大学時報 246号 pp.42-47. 東京:(社)日本私立大学連盟 掲載
Daigakujiho 246, pp.42-47. Tokyo: Nihon Shiritu Daigaku Renmei

入試問題の「科学性」---英語の場合---
Issues and problems in college entrance exams: With empahsis on English exam.

竹内 理 (関西大学助教授)
TAKEUCHI, Osamu (Associate Professor, Kansai University)

1. 科学性とは

今年のはじめ、Daily Yomiuri 紙上においてある論争が行われた。その論争は、応用言語学者の吉田研作氏(上智大学)と言語テスト論の権威 Brown, J. D. 氏(ハワイ大学)の間で交わされたものであり、内容は大学英語入試の「科学性」をめぐる諸問題であった。Brown 氏から見れば、日本の英語入試問題は恐ろしく非科学的であるというのだ。ここで言う「科学性」とは、テストの作成に際しては、その妥当性(測定すべき能力をどの程度測定しているかの指標)、信頼性(繰り返し同じ結果がどの程度得られるかの指標)を確認し、採点に際しては、採点者に対する訓練を行い信頼性を高め、実施後は、項目分析などの手法を用い問題点をあらい出すという統計的手法を用いた評価プロセスの有無をさす。Brown 氏によれば、このような評価プロセスがほとんど実施されていないのが、日本の大学英語入試であるという。

Brown 氏の指摘を待つまでもなく、古くから大学英語入試の改善が叫ばれ続けている。しかし、その指摘の多くは「科学的」ではなく、「印象的」、「主観的」なものであっため、入試の改善に生かされることが少ない状況が続いてきた。大学側も、入試結果を「科学的」に分析することにあまり関心を示してこなかったようである。分析の専門家もほとんどおらず、入試結果データは極秘とされ、分析の申し入れをするとたちまち大きな壁にぶち当たることが多いと言われている。

2. 何がわかっているのか

本節では、前述のような状況にもかかわらず、入試問題の「科学性」向上のために言語テスト研究者たちが蓄積してきた研究成果の一部を、出来るだけ簡潔に紹介していきたい。

(1)読解力テスト 英語入試で最も多く出題されるのが読解力テストである。このテスト形式に関しては、次のような知見が得られている。


(2)聴解力テスト 実際に音声を利用した聴解力テストは、公立高等学校入試レベルでは、ほぼ完全実施の状況になっている。これは「聴解力が各種言語技能・能力を統合させたものであり、英語総合力の安定した指標となり得る」という知見を踏まえてのことである。また、入試作成者が口頭運用力重視の姿勢を示すことで、中学英語教育の改善に協力する意図もあるものと考えられる。しかし、大学入試、特に私立大学では、施設面の問題や音声テスト導入に伴う受験生数減少への危惧などから実施率は依然として高くなく、代わりに音声を利用しない聴解力テスト(という奇妙な物)が実施されている場合もある。

聴解力テストに関する知見としては次のようなものがある。


(3)作文力テスト コミュニケーション能力という場合、しばしば口頭運用力のみに目を向けがちであるが、電子メイル (E-mail) などを利用する情報化社会においては、作文力も極めて重要になる。しかし、残念なことに、作文力は翻訳力と混同される傾向が強い。また私立大学では、採点の困難さなどから、作文力を本格的に測定する問題を実施しない場合も多い。

作文力テストに関して得られた知見には次のようなものがある。


(4)妥当性、信頼性、項目分析 大学入試の実際のデータを利用して、妥当性、信頼性を測定した研究はきわめて少ない。前述の吉田研作氏は、上智大学の英語入試問題の信頼性係数を.85と発表しているが、このような分析が行われ、結果が公表されることは特筆に値するケースである。なお、テスト理論では.90以上の値が出れば良いテストと判定することが多いが、入試問題漏洩を防ぐため 事前テスト(Pre-Test)が出来ない状態では、上記の.85は高い値であるといえよう。

妥当性、信頼性、項目分析などに関しては、次のような知見が得られている。


3. どう改善すればよいのか

本節では、「科学的」知見に基づき、(A) 出題・採点者のレベル、(B) 大学行政のレベルで、どう入試を改善していけば良いのか、具体的な方策を考えていきたい。

(A) 出題・採点者
読解力測定のためには、TOEFLなどのように、出題文書の数を出来る限り多くし、内容も多様にする必要がある。測定対象の能力としては、今後のインターネットなどの普及を考えれば、精読力よりも、多読・速読力の側面に重点をおくべきであろう。難度に関しては、検定教科書レベルを極端に越えるものを出題しないよう「科学的」指標を導入するべきである。問題形式では、英文和訳をやめ、内容要約、内容正誤指摘、重要箇所指摘、理由記述などを採用していく必要がある。なお、総合問題は、作成は容易であるが、その測定力が疑わしいことを認識すべきであろう。

聴解力テスト導入は、新学習指導要領の下で学習してきた受験生に対応するためには急務といえる。また、高等学校教育の現場から大学側に強い要望があるのも、このテスト形式の採用である。聴解力テストでは、音素の識別、イントネーションの峻別のようなミクロレベルの出題は避け、全体的理解を問うマクロレベルでの出題を心掛けるべきである。音声を利用しない聴解力テストは、Cloze Test 系を除いて、速やかに排除すべきである。

聴解力テストと関連して、受験生数の少ない大学や外国語系の学部では、Oral Proficiency Interview (OPI) 、つまりインタビュー形式の口頭運用力テストを採用することが、教育現場への波及効果 (backwash effect) を考えれば重要であろう。ただし、OPI はその採点に特殊な訓練が必要であり、より一層の「科学性」を要求するテスト形式であることは理解しておく必要がある。なお、受験生が多い私立大学では、全面的に OPI を採用することは困難と考えられるが、定員の一部をこの形式を含む入試に振り分けることは、入学生多様化のためにも検討すべき課題といえよう。

作文力で大切なのは、文章の構成や表現の側面であろう。そこで、これらの側面を測定しやすい自由英作文形式を導入していく必要が生じる。自由英作文形式は、受験生の多い私立大学でも過去において出題された例があり、受験生数だけを理由に実施が不可能とされるべきものではない。ただし、配点区分・採点基準の簡素化、採点者の複数化などを行わなければ、採点結果の信頼性は著しく低下することは十分認識する必要があろう。

文法力をどうしても測定したい場合は、出題数を多くする、全文並べ替え形式を採用する、文脈の中で測定するなどの方策を取るべきである。なお、客観問題作成に関しては、言語テスト研究の分野に技法の蓄積があり、出題者に対してこれらの技法を講習していく必要がある。

(B) 大学行政

出題・採点者がいかに努力をしても、大学行政レベルでの支援なくしては改善できない問題も多く存在している。まず、大学は「入試問題出題委員会」とは別に、「入試問題検討委員会」のような常設機関の設置を支援・推進すべきであろう。この機関は、従来から行われてきたような受験生向けの入試講評だけでなく、出題・採点者への講習会の実施、実際の入試データを利用した「科学的」な問題分析、その分析に基づく出題委員会への改善事項の伝達などを、その役割として持たねばならない。さらに学外に向けて、採点基準、配点、妥当性、信頼性、項目分析結果などの情報を公表する作業を行う必要もある。教育現場では、このような情報を大学側が公開することを希望しており、また決して秘密にされるべき種類の情報でもない。今後は、このような情報を提供する大学の方が、予備校講師に問題傾向を分析させるような広報活動を行う大学よりも、受験生を送る側の信頼を勝ち得る可能性は高いものと考えられる。なお、この機関での業務は、出題と同様、委員にかなりの負担を要求する内容であることを、大学行政レベルで十分に認識しておく必要がある。担当する教員に対しては授業数減免などを含む処置を行い、業務に専念させるといった配慮も求められる。

このような機関を運営するためには、テスト理論の知識を持つ専任教員が必要となる。しかし、このような教員を抱える大学は少ないのが現状であり、早急に人員面での充実を推し進めなければならない。また、入試部門では、職員側にもある程度の専門知識を持つものを養成しなければ作業効率の面で問題が生じる恐れがある。なお、早急な実施は不可能かもしれないが、入試部門には研究セクションを設置し、そこで次々と進展を見せるテスト理論や検証技法の研究を行う必要があろう。入試はその大学に入る学生の質、ひいてはその大学の社会的評価の大きな部分を左右することを常に意識し、入試改善への必要な努力と投資を行っていくべきである。

各学部(学科)に対して、どのような英語力を期待するのかを具体的に提示させることも、入試改善のためには重要な方策と言える。入学後の教育内容、一般的な社会の要請などを考慮に入れ、どのような英語能力をどの程度必要としているのか、という情報を出題者サイドに伝えることは、その学部(学科)にふさわしい学生を入学させるためには欠かせない。しかし、このような情報をまとめる前段階の議論ですらなされていない場合も多く、大学行政レベルでの一層の調整努力が求められよう。

4. おわりに


入試問題を改善するためには、「科学性」の導入を図ることが何よりも必要である。そのためには、実際の入試データの分析は欠かすことの出来ない条件であり、その分析からでしか改善への指針は生まれてこない。確かに「科学性」の導入には大変な労力が必要となる。しかし、今後は、その労力を厭わない大学のみが、本当に良い学生を確保できるものと筆者は信じて疑わない。