四海龍王の名前(雑劇小説と民間信仰2)

四海龍王とは

中国の民間信仰では、人間世界を取り巻く四つの海にそれぞれ龍王がいて、海や水棲の生物を支配していると考えられています。

すなわち、東海龍王・南海龍王・西海龍王・北海龍王です。

この龍王は兄弟であるとされます。

姓は敖(ごう)で、敖広(ごうこう)・敖欽(ごうきん)・敖閏(ごうじゅん)・敖順(ごうじゅん)の四兄弟というのが、よく知られていると思います。

しかし、この四兄弟の名前、資料によってよく変わるのです。

その点について、少し分析したいと思います。

<台湾媽祖廟の四海龍王>

各資料で異なる名前

いまの四海龍王の標準的な名前は、だいたい『西遊記』に準拠したものでであると考えます。『西遊記』第3回に、次のような敖広自身のセリフがあります。

東海龍王の敖広は急ぎ身を起こし、龍子・龍孫、蝦兵・蟹将らとともに宮を出る。(略)龍王は言う、「わしの弟は、すなわち南海龍王の敖欽、北海龍王の敖順、西海龍王の敖閏であります」。

すなわち、東海龍王敖広・南海龍王敖欽・北海龍王敖順・西海龍王敖閏となります。

ところが呉聖昔先生によると、これが版本によって大きく異なるとのことなのです(注1)。

敖広が弟たちを招いてから、すぐに兄弟たちで会話が始まる。(略)しかしながら、それからまもなくのうちに、西海龍王は「敖順」と書かれてしまう。しかも、そのあと「西海龍王敖順」は2回にわたって名前がそう書かれている。

これは世徳堂本の『西遊記』になります。まあ『封神演義』でも、近いところで名前が変わるなんてのはしょっちゅうある現象ですから、当時の小説では当たり前なのかもしれませんけど。

その『封神演義』では、龍王の名前は以下の通りです。

四海龍王敖光、敖順、敖明、敖吉


さらに『三宝太監西洋記』を見ますと次のようにあります。

四海龍王で、顔が青いのは東海龍王の敖広で、顔が赤いのは南海龍王の敖欽、そして白い顔が西海龍王の敖順、黒い顔が北海龍王敖潤である。

『警世通言』に採録されている「許真君鉄樹にて妖怪を鎮ず」では次のようになっています。

東海龍王の敖順、南海龍王の敖欽、西海龍王の敖広、北海龍王の敖潤

こちらでは、東海と西海で入れ替わっているようですね。北海龍王も、敖「閏」なのか、敖「潤」なのか。


『歴代神仙通鑑』では、次のようにあります。

東海滄寧徳王は敖広であり、南海赤安洪聖済王は敖潤、西海素清潤王は敖欽であり、北海浣旬沢王は敖順となる。

「八仙過海」雑劇では、次のようなセリフがあります。

小聖は南海敖閏龍王である。この二名のうち一人は西海敖欽龍王、こちらは北海敖順龍王である。われらはおのおの龍宮において閑居しておったところ、突然東海において鉄の太鼓の音が鳴り響くのを聞いた。いったいぜんたい、何事が起こったのか。

『封神演義』はあまり依拠できないので除くことにしまして、その他の資料を見るに、当時龍王兄弟は「敖広」「敖欽」「敖閏」「敖順」であるとの認識があったものの、しかし四海のどれに当てるかは、かなりアバウトであったのではないでしょうか。

四海龍王と八大龍王

いまでは中国系では当たり前のように呼ばれる四海龍王ですが、これがいつから始まったのか、実はよくわかっていません。

たとえば、日本では龍王というと仏教の八大龍王を指し、四海龍王が出てくることはまずありません。

浦島太郎の「龍宮」は、たぶん話のネタから言っても東海龍王の宮殿だと思いますが、そう名言されてはいなかったと思います。

ちなみに、仏教での八大龍王は以下の通りです。

難陀龍王(なんだりゅうおう)=ナンダ龍王

跋難陀龍王(ばつなんだりゅうおう)=ウパナンダ龍王

娑伽羅龍王(しゃがらりゅうおう)=サーガラ龍王

和修吉龍王(わしゅうきつりゅうおう)=ヴァースキ龍王

徳叉迦龍王(とくしゃかりゅうおう)=タクシャカ龍王

阿那婆達多龍王(あなばだったりゅうおう)=アナヴァタプタ龍王

摩那斯龍王(まなしりゅうおう)=マナスヴィン龍王

優缽羅龍王(うはつらりゅうおう)=ウッパラカ龍王


中国でも、唐代は八大龍王のほうがメインだったと思います。

しかし宋代になると、仁宗皇帝は四海龍王を次のように封じたとされます。

東海を淵聖広徳王に、南海を洪聖広利王に、西海を通聖広潤王に、北海を沖聖広沢王に封じた

 四海龍王の名前は、たぶんこの号から派生したものであると考えられます。それにしても、「敖」という姓に当てた理由がよくわかりません。

龍王の役割など

もともと龍は中国古来からの想像上の動物です。

青龍・白虎・朱雀・玄武の四神のひとつとしても知られています。

青龍は発展して四海龍王となり、玄武は発展して玄天上帝と亀蛇将となりますが、ほかの朱雀と白虎はどうなったんでしょうねえ。


海を支配し、水棲の動物の長とされます。

よく、物語でエビ将軍だのカニ元帥だのが出てきますが、すなわちこういう生物が配下となっているわけです。

孫悟空が使っている如意金箍棒(にょいきんこぼう)は、もともと東海龍王の庫にあったものですが、孫悟空が奪い取ったわけです。

龍王の庫は、すなわち宝の宝庫であるわけです。


哪吒太子(なたたいし)が大暴れするのも、この東海龍王の水晶宮です。

この段を演劇や映画にする場合、やはりタコ将軍だのエビ将軍が出てきて対峙することになります。


雨を降らせ、雷などを起こすのも、龍王の役割とされています。

すると、風伯(ふうはく)・雨師(うし)などの神々と重なる部分もありますが、どうも、時に役割分担、時に一緒に協力するパターンもあるようです。

龍王がいて、その前に雷部の神々がいることもありますね。

時に、それらの神々は、雷震子や金光聖母などの封神系の神々になっていたりします。


王クラスの龍はむろん少ないわけですが、その他、もろもろの龍はあちこちに存在すると考えられています。

かつて中国各地には多くの龍王廟が存在しました。その土地に特有の龍がいるわけですね。

また龍の種類も多くあり、蛟(みずち)、蟠龍(ばんりゅう)などもいます。

もっとも、文献によって様々な説があります。

まあ、架空の動物ですからねえ。

南海龍王廟

いまの四海龍王になる前に、東海龍王と南海龍王は、それぞれ独自に祀られたようです。

東海龍王廟は、寧波(ニンポー)の招宝山にあったとされます。

いまは残っていません。


しかし、広州にはいまでも南海龍王廟がありまして、四海龍王より以前の昔の龍王が祀られている形になっています。

<広州南海龍王廟>


ここに祀られているのは、南海広利王でして、敖氏になる前の南海龍王です。

またこちらにも順風耳と千里眼はいますが、その姿はかなり違っています。


媽祖神が強くなるまえは、海の神としてはやはり龍王がメインでした。

いまは、むしろ媽祖の配下の神と考えられています。

ただ、媽祖信仰が強くない北方においては、水の神としての龍王信仰は強く残っています。


注1 呉聖昔「『西遊記』西海龍王大名之失」『明清小説研究』第46期1997年