ビデオ「中南米経済論」の制作にあたって

 学生が前に出て,教室にいる学生に向かって熱心に説明している。説明が終わらないうちに他の学生や教員が質問が矢継ぎ早に飛ぶ。授業担当班が提起したディスカッションの方法やテーマがあいまいであれば,それらがはっきりするまでやりとりが続き,予定したディスカッションは始まらない。グループ毎のディスカッションは雑談のようでもあり,教室は騒然とした雰囲気に包まれる。授業担当班がムキになって説明するものの,終了時間が迫っていても関係なく「わかる」まで食い下がる学生が現れて時間延長…。

 このように描写できる学生参画型・中南米経済論。この「授業らしくない」授業の特徴や工夫点を15-20分程度でわかりやすく正確に伝えることは不可能なのではないか。ビデオ制作にあたって最初に私の頭をよぎったのはこうした思いでした。しかし,そうした思いは関係者の方々のご尽力で杞憂に終わり,無事完成に漕ぎ着けることができました。以下では,第1に授業形態としての学生参画型そのもの,第2に学生参画型授業における担当教員の役割,第3にラベルの活用について説明します。学生参画型授業についての詳細は林義樹『学生参画授業論』(学文社,1994年),『参画教育と参画理論』(同,2002年)を参照してください。

(1)学生参画型授業とは何か

 学生参画型授業とは「教師の教育的配慮のもとに,受講学生が主体的に,授業の企画・実施・伝承に参画する授業」(林義樹『学生参画授業論』学文社,1994年,10頁)です。

 今日のFD活動の一つの焦点は,授業のPlan-Do-Seeサイクルで言えばDoの局面(授業中)にどのように学生を参加させるかにありますが,学生参画型はDoに留まらず,その前後を含めたPlan-Do-Seeの全ての局面に学生が主体的に関わるのです。つまり,教員に一切を任せていた学習のための「場づくり」にも学生自身が責任を持って参加するのです(表1)。

表1 参加の型による教育の3類型
 
参集型教育
参与型教育
参画型教育
学習者 役割
視聴者
出演者
設営者
行動
出席・視聴・記録
発信・交流・生産
企画・実行・伝承
獲得
知識
認識
意識
学習支援者 役割
レクチャラ
コーディネイタ
スーパーバイザ
行動
教える
調整する
学び合う
決定
独断
相談
協議

(出所)林義樹『学生参画授業論』学文社,1994年,167頁,表6-2を一部改定。

 2002年度の中南米経済論の場合,授業の企画運営は原則として受講生全員が持ち回りで行われ,一回の授業90分は7-9名の学生で構成されるチームで行われました。この授業を担当するチームの授業前後の行動イメージとしては以下のようになります。授業前においては,チームが研究活動(学びの旅)で発見したことの中から最も伝えたい発見を選び,これを中心にして90分の授業を組み立てる。授業中においては,授業担当班の学びの旅路を辿りながら,発見を他の学生と分かち合い,味わう。授業後においては,クラス新聞の作成で対話しふりかえり,次回の授業での発表でクラスとしてふりかえる。

 こうした学生参画型で授業が進んでいくと,授業に参加する学生は「この授業は企画者のものであり参加者全員のものである以前に,まず私の授業だ」と捉えるようになり,そこに自分自身の学びを求めるようになります。ですから,授業中に取り扱っているテーマに限らず,授業の進め方についても半ば「不規則発言」的に意見が出されるようになり,わからないことはと「わからない」と言えるし,わかるまでこだわることができるようになっていくのです。

(2)担当教員の役割

 では,こうした学生参画型授業においては教員(学習支援者)はどのような役割を果たしているのでしょうか。教員によるレクチャーを中心とする授業ではありませんので,レクチャラが教員の主たる役割とは言えませんし,一回一回の授業を表だって企画運営しているのは学生ですから,教員がコーディネイタとして機能する局面も多くはありません。とはいえ,授業全体の最終責任は担当教員にありますので,学生に全てを任せてしまっているわけではありません。担当教員は一回一回の授業が全員にとっての学びとなるように,学生を支えなければなりません。特にこれは授業前の企画・準備段階において重要です。授業を担当するチームの準備状況に応じて,アドヴァイスやヒントを与えますが,時にはテーマや企画を一緒になって考えることもあります。授業担当チームとの企画をめぐってのやりとりは2002年度の場合,平均すれば2回は越えるのではないかと思います。授業中においても担当教員は,授業担当チームに対して適時授業運営についてのアドヴァイスや質問を行い,授業の最後には運営方法と授業内容双方についてコメントをします。授業後のクラス新聞作成に関しても事前にチェックを担当教員が行っています。こうした担当教員の学生にとっての役割は,必要に応じてレクチャラとコーディネイタの役割を果たしながらも,基本的にはサポータかつスーパーバイザであると捉えることができます。

(3)ラベルの活用


図1 感想ラベル記入例

 3枚複写式のシールラベルを使う狙いは,対話(やりとり)とふりかえりを容易にすることにあります。ラベルの活用は,授業終了直前に感想を記入することから始まります(図1)。学生は「今日の授業はどうだったかな」とふりかえって,最初に思い浮かんだものをワンセンテンスで記入します。30文字程度しか入りませんから気軽に1分程度で記入でき,学籍番号と名前も記入しますので出席状況の把握もできます。記入されたラベルは黄色・桃色・白色と3枚のラベルに切り離されます。黄色ラベルは当日の企画班に渡され,企画班からのコメントが一枚一枚につけられ,クラス新聞の記事になります(授業担当チームと学生との対話)。桃色ラベルは教員に渡され,「感想ラベルリプライ」として教員からのコメントが一枚一枚につけられます(教員のふりかえり・教員と学生との対話)。こうして作成されたクラス新聞と「感想ラベルリプライ」は次週の授業の冒頭で発表・配布され,前回の授業をクラスとしてふりかえります。白色ラベルは記入者が保管し,前期末と学期末に「学びのプロセス図解」として,記入したラベルすべてを日付順に貼り付け,コメントをつけて,中南米経済論における自分自身の学びのプロセスをふりかえり,図解化します(表2)。

表2 感想ラベルの三段活用(2001-02年度)
  作品 作成者 対話
0 感想ラベル 学生:個人 自分自身
1 感想ラベルリプライ 教員 ?学生
2 クラス新聞『中南米経済論新聞』 授業担当班 ?学生
3 学びのプロセスチャート 学生:個人 自分自身

 こうした感想ラベルの徹底活用を通じた対話とふりかえりによって,クラスにおける他者(教員・学生)と自己(自分自身)に対する理解が進み,次いで「場」に対する理解も生まれてきます。その結果,言いたいこと(わかったこと)が沸いてくるし,言いたいことが言える「風通しの良い」場に授業が自然となってくるのです。ラベルは非常にシンプルなものなので,学生にとってもわかりやすく,そのための仕組みの維持に手を煩わすこともありません。

(4)おわりに

 学生参画型はまだ普及していない授業形態ですが,今後の授業形態の一つの選択肢として存在し続けるであろうと考えています。学生参画型授業を行うことは先述したラベルの活用なくして困難だと思いますが,感想ラベルを導入することはあらゆる授業において可能だと思います。ラベルの活用はどこからでも手軽にかつ効果的に活用できますので,学生に感想ラベルを書いてもらい,これを全て貼り付けて次週にプリントにして配布するだけでも効果がありますし,気になるラベルにコメントをつけたらより効果的です。これと合わせて学期末に「学びのプロセス図解」を学生に作成してもらうことも,あらゆる授業で可能なことかもしれません。

(『関西大学FDフォーラム』第5号,2003年6月10日)