関西大学 孝忠研究室

最近の論文より1「南アジアの憲法と国民統合――インド憲法を手がかりとして」より

Research Life of Professor Dr. N. Kochu

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最近の論文より1


堀本武功・広瀬崇子編『現代南アジア3 民主主義へのとりくみ』(東大出版会、2002年)の第2章として収録されている「南アジアの憲法と国民統合――インド憲法を手がかりとして」の一部を以下に転載する。この講座『現代南アジア』全6巻は、4年間にわたっておこなわれた共同研究の成果であり、日本で初めての総合的・体系的な現代南アジア研究のシリーズといえよう。

はじめに―インド憲法の基本理念とその担い手の変化


18世紀後半、「われら合衆国人民(We the People of United States)」が制定し、確定しようとしたアメリカ合衆国憲法(1787年)は、その規範内容を大きく発展させつつ、20世紀にも大きな影響力を発揮した。日本国憲法(1947年)前文(「日本国民は、……この憲法を確定する。」)のみならず、インド憲法(1950年)も、その前文冒頭で、「われらインド人民(We, the People of India)」が憲法を制定し、確定する旨明記している。

アメリカ合衆国憲法制定の担い手が、今日的な意味でのアメリカ合衆国「人民」でないことは周知のことである。しかし、このことが同前文の持つ積極的意義を失わせるものではなかった。かえってその今日的意義と、アメリカ(という)国家形成の将来への開かれた可能性を示したものだと考えられた。特定の階層に属するわずかの人々が確定するものではなく、エスニック・オリジン、ジェンダーなどを異にする人々がアメリカ憲法を担う「われら人民」として、21世紀のアメリカ合衆国を日々新たに「確定」し、規範として機能しつづける憲法の生命力を維持・発展しつつある。

インド憲法の制定者たちは、「われら人民」というフレーズに何をどのように含め、規範化しようとしていたのだろうか。制定者たちの意識では、主体としての人民はかなり限定的で、かつ理念的な意味合いをもっていたように思われる。インドの国内的名称が「バーラト(Bharat)」と明記されていること(インド憲法第1条1項)からもそのことがうかがい知れる。しかし、「われらインド人民」の意味するところは、この50年の間に、アメリカ合衆国憲法が200年以上かかって成し遂げた「広がりと深み」を実現しつつある。そこでは、「バーラト」ではなく、まさに「インド」が、もちろん某かの不協和音を含みつつも人々のアイデンティティの拠りどころとなったのである。本章では、第一に、この「われらインド人民」という国民統合のアイデンティティとそこに内在する不協和音を、指定カースト・指定部族および「その他の後進階級(OBC)」へのアファーマティヴ・アクション(積極的差別是正措置)にかかわる憲法改正と最高裁判決などを手がかりに考えてみたい。

憲法制定時、すなわち、制憲議会での審議中にインド・パキスタンの分離が確定した(1947年8月)。しかし、誰もが意識し、考えていたはずの国家と宗教とのかかわり合いについて、憲法前文は明記しなかった。政教分離主義(セキュラリズム)が明記されるのは、憲法制定後四半世紀もたった憲法第42次改正(1976年)のときである。本章では、第二に、なぜ憲法制定時に明記されなかったのか、憲法制定時に意識されていた政教分離主義と第42次改正で前文に挿入された政教分離主義とは同じ内容をもつものか否か、そして、なぜ70年代半ばに明記する必要があったのかを考えてみたい。インドの憲法は、南アジアの他の諸国が特定の宗教の優位性およびそれとのかかわり合いを明記しているのとは明文規定上、著しい対照をなしている。

第三に、新たに登場した憲法の担い手、すなわち「われらインド人民」に加わった人々の権利保障を担保し、実効あらしめる機関としての最高裁判所の「民衆に開かれた司法」への動きを検討してみたい。インド憲法が保障しているのは、基本権の保障だけではなく、「国家政策の指導原則」をも含む広い意味での基本的人権の保障である。当初、最高裁は、国会が指導原則を実現するためにおこなう立法に対して、それが基本権を侵害するとして次々と違憲判決を出した。しかし、最高裁が社会正義を実現する担い手であると自覚したとき、より積極的なアプローチを模索するようになる。このことが最高裁の判例上確立するのは80年代だといってよい。この時期は、同時に、人権保障機関としての司法裁判所の新たな試みとして世界的にも注目される社会活動訴訟(SAL)に最高裁が積極的な姿勢を採りはじめた時期でもある。

憲法の基本理念および基本構造にかかわる上記の諸問題は、そもそもインド憲法の基本構造、基本的特質は何か、という論議を引き起こす。近年の憲法改革の動きは、この「基本構造」を変更しようとするものではないといわれてはいるが、50年前とはその位相を異にする論議がなされているようである。憲法上は同じ文言でも、そこに読み込もうとする憲法理念(あるいはその理念の「溶解」と評価されるときすらある)、したがって解釈内容に新たな展開がみられるからである。かかる問題意識をふまえて、最後に、憲法改革検討委員会(National Commission to Review the Working of The Constitution)の設置にかかわる論議を紹介し、インド憲法の将来像を模索してみたい。

上記のテーマのいくつかは、ひとりインドのみならず、南アジアに共通のものである。インド憲法施行50年を経た今、国民国家の現在と将来の考察にインド(そして南アジア)からの「発信」としての意味を持つように思われる。     

―以下略―

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