ひとはいつひとになるのか ―――中絶について

(On Abortion)

 

『神戸国際大学紀要』54号、神戸国際大学学術研究会、1998年6月25日、51-63頁

                       後藤博和

 

T マザー・テレサの訃報に接して考えさせられたこと

 昨年9月におけるマザー・テレサの死は日本でも大きく報道されたが、そこで紹介されていた訪日時の彼女の語録のなかに次のようなものがあった。

 「日本は豊かな国だと聞いています。しかし、堕胎を許すならば貧しい国であり、人間の尊厳を失った状態になると思います。神からの最も美しい授かりものである子供をはぐくむ心がなければならない。豊かな国、日本でも、胎児を含めて子供を愛する心を失わないように祈り、実行に移していただきたい。」

 これは初来日時(1981年4月)に「生命の尊厳を考える国際会議」で彼女が行なった講演の一節だが、「中絶王国」日本への彼女の批判はこの時だけに終わらず、以後、訪日のたびに繰り返し中絶禁止を呼びかけたそうである。また、彼女の批判の的となったのはもちろん日本だけではなく、94年2月には中絶容認派のクリントン米国大統領夫妻との朝食会で「中絶こそ平和の最大の破壊者」とスピーチし、さらに同月、中絶の違法性を主張する書面を米国最高裁に提出し、「話題になった」という(以上の引用は、97年9月6日付朝日新聞夕刊より)。

 この報道に接したとき私は、ちょうどその頃アメリカにおける熾烈きわまりない中絶論争のレポートを読んでいたこともあって、日本のことよりもまずは、アメリカでマザー・テレサの中絶問題をめぐる言動が「話題になった」という控えめな“表”現の“裏”に想いを馳せた。

 日本でも折にふれ報道されてきたように、アメリカにおける中絶論争は、妊娠第二三半期(24週)までの中絶を合法化した73年の最高裁「ロー対ウェード判決」が89年の同「ウェブスター判決」によって骨抜きにされてからますます過熱し、92年秋の大統領選挙では中絶問題が一大争点になった。*1そして、翌93年1月に就任した民主党のクリントン大統領が、12年に及んだ共和党政権のとった様々な中絶規制措置を矢継ぎ早にすべて撤廃すると、中絶をめぐる争いの一部はもはや“論”争の域を脱するようになり、同年春には、フロリダ州で中絶医が射殺され、カンザス州でも医師狙撃事件が起こっている。このように中絶反対派の一部に暴力的傾向が強まるなか、94年2月にマザー・テレサは訪米し、上記のような言動をとったのである。反対派の意気が大いに上がったことは想像に難くない。クリントン政権も対抗措置として同年5月に「医院入り口への自由アクセス法」を成立させ、中絶を受けようとする女性の行為を妨害する者は初犯から厳しく罰せられることになった。しかし、一部の反対派の過激化傾向にはいっこうに歯止めがかからず、今日に至るまで何件もの中絶クリニック爆破事件や中絶医・医療スタッフ・ボランティアらに対する殺傷行為が起こっている。これら一連の暴力的妨害行為を受けた人々が味わわされた恐怖と、流された血に対して、また、近隣に中絶を行なう正規の医者が一人もいなくなってしまったためかつてのように危険なヤミ中絶に頼らざるをえなくなった地方居住の貧しい女性たちの絶望に対して、マザー・テレサは間接的にせよ幾ばくかの責任があるとは言えないか。意図したわけではもちろんないだろうが、結果的に彼女は、ますます燃えさかりはじめた火に水ではなく油を注ぐようなまねをしてしまったのではないか。自らの言動のもつ多大な影響力を顧慮するなら、彼女は少なくともあの時期のアメリカでは中絶問題に関して口をつぐむべきだったのではないか。

 「現代の偉人の一人」(訃報に接してのクリントン大統領の言葉)にこんな不遜な考えをめぐらした後、私は日本の状況へ想いを転じ、そして深く考え込んでしまった。そう、日本ではマザー・テレサの中絶批判など、ほとんど「話題」にすらならなかった、いや、できなかったのだ。

 そもそも日本では、中絶の道徳性の問題が広範に、また持続的に意識されたことは、国家レベルでも国民レベルでも、近代以降ですら一度もなかったと言えよう。明治政府は富国強兵政策の一環として人口増大策をとり、1869年にはもう堕胎禁止令を出し、80年には堕胎罪を含む旧刑法を制定した。そして、周知のごとく戦時中には「産めよ殖やせよ」政策がとられ、避妊教育の普及を唱える産児調節運動すら禁圧された。明治以来のこうした人口政策は、敗戦により転回しはじめる。*2政府はまず、窮迫した経済状況のなかでの人口過剰問題に対処すべく、いわゆる「逆淘汰」を警戒しつつも産児調節運動の普及を容認した。1949年の国会では、「受胎調節」(避妊)の普及を求める決議案と、前年に制定された優生保護法の中絶適応事由に「経済的理由」を付加する改正案を可決した。そして、52年にはついに中絶の審査制度を廃止する。こうして日本は、世界に先駆けて、胎児の母体外生存可能性が生じる以前の中絶を実質的に自由化したのである。ここで銘記すべきは、中絶を禁じるにせよ自由化するにせよ日本政府の頭にあったのは常に人口管理*3であって中絶の道徳性の問題ではなかった、という点である。たしかに、優生保護法が母体保護法に改正された後も形式的には適応規制モデルを採用しつづけていること、また、優生保護法によって死文化した堕胎罪の規定を女性運動からの度重なる要請にも関わらず撤廃しないこと、ここに、国家としての日本の中絶に関する倫理的判断を見ることができると言えなくはない。しかし、それならなぜ政府は「経済的理由」の拡大解釈を許しつづけるのか。要するにホンネとタテマエを使い分けているだけではないのか。

 中絶の道徳性に関する意識の希薄さという点、そして、このこと自体をホンネとタテマエの使い分けによって自らに隠蔽しているという点では、一部の宗教運動、また女性運動や障害者運動にコミットしている人々を別とすれば、大方の一般国民(とりわけ男性たち)も同様であろう。たとえば、中絶を「必要悪」と見なすわけである。中絶は原理的には悪であるが(タテマエ)、現実的にはやむをえないこと、悲しいけれどしかたがないこととして是認し(ホンネ)、しかたのないことなのだから、これ以上考えてもそれこそしかたがない、と。もしわれわれが中絶問題をこのように捉えているなら、超越的な高みから下される一方的な断罪とも見えるマザー・テレサの日本批判に対して、われわれは当惑しつつ黙り込むしかないだろう。「そんなこと言われても……(しかたないじゃないか)……」と。

 だが、本当に他に「しかたがない」のだろうか(二重の意味で)。われわれは実は、われわれにも可能かもしれない「他のしかた」があるのをおぼろげながら感じているのに、ただ単にそのほうが楽だからという理由でいたずらに現状追認を繰り返しているだけではないのか。もしそうなら、日本はマザー・テレサが述べたのとはまた別の意味で「貧しい国」であると言わざるをえないだろう。とりあえずは、われわれを思考停止状態に追いやる「中絶=必要悪」というステレオタイプから脱けだし、中絶問題をはじめから考察し直そう。*4そうすることによって、たとえマザー・テレサを満足させる「回答」はできなくても、彼女の真摯な呼びかけに対する「応答」の義務だけでも果たすことになると言えよう。この小論は、私自身のそうした「応答」の試みの産物なのである。

 

U 中絶はどのような意味で問題であるのか

 中絶は、母体保護法第二条第二項では、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」と定義されている。ありていに言えば、子宮の中でしか生きられない時期に胎盤ごと胎児を掻爬し死に至らしめる行為、ほとんどの場合(少なくとも一方の)親の意図に基づく「胎児殺し」、これが中絶である。*5

 中絶とは意図的な「殺し」である――ここに、実際に中絶に関わった/関わらせられた/関わっている多くの人々が感じる「後味の悪さ」*6の源があると言えよう。もちろん、経営上の観点から「中絶=実入りのよいビジネス」と割り切って数を積んでいくうちに最初の頃は強く感じていた「殺し」意識を薄れさせていく産婦人科スタッフや、はじめから(?)中絶を「殺し」などとは意識せず「100パーセント確実な避妊法」ぐらいに考えて幾たびも中絶を重ねさせる男性はいまだにかなりいるだろうし、想像しにくいというよりしたくないことだが、同様に考える女性もいないとは言えないだろう。*7彼(女)らは「後味の悪さなんて感じない」と正直に告白するかもしれない。しかし、意識しようがしまいが、中絶が「殺し」であること自体を否定することは彼(女)らにもできまい。

 「生命の神聖さ(sanctity of life)」を唱えるアメリカの中絶反対派、すなわち「生命擁護派(pro-life)」の人々が、もし自らの原理的立場に忠実であるなら、この時点で早や議論を打ち切り、「後味が悪いなどと言っている人は、自らの犯した罪を自覚し、もう二度と繰り返さぬと誓いなさい。後味の悪さすら感じないとうそぶく背徳者は地獄に堕ちるがいい」と吼えるかもしれない。中絶が意図的な「殺し」である以上、それはいうまでもなく「生命の神聖さ」の原理に背くことに他ならないからである。しかし、すでに多くの論者によって指摘されてきたように、*8「生命擁護派」がその原理的立場に忠実であったことはないし、これからもおそらくないだろう。少なくとも人間にあっては、「生きる」こととは、自らが直接手を下すかどうかは別として、他の生命を意図的に「殺す」ことの上にはじめて成り立つのである。卵や乳製品すら摂らないようなラディカルな菜食主義者にしても植物の生命を奪って生きているのだし、「自然死」した動植物と無機物にのみ頼って生きていくという地中のバクテリアのような生き方がもし可能だとしても、たとえば致死的な毒性をもつ伝染性ウィルスに侵されたならそれを「殺そう」と躍起になることだろう。しかし、だからといって、「生きることとはとりもなおさず殺すことだ」などと開き直っているだけでは、倫理は成り立たない。「許される殺し」と「許されざる殺し」を区別しなければならない。さらに、ある「殺し」を「許される殺し」とするにせよ「許されざる殺し」とするにせよ、それは無条件でなのか条件がつくのか、つくとしたらどういうものか、といった細かな問題を詰めていく必要もある。

 もちろん、あらゆる「殺し」をこうした仕方で問題にしなければならないわけではない。たとえば、三徴候死後24時間を経過した立派な(?)「死体」を荼毘に付す行為もまた、ある意味で「殺し」と言える(まだ一部の体細胞は生きているから)。しかし、これを「許されざる殺し」ではないかと疑う人は、数ヶ月、ときには一年以上にわたる殯を行った古代日本人ならいざ知らず、今日ではきわめて少ないだろう。しかし、脳死状態の人に繋がれた人工呼吸器のスイッチを切る、あるいはそうした人から臓器を摘出するとなると話は違ってくる。これを無条件で「許される殺し」とする考え(@)もあれば、(本人の「生前の意思」や家族の同意など)一定の条件をつけて「許される殺し」とする考え(A)もある。一方、いかなる場合も「許されざる殺し」とする考え(B)もあれば、「許されざる殺し」だが(やはり「生前の意思」など)一定の条件を満たしている場合には違法性を阻却し不可罰にすべきだとする考え(C)もある。

 次節で見るように、中絶問題でも同様に意見が分かれる。そして、前節で見たように、堕胎罪と適応規制モデルの中絶法をもつ日本国家は、表向きはCを支持しているように見える。国民も同じである。しかし、実際の立場は@なのではないかとの非難(「中絶王国日本」!)を、長年、マザー・テレサのようなBの立場の立場の人々からはもとより、A・Cの立場からも受けてきた。しかしこの非難すら、前節で述べた私の状況診断がもし正しいならば、ある意味で買い被りなのである。中絶が「許される殺し」であるとの道徳的判断を日本および日本人が主体的に下したことはないからである。再び提言する。われわれは考察を始めねばならない。

 

V 「ひとはいつひとになるのか」という問いに一義的に答えようとする三つの理論

 中絶問題とは「胎児殺し」の道徳性の問題である。そして、「殺し」を問題にするときには、まずはその対象の「道徳的身分(the moral status)」が問われる。中絶における「殺し」の対象、胎児は、はじめから「ひと」なのだろうか。成長のある時点で「ひと」になるのだろうか。それとも、そもそもまだ「ひと」ではないのか。マザー・テレサは、ローマ・カトリックの公式見解に忠実に、「受精の瞬間」*9からもう「ひと」であると確信しており、それゆえ中絶全般に烈しく反対していたのであろう。だが、カトリックの見解自体の変遷*10も示しているように、「ひとはいつひとになるのか」という問いに対する答はけっして自明なものではない。たとえば、古代アテネでは、生後十日目に行なわれる命名式以前の嬰児はいまだ「ひと」とは見なされていなかったと言える。子供の数をおさえるため、生まれた子が障害をもっているため、女児であるため、これらの理由で多くの嬰児が遺棄され、ときには殺された。いったん名づけられ家族の一員として迎え入れられた子供を殺すことは「ひと殺し」であったが、名もなき嬰児を遺棄したり殺したりすることはそうではなかったのである。*11プラトンやアリストテレスが、その政治論のなかで優生学的見地からの中絶・嬰児遺棄を公然と主張できた所以である。*12

 われわれ日本人の多くは、一見すると、マザー・テレサと、プラトンやアリストテレスとの間で揺れ動いているようにも見える。治療法が未解明の遺伝性の難病に苦しむ人が身近にいたりしないかぎり、受精卵の実験使用などと聞いても、その「必要性」を感じず、どこか「痛ましさ」を覚える。だが一方で、出生前診断に基づく選択的中絶や障害嬰児への治療停止にはおおむね同情的である。同情的というのは“苦渋の決断”を下す親に対してである。殺される/死なされるいのちに感じる「痛ましさ」は受精卵の場合よりはるかに勝るが、自分が当の親だったら痛切に感じるであろう「必要性(しかたなさ)」の意識がそれを十分に埋め合わせるのである。*13結局のところ日本人は、脳死論議でも顕著に見られたように、ひとのいのちの境界画定に不熱心であり、受精卵を含めての胎児、そして嬰児すらも、脳死者の場合と同様、ひとであるようなないような曖昧な存在として扱い、*14その処遇はそのつどの「必要性」によって決めるしか「しかたがない」と考えているということなのであろう。

 他方、欧米人は境界画定にきわめて熱心である。受精から全細胞死に至る生物学的なプロセスは、劇的な変化を見せる“瞬間”をいくつか含むとはいえ、連続的なものである。*15だが、彼らはこの連続的プロセスの内側に何らかの基準線を引き、発生学的観点から「ひとのいのち」の幅をそもそも縮小的に捉え直すか、あるいは、「ひと」を、生物学的存在としての「ヒト」と道徳的存在としての「人格」とに区別し、「ヒトのいのち」の枠――これは「受精から全細胞死まで」でかまわない――の内側に「生命権」の保有者として「人格のいのち」という枠を新たに設定しようとする。以下、前者の立場を「発生論」、後者の立場を「人格論」と呼ぶ。基準となる時点をめぐって、どちらの立場の論者たちも細かな議論を積み上げてきたのだが、「はじまり」、つまり、それを殺すことが「ひと/人格殺し」=「許されざる殺し」となる最初の時点の方に限って大まかに捉えるなら、発生論では胎児が何らかの生物学的徴標を示した時点、人格論では嬰児(場合によっては妊娠後期の胎児)が何らかの精神能力を獲得した時点が、それぞれ決定的な線引きの基準点とされる。

 発生論の諸説のうち、ひとの「おわり」に関する「脳死(brain death)」説とのかねあいもあって最有力視されているのが「脳生(brain life)」説である。*16この説を採用すると、少なくとも妊娠8週未満の中絶は「ひと殺し」ではないということになる(8週目の終わり頃に最初の脳幹活動が観測される)。しかし、もちろん脳生以前の胎児も生きている。それは「ひとのいのち」ではないと脳生論者が言うのなら、ではいったい何のいのちなのか。この点を考えていくと、人格論者のいう「ヒト/人格」の区別に突き当たる。つまり脳生説とは言うなれば“隠れ人格論”なのであって、その主張は「ヒトは脳生以降、生命権をもつ人格となる」(甲)と表現できる。だが人格論者は「脳死は人格の死である」(乙)とは認めるが、甲は認めない。乙を認めて甲を認めないのは矛盾しているように見える。脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止した時点を「人格のおわり」とするのなら、脳幹を含めて脳の何らかの機能が生まれる時点を「人格のはじまり」と考えるのが整合的であるように思われるからだ。しかし人格論者によれば、脳生は人格であることの必要条件ではあるが十分条件ではない。つまり、脳波の消失は人格の死を証明するが、脳波の存在はそれだけでは人格の証とはならないのだ。*17こうして“隠れ人格論”たる脳生説は、“本家本元”からすればきわめて不徹底な立場ということになる。

 さて、それでは人格であることの十分条件とは何か。人格論の口火を切ったトゥーリーによれば、人格が生命権をもつのは、過去・現在・将来という時間系列における自己の同一性の意識をもっており、将来における自己の生存を欲求しうるからである。そして、ヒトがこうした持続的自己の意識を獲得して、人格となるのは生後しばらく経ってからであり、胎児はもちろん、生後間もない嬰児もいまだ人格とは言えない。したがって中絶はおろか嬰児殺ですら「許される殺し」となる。*18エンゲルハートは、こうしたトゥーリー説の過激さを緩和しようとする。彼は、自己意識および理性をもち道徳的対応能力のある行為主体としての「厳密な意味での人格」と、トゥーリー説よりも厳しいこの基準にはパスできないが「最小限の社会的相互作用に加わる能力」つまり何らかのコミュニケーション能力をもつ「社会的な意味での人格」という二種の人格概念を提唱し、重度の知的障害者や嬰児などを後者に含めた。しかし、彼は胎児に関しては、「厳密な意味での人格」にとっての「有用性という観点から見て、そうすることに十分な理由がある場合に限って」そこに含めると述べ、妊娠初期の中絶は女性の自由を保証するため無条件に認められるべきと主張する。また、同じく有用性の観点から、出生前診断に基づく妊娠後期の中絶や重度障害の嬰児に対する治療停止も正当化可能と言う。*19

 このように、「自己意識」を中核とする何らかの知的能力の現存を「人格=生命権の保有者」であることの十分条件とし、また功利主義的観点を強調する人格論に対しては、わが国でも、すでにさまざまな批判がなされてきた。「能力」から「権利」を導出することはそもそも可能か、障害者の差別・排除や、人格ではないヒトのモノ扱いにつながるのではないか、その前提とする人間観に西洋近代合理主義への偏向があるのではないか、等々。*20これらはいずれも慎重に検討するに値する重要な論点であるが、ここでは別の論点に注目したい。仮に人格論の基本的な思考枠組みを認めるとしても、なぜ人格論者は胎児の潜在的能力を無視ないし軽視しうるのか。目に見えぬ受精卵といえども、人格論者が要求する知的能力を獲得する潜在性を有しているではないか。なぜ現実にそうした能力を保有していないと生命権が保証されないのか。

 この問いに対して人格論者は、「12歳の橋本龍太郎は衆議院の解散権をもたない」式の議論でもって応答してきた。しかし、加藤尚武氏が指摘しているように、*21この議論はまちがっている。12歳の橋本少年には後に内閣総理大臣になる実体的要素は何もないが、受精卵の染色体には人格の発現を命じる遺伝情報がすでに書き込まれているのである。また、潜在性などと言い出すと受精卵どころか一個一個の精子や卵子にまで生命権を保証しなければならなくなり、避妊すら正当化できなくなるという反論もあるが、これに対しては次のように切り返せる。受精卵は行く手に幾多の困難が待ち受けているとはいえすでに人格への道を歩み始めているが、精子や卵子はまだスタートラインにもついておらず、ただそこに立つ資格をもっているだけであり、この違いは決定的である、と。*22こうして、受精卵の段階から胎児に生命権を認め、これと女性の自己決定権との衝突という枠組みで中絶問題を考えようという立場(以下、権利論と呼ぶ)が出てくる。以下、井上達夫氏の議論に即してこの立場を検討してみよう。*23

 胎児に生命権を認める以上、権利論では中絶は「許されざる殺し」ということになる。しかし、ローマ・カトリックとは違い、中絶の全面禁止を主張するわけではない。胎児の生命権は絶対的な権利ではなく「一応の権利(a prima facie right)」(84)であって、女性の自己決定権によって凌駕される場合があると考えるからである。井上氏は具体的には母体の生命保護と強姦による場合を挙げている(86)。ここで疑問が生じる。権利論という枠組みのなかで母体の生命保護が中絶の法的な正当化事由になることは、刑法上の「緊急避難」という考え方からもよくわかる。しかし、いったん胎児に生命権を認めるなら、なぜ強姦による妊娠の場合に“罪もない”胎児の方を殺すことが不可罰となるのだろうか。女性の側からすれば、精神的な殺人にも等しい“罪を犯した”男性の方こそを本当は殺してやりたいのかもしれないのに。

 誤解のないよう急いで付け加えておくと、私は上で、きわめて重い“罪を犯した”強姦犯ですら殺してはならないのだから、まして“罪もない”胎児を殺してはならない、などと主張しているのではない。私はそもそも、キリスト教的な前提を取り払った場合、胎児の「無垢(innocence)」を言い立てることにどれほどの意味があるのか疑わしいと思っている。にもかかわらず上のような表現をしたのは、日本の場合だと胎児が母体外生存能力を獲得して以降(22週以降)に事実的には保証されている生命権の重さと、井上氏が受精卵にすら認めるべきと主張している生命権の重さの違いを強調したかったからである。他人の生命権と衝突しないかぎり最大限に尊重されるべき前者と、妊婦の生命権と衝突しない場合でも侵害されうるとされる後者の違いを、権利論はどう理論的に根拠づけるのだろうか。残念ながら井上氏はこの問題を回避しているように思われる。氏はただ、強姦による妊娠の場合の中絶も胎児の生命権の不当な侵害として禁じられるべきだという主張に対して、「理屈以前にどこかおかしいと反発させる身体的感覚、女性の身体は単なる培養器ではないという感覚」(102 強調引用者)をあげて反対するにとどまっている。しかもこの箇所は、井上氏が論争相手である加藤秀一氏の「産む性の身体的感覚」を重んじよという主張(52)に対して上のようなかたちで一定の理解を示しつつ、しかし、「胎児の権利主体性そのもの」をこうした身体的感覚に基づいて否定するのなら「それは批判的対話を封殺する一つの教条的暴力である」と激しく論難するという文脈のうちにある。もし井上氏が基本的には「産む性の身体的感覚」に依拠しないというのであれば、強姦による場合の中絶の法的正当化に関して、氏はその「理屈」を明らかにすべきであろう。

 さて、中絶という「殺し」の道徳性の問題を考えるため、脳生説、人格論、権利論という三つの有力視されている立場を概観してきたわけだが、私の考えではいずれも満足のできるものではない。以上で行なったごく簡単な検討からも明らかになったような、それぞれの立場の抱える論理的な弱点もさることながら、これらの立場では、先にふれたような、実際に中絶を経験した多くの人々の味わった/味わっている「後味の悪さ」や、傍観者的な人々すら感じる「痛ましさ」という感覚を説明できないように思われる。もちろん、こうした感覚はけっして普遍的なものではないし、持続力のあるものでもない。ましてや規範的な拘束力などもっていやしない。中絶に限らず、ある行為に「後味の悪さ」を感じつつも「しかたなく」それを繰り返したり、「痛ましい」と思いながらもその行為を黙認したりということが、われわれにはよくある。しかし、このように弱々しい感覚ではあっても、これを無視してはならないと思う。ヘアが言うように*24、道徳感情にのみ基づく「直観主義」の立場は、道徳的葛藤の解決に際しては何の役にも立たない。それどころか、アメリカにおける中絶反対派の暴力事件を見ても明らかなように有害ですらある。しかし一方で、現実のコンテキストのうちにいる当事者の感覚をいっさい無視したところで成り立つような、高度に抽象的で一般的な演繹的推論から脱け落ちていくものも少なくない。*25最終節では、ある具体的なコンテキストを想定し、これに基づきつつ、中絶問題に関してわれわれ自身のとりうる/とるべき立場を模索してみよう。

 

W 「他のしかた」を求めて

 たとえば、二十歳の女子大生が同級生と一年ほど前から日常的に性交渉をもっていたとしよう。相手は避妊に協力的だったが、ある日、生理がかなり遅れていることに気づく。不安に駆られて相手に確かめるが、ちゃんと避妊したと言う。ダイエット中のせいかなと気を取り直し、そのうち日々の忙しさに取り紛れて忘れてしまう。だがある朝、米の炊ける匂いに吐き気を覚えた彼女は愕然とし、祈るような想いで産婦人科で診察を受けるが6週目とのこと。すぐに相手に報せる。二人は以前から、卒業・就職してしばらく経って生活が落ち着いたら結婚しよう、そして互いに仕事の上でそれなりのキャリアを築いてから、高齢出産になってしまうかもしれないけど子供を作ろうなどと話し合っていた。現時点での出産はそうした二人の、とりわけ彼女の人生設計をご破算にしてしまう。それでも二人は毎日真剣に話し合い、思いつくかぎりの可能性を検討する。十日後に出た結論は「やっぱりしかたがない。今回は見送ろう」。費用を捻出するのにさらに十日。中絶手術を受けたときは9週目に入っていた。

 ここから先は非現実的な想定になるのだが、手術から日も浅くまだどっぷりと「後味の悪さ」に浸っている彼女の部屋に、脳生論者A、人格論者B、権利論者Cがやってきたとしよう。まずAが口を切る。「後味が悪いのも当然です。なにせ、ひとを殺したんですからね。もう数日早く、脳生が始まる以前に中絶していればそんな想いをしなくてよかったのに」。とまどう彼女をよそに、すぐにBが反論する。「こんな男に耳を貸してはいけません。あなたが殺したのは人格以前のただのヒトです。あなたは当然の権利を行使したまでなんだから気に病む必要はありません」。ますます訳がわからない彼女に対して、最後にCがこう述べる。「当然の権利を行使したまで、というわけにはいきません。あなたにはもちろん自己決定権がありますが、胎児にも生命権があるからです。避妊の失敗という事情は斟酌しますが、やはりあなたの選択は胎児の生命権の不当な侵害だったと言えます。その後味の悪さをかみしめて、今後はいっそう確実な避妊法を二人で心がけてください」。Cの最後の一言には納得がいったものの、「脳生」だとか「ヒト/人格」だとか「胎児の生命権」だとかわからないことばかりの彼女は、三人に説明を求める。説明が一通り終わり、自分を無視して議論を始めそうな三人に帰ってもらったあと、彼女は時間をかけて考えたが、結論は「……なんかどれもおかしい」。

 そう思う彼女の気持ちはよくわかる。中絶を決意した彼女は、もちろん頭では「自分の子宮には生きた胎児がいる。中絶とはその胎児を殺すことだ」とわかっていたろう。しかし、胎動も始まっていない彼女の身体的感覚からすれば、胎児は「いるのかいないのかさえわからない」存在でしかなかった。脳生が始まっていようがいまいが、そのような存在を消し去ることが「ひと殺し」とは思えなかったとしても無理はない。そもそも胎児を「ひと」と思っていたなら「後味が悪い」ぐらいではすまなかったろう。また、「胎児の生命権 vs女性の自己決定権」といった、あたかも胎児が女性と対峙する独立した他者であるかのような概念図式に彼女がなじめないのも当然である。彼女にとって胎児は、加藤秀一氏の言う「自己の一部であるとともに他なるものであるという、両義的な存在」(54)*26ですらまだない、いわば「自己の内なる他者以前の他者」であったろう。しかし、そのような存在であったとしても、それを自らの選択によって消し去ってしまったことに彼女が感じている「後味の悪さ」、これは拭いがたいものである。まだ人格ではなかったのだから気に病むな、などと言われても何の気休めにもならない。中絶手術を受けたこと自体を後悔しているわけではない。熟慮の末の選択であって、他に選択肢はなかった。まさに中絶より「他にしかたがなかった」。でも……。

 中絶が「ひと殺し」でも「他者の生命権の不当な侵害」でもないとするなら、こうした彼女の「後味の悪さ」は何に由来するのだろうか。胎児を含めた、いまだ生まれざる人々へのある種の「義務」を説くヘアなら、この問いに答えられるだろうか。彼女は「義務」に背いた、だから後味が悪いのだ、と。彼の論文「中絶と黄金律」*27をもとに、この点を検討してみよう。

 ヘアの言う義務とは「胎児の生命権」を尊重せよという義務ではない。彼も、本稿とは異なる観点からだが、権利論を発生論・人格論とともに退けている(148-156)。彼の言う義務とは、キリスト教の黄金律「自分が他者にしてもらいたいと思うように自分も他者にすべきである」を論理的に拡張した「自分がされてうれしかったことを自分も他者にすべきである」という命題を中絶問題に適用したものである。*28すなわち、「私たちの誕生を帰結した妊娠が誰にも終わらせられなかったことをうれしいと思うのなら、他の事情が同じであるかぎり、私たちのと同様の生をもつ人の誕生を帰結するであろういかなる妊娠も終わらせないよう私たちは命じられている」(153-154 強調引用者)。

 ヘアはこのように、一見すると中絶反対派を喜ばしそうな主張をするわけだが、すぐに下線部の表現に注意を促す。つまり、生まれてきてよかったと私たちに思わせる、生にまつわるさまざまな事情がだいたい同じであろうと見込めるのなら中絶せずに産むべきだが、そうではないなら中絶は正当化できる、と言うのである。彼はまた、上の義務を「今の胎児」に必ず果たさなくてはならないわけではないと述べる。「今の胎児」にこの義務を果たすと「次の子」には果たせくなる場合、どちらに対して義務を果たすか選択の余地がある、と言うのだ。この選択方法としてヘアが提唱するのは、『道徳的に考えること』で示された「当事者全員の立場に順々に身を置いて選好充足の最大化の途を探る」という仕方である。すなわち、「今の胎児」を生んだ場合にその子、および母親をはじめとする当事者たちが得ると見込める幸福と、中絶した場合に「次の子」と当事者たちに見込める幸福とを比べるのである。そしてヘアは、「今の胎児」が無事生まれる蓋然性よりも「次の子」が生まれる蓋然性の方がはるかに低いので、見込める幸福度に大して変わりがないなら中絶すべきではないが、後者の場合に見込める幸福度の方がはるかに大きいなら中絶すべきである、と述べる(以上154-159)。

 われわれの女子大生たちの選択は、こうしたヘアの立場からすると、むしろ正当化可能であるように思われる。そもそも二人で話し合った際、彼女たちはまさに上のような効用計算をし、その結果として「今の胎児」の出産を「見送ろう」と決断したのではなかったか。とすると、彼女たちはヘアの言う「義務」に完全に「背いた」わけではなく、それを履行する機会を「先送り」しただけなのだから、「後味の悪さ」など引きずらなくてもよいのかもしれない。

 実際、ヘアの議論を知れば、二人の気持ちはかなり楽になるようにも思われる。しかし、それで彼女たちの「後味の悪さ」がまったくなくなるわけでもなかろう、と私は思う。この「後味の悪さ」は、二人が将来、自分たちの思惑通りに「次の子」を得て幸福な家庭を築いた場合ですら、時に間欠泉のごとく二人の心の内に噴き上がってきて苦い思いをさせるかもしれない。とすると、二人の「後味の悪さ」の最深部を形成しているものはいったい何なのか。それは、私の考えでは、彼女たち二人が胎児の「他者」としての潜在性をあえて無視したことである。

 森崎和江氏は自らの出産体験に基づき、新生児という「他者」との出会いをこう語っている。

 「新生児はなんというみごとな個として完結していたことでしょう。つい先ほどまで心に描いていた……〔中略〕……私が夫とともに産むのだと思っていた私たちの赤ちゃんなどとは、全く異質の、かつて出会ったことのない、堂々とした一個の存在として輝いていました。」*29

 氏はこうした体験から、自己が「産むこと」とは他者が「生まれる」ことであり、出産とは「他者の承認」であると言う(62、196)。この観点から見ると、中絶とは、実体としての胎児を殺すことであるとともに、生まれてこようとしている他者が「我を承認せよ」というメッセージを発しはじめる以前にあらかじめその声を封“殺”する行為であるということになる。

 もちろん、「身二つ」となって現に目の前に「みごとな個として完結して」存在している嬰児を他者として承認することと、そもそも妊婦の身体的感覚からすれば「いるのかいないのかさえわからない」存在でしかない初期胎児を他者として承認することはまるで違う。だが、そうした初期胎児にしても、まぎれもなく、一人の「他者」となりつつある存在である。生まれ落ちたとたんにもはや自分の思い通りにはけっしてならない「他者」、じきに手に負えなくなるとともに周りの人々と豊かな「間柄」を築き、その中で親子として否応なくもっとも濃密に影響し合うことになる「他者」――そうなるはずの実体的存在であるこの胎児を、われわれの女子大生たちは、「次の子」といういわば「『他者以前の他者』以前」の観念的存在と取り替えの利くものとして、つまり、自分たちの思い通りになるものとして扱ってしまったのである。

 子供を待ち望んでいた夫婦にとっては、妊娠を知った瞬間から「私たちの赤ちゃん」は確実に存在する(たとえ、それがいまだ多分に観念的なレベルでの「他者の承認」でしかなく、出産後に生身の嬰児と出会ったときには、そしてそれ以後も繰り返し別の承認が必要になるとしても)。そして、われわれの女子大生たちにしても、さまざまな社会的条件さえ整っていたなら、こうした夫婦ほどではなくても、妊娠という事態をもっとポジティヴに受けとめられたのではないか。つまり、出産と乳幼児の育児が彼らの人生設計をまったくのご破算にしない社会であったなら、せめて彼女の学業の継続と就職を不可能にしない社会であったなら、少なくとも、彼女たちに中絶しか「他にしかたがなかった」わけではなかったはずである。*30

 「ひとはいつひとになるのか」――V・W節では、この問いに客観的な基準時点をもって答えようとする三つの理論的立場を批判的に検討してきたわけだが、実際問題としても、こうした答え方にどれほどメリットがあるのか、私は疑問に思う。たとえば現在、日本母性保護産婦人科医会は、12週までは理由を問わず女性の意思による中絶を認め、それ以降は「胎児条項」を含む適応規制とする母体保護法改正案を準備していると聞くが、*3112週以降であろうが22週以降であろうが、どうしても「他にしかたがない」と考えるなら、女性はモグリの医者に頼ってでも中絶を選ぶだろう。中絶以外の「他のしかた」があるとき、はじめて女性は自らの胎内に「他者」を、「ひと」を承認できるのである。

 ピーク時(52年)に比べれば3割程度にまで減ったとはいえ、いまでも厚生省の統計に載るだけで一日平均900件以上の中絶が行なわれており(96年で約34万件)、そのほとんどが「経済的理由」によるものである。この事実に「痛ましさ」を覚えつつも「しかたがない」とつぶやいて終わりにするのか、それとも、「近代的自己を根拠とした「自己実現」に一方的に走るのではなく、他者を育成する力となる社会的父性・社会的母性をたずさえた人間」(73-74)となるべく努力することを通して、「他のしかた」を可能にするような社会を模索していくのか*32――少なくともこの段階では、われわれの前には二つの選択肢がたしかに存在している。


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