「こめぐらリスト」の詳細な解説
著者: こめぐらプロジェクト
初版: 2015/3/8,最終更新: 2015/10/19
問い合わせ先: 山崎直樹(関西大)ymzknk [於] kansai-u.ac.jp
0 概要
ここで公開する資料は、中国語学習のための文型リストである。このリストは『外国語学習のめやす: 高等学校の中国語と韓国語教育からの提言』のコミュニケーション能力指標に基づいて作られた。
国際文化フォーラム. (2013)『外国語学習のめやす: 高等学校の中国語と韓国語教育からの提言』. 東京: ココ出版.
作成者の狙いは、以下の4点に集約される。
- 「コミュニカティブな到達目標を中国語の構造に関する知識と結びつけるための文型リスト」の具体例を提示する。
- 上述の文型リストのために考案した共通フォーマットと能力指標から文型を導き出すために考案した手順を公開し、今後、同様の文型リストが作られる際の資料とする。
- この文型リストが教師のリソースとして共有されることにより、〈めやす〉に基づいた中国語のインストラクションが、言語構造に関する知識においても体系性と透明性を持てるようにする。
- このリストでは、言語表現の構造に関する知識とともに、それに伴う方略的言語使用・語用論的慣習・社会言語学的観点を体系的に明示し、このリストを、より包括的なコミュニケーション能力を育成するリソースとして活用できるようにする。
ここでは、〈めやす〉とは何かの簡単な説明から始め、われわれが作成したリストは、どのような目的のために、どのような手順に従い、どのようなフォーマット作成されたものかを説明する。
1 〈めやす〉とは何か
『外国語学習のめやす: 高等学校の中国語と韓国語教育からの提言』は「総合的コミュニケーション能力」の獲得を教育目標に掲げ、外国語教育の新しい枠組みを提案している(以下、この冊子で提案された枠組みに言及するときは〈めやす〉と表記する)。この枠組は、日本における外国語教育の1つのスタンダーズになりうるものである。
〈めやす〉は、コミュニケーション能力を、3つの領域(下記の「3領域」を参照)に分け、それぞれにおいて、3種類の能力(下記「3能力」)を定義し、これらを支える基盤として、3つの連携(下記「3連携」)を重視している。
3領域
3能力
3連携
- 関心・意欲・態度/学習スタイルとつながる
- 既習内容・経験/他教科の内容とつながる
- 教室外の人・モノ・情報とつながる
そして、この枠組は、その目標とするコミュニケーション能力を具体的に示すとものとして、「コミュニケーション能力指標」を定義している。
「コミュニケーション能力指標」は、すべて、いわゆる Can-do 能力記述文(「〜することができる」というフォーマットで能力を記述したもの)で表されている。〈めやす〉の指標は、次の15の話題領域に分けられ、それぞれ、レベル1〜レベル4の言語運用能力指標が定義されている。
15の話題領域
- 自分と身近な人々:自分に関する話題、友達や家族など身近な人、ペットの話題等
- 学校生活:自分が所属する学校のようすや学校での生活に関する話題
- 日常生活:学校の時間以外のふだんの生活に関する話題
- 食:食べ物の好き嫌いや食事の習慣など、食生活に関する話題
- 衣とファッション:服やアクセサリー、化粧などに関する話題
- 住まい:家に関する話題
- からだと健康:からだの部位や特徴、健康などに関する話題
- 趣味と遊び:放課後や休日、アルバイト、趣味などに関する話題
- 買い物:実際の買い物場面、買物行動に関する話題
- 交通と旅行:町のようすや通学などに利用する交通機関に関する話題
- 人とのつきあい:日常のあいさつなど
- 行事:年中行事や個人・家族に関する記念日などの話題
- 地域社会と世界:地理・歴史・時事問題などに関する知識についての話題
- 自然環境:四季や天気に関する簡単なあいさつ、気候に関する話題
- ことば:母語と外国語に関する話題、簡単なあいさつを含む
言語運用能力指標
レベル1
- 自分が想定している範囲で、基本的な言い回しを使って、相手の協力を得られれば 簡単なやりとりができる。
- 自分にとって身近な事柄について、短い語句や文で表現することができる。
- よく耳にしたり目にしたりする語句や文のうち、ごく基本的なものを理解することができる。
レベル2
- 自分が想定している範囲で、学んだ語句や文から選択して、相手の協力を得られればやりとりができる。
- 自分にとって身近な事柄について、短い語句や文を並べて表現することができる。
- よく耳にしたり目にしたりする語句や文を理解することができる。
レベル3
- 自分が想定していない状況においても、学んだ語句や文を使って、相手の協力を得られれば、ある程度創造的なやりとりができる。
- 自分の身の周りや関心のある事柄について、ある程度まとまった内容を、趣旨が通じる程度に表現することができる。
- ある程度まとまった内容を、辞書の助けを借りたり、事前に関連情報を得たりして、理解することができる。
レベル4
- 自分が想定していない状況においても、ある程度創造的なやりとりができる。
- より広い範囲の事柄について、少し複雑かつ抽象的である程度まとまった内容を、より正確で適切な語句や文を使って表現することができる。
- ある程度まとまった内容を理解することができる。
2 何を作ろうとしているのか
〈めやす〉には、いわゆるCan-do能力記述文の形式で「コミュニケーション能力指標」が示されている。これらの指標を達成することを目標にインストラクションを設計する場合、まず、次のような問題が起こる。
- 言語構造に関するどのような知識(文型、語彙)を学習項目として取り上げればよいのか?
- また、それをどうやって決めるのがよいのか?
本研究は、この問題に対する解答として、「能力指標」から出発した文型リストの具体例と、そのためのフォーマットと、作業手順を提案する。
3. なぜそれを作らねばならないのか
〈めやす〉が目指す外国語教育を実現しようとしたとき、教師が直面することになると思われる障害を簡単に整理しておきたい。我々の文型リストは、これらの諸問題を解決するための方途を提案するものである。
- ふつうの教師は〈めやす〉の指標のようなCan-do能力記述文から、すぐには授業を設計できない。
- タスクが提示されていても、そこから必要な言語表現を選定し、それをどう学習者に提示するかを考えるのは時間がかかる。
- Can-do能力記述文と授業設計をつなぐためのタスクを、ある教師が考案しても、それが共有されにくい。また、共有されても、他の教師が言語表現に関して具体的に何をやっているかは、完全には推測できない。
4. どのような手順で作ろうとしているか
4.1 タスクに分解する
まず、コミュニケーション能力指標を、コミュニカティブなタスクに還元する。例えば、次のAに示した指標に対し、Bのi-iiiに示すタスクを設定する。
- 指標:自分の好きな食べ物、嫌いな食べ物、食べられないものなど、料理名や食品名を、口頭で伝えることができる(話題領域:食、レベル1)
- タスク
- 好きな/嫌いな食べ物・飲み物を伝える。
- ふだんの生活で食べないものを伝える。
- 何らかの理由で食べられないものを伝える、
「指標に対し、タスクを設定する」は、「これらのタスクを遂行できることが、この能力が身についているエビデンスであると考える」を意味する。
4.2 言語表現の抽出
設定されたタスクに使われる言語表現(文型)を抽出し、それがコミュニケーションの3モード(理解する・伝える・やりとりする)のどれに当てはまるかを考える。
〈めやす〉では、コミュニケーションを下記の3つのモード(この3モードについては下記も参照のこと)に分類する。我々の文型リストは、それに対応する3つのモードを設定した。
National Standards in Foreign Language Education Project (eds.) (1999) Standards for Foreign Language Learning in the 21st Century. Yonkers, N.Y. : National Standards in Foreign Language Education Project.
〈めやす〉 |
我々のリスト |
対人モード |
やりとりする |
解釈モード |
理解する |
提示モード |
伝える |
次のA、Bのタスクを比べると、単なる申し出と質問に対する答えとでは使用する言語表現が異なっているのがわかる。モードの区別が必要な所以である。
|
タスク |
言語表現 |
モード |
A |
何かの症状を呈している人に対し、薬を持っていると伝える |
我有药。 |
伝える |
B |
症状を言って薬を持っていないか尋ねる/答える |
我感冒了,有没有药?-有。 / 对不起,没有。 |
やりとり |
4.3 定項と変項の決定
言語表現のどの部分を「変項」(文の構造を変えずに他の語彙に置き換わる可能性のある項目)にし、どの部分を「定項」(固定した項)にするかを、出発点となった指標のレベルと併せて考える。 例えば、“我在大学学汉语。”の下線部を入れ替えて使う必要があれば、そこを変項にして“我在〈学ぶ場所〉学〈学ぶ対象〉”という文型を設定できる。後者は固定しておけばよいと考えるならそこは定項にする。言うまでもなく、変項が多くなるほど、文型の特徴づけ(=どのような表現意図をもつか、どのような場面で、どのような目的で使われるか、などの描写)は抽象的になり、現実的な状況との関連付けが複雑になる。また、変項が多いほど置換練習などによる訓練の負担が増える。つまり言語表現としては難度が高くなる。 また、いわゆる「定形表現」は「変項が0の文型」として定義できる。
変項の数 |
表現例(下線部を変項にする) |
文型 |
3 |
我 在 大学 学 汉语。 |
〈ヒト〉 在 〈学ぶ場所〉 学 〈学ぶ対象〉 |
2 |
我 在 大学 学 汉语。 |
我 在 〈学ぶ場所〉 学 〈学ぶ対象〉 |
1 |
我 在 大学 学 汉语。 |
我 在 〈学ぶ場所〉 学 汉语 |
0 |
我 在 大学 学 汉语。 |
我 在 大学 学 汉语 (変項0=定形表現) |
4.4 語彙リストの作成
設定された個々の文型の特定の〈変項〉のそれぞれにつき、そこに代入すべき語彙のグループを設定する。それが語彙リストである。つまり、語彙リストは常に「特定の指標の特定のタスクの特定の文型の特定の変項」と関連付けられる。
文型 |
変項1に入る語彙の例 |
変項2に入る語彙の例 |
我 在 〈学ぶ場所=変項1〉 学 〈学ぶ対象=変項2〉 |
大学,高中…… |
汉语,英语,数学…… |
5 共有リソースとしての文型リスト
我々の提案するような文型リストは、以下のような利用可能性をもつと考えられる。
- 同じクラスを担当する教師間で連携をとるための共有リソースとなりうる。
- 複数の教師が教材を共同で開発するための共有リソースとなりうる。
- そして異校種間(中学・高校・大学)での連携をとるための共有リソースとなりうる。
- 指標とそれを実現するためのタスクは、言語を超えて共有するリソースとなりうる。
6 この文型リストの新しいところ
我々の提案する文型リストの新しい点は、以下のようにまとめられる。
- Can-do能力記述文を具体的なタスクにまでブレイクダウンしている。
- コミュニカティブなタスクから出発しているので、語用論的・社会言語学的な能力の育成も視野にいれることができる(例:「目上の相手に姓名を尋ねる」「同年輩・目下の相手に姓名を尋ねる」のようにタスクのバリエーションで必要なスタイルのバリエーションを網羅する)。
- 必要なタスクは恣意的に設定されたものではなく、〈めやす〉のコミュニケーション能力指標というスタンダーズに基いている。
- コミュニケーションの3モードに分けて文型を提示している。これにより会話のやりとりでないと出てこないような特殊な形の応答も学習できる。また、方略的な応答のパターンも学習できる。
- 定項と変項、および語彙リストの関係を明示することにより、言語構造の学習の難易度をコントロールする手段を提供している。
7 これは何ではないのか
この文型リストは、次の性格を持つものではない。
- 初級文法を習得させるための文型リスト……「これだけ覚えれば初級の文法は完璧!」という学習をするための資料。
- 表現機能で分類した文例集……「依頼する」「同意する」などの〈機能〉や「数」「距離」「時間」などの〈概念〉から出発した文例集。
- 「文法を教える」から出発して、最後に「コミュにカティブな活動をする」ことで授業を完成させるための資料。
- そのまま学習者に見せることが可能な資料。
8 よくある質問
- 教科書を教えることと何が違うんですか?
- ふつうに教科書を教えてればいいんじゃないですか?
- 教科書だっていろいろなシチュエーションが入ってますよ
- 教科書だって会話の練習ができますよ。それで何が足りないんですか?
- それやってて中検に受かりますか?
- 「めやす」のようなアプローチは、初級の文法をやった後でやるんですよね。
- でもやっぱり基礎が大切じゃないですか。何をやるにも外せない基礎の部分がありますよ。
- 発音はどうするんですか?初級のうちは発音だけやってればいいじゃないですか?
- 文法を「易」から「難」へ積み上げることが大事じゃないですか?
- それって中国語(単語を並べれば文ができる)だからできることでしょ?
- どの指標を最初に達成すればいいんですか?
- どのタスクを最初にやればいいんですか?そういう順番を誰が決めてくれるんですか?
- やる指標によって、知識が偏るんじゃないですか?
- 教科書を捨てるんですか?教科書を使わないんですか?
- このリストに合わせて教科書を作ってくれるんですか?
- 使っている教科書の内容と、このリストを関連付ければいいんですか?