問題の多い安能版『封神演義』


おそらく、現在『封神演義』としてもっとも知られているのは、講談社文庫の3冊本でしょう。これは安能務氏が書いているものです。

『封神演義』について論ずる時、これに基づく方も多いようです。しかし、この『封神演義』は、実は翻訳とはとても言えません。 

正確には『封神演義』に基づいて、安能氏がまったく別の小説を書き上げたと言ってよいでしょう。それほど、本来の『封神』とは違っている部分がたくさんあります。

例えば申公豹ですが、彼は純然たる悪役で、終始主人公たる姜子牙と対立することになっています。しかし、安能版では、まるで中立のような設定で書かれています。さらに、安能版『封神』には浮いた話が多く、楊戩と龍吉公主との間を疑わせるような記述がありますが、原作では楊戩はひたすら堅物であり、そのようなことはあり得ません。そもそも『封神』自体、土行孫を除いては、そういった話が少ないです。


前書きの『封神演義』紹介の文もほとんどはデタラメです。さらに、訳にもひどい間違いがあり、もっと情けないことには、漢字の読みすら誤っています。

しかし、どういうわけか、日本ではこの安能版『封神』が流行してしまいました。真面目な古典小説であるはずの『封神演義』は、こうしてどんどん誤ったイメージとともに広がってしまったのです。漫画版も、安能版に準拠したためか、おかしな設定をそのまま引き継いでしまいました。

おかげで、「ナタ(哪吒)」は「ナタク」と間違った発音が流行してしまい、原作にありもしない雷公鞭などという宝貝が有名になってしまいました。

安能版は安能版で楽しむことはかまいません。むろん、漢字の読みをなんとかしては欲しいですが。しかし、あれが本来の『封神演義』とは全く異なった作品であること、その点だけは認識していただきたいものです。


安能版は、『封神』のパロディと言うべきもので、オリジナルでは無いのです。むろん、秀逸なパロディというものはありますが、オリジナルが厳然と存在していなければ、パロディの持つ意味はほとんど無くなります。

また、『封神』に出ている人物の多くは、本当に中国のお寺などで祭られていることがあります。これを祭祀する人々にとっては、『封神』の物語はちゃんとした神話なのです。それを間違ったイメージで受け取ることは、時に彼らにとって非礼に映ります。この点も、注意すべき事です。

とにかく、安能版と原作の『封神演義』とは、別のものと考えてください。


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