『ラテン・アメリカ論集』(ラテン・アメリカ政経学会)第28号
〈研究ノート〉
長谷川 伸
はじめに
周知の通り,ブラジルにおいては産業民営化が進んでいる。「今回のこの産業民営化は,戦後『三つの脚』企業体制のもとで,重大かつ特有の位置を占めてきた政府系企業全体を史上初めて対象とする大規模なものであり,政府系企業の消滅=『三つの脚』企業体制の解体を意味する点で,ブラジルの工業化戦略の重大な転換点を画するものと言える。このことを象徴的に示しているのが,その創設がブラジル工業化の出発点となった政府系鉄鋼企業の民営化なのである」1)。
こうした鉄鋼業民営化に関する研究は管見によれば,民営化の経緯や民営化に至るまでの経営状況については蓄積が進んでいるものの2),鉄鋼業内部の生産構造と関連づけて論じているものは,見あたらない。生産構造,すなわち生産過程の諸段階においていかなる生産設備が組み合わされ,そしてその担い手は誰かを明らかにすることは,産業において政府系企業がいかなる役割を果たしたのかを検討する上で欠かすことができないと考えられる。その点で,鉄鋼業内部の生産構造についての全体像を把握し,その特徴点を整理しておくことは無益ではあるまい。本稿は,これを課題とする。
鉄鋼製品のほとんどを占める圧延鋼材の生産過程,したがって鉄鋼生産の支配的なプロセスは一般に,製銑・製鋼・圧延の3部門に分けることができる。以下各部門毎に考察したのち,これらを総合して生産過程の全体像を描き出すことにする。
製銑段階は,鉄鉱石・原料炭を主原料とし,石灰石を副原料として銑鉄を生産する段階であり,原料事前処理→焼結鉱・ペレット・コークス生産→製銑の諸工程からなるが,この段階の技術的性格を規定する基幹設備である高炉3)を中心に検討する。
この部門における主たる特徴は,以下のようになろう。表1によればコークス高炉による銑鋼一貫(5製鉄所)が生産能力,生産高ともに全体の6割以上を占めているが,この5製鉄所はすべて政府系企業4)である。また木炭高炉による銑鋼一貫(7製鉄所)は,生産能力で15%程度,生産高で2割を占めており,政府系のAcesita5),外国系のMannesmann6)の他は民族系である。したがって,高炉によるものは全体の8割以上を占め支配的である。一方で,半一貫が生産能力・生産高で15%占めているが,これはいわゆる電炉メーカーで,製銑部門を必要としない製鋼部門以降の生産設備を有している。
|
|
|
||||
製鉄所類型/製鋼部門 |
||||||
|
銑鋼一貫 |
コークス高炉 |
19,170 |
91.7% |
13,132 |
86.3% |
木炭高炉 |
4,445 |
21.3% |
4,010 |
26.4% |
||
直接還元 |
590 |
2.8% |
492 |
3.2% |
||
半一貫 |
4,474 |
21.4% |
2,933 |
19.3% |
||
計 |
28,679 |
137.2% |
20,567 |
135.2% |
||
製鋼部門 |
||||||
|
LD転炉 |
20,900 |
164.8% |
15,214 |
179.4% |
|
電炉 |
6,929 |
54.6% |
4,896 |
57.7% |
||
EOF |
850 |
6.7% |
457 |
5.4% |
||
計 |
28,679 |
226.2% |
20,567 |
242.5% |
||
鋳造部門 |
||||||
|
インゴット法 |
12,679 |
44.2% |
8,480 |
41.2% |
|
連続鋳造法 |
15,900 |
55.4% |
12,023 |
58.5% |
||
鋳鋼用 |
100 |
0.3% |
64 |
0.3% |
||
計 |
28,679 |
100.0% |
20,567 |
100.0% |
これは高炉に限らず装置産業一般に言えることではあるが,装置の大規模化が内容積当たりの建設費を著減できるため,大規模であればあるほど生産性が高く,単位当たり建設コストも安価になる。しかし一方で高炉は,一旦火入れされると内張りされた耐火煉瓦の寿命のつきるまで継続的に運転しなければならず,したがって短期的な操業停止による生産量の調節が困難な装置である。しかも生産量を抑制しながら,操業することも困難である7)。
こうした特徴をふまえた上で,高炉の規模について見てみると,図1から一見してわかるように,85年現在容積500m3以上の高炉は政府系(CST,CSN,Cosipa,Usiminas,A腔minas,Acesita8))だけである。また,高炉別の銑鉄生産能力(84年現在)は,木炭高炉によるものは135基で650万トンであり,1基当たり平均生産能力は4.8万トン,コークス高炉によるものは10基1550万トンであり,1基当たりのそれは155万トンとなり,木炭高炉の平均規模はコークス高炉のそれの1/32に過ぎないことがわかる9)。このことから,高炉を保有するメーカーの内部構成は,少数大規模高炉メーカー=コークス高炉中心=政府系と,多数小規模高炉メーカー=木炭高炉=民間中心,という構図が得られる。
木炭高炉のシェアが比較的大きいのは,森林資源に恵まれ,なおかつ,コークス(石炭)は輸入に依存しているため,木炭は輸入炭よりも相対的に安価であるからと考えられる。アマゾン等において問題となっている木炭銑生産のための森林伐採の深刻化は,木炭高炉による製銑がブラジル鉄鋼業において重要な位置を占めているからこそもたらされたと言えよう10)。木炭高炉による生産は全体の約80%が民間企業によるものである。
この木炭高炉の地位は,国際的に見ると極めて希なものである。ブラジルにおける木炭高炉による製銑は,生産能力と生産量双方とも世界最高であり11),しかも木炭高炉が存在するのは,83年時点でブラジルの他にマレーシア,アルゼンチン,タイ,インドネシア等にすぎず,なおかつその中でブラジルは群を抜いているからである12)。
木炭高炉の生産能力(84年現在)の内訳を見ると,銑鉄専門メーカー350万トン(105基),一貫製鉄所270万トン(23基),鋳物メーカー30万トン(7基)となっている13)。ここで注目されるのが,銑鉄専門メーカーの存在である。生産に占める銑鉄専門メーカーのシェアは銑鉄生産全体で24.2%を占め,無視できない存在となっている14)。
高炉の作業能率を示す指標のうち最も重視されるコークス比(銑鉄1トンをつくるのに要したコークス重量)は,90年時点で494kg/tとなっている15)。同年で見てアメリカ502kg/t,イギリス444kg/t,旧西独421kg/t,フランス422kg/t,イタリア414kg/t,日本446kg/t16)であるから,先進国の中においてみても遜色ない水準である。ただし,コークス比はコークス高炉に関しての指標であるので,木炭高炉が無視できない位置を占めているブラジル鉄鋼業全体の水準を示すものではなく,政府系三大製鉄所にCSTとA腔minasを加えた主要政府系企業の水準を示していることに注意すべきである。
なお,高炉の他に直接還元炉によるものも存在する。政府系1,元政府系1で構成される年間粗鋼生産能力35万トン以下の小規模な企業である。
製鋼段階は,製鋼→造塊・灼熱または(および)連続鋳造の諸工程からなっており,製鋼炉・造塊設備・灼熱炉・連続鋳造設備の装置・機械体系によって担われているが,近年ではエネルギー効率の面からも歩留りも有利なので,造塊・灼熱・分塊の諸工程に代わって連続鋳造機が支配的な位置を占めるようになっている17)。ここでは,その基幹設備である製鋼炉と,連続鋳造について検討する。
転炉は大量生産に適合的であり,特別な熱源コストが不要な点で,電炉や平炉に対して強い競争力を有しているが,それがゆえに小ロットの鋼種の生産には必ずしも適合的でなく,また投入主原料は溶銑でなければならないという原料面での制約がある。その点,電炉は比較的炉容も小さく,また鉄屑や冷銑を利用でき,設備建設の容易でその費用も安価,工場敷地面の制約も少ない,休止・再稼動も技術的に困難ではない,などの特徴を有する。したがって,生産量の短期的変動への融通性も強い18)。
このような諸特徴を踏まえて,90年の粗鋼生産を製鋼法別に見てみると,LD転炉74.0%,電炉23.8%,その他2.2%という構成になっている(表1)。この転炉と電炉との共存による製鋼は,平炉が無視できない位置を占めるCIS・中国を例外として,国際的に支配的な傾向であって,製鋼部門におけるシェアは,日本転炉68.6%-電炉31.4%,アメリカ59.1%-37.3%,韓国68.9%-31.1%,台湾57.7%-41.5%,ドイツ77.9%-22.1%などとなっている。ブラジルはその転炉比率が最も高い鉄鋼生産国の一つなのである。
全体の7割以上占めるLD転炉は,90年現在政府系6,外資系1,民族系3計10社によってこれを保有されているが19),200トン/回以上のLD転炉は,全て政府系企業―A腔minas (200トン/回×2基),CSN (225トン/回×3基),CST (280トン/回×2基)―が保有し,200トン/回未満100トン/回以上のものについても10基のうち8基までが政府系が保有している(図2)。
したがって,製鋼炉については,大型転炉=主たる政府系企業が所有,電炉=ほとんどの民間企業が所有,小規模転炉=民間企業の一部が所有,との構図が得られる。
次に鋳造部門を見ると,連続鋳造機保有企業は,90年現在22社(政府系4,民間系18)であり,主要鉄鋼企業のほとんどが保有している。注目すべきは政府系は全てスラブ用である一方,民間は全てビレット用である点である。政府系における1社当たり年間生産能力は,CSN 370万トン,Usiminas 250万トン,Cosipa 120万トンなどとなっている20)。連続鋳造設備を保有する企業の内訳については,政府系=スラブ専用,民間=ビレット専用,との構図が得られよう。
こうした連続鋳造機によって鋳造された鋼片の粗鋼生産高に占める比率―すなわち連続鋳造率―は90年現在58.5%となっている(表1)。この値は,世界平均(57.1%)・メキシコ(58.9%)と同水準である。粗鋼生産高では,ブラジルは韓国に次いで第8位であるが,連続鋳造鋼片生産高で見ると,この連続鋳造比率の相対的低さにより,イギリス・フランスに抜かれ第10位となっている。ブラジルより粗鋼生産が多くかつ連続鋳造率が低い国はCIS(18.0%),中国(22.3%)である21)。
圧延段階は,鋼を回転する2本のロールの間に通しながら,鋼のもつ展性と延性を利用して所定の形状に加工する過程である。この段階は一部の表面処理鋼材を除けば,需要家の手にわたる最終製品を作る段階であり,需要構造からの制約を直接反映する生産段階である22)。なおかつ鋼板と非鋼板の需要構成は相当異なるので,製品構成したがって圧延設備構成のいかんによって,鉄鋼企業の発展が大きく規定されることになる23)。また生産体系上でも,鋼板用と非鋼板とは大きく異なっている。
製品圧延について見ると,CSN,Acesita,Acominas以外は,各企業は鋼板用が非鋼板用かのいずれかに特化している。鋼板用に特化しているのは,政府系のCosipa,Usiminas,CSTである。CosipaとUsiminasは, スラブ用分塊圧延機―厚板圧延機・ホットストリップミル・コールドストリップミル, という基本的には同一な設備構成であり, 鋼板―中でも厚板・薄板中心の製品構成と言える。ホットストリップミルとは最も生産効率の高い圧延機であり,熱延広幅帯鋼を生産する。この広幅帯鋼は次工程分野も,それ自体の需要分野も広く,大量かつ大ロットの需要を背景とする現在の鉄鋼業の基軸品種である24)。一方でCSTは,製品圧延機をこの時点では保有せず, スラブ用分塊圧延機のみの圧延部門となっている。これは,前稿で触れたようにスラブ専用メーカーとして構想された関係である。
非鋼板に特化しているのは,民間企業全てと政府系のAFP25)である。このうち民族系企業とAFPは非鋼板の内,主として棒鋼・形鋼・ワイヤーロッド用を保有している。外国系のMannesmannは棒鋼・継目無鋼管用を保有している。
鋼板と非鋼板双方を生産する企業は,政府系のCSN,Acesita,Acominasである。CSNとAcesitaは,ホットストリップミルと条鋼圧延機を有している(したがって鋼板・非鋼板両方を含む製品構成である)点,及び厚板圧延機を持たない点で類似している。ただしAcesitaは,ステンレス鋼板・シリコン鋼板の生産を担っている関係で,その生産量と性質から,ホットストリップミルは他の政府系がタンデム(連続式)であるのに対し,少品種大量生産に適合的なホットストリップミルのなかで比較的多品種少量生産に向くステッケル式を採用している。またコールドストリップミルの代わりにステンレス等の硬い鋼板を圧延するために用いられるセンジミアミルを採用している。90年時点では半製品(スラブ,ブルーム,ビレット)のみの生産となっているAcominasは,大規模な拡張計画が進行中であり,形鋼ミル,軌条ミル等が設置される予定である26)。これが実現した時点でCSNの非鋼板用圧延設備は休止する予定であるので27),CSNは鋼板に特化する一方,AcominasはCSNの非鋼板生産を引き継ぎ,新設の圧延設備により非鋼板分野に本格進出することになる。
最後に,これまで検討してきた内容を総合し,その特徴点を整理することにより,ブラジル鉄鋼業の民営化直前の生産構造の全体像を明らかにしよう(表2)。
(1)製鉄所の形態としては,銑鋼一貫製鉄所と半一貫製鉄所(電炉メーカー)が共存している。銑鋼一貫製鉄所は主として,コークス高炉によるもの,木炭高炉によるものに大別できる。
(2)コークス高炉による銑鋼一貫製鉄所は,コークス高炉―LD転炉―ホットストリップミルという少品種大量生産に適合的な生産体系をとり,全て政府系企業である。製品構成は鋼板中心であり,鋼板生産を独占している。規模は比較的大規模であり,粗鋼生産能力200-400万トンが支配的である。
(3)木炭による銑鋼一貫製鉄所は,木炭高炉―電炉―非鋼板用圧延機という生産体系が支配的であり,年間粗鋼生産能力200万トン未満の企業で構成され,政府系のAcesita以外は民間企業である。そして,この木炭による銑鋼一貫製鉄所の鉄鋼業における位置は,国際的に見て希なものである。
(4)半一貫製鉄所(電炉メーカー)は,電炉―連続鋳造または分塊圧延機―条鋼圧延機という構成であり,多品種少量生産に適合的な生産体系である。全て民族系で,年間粗鋼生産能力60万トン未満の小規模な企業が多数存在する。
(5)木炭による銑鋼一貫製鉄所・直接還元炉による銑鋼一貫製鉄所・半一貫製鉄所は圧延部門の設備構成が類似し,コンクリートバー,ワイヤーロッド,形鋼などの非鋼板を生産している。
(6)これを企業規模と経営主体との関係で見れば,政府系企業は主として少数大規模ので少品種大量生産に適合的な生産体系と鋼板中心の製品構成,民間企業は多数小規模ので多品種少量生産に適合的な生産体系と非鋼板のみの製品構成,となっている。政府系企業と民間企業が,生産体系と製品構成を棲み分けることにより共存しているのである。
そうした下で注目されるのが,CST,Acominas,Mannesmannである。CSTは圧延部門を持たない点,Acominasは主として非鋼板製品の生産をめざす点で注目される。両者は鋼板の国内供給という,政府系鉄鋼企業が戦後一貫して帯びてきた特徴・役割28)から,CSTは輸出目的のスラブを生産する点で,Acominasはこれまで民族系企業の領域であった非鋼板分野に本格的に進出する点で,乖離しているからである。この点から,産業構造全体および鉄鋼業内部における政府系企業の位置・役割の変容を垣間見ることができる。外国系であるMannesmannは,粗鋼生産能力で民族系企業第2位のBelgo Mineiraと同じ100万トン規模であり,民族系企業と同様の生産体系をなしているが,比較的高度な技術を要する継目無鋼管生産がこの企業の特徴である。この他ブラジルでは,NCS Siderurgicaが継目無鋼管を生産しているが,前者の90年における生産高22.8万トンに対して後者のそれは1.1万トンに過ぎないので,Mannesmannはブラジルの主たる継目無鋼管生産者と言える点で,独特の位置を占めている。
以上がブラジル鉄鋼業の生産構造の全体像となるが,これとブラジルの鉄鋼製品の国際競争力との関係について整理して本稿の結びとしたい。I・IIで言及したように,ブラジルの鉄鋼業,特にその主力である銑鋼一貫製鉄所=政府系企業は,技術的には先進資本主義国の中に置いてみても遜色ない水準にある。にもかかわらず,ブラジル鉄鋼業はハイコスト生産者とされるのはなぜか。キール大学世界経済研究所のBernhard Fischerらは,73年と84年のトン当たりコストを比較してハイコスト生産者としてのブラジルの地位は,世界における低コスト順位でみて73年第15位から84年第16位と,さほど変化がない。しかしそのハイコストの主要因は,73年においては原材料費,84年においては資本コスト(利子・減価償却費)であるとしている。原材料と労働コストについては他の鉄鋼生産国よりも好ましい状態にある。また,労働生産性,コークス比,燃料比,連続鋳造率が同水準であるUsiminasと日本とを比較すると,減価償却費・利子負担ともに日本よりもUsiminasの方が高い29)。資本コストを除いた比較,すなわち労働コストと原材料コストの合計額で比較するとブラジルは,73年には15位が,84年において10位以内に入る。そしてこの資本コスト(利子・減価償却費)は,実は7割以上が利子負担部分によって占められている30)。ブラジル鉄鋼業の生産コストは,相対的低い労働コスト・原材料コストにもかかわらず,相対的高い資本コスト―特に利子負担によって押し上げられ,世界第16位の地位に甘んじているのである。このことは裏返せば,生産過程そのものとしては,相当程度の国際競争力を有していることになるかと思われる31)。
【註】
【参考文献】