ファルマと、日本のトイレタリー、日用品におけるリーダー企業「花王」は、1997年7月7日から31日まで、「ラビナスダイレクトメール」という販売促進のジョイントキャンペーンを行った。花王の新商品である「ラビナス」は、その当時、市場に投入されてから1年に満たない商品であった。ラビナスの元々の商品群はシャンプーであった。シャンプーにおける初期の成功の後、コンディショナーや毛染めなどに、ラビナスのブランドを拡張していった。市場においてそれらのラビナスの新商品を普及させるために、花王とファルマは、ラビナスの商品具を消費者にしってもらうために、ジョイントキャンペーンを行った。今回はダイレクトメール(DM)による販促を選択し、ラビナスを選好しそうな顧客をあらかじめ抽出して、ファルマ本部から直接ダイレクトメールを送った。その顧客のセレクト方法は、以下の章で詳細に述べられている。送付されたDMは、ラビナス(この場合シャンプー)のフリーサンプル(試供品)と交換することができる引換券になっていた。DMを受け取った顧客は、それぞれが会員になっているファルマ店舗でのみフリーサンプルと交換することができるものであった。フリーサンプルは、少量の特別に作られたパッケージであった。
このキャンペーンは単なる販売促進ではなく、DMを使った販促をどのようにやっていくかを模索する、実験もかねていた。ファルマは、大阪地域の実験店6店舗から約5000人の顧客を選択し、これら以外の店舗から選ばれた顧客と比較した。以下の章で、これらの比較を検討している。
このケース研究の目的は、これらの実験を通して蓄積された膨大なデータセットから、DMの効果に関するおもしろいトレンドやルールを発見することである。そして、将来のDMキャンペーンに対してより効果的な手法、考え方を提案し、花王やファルマといった、産業界にアイデアを提供することも重要な目的である。
近年、日本は深刻な不況に直面している。さらに、市場では価格破壊、製品ライフサイクルの短期化が進み、ブランド力を長期間、維持することが困難になっており、日用品、トイレタリーの業界だけではなく、その他の業界でも多くの企業が新製品開発の資金負担に苦しんでいる。こうした経済背景のもとで、花王は新ブランド「ラビナス」の開発を決定した。
非常にユニークなラビナスブランドの特徴の1つとして、そのブランドが複数カテゴリーを含む商品群をカバーしていることをあげることができる。ラビナスブランドは、基本的な3つのカテゴリーを包含しており、そのカテゴリーとは、「シャンプー&リンス」、「ヘアケア」、「毛染め」であり、複数カテゴリーをカバーするブランドは当業界において、初めての試みであった。花王は、従来の1つのカテゴリーに対して1つのブランドを構築するコストのかかるやり方から、1つの強力なブランドを複数カテゴリーで展開させることによって、長期的に収益性を改善させることができると考えていた。 他の業界の類似例を見れば、わかりやすい。例えば、「シャネル」というブランドを思い出して欲しい。非常にハイグレードなシャネルブランドは、香水やバッグ、衣服など様々なアイテムに多重利用されている。こうしたファッション業界では珍しいことではないが、トイレタリーや医薬品の業界でこうした試みははじめてであった。花王は、ハイグレード、高品質・高機能のラビナスイメージを確立させることによって、新しいブランド戦略を成功させようと考えていたのである。
最初の市場導入から1年間、ラビナスはそれほど認知度が高くなかった。結果として、ラビナスは花王が期待するほどの利益を上げることはできなかった。そこで、花王はより効果的な販売促進方法を開発しようとしたのである。そして、花王はファルマとジョイントで販売促進戦略を行うことを決定した。ラビナスのブランドコード : 7200106
ラビナスのブランドリスト
花王は、台所・住宅用ケア商品などのハウスホールド分野、パーソナルケア分野、サニタリー、化粧品分野で最も有名な日本企業の1つである。その製品群はP&Gに似ているかもしれない。世界で最も競争の激しい日本市場において、最も強力な競争力を持つ企業の1つであるといっていいだろう。例えば、今回の実験店6店舗において、花王の製品は他の企業と比べて最も大きなシェアを占めている。花王のホームページにも、現在の花王の戦略など詳細な情報が提供されているので、参照されたい。花王のメーカーコード : 7200
花王製品のシェア
ファルマと花王は、キャンペーンにおいて、以下の2つの目的を持っていた。こうした、2つの目的は、ある意味で、トレードオフの関係にあるといえる。つまり、より多くの人間に知ってもらうためには、よりたくさんのDMを配布すればよい。しかし、より多くのDMを配布すれば、多くの無駄なDMが生じてしまうからだ。1) 「ラビナス」の認知度を高める
当時、ラビナスはまだ、非常に新しいブランドであった。したがって、「ラビナス」というブランドネームは、顧客に十分に認知されていなかった。花王は、まず、顧客に「ラビナス」という名前を普及させ、そしてラビナスブランドを好きになってくれるように働きかけていきたかった。そのために、花王はDMを使った販売促進戦略を行い、より多くの人にラビナスを知ってもらうような手法を選択した。つまりキャンペーンの目的の1つは、より多くの人にラビナスを知ってもらうことである。2) より効率的なDMの配布
もし、顧客それぞれの購入データがなければ、潜在的なラビナスユーザーを選択することはできない。したがって、すべての顧客にランダムにDMを送るしかない。しかし、それは無駄なDMを膨大に生み出してしまい、非常にコストが高くなってしまう。一般的に、ランダムにすべての顧客にDMを送付した場合、そのヒット率(反応した人の割合)は、1%程度といわれている。そうした非効率を改善しようというのが、このキャンペーンの2つめの目的である。
DMを送付する顧客の条件として、今回採用したものは、以下の3つである。1. それまでにラビナスブランドの商品を購入していない顧客
2. 平均1月に1回以上、ファルマの加盟店に来店している顧客
3. 「ラビナス関連ブランド」を3つ以上購入している顧客「ラビナス関連ブランド」は、以下のステップで定義される:
a) あるブランド(i)を購入した顧客の人数を計算する(Si)
b) その中でラビナスを購入した顧客の人数(Li)の割合を求める(Li/Si)→ラビナス購入確率
c) すべてのブランド(16080種類)のラビナス購入確率を計算し、その平均を求めるAve(i)
d) ラビナス購入確率の平均(Ave(i))の2倍以上のブランドをセレクトし、ラビナス関連ブランドとする
以下の条件を、実験店舗6店舗の顧客の3−5月の購買データより求め、最終的に、上記の条件で抽出された顧客は、4922人であった。
下記のグラフは、DM販促の結果を示したものである。Y軸は、対象顧客によって購入されたラビナスブランドすべての累積購入個数を意味している。X軸は、時間軸であり、1997年6月から1997年12月までの期間を対象にしている。今回の実験では、3つのグループに顧客を分類し、その比較を行うことで、採用した手法の評価を行おうとした。
最初のグループは、上記の3つの条件を満たし、DMを送付した顧客グループである。グラフでは、赤の線で示されている。次のグループは、3つの条件を見たし、DMを送付していない顧客グループである。グラフでは、黄色の線で示されている。最後に、最初の2つの条件は満たしているが、関連ブランド購入の条件は満たしておらず、DMを送付していない顧客グループである。グラフでは、青の線で示されている。
上記のグラフから、これら3つのグループを比較し、今回の手法や条件の妥当性がある程度、証明されたものと考えることができよう。ランダムに選ばれる顧客よりは、関連商品を購入している顧客のラビナス購入量は多くなり、さらにDMを送付した顧客は送らない場合に比べて、かなり購入量が伸びることがわかる。
それぞれのサンプル交換券が、独自のバーコードを持っており、顧客がサンプル製品と交換した事実は、すべてPOSを通じて、記録されている。サンプル交換券のファルマコード : 1396722
サンプル交換券のJANコード : 4990647026098
効能2桁 : 29
効能4桁 : 2999
効能6桁 :299994
実験店舗6店はすべて大阪地区にあるが、立地などの点で、異なる点もある。例えば、店舗Aは、地下鉄の駅から徒歩3分以内の立地にあるが、店舗Bは、駅から徒歩10分以上かかる。実験店舗6店の店舗コード : 10240, 10359, 10428, 10469, 10477, 10559
1997年7月から行われたラビナス・ダイレクトメール・キャンペーンは、7月1日にファルマから抽出された顧客にダイレクトメールが郵送され、少なくとも2日以内には対象顧客はDMを受け取っている。そして7月7日から31日までの期間、対象顧客はフリーサンプルと交換することができた。
ただし、上記の条件を満たしている顧客でも、DMを受け取っていない人など、ノイズが含まれる。例えば、引越しによって新しい転居先に転送され、受け取れない ; 店員が顧客の実際の住所を間違えて登録してしまったなどの場合である。これらのノイズの割合は、現段階で正確に把握することはできない。
a) 今回採用した手法や手続きは、ベストのものであるとは限らない。顧客の抽出する上で、もっと効率的・効果的に対象顧客を絞り込む方法はあるだろうか。
b) サンプル引換券を交換した顧客の中には、キャンペーン後、ラビナスブランド製品を購入していない顧客も存在する。例えば、その顧客グループを「サンプル効果無しの顧客」ということができるだろう。また、ある顧客はいくつかのカテゴリーでラビナスブランドにスウィッチした顧客もいるはずである。例えば、これを「サンプル効果ありの顧客」と呼ぶことができる。それでは、それぞれの顧客の特徴をどのように捉えればよいのだろうか?つまり、サンプル効果の有無を分類するルールとは何かが、2つめの問題である。とくに、後者の問題は、非常に難しい側面を持っている。経営の側面から考えると、サンプルの効果をどのように定義するかは、いくつもの考え方がある。ケース中の評価のように、累積購入個数で見ることもできるだろうし、交換後のブランドスウィッチで考えることもできる。また、その分類ルールを表現する属性も無限に存在する。関連商品、来店回数、購入金額、年齢、etc。単なる固定属性、評価変数からのルール抽出ではなく、まったく白紙の状態から分析を行うことが、経営データ分析の難しさでもあり、面白さでもある。ぜひ、こうした問題にチャレンジしてもらいたい。
なお、このケースは、下記の論文をもとに作成されている。
矢田勝俊・加藤直樹・羽室行信「アソシエーションルールを用いた販売促進(共著)」『第1回データマイニングワークショップ講演論文集』日本ソフトウエア科学会
データマイニング研究会、31-38頁、平成11年3月.