「マルチメディアと図書館」研究グループ

研究例会報告


テーマ:「ベトナムのIT高等教育人材育成プログラム:ハノイ工科大学ITSS教育能力強化プロジェクトを中心に」

発表者:郷端 清人(立命館大学総長・理事長室部長)

日時:2008年9月13日(土)14:30〜16:30

会場:立命館大学朱雀キャンパス中川会館


今回は立命館大学総長・理事長室部長で、現在ベトナムのハノイ工科大学でJICA(国際協力機構)の推進するプログラムのチーフアドバイザーとして活躍中の郷端清人氏に、ベトナムのIT高等教育人材育成プログラム(Higher Education Development Support Project on ICT:HEDSPI)についてお話いただいた。以下はその概要である。

JICAはJBIC(国際協力銀行。JBICの海外経済協力業務(ODA)部門とJICAは2008年10月に統合される。)と協調しつつ、日本語のできるIT人材の育成、IT技術の進展を通じたベトナムの産業競争力の強化を目標に、ハノイ工科大学ITSS教育能力強化プロジェクト(以下HEDSPI)を推進している。

HEDSPIは2006年9月から2008年8月までの第1フェーズが終了。2億7千万円を投じた体制作りが完了したところである。

ベトナムの大学進学率は14.5%程度。ハノイ工科大学はベトナムでも優秀な人材の集まる総合大学である。1学年は3500名。ハノイ工科大学にも元からIT学科が存在していたが、コンピュータ等の機材が不足しているために、ほとんどが座学中心の教育であるという問題があった。そこに1学年120名のIT学部(現在はまだ学科)を設置し、ITSS/ETSS(経済産業省のITスキル標準/組込みスキル標準)に則った教育プログラム、またIT日本語教育を展開する、というのがHEDSPIの骨格である。

学部教育レベルでは、120名の入学生中20名については、ハノイで2年半の教育を受けた後に日本で2年間の学部教育を受け、さらにその後ハノイで半年間の教育を受けると、両方の学位を取得することができる。あるいは日本での2年間の学部教育を受ける20名のうちの10名は、その後に日本での修士教育を受ける道も開かれている。

そのほか、社会人を対象とした即戦力育成プログラム(ベトナムで日本語でのITSSの後、日本で2年間の修士プログラム)がある。また、IT技術を教える教員の養成も急務である。そうした教員養成のためのプログラムも5つのコースが用意されている。しかし、せっかく養成しても良い人材は報酬のよいIT企業に引き抜かれ、大学に定着しない点が課題となっている。

プロジェクトの遂行に際しては、ベトナムと日本の国民性・習慣等の違いに戸惑うことも多かったという。特に教育プログラムを運営面で支える職員の育成上、仕事よりも家族優先で、時間感覚ものんびりしている現地の人たちの意識を変えることは一朝一夕には難しいようである。大学教育自体も、選択科目という制度がなかったり、研究ラボというようなものがなかったり、実習にTAを付ける習慣がなかったりと、異なる点が多い中、それらを新規導入するにあたっての苦労にも言及された。

また、日本語でのIT教育が困難であることも指摘された。流暢に話すことはできても、日本語でのIT専門用語が理解できなければ専門書を読みこなすことはできない。その点に大きな壁があるようである。

ベトナムでは女性がよく働く。勤勉な女子学生を増やしたいところであるが、進学率も低い中、優秀な女子学生は貿易大学等に進学するため、工科大には女子学生が少ないとのことであった。

最後に図書館にも言及されたが、ハノイ工科大学には立派な図書館があるが、ほとんど本が揃えられていない。海外からベトナムに本を送ろうにも、1点1点チェックされる、空港で止められるなど、想像以上に時間がかかり、日本からの寄贈なども円滑には受入れられない状況のようであった。

現在ベトナムで日本語検定を受ける人は毎年3万人程度いるという。日本に対する心象は良い。しかしながら、韓国が政府レベルで文化面での協力プログラムなどを強力に推し進めているのに対して、日本はまだまだハード面でのプログラムが主である。(ちなみに、ベトナムの国立図書館には韓国の政府や企業の援助で作られた閲覧室が2つもある。)今回のJICAのプロジェクトのみならず、体制の違いを越えて、教育・文化面でのパートナーシップの強化が求められているように感じられた。

HEDSPIは2008年10月から第2フェーズに入る予定である。第1フェーズで明らかになった課題の解決に向けて、プログラムのさらなる充実が予定されている。今後の展開を注視したい。

HEDSPIプログラムについての詳細は、次のURLをご覧下さい。
ベトナム ハノイ工科大学ITSS教育能力強化プロジェクト http://project.jica.go.jp/vietnam/0601790/index.html

(文責:村上泰子)