史上最も有名な奥さんに逃げられた人・太公望
・中国史上最も有名な奥さんに逃げられた人
太公望・呂尚といえば、不世出の軍師として、広く知られています。また、釣り人の代名詞としても有名ですね。
しかし、太公望のもう一つ有名なところは、なんと言っても「奥さんに逃げられた」ということでしょう。これが史実かどうかは、もはや確かめようもありませんが(笑)、とにかく太公望の逸話として広く知られていることは事実です。
この故事は、また「覆水盆に返らず」としても知られています。
・覆水盆に返らず
この故事の話は次の通りです。
>太公望呂尚は、長い年月読書してばかりの貧乏暮らしを送っていた。
>その日の食事にも事欠くありさまであったので、耐えきれずにその妻は離縁を求めた。
>太公望は妻に、いつか楽をさせられると説くが、妻は信用せず、やむなく太公望は離縁を認めた。
>やがて太公望は周の文王に見いだされ、周の軍師となって殷の国を滅ぼす。
>その功績により、太公望は武王によって斉の国の諸侯に封じられる。
>斉に向かう途中、別れた妻が突如が太公望の前に現れ、復縁してほしいと言う。
>太公望は、その妻に、盆に入れた水をひっくり返して見せる。
>そして、別れた夫婦というものは、この水のように戻すことはできないのだ、と説く。
このことから、「別れた夫婦は元通りにならない」ということ、さらに転じて、「すんでしまったことは取り返しがつかない」などの意味に用いられます。
・『封神』の馬氏
『封神演義』では、姜子牙の妻・馬氏が登場します。
いろいろ商売をやっても駄目な夫が、図らずも殷に職を得ますので、馬氏は喜びますが、その後姜子牙が亡命するに及んで、やはり離縁を要求します。やむなく離縁を認めることは、まったく上の故事と同じですね。
馬氏は、後に姜子牙が出世したことを聞いて、後悔のあまり自殺することになっています。こちらではぬけぬけと復縁を迫ることはありません。それくらいの方がこの人の性格には合っていたと思いますが・・・。
ところで、姜子牙は40年も崑崙山で修行していたことになってますので、この夫妻はすごい晩婚です。さすがに『封神』の作者も、太公望が奥さんに逃げられたことはあまりにも有名なので、無視するわけにいかず、こんな設定をしたようです。それにしてもちょっと無理がありますね。
この妻、何故か最後にはちゃっかり封神されています。これも苦しい設定ですね。この件はまた『反封神榜』において蒸し返されます(笑)。
ちなみに『武王伐紂平話』で、この妻は馬氏ということになっています。これが後世でも受け継がれるみたいですね。前に、影絵芝居の『封神演義』の台本を読んだ時、この妻の名は「馬秀英」となっていました。まるで数千年のナゾが解けた気分になりました(笑)。
・典拠あり?
では、太公望は本当に奥さんに逃げられたのでしょうか?
『史記』太公望世家にはあまりはっきりした記述はないものの、家が貧しくて奥さんが逃げたということは、『戦国策』『説苑』『抱朴子』など、多くの書に記されています。
他にも、やれ太公望は屠殺業者だったとか、料理人だったとか、えらい言われようです。ただ、70歳くらいまでうだつがあがらなかったことは、各文献で一致していますので、そういった伝承が確立していたのは間違いなさそうです。
太公望は年80を過ぎてから出世し、斉の君主となり、子がその後を継いでいくわけですから、当然かなり前にもう子供がいたはずです。するとやはり、この逃げた奥さんの子供であると考えるのが妥当ではありますね。すると、丁公呂伋、また武王の妃になったと言われる邑姜も、この奥さんとの子供だったのでしょうか?
このあたりは、あくまで伝承ですから、まあ真剣に考えても意味はないのですが、やはり矛盾を感じますですね。『封神』の設定では、子供が出来ようもありません。これは困ったことです。
『封神』の最後では、姜子牙が薨じたあと、子の竃が継いだ、とあります。
これもよくわからない伝承ですが、『神仙通鑑』に、ほぼ同じ名前が見えるところを見ると、典拠があるのは間違いなさそうです。
ただ、『神仙通鑑』では、奥さんは別に逃げもしないで、ちゃんと亡命先の西岐についてきています。他の資料では、ほとんどこういった「別れない」異伝が見あたらないので、何故かほっとしますね(笑)。