのまま落ちこぼれてくださいと言っているようにも聞こえます。自民党以上に新自由主義的な発想を取る橋下徹らしい主張と言えるでしょう。

 昔――いつくらいまでかなあ。1970年代くらいまでかな――の日本の教育は全体を底上げしていくのが教育の基本方針だったと思います。みんな貧しかった時代のこともなんとなく知っていて、頑張れば生活もよくなるはずだという克己勉励の価値観を子どもたちも含めて多くの人が持っていて、落ちこぼれももちろんいましたが、全体にみんな努力しよう、努力することは大切なことだと思っていたので、単純でめんどくさい宿題もコツコツやるべきものと思いなんとか片付けて、結果として国民の知識と教養を底上げすることができていたと思います。しかし、日本はもうだいぶ豊かな国になったし、もうこれ以上豊かにならない方が、国際的にも嫌われないからいいのではという空気が生まれ始めた1980年代後半あたりからは、頑張る姿を見せるのはカッコ悪いというような空気が生まれてきました。そういう社会で育つ子どもたちも当然ながら、コツコツ努力することが大事なんて価値観は身に着けなくなっていきました。

 「ゆとり教育」もタテマエとしては一律に教える内容を減らし、子どもたちに自由な時間を多く与えることで、その時間を使ってそれぞれが自分に合った学びを深めていけるということを狙いとしていましたが、期待通りにそういう風に自由時間を使った子どもたちはごく僅かでした。優秀な子たちは週休2日制でない私立に行き、自分の意思かどうかわからないままたくさん勉強をさせられていましたが、公立に行き週休2日をもらった子どもたちで、自主的にその時間を自分の能力を伸ばすために使った人はほとんどいなかったでしょう。楽な方に流れるのが人の常です。

 そんな中で夏休みの宿題は、昔風の教育観のなごりとして、何も宿題を出さなければ、まったく勉強もせずにだらだら夏休みを過ごしてしまいそうな子どもたちに机の前に座って勉強する癖を失わせないためのものです。その意味で、まったく無意味ということはないでしょう。ただ、改善の余地はあるのかもしれないなとは思います。能力に合わせた問題に答えられるようなドリルはできないものでしょうか。たとえば、小学校2年生なら、ドリルの最初は1年生の復習から始まって最後は3年生、あるいは4年生くらいのレベルまで進むというようなもので、自分でやりたいところやりたいところまでやる――ただし、わずかしかやらない人が出ると困るので、ドリルの半分以上は埋めるとでも条件をつけておきましょうか――というようなものがあれば、能力に合わせてできるかなと思います。

 あと、私が教師なら自由研究を重視したいなと思います。絵を描くとか工作を作るというのもいいですが、少なくとも1つは自分で興味を持ったテーマで何か調べてレポートをまとめるというのを小学校1年生からでもやらせてみたいです。1年生でも「恐竜の研究」とかだったら、やりたいと思う子はたくさんいるんじゃないでしょうか。この自由研究でそれぞれが自分の能力に合わせてやりたいことをやれて調べたりすることの面白さに気付けると思うのですが。

 日記やラジオ体操は、夏休み中に子どもたちの生活スケジュールを乱させないためにやってきたのだと思いますが、これはもうなくてもいいかなと思います。ああでも、深夜までゲームをし続けるなんて子が出ないようにするためにはラジオ体操は必要かなあ。でも、どうせ行かない子は行かないですよね。ゲーム三昧のような生活は避けさせたいところですが、その道で成功するような人も出てきている時代だから、そこだけ拒否もできないかもしれませんね。熱中してやりたいと思うことはやらせるしかないかもしれませんね。でも、やはり小学生時代は様々なことを経験させて、その中から自分の興味の湧くことを見つけてほしいので、あまり低学年のうちから、これが好きだからこれだけをやるとなっては欲しくないですね。そのためには、やはり様々な夏休みの宿題も必要なのかもしれませんね。

866号(2022.8.8)どこで戦争をやめればいいのだろう?

 NHKスペシャル「そして、学徒は戦場へ」という番組を先ほどまで見ていました。番組は、なぜ徴兵猶予の制度がなくなり、有為な人材である学生が卒業繰り上げ、徴兵、そしていかに無駄に死ななければならなかったのか、なぜ大学や文部省はその流れを止められなかったのかという視点で作られていました。表面的には東条英機にかなり責任を負わせているような作りにも見えましたが、それ以上に世論が「なぜ大学生は徴兵猶予なんて甘い措置を受けられるのだ!」という批判的空気になってきたことが大きかったという指摘もなされていました。いずれにしろ、戦争は実に多くの人々を殺してしまうのでいけないものだというトーンです。まあ、日本ではこの8月の時期になるとこういう番組がNHKを中心に毎年作られます。別にこういう番組が作られることを批判したいわけではありません。ただ、こういう番組を見ながら、じゃあどこで戦争をやめればよかったのかということについて明確に語った番組は見たことがないなあとちょっと不満を感じています。なので、自分で考察してみたいと思います。大テーマなので、どこまで切れ味良く語れるかはわかりませんが、やってみます。

 まずは、今日の番組で取り上げられた「学徒出陣」は有為な人材をたくさん死なせてしまったので、こういう風にならないようにするためには何か手立てがあったのだろうかと考えてみましょう。ひとつの手立ては、1940年頃までの「学生は日本の将来を支える大切な人材だから、学生以外の人が戦い、学生は大学卒業まではあくまでも勉学してもらうのがよい」という考え方を、アメリカとの戦争が始まってからも政府も国民も堅持し続けることですが、どう考えてもあそこまで戦局が悪くなれば無理です。頭がいいかどうか以上に、家に余裕があったから大学に行けた若者だけが20歳を過ぎても大学にいる間は、戦場という危険な場に送られずに済むことを不公平だと考える国民の方が圧倒的に多くなるのは当然です。あの戦争を続けている限り、大学生がそのアドバンテージを奪い取られて戦場に送られることは必然だったと言えるでしょう。

 ではそうならずに済む別の手立てはとなると、徴兵猶予制度が廃止された19439月以前に戦争を終わらせることです。要するに、大日本帝国が戦っていた英米中蘭に対して降伏宣言をするということですが、それがあの段階でできたかと言うと、まだ難しかったでしょう。あの時点でもはや太平洋の支配権はアメリカに奪われ、逆転のチャンスは非常に確率の低いものになっていることは、海軍を中心に軍部上層部はわかっていたでしょうが、国民はまだ必ず日本は勝てると思っていた人が多いと思います。軍部でも陸軍などは、最後は本土決戦に持ち込み、参ったと言わない限り負けないという考えを持っていた将校も多数いたと思います。1945年になって毎日のように空襲に晒され、最後に原爆を2発も落とされ、ソ連が中立条約を破って攻め込んできて、天皇はじめ政府関係者がもう無理だ、降伏しようと決めた時でさえ、反対し決起して本土決戦に持ち込もうと考えてい陸軍関係者はかなりいたわけですから、この1943年以前に戦争をやめることもとうてい無理だったろうと考えられるわけです。

 次に考えられるのは、もっと前の段階で戦争をやめることはできたのかということですが、おそらく圧倒的な物量や軍事力をもつアメリカと戦争をすると決めた時の日本の政府や軍部が考えていたことは、日露戦争と同じような戦い方だったはずです。初戦からしばらくは有利な戦局を作れる可能性はそれなりにあるので、かつて日魯戦争の時にアメリカが仲裁役になってくれたように、1年以内に中立条約を結んでいるソ連に間に入ってもらってアメリカと手打ちをするという構想だったと思います。しかし、ソ連は日本が三国同盟を結んでいるドイツと戦争を始めていて、敵の味方である日本のために何かしてくれるような良好な関係ではまったくなかったわけです。となると、要するに、アメリカと戦争を始めてしまった時点で、学徒出陣も日本中を焼き尽くすかのような空襲も必然的に起きざるをえないコースに入ってしまっていたということです。

 となると、ああいう悲惨な事態を起こさないためには、とにかくアメリカとは戦争しないという選択はできなかったのだろうかということになります。アメリカは日米開戦になる前にハルノートという最後通牒をつきつけてきています。1937年の盧溝橋事件以来全面戦争となった中国から、日本軍がすべて撤退することなどが条件でした。今から思えば、超大国アメリカと戦争になるくらいなら、ここで引き下がっておけばよかったのにと思いそうですが、4年も中国と戦争してきて、それなりに優位に進めていると考えていた日本政府も軍部もそして国民も、この時点で中国の利権をすべて捨てて軍を全面撤退させるなんて判断もまったくできなかったでしょう。つまり、ここでもやめられないわけです。この日中戦争の原因には満州国の設立がありますので、1931年の満州事変から日本はずっと長い戦争をしていたのです。満州国とか無理に作らなければよかったのにと、これも今なら思うでしょうが、19世紀の欧米列強諸国のアジアへの侵略ぶりを見たら、防御線を拡大したくなった大日本帝国の行動も理解はできてしまうのです。

 このように見てくると、なんだか日米が戦い、日本がボロボロに負けることまで歴史の必然だった気すらしてきます。最後に原爆を投下され、ようやく敗戦を認め戦争をやめたわけです。そして、大日本帝国は消え、日本国になったわけです。しかし、もしも上記のいずれかの時期でうまく負けを認め、領土はかなり失ったとしても大日本帝国のまま生き残れていたら、日本はどんな社会になっていたのでしょうね。天皇主権、大元帥としての天皇、軍隊、徴兵制、戸主制度、財閥、大地主、治安維持法、そんなものが今でも残っていたりするのでしょうか?日本人のほとんどは、悲惨な戦争だったけれど、あの戦争で日本は負けたからよかったと思っているのではないでしょうか。というか、そんなことも考えないかな。日本の戦争を紹介した番組や資料館はほぼみんな個人の死に焦点を当て、こんなことが起きないように戦争はしないようにしましょうねというお題目しか唱えないですからね。マクロな視点で戦争がなぜ起きるか、なぜやめられないのかを考えようとさせないですからね。個人の死にのみ焦点を当てていると、逆にもしも自分の身内が戦争で殺されるなんて事態が起きたら、必ず復讐のために戦おう!となります。今のウクライナもそうなっていないでしょうか。最後の1人まで降伏しなければ負けないといった考えになっていないといいのですが、、、

865号(2022.8.5)厳格な東京大学

 ニュースを見ていたら、東京大学の教養学部自治会の学生が出てきて、東大教養学部がコロナ感染や濃厚接触者になった際の特別措置を今期の試験から廃止したことに対し異議申し立てをしていました。どういうことかというと、202012月から東京大学教養学部はコロナ感染や濃厚接触者になり試験が受けられなかった場合は、全科目に関して100点満点の追試験を受けられるとしてきたのを、今回やめてコロナ感染者や濃厚接触者も普通の病気と同じように扱い、基幹科目だけは75点満点で追試験を受験できるが、その他の一般科目は追試を受けられないという措置にしたそうです。大学側の論理は、他の病気になった人との公平性が取れないからということだそうです。

 政府が相変わらず2類相当の感染症という位置づけを変えず、かつ感染者数がべらぼうな数になっている中で、かなり厳しい方針を打ち出したなと思いましたが、それ以上に驚いたのは、これまで病気や事故などどうしても試験が受けられない考慮すべき事情があった時でさえ、東京大学教養学部は、一般科目は追試験なし(=単位を落とす)、語学などの基幹科目だけ75点を最高点にした追試を受けられるだけという制度だったことです。私も昔通っていたところですが、試験を欠席をしたことがなかったので、こんな制度だったとは認識していませんでした。75点を最高点にして、それ以上の点数を与えないようにしているのは、試験準備の期間を長く取れるからということだそうです。いやあ、厳格です。働き始めてからは、ずっと私立大学で、学生はお客さんだという考え方に慣れてしまっている私からすると、どうしてこんな強気で行けるのだろうと不思議なほどです。

 東京大学は教養学部2年間の後、各専門学部に3年から通うことになりますが、その際に進学振り分けというのがあり、1年生、2年生で受けた科目の平均点で希望が通ったり通らなかったりする制度を取っています。最近のことはよく知らないのですが、たぶんこの進学振り分けは今もあるのではないでしょうか。そうなると、万一病気をしたり、電車が遅れたりして、やむを得ず試験を受けられなくなった人は、非常に不利な立場に追い込まれます。こんな非人道的なルールが生きている大学があったとは、驚きました。

 関西大学は逆にかつては甘々な制度を採用しており、試験を受けて不合格になった場合、卒業がかかった4回生に関しては5科目20単位までは再試験が受けられるという制度がありました。なんとしてでも卒業させてやろうという甘い制度でした。さすがに、もうその制度は20年以上前に無くなっていますが、病気や電車の遅延など不可避な理由によって試験を受けられなかった学生に関しては、当然ながらすべての科目で追試験――もちろん100点満点で採点――を受けられることになっています。これが当たり前だと思っていたので、東京大学の厳しい対応に驚いたわけです。こんな厳格な追試験制度を採用している大学は他にもあるのでしょうか。気になります。

864号(2022.8.3)芸術論

 先日、大阪中之島美術館で開催されている岡本太郎展を見に行ってきました。平日にも関わらず、かなりの人出でした。「太陽の塔」の製作者として岡本太郎は大阪では特に人気があるのでしょう。この展覧会も大阪が先で、その後東京に回るようです。若き日の岡本太郎の作品から晩年の作品まで順に見られるので、岡本太郎の作品の変化などがよくわかり、見ごたえのある充実した展覧会となっていました。パリで過ごした若き時代、帰国して召集された軍隊時代、戦後アバンギャルド芸術を打ち出していく時代、具象性のある抽象画から、より抽象度の高くなる時代へ、太陽の塔以降は、マスコミの寵児となり、「芸術は爆発だ!」というセリフとともにインパクトのある姿を晒していた時代というように、芸術家として彼が辿った人生がよくわかりました。

 私自身の岡本太郎への評価は。若い時は否定的でした。たぶん1970年代くらいから岡本太郎の存在を知ったと思いますので、目立ちたがりの奇矯なおじさんという感じで、「この人の芸術のどこがすごいのだろう」と首を傾げていました。その後、吹田市民になり、吹田のシンボルのような位置づけになっている太陽の塔を何度も見、内部見学ができるようになるとその見学にも何度か行き、その制作意図なども知ると、やはりこの人はすごいのかもしれないと思うようになり、今回の展覧会も必ず行きたいと思って出かけたわけです。

 岡本太郎展を見終わってまだちょっと時間があったので、中之島美術館と隣接する国立国際美術館で開催していた「遠い場所/近い場所」という展示も見てきました。現代アートの展示館なので、この展覧会も写真あり、動画あり、絵画あり、造形物ありと多彩でしたが、これらの作品がどう素晴らしいのか、私にはさっぱりわかりませんでした。ただ、妙に気になる作品は多く、岡本太郎的に言えば、「なんだ、これは!」という感覚はまさにありました。岡本は、「芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」と言っていたのですが、それで言うと、まさにこの「遠い場所/近い場所」というテーマで展示されていた作品群は芸術作品だったと言えるでしょう。

 でも、正直言うと、私は岡本太郎の芸術論を全面的に受け入れることはできません。「うまくなく、きれいでなく、ここちよくない」作品は、見ているとざわざわした気分を引き起こされます。そういう作品をわざわざ見たいかというと、そうは言えないからです。確かに、きれいにまとまりすぎている作品はつまらなく思えてしまうという感覚はわからなくはないですが、違和感ばかり抱いてしまう作品を見るのも辛いです。岡本太郎の作品も1970年代にあまり評価していなかった頃は、太陽の塔の腹部にも付いている「現在の顔」のような不満げな怒った顔ばかりあちこちで作っている岡本の作品は受け止めにくかったです。しかし、受け止められるようになってきてからは、岡本の作品は、うまくはないかもしれないが、色は鮮明できれいだし、決して心地よくないということはないなと思うようになりました。こんな評価をされるのは、岡本太郎としては不本意かもしれませんが、これだけ多くの人が岡本太郎の展覧会に集まるのは、私と同様、岡本作品を「ここちよくない」と思う人は少ないからではないでしょうか。

 芸術って難しいですよね。大衆に理解されすぎるのは、芸術家として非凡さにかけるように思いたくなりそうですが、まったく理解されなければ芸術で生計を立てていくことは困難になってしまいます。ざわざわした感情を抱かせつつ不快でない、何か引き付けられるという要素を持っていないといけないのでしょう。ただし、どのくらいの人にその感覚をもってもらうことを目指すのかによって戦略も違いそうです。9割の人に理解してもらおうと思うのか、12割の人でいいのかで、「心地よさ」の縮減度は変わってくるでしょう。最初から9割を目指すと、新しい芸術とは思われないのかもしれませんね。最初、12割の人に理解されたら十分だというくらいの気概でスタートし、徐々にその新奇さを社会が受け入れていくというようなパターンでないといけないかもしれません。岡本太郎や現代アートだけでなく、写実的な新古典主義の後に印象派が出てきた時も最初は受け入れられなかったんだろうなと思います。でも、写真も出てきた時代ですから、写実だけでは絵画としての価値がない時代になっていったというのも、印象派の登場を必然化させたのかもしれませんね。

 岡本太郎展と国立国際美術館の現代アートに刺激されて書き始めてみましたが、芸術論は難しいです。無名の大衆の営みの集合現象の分析を得意とする社会学にとって、特定のごく少数の才能の持ち主たちの狙いとその受容の分析をするのは不得手です。すでに大衆に広く受け入れらている岡本太郎の分析はできたとしても、マイナーなファンに支えられて活動している現代アートの担い手たちについてはとうてい語れそうにありません。少し無謀な試みでした。今回はこの辺までにしておきます。

863号(2022.7.30)現役世代の孤独死

 先日このテーマでテレビで放送されていた番組を見て軽くショックを受けました。番組冒頭で紹介されたのは、大手メーカーの系列会社に勤め、筋トレ好き、ギターもたしなんでいたという43歳の男性が死後1か月も気づかれなかったというケースでした。両親は健在で、時々は両親のところにも顔を出していたようですが、しばらく連絡がないが忙しいのだろうと思っていたとのことで、母親は息子の死を聞いてものすごくショックを受けたそうです。

 孤独死というと、子どもがいないとか関係性が切れてしまった高齢の一人暮らしの人のことだろうと漠然と思っていましたが、孤独死する人の平均年齢は61歳で、4割が50歳代以下の現役世代なのだそうです。上の男性のケースのように親とも疎遠になっているわけではない独身生活を満喫しているかに見えた40歳代前半の人が亡くなっても1か月も発見されずにいるなんて、私にはちょっと想像ができませんでした。でも、今は20代や30代の人でも孤独死を恐れている人は結構いるそうで、番組ではスマホで毎日安否確認をしてくれるアプリの利用者が急速に増えているという紹介もしていました。番組で紹介されていたそのアプリを利用している30歳代の女性はマンションを購入しペットと暮らしていましたが、人間関係がわずらわしいので、密に連絡している人はおらず、万一突然死でもしたら気づかれるのにかなり時間がかかるのではと心配し、このアプリに登録したそうです。

 結婚しない人生もよしとされ、「おひとりさま」といった生活がある種時代の先端の生き方のように語られる裏では、こういう事態も増えざるをえないのだなと改めて認識しました。SNS等でまめに連絡を取り合えて1人で生きる孤独感も薄れている時代のように思えますが、SNSが多少更新されなくても、普通の友人関係程度であれば、「きっと最近忙しいんだろな」と思われて気にする人はほとんどいないでしょう。両親とも密にコミュニケーションを取っている社会人もかなり少ないでしょう。用もなく自分から親に連絡する人は非常に少ないと思いますし、親も子どもからうるさがられるので滅多に連絡しないというような状況になっているはずです。特に、30歳代以降になったら、親との連絡も盆や正月に帰省するかどうかくらいで日頃はほとんど取ってないという人が多いのではないでじょうか。こういう状況なら万一突然死が訪れても気づいてもらえないですよね。唯一可能性があるのは、会社勤めをしている場合でしょうか。何日も無断欠勤という事態が続けば、さすがに会社の人が心配して様子を見に来るということはありそうです。でも、フリーランスの人なら、これは期待できないですね。

 2030年前までは、なんのかんの言っても、やはり結婚はするものという考え方が圧倒的に強く、みんな自分の年齢との兼ね合いで相手を選択して、パートナーのいる生活に入ったものです。そして子どもでも生まれれば、もうひとつ関係ができあがります。そんな生活が普通であった頃は、30歳代から50歳代で死んでも1か月も気づかれない状況に陥る人はかなり少なかったと思いますが、今や孤独死予備軍がたくさんいるようです。対面でちょくちょく顔を合わせる人がいること、互いのことを気遣いあえる親しい相手がいること、そんな基本的な人間関係がやはり大事なんだと気づかされる事態です。でも、今の趨勢なら、残念ながら孤独死する現役世代はどんどん増えることになるのでしょうね。

862号(2022.7.29)また「のり弁当」が出てきた

 「のり弁当」とは、公文書公開を求められた官庁が、文書を公開するにあたって知られてはまずい部分を黒塗りして公開することです。その黒塗りの部分が印刷用紙のほぼ全体に及んでいると、まるで海苔でご飯が覆われた「のり弁当」のように見えるので、こういう言い方をします。で、今回の「のり弁当」は、「旧統一教会」――正式名称は、世界基督教統一神霊協会――が、現在の「世界平和統一家庭連合」という名称に宗教法人を管轄する文化庁で登録変更が認められた経緯についての文書です。

 「旧統一教会」は1960年代には「原理運動」として大学に入り込み問題になり、1980年代には霊感商法や合同結婚式でマスメディアに批判され、「統一教会」=危険な団体というイメージが広く知れ渡りました。その悪しきイメージを払しょくするために、1994年から「世界平和統一家庭連合」を名乗るようになりました。そして、1997年からは文化庁に名称変更を申請していたのですが、文化庁およびその上位官庁である文部科学省は、その申請の狙いを理解していたため却下し続けてきました。

 ところが2015年にこの申請が通ってしまうのです。当時の総理大臣は安倍晋三、文部科学大臣はその安倍派の重鎮の下村博文でした。18年も認められてこなかったことが急に認められたことに疑問をいだいた日本共産党が、この経緯についての関連文書を公開するように求めた結果、出てきたのが「のり弁当」だったわけです。

 テレビで紹介されていた「のり弁当」の海苔がついた部分は、ひとつは「規則変更理由」の部分でした。名称変更をするためには、宗教法人法に基づく規則を変更して文化庁から認証を受ける必要があるそうですが、開示文書では、その「規則変更理由」の部分23行すべてが黒塗りになっていました。他にも、旧統一教会側とのやりとりをまとめたものはほぼ全面的に黒塗りになっていました。

 文化庁の宗務課は「今回に限ってのことではなく、すべての法人に対して同様に開示していません」と述べているそうです。「公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」は非公開にすることができるというのが、その根拠だそうですが、宗教法人の名称変更理由を公開すると、いったいどんな不利益が生じるというのでしょうか?この程度のことさえ、公開されないなら、情報公開法なんて実質的にないようなものです。

 そして、状況証拠――安倍元総理も下村元文科大臣も「旧統一教会」に近い政治家だったこと――を考え合わせると、黒塗りされていることによって、余計何か隠さなければならないことがあるのではないかという疑惑が深まってきます。「森友学園問題」の時にたくさん出てきた「忖度のり弁当」が思い起こされます。こんな「文書非公開」のような姿勢でいたら、「旧統一教会」と自民党保守派は間違いなく繋がっていること、そしてそういう関係だからこそ、3040年も前から問題視されている団体なのに生き延びてきているのだろうと思わざるをえなくなってきます。

 今回の逆風も「旧統一教会」は短期的に過ぎ去る嵐のようにでも思っていることでしょう。1980年代の批判に比べたら全然たいしたことではないし、自分たちを守ってくれる有力政治家がたくさんいるのだからと。そしてまた、この組織に生活を破壊される一家が出てきてしまうことになるのでしょう。ほぼ反社会的な詐欺組織とも言っていいようなこういう団体が、堂々と宗教法人を名乗ることをやめさせられない、保守政治家とのずぶずぶの関係はもっと問題視されるべきです。

選挙にはいろいろな団体の支援が必要だからと、政治家たちは開き直っていますが、反社会的な団体から支援されていることが明らかになったら、本来は選挙でもマイナスに作用するはずです。有権者が政治や社会問題にもっと関心を持って、どの政治家がこの団体と深いつながりがあり、便宜を図ってきたのかをきちんと記憶し、次回以降の選挙の投票行動において示すべきです。「こども庁」で構想されていた新たな行政機関が「こども家庭庁」に変更されるのも、実は「世界平和統一家庭連合」の影響があるのではないかと推測するコメンテーターもいました。それは事実かどうかわかりませんが、そんな憶測すら出てくるような状態はいいことはないはずです。是正できるのは、国民の声だけだということを我々はもっと自覚しなければならないと思います。

861号(2022.7.24)令和の四天王

 名古屋場所が終わりました。コロナ感染者が次々に出て、部屋ごと出場停止にするという対応をしたために、結局、幕内・十両の関取力士の3分の1ほどが休場せざるをえなくなるというボロボロの場所になりましたが、なんとか千秋楽まで優勝争いが持ち越され、今場所確変したかのような逸ノ城の初優勝で終わりました。しかし、私が書きたいのは、別の力士たちについてです。それは、若隆景、豊昇龍、霧馬山、若元春の4人です。この4人を私は「令和の四天王」と呼びたいと思います。いずれも最近の相撲界に多い太りすぎの体格ではなく、筋肉質で足腰が良い四つ相撲です。彼らが切磋琢磨してどんどん強くなると、魅力的な相撲が多くなり、大相撲が盛り上がると確信しています。

霧馬山については、新十両になった頃から将来強くなるだろうと思っていましたし、2年前の「つらつら通信」第725号 令和2年大相撲初場所総括(2020.1.26)にすでに必ず強くなると書いています。豊昇龍の場合は25回も優勝した大横綱・朝青龍の甥で抜群の運動神経を持っていますので、これも確実に強くなると思っていました。この1年くらいの間に急速に力をつけてきたのが、若隆景と若元春の兄弟です。弟の若隆景はすでに優勝もしており、今や大関をめざす一番手になっていますので、ご存じの方も多いと思います。ここ数場所で一気に力をつけてきたのが兄の若元春です。強くなった弟に刺激されたのでしょうが、十両で2年以上くすぶっていたのが嘘のように急速に強くなっています。今場所の照ノ富士との一番は行司の「まわし待った」さえ入らなければ金星(=平幕力士が横綱に勝つこと)を得ていたのではないかと思うほど、しっかりと力のあるところを示しましたし、昨日の霧馬山との取り直しになった一番は、今場所最高の相撲でした。そしてこの若元春を見ていると初代若乃花の相撲を思い出します。昭和37年に引退した初代若乃花の相撲を思い出せる人なんて、このHPを読んでいる人ではほぼいませんね。でも、今の時代ですから、検索したら取り組み動画がYOUTUBEとかでも見られるでしょう。ぜひ見てみてください。顔もなんか似ているんですよね。

若隆景と若元春は同部屋なので取り組みがないですが、豊昇龍、霧馬山との取り組みはこれからもずっと続くと思いますが、毎場所楽しみです。大型力士が多いので、その重量に押しつぶされて膝とかを怪我してしまうと、今の足腰のよい相撲が取れなくなってしまうので、それだけが心配です。4人とも怪我をせずにこのままさらに力をつけて大関、横綱となって優勝を争う時代が来たら、「令和の四天王時代」と呼ばれるはずです。いや、大関、横綱まで4人とも行けなくても、今場所からこの「令和の四天王」が相撲界を盛り上げていく時代に入ったと私は断言します。「令和の四天王」を商標登録しておいたら、儲かりそうです。やろうかな(笑)

860号(2022.7.23)社会学教育者としての腕は年々上がっている

 片桐ゼミは、自由なテーマで卒論を書かせているので、毎年20前後の様々なテーマと付き合っています。中には、新しい現象で私がよく知らないものもあり、そういうものに関しては新たな知識を得られるので面白いです。しかし、そういう新しいテーマのものも含めて、卒論執筆に向けていろいろアドバイスをしていかなければならないのですが、若い時に比べると、よりよいアドバイスが容易に浮かぶようになってきています。

なぜかなと考えていたのですが、要は知識と経験が増えているからなんだと気づきました。社会学的分析をしていくためには、比較の視点が大事です。いま、ここで起きている自分にとって興味深い現象を学生たちはテーマとして取り上げるわけですが、いまじゃない過去において、ここじゃない所において、わたしじゃない人にとって、その現象がどうなのかということを、若い学生たちはぱっとは思いつきません。もちろん、ネット情報等である程度調べられますが、その内容を自分の中の少ない知識と接合してしっかり把握するのはなかなか困難です。

他方、67歳にもなっている私は、過去のことは50年前のことでも当時の経験として語れることがたくさんあります。もちろん、一人の個人が経験できることなどわずかですから、むしろその時代のことも知識として得ていることが多いわけですが、体感できることも少なくないです。知識も文字や写真から過去のものとして知るだけでなく、当時のニュースを生で見た知識として記憶に焼き付いていたりしますので、当時生まれていなかった人がとうてい持てない濃い知識として刻まれています。

ここではない場所や、わたしじゃない人にとってどうなのかというのは、歴史ほどには体感で語れるものは少ないですが、それでも67年間もかけて得てきた知識や経験から、22歳くらいの若者とはまったく異なる情報を提供できる場合が多いです。生きてきたこの長い人生の中で、様々な地域に出かけて気づいたことはたくさんありますし、いろいろな人と出会い、見聞きしてきたことで、体感に近い形で語れる知識も多いです。

要するに、社会学的思考にとって不可欠な「いま、ここ、わたし」を相対化する力が、年を経るほど上がっているのです。もちろん学生たちも時間をかけてスマホやパソコンであちこち探し回れば、私が語る以上の知識にたどり着けるでしょうが、その場その場で当意即妙にアドバイスを繰り出す私のスピードに追い付くことはとうてい不可能です。いつも言っていることですが、知識は自分の頭の中に入っていてこそ本当に使える知識です。スマホで調べれば何でもわかるから覚えなくてもいいですということでは使える知識は持ってないということになります。そして、これは、社会学の指導をする時だけでなく、後輩にアドバイスするとか、ビジネスの対面状況でコミュニケーションをスムーズに進める上でも必要なものです。

社会学教育者としての能力は年を取るほど上がるのではないかと思います。ただし、その社会学教育者が時代に敏感であり続けることが条件ですが。新しいことに関心を一切持たないような姿勢でいたら、現代を分析する学問である社会学を教える人間としては時代遅れになってしまうでしょう。また、よき社会学研究者であるためには、研究対象に入れ込む大きなエネルギーのような違った能力も必要としますので、年を取ればとるほど、よい社会学研究者になれるとは言えないように思います。優れた社会学教育者であることと優れた社会学研究者であることは矛盾するというほどのことはないですが、それぞれ使う能力に違いはあるように思います。両立できないということはないですが、どちらかに比重がかかっているというパターンは多いかもしれません。私は、若い頃はともかく40歳代半ば以降は、アイデンティティを「社会学教師」として自己認識していますので、今や完全に前者に比重を置いているタイプです。その意味では、年々腕が上がっていると自覚できるのは嬉しいことです。

859号(2022.7.15)安倍元総理暗殺事件

 何人かの教え子から「安倍元総理暗殺事件について、先生が何を語ってくれるか待っているんですけど、、、」と言われましたので、書くことにします。今日でちょうど1週間ですね。先週の事件が起きた時から、ずっとニュースを見ながらいろいろ思うところはありました。でも、こういうショッキングな事件は少し時間をおかないと冷静な分析をできないし、冷静な分析をすること自体に批判が出たりするので、とりあえずは静観しようと思っていました。まだ1週間しか経っておらず、先ほども今日もまだ事件現場の献花台を訪れる人は引きも切らずだと報道されていましたので、実はまだちょっと冷静に分析するには早いのかもしれませんが、間が空きすぎるとみなさんの興味も他に移ってしまいそうなので、この辺で書いておくことにします。

 事件が起きてすぐの段階では、安倍元総理の政治信条や総理時代の発言等から政治的言論封殺を目指したものではないかと疑われ、「言論封殺の暴力には屈しない」とか「民主主義を守る」といった発言が頻繁に語られ、実際参議院選挙投票日前日だった翌日には、自民党候補者を中心にこうした言葉がたくさん発せられ、それに拍手をする人たちも多くいて、結局参議院選挙は自民党の大勝になりました。もともと今回の参議院選挙は自民党が勝つと言われていましたが、安倍元総理の暗殺事件で、同情票も自民党に入り、予測の上限近くまで議席を確保することになりました。少しだけ割を食ったのは、日本維新の会でしょう。改選議席が倍増したのですから十分勝利ですが、今回の事態が起きなければ、あと23議席取れたのではないでしょうか。なんとなく自民党には入れたくないなあという人たちの受け皿となっていた維新の会なので、今回は安倍さんのために自民党の候補に入れようという動きがかなり多くの選挙区で生まれたことで、維新の候補の票が思ったほど伸びなかったというところが何か所かあったように思います。

 さて、事件に話を戻すと容疑者があっさり確保され、動機は宗教団体に家庭を壊されたことを恨み、その団体に安倍元総理が近いと思い射殺しようと考えたということを話したので、今は民主主義への挑戦とか言論封殺という議論はほぼ消えました。むしろ、過去に何度も問題視された宗教団体の問題性が再び語られるようになっています。悪名高いとも言える宗教団体で30年以上前からその手口が批判されてきたのに、いまだにほぼ同じ手口でやっていることを知り驚きました。結局信じてしまう人がいて、自分の意思でやっていることとなると、取り締まれないのでしょうか。この団体に限らず、様々なものにはまり生活を壊してしまうほど金銭をつぎ込んでしまう人の気持ちが私には理解できません。価値合理的行為の怖さを感じます。信じ込んでいる人にとっては、合理的行為なのでしょうが、自分にその感覚がないので理解できません。今回も結局しばらく報道がされるでしょうが、いずれ報道も収まり、根本解決はされずに終わるのでしょう。

 政界の方はいろいろ動きが出てきそうな気がします。今の自民党は、安倍元総理が総理だった時代に選挙で勝ち続けて、そこで当選した議員たちがかなり多くを占めています。そして、安倍派は90人も議員を抱え、数で他派閥を抑え込む力を持っていたわけですが、安倍元総理がまだ70歳前でしばらくは安倍派を率いていくだろうと、誰も思っていたために、安倍派は明確な後継者が育っていませんでした。しばらく代表を決めず、67人の集団指導体制になるそうですが、かつての肥大化した田中派の歴史を思い出します。

田中角栄が後継者として竹下登を認めなかったため、竹下登は田中側近の一部のベテラン議員を除いた形で竹下派を創り、総理の座を手にします。田中角栄は憤激して脳梗塞で倒れてしまい、急速に力を失います。竹下登が総理を退いた後は、竹下派七奉行が中心の体制になりますが、結局この七奉行の権力闘争から、小沢一郎、羽田孜らが自民党を飛び出し、非自民党政権が生まれたものでした。今回の旧安倍派の権力闘争がどのような展開をするのか、非常に興味深いところです。

あとひとつ、今後生まれてきそうな事態は、安倍元総理が日本の政治史に残る伝説の総理という位置づけになっていくのだろうなということです。こういう書き方をすると怒られそうですが、暗殺された総理、元総理は教科書に名前が残ることになります。伊藤博文、原敬、浜口雄幸、犬養毅、高橋是清。内閣制度がなかったですが、実質総理大臣的存在だった大久保利通も加えていいかもしれません。天寿を全うした総理より、暗殺という形で命を奪われた場合は、その政策や政治能力以上に、その悲劇的最後で歴史に大きく名を残すことになります。今回の安倍元総理の場合は、殺害の背景に深い政治的理由はないので、本来は政治史としての意味はそれほど大きなものではないですが、きっといろいろ結びつけて語られ、後世には違う形で伝わっていきそうな気がします。

858号(2022.7.10)受け身の優等生たちの指導は楽しくない

 過去3年ほど毎年成績不良者がゼミ生に複数いて、それはそれで悩ましかったのですが、優等生ばかりで、それもみんな受け身の姿勢でいるゼミというのも面白くないものです。与えた課題はみんなきちんとこなしますが、それだけです。プラスアルファが生まれてきません。みんなまじめにやってきますので、こちらもしっかりよりよい社会学的研究になるように指導はしています。でも、指導しながら、ゼミってこういう風に勉強だけ頑張るところだったかなという、もやもやもした感情が湧いてきます。まあ普通のゼミはそれでいいのでしょうが、片桐ゼミって、それだけの場ではないと思ってやってきたのですが、、、

 「学遊究友」がモットーの片桐ゼミですが、受け身の優等生ばかりのゼミは「学」しかありません。これでは、一番大切な人育てが十分できません。昔も片桐ゼミは優秀な人が多かったですが、ただの優等生というより面白い奴が多かったです。そういう面白い奴が何人かいて空気を作ってくれると、自ずとゼミ全体が活性化してきたものです。私自身いろいろ忙しくて疲れきっていても、ゼミに来るとゼミ生たちからエネルギーをもらって元気になったということが多々ありました。今は、エネルギーを吸い取られてしまう感じです。

 でも、本当はみんなそんなつまらない優等生ではないはずだと思っているのですが、、、本来は一人一人魅力を持った若者たちのはずです。その面白い個性をどうしてみんなゼミの時は出してくれないのだろうと残念に思います。ゼミが始まって1年以上も経って、いまだにゼミ生同士の距離感が埋まらないのはなぜなのでしょうか。それとも、埋まってないのは教師である私とゼミ生の距離かな。歳はどんどん離れてきていますが、急にここに来て何かが変わったということもないのですが、、、こんな感じのまま、あと8か月行くのかなあ、、、ああ、気が重いです。

857号(2022.6.17)2019年以前の大学にはもう戻らない

 先日新聞を見ていて、関西学院大学が今年度から対面授業を原則として行っていると知り驚きました。新聞記事では、過去2年間の大学に通えない生活を辛く感じた学生たちの声が紹介され、もう限界だろうという判断から、今年度から思い切って原則対面授業のみに戻したそうです。多くの大学が遠隔授業との併用を選択している中、思い切った判断をしたものです。学生たちから逆の不満の声を出ていないのでしょうか。でも、大学に来るのは当然ですと大学が決めたら、学生たちは心では「しんどいな」と思いつつ受け入れてくれているのかもしれません。

 翻って、我が関西大学は、今年度も過去に受講者数が平均で250名を超えていた授業は遠隔授業として行うことで、対面授業との併用を行っています。でも、学生たちの選択を見ると、自分で選択できる講義科目等では圧倒的に遠隔授業――オンデマンド授業―――を選び、対面講義を選ぶ学生は極少数です。先日3回生ゼミでこの問題について話し合ったところ、対面の授業の方がいいと答えた学生は、20名中5名でした。この学年は入学時から半年は大学には来てはいけないという状況で、すべての授業が遠隔で始まった学年ですので、期待していた大学生活を味わえずがっかりもしたはずですが、ある意味大学とはそういうものだと思って適応してきた学生たちです。今年3年目も、遠隔授業をたくさん取って、それちょうどいいと思っているようです。もちろん、ゼミなどの少人数クラスは対面がいいとは考えていますので、今の多くの大学生にとってベストの選択は、コミュニケーションを取る必要のある少人数クラスは対面で、聴くだけの講義は遠隔でというのがちょうどいいようです。

 講義だってコミュニケーションだというのが持論の私からしたら、非常に残念な状況ですが、この2年半ですっかり学生たちの気持ちも変わってしまった上に、教員側の対応も大学のシステムもできてしまった今の段階で、来年度から関西大学が全面的に対面授業のみにするという変更は難しいだろうと思わざるをえません。ぜひ関学さんには頑張って全面対面授業を続けてもらって、それを魅力的と思う受験生がたくさん集まってくれたらいいなと応援したい気分です。

 コロナ前の2019年までの大学生活に戻ってほしいという気持ちは強いですが、社会学者として今の学生たちや教員たちを分析的にみると、全面的に対面授業で、マスクをつけたまま授業を受ける学生なんてほとんどいなかった――もちろんマスクをつけたまま授業をする教師なんて一人もいなかった――あの時代にはもう戻らない可能性が高いのだろうなと予測せざるをえません。2年半は長いです。人々の価値観を変えてしまった気がします。

856号(2022.6.3)そこまで配慮すべきなのだろうか?

 先週、毎年恒例の「サラリーマン川柳」の発表があり、今年は「8時だよ!! 昔は集合 今閉店」がベストワンに選ばれました。作品の応募期間は2021年ですから、昨年の世相が多くの句に詠み込まれています。昨年は長い間、緊急事態宣言やまん延防止重点措置が出され続けて、飲みにはもちろん、仕事にも行けない、マスクはずっとしていなければいけないという状況でしたので、ベスト10の作品はすべてそういう状況を詠み込んだものになっています。

毎年。このサラリーマン川柳には、見事に時代が反映されており、社会学的に見ても非常に貴重なデータになるなと思って楽しみにしてきました。ちょっと過去のものを見てみると、昨年はやはりコロナ禍の生活を詠んだ「会社へは 来るなと上司 行けと妻」ですが、一昨年はラグビーワールドカップが盛り上がった2019年の作品だったので、「我が家では 最強スクラム 妻・娘」でした。ずっと見ていったら面白いだろうと第1位になった作品を調べていたら、奇妙な事実を発見しました。この「サラリーマン川柳」は第一生命が1988年から発表しているのですが、第1回から第4回の作品と、第7回作品が公開されていないのです。第一生命が記している注記には、「第1回〜第3回は著作権、第4回と第7回は都合により掲載していません」と書かれていました。

隠されていると知りたくなるのが心情で、他のサイトを探してみたところ、第1回〜第3回は見つからなかったのですが、第4回と第7回は見つかりました。第4回は「ボディコンを 無理して着たら ボンレスハム」、第7回は「連れ込むな! わたしは急に 泊まれない」でした。ともに女性がらみの句で、これが第1位作品だとまずいと第一生命は判断したのでしょう。でも、そこまで配慮しなければならないものでしょうか。おそらく、どちらも女性が詠んだのではないかと思われますし、男性が女性を馬鹿にしているという句ではないと思うのですが。むしろ、第一生命は隠していない第22回の「しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ」や、第27回の「うちの嫁 後ろ姿は フナッシー」の方が、まさに「ルッキズム」として問題視されそうな気がします。もちろん、私自身はこの程度のユーモアはどれも許されるべきで、こんなところにまで「ポリティカル・コレクトネス」的な発想を持ち込むべきではないと考えていますが。

そして、第一生命の過剰な配慮のし過ぎは、「サラリーマン川柳」というタイトルを廃止し、「サラッと一句!わたしの川柳コンクール」に変えるという愚策まで生み出してしまいました。「サラリーマン川柳」では女性が詠み手になりにくいとでも考えたのでしょう。しかし、「サラ川」という愛称を残したかったために、このボヤっとしたタイトルに変えることにしたわけです。ちょっと待ってよと言いたくなります。新名称では、一体どんな句を詠んだらいいのかまったくわからなくなってしまいます。川柳は自由自在に詠めるものなので、テーマがないと何を詠んでいいのか、また評価する側も何を基準に評価したらいいかがまったくわからなくなってしまいます。「サラリーマン川柳」というタイトル名だったからこそ、サラリーマンの悲哀や心情をユーモアを交えて句を詠み応募し、評価する人もその観点から評価ができたのです。「サラッと一句!わたしの川柳コンクール」ではテーマがなくなってしまい、応募する人もどんな川柳を詠んだらいいのかがわからなくなってしまいます。最低の変更です。こんな奇妙な配慮――これも「自粛」というのでしょうか――をし過ぎて、貴重な場を失ってしまうというのはもったいなさすぎます。

サラリーマン川柳を読んで、目くじら立てて怒っている人がいるとか、ネットで炎上したとか聞いたことは一度もなかったのですが、、、 どんどん窮屈な世の中になっていきます。

855号(2022.5.26)ルッキズムについて考える

 近畿大学が大学のパンフレットに「美女図鑑・美男図鑑」という内容を掲載したことで批判が出て、メディアでいろいろ取り上げられていました。基本的には、大学という学びを前面に打ち出すべき教育機関が、学生の外見の魅力を売り物にするのは間違っている。ホンネでは外見の魅力が重視されているとみんな思っていたとしても、大学はタテマエを重視すべきだという批判は、まあ妥当だろうなと私も思います。その批判の中で「ルッキズム」を助長するからよくないという主張もかなり出ていたので、この機会にルッキズムについて考えてみようと思います。

 ルッキズムという言葉がいつからあったのか知りませんが、よく聞くようになったのは比較的最近だと思います。日本語に訳すと「外見至上主義」とでもなるのでしょうか。今回の問題が起きる少し前にも、新聞を読んでいたら、「お綺麗ですね」とか「美人ですね」とか言ったら、自分もルッキズムの立場に立っていることになるかもしれないので、言わないように注意しているというような文章を読んだ覚えがあります。ルッキズムに過敏になり、なるべくそう思われないようにと心配する気持ちも理解はできます。それは、特に女性に対しての場合が多いはずです。かつて、女性たちはその内面的能力を評価されることが少なく、外見で評価されてきたという歴史があり、そういう時代に戻さないためにも外見で評価するということを避けようという考え方があるからです。実際、ルッキズムだと批判されるのは、女性に対して外見的評価が語られた時がほとんどのはずです。今の時代、男性たちもかなり外見評価のポイントが昔よりはるかに高くなっていますが、男性に関して「イケメンだ」「かっこいい」と外見的評価がなされても、まずルッキズムだと批判されることはないと思います。

 ただ、どうなんでしょうね。今の時代、女性でも男性でも外見が高評価になる人を高評価だと語ることがそんなに躊躇しなければならないことなのでしょうか。本来ルッキズムとして批判されるべきは、外見によってひどいマイナスを被るといった扱いをされる場合であり、美人やイケメンが多少得しているということまでルッキズムとして批判すべきなのでしょうか。そんなことを言ったら、頭のいい人が得をしているのも「学力差別」、スポーツをできる人が評価されるのも「スポーツ能力差別」とか言わないといけなくならないでしょうか。学力やスポーツ能力は努力の結果だから、能力の高い人は素直に誉めてもいいのでしょうか。外見を魅力的に保つのも、やはりそれなりに努力しての結果だと思うのですが、違うでしょうか。いやいや、顔は生まれ持ったものだから努力の結果ではないとでも言うのでしょうか。そんなことないですよね。肌も綺麗に保ち、手入れを怠らず、食生活も生活リズムもきちんと守ったりしないと、外見的な魅力を維持するのは困難でしょう。また、学力だって、スポーツ能力だって、100%努力の結果でもないですよね。持って生まれた背の高さだったりは努力によっては変えられない要素です。むしろ、外見の方が化粧やおしゃれのセンスを磨き、場合によっては整形も、という努力の結果獲得できていたりしますから、外見的魅力を保っている人を褒めるのに躊躇することはないのではないかと思います。

 そもそも個人の差異を差別のように考えるところに無理があるのだと思います。性差別、人種差別、部落差別、障がい者差別などは、批判されてしかるべきですが、こういう差別は個々人がどういう魅力を持った人かを考慮もせず、そのカテゴリーに属する人は劣っていると決めつけてしまうという悪しき差別です。それに対して、外見や学力やスポーツ能力に関して評価されたりされなかったりするのは、個々人のもつ能力の差異による評価であり、それは差別ではないのではないでしょうか。

 上に書いたように、確かにかつて女性たちを、その内面的能力で評価せずに圧倒的に外見で評価していた時代に戻ってはいけないと思いますが、今は女性でも外見の魅力だけですべてが評価されるような時代ではないし、内面的な能力プラス外見的魅力を持つことは、女性だけでなく男性でも望まれることでしょう。ルッキズムという言葉が拡大解釈されて、外見的魅力について素直に褒めることすらしてはいけないなんて時代にならないことを祈ります。

854号(2022.5.20)「マスク禁止法」でも作らないともう戻らないのかもしれない

 ようやく政府が一部マスクを外してもいい状況とかを示し始めましたが、ニュース番組でインタビューを受けていた人のほとんどが「まだマスクを外すつもりはない」と答えていました。小学生たちも「コロナに感染したくないから」とか「もうマスクに慣れてしまった」と淡々と言っていました。きっと大学生も同じようなことを言うのではないかと思います。23カ月ほどの時間はそれなりに長く人々の生活習慣や価値観をかなり変えてしまいました。もう、みんながマスクをしていない状態には戻ることはないのではないかという気がしてきています。

 もともと日本人はマスクをつけることを嫌う人が少なく、花粉症の時期や、何もない時でも、のどを守るからとか、化粧していない顔を隠せるからとマスクをよく使ってきました。私は、自分がマスクをすることはもちろんですが、学生がマスクをしたまま授業を受けるのも嫌いで、特にマスクをしたまま発表をする学生には、マスクを外すように求めてきたものでした(参照:「つらつら通信」第495号「伊達マスクだったのか!」http://www2.itc.kansai-u.ac.jp/~katagiri/tura15.htm#no495)。声は聞き取りにくいし、表情もわからないし、マスクをつけたまま発表をするなんて、マナーに反すると思っていました。

 ところが、このコロナ禍で、マスクをしたまま喋るのが正しいマナーになってしまいました。こんな奇妙なコミュニケーションの取り方はコロナが収まれば終わるはずだと思って、そうなる日を心待ちにしてきましたが、こんな空気では、そんな日はもう来ないのかもしれないと思わざるをえなくなっています。

 我々人類――いや動物すべてかも――は言葉が生まれる以前から、コミュニケーションを取る際に、表情からの多くのことを読み取ってきたのです。そのもっとも歴史のある大事なコミュニケーション方式が、今日本では失われようとしていて、そのことをおかしいと思う人が少数しかいないという奇妙な状況にあります。そこまで致死率が高いわけでもない病気をただただ感覚的に恐れて、人類の基本的なコミュニケーション方式を捨て去ってしまうなんて、こんな馬鹿なことはないと私は思っています。

 マスクに感染予防効果なんてほとんどないのに、多くの人はそう思い込んでマスクをしています。これまでにマスクの効果に関して紹介されてきたのは、飛沫を飛ばす距離を抑えられるということだけです。体調が悪くて咳が出る人は基本的に自宅で休んでほしいですが、どうしても出なければいけないなら絶対マスクをしてほしいと思いますが、体調にまったく問題がなく咳もまったく出ない人がマスクをする必要なんか、合理的に考えたら本来はないはずです。「無症状感染者」という言葉が拡大解釈されて、すべての人が感染者になっていると思ってマスクをしましょうというのは、みんな悪人かもしれないので、誰も信じずに生きましょうと言ってるのと同じくらい、むちゃくちゃな話です。

 「マスク会食」とか「黙食」が正しい食事のマナーだと思ってしまっている子どもたちが小学校3年生以下ではほとんどでしょう。違いますよね。食事は楽しく歓談しながら食べるものです。このままずっと小学生に食事中はいっさい喋らずに黙々と食べるのが正しいと、日本社会は教えてゆくのでしょうか。おかしすぎます。

 この状態を抜本的に改善するには、「マスク禁止法」でも作らないとだめなのではないかという気がしてきています。せめて「NO TALK, NO MASK」では、だめですか?

853号(2022.5.2)小学生スポーツの全国大会

 ちょっと前のニュースですが、全日本柔道連盟が小学生の全国大会を中止にすることを決め、そのことを室伏広治スポーツ庁長官が支持し、さらには他のスポーツに関しても小学生の全国大会はない方がいいのではないかと持論を述べましたが、私はこの意見に賛成です。先日、この話を講義の前説としてしたのですが、そのご感想を寄せてもらったところ、同意してくれる学生もいましたが、やはり全国大会は必要だと思うという学生もかなりいました。その論理としては、スポーツを頑張ってやっている人にとっては全国大会は大事な目標であり、そのために頑張ろうという気持ちが湧くので、なくすのは可哀想だというようなものでした。

 私も適度な競争は、もっと伸びよう、頑張ろうという気持ちを生むので、スポーツのプラスの面はおおいに認めますが、小学生というまだ成長途中にある年代の子たちに全国大会まで目指させるのは、過度な競争のさせ過ぎになってしまうのではないかと思います。大会がある限り、勝利を目指すことになり、スポーツを楽しむことより、勝つことが目的になって無理をさせることにどうしてもなってしまいがちです。特に、柔道の場合は体重別ですから、勝つために体重を押さえて下のクラスで勝負しようとするでしょうから、成長期の子どもにとってそれはよいことはないでしょう。体重別ではない野球のような競技でも、球数の投げすぎ、変化球の多投なども子どもの体に悪影響があるのではないかと思います。

 もちろん、そんな無理をさせる競技ばかりではないでしょうが、小学生という成長期の子どもたちの大会はせいぜい都道府県大会くらいまででいいのではないかと思います。できたら、小学生は学校で競わせるくらいで、のびやかに様々なスポーツを経験させる時期としておいた方がいいというのが私の持論です。ちょうど先ほどNHKでアスリートの心の危機について紹介していた番組で、女子バレーボールの日本代表だった大山加奈さんが、自分の経験を語っていました。小学校から全国大会で優勝し注目されるようになり、中学、高校とさらにバレーボールの全国大会で活躍し、日本代表入りもして、日本チームを引っ張っていく存在と見なされていましたが、怪我をして結果が出せなくなってからはバレーボールで活躍できなくなった自分にはもう存在価値はないと思い、自殺すら考えるようになったと言っていました。小学校の全国大会で勝利してから、自分にはバレーボールしかないんだと思うようになっていたと話していて、やっぱりそんな風になってしまう人が出るよなと思いました。

 もちろんスポーツで身を立てるという人がいてもいいので、スポーツを子どもの時からやるなというわけではないのですが、成長期の小学校までは、過度の競争や特定競技一色の生活を生み出しやすい全国大会は実施せずに、いろいろなスポーツを経験して楽しむように考えてあげた方がいいのではないかと思います。相撲の力士などは、横綱になったような人でも中学までは陸上をやっていた(千代の富士)とか、野球をやっていた(稀勢の里)といった人も多いです。ちなみに、小学生の全国大会で小学生横綱(=優勝)になり、実際に大相撲の世界に入って横綱になったのは貴乃花だけだと思いますが、彼の現役晩年から親方になってからの奇矯な行動を見ると、やはり小学生からひとつのスポーツ漬けは危険なのではと思えてきます。

 小中学校の義務教育期間は、まだ特定の関心に偏らせすぎずに、様々なことを経験させるために、選択科目がなく、全部必修となっているはずです。勉強もスポーツも義務教育期間は、適度な競争の中でいろいろ楽しく経験できるようにすべきで、特定の分野で過度な競争を生み出さないようにすべきだというのが私の考えです。

852号(2022.4.17)いやいや、判断を間違っているでしょ

 ロッテの佐々木朗希投手が2試合連続完全試合を成し遂げるという大記録を前に、井口監督の判断で交代させられ、夢は潰えてしまいました。テレビのスポーツニュースでは、佐々木投手を大事に育てようという井口監督の素晴らしい判断だとか言ってましたが、いやいやおかしいでしょ。あと、20球くらい投げたからと言って将来に悪影響なんか出ないですよ。井口監督は「朗希はばてていたから変えた」とか言っているようですが、結局変えた投手が打たれて負けたんですよね。試合に勝ったならまだしも負けたということは、投手交代を失敗したということです。完全試合の夢を潰した上に、チームを負けさせたんですから、この試合に関しては井口監督は批判されてしかるべきです。

 佐々木投手の実力からしたら、また完全試合のチャンスはあるかもしれませんが、さすがに2試合連続なんてもうないんじゃないかと思います。2度と誰もできないような野球史に残ったかもしれない記録達成のチャンスを、井口監督の100球程度で交代という柔軟性のない思考によって奪われたのは、佐々木投手にとってももちろん、野球界にとっても最悪の判断です。私がロッテのオーナーなら、この試合の判断を持って井口監督に休養を命じたいほどです。

 あと、今日の試合はテレビ東京では放映していたらしいですが、関西でも佐々木投手が先発するであろう来週日曜日の試合はテレビで放送してほしいです。絶対視聴率は取れるはずです。テレビ局も判断を間違っています。

851号(2022.4.9)国際連合は何か役に立っているのだろうか?

 先日ウクライナのセレンスキー大統領もその問題点を指摘していましたが、おそらく誰も感じていることでしょう。安全保障理事会の常任理事国が戦争を起こし、それに対して制御しようとしても拒否権を発動するので、結局国連としては効果的な方針は何も出せないことになっています。今回のロシアのウクライナ侵攻でこの矛盾に気付いた人が多いかもしれませんが、今回だけではないですよね。戦後常任理事国5か国――アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国――が引き起こした戦争はいくつもあり、それに対して国連はほぼ何も制御できずに来ました。たぶん、一番戦争したのはロシア(ソ連)とアメリカでしょう。

 日本でニュースを聞いていると、ロシア(ソ連)の起こした戦争は非常に悪辣な行動をしたと報道されますが、アメリカが起こした戦争の場合、そういう報道はされません。多少されてもかなりオブラートに包んでソフトに報道されます。今、ロシアがウクライナで民間人を殺害する人道に対する犯罪を犯していると報道されていますが、50年前までアメリカがベトナムでやっていたことは、枯葉剤をばら撒いたり、ベトコンと疑い村自体を焼き払ってしまうなど、もっとひどかったと思います。もちろん、それはある程度報道されたし、最終的には多くのアメリカ人自身もベトナム戦争に関わり続けることの意義がわからなくなり、厭戦ムードが広がり、アメリカはベトナムから手を引くことになりましたが、今回のように人道に対する犯罪をアメリカは犯しているというような国際世論は生まれていませんでした。

 もっと最近の戦争でもイラクが大量破壊兵器を持っているはずだから、それを見つけ破棄させるためにアメリカとイギリス中心になって2003年に起こしたイラク戦争でも、民間人がかなり巻き込まれて死んでしまったという報道はありましたが、人道に対する罪を犯しているという報道はなかったと思います。人道に対する罪を問うなら、広島や長崎への原爆の投下なども当然問題視されてもいいはずですが、第2次世界大戦に関しては、戦勝国は人道に対する罪は一切問われず、敗戦国のみが捕虜への虐待や虐殺など人道の罪を問われたわけです。冷静に考えれば、実に不公平でおかしな話です。

 話を国連に戻すと、結局この国際連合という組織も、第2次世界大戦の戦勝国に都合よく創られた組織だということが一目瞭然です。5つの常任理事国は第2次世界大戦の戦勝国ばかりです。あの戦争での勝者が自分たちに都合よく創った組織で、その時代遅れで偏りのあるバランス・オブ・パワーをこの76年、無理矢理維持できているということにしてきたわけです。でも、実際には、上で見たように国連は戦争をまったく止められずに、何の力も発揮できていません。そもそも民主的であることや自由を尊重する気が本当にあるなら、アメリカやイギリスが率先して常任理事国という制度は解体して、4年に1回選挙ですべての理事国を決めようとか提案すべきです。ずっと自分たちだけが常任理事国であるという立場にいることはおかしいと主張すべきです。

 1945年以後、世界を巻きこむ大戦争が起こらず、部分的な戦争で済んできたのは、国連のおかげではなく、結局互いに核を使ってしまうことになることを恐れる躊躇ゆえです。つまり「核の抑止力」ゆえです。今回も、アメリカが本格的に軍隊を送ったりしないのは、アメリカ以上に核兵器を保有しているロシアが万一核を使うという判断をしたら困るので、ということが最大の理由です。おかげで、北朝鮮の金正恩は「核抑止力」こそ力の源と確信し、このウクライナ危機の間にさらに核実験を繰り返し、核保有国としての力を誇示するようになっています。

 こんなに役に立たない組織ならなくても同じようなものではないかとすら思ってしまいますが、さすがにそこまで行くのはまずいのでしょう。ただ、少なくとも国連があるから第3次世界大戦は起こらないなどと思うのは甘すぎる見方だと思います。今回のウクライナ危機もNATOが資金や武器をウクライナに送り続ける限り、そう簡単には終わりません。クリミア併合前まで戻せと主張し続けたら泥沼の戦争状態が続き、最終的には世界大戦にだって発展しかねません。クリミアと東部2州の帰属は住民投票で決めるというあたりでまとめないと、ロシアも収まらないでしょう。プーチンがおかしいから、いつかロシア国民も気づくはずだといった楽観的見方をしている人も結構いると思いますが、そんなことは簡単に起こりません。過去の歴史を見たら、戦争当事国の国民はとりあえず政府を支持するものです。ベトナム戦争の時のアメリカも、太平洋戦争中の日本も、すべて終わってからは、なんで国民はあんな戦争を何年も支持していたんだろうかという話になりますが、とりあえずは国家が掲げる大義名分を国民は支持し戦意は昂揚するものです。多くの国民が「もうやめよう」と思い始めるのは一体何年後になるのか。過去の歴史を見るなら5年や10年はかかりますよ。

 歴史を振り返るなら、ロシア(ソ連)は客観的にはかなり追い詰められていても「参った」とは決して言わない国です。過去には、ナポレオンにもヒットラーにも「参った」と言わず、最終的にはナポレオンもヒットラーもロシア(ソ連)から手を引かざるをえなくなりました。経済制裁だけで「参った。全面的にウクライナから手を引きます」なんて絶対言いませんよ。世界が求めているのは、戦争の早期終結なのか、ロシアの敗北なのか、どちらなのでしょうか。後者なら長引くのは確実です。

 ちなみに、これを書くにあたって、そう言えば、以前「グローバル時代の国民国家の行方」という論文を発表したことがあったなと思い出し、久しぶりに読んでみました。約20年前に書いた論文ですが、今読んでも外れてないなと思いましたので、ここにリンクを貼っておきます。興味のある方はぜひお読みください。

片桐新自「グローバル時代の国民国家の行方」(満田久義編『現代社会学への誘い』朝日新聞社、2003年)

850号(2022.4.6)孫と飲むような、、、

 今年は4月に新ゼミ生の合宿ができそうなので、昨日その合宿の幹事をやってくれるメンバー3人と打ち合わせを兼ねて初めて飲んだのですが、コロナ禍で2年間何もできない生活を送ってきた20歳の学生たちはこれまでの新3回生以上に初々しく、なんだか孫と初めて飲む祖父のような気持になってしまいました。

新ゼミ生とは46歳の年齢差ですから、実際彼らの祖父母と私の年齢はそう変わらないはずで、そういう気持ちになってもおかしくはないのですが、年齢差だけなら昨年だって45歳差、その前だって44歳差でそうは変わらないはずですが、昨年まではまだ孫と飲んでいるという気持ちにはまったくならなかったのですが、今年は、というか昨日は初めてそういう気分になりました。目の前に座っていた女子学生が、チューハイを30mlくらい飲んで「酔っぱらいました」と言ってニコニコ笑っている姿がなんか特に幼く見えたのかもしれませんが、「無理に飲まなくていいんだからね」とすっかり孫を見守るおじいさんの気持ちになっていました。

1983年に27歳で大学教員になったので、最初のうちは「兄貴」的な存在になれたらと思いながらやってきて、2000年代に入ったあたりからぼちぼち「父親」に近いんだろうなと思いながらまだ「兄貴分」で行けてるのではと思っていましたが、ちょうど自分の子どもが大学生だった2010年前後あたりからは「父」的存在であることを自分でも受けとめ始めました。その後は少し遅めに生まれた子どもと思えば、そのまま「父」的存在で行けるのではと思いながらやってきましたが、ついに昨晩、自然と「祖父」の気分を味わってしまいました。

でも、好々爺になってしまってはきちんと指導ができなくなりそうなので、もう一度エンジンをかけなおして、愛情を持ちつつ厳しいことも言うちょっと歳を取っている「お父さん」くらいで頑張ります。コロナ前の大学生らしい生活をほとんど経験せずにゼミに入ってきた学生たちを少しずつ大人に育て上げていかなければと思った一夜でした。

849号(2022.4.3)片桐ゼミのHPに関するアンケートの最終結果報告

 310日から31日まで3週間ほどを回答期間として実施していた片桐ゼミのHPに関するアンケートの最終結果を報告します。

グラフ, 円グラフ

自動的に生成された説明317日時点で中間結果報告をした際には28名の回答者でしたが、その後少しずつ増え331日の締切時点では42名の回答者となりました。まずはご協力をありがとうございました。17日時点でほぼ回答者はゼミ生と知人ばかりで面識のない人は1人しかいなかったと書きましたが、それを読んで答えようと思ってくれたのか、ゼミ生ではない講義等の受講生でしたという人が少し回答をしてくれたため、最終的には、ゼミ生32名、ゼミ生以外での授業の受講生7名、その他3名ということになりました。ゼミ生以外でもそれなりに読んでくれている人――それも大部分は卒業した人――たちがいることがわかり、嬉しかったです。回答者の平均年齢は32.7歳になります。もっとも多い年齢は22歳の5人ですが、現役生が読んでいるというより卒業した人の方がよく読んでくれているようです。

どのくらいの頻度で読んでくれているかということを示したグラフが右の円グラフです。「ほぼ毎日」が9人(男性9人)、「週に23回程度」が9人(男性5人、女性4人)「週に1回程度」が9人(男性7人、女性2人)ということで、27人も毎週このHPに立ち寄ってくれているということで、割と読んでもらえているなあと、これも嬉しく、HPの更新意欲をおおいに高めています。括弧内の数字を見てもらってわかるように、よく読んでくれているのはやはり男性のようです。回答者自体は中間報告の時より女性の割合が増え、15人(全体の35.7%)になりましたが、週1回以上読んでくれている人の中では、女性割合は、22.2%に下がります。

関心を持っているコーナーに関しては、中間報告の時の結果と基本は変わっていません。この「つらつら通信」が100%、「ゼミに関する情報」と「本を読もう!映画を観よう!」が5割を少し超え、「片桐社会学塾」と「社会学に関する情報」への関心が3割を超えるということで、傾向としては中間報告の時と変わっていません。「日本の歴史に関する私説」と「戯曲・童話」には1人だけですが関心があると答えてくれた人がいましたが、「韻文の世界」は結局ゼロでした。でも、日本の大事な文化なので、このコーナー、もっと関心を持ってもらえるようにしないといけないなと思いました。

まあだいたいこんなところでしょうか。いずれにしろ、このHPの受け止められ方が多少ともわかり、より更新意欲が増したのは間違いありません。これからもまめに更新していきますので、たまにで結構ですから、感想をメールなどでお聞かせ願えれば嬉しいです。このHPもあと4年の命です。完全退職後は少なくとも、このアドレスでは読めなくなります。その後どうしますかねえ。

848号(2022.4.1)男のトイレのエトセトラ

先日ある場でトイレの使い方の話になり、そう言えば、男性のトイレ行動は、以前とはすごく変わってきているなあと改めて思ったので、この機会にちょっと整理して考えみようと思います。

 まず、その時話した話ですが、自宅の洋式便器を小用で使う場合に、立ってするか座ってするかというところが昔との大きな違いです。中高年――もしかすると高齢層だけ?――は便座を上げて立ってするのを当たり前と思っている人が多いと思いますが、若い男性は座ってするという人が多そうな気がしました。

 確かに立って用を足すと、はねやすくトイレが汚れる可能性が高くなりますから、掃除をする観点から考えたら、立ってするのはやめてほしいということになるでしょう。たぶん、家庭内でともに暮らす女性たちは、「絶対座ってしてほしい」と強く求めていると思います。子どもの時からそうするように求められてきた若い男性、あるいは結婚した妻から強くそうするように求められてきた若い中年以下の世代は、座って小用を足すのがもう当たり前になってきている人も多いと思います。

 外で小用を足すときは、立って用を足す男性用便器を、男性はみんな使うわけですが、ここでも昔との違いは感じます。以前であれば、みんな「社会の窓」だけ開けてつまみ出して用を足したものですが、最近はズボンのベルトを外し、ウエストのボタンを外し、チャックを下げと、前面をかなりオープンな状態にして用を足す人が多くなっています。ボクサーパンツのようなぴったりした下着の流行でモノがつまみ出しにくくなったということの影響が大きいかなと思いますが、自宅で座って用を足す習慣の影響もある気がします。

 トイレ自体も大きく変わりました。今のトイレは駅などの公衆トイレでもそこそこ綺麗ですが、昔はひどいものでした。私が高校生の頃、毎日通学で使っていた国鉄T駅などはメイン階段の登り口のところに男性用トイレがばーんとあって、そこからは常に強烈な臭いが漂っていました。中の小用を足すところなんて、仕切りもないコンクリートの溝に78人が並んで用を足すような造りでした。こんな仕切りなしのトイレ、今はまず見かけなくなりましたが、4050年前は街にたくさんありました。

 そして、個室はというと卑猥な落書きだらけでした。これは大学のトイレも一緒でした。仕切りなしの小用の場はさすがに大学では経験しませんでしたが、個室の落書きは大学もひどかったですね。今は、どこの大学もあるいは公衆トイレもかなり綺麗になったので、落書きはほとんどなくなりました。昔は、こういうトイレの落書きは卑猥なもの以外に差別的なことも書かれていたりして、大学はいかにしてそういう落書きをさせないかということに頭を悩ませたものでした。当時から、「トイレを綺麗にすれば落書きはなくなる」ということは言われていたのですが、実際綺麗になったら落書きは減っていきました。まあ、ネットとかで落書きよりひどいこともできてしまうというのも、トイレの落書きを減らした理由かもしれませんが。

 他にも、ウォシュレットを使うか否かとかも面白い議論なのですが、まあこれは男性に限ったことではないので、また機会があればということにしましょう。食事をしながら、この文章を読んだ方、すみませんでした(笑)

847号(2022.3.28)若隆景

 そうそう、今日は相撲のことも書いておかないといけませんね。新関脇・若隆景の初優勝で終わった初場所ですが、若隆景が優勝すると予想した人は一人もいないでしょうし、優勝争いに絡む実力があるとはまだ誰も思っていなかったと思います。こんなに急速に力が伸びているとは予想外でした。一昨年の7月場所で再入幕を果たしてから急速に力をつけてきていたのはよくわかっていましたが、体がそう大きくはないので、先場所まで3場所連続で前頭上位で8番か9番という小さな勝ち越し方だったので、三役になっても二桁勝つのはもう少し後だろうと思っていたら、あっという間に誰とも互角以上に渡り合える実力をつけていました。

 けれんみのない真っ向勝負、それもおっつけという玄人好みの渋い相撲で、この体でこんなに急速に強くなるとは、長年相撲を見てきた私でも滅多に見たことがない力士です。解説者の北の富士さんが何度か千代の富士が急に強くなった時と重ねて話をしていましたが、確かにその急速な力の付け方や体格は似たところがあります。ただ、相撲のタイプは違います。千代の富士は前まわしを掴んで一気に走る速攻相撲でした。相撲のタイプとしては、本人も意識しているという三代目若乃花――若貴兄弟のおにいちゃん――の相撲に似ています。でも、強い下半身から生み出される筋力は若乃花より、確かに千代の富士に近いかもしれません。130s前後の体重で200kgあるような大型力士をまっすぐに押し込んで行くのですから、全身を使って生み出す筋力はすごいものがあります。若乃花にはそこまでの筋力はありませんでした。その若乃花でも横綱まで昇進したのですから、若隆景も十分そうなる可能性を持った力士と今後位置付けられていくでしょう。

 若隆景はインタビューを受けても言葉数が少なく、昔の力士のようです。顔も悪くないし、一気に女性ファンが増えるでしょうね。兄二人も相撲取りで、すぐ上の次男・若元春も実力のある弟と稽古ができているせいでしょうが、こちらも急速に力を付けて来ています。一番上の長男・若隆元は幕下の上位で今場所は負け越したので、来場所は少し番付を下げますが、弟2人が力を付けていますので、こちらも伸びてくるでしょう。三兄弟そろって関取という日はそう遠くない気がします。若隆景(わかたかかげ)って言いにくい名前なのですが、毛利三兄弟――毛利元就の3人の息子・毛利隆元、吉川元春、小早川隆景――から取っているので、これはこれでいいなと思います。貴景勝も上杉景勝から取ったと以前貴乃花親方が言っていましたが、これから戦国大名の名前を下につけるパターンが増えてくるかもしれません。「琴信長」とか「若秀吉」とか。ちょっとビッグネーム過ぎると名前負けしそうで嫌かもしれませんね(笑)

 それにしても、今大相撲は戦国時代に入った感じで、これからしばらく誰が天下を取るのか非常に興味深くなってきました。先場所の途中くらいまでは、しばらく照ノ富士一強時代が続くのではと思っていましたが、先場所最後の方でだましだましやっていた膝を再び痛めたようで、今場所は先場所途中までの強さはみじんもなく6日目から休場してしまいました。この後、多少は持ち直すかもしれませんが、あの膝は長くは持ちません。本人も横綱になった時から、長くは取れないと思うと言っていたくらいですから、あと12年持つかどうかでしょう。イメージ的には満身創痍で、もう天下を納めきれなくなった足利将軍家のような存在になりそうです。果たして誰が天下を取るのか、興味深いです。

 今の大関陣は天下を取る器ではないです。横綱になる可能性は御嶽海には多少感じますが、なれたとしても強い横綱にはなれないでしょう。今の関脇以下で天下取りが出てくるのを期待します。若隆景は今場所の相撲で一気に有力候補になりましたが、他に豊昇龍、霧馬山あたりが力を付けて、大関争いさらには横綱争いとなるのではないかと期待します。3人とも極端な大型力士ではないですが、足腰と運動神経がよい力士なので、長年相撲を見てきた私の眼には、こういう力士こそが天下を取るものだという認識があります。琴の若も力を付けてきましたが、いかにも大型力士の相撲で、勢いで大関くらいまでは行けるかもしれませんが、そこまでがせいぜいでしょう。千代の富士、貴乃花、朝青龍、白鵬、みんな大型力士という範疇ではなかったです。千代の富士や朝青龍などは横綱として圧倒的な強さを誇っていた時でも、幕内の平均体重をかなり下回っていたはずです。相撲は、体重よりも運動神経や体のバネがより重要な競技です。「柔よく剛を制す」は柔道で言われる言葉ですが、柔道は結局体重別選手権になってしまい、唯一体重別でない日本選手権も結局は重いクラスの選手が勝ってしまいますが、相撲は大きさだけで勝負が決まってしまわない唯一の格闘技なのではないでしょうか。実に魅力的な競技です。

 若隆景のことを書こうと思ったら、長くなってしまいました。でも、これを読んで1人でも2人でも相撲ファンが増えてくれたら嬉しいです。

846号(2022.3.28)高齢者マウンティング

 最近、電車の中などで高齢者と思しき人を見つけると、つい「この人は私よりも年上だろうか?」と比較してしまいます。今のところ、私が「高齢者だな」と思った人は全員私より高齢だと判断しているのですが、実際はそうでない人もきっといるのでしょう。「高齢者」と判断するのは、多くの場合髪の毛です。白かったり、薄かったりすると、まずは高齢者かもと考えてしまいます。黒くてふさふさしていていれば、それだけで「高齢者」候補から外しています。(中には、高齢者でもそういう方もおられるのでしょうが。ちなみに、カツラはほぼわかります。)白かったり、薄かったりしていても、若いだろうなと思う人はいます。肌の艶とか表情とかでたぶんこの人はまだ若いだろうと判断することも結構あります。まあ、こんな基準で「高齢者」認識をしていると、自分よりはみんな年上だろうという評価になります。これは、裏返してみれば、私はまだそこまで見るからに「高齢者」には見えてないはずだという勝手な自己認識があるということなのだと思います。

 つい最近までは、こんな比較はしたこともなかったのですが、最近妙に気になってつい意識してしまいます。自分が66歳――もうじき67歳――という高齢者カテゴリーに入っていること、そしてこの2年間新型コロナの流行であまり街に出てこなかった高齢者が、まん延防止措置の完全解除以降、急に街にたくさん出てくるようになり、桜の開花もあり、昼から飲んでテンションが上がっている高齢者を最近よく見かけるようになったからだと思います。あと、70歳代前半になっている団塊世代という大きな固まりが世の中に存在するので、その辺の年代の人を実際によく見かけるということもあるのかもしれません。34人くらいで昼からテンションが上がっている70歳代前半と思しき高齢者を最近よく見かけるので、つい彼らよりは私はまだ若いよなという比較をしたくなったのかもしれません。

 まったくどうでもいいような話で読んでいただいた方、すみませんという感じですが、どういう年齢の時にどんなことが気になったり考えたりするのかを知っておくというのも悪くないと思いますよ。特に、「若者」に関しては,いろいろな人がいろいろなことを言いますが、「高齢者」に関してはざくっと「高齢者」層として語られるばかりで、あまりその心情とかを考えようとする人もいないと思うので、こういうことが最近気になりますと吐露するのも多少は意味があるのではないかと思っています。「高齢者」カテゴリーに入って2年弱ですが、やはり結構意識させられるものです。まだ現役教師だということもあって、そこまで衰えは感じないのですが、こんな「高齢者マウンティング」をしてしまう程度には、「高齢者」意識が潜在的に植え付けられているのかもしれないと思った次第です。

845号(2022.3.25)冷蔵庫地図

 これは比較的最近ドラマで知った言葉です。主婦の頭の中にはこの「冷蔵庫地図」があって、冷蔵庫に保存しておいたものを無駄にしないように料理をするという説明だった気がします。知る人ぞ知る我が家の特殊事情で(笑)、私が買い物も料理もゴミ捨てもする担当なので、この「冷蔵庫地図」という言葉を聞いてから、私にぴったりの言葉だなと思って、忘れられなくなっています。

 食材や調味料等を過不足なく用意し、また無駄なく使い切るというのは、私の性分に合っています。今日の夕飯は、以前3玉入りの焼きそばを2玉使い、残りを1玉残しておいたので、それを解凍して、同じくその時に3分の1残しておいた豚肉も解凍して使い焼きそばを一品、そして昨日安かったので買っておいた鶏もも肉――1枚しか使わなかったので、あと1枚は冷凍室で保存です――と半本ほど残しておいた白ネギをシンプルに塩だけで炒めもう一品、あとアボカドと塩昆布、さらにセロリでした。本日もなかなか美味しかったです。調理時間はちょうど1時間くらいでした。基本的に1時間以内で調理は終えるようにしています。

 昨日は、前に買って3分の2は使った大きなかぶの残り3分の1をベーコンとこれも残っていたエリンギと一緒に炒め、コンソメで味をつけたものと、ホッケ、ブロッコリー、アジの刺身でした。今、かぶが安くて美味しいですよね。かぶなんて昔はどう料理するのかもわかりませんでしたので、ほぼ買ってこなかったのですが、美味しいですね。炊いても炒めても美味しい。大根とはまた違う味わいです。

 一昨日はレバニラ炒めでした。生姜とニンニクをたっぷりすりおろして、調理酒とともにしばらくレバーを漬け込みます。ニラともやしと白ネギを食べやすい大きさに切り、漬け込んだレバーには片栗粉をまぶして炒めます。生姜とニンニクでレバーの臭みがある程度抑えられた上に、片栗粉でうま味が逃げないので、抜群に美味しいです。最近は外で食べるレバニラ炒めより、自分の作ったレバニラ炒めの方が美味しいのではと思っているほどです(笑)レバニラの話は冷蔵庫地図とはあまり関係なさそうですが、生姜やニンニクは冷蔵庫に欠かさないようにしているというところでちょっとつなげています。

 基本的に料理の本もネットの料理情報も見ないで作りたい方です。自分の感覚を信じて作るのが楽しいのです。特に、なるべくわざわざ食材を用意するのではなく、冷蔵庫にあるもので時間をかけずに何か作るのが好きです。なので、冷蔵庫地図は私にとってとても大切です。本当に作っているんですかとお疑いの方のために、上記の3食分の写真を載せておきます(笑)多めに見えると思いますが、大皿のものは2人分ですので。

テーブルの上にあるサラダ

自動的に生成された説明 皿の上にある数種類の食事

自動的に生成された説明 皿の上の料理

自動的に生成された説明

844号(2022.3.23)らくたん

 先日新3回生になる子から聞いた言葉です。「楽に取れる単位」の略語だそうです。以前から「楽勝科目」といった言い方はあったと思いますが、今はこんな言い方になっているんですね。ちなみに、どういう科目が「楽単」なのか聞いたところ、資料や教材を全部見ずにでも答えられるような課題しか出ないとか、毎回課題が出されない講義が「楽単」なのだそうです。なるほど、やっぱりそうなんだなと納得しました。きっと、そういう楽をしたいと学生たちは考えているだろうと読めていたので、私がオンデマンドの講義をやる時は、毎回課題は出すし、ちゃんと動画を見ないと答えられないような課題にしていました。きっと私の講義は「楽単」には位置付けられていなかっただろうなと思います。

それにしても気になるのが、講義はオンデマンドで十分というか、対面の講義の魅力を知らないまま、3回生になってしまう学年が出てきたことです。新3回生は大学入学時にすべての授業がオンラインで始まった学年です。その後も対面授業が一部復活したものの、それは演習形式の授業で十分で、講義は好きな時間に視聴できるオンデマンドが基本になってしまっています。「らくたん」という言葉を教えてくれた女子学生はまじめな学生だと思いますが、どんな講義を履修するのか聞いたら、講義はすべてオンデマンドを選んでました。「楽単」科目ばかり選んでいたわけではないでしょうが、「講義はオンデマンドで十分かなと思っています」と言われ、ちょっとショックでした。この2年間の大学生活で、そういう授業の受け方が基本になってしまっているのかあと「落胆」しました。

私は、講義は毎回、毎回が1回勝負のパフォーマンスだと思っているので、「オンデマンドの動画でいいです」と言われると残念で仕方がありません。私の講義のウリである「前説」も生パフォーマンスでないとできません。本当なら一昨年、この学年が1回生で入学してきた春学期にも半数の社会学専攻の学生には必修の「基礎社会学1」の授業で「前説」を聞いてもらって、社会に対する関心やニュースに対する関心を高めさせることができたのに、と残念でなりません。ちなみに、この女子学生は、私の話を聞いて、対面で行う私の講義を履修することに変更してくれましたが。

オンデマンドが基本となってしまった学年のゼミが4月から始まります。もしかしたら、これまでのゼミとは違う空気を感じるかもしれません。オンデマンドの講義をたくさん入れることで、ゼミのある曜日しか大学に来ないというパターンは、もう昨年――もしかしたら一昨年――の学年から浸透していました。今年の新ゼミ生は大学まで片道2時間以上かかるところに住んでいる人が何人もいます。週に1回くらいしか大学に行かなくていいなら、下宿せずに少し遠目でも自宅から通うということが可能なようです。対面授業ばかりだった時代も遠くから通う人は多少いましたが、1学年にこんなにたくさんいたことはなかったです。これも遠隔授業時代のなせる業ですね。

まあ、これだけネットが便利になった時代ですから、上手に使うべきだとは思いますが、知的能力を伸ばすために生かしてくれるならいいですが、視聴時間も自由、なんなら視聴もあまりせずに、課題も楽にできるのはどれかなんて意識で、オンデマンドの講義ばかり取ってしまうなら、あまりにももったいないと思います。でも、対面講義をほとんど受けたことがないという学生たちに、どうやって対面講義の魅力をわからせるのかはなかなか難しい問題です。

コロナが収まっても、オンデマンド授業というのは活用されていくのだろうと思います。学生側からの要望だけでなく、大学側にとっても受講者数での教室割り当てという難しい問題の解決が容易になるからです。特に、大人数の授業はオンデマンドで行ってくれたら、教室割り当てで頭を悩ませることはなくなります。これからの大学はどんどん通信教育のような大学になっていくのではないかと心配です。

今年度の私の講義は春秋ともに対面講義でやります。きっと受講者はかなり少なくなるだろうと思います。残念ですが、仕方ありません。今どきの若者の希望に合わせようとしない私の選択の結果です。でも、迎合するつもりはありません。たくさんの学生に聞いてもらうために、オンデマンド講義にしてしまったら、私の講義の魅力は半減しますので。自分自身に「落胆」しないように、「楽単」教師にはなりません。

【追記(2022.3.25)】その後もつらつら考えていたのですが、「らくたん」という言葉が妙にひっかかったのは、「楽勝科目」と「楽単」との間には、イメージにかなり大きな違いがあるからではないかという気がしてきました。「楽勝科目」という言い方をしていた時は、学生の頭には、最低限授業や講義というものがイメージされていたと思いますが、今は授業のイメージがほとんどないまま「単位」という数字でイメージされてしまっているのではないかということです。授業や講義をイメージしてくれたら、その講義を担当する先生の話しぶりなども含めて、「ああ、あいつの授業は聞く気にならないや」とか「まあ、あの先生の授業なら聞いてみてもいいか」というイメージにつながったと思いますが、いまや「2単位」を如何に少ない労力で取得できるかという計算になっていて、そこには教師の顔や喋り方、授業内容なんかは全然思い浮かんでないのではないかと危惧します。

大学に入った理由で「就職を有利にするため」や「大卒の肩書が欲しかったから」が「学びたいことがあった」より多くなっている時代ですから、授業とは単位のために取らなければならないものと考える学生が増えているのは間違いないと思いますが、そんな考えだけで大学生活を送ってしまったら、あまりにもったいないですよ。大学はいろいろなことを学び成長することのできる場です。そのことに、みんな気づいてほしいものです。

843号(2022.3.17)片桐ゼミのHPに関するアンケートの中間集計結果報告

 このHPに関する簡単なアンケートを開始してから昨日で1週間が経過しました。毎日のようにこのHPを見てくれている方々は、どんな結果になっているんだろうとちょっと興味を持ってくれているのではないかと思いますので、とりあえず1週間経過時点での中間報告です。

 まず、回答してくれたのは昨日時点で28名です。そのうち私と面識がない人が1名だけいて、あと27名は面識のある人で、そのうち25名はゼミ生です。まあ当然の結果ですよね(笑)ただおひとり面識がない人がいたのがちょっと嬉しいですね。面識があってゼミ生でない人もかつては面識なしで見てくれていた人だったりしますから、いつかこの面識なしで見てくれている方とも顔を合わせられる日が来るのを楽しみにしています。(もしもこれを読んでお嫌でなければ、ぜひメールでご連絡ください。)

 男女別では、男性が20名で女性が8名です。そして見る頻度まで比較してみると、男性は20名中18名が週に1回以上見てくれているのに対し、女性は週に1回以上見てくれている人は8名中3名しかいません。スマホを触っている頻度は女性の方がかなり高いはずですが、私のHPは女性人気はなさそうです(笑)堅苦しいテーマが多いですから、まあそうなるだろうなと思います。

 どのコーナーに関心があるかという質問に対する回答結果が右図です。「KSつらつら通信」が100%でした。このHPにアクセスする方は、この「つらつら通信」を読みに来てくれているのかと、ちょっと嬉しかったです(笑)なので、アンケートの回答結果もここに載せれば、基本的には回答した皆さんは気づくかなと思い、ここに書くことにしました。

 2番目はゼミ情報、3番目は「本を読もう!映画を観よう!」です。この2つは過半数の人が関心を持ってくれています。やはり更新が頻繁なところへの関心が高いようですね。3割を超えるのが「片桐社会学塾」と「社会学を考える」です。「社会学の伝道師」を自認する私にとって、この数字はまあまあというところでしょうか。

 「日本の美」の写真が2割強の7名に関心を持ってもらっていますが、あとは20名ですね。まあ仕方ないですね。読んでいただいたら、結構興味は持ってもらえると思いますが、頻繁に更新しているわけではないので、読んだことがある人でも1回読んだら、もう読むことがないかもしれないので、こうなりますよね。

 アンケートの回答はまだしばらく受け付けようと思います。「月に1回」とか「たまに見る」人がこの後回答してくれるかもしれませんので。興味を持たれたら、ぜひご回答ください。

842号(2022.3.10)3回目接種終了

 昨日、新型コロナのワクチンの3回目の接種を受けました。オミクロン株は感染しても重症化はしなさそうだし、そもそも3回打ったからと言って感染しないわけではなく、せいぜい重症化を防ぐ効果があるくらいと聞いていたので、接種券が届いてもどうしようかなあ、受けなくてもいいかなあ、とちょっと考えていました。たまたま、花粉症のための薬をホームドクターのところにもらいに行ってワクチンのことも相談したら、「まあ、一応やっておいた方がいいんじゃないかな。今ならうちで、ファイザーで受けられるよ」と言われたので、じゃあまあ受けとくかということで受けることにしました。なんか全然予約は混んでなかったみたいで、最初に提示された日は都合が悪いというと、その翌日を提示され、それも朝早くだったので、もう少し後の時間はないですかと聞くと、大丈夫ですと11時で受けられることになりました。昨年夏の1回目の時は、予約がいっぱいでしばらく受けられませんと言われたのに、全然状況が違っています。3回目に関しては、私と同様、2回目までと違ってそこまでの必要性を感じていない人が多いようです。

 さて、で接種したわけですが、副反応はどうだったかというと、ちょっと腕が重く使いにくくなっただけで熱も出ないし、頭も痛くならないし、楽でした。1回目、2回目もたいした副反応はなく、個人的には全然楽な接種でした。副反応が重く出る人とそうでない人の差はどうやって生まれるのでしょうね。ファイザーかモデルナだと後者の方が副反応が重いとか、年配者と若い人では若い人の方が副反応が重いとかいう情報がありましたが、同じメーカーのワクチンでも、あるいは同じくらいの年齢でも、重く出る人とそうでない人がいますよね。これはなぜなのでしょうか。ワクチンという異物に対しての受容力が違うということでしょうか。そういう違いをもっと明確に知りたいですよね。

 コロナで亡くなる人が高齢者に多いといったざくっとしたデータだけでなくて、どういう高齢者なら快復し、どういう高齢者なら重症化しやすいのか、もっときちんとデータで示してほしいです。基礎疾患のある人なんて括り方も大雑把すぎます。「専門家」を称するなら、そういうデータをきちんと示してほしいです。たとえば、ワクチン接種をして重い副反応が出る人は、万一コロナにかかった時も重症化しやすいといった事実はあるのでしょうか。日頃から熱の出やすい体質の人は、ワクチン接種でも熱が出やすいのでしょうか?そもそも熱が出やすいのはなぜなのでしょうか?

 世の中には中途半端なデータしか出てこないので、納得して生きられません。私のように、ワクチン接種でも副反応が軽くしか出ない――というか、ほぼ筋肉注射による筋肉の痛みだけ――の人は、万一コロナにかかっても重症化はしにくい体質と考えてよいのでしょうか?医者に尋ねれば、「そんな風に安心してはいけませんよ」と必ず言うでしょうが、実際そうなのではないかなという気がしています。6610カ月も生きてきて、38度以上の熱を出したことはたぶん片手で数えられる程度です。調子に乗るわけではないですが、ウィルス耐性とかはかなりよいのではないかと思います。

 まあでも、癌とかはまたまったく別の原因で生まれそうなので、いつかコロッと逝くのかもしれませんが(笑)

841号(2022.3.6)祖父の建てた建物が残っていた!

 私の父方の祖父は、片桐慶次郎と言う名の腕の良い大工で、後には規模を拡大し、片桐組として建設請負業を行っていたのですが、その祖父が建てた建物がまだ現存していることをつい最近知り、感激しました。現在、JA島原雲仙加津建物, 屋外, 道路, ストリート が含まれている画像

自動的に生成された説明佐支店として使われている鉄筋コンクリート造りの建物(右写真)がそれです。1933年に完成した建物なので、約90年経っていますが、しっかりしているようです。つい最近その近くまで行ったのですが、その時点ではこの建物が現存していることを知らず、見てこなかったことが悔やまれてなりません。

 この建物の建設は、我が家の歴史にとって非常に重要な意味を持っています。当時は、加津佐信用組合として建てられたものですが、この建設を請け負った後、中国での戦争が激しくなり、建築資材がものすごく高騰したそうで、請け負った金額ではとうてい建てられない状況に陥ったそうです。しかし、祖父は一度請け負った仕事はなんとしてもやり遂げると言い、借金をして請負額の倍くらいの費用を捻出し、完成させたそうです。

 そのせいで片桐組は倒産し、祖父は大きな借金を背負って大陸に行って仕事をしたり、10年以上大変な思いをしたそうです。祖母は、この頃借金の取り立てで毎日のように攻められて大変だったという話を、90歳を過ぎてもしばしばしていました。祖父は借金を返し終わってまもなく、1947年に病のために56歳の若さで亡くなっていま屋内, 座る, 木製, 茶色 が含まれている画像

自動的に生成された説明すので、私は会ったことはありません。

 請負額にまったく見合わないのに、一切手抜きをせずにしっかりしたものとして建てたので、戦後も長く建物があったという話は聞いていたのですが、まさか現在まで現役の建物として残っているとは思いませんでした。写真を見ていただいてもわかるように、今でも通用しそうなおしゃれな建物です。なんか嬉しいです。

 祖父は彫刻にも凝っていて、その作品も少し残っています。芸術家ではないので、その彫刻は生活の中のちょっとした洒落たデザインとして創られています。一枚板から作ったお盆に亀が彫られていたり、蓮に蛙が彫られていたりするものがあったという記録がありますが、残念ながら、これらのお盆は今はどこにあるかわかりません。ひとつしっかり残っているのは、家の柱に浮彫で蝉を彫ったものです。これは、親戚の家の柱として今も現役でそのままあります。左がその写真です。なかなかのものでしょ?

 私は文章を書くくらいしか能がないですが、姪の一人は画家で、別の姪はけしごむハンコの作家だったりしますので、どこかで芸術的センスは受け継がれているのかもしれません。それにしても、この建物、歴史的環境としても非常に興味深いものですから、そう遠くないうちに必ず訪問してみたいと思います。

840号(2022.2.26)デジャブのような、、、

 今回のロシアのウクライナへの軍事的侵攻は、かつて大日本帝国が朝鮮、満洲、中国に侵攻して行った時とパターンがそっくりな気がします。2014年にクリミア半島を実効支配したロシアは、今回はウクライナのロシア系住民が攻撃されているという情報を流布し、東側の地域のウクライナからの独立をロシアが承認し、その後さらにウクライナの首都・キエフに向かって侵攻し、新ロシアの政府に変えさせたいという軍事行動が行われていますが、これはかつての大日本帝国――特に陸軍――がやったことのデジャブのようです。1910年に朝鮮を併合し、1931年に中国からの攻撃があったという情報を流し、満州への軍事行動を起こし、満州国を中国から独立させ、日本はそれを承認しますが、国際連盟ではこれを認めず、日本は国際連盟を脱退します。そして、その後、日本は中国の首都・北京や南京に侵攻し、親日本政府――中国国民を代表していたと思えない汪兆銘政府――を作ります。

ともに侵攻の背景にある論理としては、自国の防衛線を守る、ないしは拡大する必要がともにあったということです。ウクライナがNATOに加わる、あるいは加わらないまでも、ロシアからどんどん離れ欧米に近づくことは、ロシアの防衛線がウクライナとロシアの境界まで来てしまうことになり、ロシアにとっては脅威となるので行動を起こしているわけですが、大日本帝国も明治維新以来、常に大国の脅威を感じ、少しでも防衛線を広げたいと、朝鮮、満州、中国と防衛線を拡大していったわけです。

日本人は過去の経緯――第2次世界大戦の終戦直前の89日に日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州や北方四島に侵攻し、多くの日本人を殺したり、捕虜にしたということや、社会主義国であったこと――からロシア嫌いが多いと思いますので、現在のロシアがやっていることが、かつて日本がやったこととそっくりだと言われると嫌な気分になる人が多いと思いますが、歴史は冷静に見ないといけないと思います。今回、林外務大臣が「ロシアの今回の行動は、ウクライナへの侵略である」と言っていましたが、であるなら、かつて大日本帝国がやったことも、侵略だったときちんと認めないといけないと思います。一応まだ多くの教科書では「侵略」としているようですが、「進出」にすべきだという保守派の声も結構ありますので。

それにしても、やはりいつか大きな戦争が再び起きてしまいそうだなと思わせる今回の事態です。

839号(2022.2.25)ウクライナ危機

 国際問題は複雑すぎてあまり語る力はないのですが、日本のマスメディアの報道を見ていると、なんだかアメリカの見方をひたすら肯定的に流している感じなので、ちょっと違う見方はできないのか考えてみることにしました。

もちろん軍事的行動は認めるべきではないし、とりあえずそれに対して軍を出して対抗しようとしていないNATOの姿勢は評価すべきと思っていますが、なぜロシアが国際的に批判を浴びるのがわかっていても、こういう行動を取るのかが、ただ軍事行動は許せないと言っているだけでは見えてきません。対立というのは、それぞれが「自分が正しい」と思うことによっておきます。日本にいるとアメリカの論理は伝わってきますが、ロシアの論理は十分伝わってこない気がします。

一応丁寧に情報を探してみると、プーチンの主張は「ロシアとウクライナは切っても切れない兄弟国であるのに、そのウクライナがかつて冷戦時代に生まれ、いまだに維持されているNATOに加盟し、実質的にロシアと対立する立場に立つことは絶対に許せない」というものだということが見えてきます。世界歴史地図を引っ張り出して、過去の地図などを見ていると、913世紀頃には。ウクライナ、ベラルーシなどは、ロシアの原点になるような地域とともにキエフ大公国に属しており、プーチンの主張もあながち間違いでないように思えます。現代のロシアの領土はロシア帝国時代に拡大されたもので、その範域には様々な民族が属しているわけですが、原点は「ルーシ」――「ベラルーシ」の後半にも入っていますが、「ロシア」という言葉も「ルーシア」から来ているそうです――で、そこにはウクライナ、ベラルーシ、そしてロシアのもっとも古い地域が入るようです。

で、そんなに近しい関係の国がロシアの前国家であるソ連を仮想敵国として創られたNATOに加盟するのは絶対に認められないというのは、ロシアからしたら当然の論理だと思えてきます。日本近郊で言えば、台湾が日米韓の軍事同盟に加盟するという決断をしたら、中国がどう動くかと考えてみたらわかりやすい気がします。

今回の危機は本格的な世界大戦にはたぶんつながらないでしょう。2014年にクリミア半島をロシアが実効支配した時も、結局ロシアの要求が暗黙に認められてしまったように、今回もウクライナ東部の2州の独立が実質的に認められ、ウクライナのNATO加盟は断念されるということで終わりそうな気がします。

なんだかこれでは一方的なロシアの勝利みたいですが、それでも仕方ないのではないかと思います。そもそも冷戦時代に社会主義国家の伸長に危機を感じて作られた軍事同盟が、社会主義がほぼ壊滅した今も存在し続けることに問題がある気がします。それもどんどん拡大しています――設立当初の12か国から現在は30か国加盟になっています――が、なんのためなのでしょうか。軍事同盟というのは仮想敵国があって創られるものではないかと思いますが、現時点のNATOの仮想敵国はどこなのでしょうか。NATOに加盟しておらずヨーロッパに進行する可能性を持った軍事大国と考えれば、結局ロシアを仮想敵国にしているとしか思えません。その軍事同盟に、兄弟と言うべきウクライナが加盟するのは許しがたいというロシアの論理は理解できなくないです。

このロシアの行動をアメリカの同盟国は非難していますが、他方中国は黙認しています。今回の危機は乗り切ったとしても、このままNATOやその他の軍事同盟が存在し続けたら、いつか<アメリカ+EU+日韓 VS. 中ソ朝+イスラム原理主義>という第3次世界大戦になってしまう可能性も十分ありそうです。日米安保も含めてそもそも軍事同盟は平和を維持する上で順機能を果たしているのかどうか、改めて考えてみる必要がある気がします。一見すると、対立の軸は<自由主義国家 VS. 統制主義国家>ということになりそうで、そりゃ前者のグループが正しいだろうと思いそうですが、本当にそんなに単純に考えられるのか、一度よく考えてみたいと思います。

838号(2022.2.23)音楽の受容の仕方

 学生たちの車に乗せてもらって卒業旅行に行ってきたのですが、なんかいろいろ違うなあと思ったことと、逆に変わってないのかもと思ったことがあります。そのひとつが音楽についてです。若い人にとっては当たり前のことなのでしょうが、車自体に音楽を聴ける機器はついておらず――ついていたのかもしれませんが、使用せず――、スマホを通して音楽を流していました。サブスクというやつなのでしょうか。「先生は、音楽を聴くんですか?」と言われ、「まあたまにはね」と答えた時に、私の念頭にあったのはテレビの歌番組やせいぜいYouTubeとかでしたが、若い学生さんにとってはサブスクリプションで聴くのが音楽の受容の仕方のようで、私が歌手の顔や雰囲気を思い浮かべながら語っても、「見たことないです。知らないです」と言われ、でも曲を探して聞いてもらうと、「ああ、これ聴いたことがあります」という感じになります。そうかあ、私にとって音楽は視覚も同時に味わうものなのに、今の学生さんたちは違うんだなと思いました。テレビがメインの情報源だという意識の中で育った私と、スマホをメインの情報源にしている学生とは、音楽の受容の仕方がかなり異なるなと実感しました。

 他方で変わってないのかもと思ったのは、音楽を受け止める感性です。システムがよくわからないので、間違ったことを書くかもしれませんので、間違っていたらぜひご指摘いただきたいですが、サブスクって要するに定額でいろいろな音楽や動画、本などもそれぞれ聴いたり、見られたりするんですよね。で、今回は音楽のサブスクの話なんですが、車の中での学生たちの選曲を聞いていたら、決して最近の曲ばかりじゃないなというか、むしろ結構古い曲もずいぶん聞くんだなと思いました。ひと昔かふた昔前、カラオケが若者に流行っていた頃は、学生たちは新曲――それも音が高かったり、リズムが早かったり、歌うのが難しそうな曲――を追いかけ、それを歌えるように、聴く曲もそういう新しい曲が多かった気がしますが、今はたくさんの曲の中から自分の好きなものを選ぶという方式で聴いているようで、結果として両親が若い時に聞いていた90年代の曲だったり、あるいはもっと古い曲とかもたくさん流れてきました。

 タイプもあるのでしょうが、結局時代を越えて好きな曲を選ぶと、意外に好み(感性)に大きな違いはないのではと感じました。60歳代半ばを超えた私でも知っている昔のいい曲がずいぶんかかっていました。「この歌詞がいいんですよね」とか熱く語っているのを聞くと、多くの人にとって心地よく聴ける音楽というのは、やはり言葉がちゃんと届くもので、それはこの半世紀ほどあまり変わっていないのではと思いました。海外の音楽事情には疎いので語れませんが、日本人にとって音楽とはやはり歌なのではと思った次第です。

12年前に当時の音楽受容事情を嘆き、「第372号 歌とは言葉である(2010.4.30)」という文章を書きましたが、サブスク時代に入って、必ずしも時代の先端を追いかけなくてもよくなったことで、改めて「歌」として優れている――言葉が届く――曲が、若者たちに受け入れられるようになっている気がします。

837号(2022.2.20)頑張った、ロコソラーレ!

 北京冬季オリンピックが本日閉幕しますが、私にとってはカーリング女子の決勝戦が終わったところで終わりました。他の競技はほとんど見ておらず、カーリング女子というかロコソラーレの試合だけを見た北京オリンピックでした。最後は負けてしまいましたが、本当によく頑張りました。おかげでたっぷり楽しませてもらいました。試合後に抱き合って涙する彼女たちを見て、こちらももらい泣きをしてしまいました。こう見えて、実は私は涙もろい人間なので、映画やドラマ、場合によっては本を読んでも泣くことが時々あるのですが、スポーツ関係では感動して熱くなることはあっても涙することはめったにないのですが、今日はなんだか泣けてきました。

 ロコソラーレのファンになったのは、一般の人と同様に平昌オリンピックからだと思いますが、カーリングの試合はオリンピック関連以外ではほとんど放映されないので、しばらく追いかけずにいました。昨年9月の北海道銀行との日本代表決定戦での死闘から久しぶりにロコソラーレを堪能させてもらいました。2連敗後の3連勝で日本代表を勝ち取り、オリンピックへの出場権をかけた最終予選もプレーオフで勝ち上がり、オリンピック出場権を得たわけです。今回の北京オリンピックでも予選の後半に負けが込み、最終試合のスイスに負け準決勝進出をあきらめていたところに、韓国がスウェーデンに敗れ、準決勝進出が決まるという劇的なトーナメント進出になったわけです。そして、昨日の準決勝は藤沢五月さんの見事なコントロールで、前日に敗れたスイスに勝ち、今日の決勝まで進んだわけです。今日の決勝は残念でしたが、ここまで楽しませてくれたロコソラーレというチームには感謝しかなないです。

 北見市常呂町の出身者がほとんどというロコソラーレ。北見市常呂町ってどの辺だろうと地図を見てみると、オーホツク海に面した最果ての地なんだということを知りました。カーリングが盛んで子どもの時からカーリングになじみ優れた選手をたくさん輩出していたのに、単独で支援できるような企業がないために、みんな他の地域に就職せざるをえないという状況であったために、本橋麻里さんがチームを立ち上げ、北見市出身者がここに留まれるようにしたという物語もいいですね。さらに応援したくなります。でも、運営は厳しいでしょうね。北見市にふるさと納税を収めることを考えてみたいと思います。

 カーリングは頭も使う競技なので、見ているこちらも、あそこにドローしたらいいとか、あのストーンをテイクアウトできたらいいが、とか一緒にやっている気持ちになり、実に面白いです。ただ、男子の試合とか、他国の試合とかはそこまで見ないのに、ロコソラーレの試合だけはこんなに熱心に見るのは、彼女たちが実に楽しそうにプレーしているからでしょう。本橋麻里さんが初めてオリンピックに出場した2006年トリノあたりからカーリングは注目されるようになってきたと思いますが、その時も含めてこれまではそこまではまらなかったのに、今こんなにはまっているのは、やはりロコソラーレの選手が生み出している雰囲気の魅力が大きいのだと思います。サードの吉田知那美さんのショットはやや精密さを欠くのですが、彼女が生み出す明るい空気感はこのチームにとっての大きな武器なので、彼女も外せない不可欠の1人でしょう。今後も、日本選手権とかを放映してくれたら楽しみたいと思います。

836号(2022.2.16)人生がシンプルになってきました

 最近、自分の人生がシンプルになってきたなと感じています。なんでだろうと分析的に考えてみたら、割と答えが簡単に出ました。要は、社会的立場――社会学でいうところの地位です――が減り、果たすべき役割が減ってきたからです。

 50代の頃は、私生活では、父役割、息子役割、夫役割があり、公的生活では、教師役割、研究者役割、大学内役職役割、複数の学会での役職役割などがあり、超多忙でした。有限の時間を使ってそれらを過不足なくこなすのはなかなか大変で、人生は複雑化していました。下手に時間を使うと、役割葛藤がすぐに生じてしまうような状況でした。

 しかし、今65歳を超え、子どもたちはみな独立して自分で生きられるようになって、父役割はすっかり軽くなり、認知症が進んでしまった母とはコミュニケーションも取れなくなっているので、息子役割もほぼ無くなり、夫役割は主たる稼ぎ手として以外はもともとなかったようなものですので、私生活での役割は50代の時の十分の一以下だと思います。

大学でも定年延長という半分余生のような段階に入っており、重要な役職に就くこともなくなり、学会の仕事ももう卒業していいだろうという気分になっています。唯一残るのは教師役割と研究者役割ですが、もともと私の中で両者の比重は91くらいでしたので、実質残っているのは教師役割くらいですね。でも、これもあと4年すると終わります。

リタイアするというのはこういうことなんですね。社会的立場(地位)がどんどん減っていき、果たすべき役割がなくなっていくわけです。人生が非常にシンプルになります。シンプルになるというと、昔CMで見た「シンプル・ライフ」を思い出してちょっとカッコいいですが、要は社会から必要とされなくなると言い換えられそうです。なんかそれは寂しいから、ボランティアをしてみたり、趣味のサークルに所属したりして、無理に社会的立場を作るというのも多少できそうな気もしますが、でも、それは本当に社会から必要とされている役割かというと、首を傾げたくなります。

今、子育てにも仕事にも忙しい人たちは日々大変だと思っていることでしょうが、たぶん大変だと思えているうちが華だと思います。「毎日が日曜日」みたいな生活になったら、寂しいこと、この上ないでしょう。さてさて、4年後には私にもやってくる「毎日が日曜日」生活を、どう受け止めていきましょうか。

835号(2022.2.11)関関同立ちょうどいい

 【以下の文章は、もともと社会学部のウェブサイト用に書いたものですが、文字数が多いということでボツになったものです。まあ、原則200字以内ということだったので、ボツでも仕方ないのですが(笑)ただ、200字程度で、一体社会学部に興味を持つ人に何を伝えられるのだろうという疑問はありますが。いずれにしろ、せっかく書いたのに読んでもらえないのは残念なので、ここに掲載しておきます。】

 私は、1987年から5年おきに大学生の価値観調査を行い、2017年までで7回実施し、その結果を『時代を生きる若者たち――大学生調査30年に見る日本社会――』(関西大学出版部、2019年刊行)としてまとめている。

 この調査は大学生を定点観測するような研究なのだが、他方で大学を卒業し、仕事を持ち、家庭を持ち、子どもを持つといったライフステージの変化によってどう価値観が変わっていくのかという問いはずっと自分の中で持っていた。

 1995年に、1987年に関西大学社会学部の大学生だった若い社会人を対象に郵送調査を行い、「「新人類」は今――「大人」になりきれない若者たち――」(『関西大学社会学部紀要』第28巻第1号,111-142頁,1996年)という論文をまとめたが、その後調査環境が厳しくなり、元になる名簿を借りられなくなったため長らく社会人の調査を行えていなかった。

 1995年から四半世紀経った2020年にこの社会人調査に久しぶりにチャレンジすることにした。この時点で500名強のゼミ卒業生がおり、そのうち300名以上とは連絡がつくので、彼らに調査対象者になってもらいGoogle Formを利用して調査を行うこととした。249名から有効回答があり、非常に興味深い結果が得られ、「社会人の価値観――大学を卒業すると何が変わるのか?――」(『関西大学社会学部紀要』第53巻第1号,1-46頁,202110月)としてまとめた。

グラフ, 棒グラフ

自動的に生成された説明 ここでは、その調査結果のうちもっとも興味深い結果のひとつであった婚姻率について紹介したい。調査対象者となったゼミ卒業生は22歳から50歳までいて年齢幅が広かったので、5つの年代に分けて、男女別に婚姻率を示したものがこのグラフである。青のグラフが今回の調査対象者の婚姻率で、オレンジのグラフは同年代の一般の人々の婚姻率である。

 見てもらえばわかるように、男性では卒業14年目の20歳代前半はともかく、卒業58年目の20歳代後半以上の年代はすべて一般の男性より婚姻率がかなり高くなっている。女性は男性ほどではないが、卒業913年目の30歳代前半はかなり一般の女性より高くなっている。

 この結果、特に男性たちの婚姻率の高さは、偶然ではなく理由があると考えている。それは、関大生は結婚相手としての評価が高いということだ。関関同立は就職においてもそれなりに評価されるが、結婚相手としても評価が高い。

1世代くらい前なら超一流大学の方が結婚相手としての評価が高かったかもしれないが、最近の傾向としては、超一流大学出身者は受験勉強にかなり特化した生活を送ってきていて、バランス感覚の悪い人が多めにいるようなイメージが強くある。それに対して、関関同立出身者はそこまで勉強だけに偏った生活をしてきてはおらず、バランスが取れているイメージがある。こういう要素は、人生のパートナーとしては非常に高く評価される。このことが、この婚姻率の高さに表れているのだろう。

もうひとつ付け加えれば、今回の調査対象者はすべて社会学部社会学専攻出身なので、他者の立場――特に女性の立場――を理解する考え方を身につけている人が多いことも、この婚姻率の高さにつながっている可能性も高いのではないかと思っている。

他にも興味深い結果がたくさんあるのだが、すべてを紹介することはできないので、関心をもった方は、下記のリンクから読めるので、ぜひ上記の論文を読んでいただきたい。

   KU-1100-20210930-01.pdf   (1.39MB) 

834号(2022.2.10)嗚呼、ムスタファ、、、

 今、BS日テレで月曜日から金曜日まで毎日放映しているトルコの歴史ドラマ「オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハーレム〜」にすっかりはまっています。オスマン帝国なんて歴史の教科書で覚えたくらいで何も知らなかったのですが、なんとなく面白そうだなと思い、昨年の12月くらいから見はじめました。最初のうちは人物の相関関係どころか、登場人物の顔も見分けられず、これは無理かなと思ったのですが、5話くらい見ていたら、だんだん状況が理解できるようになり、急速に面白さが増してきました。で、今号のタイトル「嗚呼、ムスタファ、、、」というのは、このドラマの中心人物の一人だったムスタファ皇子が策謀により父親である皇帝スレイマンによって、今日殺されてしまったので、このタイトルになりました。

 ドラマを見はじめてからオスマン帝国のこの時期の歴史に関心が湧いてきて多少調べたので、ムスタファが反乱の疑いをもたれ、父皇帝に処刑されるという歴史的事実があるのは知っていたのですが、上手な作りのドラマで、これだけ国民や部下、軍人、高官に即位を期待されていたムスタファがどのような形で処刑されることになってしまうのだろうとテレビから目を離せないという感じで見ていました。大河ドラマをはじめとする日本の歴史ドラマに関してはもう知識が入りすぎていて、こんなドキドキ感はないのですが、この「オスマン帝国外伝」は新鮮な面白さがあります。

 単に父子相克の物語ではなく、実に多くの登場人物がいて、そのそれぞれが複雑な思いを持ち、関係性も複雑です。オスマン帝国最盛期の皇帝であるスレイマンには6人の子ども――五男一女ですが、この外伝に入った段階では、すでに次男にあたるメフメトは病で亡くなっています――がいます。長男が今回殺されてしまったムスタファで彼だけ母親が違います。2人目以降は奴隷の立場から皇帝妃にまで昇りつめたヒュッレムの子ですが、きょうだいの仲や母親との関係は複雑です。ムスタファが正義感と愛に溢れた魅力的な人物なので、腹違いの弟も妹も兄であるムスタファを慕っていました。しかし、母親のヒュッレムはムスタファが皇帝になれば、弟たちはすべて命を絶たれるのが慣例と思い込み、なんとかムスタファを排除し、息子の誰かを皇帝につけるように、娘の夫となった大宰相リュステムとともに悪辣な策謀をめぐらします。今回のムスタファの死も、ヒュッレムとリュステム、それにムスタファを推すスレイマンの妹ファトマ皇女にいいように利用されたことに腹を立て、反ムスタファ側に立つようになった長女ミフリマーフが手を組んで、ムスタファを罠にはめたことで起きた事件です、オスマン帝国の史実でも、この3人は大悪人と位置付けられているようです。

 このドラマは1時間もので93話もある――今放映中のものがシーズン4で、13を入れたら、270話くらいになるそうです――ようで、今回が第50話でしたので、まだ40話以上あります。ここまでは、ムスタファ派vs.ヒュッレム・リュステムという構図でしたが、ムスタファが亡くなってしまったので、この後はどういう展開になるのでしょうか。史実だと、ムスタファをもっとも敬愛していた五男のジハンギルは体が弱かったこともあり、この後すぐ死んでしまうそうですが、ドラマではここはどんな風に描かれるでしょうか。また、やはりムスタファと肝胆相照らす仲だった四男のバヤジトもしばらく後に反乱の疑いをもたれ、やむなく立ち上がりますが、戦いに敗れ死んでしまうようです。結局、酒飲みで女性にもだらしなかった凡庸な三男のセリムが唯一の生き残った皇子として、スレイマンの跡を継ぐことになるそうですが、ドラマではどこまで描くでしょうか。

 こういう紹介をしていると、政治ドラマのようですが、他方で副題に表れているように、後宮の女性たちや皇女たちが皇帝や皇子たちを利用して権力を得ようとする女の闘いや庶民の姿も描かれます。また、この時代のオスマン帝国からコーヒーが人気のある飲み物になっていくという事実があるようなのですが、そんなこともドラマに盛り込まれています。今まで関心を持ってこなかったオスマン帝国に関する知識は増えるし、ドラマとしても面白いし、今の最大の楽しみになっています。

833号(2022.2.10)「頭がいい」とは?

 子どもの頃から「この子は頭がいい」とか「悪い」とか、みんな1度や2度は言われてきたことがあるでしょう。今、子育て中の人は、自分の子どもに関しても口に出して言わないまでも、心で思ったりしていることでしょう。このよく使われる「頭がいい」とはどういう状態を指して言っているのか分析的に考えてみたいと思います。

 まず小さな子どもの時に「頭がいい」と思われがちな子どもとは、記号認知力と記憶力が良い子と言い切ってしまっていいでしょう。複数の子どもの子育て経験のある人ならわかると思いますが、最初に「この子は賢い、頭がいい」と思うのは、図像や文字――これも子どもにとっては図像です――がなんという名前のものか、なんと読むのかを対応させて覚える能力の高い子を「頭がいい」と見なします。特に、文字という抽象的な図像の発音をすばやく覚え込み、それがつながって他の図像のことを示せるのだということを理解できる子はとても賢いと言われます。いや、実際この段階では賢いと言っていいでしょう。

 で、この記号認知能力と記憶力の良さ――特に記憶力――で、実はほとんどの人は大学入試くらいまで乗り切れてしまいます。しかし、問題はそこからです。大学に入っても単位を取る上では、同じ能力の活用で乗り切れると思いますが、大学入学以後の生活、さらには社会に出てからの生活においては、記憶力がいいだけでは「頭がいい」とか「賢い」とは必ずしも思われなくなります。実社会を生きていく上でより必要な能力は、状況を適切に判断し、エネルギーをかけることに適切な強弱をつけられる能力です。

 時間もエネルギーも限りがあります。そういう中で、何にエネルギーをかけるのか、ここは丁寧にやり、ここはさらりと流す。その判断が的確な人こそ、実社会で生きていく上で「賢い」「頭のいい」人です。私は、たまにゼミ生に「手抜き上手だな」と言うことがありますが、これはかなり最大級の誉め言葉です。ただの「手抜き」ではなく、「手抜き上手」と言いたくなるのは、2年間以上学生を見てきて、その学生が手を抜くところと力を入れるところを的確に判断できていると評価した時だけです。たぶん、これまでに1人か2人くらいにしか使っていないと思います。

 まあ私からの評価は別として、社会に出てから仕事をし、家庭を持ち、誰もがいくつものことを同時並行にこなさなければならなくなった時、一番大切なのはやるべきことに適切な優先順位をつけ、重要なことには力をかけるが、ここは手を抜くということがうまくできるかどうかです。これがうまくできないと、全部抱え込んで苦しくなったりします。そんなにできるわけはないのですから、自分がやらなくても回りそうなことは人に任せてしまう、いますぐやらなくてもいいことは後に回す、手抜きでできることは手抜きでする。その判断が適切にできる人は、生きていく上で「賢い」「頭のいい」人です。

 どうやったら、そういう「頭のいい」人になれるかはなかなか難しいですが、状況というのは多くの場合、他者の集合体としてできていますので、関係する人々がどういう考え、意識の持ち主かをよく理解しておくことが大事です。人間観察が好きで過去の行動や発言から人物を分析する力もあれば、関係する人によって形成されている状況の判断はより確度が高くなります。

 よく就職活動で「コミュニケーション能力」が高い人が評価されると言いますが、私はこの「状況判断力とそれに見合った行動を行える能力」の方をより買いたいです。ただし、大学生段階でその能力が十分高い人は滅多にいないですが。この能力は多くの人に出会い、様々な厳しい状況も経験する中で徐々に身に付くものです。そういう意味では、人生経験を積むことによって高まる能力と言えるでしょう。ただし、単に歳をとるだけでは身に付きません。人とよく付き合い、その状況を楽しみながら分析もするといったことを好んでやっているような人でないと高まらないでしょう。「四十にして惑わず」という言葉がありますが、この賢さもしっかり考えながら生きていると40歳代くらいでようやく獲得できるのかなという気がします。

832号(2022.2.8)マスクがパンツになってしまった日本

先日、2歳児にもマスクをつけるように指導していくという話が出てきました。一応、年齢は書かないことにしたようですが、なるべくマスクをしようということは保育園でも徹底して指導しているようです。子どもたちはその理由はよくわからないまま、とりあえず人と会う時、話す時はマスクをしていなければならないものと思い込むようになっていることでしょう。まるで、パンツを常に履いていないといけないと同じくらい必着のものと植え込まれていることでしょう。1年半くらい前に、40代半ばの教え子が、「もうマスクをしてないと、パンツを履いてないのと同じくらいの気分です」というのを聞いて笑っていたのですが、もう全然笑い話ではないですね。

どういう風に行動したら褒められたり怒られたりするのかを学び、社会での生き方を学ぶ幼児たちは、今やマスクというものをすることが常に必要なことだと学んでいます。もう今や人前でパンツを脱いではいけないと同じように、マスクははずしてはいけないのだと思っている幼児は多いでしょう。そして、マスクをはずしていい日が来るなんてことを考えている幼児はいなくなっているのではないでしょうか。日本人は、このまま永遠にマスクをパンツと同様装着し続ける民族になってしまうのではないかと心配です。第827号で紹介した下記の学生短歌が冗談ではなくなってしまいそうです。

「十年後 再会しても 気づくかな マスク顔しか 知らない友達」

 いつになったら、どういう状態になったら、われわれ日本人はマスクをはずせるようになるのでしょうか。今、政府も専門家もその点について何も言ってくれません。このままでは、常時マスクをしている状態が異常なのだということを知らない日本人がどんどん生まれそうで怖いです。

831号(2022.2.3)飲食店がまん延防止措置の発出を要請

 昨日滋賀県の飲食店団体が、滋賀県でもまん延防止措置の発出を要望するように県に要請したというニュースがやっていました。これまでは、まん延防止が出されるたびに、飲食店が「またですか。やめてほしい」という声ばかりが聞こえてきていましたが、実際には協力金を得た方がありがたいという本音が聞こえてきたわけです。まあ仕方がないかなと思う気持ちもあります。これだけ多くの都道府県でまん延防止措置が出されている状況では、まん延防止措置が出ていない県でも食事や飲みに行く人は減り、飲食店も通常営業をしていてもお客が来ないという状況に陥っているはずです。ならば、まん延防止措置を適用してもらって、協力金をもらえるようにしてほしいというのは、飲食店の偽らざる本音でしょう。私は、無駄にまん延防止措置を要望せず、社会生活をなるべく通常通りにしておこうとする知事を評価してきましたが、この流れでは、「知事がまん延防止措置を要望してくれないから、自分たちの生活は成り立たない」という、これまでとは異なる不満の声が高まりそうです。

 しかし、まん延防止措置で協力金がもらえる業種というのはかなり限られているのではないでしょうか。時短協力をせずに営業している飲食店のオーナーの中には、自分たちが時短や休業してしまうと、酒類を卸している業者や食材を入れている業者が協力金も出ずに困ることになるので通常営業を続けますと発言しているのを見たことがあります。また、飲食店だけでなく、観光地の土産物屋、百貨店を始めとする食料品以外の小売業に携わる業種、様々なエンターテインメント施設、動物園、植物園、タクシーや鉄道会社などの交通関係、みんな相当売り上げは大幅に落ちているでしょう。でも、たぶん協力金は出てないですよね。そう考えると、まん延防止措置の出されていない県の飲食店団体が、まん延防止措置を要望してほしいと申し入れるのもなんだかなあという気になります。

 感染者数だけを見ていると、飲み会や食事会、旅行などみんなやめないといけないのかなという気持ちになってしまうのでしょうが、オミクロン株はもうほぼ風邪のような軽い病気になっているのに、国民はいつまでこの「新型コロナは怖いぞ」催眠にかかり続けるのでしょうか。高齢者や基礎疾患を持っている人は重症化しやすいから安易に考えるなと言う人がいますが、風邪だって、高齢者や基礎疾患を持っている人なら重症化します。デルタ株までと致死率が全然違い、インフルエンザ以下だというデータも出ています。そろそろ政府も方針を大きく変更して、国民意識をがらっと変えてほしいものです。

こんな真綿で首を絞めるような対処方針を続けていたら、今年もずっとこれが続いてしまいます。3年もこんな状態を続けるのですか。中学生や高校生は学校生活のすべてが新型コロナで制約されたまま卒業することになってしまいます。大学生でも4年間のうちの3年間が、こんなコロナ生活では全然大学生らしい生活――それは、人としての成長につながる生活です――をほとんど味わえない状態で終えてしまうことになります。みんな、意識を変えましょうよ。無暗に怖がるのはやめて、適切に気をつけながら普通に行動しましょうよ。そして、万一罹患しても「ああ、かかっちゃった」くらいに考えましょう。濃厚接触者の行動制限とかは余程濃厚接触じゃない限り、もっと緩やかにしましょう。風邪と同じ扱いまではすぐには無理かもしれませんが、インフルエンザ並でもう十分でしょう。もういい加減「コロナの呪い」から解放されましょうよ。

830号(2022.1.24)人間って、本当に戻るんですね

 先日久しぶりに母に会いに行きました。コロナ禍で面会が制限されていたので、1年半ぶりくらいでした。80歳頃に認知症の症状が出始めてはや11年以上です。最初の3年間ほどは危ういながら1人暮らしを続け、階段落ちをして頭を打って意識不明になって以後は、姉夫婦と5年暮らし、施設に入って4年目です。久しぶりに会った母はすっかり赤ちゃんに戻っていました。

もう言語はすべて忘れてしまったようで、言葉は一切出ません。口をゆっくりもぐもぐさせ、お腹が空いていたのか、時々舌がちょっとだけ出てきます。少し手を伸ばそうとしますが、力が出ないのかほとんど伸びません。こちらが指を近づけると弱い力で握ります。目も見えているのかどうかわからない感じで、視線もたまにしか合いません。そのうち、眠くなったようで車いすの上で静かに目をつぶり、眠ってしまいました。まるで、生まれて数カ月の赤ちゃんのようでした。認知症になると、徐々にこんな風になっていくとは聞いていましたが、自分の母親で目の当たりにすると、どう受け止めていいのかわからず不思議な気持ちでした。

部分的に忘れてしまうことが出始めた初期、記憶がはっきりとしている日とそうでない日が混在した前期、どんどん忘れてしまうことが増えて行った中期、最低限のコミュニケーションしか取れなくなった後期、そして今の状態はもう末期なのだろうと思います。1年半前はまだ言葉もちょっと出ていたし、目線もある程度合い、最低限のコミュニケーションも取れたと思いますが、今回はもうとうていコミュニケーションを取れる状態ではなかったです。心臓をはじめ内臓は強いようで、今のところすごく悪いところもないようですが、この脳の進行状態からすると、そう遠くないうちに最後の日が来るのかもしれないなと予想しています。

その日が来るのは、母にとって幸せなことだろうと私は強く思っています。自分が誰だかどころか、生きていることすらもはや意識できなくなった母にとって、生き続けることはもはや何の意味も持っていません。よく生きました。立派な母でした。子ども3人をきちんと育て上げてくれました。父が亡くなってからも20年以上1人できちんと生きてきました。立派でした。感謝しています。穏やかな最後の日が来るのを静かに願うばかりです。

829号(2022.1.24)「未読」のままの方が失礼なのでは?

 基本的にメールで連絡を取りたい方ですが、若い人はあまりメールを見ないかもしれないと思い、ぜひ連絡を取りたいと思った時は、メールを送るとともにLINEでも連絡したりします。しかし、しばしばずっと「未読」のまま放置されるという対応に遭い、困惑しています。最近、学生から「既読」にせずにメッセージを読む方法というのを教えてもらい、なりほどね、そうやって「既読」にせずにメッセージは確認しているんだなということを知りました。「既読スルー」という言葉が広く一般に知られるようになり、「既読」にしたのに返事をしないと「既読スルー」になってしまい、失礼にあたるかもと思って、「未読」のままにしているのだと思いますが、おかしくないですか。

12日くらいならものすごく忙しくてLINEを確認できなかったのかもしれないと思いますが、3日以上、下手すると1週間近く「未読」のままにされたりすると、まじめな私は、こんなに「未読」ということは、連絡した相手に何か大変な事態が起きているのではないか、スマホを失くしたのではないかと心配したりします。でも、実際はどう返事しようか決められずに「既読スルー」にならないように「未読」のままにしているということのようです。

 まあ「既読」だろうと「未読」だろうと、3日以上も返事をしないのはそもそもおかしいと思いますが、その日のうちとか翌日は本当に忙しくて返事ができないということはあると思います。その場合、若い人的には「未読」の方が失礼ではないんでしょうか?私は、むしろすぐに返事が来なくても「既読」にしてくれた方が安心します。忙しい時もあるでしょうから、2日以内くらいは普通に待てます。(それ以上だと、ちょっと返事が遅いと思いますが。)私にとっては、「未読」のまま何日も放置される方がはるかに不快です。若い人のコミュニケーション・マナーは違うのでしょうか?

828号(2022.1.15)近隣トラブルはなぜ増大しているのか

 「近隣トラブル」について研究したゼミ生の卒論につき合いながら、徐々に考えまとまってきたので、ここにも書いておきたいと思います。

 長らく近隣トラブルというと、近隣騒音がまず頭に浮かび、その原因として現代の都市生活ではかつてのような地域共同体意識が消えてしまったことを大きな原因として挙げる人が多かったですが、そんな状況は団地が誕生してからのことなのでもう60年以上前からの状況で、最近の近隣トラブルの増大を説明するには要因としては弱すぎます。以下のような要因に注目すべきだと思います。

 まず注目すべきは、価値観の変化です。清潔志向の高まりは年々増しており、かつてはその程度のことは許容範囲と思われていたことがそうではなくなっています。たとえばタバコです。30年ほど前なら、タバコを街で吸うだけでなく密閉空間でもいくらでも吸う人がいて、その行為に文句を言うなんてことはほぼできませんでした。その後、受動的喫煙の概念が広まり、密閉空間でのタバコは吸えなくなり、さらにどんどん規制は厳しくなり、外でも特定の場所以外では吸えなくなりました。家庭でも吸うなと言われ、ベランダで吸う「ホタル族」なんて言葉が広まった時期もありましたが、今やそれも隣や上下の住民とのトラブルになるので吸えなくなっています。他にも、シャボン玉もシャボン玉のせっけん水が洗濯物につく、車につくのは許せないという近隣トラブルの原因になっています。

 音に対する基準も高まっています。都市生活にそれなりの生活音、騒音、雑音は嫌でも出るもので、ある程度は仕方ないと受け止めないと暮らせないはずですが、できるだけ音を出させないようにクレームをつける人がたくさんいます。有名なところでは、除夜の鐘を打つなというクレームがあちこちの地域で上がり、実際に除夜の鐘を取りやめにした地域がたくさん出ています。香りや匂いに対するクレームもいろいろなものが出ています。

 そして最近特に増えているのが、子ども関連です。集合住宅での子どもの足音などは以前からのトラブルでしたが、最近は、保育園、幼稚園、小学校すら迷惑施設と位置付けられるようになっていたりします。子どもの声がうるさいなんてどうしてそんなクレームが出るのだろうと思いますが、それが今どきの状況です。公園でのボール遊びも危険だからやらないようにとなっているのは、安全信仰の高まりと何かあれば行政の責任を追及するという風潮の結果です。

 もうひとつ注目すべき要因は、高齢世代の変化です。上記のような価値観の変化は新しい世代で起きていると思われがちかもしれませんが、実は高齢世代こそ、こういう価値観の変化を内面化し、近隣問題でクレームをもっとも行っている人たちなのではないかと私は推測しています。高齢世代というと、もうエネルギーが枯渇し好々爺のように暮らしている人たちという風に若い人たちは思うかもしれませんが、全然そんな存在ではありません。近隣問題は「お互い様」という意識を持てるとそこまで不満を高めずに済むのですが、最近の高齢世代はそういう意識を持てる暮らし方をしている人が少ないと思います。たとえば、孫と一緒に暮らしていれば、他の家の子どもの声も足音も「お互い様」と思えますが、自分自身は1人であるいは老夫婦で静かに暮らしているのにとか思うと、「お互い様」どころか「なんでルールを守れないんだ!」と腹を立てるということになります。

 そもそも今どきの90歳以下の高齢者世代は、若い時から都市に出てきて、家庭を持っても団地とかで暮らしていたような世代ですので、大人になってからは伝統的地域共同体の中で暮らしていた経験などはまったく持っていません。確かに、彼らが若い時の都市は、騒音も匂いも汚れも今とは比べ物にならないひどいものでしたが、そういう時代を経験したことがあるからといって、今の時代でもそのままの基準で満足感を低めに設定するなんてことは決してありません。この半世紀の間に変化してきた環境、価値観の変化を、高齢者も内面化しています。その上、高齢者はクレームをつけることにあまりためらわない人が多いです。長く生き、社会に貢献してきた自分たちは、世の中のことも知っているし、意見を言う権利があるというような考えをする人も多くいます。こういう不寛容で安易にクレームをつける高齢者が増えていることが、実は最近の近隣トラブル増大の最大の原因ではないかと考えています。ちなみに、私もそういう高齢者になる可能性が十分ありそうなので、自重しないといけないですね(笑)

827号(2022.1.15)学生百人一首

 今朝の朝日新聞の「天声人語」に、東洋大学が行っている学生百人一首の入選作が一部紹介されていました。最近は、新聞を読んでいる人が少ないのでここで少し紹介しておきます。

文化祭 二年連続オンライン 慣らされていく この空気感

家の中 授業を受ける弟の 背後を通る 私は忍者

リモートで 授業はじまり 映る部屋 勉強よりも そうじ頑張る

ピカピカに 磨いたフルート 出番なく 涙にぬれた コロナ禍の夏

次はいつ 会えるのかしらと 泣く祖母の 手も握れずに ガラスと会話

視線落ち 口にはマスク 会話なく 耳にはイヤホン まるで三猿

十年後 再会しても 気づくかな マスク顔しか 知らない友達

アクリル板 マスク 消毒 ディスタンス 慣れたくなかった こんな生活

 すべて高校生、中学生の作品です。サイト(https://www.toyo.ac.jp/social-partnership/issyu/winning/winning35/)を見たら、今年で35回目で、毎年百首を選んでいるようです。季語も必要ないようなので短歌というより狂歌に近い感じですが、今年の百首も必ずしもコロナ関連のものばかりではありませんでした。それでも数えてみたら、100首中23首がコロナ禍で変わってしまった生活を詠んだものでした。「コロナ禍で 日々マスクつけ気がついた プリクラよりも 盛れる気がする」なんて前向きな1首もありますが、ほとんどは残念だという気持ちが表れているものばかりです。

 大きな声で異議申し立てをするより、こういう形で思いを伝える方が好ましいですね。こういう歌を詠まなくていい時代が早く戻ってくるといいですね。それにしても、東洋大学、とてもいい企画をしていますね。関西大学もこういうことを何か考えてくれたらいいのですが。

826号(2022.1.12)上野動物園のパンダ

 上野動物園の双子のパンダが今日から公開されたというニュースをやっていました。実は、上野動物園は昨日から新型コロナの感染拡大防止のために閉園になっているのですが、パンダの公開は抽選で決めていたので、すでに抽選結果が出ていた3日間だけ公開するということだそうです。抽選倍率は348倍で、新型コロナの感染を恐れて、6人が1分ずつ観覧できるという方式での公開だそうです。このニュースを見ながら社会学的に語りたくなることがいろいろあるなあと思ったので、2023年最初のつらつら通信をこのテーマにすることにしました。

 まずなぜ上野動物園のパンダだけがそこまで特別扱いされることを誰もおかしいと思わないのだろうかということについてです。閉園で他の動物たちは見られないのに、なぜパンダだけは観覧させるのでしょうか。高い倍率の抽選に当たった人ががっかりするからでしょうか。いやいや、他のイベントでもこの2年間そんなことはいくらでもあり涙を飲んで諦めさせられた人は山のようにいるはずです。なぜパンダだけは公開されるのか、おおいに疑問です。 他の動物との扱い方の違いも気になります。パンダより象が好きな子もキリンが見たい子もいるでしょうに、そういう希望は全部諦めさせてなぜパンダだけは見られるのでしょうか。動物間で差をつけすぎではないですか。これは「差別」と呼ばないのでしょうか。

そもそも、それほどパンダを見たければ和歌山県白浜のアドベンチャーワールドに来ればいいのです。たくさんのパンダをゆっくりたっぷり見られます。アドベンチャーワールドではたくさんパンダの赤ちゃんが生まれているのに、全国ニュースではほとんど取り上げません。これは何ですか?上野動物園は東京だから特別なんですか?飼育されている地域でパンダの価値に違いが出るのですか。おかしくないですか?神戸の王子動物園にも1匹だけですが、パンダはいます。パンダが見たければ、関西に来ればいいのです。時間制限もなくたっぷりと見られます。

 この上野動物園のパンダ狂騒曲は、日本のマスコミ報道が東京にばかり注目するという偏りが表れている典型的な例ですが、それ以外にもパンダへの異様なまでの特別視も指摘できます。まあ、パンダがかわいく見えるのは仕方ないとしても、他の動物との扱い方の大きすぎる差は気になります。人間だったら、外見でそこまで差をつけたらものすごく非難されるでしょうが、動物ならありなのでしょうか。いろいろ気になります。