『封神演義』は「3大怪奇小説」の1つなどではありません


ここでは安能版の前書きの間違いを指摘します。一言でいえば、この前書き、ほとんどデタラメです。


まず、中国の「3大怪奇小説」の一つが『封神演義』である、などと書いています。

どこの文学史見ても、概説書見ても、まずこんなことは書いてありません。「中国の辞書にある」などと書いていますが、そんな辞書は、どこかおかしいですよ。

『西遊記』と『三国志演義』と『水滸伝』を安能さんは挙げています。これからするに、いわゆる「奇書」のことを誤解しているみたいですね。


「奇書」というのは、中国の著名な小説に対する呼び方で、普通は、「明の四大奇書」といいます。

それは、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の四種の小説です。文学史上、名作といわれるもので、別に「怪奇小説」の意味ではありません。「奇なる書」という意味で、傑出しているということです。

ものによっては『金瓶梅』を「淫書である」と否定する場合があるので、それで、その辞書とやらは前の三種だけを取り上げたわけでしょう。


明代に限らないで、清代にまで期間を延長すれば、有名な『紅楼夢』『儒林外史』『聊斎志異』『三侠五義』『児女英雄伝』『鏡花縁』などの作品がありますので、もっと増えると思います。

しかし、明の奇書といえば、やはり『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の四種が決定的に有名です。定番と言ってよいでしょう。これらの作品は、『封神演義』よりはずっと優れています。『封神』の入り込む余地はありません。


それに、三大怪奇小説といった場合、『三国志演義』が残るのは変です。ある意味では、『水滸伝』の方がよっど怪奇要素が強いわけですから。『水滸伝』を落として、代わりに『封神演義』を入れるのは矛盾であると思います。

もし、本当に怪奇小説ということで入れるなら、いわゆる神怪小説の中から、著名なものを選ぶべきでしょう。それならば、『封神演義』が入っても問題はありません。もっとも、明代に限ってですが。

入れるのならば、『平妖伝』を選ぶべきでしょう。これは明の怪奇小説の中でも有名ですし、バランスのとれた作品です。

「明の3大怪奇小説」とするなら、『西遊記』『封神演義』『平妖伝』。これがふさわしいでしょう。


デタラメといえば、「文化マフィア」とか「孔子サマは太公望を敵視した」などと書いていますが、これもとんでもない話ですね。

確かに、儒学者というか、士大夫階級の人たちが、中国の小説を問題視したことはあります。しかし、そういう意味では、『水滸伝』にしろなんにしろ、多くの小説は「禁書扱い」でしたし、『封神演義』に限りません。

いまでこそ『三国志演義』も文学作品ですが、書かれた当時はいまのマンガのような地位でした。多くの図書目録にも出ていませんし、読書人の読むものではないと思われていました。それは、どの小説も同じなのです。


「孔子が太公望を敵視した」なんて、どこに書いてあるのでしょうか? 太公望にしろ管仲にしろ、孔子はそれなりに重んじています。ましてや、太公望の事跡を孔子の派が隠したなんてこともありません。

太公望呂尚は、ついこの間まで、文の孔子とともに、武を代表する聖人として重んじられていました。その号こそが「武成王」です。孔子が「文宣王」として、文武廟といえば、この二人を祭ったわけです。


後世、といっても清の時代でしょうが、だんだん三国の関羽、つまり関帝の地位が上がってきて、太公望に取って代わり、武の聖人として奉られます。これはまた宗教上の問題などが絡むもので、別に「文化マフィア」とやらの捏造でもなんでもありません。

捏造、といえば、安能氏がここで書いている、「文化マフィア」だとか、「三大怪奇小説」など言っているいることの方がよっぽど捏造です。


「世界最初のSF」などという評価も、間違っています。もちろん、現在のSF的な要素があるのは認められますが、それならば、同類の小説はいくらでもあります。『西遊記』がもちろんそうですし、何も『封神演義』だけがこのような性格を持った最初の小説ではありません。

それに、道教的な術や宝貝などを、現在のSF的な考えで解釈する方がよっぽど発想が貧困です。陰陽五行にしても、道教の法術にしても、中国文化に根ざしたもっと深いものです。それをやれロボットだ、ミサイルだと現在のものに短絡的に置き換えることこそ、この小説の本質を見誤るものです。


民間信仰との関係も、誤解が多いです。民間信仰では、神々の由来について、この『封神演義』をバイブル視しています。簡単に否定はしません。通天教主のように、この書物が生み出した信仰すらあるわけですから。

安能氏の訳はまずく、翻訳の内容は問題だらけですが、その中でももっともひどいのは、この前書きの箇所でしょう。この前書きの内容は、ほぼすべてがウソだと思っていいので、注意してください。


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