『関西大学商学論集』第48巻第3/4号,173-197頁(2003年)

 

ブラジル鉄鋼業のリストラクチャリングと民営化

Brazilian Steel Industry in the 1980s-1990s: Restructuring and Privatization

長谷川 伸

 

I はじめに

 ブラジルでは政府系鉄鋼企業が80年代後半から90年代前半にかけて次々と民営化され,政府系企業は鉄鋼業から完全に姿を消した。この民営化を契機として,ブラジル鉄鋼業は90年代に大規模な再編成期を迎えた。同時にこの鉄鋼業における民営化はブラジルの産業民営化の牽引役を果たした。この産業民営化は,戦後「三つの脚」企業体制のもとで,重大かつ特有の位置を占めてきた政府系企業全てを史上初めて対象とする大規模なものであり,政府系企業の消滅=「三つの脚」企業体制の解体を意味し,ブラジルの工業化戦略の重大な転換点を画するものと言える(長谷川1994a)。41年設立のCSNを嚆矢とする政府系鉄鋼企業の創設がブラジル工業化の出発点であった点を考慮すれば,ブラジルにおける政府主導の工業化は,政府系鉄鋼企業の誕生で40年代に幕を開け,政府系鉄鋼企業の消滅で90年代に幕を閉じたのである。
 ここでブラジルの工業化における鉄鋼業・政府系鉄鋼企業の役割を確認しておこう。ブラジルでは輸入代替工業化を進めるために,政府系企業はインフラや基礎的投入財産業を,外国系企業は耐久消費財を含む技術集約的産業を,民族系企業は非耐久消費財産業などを各々分担する「三つの脚」企業体制が50年代に形成された。政府系鉄鋼企業はこの「三つの脚」企業体制の下で鋼板生産を行い,自動車をはじめとする鋼板需要産業に安定的かつ低価格で製品供給する役割を80年代中葉まで果たしてきた。
 具体的には,資本財産業育成や輸入代替促進などを目的として,海外からの資金調達により,生産能力拡張を主目的とする大規模設備投資を実施した。60年代後半から70年代前半にかけての高度成長―「ブラジルの奇跡」を生んだブラジル・モデルは,この「三つの脚」企業体制を前提として成長を図る戦略であった。この企業体制下で外国系企業が支配的となった自動車産業が成長基軸として位置づけられ,自動車産業が本来持つ高い産業連関効果を利用しての経済成長を図ろうとした。この連関効果を輸入誘発的にではなく,関連産業誘発的に作用させる前提として自動車用鋼板を供給する政府系三大製鉄所(CSN,Cosipa,Usiminas)が位置づけられ,大規模投資も行われた。こうした自動車等の耐久消費財需要と政府部門の投資需要によって高度成長が実現したのである。
 70年代後半からは,従来から行われてきた鉄鋼価格政策がインフレ抑制手段としても用いられ,インフレ率以下に販売価格が抑制された。資本集約的であるからこそ大規模な設備投資が容易であったのであり,そのための資金も政府系だからこそ海外から調達できたのであり,政府系鉄鋼企業だからこそ政策的低価格での鋼板供給を可能にしたのである。しかし,こうした役割を果たすことにより,対外に依存する資金調達は70年代末以降の国際金利上昇,自国通貨の為替レート下落で債務・利子負担の深刻化を招く一方,価格抑制政策は売上高を圧縮し,政府系鉄鋼企業を経営危機に陥らせていく(長谷川1993,長谷川1994a)。
 80年代後半からの政府系鉄鋼企業の民営化はこうした経営危機を契機としているが,民営化を成功させるためにはリストラクチャリングを通じてこの経営危機を克服しなければならなかった。本稿では,このリストラクチャリングと民営化を検討することを通じて,民営化直前の政府系鉄鋼企業の技術水準と国際競争力の源泉を明らかにする。
 本稿の構成は以下の通りである。IIにおいて80-90年代の産業民営化のプロセスとその下での政府系鉄鋼企業の位置を明らかにし,鉄鋼業が民営化計画の口火を切ったことの意味を検討する。その上で,IIIにおいて民営化直前すなわち90年時点の政府系鉄鋼企業について,製品構成と事業所形態・生産設備の特徴を明らかにし,IVにおいて90年時点の技術水準と国際競争力と80年代末から90年代初めにかけてのリストラクチャリングとの関係を検討する。Vは結論である。

II 1980-90年代における産業民営化

1 1980年代における民営化

 ブラジルにおける民営化を求める動きの端緒は,経済成長率の低下により不足する投資資金をめぐっての政府系企業と民間企業との競争が生じた70年代後半に遡ることができる。政府系企業は政府の全面支援を受けた大規模投資の実行中であった一方で,民間企業が利用できる投資資金は徐々に不足してきていたからである。これを契機として,政府系企業の民営化を支持する動きが民間企業の間で広がっていく(Baer 2001: 284-285)。先述の「三つの脚」企業体制の解体が始まったのである。
 増大する政府系企業に対する連邦政府による統制の試みは,79年の「官僚機構縮小計画」(Programa Nacional de Deburocratizacao - PND)と,政府系企業を集中的に管理する政府系企業管理庁(Secretaria de Controle de empresas estatais - SeST)の設立が最初である。注意しなければならないことは,SeSTは政府系企業を民営化するために設立されたのではなく,マクロ経済の調整手段―価格統制によるインフレ抑制手段や海外からの資金調達手段―として政府系企業を利用することを容易にするために設立されたことである(Baer 2001: 284-285)。政府系企業にとってこうした不必要な海外からの借入と低く強制された販売価格は,先に触れたCSNの経営者と労働組合の意見が一致したように,政府系企業の債務増大の2大原因であった(Brooke 1990)。その点で,マクロ経済調整手段として政府系企業を利用するSESTの設立は,政府系企業経営者の民営化への志向を結果的に強めることとなった。その一方でSESTは,80年代に連邦政府系企業が268社あり,その多くが民営化が可能であることを明らかにし,これを契機に政府系企業の民営化は始まった。ただし,この当時の民営化の動機は政府系企業の増加と政府系企業に由来する財政圧迫を防ぐことにあった(Baer & Coes 2001: 611)。
 80年代後半のサルネイ政権(85-90年)下では民営化の動きは緩慢で,わずかに18社が売却されたに過ぎなかった。売却収入も合計で5.33億ドルであり,80年代で見ても38社,売却収入は7.8億ドルに過ぎない(BNDES 2002)。これは,サルネイ政権が民営化を唱えていたものの積極的には推進しなかった結果である。政府系企業の従業員は民間よりも相当高い賃金を受け取っていたし,民間企業は政府系企業に商品・サービスを高く売って利益を得ていたし,政府系企業の商品やサービスを購入する民間企業はその安い価格で利益を上げ,政治家は保身のために政府系企業を利用していた。21年ぶりの文民政権としては,こうした圧力団体の存在に敏感にならざるを得なかったのである(Baer 2001: 285)。
 80年代の民営化は,財政危機などによって政府に吸収された企業の「再民営化」を特徴としていた。政府は生産部門における政府系企業のプレゼンスを増大させないことのみを目的としていたし,大規模な民営化計画は持っていなかった(BNDES 2002)。しかし,80年代後半のサルネイ政権期におけるマクロ経済の悪化は,80年代末には4桁のインフレ率をもたらし,財政状態をより悪化させて後の民営化を準備した。民営化は小規模で限定的なものに過ぎなかった80年代ではあったが,この期間を通じて民営化は財政調整に貢献すると見られるようになってきていた。すなわち第1に,政府系企業の売却収入はブラジルの公的債務の削減に貢献する。第2に赤字にまみれた企業を公的部門から取り除き,将来の財政均衡への見通しを確実なものにする(Baer & Coes 2001: 611-612)。この点においても80年代は,90年代における本格的な民営化を準備したのである。

2 1990年代における民営化

 Amann &Nixsonによれば,90年代における民営化を押し進めた重要な要因は次の3点である。第1に,民営化が売却収入による財政赤字の削減が急速に行う手段としてみなされていた。民営化による収入は,税制改革や行政運営についての政治的に困難な構造改革を実行する財源となった。第2に,政府の財政危機下での明らかな資本不足にある当該企業への投資水準を引き上げる手段として民営化はみなされていた。第3に,輸入代替モデルを捨て新しい経済発展モデルを求める政治家からの支持があったことである(Amann & Nixson 1999: 63)。
 サルネイ政権を継いだコロル政権(90-92年)は本格的な民営化に着手した。民営化はコロル政権が掲げた経済改革の一つの柱として組み込まれ,90年の法律8031号により「国家民営化計画」(Programa Nacional de Desestatizacao - PND)が策定され,68社が民営化対象となった。ただ90年には,裁判による遅れや売却予定の多くの政府系企業の危険な財務状態のために民営化は実施されなかった。翌91年に最初の民営化が行われ,鉄鋼企業のUsiminasが提示価格を14.4%上回って19億ドルで売却された。このUsiminasだけで80年代における民営化案件全ての売却収入の2倍に相当する。90年から92年までで見ると,鉄鋼,肥料,石油化学の計18社が民営化され,売却収入は40.2億ドルにのぼった(表1)。この時期に民営化プログラムの拡張と民主化が行われ,支払手段が拡大され,政府が所有する少数株の売却も可能となり,外国の投資家に対する規制も廃止され,外国の投資家は議決権株を100%まで所有できることとなった。このUsiminas民営化からコロル政権を引き継いだフランコ政権期(92-94年)までの期間においては,民営化は鉄鋼業と石油化学産業を中心に実行され,33社が計86.1億ドルで売却された。
 カルドソ政権期(95-2002年)には民営化をより広くより深く進めて,公益事業・インフラ分野をも対象とするために制度改革が行われた。95年には憲法が改正されて通信・ガス・石油の公的独占が廃止され,外国資本と自国資本との差別待遇も廃止された。これにより,外資の鉱業や電力産業への参入が可能となり,外資の民営化への参入が95年以降増加していく。また,連邦政府が所有する企業だけではなく,州やムニシピオ(地方自治体)が所有する企業の民営化も進められた。97年には大型案件が相次ぎ,連邦鉄道網(RFFSA)の民営化が完了し,世界最大の巨大鉱山企業CVRD1)が民営化され,通信産業の民営化が開始された。このため97年だけで連邦政府の売却収入は90.0億ドルにのぼった。90年代末までに,民営化は政府系企業が活動していた経済の全ての部門に広がった(BNDES 2002, Baer & Coes 2001: 611-612)。

表1 ブラジル産業民営化の成果(1991-1999年)
売却収入 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 1991-99
合計(a) 1,614 2,401 2,628 1,967 1,004 5,486 22,616 30,976 1,617 70,309
連邦政府系企業 1,614 2,401 2,627 1,966 1,004 4,080 8,999 23,479 413 46,585
 鉄鋼(b) 1,474 921 2,250 917 - - - - - 5,562
(b/a) 91.3% 38.4% 85.6% 46.6% - - - - - 7.9%
 石油化学 - 1,266 172 445 604 212 - - - 2,699
 エネルギー - - - - 400 2,358 270 880 - 3,908
 鉄道・港湾 - - - - - 1,477 266 355 - 2,098
 鉱山 - - - 6 - - 3,299 - - 3,305
 通信 - - - - - - 4,734 21,823 413 26,970
 肥料 - 202 205 11 - - - - - 419
 金融 - - - - - - 240 - - 240
 その他 140 12 - 192 - - - - - 344
 少数株 - - - 395 - 33 190 421 - 1,040
州政府系企業 - - - - - 1,406 13,617 7,497 1,204 23,724
 通信 - - - - - - - 1,018 - 1,018
 金融 - - - - - - 401 647 - 1,048
 ガス - - - - - - 576 - 988 1,564
 エネルギー - - - - - 587 9,945 5,166 216 15,914
 その他 - - - - - 25 307 336 - 668
 少数株 - - - - - 794 2,388 330 - 3,512
債務移転 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 1991-99
合計(a) 374 982 1,561 349 624 1,034 5,058 6,567 88 16,637
連邦政府系企業 374 982 1,561 349 624 670 3,559 3,207 - 11,326
 鉄鋼(b) 369 718 1,539 0 - - - - - 2,626
(b/a) 98.7% 73.1% 98.6% 0.0% - - - - - 15.8%
 石油化学 - 211 2 84 622 84 - - - 1,003
 エネルギー - - - - 2 586 - 1,082 - 1,670
 鉄道・港湾 - - - - - - - - - -
 鉱山 - - - - - - 3,559 - - 3,559
 通信 - - - - - - - 2,125 - 2,125
 肥料 - 53 20 2 - - - - - 75
 金融 - - - - - - - - - -
 その他 5 - - 263 - - - - - 268
 少数株 - - - - - - - - - -
州政府系企業 - - - - - 364 1,499 3,360 88 5,311
 通信 - - - - - - - 822 - 822
 金融 - - - - - - - - - -
 ガス - - - - - - - - 88 88
 エネルギー - - - - - 364 1,499 2,538 - 4,401
 その他 - - - - - - - - - -
 少数株 - - - - - - - - - -

(註)単位:100万ドル。1999年6月30日現在のデータ。
(出所)Pinheiro 1999: 165.

3 民営化プロセスにおける政府系鉄鋼企業

 表1によれば,鉄鋼企業は91-99年で見て売却収入総額703.1億ドルの7.9%(55.6億ドル),債務移転総額166.4億ドルの15.8%(26.3億ドル)に過ぎない。だが年毎に観察すると,鉄鋼業の占める割合は売却収入では民営化第1号としてUsiminasが売却された91年では91.3%を占め,以後92年38.4%,93年85.6%,94年46.6%,95年以降0%となっており,債務移転では91年98.7%,92年73.1%,93年98.6%,94年以降0%となっている。さらにこれを94年までの累計額で見てみると売却収入57.0億ドルの97.5%,移転債務32.7億ドルの80.4%を鉄鋼業が占めている。なぜ,Usiminasが民営化第1号に選ばれ,鉄鋼業が90年代の民営化の前半において圧倒的な地位を占めているのか。以下検討する。
 民営化計画委員会のGeraldo Hessは民営化第1号としてUsiminasが選ばれた理由を6つ挙げている。すなわち,(1)その健全性と収益性,(2)非戦略的生産部門から撤退する政府方針に対する信頼性を立証する,(3)新しい開発戦略のもとで国家の役割の再定義に貢献する,(4)民営化計画の目的を社会に知らしめる,(5)資本を民主化して株式を市場で売買できるようにし,資本市場を発展させる,(6)政府の債務を削減する(Hess 1991)。
 整理しよう。(6)については全ての民営化案件に共通して言えることである。民営化第1号に求められる役割としては,民営化計画の目的を社会に知らしめ(4),民営化計画に対する信頼性を立証する(2)ためには,初めての民営化が成功することが必要である。なおかつ,新しい開発戦略のもとで国家の役割の再定義に貢献する―すなわち新しい開発戦略のモデルとなる(3)ためにも,株式が売買されて資本市場が発展するためにも,初めての民営化が成功することが何より必要である。その初めての民営化の成功は,民営化第1号となる政府系企業の健全性と収益性(1)によって担保される。つまり,健全性と収益性(1)こそが第1号企業に求められた。それにふさわしい企業がUsiminasであったのである。
 ここで,Usiminas以外の政府系鉄鋼企業が民営化プロセスの前半に集中し,圧倒的な地位を占めていることを思い起こせば,他の政府系鉄鋼企業についても同様のことが言いうるのではないか。すなわち,政府系鉄鋼企業は他の産業部門における政府系企業と比べて,まだ健全性と収益性を持ちえていたのではないか。
 しかし,話はそう単純ではない。以前明らかにしたように,政府系企業はインフラや基礎的投入財産業に集中していた(長谷川1993,長谷川1994a)。一般に,鉄鋼業を含む基礎的投入財産業も概ね資本集約的であるので資産規模が大であるが,それ以上に電力,通信,鉄道などのインフラを供給する企業の資産規模は大きい。一方で,ブラジルはまだまだ国内資本市場が未発達であり規模も小さい。なおかつ,当時はマクロ経済の不安定性に対する懸念があったため,外国資本も投資に躊躇しがちであったので,そうした限られた資本市場でも売却が成功する資産規模の民営化案件でなければならなかった。しかも,インフラ分野は憲法上の制限や政治上の問題があり,憲法と関連法規の改正に時間が必要であった。したがって,インフラ分野の民営化は遅れざるを得なかったのであり,こうした問題がなかった鉄鋼業を初めとする製造業が,先行して民営化されたのである(Amann & Nixson 1999: 64, De Paula 1997: 94)。
 ただし,だからといって政府系鉄鋼企業の健全性と収益性が他の産業部門における政府系企業と大差ないということではない。Abreu & Werneckによれば,UsiminasとCSTは比較的優れた企業であり,民営化プロセスにおいて魅力的な投資機会として見なされていたし(Abreu & Werneck 1993: 25),鉄鋼業全体についてもリストラクチャリングに成功すれば,世界市場でより競争力を発揮する機会に恵まれている数少ない産業部門とされていたのである(Montero 1998: 35)。

4 小括

 本章で言いうることは以下の通りである。第1に,80年代において民営化は限定的なものに留まったものの,政府による政府系企業のマクロ経済調整手段としての利用やマクロ経済の一層の悪化が結果として,90年代に民営化のうねりをつくりだした。民営化の動きは90年代に入り本格化し,Usiminasを皮切りに,鉄鋼業などの製造業分野の政府系企業が民営化され,90年代後半からエネルギーや鉄道などのインフラ分野の政府系企業の民営化が進み,同時に州政府などが所有する企業の民営化も行われた。
 第2に,こうした90年代の民営化プロセスにおいて,Usiminasがその健全性と収益性を評価され,民営化第1号に選ばれた。他の政府系鉄鋼企業も民営化プロセスの前半に全て民営化された。民営化プロセスにおいて鉄鋼業が先行したのは,インフラ分野における民営化が資産規模と法整備上の問題で遅れざるを得なかったからでもあるが,鉄鋼企業が他の産業部門と比較して,健全性と収益性において優位にあったからでもある。では,この優位はどこからもたらされたのか。

III 1990年における政府系鉄鋼企業

 政府系鉄鋼企業の健全性と収益性における優位の背景を明らかにする前に,民営化直前の90年時点の政府系企業の製品構成,生産設備・事業所形態を確認しておこう。

1 製品構成

 90年におけるブラジルの粗鋼生産高は2,057万トンであり,世界全体7億6,960万トンの2.7%を占め,韓国に次いで世界第8位である(IBS 1991: 1/4)。この粗鋼生産において政府系企業は68.0%,表に掲げた政府系主要6社だけでも67.1%を占めている(表2)。圧延製品ベースで見ても同様であり,政府系企業全体71.5%,政府系主要6社70.7%となっており,支配的な地位を占めている。圧延製品の内訳を見てみると,普通鋼・鋼板と販売用半製品であるスラブの生産を政府系企業が独占している2)。販売用半製品全体においても8割のシェアを有し,支配的地位にある。
 以上に見るように,鉄鋼生産において支配的地位にある政府系企業は主として表中の6社(製鉄所)3)によって構成されている。この6社はその製品構成から,第1にCSN,Usiminas,Cosipa,第2にCSTとAcominas,第3にAcesitaと分けることができる。第1に,CSN,Usiminas,Cosipaは,普通鋼・鋼板中心の製品構成で粗鋼生産量300万トン前後とよく似ている。この3社は40-50年代に設立され,ブラジルの工業化を支えてきた4)。第2に,CSTとAcominasはいずれも販売用半製品のみを生産していることに特徴がある。ただし同じ販売用半製品といってもCSTはスラブ,Acominasはブルームとビレットをそれぞれ主として生産している5)。第3に,Acesita(Acos Especias Itabira)は,他の5社と比較すれば小規模だが主に特殊鋼を生産していることに特徴があり,ステンレス鋼板を生産するラテンアメリカで唯一の製鉄所である6)
 鉄鋼業においては製品によって必要な生産設備が異なり,なおかつそれが事業所(製鉄所)の形態と規模を規定する。政府系企業の鋼板中心の製品構成はどのような生産設備と事業所形態を必要としているのか。

表2 鉄鋼生産における政府系企業(1990年)
生産量 CSN Usiminas Cosipa CST Acominas Acesita 政府系主要6社 政府系企業計 鉄鋼業計
粗鋼生産 2,848 3,464 2,901 1,986 1,933 673 13,805 13,981 20,567
圧延製品 2,837 3,365 2,589 1,777 1,723 578 12,869 13,018 18,202
 普通鋼・鋼板 2,793 3,107 2,455       8,355 8,356 8,356
 普通鋼・条鋼 44           44 44 4,967
 特殊鋼           528 528 651 1,403
 販売用半製品   258 134 1,777 1,723 50 3,942 3,967 4,880
  スラブ   258 134 1,777 197   2,366 2,367 2,367
  インゴット               0.3 6
  ブルーム・ビレット         1,526 50 1,576 1,600 2,508
粗鋼生産 13.8% 16.8% 14.1% 9.7% 9.4% 3.3% 67.1% 68.0% 100.0%
圧延製品 15.6% 18.5% 14.2% 9.8% 9.5% 3.2% 70.7% 71.5% 100.0%
 普通鋼・鋼板 33.4% 37.2% 29.4%       100.0% 100.0% 100.0%
 普通鋼・条鋼 0.9%           0.9% 0.9% 100.0%
 特殊鋼           37.6% 37.6% 46.4% 100.0%
 販売用半製品   5.3% 2.7% 36.4% 35.3% 1.0% 80.8% 81.3% 100.0%
  スラブ   10.9% 5.7% 75.1% 8.3%   100.0% 100.0% 100.0%
  インゴット               4.9% 100.0%
  ブルーム・ビレット         60.9% 2.0% 62.8% 63.8% 100.0%

(註)単位:1,000t, %。
(出所)IBS 1991: 2-3,1/7-9.

2 生産設備と事業所形態

 先に示した政府系主要6社がどのような生産設備を有しているかについて,製銑・製鋼・鋳造・圧延の順に検討する。ただし,Acesitaについては,特殊鋼に特化しているため生産設備も独特であって独自の考察が必要であり,なおかつ比較的規模も小さいのでここでは他の鉄鋼企業の特徴づけに用いる以外は特に触れないこととする。
 製銑部門において,政府系主要6社のうちの粗鋼生産で見て上位5社(CSN,Usiminas,Cosipa,CST,Acominas,以下「政府系主要5社」とする)は,全てコークス高炉によって製銑すなわち銑鉄生産を行っている。90年のブラジルにおける銑鉄生産高2,114万トンのうちコークス高炉(政府系主要5社)によるものは61.3%(1,296万トン)を占めている(IBS 1991: 1/12)。政府系主要5社が保有するコークス高炉10基の容積(Working Volume)と年間生産能力は,平均2,275m3・170.3万トンであり,Usiminasの第1・第2高炉の885m3・各53.5万トンから,CSNの第3高炉3,815m3・292.4万トンまで分布し,46年(CSN第1高炉)から86年(Acominas第1高炉)にかけて火入れが行われている(長谷川1995: 31)。高炉容積にはある程度のばらつきが見られる。
 製鋼部門について見ると,政府系5社は80トンから280トンまでのLD転炉を保有しており,CSN(220トン x 3,年間生産能力460万トン),Cosipa(114トン x 2,127トン x 2,130トン x 2,390万トン),Usiminas(80トン x 3,180トン x 2,320万トン),CST(280トン x 2,337万トン),Acominas(200トン x 1,200万トン)となっている(Serjeantson 1991: 28-49)。転炉の容積についてもある程度のばらつきが見られる。
 鋳造部門について見ると,連続鋳造設備を持っているのは,CSN,Usiminas,Cosipaの3社であり,それぞれの連続鋳造比率は,CSN 91%(92年),Usiminas 88.7%(90年),Cosipa 35.7%(90年)となっている。CSTとAcominasは連続鋳造設備を持っていない(CSN 1993: 19,Usiminas 1991: 3, Cosipa 1994: 4)。ブラジル鉄鋼業全体の連続鋳造比率は90年現在58.5%となっている。この値は,世界平均(57.1%)・メキシコ(58.9%)と同水準である(長谷川1994b: 33)。連続鋳造設備の有無や連続鋳造比率についてもある程度のばらつきが見られる。
 圧延部門について見ると,Usiminas,Cosipa,CSTの3社は鋼板用に特化している。CosipaとUsiminasは,スラブ用分塊圧延機―厚板圧延機・ホットストリップミル・コールドストリップミル,という基本的には同一な設備構成であり,鋼板―中でも厚板・薄板中心の製品構成と言える。ホットストリップミルは最も生産効率の高い圧延機であり,熱延広幅帯鋼(ホットコイル)を生産する。この広幅帯鋼は次工程分野も,それ自体の需要分野も広く,大量かつ大ロットの需要を背景とする現在の鉄鋼業の基軸品種である(岡本1984: 40)。一方でCSTは,製品圧延機を持たず,スラブ用分塊圧延機のみとなっている。これは,CSTがスラブ専用メーカーとして構想された関係である。
 鋼板用圧延設備のみ有するUsiminas,Cosipaに対し,CSN,Acominasは鋼板用と条鋼用の双方を有している。CSNとAcesitaはホットストリップミルと条鋼圧延機を有している点と厚板圧延機を持たない点で類似している。一方Acominasは,スラブ用とビレット用の分塊圧延機を有するが,製品圧延機を持たない(Serjeantson 1991: 29)。Acominasの製品構成が販売用半製品に限られているのはこのためである。この点でAcominasは分塊圧延機を持ち製品圧延機を持たないCSTと類似している。
 では,以上に見た政府系主要5社の生産設備はどのような生産体系をなし,どのような事業所形態をとっているのか。政府系主要5社は全てコークス高炉による銑鋼一貫製鉄所である(この5社の他にはコークス高炉を有する鉄鋼企業はブラジルには存在しない)。この5社のうちCSN,Usiminas,Cosipaは粗鋼生産能力300-400万トンクラスの比較的大規模な製鉄所であり,コークス高炉―LD転炉―ホットストリップミルという設備構成をとっている。一方で,CSTとAcominasは製品圧延機を持たないので,コークス高炉―LD転炉―分塊圧延機という設備構成である。いずれも少品種大量生産に適合的な生産体系である。また,製銑・製鋼・鋳造部門において,生産設備のサイズすなわち生産能力にある程度のばらつきが見られることも特徴である。こうした政府系鉄鋼企業の生産体系・生産設備の基本的構成は,70年代から80年代初頭までの大規模設備投資によって形づくられたものであって比較的シンプルであるが,近代的な製鉄所の基本を押さえた大量生産に適した設備構成と言える。

4 小括

 本章で言いうることは以下の通りである。第1に,90年において政府系鉄鋼企業はブラジル鉄鋼業において支配的な地位を占めている。したがって,政府系鉄鋼企業の民営化はブラジル鉄鋼業にとっても極めて重大な意味を有している。第2に,政府系鉄鋼企業の製品構成上の最大の特徴は,鋼板への特化であり,鋼板生産の独占である。第3に,政府系主要6社はいずれも,銑鋼一貫製鉄所の形態をとっている。なかでも政府系主要5社は,少品種大量生産に適合的な生産体系かつ近代的な製鉄所の基本を押さえた設備構成となっている。こうした政府系主要5社の生産体系・設備構成上の特徴は,鋼板生産への特化と結びついている。この鋼板生産への特化は,鉄鋼業における「三つの脚」企業体制というべき民間企業との棲み分けによって可能となったものである。

VI 政府系鉄鋼企業のリストラクチャリング

 IIにおいて,政府系鉄鋼企業が他の産業部門と比較しての健全性と収益性における優位を持つとし,それらはどこからもたらされたのかと問うた。本章ではこの問いに応えるべく,まず90年時点の技術水準と国際競争力のレベルを推し量った後,80年代末から90年代初めにかけて行われたリストラクチャリングが政府系企業に健全性と収益性における優位と一定の技術水準・国際競争力の高さを与えたことを明らかにする。

1 1990年時点の技術水準・国際競争力

 90年前後のコークス高炉による銑鋼一貫製鉄所5社(Acominas, Cosipa, CSN, CST, Usiminas)の技術水準を日本と比較した私は「豊富な鉄鉱資源を有していても,鉄鋼製品需要を満たすだけの鉄鋼生産能力および技術水準の双方かいずれか一方を持ち合わせていない場合は多いが,ブラジルのように大量に鉄鉱石を輸出しながら鉄鋼製品を自給するだけでなく大量に輸出する国は他にはない。ブラジルのこうした地位は,鉄鉱資源の優良豊富さと生産技術水準の一定の高さの結果と考えられる」(長谷川1995: 24-25)とし,一定の国際競争力を有していると評価している。その上で競争力の源泉となる生産技術の水準について以下のように結論づけている。「ブラジルのコークス高炉メーカーの生産技術は主として,日本鉄鋼業が20-30年前に採用していたものである。このことは一見すると,鉄鋼製品輸出国としての国際競争力の水準と矛盾するように見える。確かに,ブラジルのコークス高炉メーカーの主要設備は80年代のドラスティックな投資削減の下で,概して老朽化が進んでいる7)。このこと自体は競争力にとってマイナスであるにもかかわらず,なおもブラジルが国際競争力を有しているのは,なぜか。それは第1に鉄鉱石の供給条件が抜群に優れていること,第2に,日本に対してホットコイルを輸出することに象徴されるように,現在のブラジル鉄鋼業がコスト面で優位に立つ熱延製品を中心とした輸出構成であることが指摘しうる」(長谷川1995: 38)。すなわち,少なくともホットコイル(熱延広幅帯鋼)を中心とする熱延製品については,輸送コストを考慮しても先進国市場に参入しうるに十分な国際競争力をコークス高炉メーカー(政府系主要5社)は有していると言えるだろう。
 ブラジル鉄鋼業の国際競争力を推し量る上で,90年代に民営化とともに進められた貿易の自由化が鉄鋼業にもたらした結果を検討することは有益である。ブラジルにおける貿易自由化は88年から始まり,コロルが大統領に就任する90年から強められた。80年代末までブラジルの貿易政策は,依然として輸入代替レジームのそれであった。関税は平均名目関税率で見ても有効保護率で見ても非常に高く,しかも産業間での相当のばらつきがあり,非関税障壁も広範囲に数多く存在した。88年の改革「新産業計画」は工業製品輸入に対する関税制度を簡素化し,関税率のばらつきを減らし,関税率を工業製品で見て90%から43%へ引き下げ,非関税障壁を一部撤廃した。しかしこうした措置の効果もわずかであり,輸入ライセンス制度は温存され,すでに国内で生産されている商品の競争的輸入は禁止する「類似品法」といった非関税障壁も残された。90年からは "Abertura Comercial" (貿易の開放)と呼ばれる貿易政策により本格的な改革が行われ,非関税障壁を縮小・廃止し,関税による保護範囲の縮小と簡素化が進められた(Moreira & Correa 1998: 1859-1860, Amann & Nixon 1999: 61-62)。76年以降,国産品に類似品があると鉄鋼企業が回答した場合に原則禁止されていた鋼材輸入は90年の「類似品法」廃止によって自由化された(日本鉄鋼輸出組合1997: 5)。
 では,こうした貿易の自由化は鉄鋼業にどのような結果をもたらしたのだろうか。輸入はどれほど増えたのだろうか。Morreira & Correa の分析によれば,輸入依存度は製造業全体では89年4.8%から96年15.5%に10.7ポイント上昇した。この水準は80年代後半の韓国と同じであるが,90年時点のOECD諸国平均32%にはまだかなりの開きがある。鉄鋼業については89年1.9%(39産業部門中16位)から96年4.3%(同35位)へ2.4ポイント上昇した。一方で,鉄鋼業と製造業全体との輸入依存度の格差は同期間で2.9ポイントから11.2ポイントへと拡大し,鉄鋼業は輸入依存度の最も低い産業部門となった(Moreira & Correa 1998: 1863)。
 こうして見てみると鉄鋼業においては,自由化前と比較すれば確かに輸入率は上昇したが,国内市場の2-5割を輸入品が占めるようになった産業機械・装置や電機,自動車とは対称的に,製造業平均を大きく下回り,輸入依存度は依然として5%未満である(Moreira & Correa 1998: 1863-1864)。それはなぜか。先進国が競争優位にある高付加価値の鋼材をまだブラジルの国内市場はそれほど必要としていないという見方も可能である。また,ブラジルがフルセット型産業構造をめざしてきたように,鉄鋼業においてもその製品構成はフルライン志向であったために,ほとんどの鋼材が国内で生産可能であることも一因であろう8)。いずれにせよ,Amann & Nixsonが指摘するように,鉄鋼業が他部門と比べてより高い国際競争力を持っていることは確かであろう(Amann & Nixon 1999: 85)。
 こうした90年時点の政府系鉄鋼企業を中心とする鉄鋼業が有する国際競争力はどのように築き上げられてきたのか。重い債務負担と販売価格統制政策による売上高圧縮で経営危機に陥っていた政府系企業がどのようにして国際競争力を高めることができたのか。

2 シデルブラス・システム再建計画とリストラクチャリング

 政府系鉄鋼企業の経営危機に対してサルネイ政権は,条鋼を生産する比較的小規模な製鉄所の民営化と,大規模製鉄所の再建を行う「シデルブラス・システム再建計画」(Plano de Saneamento do Sistema Siderbras)を決定した(IESP/FUNDAP 1993: 120)9)。87年1月21日に大統領によって承認されたこの「再建計画」は,Siderbras傘下企業の財政均衡と自立的な成長をめざすものである。その戦略は,重い債務を持株会社Siderbrasに移転することによって傘下の鉄鋼企業の急速な回復を促進し,次の段階では連邦政府がSiderbrasへ債務返済をするために資金供給を行うことにある(Siderbras 1989)。
 86年12月末時点での政府系鉄鋼企業が抱える負債は合計172億ドルあり,その60%は海外債務である。この債務のほとんどは,74年のガイゼル政権による野心的な5ヶ年拡張計画の際に生じたものであるが,国庫はこのうち122億ドル分の債務に責任を持つ(Gazeta Mercantil 1987)。これによって鉄鋼企業は残る50億ドルを返済すればよいことになる。同時に,鉄鋼価格政策についても鉄鋼企業に対してコスト回収と一定の利益を保証するように改定された(Brazil 1987a, Brasil 1987b)。一方でSiderbrasと傘下の鉄鋼企業には,合理化のための数値目標が設定され,Siderbrasはコストの削減,生産性の向上と製品構成の最適化を通じて,この計画期間中に大規模製鉄所の収入を増大させることを義務づけられた(Brazil 1987a, Brasil 1987b, Gazeta Mercantil 1987)。
 こうした「再建計画」の実行を中心とするリストラクチャリングはどのように進んだのか。まず,規模の小さい条鋼メーカーであるCosim(88年9月),Cimetal(89年11月),Cofavi(89年7月),Usiba(89年10月)が売却された(Da Cunha 2001: 2)。その一方で,傘下企業が負う債務の一部(約78億ドル)をSiderbrasに移転し,一部は資本に組入れられた。これは実際には,傘下企業の債務をSiderbrasの株主である国庫に移転することであった。例えば87年度のUsiminasの場合,第1に86年12月末現在の残高34.9億クルザードの債務(Usiminasが抱える債務の2割相当)のSiderbrasによる肩代わり,第2にSiderbrasによる3.8億クルザードの増資前貸,第3にBNDESに対する借入契約の期限の延長が行われた(ウジミナス1988: 36)。「再建計画」は,傘下企業の財務構造を根本的に変えたのである(IESP/FUNDAP 1993: 121)。
 また,価格政策の変更も不十分ながらも実施され,政府系鉄鋼企業の経営を改善することに貢献した10)。90年に入っては民間企業への供給義務の廃止,鉄鋼価格統制の緩和などの措置が執られた。これを受けて鉄鋼企業は価格調整に動き,例えばUsiminasの場合,91年5月から92年1月の間に,厚板の国内価格を78%値上げした(IESP/FUNDAP 1993: 175-176)。ただし,85年5月水準と比べるとこれでもまだ半分に満たない価格である。
 一方で,政府系鉄鋼企業の側では大規模なリストラクチャリングが行なわれた。CosipaやCSNのように大きな損失を抱えていたわけではないが,わずかな利益か控えめな損失を繰り返していたUsiminasは最も先進的なリストラクチャリング計画を持っていた(Montero 1998: 39)。88年に13,928人であったUsiminasの従業員は,民営化される前年の90年までに1,448人減って12,480人となった。これにともない労働生産性は年間一人当たり295.8トンから90年331.3トンへと上昇した。
 CSNの場合,92年にBNDESが民営化対象に決めるまでに,債務総額は26億ドルから19億ドルへと削減された。リオデジャネイロ州に対する税滞納分2.2億ドルは,帳消しと州政府から連邦政府へ債務移管で1.6億ドルへと6,000万ドル削減された。生産システムは大幅に変更されコストを削減しながら生産量を増加させた(Montero 1998: 40)。90年からTQCプログラム,92年から5Sプロジェクトが実行されて効果を上げた(CSN 1993: 12)。また89年に24,463人であった従業員は,90年20,303人,91年18,195人,92年17,892人と4年間に89年時点の3割(6,571人)が削減された。その結果,89年に年間一人当たり137.4トンであった労働生産性は,92年にはその1.8倍近くの241.3トンに達した(CSN 1993: 35)。
 Acesitaの場合,生産システム,在庫管理システム,給与支払い,対外債務等を対象とする広範囲にわたるプログラムを90年に開始した。91年には,88万平方メートル以上の所有地をミナスジェライス州ティモテオ市(Timoteo, Minas Gerais)に市税や公共サービスの対価として3.2億クルゼイロ(1991年2月時点で1360万ドル相当)を売却した。従業員も10%以上レイオフされた。こうした措置によりコストを3,000万ドル削減した。また,Acesitaの株式のほとんどを所有するBanco do Brasilは複雑な国際取引を行って,Acesitaの対外債務2.2億ドルを値引きされた価格で国内債務と交換した。これによってBanco do Brasilに対する債務は9,000万ドルに減少した。こうしたAcesitaのリストラクチャリングと民営化対象となったことで株価は驚くほど上昇した(Montero 1998: 40, Gazeta Mercantil 1991)。
 こうして見てくると,政府系鉄鋼企業の80年代末から90年代初めにかけてのリストラクチャリングは,債務削減と人員削減が主であることがわかる。すなわち,86年時点でSiderbrasグループのトン当たり鋼材コスト431ドルの37.1%に達していた金融費用と,西ドイツ(81ドル)やアメリカ合衆国(132ドル)よりは低いが,日本(68ドル)よりは高い労働コスト(76ドル)を削減したのである(表3)。人員削減を鉄鋼業全体で見てみると,70年代中葉から14万人前後で高止まりしていた従業員数は89年を境に減少傾向に転ずる。しかも,90年前後の人員削減規模は72年から2002年までで見ても最大であり,89年には13.8万人であった従業員数は,90年に2.1万人,91年に1.0万人,92年に0.9万人が削減されて9.7万人(89年時点の7割)となった。その結果,88年には年間一人当たり169トンであった労働生産性は,92年には220トンと30.2%上昇するのである(IBS various years)。

3 小括

 本章で言いうることは以下の通りである。第1に,民営化直前における政府系鉄鋼企業は,鉄鉱資源の優良・豊富さと生産技術水準の一定の高さに支えられて,少なくともホットコイルを中心とする熱延製品については,先進国市場に参入しうるに十分な国際競争力を有している。なおかつ鉄鋼業はブラジルの他の産業部門と比べてもより高い国際競争力を有している。第2に,こうした競争力の高さは80年代末から90年代初めに行われたリストラクチャリングによってもたらされた。債務削減と人員削減を主たる内容とするリストラクチャリングによって,重い債務負担と販売価格統制による売上高圧縮で経営危機に陥っていた政府系企業は,財務構造を根本的に変えることに成功し,労働生産性を上昇させたのである。

表3 鋼材コスト構成
  合計   小計 金融
費用
労働
コスト
     原材料計 減価償却 その他
石炭 鉄鉱石 エネルギー その他
Siderbras  431 76 67 17 13 17 114 44 37 271 160
100.0% 17.6% 15.5% 3.9% 3.0% 3.9% 26.5% 10.2% 8.6% 62.9% 37.1%
西ドイツ  339 81 73 50 34 21 178 18 50 327 12
100.0% 23.9% 21.5% 14.7% 10.0% 6.2% 52.5% 5.3% 14.7% 96.5% 3.5%
日本  370 68 60 52 43 22 177 31 66 342 28
100.0% 18.4% 16.2% 14.1% 11.6% 5.9% 47.8% 8.4% 17.8% 92.4% 7.6%
アメリカ  507 132 59 85 76 22 242 30 88 492 15
100.0% 26.0% 11.6% 16.8% 15.0% 4.3% 47.7% 5.9% 17.4% 97.0% 3.0%
(註)1985年6月時点における稼働率90%を前提とした米ドル換算1トン当たりコスト。
(出所)Fischer 1988:203.

V おわりに

 本稿の目的は,80年代後半から90年代前半までの政府系鉄鋼企業のリストラクチャリングと民営化を検討することを通じて,民営化直前の政府系鉄鋼企業の技術水準と国際競争力の源泉を明らかにすることにあった。
 これまでに,IIにおいて90年代の民営化プロセスは,鉄鋼企業が他の産業部門と比較して,健全性と収益性において優位にあったことを浮き彫りにしたことを示した。IIIにおいて,政府系主要5社は大量生産に適合的な生産体系かつ近代的な製鉄所の基本を押さえた設備構成であることと,このことと鋼板生産への特化が結びついていることを明らかにした。IVにおいて,民営化直前の90年時点における政府系鉄鋼企業は,ホットコイル(熱延広幅帯鋼)を中心とする熱延製品において一定の国際競争力を有しており,この競争力の高さは80年代末から90年代初めに行われたリストラクチャリングによってもたらされたことを明らかにした。
 以上より言いうることは以下の2点である。第1に,IIIとIVとを合わせて考えれば,政府系主要5社は近代的な製鉄所の基本を押さえた設備構成であったからこそ,リストラクチャリングに成功したと考えられる。この点で,そうした生産体系・設備構成の基本が形成された70年代から80年代始めにかけての大規模設備投資は,資金調達には問題があったが,ある程度合理的な技術選択がなされていたものと考えられる。
 第2に,一般に発展途上国の産業が競争力を持ちうる製品はスケールメリットを生かした大ロット品(量産品)である。政府系鉄鋼企業が国際競争力を有するホットコイルは大量かつ大ロットの需要を背景とする現在の鉄鋼業の基軸品種であり,まさにその量産品に他ならない。しかも,政府系主要5社は,主としてこのホットコイルを含む普通鋼・鋼板の生産にその資源を集中し,多くの製鉄所でホットコイルを生産するホットストリップミルを有してきた。だが,鋼板の生産に特化してきたのは,「三つの脚」企業体制の下で国内の自動車産業などに鋼板を担ったために他ならなかった。政府系鉄鋼企業は鋼板に特化させられてきたからこそ,一定の国際競争力を持ちえたと考えられる。

 

1) Cia. Vale Rio Doce. 42年に鉄鉱山を経営するために連邦政府が設立した鉱山企業(Trebat 1983: 41)。
2) スラブは厚板・中板の材料,ブルームは大形・中形の棒鋼・形鋼ないしビレットの材料,ビレットは小形棒鋼・形鋼などの材料となる。すなわちスラブは鋼板類,ブルームとビレットは条鋼類の材料である。
3) 日本をはじめとする多くの国の鉄鋼業においては,一つの企業が複数の事業所(製鉄所)を所有・経営していることが多い。しかしブラジルの場合,一企業一製鉄所であることがほとんどであり,少なくともこの1990年時点での政府系主要6社の場合は,すべて一企業一製鉄所であった。ブラジルにおいても企業名とは別に製鉄所名がつけられている場合が多いが,ここでは煩瑣になるため,製鉄所を指す場合でも企業名を用いることとする。
4) CSN(Cia. Siderurgica Nacional)は,政府系の貯蓄銀行や年金基金,国庫などが出資してリオデジャネイロ州ボルタ・ヘドンダ(Volta Redonda, Rio de Janeiro)に設立された。リオデジャネイロ市から100km,サンパウロ市から450kmの地点にある内陸部のボルタ・ヘドンダに立地したのは国家安全保障戦略上の理由からである(Trebat 1983: 41, Baer 1969: 68-69)。また,Cosipa(Cia. Siderurgica Paulista)は,53年にサンパウロ市近郊の臨海地であるクバトン(Cubatao, Sao Paulo)に民間の手により市場立地型の製鉄所として設立された。ただし,資金不足をまかなうためにその後,サンパウロ州政府,BNDE(Banco Nacional de Desenvolvimento economico,国立経済開発銀行。52年に設立された開発銀行。後のBanco Nacional de Desenvolvimento economico e Social - BNDES,国立経済社会開発銀行)などが出資することになり,株主構成は60年代半ばにはBNDE 58.2%,サンパウロ州政府23.3%,国庫6.7%となり,政府系企業となった(Baer 1969: 80)。一方Usiminas(Usinas Siderurgicas de Minas Gerais)は56年に設立され,製鉄所は鉄鉱資源の豊富なミナスジェライス州イパチンガ(Ipatinga, Minas Gerais)に建設された。Usiminasは典型的な鉄鉱山立地である。Usiminasには新日鐵を中心とする日本ウジミナス(40%),BNDE(24.64%),ミナスジェライス州政府(23.95%),CVRD,CSNなどが出資した(Baer 1969: 81)。こうして見てみると,製品構成と規模,設立時期は似ているが,CSN,Usiminas,Cosipaはその出自と立地を異にしていることがわかる。
5) Acominas(Aco Minas Gerais S.A.)は66年,ミナスジェライス州オーロ・ブランコ(Ouro Branco, Minas Gerais)にミナスジェライス州政府によって設立され86年に稼働している。設立から稼働まで20年かかっているのは政治的思惑と資金不足に翻弄された結果である(Schneider 1991: 22-24)。このAcominasの悲劇的とも言える建設の遅延については,政治学者の Ben Ross Schneider がSchneider(1991)の第6章で詳細に論じている。一方,CST(Cia. Siderurgica de Tubarao)は76年にエスピリト・サントス州ビトリア(Vitoria, Espirito Santos)に設立され,83年に稼働している。CSTはSiderbrasグループ(51%)と川崎製鉄グループ(24.5%),イタリアのFinsiderグループ(24.5%)の3国をまたがる合弁企業として設立された(梅垣・竹蓋ほか1984: 76)。
6) Acesitaは1944年に民間の手により設立されたが,政府系銀行Banco do Brasilによる相次ぐ救済融資の結果,1952年にはBanco do Brasilの100%出資子会社,すなわち政府系企業となった(Baer 1969: 68)。
7) 政府系鉄鋼企業の経営危機の主たる原因である債務負担と売上高の圧縮は,深刻な資金不足をもたらし,設備投資の遅れをつくりだした。80-83年には年平均23億ドルであった設備投資は84-89年にはわずか年平均5億ドルへと急減するのである(De Andrade e Cunha 2002)。
8) 例えば,IBS, Anuario Estatistico, various years, p.8/8 にある企業別生産設備・製品内訳を見よ。
9) この「再建計画」は,次の2つの文書に記載されている。(1)大統領により承認されたシデルブラス・システム再建に関する省間合意議事録"Ata de acordo interministerial sobre o saneamento do Sistema Siderbras"。(2)Siderbras,SEST,国庫並びにUsiminas,CSN,Cosipa,CST,Acominasが参加して行うシデルブラス・システム再建措置導入に関する議定書"Protocolo para implantacao das medidas de saneamento do Sistema Siderbras"(CST 1989)。
10) ウジミナス(1988)の37頁には以下の記述が見られる。「本計画には,コストと操業資産の報酬をカバーしうる国内市場価格政策を確立することが定められていたが,主としてインフレを抑制し,価格を凍結する政府の経済政策の結果,1987年においてはこうした措置は一部しか実施されず,1987年12月31日現在で価格引き上げに39.42%の遅れが生じ,販売量とこうした価格政策確立の前提とを考慮すると,1987年度のウジミナスの総売上高は約109万クルザード減少したことになる」。

 

参考文献

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※本稿は,日本学術振興会の科学研究費補助金(若手研究B課題番号15700534)の助成を得た研究成果の一部である。