とある文系院生の生態

1.はじめに

 「『院ふぉるめ』は理系っぽいて言われるから,ちょっとオマエ,文系の大学院生の研究生活なり,暮らしぶりなりを書けよ」なんて言われたって困る。一概に文系院生の研究生活といっても,いろんな形があって,その多様性は理系の比ではないと思う。理系のように研究テーマが引き継がれていくなんてことは滅多にないし,実験をするわけでもないから,研究室にいる必要もない。だから,同じフロアに研究室があっても,カレコレ一年以上見かけてないヤツもいるし,毎日午前中から研究室にきて夜遅くまで研究その他にいそしむヤツもいる(だから,研究室に来ないからといって研究していないわけでもないし,研究室にいるからといって研究をしているわけではないのである)。論文を大量生産するヤツもいれば,一本一本を大事にしてじっくり仕上げるヤツもいる。就職先についても,最近は修士卒で民間企業や公務員を希望するケースが増えて多様化が進んでいる。だからぼくは,自分の研究のやり方をつらつらと書くことしかできない。ちなみにぼくは研究者志望で,主に自宅で研究しており,論文作成は大量生産に近い。

 以下で,ぼくの研究生活の特徴づけを研究時間の分析を通じて行い,理系では一般に考えられない在宅研究型の一側面を明らかにしたい。まず表1に総括的な指標を示しておく。

表1 標準操業度1)における研究生活諸指標(1994年)

研究時間帯

10:00-19:00

研究時間(名目平均)

8 hour/day

研究時間(実質平均)

6 hour/day

研究室利用頻度

2 times/week

研究室滞在時間(平均)

1.5 hour/day

研究室滞在時間率2)(平均)

20%

(注)1) 戦争の事態,つまり論文締切直前における生産能力を異常に上回って操業する場合は,研究時間はもちろん,時間帯も大きく変動するため,これを除いた通常の標準的な操業度。しかしながら,最近は常に論文締め切りに追われ,戦争状態が恒常化しており,標準操業度における操業は過去のものとなりつつある。2) 研究室滞在時間/大学滞在時間。

2.とある文系院生はどこで研究しているか

 表2によれば,自宅の60%に対して研究室は10%とに過ぎず,これは明らかに在宅研究型。ではなぜ在宅研究型なのか。それは以下の理由による。

(1)大学院生急増のもとで研究室における一人当たりのスペースが縮小傾向にあること(今では机一つと本棚少々になってしまった)および自宅に一部屋確保できること。

(2)1研究室当たりの人数が増加するにつれ,研究室内での気遣いがより必要になってきたこと。

(3)在宅研究型に移行した当時,自宅からは電話回線経由で大型計算機センターが利用できたのに対して,研究室からTAINSが利用できないためにそれが不可能であったこと。

 この在宅研究型を研究室の利用の仕方から見ると,以下の4点にまとめることができる。(1)資料探索の現地事務所。(2)研究会・授業の控え室。(3)当座必要ない文献の保存。(4)休憩室。

 まとめれば,在宅研究型の特徴は「研究は主に自宅で行う」「必要な研究資料は研究室に置かない」「大学にいる時は研究室にいない」と表現できる。研究室の本来の主旨?から見れば,これは全くケシカラン利用の仕方である。 

表2 研究空間別時間配分(1994年)

a.自宅

60%

b.研究室

10%

c.図書館等

20%

d.その他

10%

3.とある文系院生の研究とは具体的には何をやっているのか

 とかく文系院生というと,部屋にこもって文献を読んで論文を書くというイメージが強い。確かにそうしたアプローチをとる文系院生はある程度いるし,そうしたアプローチによってしか,その研究目的を達成することができない研究分野もあることも確かだ。けれども,ぼくの場合はまわりの院生と比べて,おそらくb.が少なく,d.が多い(表2)。これは,ぼくのアプローチにおける統計分析(といってもせいぜい移動平均や簡単な回帰分析程度)のウェイトが高いことによる。だから,統計資料データを入力して,パソコンのディスプレイと首っ引きであれこれと料理して,ようやく一ついいグラフができたら一日が終わっていたなんてこともある。またa.のウェイトも他と比べて高いと思う(この理由については後述)。

 ぼくの場合は通常,表2におけるb.,c.,d.の作業の境界は非常に曖昧である。例えば,ぼくは論文をアンダーラインを引きながら読むのだけれど,使えそうな表が出てくると,その場でExcelなんか使ってデータ入力してグラフ化してみたり,引用されている文献の中におもしろそうなものを見つけると,おもむろにデータベースにアクセスして,複写のリクエストをしたりする。だから,いつのまにか当初読んでいた論文を忘れ,別の論文を読んでいたりする。「もう少し腰をすえて論文を読んだらいいのに」と自分でも思うのだが,なかなか改まらない。これがぼくの研究スタイルなのだけれど,これは「飽きっぽい」「新しもの好き」「気まぐれ」と特徴づけられるぼくの猫的性格からきている。

 また,こうした研究スタイルは,必然的に未整理・未処理の論文なりメモなりを増加させる。最初の出発点(論文)を等閑にして(読み終わらないまま),どんどん拡散していく(グラフをつくったり,引用文献の所在を探したり)からだ。だから,資料探索時間のウェイトが増大するしまた,ぼくの机の上には,途中で放棄された論文や未整理のメモや本が山積みとなって複雑で不安定な積雪層を形成することになる。この机上の積雪層は,意図せざる接触等により,頻繁に表層雪崩(時として全層雪崩)を起こし,事態を一層の混乱状態に陥れる。しかしこの雪崩は,埋もれていた論文やメモとその重要性の再発見に貢献するから必要なことなのである。

表3 研究時間(実質ベース)の作業別時間配分(1994年)

a.資料を探している。

30%

b.文献・論文を読んでいる。

30%

c.論文を書いている。

30%

d.図表をつくっている。

10%

4.おわりに

 いずれにしろ,文系院生の研究スタイルは多様である。おそらく,こうした研究スタイルをとる院生は,世界中にただ一人しかいまい。まあ,「文系院生の中にはこんなヤツがいる」と,研究室での茶飲み話のネタにしていただければ幸甚である。

(『院ふぉるめ』Vol.2,1994年)


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