ラテンアメリカ経済論-研究ガイド


(関西大学商学会『リサーチガイド』初版,2002年,94-95頁)

1.ラテンアメリカとは

 ラテンアメリカは、カナダ、アメリカ合衆国を除く北アメリカと南アメリカの諸地域、すなわち、メキシコ以南の大陸部およびカリブ海地域の諸島の総称とされています。ラテンアメリカは33の国と若干の植民地により構成され、1000万人以上の国だけとってみても、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、コロンビア、ペルー、ベネズエラ、チリ、エクアドル、キューバがあります。こうした顔ぶれを見てもわかるように、文化、言語、民族それぞれ例外があるので、ラテンアメリカは一枚岩ではないけれどもラテン系文化圏として一応括ることができる、という程度の捉え方が妥当だろうと思います。

2.ラテンアメリカ経済論とは

 ラテンアメリカ経済論は日本においては第二次大戦後、本格的に取り組まれ始めた新しい研究分野であり、また日本との関係が深いわりには重要視されてこなかったこともあって、研究者の層は他の発展途上国経済論と比べてまだまだ薄いと言わざるを得ません。そのために、ラテンアメリカ経済論とは何かについては定説があるわけではありません。ですから、以下では私の解釈に基づいて説明します。

 ラテンアメリカ経済論の位置づけの捉え方は大きく二つに分けられると思います。すなわち、発展途上国経済論(開発経済学)の構成部分として捉える見方と、ラテンアメリカ研究の構成部分として捉える見方です。ラテンアメリカ研究は、アジア研究などと並んで地域研究―世界の諸地域の政治、経済、社会、文化等における諸事象の連関を総合的に把握し、その地域の全体像を理解することを目的とする研究―を構成しています。

 この地域研究は近年ようやくその重要性が日本でも認められるようになってきました。ラテンアメリカ政治の研究者である恒川恵市氏が言うように「地域研究とは、学問の名称というよりは、学問をする場の名称」であり、その出発点は既存の専門・学問になります。ですから、仮にラテンアメリカ研究の構成部分という位置づけをするとしても、専門・学問―商学部生にとってそれは経済学・経営学―を身につけなければならないことに変わりはありません。また商学部としては、経済学のなかにラテンアメリカ経済論を位置づけることが適切だと考えます。

 もちろんこのことは、ラテンアメリカ地域から経済や経営だけを取り出して研究すればよいというものではありません。もとより経済学とその応用科学である経営学は、杉本栄一氏が『近代経済学の解明』で述べているように、経済学以外からも教えを受けなければ成り立ちえません。それに加えてラテンアメリカ経済論は、地域研究という性格からより一層の社会や政治、文化等に対する理解・解釈が要求されるのです。

 では、ラテンアメリカ経済論は経済学のなかにどのように位置づけられるでしょうか。私はラテンアメリカ経済論はアジア経済論などとともに発展途上国経済論(開発経済学)の一分野であると考えます。アジア、アフリカ、ラテンアメリカの多くの地域は、植民地として世界市場に登場してきたため、経済学では宗主国との関連で付随的に扱われてきたにすぎません。しかしその後、ラテンアメリカでは19世紀前半、アジア、アフリカでは第二次大戦後に次々と植民地が国家として独立し、国際舞台に主体として登場するようになりました。このことを反映して、発展途上国の経済そのものを対象とする研究、すなわち発展途上国経済論が形成されたのです。この発展途上国経済論は森野勝好氏によれば、発展途上国における社会的分業と商品生産、さらに資本主義の発展を具体的に分析し、発展途上国の人々がどのように年々の生産を行い、日々の生活を再生産しているかを明らかにすることを課題とするものです。

3. ラテンアメリカ経済論の今日的課題

 戦後のラテンアメリカ経済の発展過程は概ね、輸入代替工業化(50-60年代)、債務依存型成長(70年代)、「失われた10年」と呼ばれる債務危機・構造調整(80年代)、民営化・規制緩和・貿易自由化(90年代)と特徴づけられます。80年代まで一貫して重大な役割を果たしてきたのは政府系企業であり、政府主導の保護主義的な経済運営が支配的でしたが、90年代に入ってこの50年の流れを転換させるような試みがはじまり、ブラジルなどではそれが経済成長に結びついて中国・インドと並んで新興市場と呼ばれるようになってきました。ラテンアメリカ経済論の課題は発展途上国経済論と基本的に同一ですが、あえて今日のラテンアメリカに引きつけてその課題を求めるとするならば、それはこの政府系企業民営化・規制緩和・貿易自由化の動きをどう評価するかになると思います。

<ラテンアメリカ経済論を学ぶための文献>

  1. 国本伊代『概説ラテンアメリカ史』新評論、1992年。
  2. 小池洋一・西島章次(編)『ラテンアメリカの経済』新評論、1993年。
  3. 星野妙子・米村明夫『ラテンアメリカ』アジア経済研究所、1993年。
  4. 小池洋一(他編)『図説ラテンアメリカ』日本評論社,1999年。
  5. 『ラテンアメリカを知る事典』(新訂増補版)平凡社、1999年。
 (1)はラテンアメリカの歴史をコンパクトにまとめた入門書。(2)はラテンアメリカの政治と経済の諸問題をトピック毎にまとめたもの。(3)は地域研究者としての、経済を含むラテンアメリカ研究の方法と課題をまとめたもの。(4)はラテンアメリカの開発についての基本的な情報がコンパクトにまとめられています。

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Author: Shin Hasegawa
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