死と共同性 −「共鳴する死」の手前で

 

加藤恵介

『倫理学年報』第50集、日本倫理学会、2001年3月30日、93-107頁

 

 小松美彦は、『死は共鳴する』において、脳死・臓器移植問題を批判的に考察しながら、むしろその根底にある死の理解そのものを問題化しようとした。彼は、当時の法案をめぐる議論のなかで提出され、その後、一九九七年に制定された現行の移植法においても保持されている「心臓死を選ぶか、脳死を選ぶか」の「選択の自由論」の基本にある主張を、「死の自己決定権」(SK148)として特徴づける。その根底にある「われわれが日常的に自明のこととして受け入れている死の把握の仕方」とは、死を(さらには生を)、「私のもの」として、個人に内属するものとする理解、すなわち「個人閉塞した死」(148)である。彼は、死を個人に属するものとする視点自体が近代医学によって構成されたものであると主張し、それに対して、それ以前に、とりわけ西欧中世に存在し、現在でも生き続けている死の様態を、「共鳴する死」と呼ぶ。それは、「人々がひとつの死をともに生きる道行き」、「死が死にゆく者に閉じこめられずに周囲の人々と分かち合われている、そのような死」(209-10)である。

 小松が「個人閉塞した死」の代表例として挙げるのはハイデガーの『存在と時間』における死の分析論である。小松の議論が「ハイデガー解釈」としては強引なものであることはすでに指摘されているが、たしかに、ハイデガーの実存論的分析に「他者」が、あるいは共同性が欠落している、という批判は多くの論者によって繰り返されてきた。小松の批判も、その系譜に連なるものといえるだろう。

 ハイデガーにおいて「死一般は存在しない」(1)。死を規定するのは、互いに共約不可能な各私性(Jemeinigkeit)であり、「死は各々に固有の死としてのみある」(SZ265)。死は代理不可能であり、「われわれは純正な意味では他者の死亡を経験することはない」(239)がゆえに、分析においては「最も固有の可能性」としての「私の死」のみが取り上げられる。そして死の切迫において現存在は単独化され、「他の現存在との全ての関係は解消されている」(250)。

 このようなハイデガーの分析に対して「他者の不在」や「共同性の不在」が批判されるとき、しばしば、ハイデガーの強調する、「各々私のもの」という各私性と、他者と共約不可能な「私の死」の単独性に批判が向けられている。つまり、死において私と他者が何らかの同一性を共有することが、あるいは私の死と他者の死が「同じ」死であることが、主張される。同一化的思考の批判を唱えるアドルノにおいてさえ、ハイデガーは「人は死亡するものだ」という言い方が表現している「正当なもの」、すなわち「死は他我をも自我をも包括する普遍的な規定である」ということを「無視し歪めている」(2)と批判されている。ハイデガーにおいて「他者の死」の経験が、あるいは「二人称の死」が軽視されている、という批判もお馴染みのものである。小松の議論はこのような批判の系譜に連なるものである。(レヴィナスは「私の死」ではなく「他者の死」が第一のものである、と主張する。しかし、これは、死を「虚無」とみなす伝統への批判と、自分の死を越えた未来への「希望」、そして「存在論」とは別の次元の思考を前提としている。どちらが「第一の死」か、という問題だけを、その思考の全体から切り離して論じることはできない。ここではレヴィナスの思考を立ち入って論じることはできない)。

 しかし、われわれが「死亡する者が「こうむる」存在喪失そのものに近づくわけにはゆかない」(239)のは、否定できないように思われる。他者の「死そのもの」が、私によって共有されるとすることは、他者を私との同一性によって捉えることにおいて、他者を他者たらしめている他者性(他性)を否定するものではないだろうか。そして、いかに身近な他者であっても、やはり他者であることは否定できないのではないだろうか。ここで考えたいのは、死を他者との共同性において捉えるためには、必ずしも「各私性」や単独性が否定されねばならないのだろうか、ということである。各々の実存の特異性と、死の各私性を否定することなく、つまり他者と私の死を同一化することなく、死を他者との共同性において捉える可能性が問われなければならない。

 ここでは、まず、小松のハイデガー批判を検討することによって、他者の死を「共有されるもの」とする議論の問題点を確認する。ついで、彼が影響を認めている、ジャン=リュック・ナンシーの議論を取り上げる。ナンシーは、ハイデガーが現存在を等根源的に共存在として規定しながらも、これを徹底させず、死を共同性から切り離した、と批判し、「死」を共同の可能性として捉えることを主張する。これは、彼の唱える新たな共同体概念と結びついている。彼は、共同体と個人という対立において規定される旧来の共同体ではなく、各々の特異な実存が、互いの差異を失って融合するのでも、同一性を共有するのでもなく、その特異性において互いに存在を分有し、露呈されている事態それ自体を「共同体」と呼ぶ。この共同体概念に基づく、彼の「死」をめぐる議論を検討する。

 ここで興味深いことは、小松においても、ナンシーにおいても、共同性において捉えられる死に対して、「死そのもの」という用語が使われていることである。またハイデガーは『存在と時間』においては「死そのもの」という用語を使っていないように見えるが、デリダは『アポリア』において、ハイデガーにおいても「死そのもの」の規定が支配的であると主張する(この解釈についての検討は他所に譲る)。はたして「死そのもの」とは、認識可能なものだろうか。何をもって「死そのもの」を規定することができるのだろうか。

 『時間と他者』においてレヴィナスは、死について、それに対して「主体がもはや主体とはならない」、すなわち認識不可能で、私の理解において内在化不可能な絶対的な他者性を指摘した。「私の死」が、「私」によって同化されえない他者性をもつとしたら、「死そのもの」について語ることはできないだろう。そして、私の死についても、他者の死についても、「死そのもの」が到達不可能であるとしたら、この他者性は、死が共同的なものとして捉えられるとしても、解消されえないだろう。すると、小松やナンシーが、共同性における死を「死そのもの」と呼ぶとき、共同体のうちに死の他者性を解消する危険に陥っている。死は個人に内在化しえないだけではなく、共同体にも内在化しえない他者性をもつのではないだろうか。ここでは、二種の他者性が問題になる。死の他者性と、一般的にいう他者、すなわち「他の人間」の他者性である。これらは、どのように連関しうるのだろうか。

 

1 共鳴する死

 小松は「死」と「死亡」を概念的に区別し、通常の理解においては「そもそも死と死亡が概念的に混同されているのである」(SK75)と規定する。通常、「死」は生きている状態から死んだ状態への移行として理解されているが、彼によれば、このような移行として対象化されているのは「死そのもの」ではない。「それは移行状態であり、いわば「落命」であり、「死の訪れ」であり、つまりは死亡なのではないだろうか。われわれが知覚的に認知可能で対象化しうるのは、どこまでいってもこの死亡でしかない」(74)。「そもそも死とは一義的に規定可能な知覚現象ではなく、その対象が明確に規定できぬ何ものかにはかならない」(75)。

 彼は、個人に帰属する、「生」から「死」への対象化しうる移行を「死亡」と呼び、「死」から区別する。「死」は、「死んだ者と死なれた者、死にゆく者と看取る者との関係の問題(3)」である。「死は死にゆく者にのみ帰属するものではないだろう。少なくとも看病する家族や治療を施す医者・看護婦など、彼(女)を取り錮む者にも関係する。このように死が看取る者にとってのものでもあるなら、死は決して一瞬の出来事ではなく、看取る者に受け入れられつつ、徐々に到来するものである」(81-2)。「死はたしかに他者にも分かち合われている。すなわち、ある者の死(亡)は他人事にとどまらず、私の死ともなっているのだ」(210)。「とすると、そもそもわれわれは、死を個体死として把握することそのものを深く反省し、他者との関係性のもとに捉え返すことが肝要なのではあるまいか」(83)。

 小松は、個人に帰属するものとしての死、すなわち「個人閉塞した死」を、近代医学が病人を客観化し「死者にのみ視線を注ぎ、看取る者を切り捨てることによって成立している」(215)と規定する。「この「私の死」という大前提こそ、・・・・・・医学によって誂えられたものなのだ」(205)。これに対して、小松は「「個人閉塞した死」とはまったく異質な死、いわば「共鳴する死」とでも呼びうる死の存在を、こと西欧中世に伺い知ることができる」(173)として、アリエスの「飼い慣らされた死」を挙げる。「それは、死が時間的な点ではなく流れであり、その流れは単なる生理的な過程ではなく人々がひとつの死をともに生きる道行きであり、それゆえ死が死にゆく者に閉じ込められずに周囲の人々と分かち合われている、そのような死であった」(209-210)。

 このように、小松において、「死亡」が「個人に内属」するのに対して、「死」は、死にゆく者と、それを看取る者とのあいだで共有されるものである。「死は事態としては共鳴的に成り立ち、われわれはひとつの死をともに生きている」(219)。彼の「死」の概念は、ハイデガーにおけるのと同様に、生物学的なものではない。「ある者が死に瀕しているとき、生物学的に死にゆくのはもちろんその当人である」が、「死は決して死にゆく者個人だけにかかわる問題ではなく、その者に死は帰属していないのではあるまいか」(218)。

 たしかに、事態としての死が人々の関係の内において成立しており、何事かが「分かち合われて」いることは確かであり、私ならざる他者の死が、ある意味でそれを看取る「私の死」でもある、と語ることは可能であろう。これを、単なる感情、あるいは比喩として片づけることはできないとしでも、他方でそのなかにある本質的な差異、すなわち、「「私が死ぬとき、死ぬのは私でありあなたではない。またあなたが死ぬとき、死ぬのは、私でも他の者でもなく、ほかならぬあなたである」。この厳かな揺るぎなき事実」(218)は消去しえない。小松も、ハイデガーを引いて、死の代理不可能性については認めており(167)、「われわれはひとつの死を共に生きている」としても、死にゆく者にとっての死と、それを看取る者にとっての死が同一である、と言っているわけではない。「死が、死にゆく者と看取る者、死んだ者と死なれた者との関係において存立するなら、その関係の強さや質に応じて、人間個々人から死への距離は異なるであろう」(215)。彼は「非知覚的な差異化的統一体」という用語を用いる。この差異は、死にゆく者と看取る者とのあいだで、きわめて大きなものとなるだろう。しかし、この差異を彼は分節していない。

 ところで、ハイデガーが他者の死を第二義的なものとして、「私の死」の分析を展開するのに対して、小松が「共有される死」を語るとき、彼は常に、とりわけ身近な死にゆく者を「看取る者」として、その死に立ち会う立場において、その死が「分かち合われる」と語る。彼は逆に「死にゆく者」の立場から共有される死について語ることはできないし、ここには常に非対称性が残される。ハイデガーのいうように、われわれが「死亡する者の「こうむる」存在喪失そのもの」(SZ239)に到達することができないとしたら、「共鳴する死」が本当に共有されているのか否かは、常に不確かなままにとどまる。

 たしかに、どのような用語を用いるとしても、「死」または「死亡」の内には、共有されうる要素と、共有されえない要素がある、ということは確かだろう。笠井は、小松との対談において、「共鳴する死」を、「単なる死亡というものがあるとして、それの共同的.文化的な側面を死と名づけているにすぎない(4)」と要約し、小松もこれを認めている。すると小松は、死に関わるさまざまな事象を、「個人に内属」する側面である「死亡」と、「分かち合われる」「共同的・文化的な側面」である「死」とに二分したわけである。しかも「死亡」は、客観的、対象的に観察しうる生理的過程と同一視されている。このとき、この二分法のどちらにも当てはまらない要素が無視されることになる。(小阪は、小松に「あらかじめ、死は「私に属するもの」かそれとも「みんなに属するもの」かという図式があったように思われる」と指摘する(5))。「死に関して「分かち合われ」えないもの、共有不可能な単独的な要素は、ただちに「個人に内属」するもの、さらには客観的に観察可能なものなのだろうか。これは後に見るように、彼のハイデガー批判に関わっている。ハイデガーにおける「私の死」は、単独的でありながら、客観化されえない「最も固有の可能性」である。さらに、小阪も指摘するように(6)、これは「個人に内属」しているとはいえないだろう。現存在は自らの「終わり」を経験することはできず、そこから実存論的分析は「死」を現存在の「終わりに臨む存在」(245)、「最も固有の可能性」として定義し直す。この可能性の内に現存在はすでに披投されており、「現存在は自らの死に委ねられている」(251)。現存在は自ら支配しえない死の切迫に曝されているのであり、これを「所有」「内属」として捉えることには疑問がもたれる。

 レヴィナスは『時間と他者』において死の「絶対的な他者性」を指摘する。ここで考えねばならないのは、「死」が絶対的な他者性をもつとしたら、この他者性は、死が「われわれ」のあいだで「分かち合われる」としても解消されず、個人だけではなく共同体にも内属しえないのではないか、ということである。小松は「死」を共同体に内属するものとしていないだろうか。同様の問題は、ジャンケレヴィッチの「二人称の死」についても成り立つだろう。ここで、一人称は「私」に、二人称は近親者に、三人称は他人に結びつけられる。しかし、人称の違いと親しさの違いは、本来は別のものである。人称の違いが、ある共同体の範囲と結びつけられている。そして、一人称の死が「未来」、二人称の死が「現在」、三人称の死が「過去」と結びつけられるとき、二人称の死は「未来」の性格をもたないものとなる。身近な他者の「可能性としての死」、すなわち「二人称」の「未来」について語られることはない。さらにいえば、身近な他者についても、その他者性は無視しえないのではないだろうか(7)

 小松は笠井や宮崎との対談で、「死と死亡との存在論的関係がつめられていない」ことを「一番の問題点」と認めている。「死というのは僕の言葉では「共鳴する死」であり、死にゆく者と看取る者との関係、文化的な関係なんですが、それでも死んでしまうのはあくまで個人であって、その個人がいなくなってしまう絶対的な不在というのはどうすることもできないゆるぎない事実です。ここにおいて個人の死亡という側面と共有されるところで成立する死という側面との関係がうまくつけられていない(8)」「個人が存立する決定的なきっかけは、実は死の問題ではないかと私は思っています。たしかに死は人々の関係によって成り立つものですが、それでも、たとえば、私が死亡するときには、あくまでも私が死ぬのであって、同時に宮崎さんが亡くなるわけではない。関係としての死はあるけれども、死亡は個人に閉じられている。ならば死と死亡、この両者の関係づけをどう考えていったらいいのか。」「ある人が死亡することによって、その人は死亡し、私が取り残される。すると、その両者が決定的に切断されているという現実をはじめて決定的に思い知らされるし、その切断がわかったとたんに、その人とどこまでも一緒に生きたいとか、その人がいなくなってほしくないとか、そういう気持ちがわき上がる。つまり両者が融け合う。これら二つの事態が同時成立するところがまさに死という問題場面だと思う(9)。」ここで彼は、「共有」よりもむしろ「決定的な切断」から共同性を考える方向を示唆している。これは、後に見るナンシーの議論ともつながるものである。

 ただし、スタンスの変化はあるとしても、基本的に変わらないのは、「死」を共有されるもの、「死亡」を個人に属するものとする定義である。ここで、誰にも看取られず、孤独に死ぬ者についてこの概念が妥当するのか否か、は疑問であり、少なくとも「例外」とならざるをえないだろう。さらにそれよりも基本的な問題は、小松による死の概念が、「看取る者と看取られる者」の親密な共同性においてのみ成立し、無関係な死者がそこから除外されることである。つまり、私の理解において、私にとって身近な者の、私によって共有されうる死については「共鳴する死」は妥当するが、まったく無関係な、共有されない死については、これは妥当しない。私にとって身近な者の死と、疎遠な者の死が、私にとって別の意味をもつだけではなく、これが「死」の概念自体を左右することになるのである。死者と看取る者の共同体のなかにない無関係な死者の死は、彼の概念の内には含まれない、あるいはまったく別の「死」の概念が必要になる。彼のいう「共鳴する死」は、死にゆく者と、それを看取る者の「共感の共同体」において閉じていないだろうか。それはジャンケレゲイッチの「二人称の死」についてもあてはまるだろう。

 彼は、「死亡」と区別された「死」、すなわち共有される死を「死そのもの」(SK174)と呼ぶ。すなわち、死の共有不可能な側面に対して、「共同的・文化的」な側面に、本質的な意味を与える。しかし、なぜ「死亡」より「死」が、単独的な側面より共同的な側面が重要視されねばならないのか、理由は与えられていない。その時代や文化に従って、「死の意味についての解釈は、社会の発達のあれ方によって変化する(10)」。死の「共同的・文化的側面」は変化するがゆえに、これを「死そのもの」と呼ぶとすれば、「死そのもの」は歴史的な変化に従う文化的事象であり、、文化と歴史の差異を越えた普遍的な事象ではないことになる。ハイデガーの論旨によれば、文化的な差異に先立って、死の実存論的渦億が規定されねばならないだろう。デリダによれば、「死は変化した(11)」とアリエスが言うとき、ハイデガーの論理に従えば「死とは何か、死とは何を意味するのかの存在論的な解明のうえに彼の探求を基礎づけなかったがゆえに、アリエスは、自分が何について話しているのかも、いかに自らの分野の問題系の囲いに決着をつけたらよいのかも知らないのだ」(A326/95)。この批判は小松にも当てはまるだろう。はたして「死そのもの」は文化に相対的な事象なのだろうか。

 

2 ハイデガーと共同性

 小松が「個人閉塞した死」の範著な例として挙げるのは、ハイデガーの『存在と時間』における死の実存論的分析論である。彼は、「死は、それが「存在する」限り、本質的に各々私のものなのである」(SZ240)などの一節を挙げて、ハイデガーの内に、「自分の生命や死は自分の所有の対象である」という前提と、「死が個々人に内在・内属している」という前提を指摘している(SK164-6)。

 小松によれば、これは二つの「置き換え」によるものである。一つは、「死の代理不能性が死の個人内属性に置き換えられてしまうこと」であり、もう一つは「死亡Sterbenがまず死Todへと置き換わってしまっている」(167)ことである。「ハイデガーにあってまず死の代理不可能性が確認される。これ自体は否定しようがない。そこで内属性が言えたとしても、それは死ではなく死亡である。しかしながら、そもそも死と死亡の置き換えがなされているため、死亡の代理不可能性を根拠に、死が個人に内属すをものとして捉えられることになる」(167-8)。

 小松の議論は、ハイデガー解釈としての限りでは正確ではなく、小阪の言い方に従えば「半意図的な誤読」(12)である。まず、「死Tod」と「死亡Sterben」という用語について(これらの用語については、小松の使用した、中央公論社・世界の名著版『存在と時間』の訳語に従う)、後藤博和は、ハイデガーの実存論的分析論の用語に「小松氏は自らの術語としての「死亡」および「死」を完全に重ね合わせて批判してしまっている」こと、さらに、ハイデガーの用語法が、経験的アプローチから実存論的分析論に移行するとともに、日常的用法を離れて独自に定義されていることを指摘している(13)。実存論的分析論において、「死」は「この存在者の終わりに臨む存在を意味する」 (SZ245)。「死亡する」とは「現存在が自らの死に臨んであるときの存在の仕方」(N247)であり、「死」と「死亡」とのあいだに決定的な差異はない。むしろ強いていえば、小松のいう「死亡」は、「現存在もまた、自らの生理学的な、生に応じた死を「もって」いる」ことを指す「落命Ableben」に近い。また小阪は、先に見たように、ハイデガーの各私性を「所有」「内属」として解釈することの強引さを指摘している。

 しかしいずれにせよ、たしかに、ハイデガーにおいては「他者の死」の契機が無視、あるいは軽視されている、あるいは死が共同性から切り離されているという主旨の批判が繰り返されてきた。それは、ハイデガーのいう死の「各私性」と単独性の強調に向けられており、小松も、「ひとつの死を共に生きる」、「分かち合う」といった言い方が特徴的に示しているように、この系譜に属している。小阪によれば小松の言説は、「共同体とまでは言わぬとしても、連続性や共同性を強調し、個や主体の立場に執着することを、ヨーロッパ近代というひとからげで批判する、よくあるスタイルを身につけている」(14)

 ここで問題になるのは、死に関して他者や共同性を正当に考察するためには、ハイデガーの強調する各私性や単独性を否定し、何らかの同一なものを「われわれ」が共有する、という形しかありえないのだろうか、ということである。「他者の死」をそのまま共有しうるもののように語ることは、かえって、「私」の到達しえない他者の他者性を否定することでしかない。それは「二人称の死」における身近な者の死においても変わらないはずである。

 ハイデガーにおいてはたしかに「他者の死」の問題は中心的に扱われておらず、実存論的分析において扱われるのは、私によって理解された可能性としての「私の死」である。しかし、「他者の死」が中心として扱われないことは、後藤も指摘するように、実存論的分析の意図からの必然的帰結である。死の実存論的分析は、「現存在にふさわしい全体存在を存在論的に捕捉し規定する」(235)から導かれる。そのために「現存在にふさわしい終わりに臨む存在」を存在論的に性格づける必要が生じる(237)。しかし、現存在は自らの終わりへの移行そのものを経験することはできない。「それだけにますます他者の死がいっそう強烈な印象を与える。」「現存在は、本質上他者と共なる共存在であればこそ、死の経験というものを獲得できるのである」(237)。そこで、他者の死を分析の代用主題とする考えが生まれる。しかし、われわれは死者の「終わりに達していること」それ自体を経験することはできない。死が喪失であるとしても、それは残された人々の経験する喪失以上のものである。われわれは死亡する者の「こうむる」存在喪失そのものに近づくことはできず、「他者の死亡」を経験するのではなく「その場に居合わせている」だけなので、他者の死を分析に代用することはできない(238-9)。「死は、それが「存在する」限り、本質的に各々私のものなのである。」自らの終わりも、他者の死亡もそれ自体として経験不可能であるから、現存在の全体存在を現象的に到達可能なものにする試みは挫折し、現存在に理解されている限りでの可能性としての死を実存論的概念にもたらす、実存論的分析への移行がなされる(240)。われわれが「他者の終わりに達していること」それ自体を経験しえないことは否定できないのであり、「他者の死」そのものが共有可能なものとみなされるならば、他者の他者佐は見失われていることになるだろう。

 はたして、「他者の死」を分析対象にしないからといって、他者や共同性が抜け落ちていることになるのだろうか。たとえば「私の死」自体に、ハイデガーの企図を越えて、ある他者性が含まれていないだろうか。レヴィナスは、『時間と他者』において、ハイデガーの「本来性」におけるような死の可能性の「引き受け」を批判し、主体的な引き受けの不可能な死の他者性から、他者との共存在を導き出す。

 レヴィナスによれば死とは、能動的な「知」によっては捉えられない「未知なるもの」である。したがって「死は、主体がその支配者ではないような出来事、主体がそれとの関係でもはや主体とはならないような出来事を告知している」(TA57/58)。死は、先取りされえず、現在のうちに入り込みえないものとして現在のうちに入り込む(65/68)。したがって「死が引き受けられることは決してない。死はやってくるのだ」(61/62)。ハイデガーの「本来性」におけるような引き受けは拒否される。「死とは、投企をもつことの不可能性なのだ。このような死の接近は、われわれが、絶対的に他なるものである何ものかと、他者性を備えている何ものかと・・・・・・関係している、ということを示している」(62-3/65)。死は絶対的な他者性を備えている。一方、他の実存としての「他者」は、私との共通性を備えた「他我」ではない。「他者は、どんな形であれ、ある共通の実存に私と共に関与するもう一人の私自身ではない。」「他者の存在全体を構成しているのは、その外在性、というよりもむしろ、その他者性である。」すると、絶対的な他者性を備えた死との関係によって、はじめて他者との関係が開かれることになる(15)。「死との関係に到達した存在だけが、他者との関係が可能となるような場に身を置くことになる」(63-4/66)。さらに、この関係とは「未来」との関係である。未来とは、あらゆる先取りから絶縁したもの、絶対的に他なるものだからである。こうして、私の内なる他者として告知される「私の死」は、もはや「私のもの」ではない。「他者として、私の実存の疎外としてこのように告知された死は、なおまだ依然として私の死なのだろうか」(65/68)。

 レヴィナスはここで、死がもつ他者性、つまり、それに対して私がもはや主体とはなりえない他者性が、逆に他者との共存在を開く可能性について語っている。それは、ハイデガーが「本来性」と呼ぶ、死の可能性の引き受けを不可能にするものであり、また、その限界においては死を「私のもの」とする規定が失効するのである。最初から死を共同のものとすることによって共同性が開かれるのではなく、各私性も、単独性も、その限界においてはじめて否定されることになる。ただここで留保を付しておけば、はたして、この死の他者性が、「他の人問」の他者性と直接結びつく、「同じ」他者性なのか否かに、疑問が残される。

 レヴィナスはさらに、『神、死、時間』において「他者の死、それが第一の死なのです」(16)と語り、「私の死」を第一次的な分析対象としたハイデガーを批判する。しかしデリダによれば、この批判は死の各私性と対立するものではない。「死亡の、派生させることのできない根源的な各私性に関して、レヴィナスがハイデガーに対して行なう反論の数々を免れるためには、落命と死亡とのあいだに区別を設ければおそらく十分である。レヴィナスが、現存在の実存において、己れ自身の死を特権化しているといってハイデガーを非難するとき、問題になっているのはSterbenである。そして実際、「各私性」が代理不可能なのは、また何者も「他者の代わりに」という意味で他者のために死亡することができないのは、・・・・・・固有の意味での死亡においてである。」逆に、レヴィナスが他者の死を第一のものとするとき、それは、「落命における他者の死について私がする経験を指し示しているか、あるいは、ハイデガーがそうしているように、Mitsein[共存在]とSein zum Tode[死に臨む存在]の共-根源性を前提としているかである。この共-根源性は、・・・・・・死亡の各私性に、ないしは死に臨む存在の各私性に矛盾しないばかりか、反対にそれを前提している」(A323/81-2)。ハイデガーの用語法において、自らの死に臨む存在が「死亡」であるのに対して、他者の死については「落命」の経験しか与えられない。したがって他者の「死亡」自体に対して自らの「死亡」を優先しているわけではない。ハイデガーに従えば「落命における他者の死についての私の経験」を拠り所にすることができないとしても、「共存在と死に臨む存在の共-根源性」によって、死の各私性に基づいて、死を共同の可能性として示す可能性がある。デリダによれば、それは、人間が自らの「死そのもの」との関係をもちえないことによっている。「死がまさに、不可能なものの可能性であるとするなら、・・・・・・人間、あるいはDaseinとしての人間の方もまた、死そのものへの関係など決してもっておらず、単に終焉すること、落命することへの関係を、そして他者ならぬ他者の死への関係をもっているにすぎない。他者の死はこうして再び、喪の経験、私の私自身への関係を創設し・・・・・・あらゆるJemeinigkeit[各私性]を構成する喪の経験として、「第一の」ものに、常に第一のものになる」(336/149)。私の「死に臨む存在」において自分の「死そのもの」が到達不可能であるとしたら、むしろ私にとって共有されえないものとしての他者の死が、「第一の死」として、代理不可能なものとしてはじめて死の「各私性」を構成しているのではないか。「もしJemeinigkeitが、・・・・・・その自己性において、ある根源的な喪から出発して構成されているとしたら、そのときには、この自己への関係は、・・・・・・他者を前提していることになる。」「かくして、死への関係あるいは死の確実さが創設されるのは自分自身の死から出発してなのか、それとも他人の死から出発してなのかを知るという問いには、そもそものはじめから限られた妥当性しかないということがわかる」(331/122)。つまり、死の各私性の根底に「第一の死」として他人の死があるとしたら、各私性は他者との関係のために否定されるべきものではなく、またそもそも、「どちらが第一か」という問いも意味を失う。ここでは、各私性を否定して「ひとつの死」を共有するのではなく、私の「死そのもの」の到達不可能性と、他者の死によって構成される各私性に基づいて、ハイデガーを越えて、死を他者との共同性のうちに位置づける可能性が示されている。ナンシーの議論もまた、このような試みに属するものとして見ることができる。死の各私性と、各々の実存の還元不可能な特異性を維持しながら、いかにして死のうちに共同性を見いだすことができるだろうか。

 

3 ナンシーにおける共同体と死

 小松は、宮崎との対談において、ナンシーの『無為の共同体』からの影響を認めている。ナンシーは、ハイデガーが現存在を本質的に他者との共存在として規定しながら、それを徹底させることなく、実存の単独性を優先させたことを問題視し、ハイデガーのナチ加担をもその帰結として捉えている。彼は、同一の本質の共有や合一としての共同体ではなく、各々の実存がその特異性を互いに露呈し合う事態そのものとして、新たな共同体概念を構想している。そこから、ハイデガーが「私の死」を共存在から切り離したことを批判し、「私の死」を他者と共同の可能性として捉えることを試みる。

 彼は、一般的に対立において捉えられる「個人」と「共同体」のどちらをも、独立した実体、主体として捉えることを批判する。個人主義におけるような個人とは、「内在の別の様相」、「絶対的に分離され、起源として、確実性として捉えられた対自」(Cd16/15)であり、つまり、他から独立に、自らにおいて完結する主体とみなされている。しかし、被投的に「死に臨む存在」へと投げ入れられ、自らの存在を支配しえない有限な存在であるわれわれは、独立し完結した存在としての「主体」ではない。「個人ならざる特異な存在とは、有限な存在である」(69/81)。「もし私なるものが自分は死んだと言うことができないとすれば、もし私なるものがその死、まさしくその私に最も固有で譲渡しえぬものである死の中に、実際に消滅してしまうとすれば、それは私なるものが一個の主体とは別のものだからである」(40/44-5)。他方で、ナンシーは「ある同一性が複数性のうちに分有され伝搬あるいは浸潤されることによって作られる」(30/32)ような、一つの共通の本質のもとに全員が合一し、同一化するような共同的主体としての「共同体」をも批判する。「内在や合一的な融合は、死に準拠した共同体の自殺の論理以外の論理を含んでいない」(36/40)。同一性の共有としての共同体は、常にそこから他者性を排除しなければ成り立ちえないのであり、その行き着くところは共同体の自殺である。しかしナンシーは、合一や融合としての共同体を否定しながらも、共同体の必要性を説き、新たな共同体概念を要請する。共同体はかつて夢想されてきたように(「国のために死ぬ」といった場合のように)、個人の死に意味を与え、個人の死を全体の内に止揚するものではないが、それでも「死は共同体と切り離しえない、というのも共同体が開示されるのは死によってだからであり、――またその逆も成り立つからである」(39/43-4)。「共同体とはその成員たちへの、彼らの死すべきという真理の呈示である」(43/47)。「共同体は私に、私の誕生と死とを呈示することによって、私の外にある私の実存を開示する」(68/80)。つまり、ナンシーによれば、ハイデガーにおける本来性に反して、死と誕生は単独性において開示されるのではなく、他者によって、共同性においてしか開示されない。しかし、共同体とは、個人の死に意味を与えるような高次の実体ではなく、われわれが共にあることそのもの、そこにおいてわれわれの有限性が互いに露呈されていることそれ自体なのである。「共同体はそれが露呈させる有限性にとって代わるものではない。共同体とは結局、それ自体この露呈に他ならない」(68/80)。「共同体が意味しているのは、他の一人の特異な存在なくして特異な存在はない、ということである」(71/84)。共同体とは、各々の特異性を同一性によって否定するものではなく、特異性の相互的な露呈それ自体である。

 そしてナンシーは、「死による他人の承認」という問題についてハイデガーは「最も先まで進んでいる」という。「われわれは純正な意味で他者の死亡を経験することはない」、「死は、それが「存在する」限り本質的に各々私のものなのである」という一節について、ナンシーは、ここで「他者の内に自己を再認する装置」が裏返されている、という。「つまり私は、他人の死のうちに再認しうるものは何もない、ということを再認している。このようにしてはじめて分割=分有――そして有限性が刻まれうる」(83/98)。つまり、私と他者が同一化されるのではなく、互いに同一化されえない有限性においてあることそれ自体が互いに露呈され、同一性ではなく「類似」が示される。「似た者の類似は「終わりに臨む存在」たちの出会いから成り、この終わり、彼らの終わり、各々「私のもの」(あるいは「君のもの」)であるこの終わりが、一つの同じ限界によって彼らを近似させると同時に分離する。その限界に対して、あるいはその限界の上に彼らは共-出現するのである」(83/99)。しかし、限界としての「終わり」は、「私の死」であれ「他者の死」であれ、それ自体として経験されえず、したがって現前しえないものではなかっただろうか。それは、いかにして「一つの同じ限界」として、互いに露呈され、共現前しうるのだろうか。ここでも、現前の内に内在化されえない他者性をもつはずの「死」が、共同性の共現前の内に内在化されているのではないだろうか。

 『複数特異存在』において彼は、特異な存在者が互いに露呈される境位を言語とみなしている。われわれ一人一人は特異な実存であるが、特異性とは、一つだけであるものではなく、複数のものが共にあることによってはじめて成立するのであり、存在する、とは本質的に共-存在することである。このとき存在は「意味」として互いに分有されており、それは言語においてである。「言語とは複数的な特異性を露呈するもの」(ESP108)であり、「死そのもの」も言語において露呈される。

 「死は「主体に対して」は生じず、ただその表象のみ」が「主体に対して」生じる。「死そのもの、そして誕生そのものは、言語として生起し、相互共存在において、それによって生起する」(112)。したがって人は決して一人で生まれ、死ぬのではない。「ハイデガーの言うように、私が他者の代わりに死ねないことが真であるとしたら、同様に、他者は彼が私と共にある限りで死に、われわれは互いに対して生まれ、死に、われわれは互いを露呈し合い、そのつど根源の露呈不可能な特異性を互いに露呈し合う、ということも真である」(113)。共存在が存在に共-本質的だとしたら、「最も固有の可能性とは共-本質的に〈共に〉の、〈共に〉としての可能性である。私の死は、他の実存者たちの固有の可能性の「最も固有」の共-可能性である」。それは、彼らの「彼は死んだ」という言葉においてはじめて、「私の死」となる(114)。

 ナンシーは、ハイデガーの、現存在が本質的に他者との共存在である、という規定によって、死の代理不可能な各私性も、共存在を廃棄するものではない、と考える。代理不可能性は、他者と共にある共存在において、互いに露呈されていることによって、はじめて成立している。自らが主体としては経験しえない「死そのもの」は、他者と共にあることによってはじめて開示され、互いの存在が露呈される境位である言語として生起するものと考えられている。しかし、「死そのもの」が言語として生起する、とされることには疑問がもたれる。「死そのもの」は、言語によって捉えられるものだろうか。言語によって名指された「死」が、「死そのもの」なのだろうか。デリダは、「そもそも名前が、死を名づけうる(同様に他者を名づけうる、それは同じことだ)ことが死の「そのもの」の開示と同じくらい、その隠蔽に与らないと、そして言語がまさしく死の非-真理の起源ではないと、誰が保証するのか?」と自問している(336/148-9)。それ自体において認識されえない「死そのもの」は、言語をも、共同性をも越えた他者佐をもつのではないだろうか。

 ナンシーは、死を「私」と他者によって共有される同一性において捉えるのではなく、互いに露呈される特異性によって、共同性の内に位置づける可能性を示した。しかし、「死そのもの」が言語として生起する、というとき、彼もまた、言語と共同性の内に内在化されえないものを、内在化しているように見える。死においていかにして共同性が回復されうるのか、この問題はさらなる考察を必要とするように思われる。

 

 引用著作名を、次のように略記する。

 [SK]小松美彦『死は共鳴する』、勁草書房、一九九六年。

 [SN]M.Heidegger, Sein und Zeit, 14 Aufl., Niemeyer, 1977.

 [A]J. Derrida, Apories, in Passages des frontières, Galilée, 1994,港道訳『アポリア』人文書院。

 [CD]J-L. Nancy, La communauté désoeuvrée; 2.ed., Bourgois, 1990、西谷訳『無為の共同体』、朝日出版社。

 [ESP]J.-L. Nancy, Être singulier pluriel, Galilée, 1996.

 [→A]E. Levinas, Le temps et l'autre, PUF, 1983.原田訳『時間と他者』、法政大学出版局。

 引用箇所の訳文は、『複数特異存在』を除き既訳を使用し、適宜変更を加えた。

(1) GA20/43

(2) Th. Adorno, Jargon der Eigentlichkeit, Suhrkamp. S.143.

(3) 小松美彦、笠井潔「他者・共同体・死」『情況』九六年二月号八頁。

(4) 同、一〇頁。

(5) 小阪修平「死の概念をめぐって」同誌三八責。

(6) 同三六頁。

(7) ジャンケレゲイッチ『死』仲沢訳、みすず書房、二四−三六責。

(8) 小松、笠井、同一一頁。

(9) 小松美彦、宮崎哲弥「対談「死の自己決定権」批判」『身捨つるほどの祖国はありや』、文芸春秋、一九九八年、一六三頁。

(10)エリアス『死にゆく者の孤独』中居訳、法政大学出版局、八頁。

(11) アリエス『死と歴史』伊藤、成瀬訳、みすず書房、二七八頁。

(12) 小阪、同三六頁。

(13)後藤博和「「死の自己決定権」とハイデガー哲学」『関西大学哲学』第一九号、関西大学哲学会、一九九九年、三〇頁。

(14) 小阪、同三九頁。

(15) 岩田靖夫は、「レヴィナスは「死の到来」と「他者との出会い」の構造的な同一性を指摘している」と指摘している。「レヴィナスにおける死と時間」『思想』九六年三月号、四三頁。

(16)E.Levinas, Dieu, la Mort et le Temps, Grasset, 1993, p.54. 合田訳『神、死、時間』、法政大学出版局、五九頁。


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