関西大学 孝忠研究室政策創造学部長時代のメッセージ05「誇りある歴史・文化の「発掘」を手がかりとした町づくり(2008.5)」Research Life of Professor Dr. N. Kochu |
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政策創造学部長時代のメッセージ05誇りある歴史・文化の「発掘」を手がかりとした町づくり政策創造学部での「専門演習(専門ゼミ)」が、いよいよこの秋から始まります。学生諸君は、「導入ゼミ」、「専門導入ゼミ」などで培った基礎学力、各種ツールをつかってゼミの仲間と創りあげる「○○ゼミナール」を楽しみにしていることと思います。また、24の専門演習の担当教員は、それぞれの専門的分野での研究を学生とともに初めて展開するゼミの内容、進め方の準備の最終段階に入っているころかと思います。ささやかな「政策創造」の第一歩です。 これまでの導入的ゼミのなかでも、担当者の工夫によるフィールドワーク(大阪・天六商店街や京都・伏見などで)、近隣市の「まちづくり政策」の調査、裁判所あるいは市議会傍聴など、学生の関心に応じた積極的な取り組みが数多くみられました。専門演習は、これらフィールドワークの本格的開始の機会でもあります。 ここでは、いくつかのゼミがとりあげると思われる「まちづくり」について1つの例を挙げて考えてみたいと思います。「まちづくり」における「歴史と文化」の役割です。大阪府大東市(野崎観音のあるところ)は、大阪市と生駒山の間に位置する「まち」です。「大東水害」などの影響もあり、都市イメージはあまり良いとはいえず、また住んでいる人たちも自分たちの「まち」について「誇りと自信」をもって語っていないのではないか、という印象を持ったことがあります(この間の状況などは、編著『「浸水」のまちから「親水」のまちへ』(法律文化社、1992年)にまとめています)。さて、この大東市で、最近、「平野屋新田会所跡を国史跡に」という市民運動、あるいは「三箇キリシタン・三箇城の検証」という市民運動が続けられています。前者の市民運動は、この7月に第11回市民講座が開催されるなど、専門家と市民の「連帯」が発展しているようです。この会所跡は、近世の新田開発と人々の生活を知るかけがえのない史跡です(大阪には、この平野屋新田会所の他には2か所しか残っていません)。また、三箇(さんが)は、当時のキリスト教ヨーロッパ社会から、「三箇と安土」と並んで記録されるほどの場所なのですが、その詳しい研究は、ほとんどなされてこなかったようです(1500人の信徒が集う教会があったといわれていますが)。 国内経済(とりわけ大阪経済)に重要な役割を果たした「平野屋新田会所」、国際的な歴史的・宗教的地域である「三箇」を自分たちの「まち」に持つということを多くの市民は、まだほとんど認識・共有していません。しかし、日本と世界に誇りうる「歴史」の今を共有していると市民の多くが気づいたとき、そして、その歴史と文化を共有している「仲間」として現在とこれからの「まちづくり」を進めようとするとき、さらには、自分たちの「故郷(ふるさと)」として、今住んでいる「まち」を語れるとき、そのまちの将来は、確実に明るく、未来志向のものになるのではないでしょうか。子どもからお年寄りまで、多くの市民の手による歴史の「発掘」(文字通りの意味とシンボリックな意味の両者を込めて)が待たれるところです。 それぞれの地域(国内外)での政策形成、まちづくりでは、人々の抱えている課題に真摯に向かい合い、人々の合意形成を図っていくことが大切ですが、その際に、人々のいわれのない「卑屈さ」をとりはらい、「誇りと自尊心」を共有し、内外に「We, the People of ○○」(私たちは、○○市民なのだ!!)と発信しうる○○市民共同体をつくりあげうるかどうかがカギになるのではないでしょうか。 政策創造学部のスタッフと学生は、そのシンクタンクとなることを社会から要請されているのだと思います。
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