関西大学 孝忠研究室インドで僕も考えた(1993.4)Research Life of Professor Dr. N. Kochu |
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インドで僕も考えた (1993.4)モーニングコールを五時に聞いた。夜明け前バスでホテルを出発し、ガンジス河のガート(沐浴場)に向かった。小舟にのって対岸からの日の出を待ち、日の出とともに聖河ガンジスの水で身を浄め沐浴をする人々を視野に入れつつ、舟上で夜明けを迎えた。「聖なる」気分が、雑踏の中にまぎれこみ、帰りのバスに乗り込むと、朝のラッシュアワーが始まっている。バスの窓外には、タクシー、オートリクシャー(小型オート三輪車の後部座席を客席にした軽便タクシー)、リクシャー(日除けのホロがついた三輪自転車)、自転車そして多くの人々が行き交う活気あふれるバナーラス(ベナレス)の街があった。 ホテルに帰って落ちついてから、もう一度ガートまで行ってみようということになった。ホテルのフロントでタクシーを予約すると、ホテルの玄関にすぐタクシーがよこづけされ、われわれは「上品に」タクシーにのりこんだ。街なかに入ると、タクシーのまわりをオートリクシャー、リクシャー、自転車が行き交い、人は急に跳び出してくる。接触事故などはしょっちゅうではないか、と他人事ながら気になった。 のんびりとガンジス河畔を散策し、コブラをあやつる蛇つかいが吹いているエークタールなどを「買わされて」しまったりはしたが、気分良く帰途につくことになった。ホテルへの帰途は、オートリクシャーになった。当然二台に分乗するものと思っていたが、どういうわけか一台に五人乗ることになり、後部座席に三人、そして前の運転手の両側に二人乗れ、という。うしろに三人というのも窮屈ではあるが、悲劇的なのは運転手の両側である。運転手の右側の「座席」(本当は「すきま」)を私が占めることになった。回転ハンドルではなく、自転車タイプのハンドルである。運転手に抱きつくように乗っていないと、手も足もはみ出てしまう。お尻の下にはエンジンがあるらしく、焼き玉エンジンの臭いがただよい、お尻と足が熱くなってくる。すれちがうタクシーやトラックなどは、まさに「走る凶器」に感じられる。加えて、道路わきのガード壁なども強敵である。しかし、リクシャーや歩く人々などは比較的友好的に感じられ、接触しても「痛い!」ですみそうである。バスは、となるとまるで別世界の生き物に見える。文句をいっても、喧嘩をしても太刀打ちできそうにもない。 …と、書いたが、これも後から言えることであって、そのときは、ただひたすらホテルはまだか、と念じていた。われわれの乗ったオートリクシャーは、ホテルの前の公道までであり、間違ってもホテル内の広い敷地を走り抜け、玄関に横付けされることはなかった。 同じまちバナーラスをちょっと行き来しただけだが、そのまちを観る視点のおきどころの違いで、まったく違った世界が広がることもあるのだろう。インドでも、しばしばこのことを思い知らされた。 ところで、椎名誠氏は『インドでわしも考えた』で次のように述べている。「ロサンゼルスや香港へ行くということならばちょいとヒヤカシがてらのついで歩き、というような気軽さというものがあるが、インドとなるとどうもそのあたりが少しばかり違ってくる。『インドへ行ってカレー食ってターバン巻いて帰ってくるぜ』なんていうようなことを言ったりしたらたちまち日本国インド派哲人たちにケーベツ光線の十字砲火を浴び、ギャッと叫んで二メートルばかりころがってしまうような気配というものがなんとなくある。」そんなインドでも、椎名氏のように空中三メートルを浮揚するインド人を本気になって探してみるのもおもしろい。 とりわけ、新入生諸君は、一定の時間内に特定の問題に対する「解決」を出すことが良しとされる場合がこれまでは多かったと思われる。与えられた問題には、必ず「正解」が示されないと落ち着かない生活は、大学ではやめてみよう。講義でも、特定の学説と結論だけを覚えれば『優』がとれるようなものは、うすっぺらな学問だとわりきろう。だが、そのためには、多様な見解を取捨選択する力を自分でつけていく必要がある。 インドは、「多様性の中の統一」を模索している国といわれている。
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