その2 無宗教国家ニッポン


・宗教意識の希薄さ

海外に行った日本人が「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれて、「無宗教です」と答えると、怪訝な顔をされるようです。

キリスト教が基盤になっている欧米・ラテンアメリカはもとより、イスラム系のヒトから見ても、無宗教な人間は不可解な人と見られがちです。

何も考えずに「無宗教」と答えると、ヘタすっと常識もない、道徳もへったくれもない、動物並みの人間と思われてしまうかもしれません。

このあたり、日本人の感覚とものすごい差があるみたいですね。


もっとも、無宗教だと答えている人間も、初詣には神社仏閣にお参りに行くわけですし、結婚式や葬式は仏教か神道などが絡む場合も多いわけです。

それに日本中どこでも、お寺はありますし、神社の鳥居もよく見ます。神棚や仏壇のある家は多いですし、お守りのお札は結構持ってます。

祇園祭・三社祭・天神祭にしても、結局は宗教絡みの行事なんすけどね。

他地域の人から見たら、ずいぶんと「宗教的」に生活してるように見えますけどねえ。

とはいえ、キリスト教徒でもないのに、クリスマス祝ったり、教会で結婚したがるもするわけですけど。


・意識のギャップ

自分も宗教研究してる人間ですが、正直あまり神仏は信じてません。まあ不信心者というべきヤツでしょう(笑)。

しかし、他の地域の事例を見ているうちに、これはやはり日本の方が「グローバル」からはずれているのだな、と思うようになりました。

だいたい、世界中の地域で、神やら魂だのの概念の無い民族って、見たことありませんからねえ。

人間というのは、たぶんそういったことを信じやすいように、自然にそうできているんじゃないかと思います。


日本人だって、宗教と聞くと身構えるくせに、「魂」だの「運命」だのについては抵抗がそれほどないです。

冥福を祈る、なんて常套文句ですが、あの世が無いんだったら意味無いセリフですよねえ。

「今日の運勢」にふりまわされる人間も、ものすごく多いです。


だから日本人の「無宗教」ってのは、どうも「特定の宗教をやってない」という意味なんであって、ホントに合理的思考によって否定してるのとは違うんです。

このあたりの意識のギャップが、海外に出ると顕在化してしまうんでしょうね。


・足りない部分

とはいえ、これだけ希薄な宗教意識については、弊害といったものもあると思います。

合理的思考オンリーで生きられる人間はいいんですけど、実はそういうヒトはあまり多くないんですよね。

それに宗教による道徳奨励や、神の裁きがあることによって罪を恐れるってのは、社会にとってプラスに働く場合が多いんです。

むろん、それにも限界がありますけどね。


しかし日本の場合、人生に悩んでいたり、挫折したりした時、心の支えになるべき宗教ってのがあまりに機能しなさすぎです。

これほど自殺の件数が多いってのは、やはり何か精神面で足りない部分があるんだと思いますよ。


ところが、そういった人間がいざ頼ろうとすると、日本の場合、檀家以外は知らんといったお坊さんとか、アヤシゲな壷を売りつけたがる輩とか、そんなのしかいません。

これがまた日本人の無宗教観を煽ってるんだと思います。

「心の支え」になる宗教が無くて、カネ儲けばかりやってる、これでは多くの人が不審の目で見るのもやむを得ないかと。


現在のように、世相が不安定になると、たいては新興宗教が流行るもんなんですが・・・・。

オウム事件をきっかけに、こういった宗教を人々は恐れるようになってしまっています。これまたヘンな話。


キリスト教でも仏教でも結構ですが、もっと「良質な信仰」を提供できないもんですかねえ。

或いは、天理教でも金光教でも黒住教でも結構です。もはやこれらの宗教も伝統宗教と化しているわけでしょうに。

いまこそ布教のチャンスだと思うんですがねえ。


・政教分離

さらに日本の政教分離の原則とやらもヘンです。

他の国行けば、宗教が基盤の政党なんていくらでもあるわけですよ。

このあたり、戦前の国家神道の失敗の再来を恐れるあまり、「羮に懲りて膾を吹く」状態になっちゃってます。

この部分の政策は、まるで共産主義国家並みですよ。もうちょっと自由度を持たせた方がいいと思いますがね。


みんながみんな、科学的合理思想で行動するなんてあり得ませんし、また科学と宗教は、時に矛盾しますけど、十分に共存が可能なんです。

もう少し、宗教が「当たり前にある」国家を目指した方がいいと思うんすけどねえ。


・バランス

「キツネ憑き」なんてのは、いまでもかなり発生してるみたいですね。

でもいまの日本だと、精神科に入れられて終わり。それで解決するかと言えば、甚だ怪しいわけで。

そういった問題については、宗教で解決した方がいいんです。全部合理的にやろうとすると、かえって失敗する。

そらヘンにカネを巻き上げようとする宗教に対しては、ビシビシ取り締まって構いません。


そういった人間はいるんです。そしてそういった宗教的な思考をする人間が伝統宗教の範疇に収まってくれればありがたいのですが。

しかしそうはなりません、ヘタすると、自分の心の中でおかしな神を作り出し、その託宣に従って行動することになる。

「バモイドオキ神」に「聖名」を与えられた、なんてのがその典型的な例です。

むろん、例えば彼が普通の宗教に入信していれば事件は起きなかった、などと主張するつもりはありません。

ただ、現代に日本は、こういった人間の「落ち着き先」が存在しないのも確かです。


いまの状態はあまりにもバランスを欠いています。

人間ってのは、完全に理性で割りきって行動なんてしません。時に不可解、時によく分からない情念で動く。

そういった問題を解決するために、宗教というかなり有効な手段があるにも関わらず、それが機能してない。

これが現代ニッポンをおかしくしている要因の一つだとは思いますよ。


これだけ仏教系やミッション系の教育機関があるのに、やはり入信者は増えてませんしねえ。

宗教政策そのものを、もっと見直すべきだと思うんすけどねえ。

もっと伝統宗教を奨励するとか。

さもないと、ますます虚無主義に陥る人間が増えそうな気がします。


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