【書評】大沢周子『たったひとつの青い空―海外帰国子女は現代の棄て児か―』


 この本の表題は,「ホーラ,みんな,空を見上げてごらん。たったひとつの青い空だよ。どこの国の上にも,ひと続きでひろがっているんだよ」という学校の先生の言葉からとられたものだ。この何気ない言葉が出てくる終章にいたるまで,海外で育った日本の子どもたちが,日本の学校でどんな目に遭わされているかがリアルに描き出される。

 帰国生のシロウ(中三)はある時,返ってきた英語の答案の,採点ミスを発見した。黙っていいはずはない,ほかのみんなのためにも,とシロウは考えた。

「先生,ぼくの答えは正しい,と思います」
その時,先生はどなった。
「ここは日本だ,ここは教室だ,おれは教師だ」
いじめる子どもの親はこう言う。
大勢で一人の子を追いつめてハダカにし,殴って蹴ってヒキツケを起こさせる。いじめる側の息子が言うにはそれもゲームだそうです。「死ね!も,消えろ!も,バイキンもアホも,みんな軽い冗談さ」と息子は言います。そんなことぐらいで登校拒否をしたり,自殺したり,それはいじめられた子どもが弱虫ではありませんか。

…海外にいた7年間,あきらめないことが大切,といつも自分にいいきかせて,努力してきた。あきらめていたら,投げ出していたら,いまの自分はなかったと思う。

しかし,日本では,あきらめることが大切,ということを学ばなければならないのかもしれない。

…外国から帰ってきた子どもたちが孤立するのは,学級の生徒たちに,排斥,疎外の免罪符を与えている先生がいるからである。外国帰りは気に障る,目障りだ,と先生の口が,目が言っている,と学級の子どもたちは察するのである。


 帰国子女をめぐる問題は,日本の教育と社会の異常さが極めて鮮明にしかも深刻な形で現れている。「異質なものは排斥,排除してあたりまえ」という論理。これは日本のあらゆる部面に浸透している日本型企業社会の論理だ。だから,この論理は帰国子女だけではなく,全ての国民を貫こうとしている。しかし,日本型企業社会を支えている企業戦士たちの子らにその矛先が向けられているであるのはなんと皮肉なことであろうか。いや実は,本来そういうものなのかもしれない。我々はつれない日本型企業社会に片思いしているのではあるまいか。
 「お母さん,学校というところは勉強が楽しくて,そして楽しく勉強することで,自分が大きく豊かになるような気持ちになれる,そういう場所だと思うの。自分を押し殺す方法を学ぶ場所じゃないでしょう。だから,もう日本の学校はあきらめるわ」。この声に我々はどう応えるべきなのか。これから教師になる者,親になる者,そして悲しき企業戦士になる者にこの本を捧げたい。日本社会を知る絶好の書である。涙なくして読めない。
(文芸春秋,1986年)


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Author: Shin Hasegawa
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