関西大学 孝忠研究室

最近の著作より「インド憲法とマイノリティ」

Research Life of Professor Dr. N. Kochu

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最近の著作より『インド憲法とマイノリティ』(法律文化社、2005年)


まえがき


「We, the People of United States!(われら合衆国人民)」。この言葉は,アメリカ合衆国憲法前文冒頭の言葉である。2001年9月,ニューヨークの廃墟に立ったブッシュ大統領の「国民」への呼びかけにもこの言葉が用いられた。しかし,この呼びかけでは「われら」(みなさん!)という連帯の意味とともに,明らかに「われら」ではない「他者」が想定されている。合衆国の歴史は,「われら」の不断の拡大の歴史,すなわち主権者=国民の量的質的な充実・発展の歴史であったが,同時に「他者」の不断の確定の歴史でもあった。さらには,「他者」の存在を想像しようとしない神話の中に生きようとする姿勢を強く持ちはじめた人々も増えているように思われる。

 インド憲法前文冒頭も「We, the People of India」で始まる。憲法制定後,インドは,アメリカ合衆国が200年以上かかった主権者=国民の内実変化をこの50数年で成し遂げている。と同時に依然として国家および社会の周縁的存在とされ,あるいは保護の「対象」とされる人々がいる。本書は,この問題を扱うことによってインドのみならず,今世紀の「国民国家」の将来像を模索することを目的としている。すなわち,憲法とマイノリティの問題である。マイノリティの問題は,現在と将来の国民国家の考察に必要不可欠であり,インドのマイノリティ問題とその憲法的対応は,この考察に貴重な示唆を与えるものであろう。マイノリティは,上述の「われら」と「非われら(他者)」との境界におかれた存在だからである。この境界の「位置と幅」は,たえず変化しつつあり,そのことが当該国民国家の「安定性と不安定性」あるいは「しなやかさと硬直性」を示すもののように思われる。

 本書序章では,インド憲法の基本的特徴と内容を概観し,「憲法とマイノリティ」考察の問題関心の所在と考察の視角を明確にしたい。第1章では,「インドにおけるマイノリティ問題」と「インド憲法におけるマイノリティ」について詳細に論じ,マイノリティの問題がムスリムに加えて指定カースト(SC)・指定部族(ST),さらには「その他の後進階級(OBC)」の問題をも含めた考察を求めていることを明らかにしたい。第2章では,マイノリティ問題(とりわけ不可触民制について)の代表的論者の一人であり,憲法起草委員会委員長としてインド憲法の成立に大きな役割を果たしたB.R.アンベードカルの憲法思想と憲法構想を紹介・検討する(M.K.ガンディーは日本でも良く知られているが,不可触民問題についてその最大のライバルであったアンベードカルに関する憲法学からの紹介はほとんどない)。そして,「インド憲法におけるマイノリティ」を考察するにあたって基本的な二つの問題,すなわち「基本権」(憲法第三編)とは区別して明記された「国家政策の指導原則」(同第四編)の憲法的性質と人権の裁判的保障のあらたな試みとして世界的にも注目されている社会活動訴訟(SAL)の問題を第3章で,さらにはアファーマティヴ・アクションと留保措置の問題を第4章で扱う。これら「インド憲法におけるマイノリティ」の考察が「憲法とマイノリティ」の考察につながることを明らかにしたい。

 なお,本書で扱う「マイノリティ」は,本文中でも述べるようにエスニック,宗教的・言語的マイノリティにとどまらない「広義のマイノリティ」である。「少数者」という言葉を用いなかったのは,それがたんに数的なものではなく,支配的グループ(マジョリティ)からの支配的圧力を受け,「社会的抑圧・差別を被っている」,あるいは「社会の周縁的存在とされている」という属性を持つことを重視するためである。

目次

まえがき

序章 国民統合とマイノリティ


一 国民国家(ネイション・ステイト)とマイノリティ
二 インド憲法と国民統合
1.インド憲法の基本理念とその担い手の変化
2.「われらインド人民(We, the People of India) 」――保護の対象から権利の主体へ
(1)アファーマティヴ・アクションと憲法への留保措置の明記
(2)「その他の後進階級」に対する優遇措置の合憲性
(3) 最近の憲法改正の動向
3.インド憲法の基本理念としての政教分離主義
(1)政教分離主義の憲法への明記
(2)政教分離主義の内容
(3)政教分離と信教の自由をめぐる立法および判例
4.「民衆に開かれた」司法への最高裁判所のこころみ――「社会活動訴訟」の展開
(1)「国家政策の指導原則」の明記
(2)(基本権を重視する最高裁)vs(指導原則を実現するための立法をおこなう国会)
(3)司法積極主義と社会活動訴訟
5.憲法改革の動き――あらたな「国民統合」への模索
(1)インド憲法の特質と「変えられてきたこと」
(2)憲法において「変えてはならないこと」
(3)最近の憲法改革の動き――憲法改革検討委員会報告書(2002年)

第1章 インド憲法におけるマイノリティ


一 はじめに――人権論の新展開とマイノリティ
二 インド憲法とマイノリティ
1.インド憲法制定前史におけるマイノリティ
(1)インドの自治とマイノリティ
(2)インド独立への動きとマイノリティ
2.インド憲法制定審議過程におけるマイノリティ
(1)マイノリティ小委員会における主張・提案
(2)マイノリティ小委員会での論議
(3)諮問委員会での審議
(4)憲法制定議会での審議など
(5)1947年10月憲法草案 (憲法顧問案) におけるマイノリティ
(6)1948年 2月憲法案 (憲法起草委員会案) におけるマイノリティ
(7)1948年11月憲法案におけるマイノリティ
(8)諮問委員会の勧告 (1949年 5月 1日) と憲法案審議
(9)憲法制定議会におけるマイノリティ――最終段階
(10)小結
3.インド憲法とマイノリティ
(1)インド憲法におけるマイノリティ
(2)マイノリティの文化的・教育的権利(憲法第29条および第30条)
三 むすびにかえて

第2章 B.R.アンベードカルの憲法構想


一 はじめに
二 被抑圧階級の代表としてのアンベードカル
1.サイモン委員会
2.円卓会議
3.『国家とマイノリティ』
(1)国家と法
(2)インド独立にともなう諸問題について
(3)インド藩王国問題
(4)権力分立
(5)マイノリティの代表
(6)基本的人権
三 憲法起草委員長としてのアンベードカル
1.インド憲法制定議会とアンベードカル
2.憲法案とアンベードカル
(1)インド憲法前文
(2)統治の機構
(3)基本権の保障
3.インド憲法とアンベードカル
四 むすびにかえて

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