つぶやきコーナー/リローデッド35
5月7日(日) 第三弾は大雨
今日は京都調査の復活第三弾ですが、とにかく大雨にたたられまして、早めに切り上げて戻ってきました。
太秦の広隆寺と、それからむしろこちらがメインの大酒神社です。
もっとももっと早く出るつもりが、やれクリーニングだとか宅急便とかがあって、ちと遅れました。
太秦へは、まずモノレールで南茨木まで出て、その後阪急で西院まで出て、それから京福電車に乗り換えました。
京福電車も市電のような1輌列車で運行する形ですよね。乗ったのはものすごく久しぶりです。
まず西院で、京福電車の駅が分からずに右往左往してしまいましたが(汗)。
んで太秦に着いたら、広隆寺の門の前が駅なんすねー。探すまでも無い・・・・。
広隆寺といえば弥勒菩薩像ばかりが喧伝されてますが、その他の仏像にも見事なモノが多いです。
雨のためか観光客も少なめで、じっくりと見ることが出来ました。
こちらも上宮太子、すなわち聖徳太子信仰がむしろ中心なんすねえ。
その後隣の大酒神社へ。
いや小さいとは聴いていましたが、マジで狭いすね。主神はなんと秦の始皇帝とされます。
もともと太秦という土地は渡来人の秦氏との関連が深い土地です。元来はこれも広隆寺の中にあったらしいですが。
明治の神仏分離で分けられたようです。
神仏分離って、ホントにアホな政策ですよねえ。まあ、当時はそんな認識だったんでしょうけど。
んで、いまでも京都三大奇祭として受け継がれてるのが、牛祭りで、ここに登場するのが摩多羅神です。
この摩多羅神が、全く由来のワカラン神でして、アタマ痛いです・・・。
赤山明神、新羅明神、摩多羅神などなど、実は正体不明の渡来系の神々が結構います。
これについて詳しいのが山本ひろ子氏の『異神』(ちくま文芸文庫)でして、非常に詳細にその来歴を分析されています。
まあ、これらの神は結局のところ「正体不明」なんでしょうけど、どーも七郎神などを調べていると、気になる存在ではあります。
というのも、赤山明神も新羅明神も、その日本への渡来説話は、全くと言ってよいほど七郎神と同じです。
高僧が日本に帰るに当たって、その地の山神である神が日本に来たという話。
主人公が円仁であったり、円珍であったり、また道元であったりするだけで、同じパターンの焼き直しと言えます。
或いはどちらかがどちらかに影響を与えているのかもしれませんが・・・。
それに、赤山明神の図像ってのも、七郎とよく似てます。
もっとも、手をかざしてませんけど。かざしてたら、あまりにもドンピシャ過ぎますって(笑)。
新羅明神の伝承も気になります。そもそも朱山王や嵩嶽という称号もあり、また「明州の神」という記載もあるとか?
嵩嶽の補佐だったら張大帝じゃないかとも思ったりします。
そもそも「なんで牛祭り?」と思われているようですが、張大帝の祭祀では、ものすごい数の牛を使い、まさに「牛祭り」だったんですよー。
むろん、これが張大帝の祭祀のストレートな反映とは思えないのですが、幾つかの影響はあるんじゃないかと思っていたりします。
とはいえ、この地に関わるコトは、容易にトンデモ系になりやすいですが(涙)。
大酒は、元来「大闢」だったらしいですけど、これが「ダビデだぁ」と主張する説があるんすよね。んで摩多羅は「ミトラ」だとか・・・。
まー、全く影響が無いとは断言しきれないですけど、だったらまだ張大帝やら七郎が来てるとする方が、ルートがたどれるだけマシだと思いますわ(笑)。
とはいえ、まだ自分もこの説は現段階では憶説・妄説に過ぎません。
摩多羅神の祭りは、あとは平泉で行われているのが有名だそうですね。
思わぬ所から、平泉にまで話がつながってきました。やはり調査せんとマズイすね。
5月6日(土) 雑務
今日もなんか暑いっすねー。しかし冬からいきなり夏になった感が。
関大はフツーに授業再開してますね。事務も開いているので、とりあえず幾つかの雑務をこなしに大学へ。
1日おきに調査と雑務に当ててるんですが、しかし天気予報見ると、明日は天気悪いみたいですね。入れ替えた方がよかったかも・・・。
ただ今日は仕事はなるべく早めに切り上げて、梅田のジュンク堂などに出ようと思っています。
堂島アバンザのジュンク堂は在庫がすごく充実しているのですが、こちらからだと微妙に行きにくいんすよねー。
明日はまた京都に出ている予定です。交通手段などをまだちゃんと調べてないのですが・・・。
いかん、デジカメを忘れないようにしないと。
昨日の赤山明神のお守りを見てると、こちらも甲冑姿の武神なんすねえ。
ある意味大将軍と近いかも。そもそも境内には金神も祀られていましたし。
金神=太歳ですしねえ。このあたり、何か一種の混淆と独自の発展がありそうな気がします。
5月5日(金) 復活調査その2
寺廟探索その2です(笑)。
今日は比叡山の手前、修学院の近くにある赤山禅院を見てきました。
行きは四条河原町から京阪四条へ、それから出町柳で叡山電車に乗り換えて修学院まで。
叡山電車って始めて乗りました。なんか無人駅が多く、阪堺線か東京の都電みたいな、いかにもローカルな電車でしたね。
修学院の駅から赤山禅院までは歩くと結構あります。今日はちと暑かったもんでキツかったすね。
赤山禅院は延暦寺に関連する寺院で、泰山府君を祀ります。
泰山府君とは、すなわち東岳大帝であり、当然道教関連の神です。
とはいえ、円仁が遣唐使船で唐に渡り、その時の守護神が赤山明神であり、これを祀ったとするんですよねえ。
この由来話からすると、海神であり、むしろ七郎神の方が性格としては近いような気もしますが・・・。
それはともあれ、赤山明神=泰山府君で、さらに陰陽道の祖神とされるとのこと。
おととい見たのは太歳=『封神』の殷郊で、今日は東岳=『封神』の黄飛虎なわけですから、京都はあちこちで『封神演義』の神が見られる地でもあるわけですね(大ウソ)。
5月5日は、泰山府君祭が行われるとのことで、ちょっとそれを見に行ってきたわけです。
お祭り自体については特にフツーでしたが。しかし神道と仏教の混淆がここまで目立つ所も珍しいかもしれませんね。
しかし何故5月5日ですかねえ。東岳大帝は旧暦では3月28日生誕で、新旧暦対照でもちとズレますが。
5月5日というと、本来は孟嘗君伝説にあるように悪い日だったわけですよね。
そこで京都の表鬼門であるこの地で祭りをやるというのは、それなりに首肯できる話だと思います。
この赤山明神が東岳だとすれば、伽藍神としての東岳が残されている貴重なモノなんすけどねえ。
宋に渡った成尋が「伽藍には五通・東岳・七郎」といった意味のコトを言っていたと思います。
五通は華光ですから、いま萬福寺にいます。七郎は相国寺などあちこちで見ますね。んで赤山禅院が東岳だとすれば、一応それなりに裏付けが取れることになりますが・・・。
帰りは京阪の特急にそのまま乗って、北浜で乗り換えて大学に来てます。
ちょっとやり残した事務がありまして・・・。
ゴールデンウィークはあと1回調査に行けるかな、って所でしょうか。
昨日の『他人を見下す若者たち』についてちょっと追加(汗)。
いや、他人を見下しがちだってのは、いまに始まったコトじゃないんじゃないすかねー。
自分なんかもしょっちゅうやってますし、またやられてるんでしょうし(笑)。
まず真っ先に連想するのは、やはり阿Qの「精神勝利法」ですよ。万事情けないクセに、とにかく他人を見下して悦にいるサイテーなヒト。
しかし阿Qの昔からずーっといるわけですしねえ。
恐らく、いまの若者がそーなったというより、そういった態度が顕著に目立つよーになっただけなんでしょねえ。
昔はそれこそ身分ってのがありましたから、エライかそうでないかは身分で決まっていた。
もっとも、それでバカ殿なんていたわけですけど(涙)。
いまはねえ、民主主義だから平等。でも恐らく、人間ってのは平等に甘んじてられない精神構造の持ち主なんでしょう。
それでとにかく自分を「特別視」したがります。或いは特定の人を特別視して、崇拝する。
コレって、人間が精神の平衡を保つためには仕方ないんじゃないすかね。
とはいえ、それがモノ依存になるとまた情けないすけどねえ。「あのブランドのバッグ持ってるのはあたしだけよ」みたいな。
まあ、研究者も「アレが分かるのは自分だけだ」なんて悦に入ってますから、あんまヒトのコト言えませんが(爆)。
いや、とかくヒトを見下すって言ったら、コイツらの方がヒドイ気がする。
だいたい研究者の集まり、つーと悪口しか聞きませんもんねえ。「アイツはダメだ」みたいな。
たまにはホメてみろってのよ(笑)。
それはともかく、「他人を尊重する」習慣が急速に衰えているのはまあ感じ取れます。
コレもねえ、やはり豊かだから仕方ないんじゃないすか。
そもそも現代資本主義社会、お金持っていればお客サマといって尊重しますからねえ。「お客サマは神さまです」だわ。
でもねえ、たかだか百円の買い物する客にまで、やたらとサービスする必要があるんすかね。
子供に対しても、すっかりお客サマ扱い。もっとぞんざいに扱っても問題無いと思うなあ。
現代人の増長ぶりってのは、どうも社会の側が助長してませんか。
例えば損害賠償。保険でやるのは当然としても、予想出来なかった被害に対して、国とかがドコまで責任持たないとイカンのか。
そら行政の怠慢は罰せられてしかるべきですけど。でもなんでもかんでも訴訟になるのはねえ。
もっと対価に見合った、社会が許容できる範囲で責任を持って、あとはそこそこでいいでしょう。
しかし最近、「自己責任」つーとまた別の文脈で語られますからねえ。このあたり不毛だよなあ・・・。
それから、コマーシャルのイメージなんかも問題じゃないすか。なんつーか、絵に描いたような生活空間を示して、「これが当たり前」みたいに見せるの。
ドラマでもなんでも、とにかくバラ色の夢ばかり見せつける。
しかしそんな暮らしが出来るようになるには、相当稼がないとねえ(涙)。
あたかもみんなが王侯貴族の生活が出来るように錯覚させる、ソッチの方が教育に悪いんじゃないすか?
他人を見下すってのも、マイナス面だけとは言えません。まあコレについては、『他人を見下す若者たち』でもちゃんと書いてますけど。
「オレはエライんだ」>「でも現実にはそうでない」
と自覚するのは悪いことではないと思います。
ただ空虚に主張しても意味無いんすよね。現実の自分がそうでないなら、ならば現実を変えねば(汗)。
それで現実の社会的地位を引き上げるために努力するわけです。そら収入でも地位でも何でもいい。
そういった努力の原動力となるプライドだったら、あっても構わないと思うんすよね。
問題は、現実と戦わずに引っ込んでしまう。或いは阿Qのごとく「精神勝利」してしまう連中のコトなんでしょう。
もっともねえ、現実問題としてどう応用するかは難しいんすけどね。
あたしは「面と向かって言ってやれ」とも思います。
「アホのクセにエラそうに」と。言ってやれ言ってやれ(爆)。
それと、やはり「人間としての価値はカネや地位でない」ってのを現実に証明できるよーな仕組みを用意するコトですね。
「徳のある人間がエライ」とみなされるような。
なんか言ってて虚しくなってきましたが、そーいった地道な努力をせんとダメでしょ。
マスコミも、堀江元社長みたいのを持ち上げているだけじゃダメですよ。
5月4日(木) 雑用オンリー
今日もずいぶんと気温が上がりましたね。
調査日和なのですが、今日は1日雑用を片付けるために、研究室に籠もってました(涙)。
とにかく郵便物とメールやってましたね。たぶん本日だけでハガキ3百通は出します(汗)。
1つは阪神中哲談話会の通知です。さらに住所変更の通知などなど。
まあ、作業するには理想的な日でもありますね。電話も来客もありませんし。研究棟も静かです。
メールもあまり来ません。
来るのは、かおりさんとか紀香さんとかユキコさんとかからくらい・・・・。
ソレって、出会い系の勧誘スパムメールだろが(爆)。
しかし休日の千里中央駅前を通ると、ドコが少子化だってくらい家族連れがいますよねえ。
みんな買い物袋下げてるし、景気だってずいぶんいいんじゃない?
いつも批判ばかりしてるよーですが、あたしゃ日本ってのは非常に成功した国だと評価してます。
特に戦後の経済発展はスゴイですよ。バブル崩壊後はいろいろありましたが、とにもかくにも復活してますし。
街はキレイですし、公共意識だって高いですよ。アジア諸国と比べて、これほど成功してる国は他にないでしょう。
昨今あちこちに「きしみ」が見られるのは確かですが、それにしても言われるほどでは無いと思いますがねえ。
おかしいのはたぶん政治家とかですよ(爆)。
「きしみ」を是正する必要があるのは確かですが、どーもその主張たるや、2つの原理主義に凝り固まってしまってるみたいで。
1つは戦後の平和と民主主義を過大視するあまり、「変えてはならない」という原理主義です。
そらいままでのニッポンの発展は平和憲法と民主主義だったすよ。
でもねえ、何が何でもそれを変えるのはケシカランと言われるとどーもねえ。
これに対して、「戦後のやり方はおかしい」とする戦前回帰主義の原理主義者がいたりします。
戦前のニッポンのあり方だけを肯定して、戦後の教育はなっとらん、いまの問題はすべてこの間違った教育に起因すると主張します。
どーも、いまのニッポンはこの2つの原理主義者たちが互いに罵りあい、非難するだけで一歩も進まない。こーいった状況にあるようです。
恐らく、これから目指すべき道はドッチでも無いんでしょうねえ(笑)。
原理主義者の悪い所は、全く聞く耳を持たないってコトです。
とにかく自分たちの主張だけが正しい、相手は間違っている。
こーゆー連中と議論するのは不毛ですが、いまの政治家やら評論家はこんなんばっかです。
自分の意見をしっかり持つのは悪いことではありませんが、全然妥協しないってのは、アホ以外の何者でもありませんって。
この間、面白がって速水敏彦氏『他人を見下す若者たち』(講談社新書)と菅原健介氏『羞恥心はどこへ消えた?』(光文社新書)を読んでました。
一見、似たような主張に見えるこれらの本ですが、かなり内容は違うんすね。
『他人を見下す若者たち』の方は、あんま何も考えずに「いまの若モンはケシカラン」という話になっちゃってます。
むろん、何時の時代もそう言われてきたんすけどねえ。ただ、「いまの時代は違う」んだそーで。あーそーですか(爆)。
まあ、昨日も電車に乗ってて、集団でドアの前に立っててふざけて、他の乗降客が迷惑してるのを見ましたけどねえ。
この手の行為はあるある(爆)。
でもねえ、自分も上の世代から見れば礼儀知らずでしょうし。
互いに道を譲っててどちらも進めずいるのを見ると、ありゃ時間の浪費って気がしますね。
それで自分などは構わずにどんどん行きますが、年配の方から見れば「何だありゃ」となるでしょうし。
電車の乗降の時に、他人お構いなしなのは、よくアジア諸国で見かけますが・・・。
結局、日本もそーゆー国になるってコトでしょう。別にいーんじゃないすかね。
若者の方は自分がアジア人化してるって意識は無いでしょうが。
コレに比して、『羞恥心はどこへ消えた?』の方が分析がより深いよーな気がします。
羞恥心って別に消えたわけじゃー無いんすよね。要するに「適用される場所」が変わっただけで。
礼儀知らずに見える若者も、自分の属する集団においてはずいぶんと「気にする」存在みたいです。
たぶん、変化したのは若者というより、社会の側なんでしょう。
公共意識というのが一般的に広く持たれていたってのは、要するに社会構造がそうだったわけで。
こうなる原因ってのはたぶんかなり複雑なんでしょう。
それなのに、その對症療法として主張されるのは、「教育勅語重視」やら「徴兵制復活」やら、或いは「思いやりの大切さを学ぶ」やらだったりしますからねえ。
それで教育基本法まで論議されるみたいです。
いやー、ソレで効果あるならやってみろってのよ。たぶん意味無いから(涙)。
一度、双方の原理主義者どもの言うとおりにやらしてみたらどうですかね。全然効果が無いってコトを学習させるために。
先日の「移転費用3兆円ってのは根拠無し」と報道されてますなあ。
まあ、安くなるんだったら結構です。でも実は逆でした、なーんてあり得ますしね。
どーしても出すってんなら、日本の外貨準備金とかから出せばいーですよ(爆)。
アメリカ国債でものすごい額を保有してるって話じゃないすか。ドルや円がどーなるか構わず、「ハイどーぞ」って支払ってみりゃいーんすよ。
ヘンな増税やるよりは、よっぽど理にかなってると思いますがね。
5月3日(水) 京都調査復活
今日はまたぐっと気温が上がりましたねー。
午前中はちと布団カバーなどを洗濯して干しっぱなし。
その後、京都に向かいました。
モノレールが大混雑でしたわ。ほとんど家族連れで、万博公園でどーっと降りていきましたけど。
こちらは南茨木で乗り換えて、阪急で京都まで。しかし烏丸までは出ませんで、桂で乗り換えて西院まで。
西院から北上すれば大将軍に出られるなー、とアバウトに考えてましたが、ちと都合よいバスが来ないので、別のに乗って、途中下車であとは歩きました。
それにしても、さすがゴールデンウィークの京都のバスは混雑してますねー(涙)。
大将軍の地名は、そもそもここに大将軍八神社があることによるわけで、 もとは旧内裏の北西を鎮護するために建てられたものです。
かつては神社ではなく、単に「大将軍堂」と呼ばれていたそうで 。
体系的なものではないとはいえ、これは一種の道教の輸入と考えてよいかもしれません。
この時期は特別に平安期からの神像を公開しているそうで、それで訪ねてみたわけです。
実際にはかなり空いている状態で、宝物殿である方徳殿は閉まってました。
そこで宮司さんにお願いして特に見せてもらうことになりました(汗)。たまたま厄除けの祭祀が入ったようで、禰宜さんに案内してもらいました。
最近、あちこちの神社の宮司さんや禰宜さんに迷惑かけてるよーな・・・。
八神とは、暦の占法でも有名な「太歳・大将軍・大陰・歳刑・歳破・歳殺・黄幡・豹尾」を指します。
太歳については、以前に殷元帥に関する文章を書きました。いまでも太歳神は道観や廟にいます。
つまりは道教、或いは民間信仰の神が日本に定着したものです。
とはいえ、太歳神を恐れるのは後漢の時代に王充が批判しているくらいですから、道教の成立より以前に属する信仰ですね。
太歳は木星、大将軍は金星の精だとされます。
特に木星は、12年で太陽系を一周するとのことから、歳を数える基準となり、歳星と呼ばれていました。
しかし歳星は暦上の動きがヘンなので、それにカウンターとして動く太歳を想定するわけです。
この太歳はとんでもない凶神と考えられていました。また天の歳星に比して、地に潜むものだとも。『太平広記』にはそのタタリの話がたくさん出ています。
後世では大将軍も、黄幡・豹尾とともに太歳殷元帥の部下という扱いになりますが、実際にはそれぞれの方角を担当する神だと思います。
もっとも、神社となるに当たって、八神はスサノオ尊の八人の子であるとされます。これはまた祇園の牛頭天王のところでも言われますね。
八王子というのは、つまりはこの八神なわけですが。
むろんコレは後世の習合であり、本来はやはり太歳や大将軍の信仰が先にあったものでしょう。
所蔵する80体もある大将軍関係の像を見せてもらいました。
その姿なのですが、武神姿のものはどうも妙見菩薩にそっくりです。
衣冠束帯のものもあり、また童子形のものもあります。
全部が大将軍ではなく、幾つかは八神の一つだと思うのですが、しかしますますワケが分からなくなりましたねえ(涙)。
特に妙見そっくりなのはどう捉えるべきなのか。もともと妙見の姿自体、真武の姿と近いものがあります。
或いは亀蛇に乗る披髪の姿が真武=妙見で、現在の甲冑姿の妙見は、ホントは大将軍なのか、とも考えられますし。
むろん、真武にも甲冑姿のものはあるんですけどね。コレはすぐには解明できませんな。
太歳の姿に近いのがあればいいのですが。むろん、殷元帥は童子であったりしますので、こちらも関係が無いとは言いきれません。
調査する必要がありますね。とはいえ、時間無いけど・・・。
その後、あちこちの神社や寺院を見た後、一応晴明神社も見てきました。
いやー、いつもバスで通り過ぎるだけで、入ったことが無かったもんで。ブームも一時ほどではないから、大丈夫かと(汗)。
とはいえ、こちらはかなりの賑わいでした。有名な五芒星が目立つ目立つ。
帰りは阪急で、この期間は臨時特急なるものが走ってるんですね。
コレ、結局急行みたいな列車なんすね。
行き帰りには『朝日新聞』を読んでました。ここんとこ終戦関連の特集をやってますね。これは『読売』もそうみたいですが。
憲法記念日ですが、いよいよ憲法も改憲がタブーではなくなってきたようです。
個人的には、憲法だろうが何だろうが不磨の大典ではないので、都合が合わなくなってきたら、変えるのは当たり前だと思っています。
もっとも、こーゆー意見を言うと、すぐに護憲の原理主義者から非難されますが(涙)。
護憲の主張する人も分かりますが、あまりにも原理主義者になるのはねえ。信者ですよ、アレは。
とはいえ、現在の政府が改憲をやりたがってるコトについてはいろいろ疑っています。
憲法論議がイケナイのではなく、いまの政府が信用ならんのですよね。
東京裁判についても、その存在自体を知らないヒトが増えているようです。
ある意味意図的に隠してますからね。
むろん、あの裁判が勝者の裁きであり、欠陥だらけだ、ってのはある程度首肯されていいでしょう。
特に広田弘毅への判決は不当極まりないもんでしょうし。
でも、だからといって東條たちの「国を誤った罪」は免罪なんかされません。
ソコを誤解する輩が多いのはやはりおかしいですよ。
東京裁判も、憲法も、外からの押しつけってのはあるでしょう。でも、日本人自体は結局その処理を出来なかったんですからね。
60年も経ったいま、ある程度見直すのは当然でしょう。しかしソレが可能なのは、日本人がキチンと過去に結着を付けた時だと思うんすけどねえ。
アホ首相が靖国参拝して、それを正当化したがってるなんて状況では、到底望めないのでは?
それにしても、靖国参拝の是非はさておき、この間に日本って国がエラく評判を下げてるコトは間違いないよなあ(涙)。
5月2日(火) 結局
天気予報の予想通り、今日はガクっと気温が下がりましたね。
着てるもんは、今日くらいでちょうどいいですしね。
午前中はクリーニング屋に寄ってました。今度のマンションからは近いので、この点は助かります。
転居直後だけに、いろいろ広告が入ってるのは仕方ないかもしれませんが、「三井のリハウス」のチラシにはさすがに驚きました。
いや、まだ転居して1ヶ月ですよ。もう転売するヒトいるんすかね?(汗)
午後は授業と雑用で手一杯。それにしても、教室のテレビ機材は使いにくい。
いちいち電源のあるところまで引っ張り出して、それからDVDプレーヤを接続せにゃいかんので。
明日からはキチンとした予定があるわけではありませんが、神社仏閣調査に入る予定です。
それにしても道教に関係するものは、京都は思ったより多そうですわ。
幾つかはほとんど研究上の指摘も無かったような気がします。結局道教神自体が知られてないから、分からないんすねえ(涙)。
5月1日(月) まるで夏
ありゃ、もう5月ですか。
暖かいというより、まるで夏みたいに今日は気温が上がりましたねー。
関東じゃ30度ですか。真夏やん。
冬の背広のまんまなので、上着はずっと手に持ってましたわ。
もっとも、天気予報では明日はそれほどでもないとか?
どーも連休の谷間というのは、あんまやる気が出ませんね。
とはいえ、卒論ゼミ・プロジェクト授業があり、さらに大学院授業も院生の都合でこちらにズレてきましたので、3コマです(汗)。
今日の卒論ゼミは出席率がよかったですねえ。いや、逆に就活大丈夫かと不安になったりして。
連休中は、旧三菱系と旧UFJ系で全然利用状況が違うんすねえ。ビックリしました。
当分ローンに苦しむ身ですし、残高なんて無いに等しいから、あんま問題にならないんすけど(笑)。
4月30日(日) 横浜媽祖廟
いきなり暖かくなった感じですね。あちこちの電車で、冷房が入ってましたよ。
さてこの2日間は関東に出て、よーやくいま大阪に戻ってきました。
昨日は鍾夏会の集まりで千葉に。しかし疲れているところにアルコールが入るとダメですねえ。途中の記憶がありません(汗)。
今日も体調がイマイチでしたが、とりあえず関東に出たのに手ぶらではなんですので、横浜の媽祖廟を見てきました。
それにしても、中華街はものすごい人出でしたねえ。
媽祖廟は、関帝廟と同じような造りですね。台湾風の廟ですが、ややちょっと日本的なところもあるかも。
立派な廟でしたよ。下の方には、土地神も祀られてましたね。
せっかくなので、近くの飯店でセットメニューも食べてました。それにしても、店の数がかなり増えてますねえ。
ちょっと人出にうんざりして、早めに切り上げて新横浜へと向かいました。
帰りの新幹線はひかり号で、たらたら戻ってきました。疲れてるせいか、名古屋あたりでは熟睡してたみたいです(汗)。
ちょうどその時くらいに熱海で地震があったんですね。でも新幹線には特に影響無かったよーな?
その後新大阪>南方>関大前と来て、何故か関大前のドコモ店でケータイの機種変更をやってました。
実はグレードダウンなのですが、海外ローミングが出来る機種へと変更したんすよね。しかし半年ごとくらいに機種変更やってませんかあたし(汗)。
走り回ってるせいか、また明日あさっては通常授業があるためか、あんま連休という感じがしませんねー。
まだまだいろんな用事が片付いてませんし(涙)。
ただ、連休中に少しずつ寺廟調査を復活させようとは思っています。
むろん、今日はその第一回目として媽祖廟行ってきたわけですが(笑)。
ニュースもたらたらチェックしてます。
読売新聞のサイトの「文科省が大学院を抜本改革へ」という記事が気になりましたが・・・。
コレ、中教審の答申の話でしょうか。だとすると、もっと前から言われているような気がしますけどねえ。
4月28日(金) 東奔西走
今日もバタバタしてるだけで終わってしまったよーな・・・(涙)。
午前中は大学院の授業でした。まだ道教の発生まで行きませんね(汗)。
昼もバタバタしてましたが、その後はCSACで三浦先生の講演がありました。
コレは面白かったですよ。部屋も満員で、イスを何個も追加するハメになりました。
明日は関東に出ている予定です。
しまった、またキップを事前に用意する時間がありませんでしたよ。
あさっては帰りに横浜に寄ってくる予定ですが、ただ大阪でも幾つか用事がありますしねー。
東奔西走というヤツでしょうか。いやマジで(涙)。
4月27日(木) バランス
木曜日はとにかく授業って感じですね。
明日はCSACの研究会、あさっては関東行きで、ゴールデンウィークまでは休み無しす(涙)。
夏の調査もそろそろ日程などを考えないといけませんねえ。
8月7日は発表があるのをすっかり失念してました。やはり決まったモノは表紙に書いておかないとダメですな。
7月に中国語教育学会の月例会が関大であるんですねえ。たまには顔を出す必要がありますかね。
東方学会は今回は不参加のつもりです・・・・。
アメリカの移転費の要求が3兆円だってのは、ホントなんすかねえ。
まー、実際に要求されたら、せいぜい税金アップして払うんですな。舎弟が兄貴の肩代わりをするのは当然ですから。
しかし、いったい中国とアメリカとどちらの悪影響が大きいのか、マジで考え直した方がいいかもしれませんぜ(涙)。
偽装建築問題も、何か別件逮捕でやってるのが目立ちますねえ。
結局、法律が不備だってコトなんじゃないすかー。このあたりは、どーもご都合主義に見えるんですけど。
しかし姉歯氏も、本来はマジメなヒトだったようですね。マジメな人間が悪いことに荷担せざるを得なくなる業界の方がおかしいんでしょうけど。
「それなら仕事回さない」と言われた時に、断るのがスジだったんでしょうけど、しかしソレも誰にも出来るコトではありませんしね。気の毒な気もします。
老舎の『駱駝祥子』のラスト、マトモに生きようとした祥子が変わってしまう様子が描かれますが・・・。
たぶん状況は違うんでしょうけど、ちと思い出してしまいましたね。
断罪されるべきは周囲なのか、それとも本人なのか。単に「刑」だけで捉えられない問題だと思いますなあ。
人間のやってる行為と、法律と刑罰とかの齟齬が、最近ますますヒドくなってるのかもしれませんしね。
オウム裁判などは典型的な例でしょう。あーゆー人間たちを裁くにふさわしい制度なのかどうか。
むろん、不備は手直しをしていくモノですし、現在の裁判制度自体を否定するわけではありませんが。
ただ、あまりに「おキレイごと」に押し込めようとして、失敗しているように思えます。
盗みやケンカをやってるヤツの前で、説教してもたぶん無意味でしょう。
抑止力としては、警察呼んでくるしかない。
いま現実としてある問題について、結局はチカラに頼らざるを得ない。そのあたりはもっと露骨に認めた方がいいんじゃないかと思いますわ。
平和主義なんかもそうですね。戦争放棄・武力放棄は観念としては悪くありません。
でも現実の国際政治の中で、それを説いても、そらまるでケンカしてるヤツの前で道徳説くヤツとあんま変わりません。
国家や人間ってのは、もっと出来の悪いもんだから。
もっとも、自分の国の理屈ばっか言って、周りを顧みようとしないのも、同じくらいダメですけどね・・・。
やはり現実を見てないですよ。
イランなんかも、イキがってるのは結構ですが、ガソリンすら輸入に頼っている状況はやはり考慮すべきでしょう。
かつて石油をアメリカから買っていながら、その国に戦争を仕掛けたという愚かなニッポンという実例もありますし。
周囲を見ながら、それに合わせるのは悪いことじゃありません。
もっとも、行きすぎると偽装建築問題みたいになるわけですから、ある程度は自分の良心による判断が必要ですけど。
このあたりの「中庸」が難しいんすよね。
しかしヒトってのはそういったバランスを取って生きていくもんでしょう。むろんその判断は簡単ではないと思いますが。
4月26日(水) 会議会議
今日は会議会議でしたー(涙)。
4つ会議があって、終わったのが夕方6時。それからCSACに若干の書籍を置いて、戻ってきたらもう7時過ぎ・・・。
よーやくパソコンに向かうコトができましたが、幾つかメールに返信しただけで気力が続きませんねー。
個人的な用件もいろいろ合間に処理してますが、こちらも結構面倒で。
マンションの修理は土曜日というコトですが、この日は朝から関東ですしねえ。留守の間にやってくれるように手配してます。
保険の件は、なんかまた値段が上がるとのコト。そら別に料金云々は構いませんけど、どーして小出しにアップしますかね。
始めに金額をキチンと示してくれないと、こちらにも都合があるんだけど。どーも外資の保険ってのは、融通が利かず困ったもんです。
今日からローンの引き落としも始まりましたし(涙)。
まあ、いままでは家賃をいちいち振り込んでましたので、ラクになったんですけど。
ニュースも夜になってからチェックです。
「万里の長城のかなりの部分が消失」って、そらそーでしょね。だいたい八達嶺あたりだって、端っこ見ればもう崩れてるし。
近くの住民はレンガ引っこ抜いて、自分の家に使っちゃうみたいですしねえ。保存って意味では全然ダメでしょ。
4月25日(火) 走り回る
今日は京都大学の研究班が無いので、比較的のんびり出来るハズですが、何故か朝から走り回ってます。
まずマンションの件で直しが入ることになり、ファクスのやりとりしたあと、カギの管理などでバタバタ。
それから銀行>郵便局で、いろいろな払い込みを処理。
もう少し大学に早く来るつもりが、やや遅めになりました。
その後は機材の調整で学内をうろうろ。
CSACの研究室で映像資料を見ようとしたら、プロジェクタに音声入力が無くて大慌て(涙)。
あんまし使ってないスピーカ1組を拠出するコトにしました。
またプレーヤも1台置いておくコトにしました。
そのプレーヤを担いで授業に行きましたが、かなり接続が面倒。
テレビそのものはいーんですけど、付属しているのが旧式のビデオですし、DVDプレーヤの電源が届かなくて青くなってました。
まあ、なんとか映せましたけど。
どーも関大の教室の使いにくいのはコレですなあ。パソコンと映像を使おうとすると、途端にダメダメになります(涙)。
それでCSACの研究室は、一通り揃えた環境を構築しようと思ってるんすね。
あとは学生連れて行けばいいわけで(笑)。
そんなわけで、夕方になってから明日の会議の資料をコピーしてるような状況です。
ホントは文献目録の作成のお手伝いもする予定だったのですが、今日は全然余裕がありませんでした。
幾つかアホなミスもしてます。どうもバタバタしてるとダメですねえ(涙)。
日韓関係は、最悪の事態は避けられたようですが、まだ火ダネを抱え込んでいますね。
それにしても、どうして東アジア一帯、「オレがオレが」という偏狭なナショナリズムが優先されるコトになっちゃったんでしょうかねえ。
日本も中国も、韓国も台湾も、自分の言い分ばっか言いっぱなしになっちゃって。
互いの言い分を聞こうとしないで突っ走った結果どーなったかってのは、先の大戦の教訓があると思うんすけど。
もうちっと度量ってのを示せないもんなんすかねえ。
その一方で、米軍基地の移設にはとんでもないお金を出すようで。
朝日新聞の「声」欄に「愛国心:国ってアメリカのことだよね」ってのがありましたが、確かにそーみたい(涙)。
むろん基地の移設は日本の都合ですから、ある程度は負担するのは仕方無いとは思いますよ。ただそれにしても、あまりにもいいなりだってのは、かえって軽蔑されるんじゃないかしら。
「アメリカ兄貴の権威をかさにきて、周囲の国には吠えまくる」って、なんか犬としてもみっともなくない?
いやまー、別にいーんすけど。
4月24日(月) HDD不具合
昨晩はヨドバシで増設パーツ買って帰り、その組み立てをやってました。
ソレがなかなか動かない。結局、HDD自体の不良と分かりました。意味無い・・・・。
その作業に手間取っている間、ニュースを見たら千葉の補選で民主党が勝ったと聞いて、ビックリしてました。
いや、小沢効果ってホントにあるんですなあ。
もっとも、こーやってムードにすぐ流される国民についてはちと思う所ありますが。いや、含むところありかな(爆)。
今日は授業すね。卒論ゼミは今後CSACでやることにしました。
あと、夏合宿はどうも多人数のため行くのが難しくなってきました。恐らく、プラス懇親会の方向になりそうです。
ここんとこ、文章で「仏教的」と書いているのは、あくまで「あたし流」解釈ですので、ホントに仏教がこーだってワケじゃーありませんので(笑)。
だいたい出家してるわけじゃないし。そもそも信者ですらありませんしね。
曲解かもしれません。また維摩詰を標榜する気もさらにありません。
とはいえ、いまの仏教がなんかおかしいとは思ってますけど。
今度の阪神中哲談話会は、道仏論になるんですかね。松下さんは道士の資格のある方ですし、本多さんはお坊さんですし。
とはいえ、幹事が1人というコトになりそうです。
どうやっても大学の用事などが重なりますしねえ。自分だって危ないスケジュールです。
どちらかというと、もっと若手の院生などに幹事を任せた方がいいと思うんですけど。このままだと、いずれ日程的ににっちもさっちもいかなくなりそう。
道文研や他の研究会みたいに、もっとスタンスを軽くすべきですよ。
東京じゃ山手線が止まったみたいですねえ。おととい東京で乗ったばかりですが。
あれが止まると困るでしょうね。
ニュース見てますと、とにかく「絶対護憲」な意見も多いですなあ。
教育基本法も、変えるのはケシカランてな論調が多いですし・・・。
そら確かにケシカランとは思いますが、それにしてもその論調がやたらと「原理主義的」なのはいかがなもんでしょ。
別に憲法だって不磨の大典てなわけでもないでしょうに。
それにあまりにも原理主義的な物言いは、それだけで多くのヒトが引く原因になっちゃってますしね。
宗教に限らず、とにかく困るのがこの手の「なんちゃら原理主義者」です。もちっと柔軟になってくれるとよいのですがねー。
4月23日(日) 日帰りはしんどい
今日は暖かい天気です。でももう4月下旬ですよ。
豊中市の市長選挙をやってるハズなんすけど、引っ越してまだ1ヶ月に満たない自分には当然投票権がありません。
まあ、いまの豊中市は誰がやっても選択肢が限られますよねえ。
しかし世はブログだ、Web2.0だと盛り上がってるよーですが、ウチのサイトって旧態依然ですなあ(爆)。
いやー、別に変えてもいーんだけど、面倒くさいので(笑)。
だいたい情報はGoogleで引っかかりますしねえ。別にいーんじゃないかなあ。書き込みは一切出来ないサイトだし。
昨日は東京へ日帰りで、結構しんどかったです(涙)。
千里中央からの行き帰りは始めてだったですしねえ。
まずいきなり朝は遅刻気味。しかも新幹線の座席は満席ばかりで、やむなくグリーン車に乗るハメに。
土曜日は仕方ないすかねえ(涙)。つーか、グリーン車も危ないくらいだったんすけど。
秋葉原にちょっとだけ用事があったので、JR秋葉原から末広町に突っ切る。まあそんなに時間かかりませんでしたけど。
クロスフィールドが出来たせいで、ずいぶん印象が変わりましたよね。
末広町から御徒町へ、それから春日で乗り換えて白山へ。会場は東洋大でしたので。
白山校舎を抜けて甫水会館に出ようとしたら、早稲田の森氏と出くわす。あら、会場はあっちだよ、というコトで2人で向かいました。
発表は野村氏と、コロラド大のテリー・クリーマン氏でした。
結構参加人数は多かったですね。自分も道文研は久しぶりです。
テリーさんの話では、アメリカの二郎神を研究してる人が自分の論文を参照したとか。まあネットで公開してますからねえ。とはいえ、この説もちと要修正なんすけど。
しかし研究会の間、6月阪神中哲の件で松下氏と相談、さらに12月のCSACの件で丸山氏と打合せなど、どーも手配ばかりやっていたよーな(汗)。
その後、会の運営自体について話し合いがありました。コレについても、ちょっと意見を述べましたが。
懇親会は白山上で。ただ自分は話もそこそこに、8時半には抜けて、9時18分発ののぞみ最終に向けて急ぎました。大手町には9時頃着いたので、まあまあですね。
新大阪で御堂筋線に乗り換えですが、最終列車なんすねえ。そのためか、結構人が乗ってました。とはいえ、東三国あたりでどーっと降りましたが。
結局帰宅したのは12時半くらいになりました。やはり日帰りはキツイすねえ。
今日は掃除とクリーニング屋とゴミ出しの後、ロッテリア経由で大学に来てます。ちょっと雑用がありまして・・・。
帰りの新幹線では竹内薫氏『99・9%は仮説』(光文社)を読んでました。
コレ科学啓蒙書なんすねえ。内容はそれほど深くはありませんが、やはり現代人の基礎知識として読まれるべきモノかと。
自分も授業で、「発想を変えろ」と言ってるので、この本とも近い主張します。でもあたしはむしろ仏教系だよなあ(笑)。
この本で何度も主張される「科学的な見方」ってのは、結構仏教や道教も近いかもしれません。
「常識」や「固定観念」を打破しろってのは、それこそ毎度毎度言われてきたコトなんすけどねえ。
だから「観念に縛られない見方」というのは、「阿羅漢果を得た」みたいなもんじゃないかと(爆)。
仏教では修行段階によって人間を区別しますが、結局世の中のヒト、その中身で幾つかのレベルに分かれるのでは?
固定観念にとらわれたヒトってのは、やっぱ低レベルだと思いますぜ。
このレベルの連中は、世間で地位が高いと思われるヒトにも多いです。
「国家」や「党」や「民族」を絶対視する政治家・評論家とか、「文化」に過度に肩入れする文化人とか・・・。
意外にアホが多い。
相対的な見方が出来るヒトは、物事にとらわれないで柔軟な見方をするコトが可能です。これは中レベルのヒトと言ってよい。
ただそーゆーヒトは、ソレはソレで「全部虚しいんだ」と無気力に陥ってしまうコトがある。
こーゆーヒトは感性が豊かなぶん、まだいーんすけど、こーなったら引きこもるしか無くなっちゃうんすよね。
『99・9%は仮説』の説は悪くないけど、この手の連中を増やす副作用もあるんじゃないかしら、と危惧もします。
もっとも、多くの連中はまた曲解して、「だから科学は当てにならん」とか言って、ヘンなカルトに突っ走るんでしょうけど。
アホってのは、何を言っても自分の枠内でしか考えられないヤツのコトなんすよねえ。
仏教でも、ホトケやボサツの慈悲にすがるコトを強調する場合もあります。
ただ、それは多くの場合方便であって、本質的には「自分で考えろよ、自分で」と突き放すのが普通です。
んで、「諸行無常」を説くと、今度は「すべては虚しい」となる。
短絡的すぎるんでしょうねえ。仏教では、そういう見方自体にも「とらわれるな」と教えますよねえ。
いずれ腹が減るからと言ってメシを食わないヤツはいないでしょう。
まあ、世はすべて虚妄なりとして死ぬヤツはいますけどね。そーゆーのは別に止めませんけど、でもねえ、ほっといてもいつか死にますよ、絶対(笑)。
上レベルのヒトは、生死を度外視して、それでもなおかつ生きるんすけどね。
方便は方便として、あらゆるものを相対化して、それでもたぶん「世のあり方」を肯定できる・・・。
ココまで考えられるヒトはそんなに多くないすけどね。『99・9%は仮説』も、どーせならソコまでの考え方を薦めて欲しかったすねえ。
日韓関係はどーやら妥協が図られたようですが。
それにしても、毎度くだらんコトでモメてますな。それこそ「国」なんてモノを絶対視するからおかしくなる。
とはいえ、現実としてその程度のもんに頼り、目をくらまされてるヒトは大勢いる。
政治ってのは、ホントはもう1段上のレベルから、苦笑しながら妥協点を探るコトが出来ないとイケナイのに、同レベルでアホやってますからなあ。
それにしても、アジア一帯でケンカ売りまくってるのが小泉時代として認識されそうですなあ。
多くの識者が指摘してるよーに、日本ってのは外交の芯が無く、ぐねぐねの状態なんでしょう。
ところが、日本独自とやり出すと、途端に昔懐かしい軍国主義に戻ってしまう。
ソレしか無いんか。
たぶん、情けないコトにソレしか無いんでしょう。
靖国だってねえ。結局「外国が批判するから」と矮小化しているけど。
ホントはあの死者にはいろんなヒトがいる。むろん国家を絶対視して、そのために亡くなった人が最も多いんでしょうけど。
ただ数は少ないけど、国家を相対化した視点を持ちつつ、それでも敢えて「人間の心」に期待して死んでいったヒトたちがいる。
そのヒトたちの死ってのと、A級戦犯のような、絶対化も相対化も中途半端になった連中とを一緖にするってのは、おかしいんですけどね。
靖国神社ってのは、それをすべて国家のための死として押しつけ、単純化を図る。
実は、一番問題なのはこの価値観の押しつけです。それは本当は「分かっていて」亡くなった人たちに対する冒涜なんです。
良いとか悪いとかの問題ではない。
とにかくただ「哀れ」ですね。そんな風に冒涜してるのに、まだ悟れないのか、という。
ただ天動説が支配している時に、地動説を唱えてもバカにされるだけですしね。
国家などという「単なる仕掛け」を絶対視してる連中が多い現状では、いかんともし難いのでしょう。
しかし、いずれは靖国的な見方が覆される時が来るハズで、その時は「かつてはなんてバカバカしい言い合いをしていたんだ」と蔑まれるコトは予想出来ますがね。
もっとも、これは中国にも韓国にも言えるコトですが。
そもそも、やはり国家や民族を誇大に考えすぎてますな。そんなもん、それこそアタマの中だけで考え出したモノだってのに。
とはいえ、韓国をこんな風にしてしまったのは、元はと言えば日本の占領政策ですからね。
日本は韓国の反発に遭った時、自分の姿をもう一度見直した方がいいでしょう。言えるのかお前ら、って。
4月21日(金) なかなか
春だってのに、寒い天気が続きますねえ。
今日は午前中は大学院の授業、なかなか道教の発生まで辿り着きません(汗)。
午後はCSACで会議など。
ところで『基本古籍庫』ですが、思ったよりバグが多いコトが分かってきました。
幾つかアクセスできないデータや、またアクセスすると落ちるデータもあります。うーん困りましたね。
授業や生活のサイクルが落ち着いてきたところで、そろそろ研究関連にも力を入れないとイケナイのですが、なかなか難しいです。
ただ、七郎についてはこれまで調べたコトをまとめようと思ってます。まだ研究序説みたいなものですが。
法隆寺の門に落書きされたって話ですが、これからはそういった常識が通用しなくなるんでしょう。
「落書きするもんだ」と考えて、触れないようにするしか無いと思うんすけどね。
胡錦濤がアメリカに行ってるようですが、何だかバイヤーみたいですなあ。
今度はソフト路線を突っ走っているようですが、ちとムリしてるのがミエミエですねえ。
しかし対イランでも、対北朝鮮でも全然意見が合いませんねえ。いったい何しに行っているんだか。
ただ、大国同士のぶつかり合い、という感じは垣間見えますよね。
日本と韓国は、ギリギリのセンで険悪化を防いでいるようですが。
そら韓国の言い方が過剰だとしても、日本もその歴史的な背景についてはもう少し考慮するべきでしょうよ。
でもこーやって日韓両国を見てますと、どちらも大国の気風には欠けてますなあ。
明日は東京に日帰りで道教文化研究会に参加してます。
その次の週も行くんすけどね。いろいろ研究面も忙しくなってきましたか。