紫陽花

(作・片桐新自)

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プロローグ〜60年安保〜(1999.10.16公開)

第1話 ベ平連(1999.10.16公開)

第2話 脱走兵(1999.10.21公開)

第3話 キャンパス(1999.10.27公開)

第4話 全共闘(1999.11.3公開)

第5話 合ハイ(1999.11.3公開)

第6話 バリスト(1999.11.10公開)

第7話 自殺(1999.11.10公開)

第8話 空回り(1999.11.15公開)

第9話 脱落(1999.11.21公開)

第10話 よど号(1999.11.21公開)

第11話 70年安保(1999.11.26公開)

第12話 それぞれの道(1999.11.26公開)

第13話 あさま山荘(1999.12.1公開)

エピローグ〜妙義山〜(1999.12.1公開)

 (完)

プロローグ〜60年安保〜

(1960年6月16日、藤井順一の家、テレビのニュースを見る小学6年の順一。)

(テレビ)「…………昨晩、国会での警察との衝突で亡くなった東大生・樺美智子さんは、

     著名な社会学者である樺俊男さんの長女で…………。」

 

(そこに、バットとボールを持った同級生の立木隆夫がやってくる。)

立木隆夫「おーい、順一。野球しようぜ。」

藤井順一「ああ、ちょっと待ってよ。このニュース見たらね。」

  隆夫「何言ってんだよ。暗くなっちゃうよ。早く行こうぜ。ニュースなんかどうでも

     いいだろ。」

  順一「だけど……。大学生がひとり死んだんだよ。」

  隆夫「何で?交通事故か?」

  順一「いや、昨日のデモで……。」

  隆夫「デモ?何だあ?ああ、あの『アン・ポ・ハン・タイ』って奴か?」

  順一「まあね。」

  隆夫「そんなの、どうでもいいじゃん。早く野球しに行こうぜ。角の空き地、他の奴

     らに取られちゃうよ。」

  順一「ああ、わかったよ。行くよ。」

(しぶしぶ立ち上がる順一。)

  隆夫「早くしろよ。そうだ。今週の『少年マガジン』見たか?」

  順一「見てない。」

  隆夫「おもしれえぞ。明日持ってきてやるよ。」

  順一「うん、ありがとう。」

  隆夫「さあ、行こうぜ。(庭のアジサイに目をやりながら)それにしても、おまえんと

     このアジサイきれいだよなあ。俺、この花が好きなんだ。」

  順一「ふーん、だけど、隆夫とアジサイって似合わないなあ。」

  隆夫「うるせえな。しょうがないだろ。好きなものは好きなんだから。」

  順一「まあね。だけど、どこがいいんだよ?」

  隆夫「天気によっていろいろ色が変わるだろ?あれがおもしろいんだ。それに、小さ

     な花が固まってひとつの大きな花に見えるだろう?あれがいいんだよなあ。」

  順一「へえー、意外な趣味だね。」

  隆夫「別に趣味とかじゃねえよ。もういいよ。とにかく急ごうぜ。」

  順一「ああ。」

第1話 ベ平連

(1965年6月15日、都立新山高校2年B組の教室。放課後、まじめな顔で話し合う藤井順一、笠原明、徳山弘、安崎滋。そこにクラブの練習を終えた立木隆夫が入ってくる。)

  隆夫「何だ、何だ。秀才4人組が集まって、何の相談だ?」

(弘、露骨に「おまえなんかに話してもしょうがないよ」という顔をする。)

笠原 明「今度の日曜日に、ベ平連のデモに参加しようって話してたんだ。」

  隆夫「ベ平連?何だ、そりゃ?」

   明「今年の4月に結成された『ベトナムに平和を!市民連合』っていう団体なんだ。」

  隆夫「ふん、ベトナム戦争反対!ってやるのか?」

安崎 滋「まあね。でもベ平連は今までの運動とは違って、どこの政党とも関係なく自由

     に参加できる運動なんだよ。」

  隆夫「よくわかんねえな。まあ、俺には関係ないな。おまえたちも好きだよな。別に

     日本が戦争しているわけでもないのによ……。」

   明「立木、それはちがうぞ。ベトナムには、日本の米軍基地からたくさんの兵士や

     武器が出て行ってるんだ。日本はベトナム戦争におけるアメリカの前線基地に

     なっているんだ。」

  隆夫「なこと言ったって、米軍基地はアメリカにやっちまったんだから、しょうがね

     えじゃないか。日本には関係ねえよ。」

   明「ちがう!日本が安保なんてまちがった条約をアメリカと結んで、その下で平和

     を享受している限り、ぼくらもこの戦争に加担していることになるんだ!」

  隆夫「わかった。わかった。おまえと話していると、頭痛くなってくるよ。まあとに

     かく、頑張ってくれよ。ああ、そうそう、順一、今度の土曜日におまえのとこ、

     行っていいか?」

  順一「ああ、いいけど。何で?」

  隆夫「いやあ、ほらそろそろきれいな頃かなと思ってさ。」

  順一「ああ、アジサイか?」

  隆夫「まあな。」

   滋「立木君は、アジサイが好きなのかい?」

  隆夫「はっは。まあな。」

   弘「似合わねえな。」

  隆夫「うるせえよ、おまえは。」

  順一「俺、もしかしたら出かけてるかもしれないけど、おふくろに言っとくから。」

  隆夫「悪いな。久しぶりにおまえのおふくろさんの手料理でもごちそうになるかな。」

  順一「ああ、そうしろよ。おふくろもきっと喜ぶよ。」

  隆夫「OK。じゃあな。」

(隆夫、教室を出ていく。)

   弘「何なんだ、あいつは。馬鹿じゃねえのか。アジサイだってよ。」

  順一「あいつ昔から毎年一度は俺のうちに来て、アジサイ見るのを楽しみにしてんだ

     よ。」

   弘「馬鹿じゃねえの?もっと大事なことがあるだろ!大事なことが!」

  順一「……。」

   滋「まあ、考え方は、人それぞれだから……。」

   弘「けっ!」

 

(1965年6月20日、日比谷公園)

 運動家「……昨日であの屈辱の安保自然承認から5年が経過しました。今の安保は10

     年の時限条約ですから、ちょうど半分が経過したことになります。この5年の

     間に、アメリカはベトナム戦争へどんどん介入していき、ついに今年になって

     からはご承知の通り、北爆を開始しました。もう我々はこの状況をただ見てい

     るだけではいけないと思います。いやいやながらでも、安保の一翼を担ってい

     る我々が何も行動しないのなら、我々も戦争に加担していることになってしま

     うのです。確かに我々市民一人一人は微力です。しかし、微力な我々もまとま

     れば、大きな力を持つことができます。しかし、これまでの運動がうまく行か

     なかったのは、そこにすぐ政党や党派が介入してきたからです。だが、このベ

     平連はちがいます。ひとりひとりが自分の意志で参加する運動です。今日のデ

     モにも参加するもしないも皆さんの自由です。自分の意志でやるべきだと思っ

     たら、参加して下さい。戦争をやめさせ、ベトナムに平和をもたらしましょう。

     そのために、一人一人が力を合わせて、抗議の意思を示しましょう!」

   弘「すげえな。何だか燃えてくるな。」

   明「ああ、そうだな。」

遠山和恵「あの……。新山高校の方ですよね?」

   明「ええ、そうですが。どうして知っているんですか?」

蔵田景子「私たち、西戸女子高校なんです。前に署名集めにうちの高校まで来たことあっ

     たでしょ?」

   明「ああ、そういえば。」

  和恵「やっぱり。さっきからずっとそうじゃないかなと思って見てたんです。私たち、

     デモって今日はじめて参加するんです。ちょっと心細くって……。一緒に行動

     してもいいですか?」

   弘「どうぞ、どうぞ。なあ、みんな、いいよな。」

明・順一・滋「ああ。」

  景子「よかったあ。あたし、蔵田景子って言います。よろしく。で、彼女が遠山和恵

     で、メガネかけてるのが橋本直子、その向こうが久保田裕子。」

和恵・直子・裕子「よろしく。」

明・弘・順一・滋「よろしく」

   弘「こっちは、俺、いや僕が徳山弘、で、こいつが笠原明、で、藤井順一と安崎滋

     です。わかんないことがあったら、何でも聞いて下さい。」

  景子「ありがとうございます。よかったあ。やっぱりちょっとこわいですね。機動隊

     なんか来ないですよね。」

   弘「大丈夫ですよ。これ、紳士的な運動だから。」

  景子「そうですよね。」

 

(デモ隊、日比谷公園を出て、国会方面に向かう。)

久保田裕子「結構、警備厳しいのね。」

橋本直子「本当ね。」

  和恵「笠原さんたちは、もう何回もデモに参加しているんですか?」

   明「いや、僕らも初めてです。今までの運動は政党や労働組合の色が濃すぎて参加

     したいとは思わなかったんですが、ベ平連ができたんで、これはちょうどいい

     なと思って……。」

  和恵「そうですよね。私たちも同じ気持ちでした。」

  直子「でも、この運動でベトナム戦争をやめさせられるのかしら?」

   明「それは難しいかもしれない。でも、今、僕らは何かをしなければいけないんで

     す。この運動が直接的にはそんなに大きな影響力を持たないとしても、日本で

     もこうしてベトナム戦争のことを真剣に考え、やめさせようと思っている人間

     がいるということを知らしめることだけでも、大きな意味があると思うんで

     す。」

  景子「すごいですね、笠原さんって。理論家なんですね。」

   明「いや、僕より、この二人の方が勉強しています。」

(と言って、順一と滋の方を見る。)

   弘「何だよ、俺は?」

   明「おまえはなあ……。」

   弘「何だよ、ひでえなあ。」

   滋「まあまあ。」

(女性たち、笑う。)

 

(デモは国会周辺を周り、再び日比谷公園に帰ってくる。)

   弘「何だ、もう終わりかあ?もっと行きゃいいのに。」

  和恵「でも、何も起こらなくてよかったわ。」

  直子「ほんと、ほっとした。」

  景子「直子、今日ここに来るの、お母さんに話した?」

  直子「話してないわ。」

  景子「やっぱり。私も。何か妙に心配するからね。和恵たちと買い物に行くって言っ

     てきたから、何か家って帰らなくちゃ。ねえ、これからデパートに寄っていか

     ない?」

和恵・直子・裕子「……。」

  景子「ねえ、行こうよ。」

  和恵「……うん、そうだね。(明たちに向かって)じゃあ、私たちここで失礼します。

     今日はありがとうございました。」

景子・直子・裕子「ありがとうございました。」

   弘「もう行っちゃうんですか?残念だな……。」

   明「じゃあ、また。さあ、僕らも行こうぜ。」

(なごり惜しそうに、4人の女性を見送る弘。)

   明「弘、行こうぜ。」

   弘「ああ……。」

第2話 脱走兵

(1965年6月21日。通学途中。)

  隆夫「おっす。昨日のデモ、どうだった?」

  順一「うん、特別なことはなかったよ。」

  隆夫「そうか、よかったな。もしかして、おまえがなんとか美智子さんみたいになっ

     たりしねえかと、俺もちょっとは心配してたんだぜ。」

  順一「サンキュー。でも、あの運動は大丈夫さ。危ないことはしないから。」

  隆夫「ふーん、そんなもんか。」

  順一「ああ。それより、おまえ何で土曜日来なかったんだ?おふくろ、寂しがってた

     ぞ。」

  隆夫「いやあ、行ったんだよ。でも、アジサイは外からでも見れたし、なんかおまえ

     がいないのに訪ねるのもちょっとなあと思って、そのまま帰っちまったんだ。」

  順一「遠慮する柄かよ。」

  隆夫「ああ、今度はお邪魔するよ。それにしても毎年きれいだよな、おまえんとこの

     アジサイ。」

  順一「おふくろが丹精込めてるからな。最近は理江も手伝ってるみたいだけど。」

(急に目をそらす隆夫。ピンとくる順一。)

  順一「ああ、そうか。それでか。」

  隆夫「な、何がだよ?」

  順一「理江か。」

  隆夫「何が理江ちゃんなんだ?」

  順一「それでおまえ来なかったんだな?」

  隆夫「な、何言ってんだよ。関係ないこと言うなよ。」

  順一「ははは。結構純情だな、おまえも。」

  隆夫「うるせえよ。でも、理江ちゃん、かわいくなったよな。」

  順一「言っといてやるよ。」

  隆夫「やめろ、やめてくれ。もうおまえんとこに行けなくなるじゃないか。」

  順一「うそだよ。言わねえよ。」

 

(1965年8月20日。順一の家。電話が鳴る。)

藤井理江「もしもし。はい。ちょっとお待ち下さい。お兄ちゃん、電話!」

  順一「もしもし。」

   滋「ああ、藤井君。安崎です。実は、笠原君からの伝言で、すぐに新宿の滝沢に来

     てほしいって言うんだ。用件は電話では話せないんだって。」

  順一「ああ、わかった。すぐ行くよ。」

   滋「じゃあ、あとで。」

藤井厚子「順ちゃん、出かけるの?」

  順一「うん。」

  厚子「あなた、危ないことしていないでしょうね?」

  順一「大丈夫だよ。」

  理江「お兄ちゃん、なんとか連って、入ってんでしょ?」

  厚子「なーに、そのなんとか連って?」

  順一「何でもないって。理江、つまらないこと言うなよ。」

  理江「だって、立木さんが言ってたよ。」

  順一「あの馬鹿……。」

  厚子「順ちゃん、本当に大丈夫?お母さん、あなたを信頼しているからね。いやあよ、

     変なことに首突っ込んじゃ。」

  順一「わかってるって。じゃあ、行ってきます。」

 

(新宿の喫茶店「滝沢」)

   明「順一、こっち、こっち。西さん、これで全員そろいました。」

西 邦彦「いやあ、急に集まってもらって悪かったね。僕、西って言います。新山高の出

     身で、君たちの4年先輩に当たるのかな。今、東日本大学の3年です。で、今

     日集まってもらった用件なんだけど、今度、ベ平連のルートで米軍兵士をひと

     りかくまうことになったんだけど……。」

   弘「えっ、米軍兵をですか?」

  邦彦「うん、そうなんだ。彼は脱走兵なんだよ。もともとベトナム戦争に反対してい

     たんだけど、アメリカには徴兵制度があるだろ?で、無理矢理ベトナムに連れ

     て行かれることになって、とりあえず横須賀まで来たんだ。そして、そこで我々

     の仲間と知り合いになって脱走をしたんだ。脱走したのはいいんだけれど、ア

     メリカには戻れないし、日本でもかくまってくれるところが少ないしで、今、

     困っているんだよ。で、僕のところにもかくまってくれないかという話があっ

     たんだけど、僕は、賄い付きの下宿にいるんで、無理なんだよ。それで、前か

     ら知っていた笠原君に連絡をしてどうだろうかと尋ねてみたら、他の友人にも

     聞いてみようということになってね……。」

   明「そういうことなんだ。どうだろう?誰かしばらくの間、米兵をかくまえないか

     な?」

   弘「俺のところはだめだぜ。親父は反戦運動なんて大嫌いだから。」

   滋「僕のところも狭いから……。」

   明「順一のところは?」

  順一「うん、部屋はあるけど……。母と妹には、この運動のこと何も話していないし

     な……。」

   明「やっぱり無理かあ。」

  邦彦「そうか……。仕方ないね。もちろん、ベ平連の中心メンバーの家なら、隠れる

     スペースはあるんだけれど、みんなもう警察から目をつけられているからね。

     高校生の君たちの家なら盲点だと思ったんだが……。いや、無理を言ってすま

     なかったね。」

  順一「……ちょっと待って下さい。一晩待ってもらえますか?母に相談してみます。」

  邦彦「本当かい?じゃあ、もしもOKなら、何時でもいいから、ここに電話をしてく

     れるかい?」

  順一「はい。」

 

(その晩。順一の家。)

  厚子「順ちゃん、何を考えてるの!そんなことできるわけないじゃない!何が脱走兵

     なの。そんな恐ろしい。」

  順一「母さん、別に恐ろしくないよ。20歳のアメリカの若者を一人ちょっと泊めるだ

     けじゃないか。部屋はあるんだし……。」

  厚子「順ちゃん、いい加減にしてちょうだい!お母さんは英語だってわからないし。

     だいいちここが攻撃されたらどうするの!」

  順一「母さん、落ち着いてよ。なんで、ここが攻撃されるんだよ。」

  厚子「だって、兵隊さんでしょ。敵が来るじゃない!」

  順一「母さん、戦争はベトナムでやっているんだよ。ここまで来るわけないじゃない

     か。大体、彼はアメリカの軍隊から逃げたんだよ。敵に追われているわけじゃ

     ないよ。」

  厚子「じゃあ、アメリカの軍隊が攻め込んで来るじゃない!福生の基地から来るのよ、

     きっと。」

  順一「母さん!」

  理江「お兄ちゃん、無理だよ。あたしだって嫌だよ。怖いよ、外人がこの家にいるな

     んて。」

  厚子「そうよ。理江に何かあったらどうするの!順一、もう馬鹿なことをするのはや

     めて、勉強してちょうだい。もう来年は高校3年なのよ。あなたたちの世代は

     たくさんいて、競争が厳しいのだから。うちには、あなたを浪人させる余裕は

     ないのよ。」

  順一「勉強のことはわかってる。今は、それとは違う話で……。」

  厚子「もうやめて!もうたくさん!絶対うちには兵隊さんは入れません!」

 

(深夜、邦彦に電話する順一)

  順一「もしもし、西さんをお願いします。」

下宿の大家「あんたねえ、何時だと思ってんだ?」

  順一「すみません。緊急の用事なので……。」

  大家「西さんとこはそんな電話ばっかりだよ。明日にしてくれないか!」

  順一「すみません。でも、本当に急ぐので……。」

  大家「本当に冗談じゃないよ。西さんには早く出ていってもらいたいわ。」

  順一「すみません……。」

  大家「ふん。」

(しばらくして、邦彦が電話に出る。)

  邦彦「(大家に向かって)いつもすみません。だれだろうなあ、こんな時間に。常識の

     ない奴ですよね。本当にすみません。(受話器を取って)もしもし、西ですが…

     …。」

  順一「ああ、西さん!夕方に、滝沢でお会いした藤井ですが……。」

  邦彦「ああ、藤井君。ちょうどよかった。こっちからも連絡を取りたいと思っていた

     ところなんだ。」

  順一「はあ……。」

  邦彦「実はね。彼、いなくなっちゃったんだ。」

  順一「えっ?」

  邦彦「ほら、滝沢で話した脱走兵の……。」

  順一「ええ。」

  邦彦「何か、怖くなっちゃったみたいでね。自分から部隊に帰ると言いだしてね。戻

     っちゃったんだよ。」

  順一「そうですか……。」

  邦彦「だから、夕方の話をもうなかったことにしてもらって、かまわないから。それ

     じゃあ。」

(邦彦、電話を切る。)

  順一「(呆然と受話器を握ったまま)何なんだよ。おふくろと理江に心配させ、大家に

     怒鳴られただけか!もう少しちゃんとお礼を言ってくれたっていいじゃない

     か!冗談じゃないよ!」

第3話 キャンパス

(1967年4月12日。東日本大学のキャンパス。)

  隆夫「まさか順一と同じ大学になるとはな……。驚いたよ。こっちはぎりぎり滑り込

     みで漸く入れた大学だけど、おまえはなあ……。本当だったら早稲田か慶応ク

     ラスには楽に入れたはずなのに……。」

  順一「いいさ。この大学も悪くはないさ。みんな一緒だしな。」

  隆夫「本当にいっぱい来たよな。笠原も徳山もだろ?おまえのベ平連仲間では、安崎

     だけか、いないのは。あいつ、東大入ったんだろ?すげえなあ。」

  順一「ああ。」

  隆夫「ところで、おまえ、クラブとかどうするんだ?」

  順一「俺はいつもと同じさ。しばられたくないから、これといったのには入らないよ。

     おまえこそ、また運動部か?」

  隆夫「いや、大学では運動部はやめだ。まずは社交ダンスだ。」

  順一「あん?」

  隆夫「いや、ほら、ダンパとかに行ったとき、足の動かし方もわからないと、女の子

     も誘えないだろ?」

  順一「はあ……?」

  隆夫「なあ、順一。俺たち、今、青春まっただ中だろ?恋しなくちゃなあ。高校時代

     はクラブをやりすぎた。生活を変えるぞ!」

  順一「は〜ん。理江に言っとこう。」

  隆夫「おいおい、やめてくれよ。理江ちゃんは俺の心のオアシスなんだ。不純な話を

     してはいかん。」

  順一「何だ?おまえの恋は不純なのか?」

  隆夫「いやあ、そうではないが……。そうではないが、理江ちゃんには持ち得ない思

     いもある!」

  順一「何、いばってんだ。要はしたいってことだろ?」

  隆夫「何という赤裸々な発言だ!いかんぞ。」

  順一「ははは。」

 

(胴着をつけた山本健二と花田達也がやってくる。)

  健二「(隆夫を見ながら)君、いい体してるな。日本拳法部に入らないか?」

  隆夫「いやあ、僕はその方面へは興味がないので。」

  健二「そうか、残念だな。いい体してんのになあ。」

  達也「(順一の方を見て)君はどうだい?」

  順一「いやあ、見ての通り運動はさっぱりだめです。」

  達也「俺もそうだったけどな。体作りになるぞ。」

  順一「いやあ、遠慮しておきます。」

  健二「残念だなあ。」

(健二と達也、前を歩いている西川勝男を見つけ、勝男を勧誘しはじめる。)

  隆夫「おお、あいつ口説き落とされそうだ。あいつ、確か同じクラスにいたな。名前、

     なんて言ったかな……。」

(3人の女子学生が前から歩いてくる。)

  隆夫「おっ、かわいいじゃないか。」

  順一「あれっ?」

  和恵「あら?確か、高2の時、ベ平連のデモでお会いしましたよね。」

  順一「そうですね。藤井です。」

  和恵「そうそう、藤井さんでしたね。遠……。」

  順一「遠山和恵さんでしたよね。」

  和恵「わあ、覚えていてくださったんですか。」

  順一「ええ。」

  隆夫「おいおい、おまえばっかりしゃべっていないで、紹介しろよ。」

  順一「ああ、悪い。こいつは僕の悪友で、立木隆夫と言います。」

  隆夫「小学校からずっと一緒なんですよ。」

  和恵「そうなんですか。じゃあ、笠原さんとかもご存知なんですか?」

  隆夫「知ってますよ。でも、俺、こいつみたいに運動とかに関心ないから、あんまり

     つき合ってないけど。でも、あいつもこの大学来てんですよ。」

  和恵「えっ、本当ですか?」

  順一「ええ。」

  和恵「嬉しい。またお会いできますね。ああ、そうそう私の方もお友達を紹介します

     ね。こちらが加藤美智子さんで、こちらが小山内秋子さん。まだ、私もお二人

     とお友達になったばかりなんです。ああそれから、藤井さん、橋本直子も覚え

     てますか?」

  順一「ああ確かメガネをかけてた方ですよね。」

  和恵「そうそう。記憶力いいですね。彼女もこの大学なんですよ。学部が違うので、

     今は一緒じゃないんだけど……。」

  順一「そうですか。」

  和恵「なんか、ベ平連の東日本大学支部ができそうね。」

加藤美智子「遠山さん、そんなこわい運動していらっしゃるんですか?」

  和恵「あら、ベ平連の運動は全然こわくないのよ。今度一緒に集会に行きましょうよ。」

 美智子「ええっ、私はちょっと……。」

小山内秋子「おもしろそう、私、行ってみたいわ。」

  和恵「じゃあ、今度一緒に行きましょ。藤井さんも、ね。」

  順一「……そう、ですね……。」

  和恵「あら、もうベ平連の運動、やってらっしゃらないの?」

  順一「ええ。ちょっといろいろあって……。」

  和恵「そう。でもいいわ。じゃあ、また。」

(去っていく3人の女子学生)

  隆夫「よくしゃべる子だな。俺の出番がなかったよ。」

  順一「だな。」

  隆夫「でも、あの美智子って子、かわいいなあ。なあ、そう思わないか?」

  順一「うん、そうかな。」

  隆夫「絶対かわいいって。ああ、それにしても腹減ったな。飯食いに行こうぜ。」

  順一「ああ。」

 

(学生食堂。隆夫、先に来て食べていた笠原明、徳山弘、沢田真に気づき、)

  隆夫「あっ、嫌な奴らがいた。あっち行こうぜ。」

   明「おっ、順一。こっち来いよ。席空いてるぞ。」

  隆夫「おい、やめとこうよ。」

  順一「そんな。悪いじゃないか。俺は行くよ。」

  隆夫「しゃあねな。」

   弘「大学来てまで、おまえらと一緒かよ。けっ!」

  隆夫「それは、こっちのセリフじゃ!」

   明「まあまあ。おまえら本当に仲悪いな。ああ、彼は沢田真君。同じクラスなんだ。」

沢田 真「沢田です。よろしくお願いします。僕、友人が少ないんで、友達になって下さ

     い。」

  順一「ああ、どうも。藤井です。笠原や徳山と同じ新山高校です。こいつは、立木っ

     て言います。」

  隆夫「ちはっす。」

   真「はじめまして。立木君、いい体格してるんですね。何かやっていたんですか?」

  隆夫「いやあ、別にこれっていうほどのことは……。」

   真「そうですか。僕って、こんなひょろひょろしているじゃないですか。立木君み

     たいな人は、僕の憧れです。」

  隆夫「はあ……。」

   明「ところで、順一。おまえ、西さんを覚えているか?」

  順一「(不快さを隠しながら)ああ。」

   明「西さん、留年してまだこの大学にいて、ここのベ平連とかの運動の中心になっ

     ているんだ。また、一緒にやらないかと言われたんだけど、おまえもどうだい?」

  順一「俺、やめておくよ。」

   明「なんで?」

  順一「ちょっと、いろいろ考えてみたいんだ。」

   弘「馬鹿野郎!おまえみたいなそういう優柔不断な態度が日本をだめにするんだ

     よ!」

  隆夫「何言ってんだよ!おまえなんか笠原の『金魚のフン』じゃねえか。」

   弘「何を!」

  隆夫「何だ、やるか!」

明・順一「やめろよ!」

   明「まあ、いいよ。順一、考えが変わったら、また連絡くれよな。」

  順一「ああ。」

  隆夫「そう言えば、さっきなんかよくしゃべる女がベ平連がどうだ、笠原がなつかし

     いとか言ってたぞ。」

   明「誰だ、それ?」

  隆夫「順一、あいつ何て言ったっけ?」

  順一「(しぶしぶながら)遠山和恵さん。」

   明「遠山和恵?」

  順一「高2の6月のデモで……。」

   弘「ああ、西戸女子の!」

  順一「うん。」

   弘「彼女もこの大学来てんのか?」

  順一「ああ。」

   弘「やった!で、他には?」

  順一「橋本直子さんも来てるって。」

   弘「ラッキーだな。ようし、早速、連絡取らなくちゃ。学部はどこだ?」

  順一「遠山さんは、僕らと一緒だよ。」

   弘「ということは、文学部か。まあ学部は違うけど、いいや。同じ大学だ。そうだ、

     明、今度の集会に彼女たちも呼ぼうぜ。」

   明「ああ、そうだな。人数は多い方がいいだろう。」

   弘「よっしゃあ、決まった。」

  隆夫「……おい、俺も行っていいか?」

   弘「あん?」

  隆夫「いや、だから、俺もその集会とやらに行っていいかって聞いてんだよ。」

   弘「何で、おまえが?あ〜、おまえ、女が来ると聞いて、それで……。」

  隆夫「いや、そういうわけでは……。」

   弘「何だ、何だ。貴様、動機が不純だぞ。おまえなんかだめだ。」

   明「いや、弘。いいじゃないか。今まで関心を持たなかった立木が、どんな理由で

     あれ集会に参加するというのだから、歓迎しようじゃないか。」

   弘「そんな、明……。」

  隆夫「そうか、いや悪いな。じゃあ、そういうことで。順一、俺、先に行くぜ。」

(足早に立ち去る隆夫。)

   明「順一、おまえも来いよ。」

  順一「考えておくよ。」

第4話 全共闘

(1967年4月24日。東日本大学のキャンパス。壇上には、西邦彦。)

  邦彦「……ベトナム戦争も、人種差別も、管理社会も、すべてひとつの源泉から出て

     いるのは、明らかだ。学友諸君!アメリカ帝国主義の残虐なまでの競争システ

     ムと、自らのシステムに対する過剰な自信がすべてを引き起こしているのだ。

     そして、日米安保によって、アメリカの支配下にある日本帝国主義も、これを

     まねし、これに加担しているのだ。見よ、イタイイタイ病で泣く老人たちを!

     見よ、足を引きずって歩く労働者たちを!我々は、この状況に風穴を開けなけ

     ればならない。自らのいる場所で、それぞれが抗議の声をあげようでないか!

     我々学生、ひとりひとりの力は弱い。しかし、全学友がひとつになれば、その

     力は決して小さなものではない。今こそ、立ち上がろうではないか、学友諸君!」

  隆夫「(大きなあくび)あ〜あ。」(周辺からにらまれる。)

  隆夫「何なんだよ。あくびくらいしてもいいだろう。」

   真「立木さん、だめですよ。こんなすばらしい演説を聞いて感動しないんですか?」

  隆夫「そうか?俺には、何かこじつけみたいに聞こえるけどなあ……。」

   明「立木、少し静かにしてろ!」

  隆夫「へい、へい。」

  邦彦「今、我が大学でも学費値上げが検討されている。その値上げは妥当だろうか?

     否!我が東日本大学の会計は全く明朗ではない。これをこのままにしておいて

     よいものだろうか?もちろん、否だ!さあ、これから、抗議のデモを行おう!」

 美智子「(不安げに)遠山さん、これがベ平連なの?」

  和恵「そうね。ちょっと違う集会みたい。」

   弘「そんなことないですよ。西先輩が言ってたように、みんな、つながっているん

     ですよ。」

 美智子「私、こわいわ。」

  和恵「怖がることはないと思うけど……。でも、今日はこれで帰りましょう。」

美智子・秋子・直子「ええ。」

   弘「帰っちゃうんですか?」

  隆夫「なら、僕も一緒に帰ります。」

   弘「何だ、貴様は!」

  隆夫「さあ、こんな奴は無視して、行きましょう。」

  和恵「(明の方を見て)じゃあ、今日はここで失礼します。」

   明「ああ、そうですか。」

  和恵「私は、また来ます。」

   明「ええ。」

 

(集会から離れて)

 美智子「ああ、こわかった。」

  秋子「そうかな。私はそれほどでもなかったよ。」

  直子「でも、あれはベ平連運動とは異質なものだと思うわ。西さんって、どこかのセ

     クトに入っているんじゃないかしら?」

  和恵「そうかもしれないわね。」

 美智子「セクトって、何?」

  直子「そうね。簡単に言うのは難しいけれど、思想信条を共にするグループってこと

     かな。」

 美智子「じゃあ、宗教団体みたいなものかしら?」

  和恵「そうね。もう少し政治的な団体ね。」

 美智子「何だか、こわそうだわ。」

  和恵「そうね。加藤さんは近づかない方がいいかもしれないわね。」

  隆夫「そうすよ。僕も何か違うなあって、感じてたんですよ。」

  和恵「立木さんは最初から関心がないって感じでしたね。」

  隆夫「ははははは。やっぱりわかりました?」

  和恵「ふふ。(藤井順一が歩いて来るのに気づき)あら、藤井さんじゃない?」

  隆夫「本当だ。お〜い、順一。」

  順一「ああ、こんにちは。」

  直子「お久しぶりです。今日はどうしていらっしゃらなかったんですか?」

  順一「いや、僕はもう興味を失っているもんですから。」

  直子「そうなんですか。」

  和恵「そうそう、ちょうど良かったわ。あの高2の時の集会で会った蔵田景子って覚

     えてます?」

  順一「ええ、なんとなく。」

  和恵「彼女、小里女子大に行ったんですけど、うちの大学の男子学生と合同ハイキン

     グできないかって頼まれてて、藤井さんや笠原さんがいるけどって言ったら、

     ぜひ話してみてって言われて……。」

  隆夫「何で僕に言ってくれなかったんすか?」

  和恵「ごめんなさい。でも、藤井さんをご指名だったので……。」

  隆夫「そうすか……。」

  和恵「どうでしょう?」

  順一「はあ。僕はどっちでもいいですが……。」

  和恵「じゃあ、決まった。向こうは3人とか言っていたので、後2人お友達に声をか

     けて下さいますか?」

  順一「(隆夫の方を見ながら)誰かいたかな?」

  隆夫「西川でいいんじゃないの。僕も入っていいんでしょ?」

  和恵「……ええ、まあ。」

  秋子「西川君じゃ、ちょっとね……。久坂君とかがいいんじゃないの?」

 美智子「久坂さんは……。」

  和恵「そうね。久坂君ならばっちりね。私から聞いてみるわ。」

  隆夫「ああ、そうすか……。」

 

(女子学生たちが去る。残された順一と隆夫。)

  隆夫「俺、久坂が行くなら、パスするわ。」

  順一「何で?」

  隆夫「なこと聞くなよ。あいつと行ったら、こっちは引き立て役になるだけだろうが。」

  順一「まあな。」

  隆夫「おまえは、ご指名だから逃げられないぞ。」

第5話 合ハイ

(1967年6月24日。高尾山口駅。)

蔵田景子「こんにちは。お久しぶりです。すぐわかりました。」

  順一「ええ、まあ。」

  景子「えーと、友人を紹介しますね。こちらが香川久美さん。向こうが谷静香さん。

     で、私は蔵田景子です。よろしく。」

大竹 泰「どうも、はじめまして。僕、大竹泰です。で、こいつが、うちの大学で一番モ

     テると言われている久坂潤一郎。」

久坂潤一郎「くだらんこと言うなよ。」

   泰「藤井順一は知ってんですよね。」

  順一「(久美と静香に)どうもはじめまして。」

久美・静香「はじめまして。」

   泰「さあ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして、今日は楽しく行きましょう!」

  景子「本当に。じゃあ、出発しましょう。」

 

(昼、頂上にて。)

  久美「(潤一郎に)あの、これよかったら食べて下さい。」

 潤一郎「ありがとう。いやあ、おいしそうだな。」

  久美「私が作ったんで、あんまり上手じゃないんですけど……。」

 潤一郎「そんなことないですよ。」

   泰「いいなあ。僕ももらっていいですか?」

(久美の返事を待たずに、ひとつサンドイッチをつまむ。)

  久美「……ええ……。どうぞ……。」

  景子「藤井さん、お昼は?」

  順一「パンを買ってきましたから。」

  景子「よかったら、このおにぎり食べて下さい。」

  順一「ありがとう。でも、大丈夫ですから。」

  景子「そうですか……。」

   泰「静香ちゃんは、何かくれないんですか?」

  静香「私、自分の分しか持ってきてません。」

   泰「そうすか……。」

  久美「あの、久坂さん、何かスポーツやってらっしゃるんですか?」

   泰「こいつ、高校時代、野球やってて、甲子園まで後一歩だったんですよ。」

  久美「すご〜い!」

 潤一郎「すごくないですよ。ベスト8ですよ。まだ後3試合も勝たないと行けなかった

     んですから。」

  久美「でも、すごいですよ。私、野球大好きなんです。共学の高校だったら、野球部

     のマネージャーをやりたかったぐらいなんです。」

 潤一郎「そうですか。」

   泰「こいつ、何でもできるんですよ。スポーツはもちろん、勉強も音楽も。本当嫌

     みなぐらい。でも、男にも好かれるいい奴なんですよ。まるで、加山雄三の『若

     大将』みたいでしょ?」

 潤一郎「うるさいよ、おまえは。」

  久美「じゃあ、大竹さんは『青大将』?」

   泰「まあ、そんなとこっすかね。でも、『青大将』みたいに金持ちじゃないっすけど。」

  景子「静香、そんなところに離れてないで、こっちおいでよ。」

  静香「いい。私はここで。」

   泰「そんなところにいたら、話できないじゃないっすか。こっち来て下さいよ。」

  静香「いいんです。私、一人が好きなんです。」

  景子「すみません。あの子、ちょっと偏屈なところがあって……。」

  静香「景子が無理に連れてきたんじゃない!私は嫌だって言ったのに!」

  景子「静香!」

  静香「いいわよ。どうせ私なんかおまけなんだから。大体、他の人たちが、大学のこ

     とや社会のことを考えて行動しているときに、こんなところでハイキングなん

     かしてていいの?」

  久美「そんなこと言ったって、あなただって来てるじゃない。」

  静香「だから、私は無理に連れてこられたって言ってるでしょ!」

   泰「まあまあ。そうすね。確かに静香さんの言うことももっともかもしれないすね。

     でも、俺らがばたばたしたって、結局何も変わらないんじゃないすか?」

  久美「そうですよね。」

  静香「そんなことないと思う。そうやってあきらめてるからだめなのよ。久美みたい

     にかわいい女の子でいたいって人が多すぎるから、女の地位だって向上しない

     のよ。」

  久美「まあ!あなたいつから女闘士になったの?」

  静香「別に女闘士じゃないわ。ずっと考えてきたことよ。女の能力が男より劣ってい

     るはずはないのに、女は男のように出世はできないのよ。おかしいじゃない!」

 潤一郎「いやあ、でも、男の方が足も速いし、体力もあるし……。」

  静香「体力って何ですか?筋力?でも、生命力こそ究極の体力じゃないですか?だっ

     たら、長生きな女の方が体力もあるんじゃないですか?」

  景子「静香、もうやめてよ。ハイキングがめちゃくちゃだわ。」

  静香「だから、私は来たくなかったって言ったでしょ!帰るわ、私!」

(静香、荷物をまとめて山を下り始める。あっけにとられる5人。おもむろに、順一が静香の後を追う。)

  景子「藤井さん!もう放っといて下さい。あんな子、もうどうでもいいわ。」

  順一「うん、まあでも、ちょっと心配だし。それに僕、アルバイトがあってもうあま

     りいられないから。先に失礼します。(潤一郎と泰に)じゃあ、後よろしくな。」

潤一郎・泰「ああ……。」

 

(順一、静香に追いついて)

  順一「熱弁でしたね。」

  静香「(にらみつけるように)馬鹿にしていらっしゃるんですか!」

  順一「いや、感心しました。あまり女性のそういう意見を聞いたことがなかったんで。」

  静香「……。」

  順一「そうですよね。確かに小学校の頃なんか、女の子の方が頭がいい子が多かった

     ですよね。なんで、だんだん男の方がよくなっちゃうんだろ?」

  静香「そういう風に作られてしまうんです。ボーボアールの『第2の性』って読みま

     した?」

  順一「いえ。」

  静香「ボーボアールは言ってます。『女は女として生まれてくるのではなく、女に作ら

     れるんだ』って。

  順一「はあ……。」

  静香「わかりませんか?女は、女らしくしなさい、女の子なら、こんなことをしては

     だめ、あんなことをしてはだめ、料理や家事がうまくなければいけない、頭な

     んか良くなりすぎてもいいことはないって、ずっと言われながら育つんです。」

  順一「なるほど。」

  静香「私だって、共学のもっといい大学に行きたかった。でも、親が女子大以外はだ

     めだって言ったんです。それで、小里なんかに来なきゃいけなくなって……。

     私、自分の名前も大嫌いなんです。静香ですよ。いやんなっちゃいます。おし

     とやかに、静御前のように美しくって、父親がつけたんですよ。たまらないで

     す。」

  順一「はあ……。」

  静香「絶対、世の中おかしいと思います。ベトナム反戦とかも大事だと思うけれど、

     私は、男と女の不平等が一番おかしいと思います。そう思いませんか?」

  順一「確かに、そう言われてみると、そうですね。」

  静香「嬉しい!わかってもらえるなんて思わなかった。男性で、私の話まじめにきい

     てくれたの、あなたが初めてです。」

  順一「そうですか。でも、説得力ありましたよ。これから、そういう考え方を持つ女

     性が増えてくるんでしょうね。」

  静香「絶対そう思います。」

第6話 バリスト

(ハイキングから1週間後、東日本大学のキャンパス)

  隆夫「なんか大変なハイキングだったんだってな。」

  順一「なんだ。どこから聞いた?」

  隆夫「大竹があっちこっちでベラベラしゃべってるぜ。」

  順一「しょうがない奴だな。ところで、おまえこそ西さんのグループの集まりに顔出

     してんだって?初めて行ったときは、あんなに退屈だって言ってたのに。」

  隆夫「いやあ、今でも難しくてよくわかんないけどね。でも、ほらお嬢が行くから…

     …。」

  順一「お嬢って?」

  隆夫「加藤美智子。」

  順一「ああ、あの子。えっ、あの子も行ってんの?」

  隆夫「最近熱心でさ。この頃は、西さんの隣で話し聞いてんだぜ。」

  順一「ふーん、あの子がね。他には誰が行ってんの?」

  隆夫「笠原は毎回来てるな。徳山はよく休むよ。そうそう沢田真ってまじめそうな奴

     いただろう。あいつも毎回来てるよ。」

  順一「女性は?」

  隆夫「そうだな。一番熱心なのがお嬢で、次いで秋子かな。和恵は来たときは鋭いこ

     と言うんだけど、ちょっと距離を置いている感じかな。」

  順一「ふーん。それにしても、なんであの加藤さんがそんなに熱心なんだ?」

  隆夫「これは噂なんだけどさあ、西さんと何かあったんじゃないかって……。」

  順一「そうか。でも、おまえそれでもいいのか?」

  隆夫「ああ。何か西さんって確かに魅力的なところもあるけど、どこか冷たい感じも

     するだろ?いつかお嬢、痛い目を見るんじゃないかって気がしてなあ。心配で

     しょうがないんだ。」

  順一「おまえ、本気で惚れてるな。」

  隆夫「へへ。」

  順一「今年は、うちにアジサイ、見に来そうもないな。」

  隆夫「そうだなあ……。」

 

(1968年1月21日、東日本大学のキャンパス)

大竹 泰「おい、聞いたか?経済学部、学部長を監禁してバリストだってよ。」

 潤一郎「本当か!」

   泰「ああ。中に立てこもってる奴って、藤井の高校時代の仲間らしいぞ。」

  順一「笠原たちか?」

   泰「ああ、そんな名前だった。10人ぐらいらしいけどな、中にいるのは。」

  順一「隆夫は!」

   泰「わかんないよ。西とか笠原って名前が聞こえただけだから。」

  順一「そうか……。」

(そこへ隆夫がやってくる。みんな、ぎょっとした顔をして、隆夫を見つめる。)

  隆夫「おっす。なんだ?みんな、どうした?」

  順一「おまえ、経済のバリストに加わってなかったんだ!」

  隆夫「えっ、バリスト?畜生!あいつら本当にやりやがったのか!馬鹿か!俺があん

     なにやめろと言っておいたのに。そうだ、お嬢は?あいつ、中に入ったんじゃ

     ないか?俺、行ってくる。」

  順一「やめろ!おまえ、行ったらつかまるぞ。」

  隆夫「なこと言ったって。放っとけるかよ!」

(飛び出す隆夫。)

  順一「隆夫、やめろ〜!」

 

(経済学部の前)

  学長「それでは、教職員の皆さん、運動部の有志諸君、ご協力をよろしくお願いしま

     す。では、参りましょう。」

(学長の声を合図に、運動部の学生たちを先頭に多数の教職員がバリケードを壊しにかかる。中からは、時々いろいろな物が飛んでくる。しかし、机や椅子で作られたバリケードはあっという間に壊され、中に立てこもっていた学生たちが次々に引きずり出される。西や笠原、沢田などとともに、加藤美智子も引っぱり出される。)

山本健二「何だ、この女。結構かわいい顔してんのによ。」

花田達也「ほんと、ほんと。」

西川勝男「加藤じゃねえか。」

  健二「なんだ、西川。おまえの知り合いか?」

  勝男「はい、同じクラスです。」

  達也「そうか。でも、こんなことしちゃいけねえなあ。」

(引きずっていくついでに、美智子の胸をわしづかみにする。)

 美智子「何をするんですか!やめて下さい!」

  達也「おお、さすがに気が強えな。そんなに暴れると、ズボンも脱げちゃうんじゃな

     いの?」

(達也、美智子のズボンに手をかけようとする。そこに隆夫が飛び込んでくる。)

  隆夫「やめろ!」

(隆夫、達也の顔面にパンチを喰らわす。)

  健二「何するんだ、貴様!」

  勝男「こいつ、バリケードの中に入ってた奴らの仲間ですよ。」

  健二「そうか、なら同罪だ。みんな、たたんじまえ!」

(殴り合いが始まる。しかし、多勢に無勢で、隆夫、一方的にやられる。)

 

(バリストから2週間後。電話で話す和恵と順一。)

  和恵「もしもし、藤井君。バリストの処分、聞いた?」

  順一「いや、知らない。」

  和恵「西さんと笠原君と沢田君が退学。美智子と立木君は2ヶ月の停学ですって。」

  順一「退学……。」

  和恵「厳しいよね。厳しすぎるよね。バリケード作ったって、結局何もできなかった

     のに……。これ、見せしめだよね。今、あっちこっちの大学で紛争が起きてる

     から、厳しい処罰をして、今後こんなことを起こさせないようにしようって考

     えだよね。でも、犠牲になった人たち、かわいそう……。」

  順一「そうだね。隆夫なんかバリケードに加わっていなかったのに。助けに行っただ

     けだったのに……。」

  和恵「沢田君だって。あんなにまじめでいい人なのに……。どうして?」

  順一「ああ。」

  和恵「納得いかないよ。」

  順一「ああ。」

第7話 自殺

(1968年4月10日。東日本大学キャンパス。)

  順一「隆夫!停学期間、終わったんだな!」

  隆夫「ああ。」

  順一「とりあえず、良かったな。」

  隆夫「……。」

  順一「どうしたんだ?」

  隆夫「お嬢が大学をやめた……。」

  順一「えっ?加藤さん、おまえと同じ2ヶ月の停学だったろ?」

  隆夫「ああ。だが、親父さんに厳しく叱られたらしい。でも、彼女、謝まらなかった

     らしい。まちがっていたとは思わないって。理解してもらえないなら、自分の

     生きたいように生きるって、大学に退学届け出して、家も出たんだそうだ。」

  順一「で、どこ行ったんだ?」

  隆夫「わからん。たぶん、西さんのところだろうが……。」

  順一「そんなに西っていい男か?」

  隆夫「わからん。俺にはわからん。」

(そこへ大竹泰が息せき切って飛び込んでくる。)

   泰「おい、沢田って奴、首吊ったって!」

  隆夫「うそだろ!」

   泰「本当だ。さっきまで裏池のクスノキにぶら下がっていたんだから!」

  隆夫「うそだ!何であいつが……。あんないい奴が……。」

  順一「狂ってるよ。何もかも。」

  隆夫「俺は許さないぞ。お嬢を追い出し、沢田を殺した人間の責任をとことん追及し

     てやる。」

 

(1968年6月24日。藤井の家。)

  理江「ねえ、お兄ちゃん。今年も立木さん、アジサイ見に来ないのかな?」

  順一「ああ、たぶんな。あいつ、今大学一の活動家になっているからな。」

  厚子「あの立木君がね。ずいぶん変われば変わるもんだね。」

  順一「ああ。」

  厚子「昔は、あんたの方がずっと危なさそうだったのにね。」

  順一「……。」

  理江「お兄ちゃんは、何もしないの?」

  厚子「理江!へんなことを言うんじゃありません。お兄ちゃんは、そんな馬鹿なこと

     はしません。」

  理江「だって今、世の中おかしいこと、多いじゃない。四日市の公害、三里塚や沖縄、

     核だってきっと持ち込まれちゃってんだよ。大学生が怒るの当然だよ。うちの

     高校だって、ちょっと何か起こりそうな雰囲気なんだから。」

  厚子「やめてちょうだい。理江、あんたはそんなのに参加しちゃだめよ。お母さんを

     悲しませないでね。」

  理江「(不服そうに)わかってるわ。」

  順一「俺、ちょっと出かけてくる。」

 

(隆夫の家の前。)

  順一「こんばんは。」

立木加代(隆夫の母)「あら、順一君。お久しぶりね。お元気でした?」

  順一「はい。あの隆夫君いますか?」

  加代「それが、もうここ一週間帰ってきてないんですよ。一体、どこへ行っているん

     でしょうね。もう今年の4月からこんなことばっかりで。時々、ふらっと思い

     出したように帰って来るんですけど……。順一君、何か知らない?」

  順一「いえ、僕も最近あまり顔を合わさないものですから。」

  加代「そうですか。何か危ないことをやっていなければいいんだけど……。」

  順一「大丈夫ですよ。じゃあ、また来ます。失礼しました。」

  加代「お母様によろしく伝えておいてね。」

  順一「はい。」

 

(帰り道、公園の近く。)

  隆夫「よう、順一。」

  順一「隆夫!」

  隆夫「元気か?」

  順一「まあな。おまえは?何か活動家っぽくなったな。」

  隆夫「ははは。れっきとした活動家だぜ。今や警察の運動家リストにも名を連ねてい

     るらしい。」

  順一「おまえがな……。」

  隆夫「ほんと、俺がなあ……。」

(順一、隆夫、笑う。)

  順一「で、どうなんだ、最近は?」

  隆夫「まあ、相変わらずうまくないな。どうして大学当局って、あんなに頭固いんだ

     ろうな。自分たちの行き過ぎた処分を認め、謝罪するってだけがどうして言え

     ないんだ?」

  順一「まあな。でも、言わないだろうな。」

  隆夫「何でだ?人が死んでんだぞ!」

  順一「だが、沢田は自殺だろ?直接大学に殺されたわけじゃない。」

  隆夫「何言ってんだ!あの程度のことで退学処分にしたら、ショックを受けて死ぬ奴

     だって出てくるだろ!」

  順一「わからなくはないが、無理だよ。」

  隆夫「なぜ?」

  順一「たとえば、これで訴訟を起こしたとして勝てるか?勝ってこない。」

  隆夫「これは、裁判じゃない!闘争だ!」

  順一「大学にとっては同じさ。裁判に持っていって勝てるようなことじゃない限り、

     大学は謝罪なんかしないさ。」

  隆夫「おまえは冷たいよ。冷静すぎるよ。なんでいつもそんなに傍観者みたいな顔を

     していられるんだ?」

  順一「そんなことはない。僕だって悩んでいる。ただ……。」

  隆夫「ただ、何だ?」

  順一「ただ、方法論が納得いかないんだ。数にものを言わせるという運動論が。そし

     て暴力的な行動は嫌いなんだ。」

  隆夫「俺たちは少数派だぞ。暴力も使ってないし。」

  順一「わかっている。だが、拡声器は使う。アポイントを取らずに授業に押し掛けて

     邪魔をする。」

  隆夫「それぐらい仕方がないだろ!あいつらがちゃんとした交渉の場を設けてくれな

     いんだから……。」

  順一「僕が最後に出た5月の集会で、交渉に臨む前のおまえはこう言った。『今日の交

     渉の狙いは、奴らを怒らせ失言を誘うことだ!』僕には納得のいかない言葉だ

     った。」

  隆夫「おまえ、そのぐらい、運動戦術の常識じゃないか。」

  順一「知っている。だが、僕は嫌なんだ。」

  隆夫「勝手にしろ。要するに、おまえは臆病なのさ。おふくろさんと理江ちゃんのこ

     としか考えてないんだよ。マイホーム主義者だよ、順一、おまえは。」

  順一「そう……かもしれないな。」

  隆夫「じゃあな。元気でな。」

  順一「ああ……。そうだ、もうひとつだけ。理江が、おまえが今年もアジサイ見に来

     ないのかなって、寂しがってたぞ。」

  隆夫「アジサイか……。……じゃあな。」

第8話 空回り

(1968年11月25日。東日本大学正門前。人待ち顔の香川久美。)

  順一「あれ、君は確か……。」

  久美「あっ、こんにちは。あの潤一郎さんに会いませんでしたか?」

  順一「久坂?うーん、どうだったかな。今日は見ていないような気がするけど……。」

  久美「そうですか……。」

(そこに、橋本直子が通りかかる。)

  順一「ああ、橋本さん。ちょうど良かった。この人、蔵田景子さんと同じ大学の……。」

  直子「あっ、もしかして、香川久美さんでしょ?」

  久美「えっ、どうしてご存知なんですか?」

  直子「景子から聞いていたわ。うちの大学の久坂君とつき合っているんでしょ。」

  久美「ええ、まあ……。」

  直子「久坂君、モテるからね。苦労多いんじゃない?」

  久美「ええ、でも、愛してますから。」

  直子「そう……。」

  久美「あのお、潤一郎さん、見かけませんでしたか?」

  直子「……会ってないわ。」

  久美「そうですか……。」

  直子「ねえ、今日はもう帰った方がいいんじゃない?大分寒くなってきたし。明日以

     降、久坂君見つけたら、あなたが探してたって伝えておくから。」

  久美「ありがとうございます。じゃあ、電話待ってますからと伝えてもらえますか。

     ずっとずっと待ってますって。」

  直子「うん、わかった。」

(久美、立ち去る。それを待っていたかのように、久坂と大竹が現れる。)

  順一「久坂!おまえ、どこにいたんだ?今まで香川さん、ここで待っていたんだぞ。」

 潤一郎「わかってる。わかってるから隠れてたんだろ。橋本さん、サンキューな。会っ

     てないことにしてくれて。」

  直子「今度おごってもらうからね。でも、ちょっとかわいそうなんじゃない。」

 潤一郎「重たいんだよ、あの子。俺だけが生き甲斐って顔されちゃうだろ。しんどくて

     さ。わかるだろ、藤井だって。」

  順一「だけど、そんなに愛してくれるなんて幸せじゃないか。」

 潤一郎「そんな幸せ、要らねえよ。俺はもっとたくさんのガールフレンドとつき合いた

     いんだ。久美だってその一人なんだよ。」

  直子「勝手な理屈ね。」

 潤一郎「ああ、勝手だよ。でも、男なんてこんなもんだよ。なあ、大竹。」

   泰「そうそう。だけど、俺はそうしたくてもできないけどね。」

 潤一郎「おまえの顔じゃ、しょうがねえよ。」

  直子「私、帰るわ。久坂君、電話ぐらいしてあげなさいよ。藤井君、行こう!」

(潤一郎と泰を残して歩き始める。)

  直子「久坂君もずいぶんね。」

  順一「そうだね。でも、どうして香川さんに久坂の居所、教えてやらなかったの?」

  直子「なんか、あの子の生き方も考え方も嫌だったから。」

  順一「今日はじめて会ったんじゃなかったっけ?」

  直子「はじめてよ。でも、景子から聞いていたし、顔見たらすぐわかったわ。男に頼

     らないでもっと堂々と生きてほしいわ。」

  順一「……。」

  直子「あ〜あ。いい男、いないかなあ……。」

  順一「えっ?」

  直子「あっ、矛盾してるみたいに聞こえた?そうでもないんだけどね。男に頼りたく

     はないけど、パートナーは欲しいのよ。共に考え、共に楽しめる相手がね。藤

     井君なんか良さそうなんだけどな。」

  順一「えっ、俺?」

  直子「うん。」

  順一「いや、俺はだめだよ。期待はずれだよ。根性なしの無気力人間だから。」

  直子「そんなことないと思うんだけどなあ……。」

  順一「いや、本当、本当。」

  直子「藤井君、私のこと嫌い?」

  順一「えっ、そんなことないよ。」

  直子「やっぱりね。藤井君、和恵が好きでしょ?」

  順一「えっ?どうして?」

  直子「なんとなくわかるの。」

  順一「いやあ、どうなのかな。自分でもよくわからないよ。あんまり気持ち盛り上が

     る方じゃないしね。恋するって言うと、もっとこう気持ちが高ぶるもんなんだ

     ろ?」

  直子「さあね。私もあんまりそういうタイプじゃないから。」

  順一「じゃあ、僕ら似たもの同士か。」

  直子「そう。だからどう?つき合うっていうのは。」

  順一「ははは。」

  直子「だめか。うまく引っかからないね。」

 

(1968年12月8日。お茶の水駅近くの喫茶店。)

  順一「やあ、久しぶり。」

  和恵「うん、久しぶり。」

  順一「元気にしてた?」

  和恵「まあね。」

  順一「隆夫はどう?」

  和恵「知らない。」

  順一「どうしたの?君が一番そばにいることが多かったじゃない?」

  和恵「前はね。でも、もう1ヶ月くらいは会ってないから。」

  順一「どうしたの?」

  和恵「立木君、一人で突っ走っちゃうんだよ。みんながやめた方がいいって言っても、

     何でもすぐ行動に移し過ぎちゃうんだ。4月頃は、それが良かったところもあ

     ったわ。運動の最初には、ああやってぐいぐい引っ張っていく立木君はぴった

     りのリーダーだったわ。でも、もう半年以上経って、最初の『沢田君の死』と

     いうきっかけ要因の影響力も薄れた中で、運動を続けようと思ったら、もっと

     ちゃんと計画を立てて行かないとだめなのに、立木君、いくら言っても聞いて

     くれないんだ。相変わらず『俺は、沢田の死の責任を追及する』の一点張りだ

     もん。どんどん仲間も去って行っちゃうよ。」

  順一「じゃあ、今は誰が隆夫といるの?」

  和恵「もう秋子ぐらいじゃない?最近は、東大とかによく行ってるみたいだよ。」

  順一「そうか。それで最近キャンパスで見かけなくなったんだ。」

  和恵「もうここはだめだって、立木君、ずっと言ってた。彼の方法が間違っているだ

     けなのにね。行動派っていうのも、両刃の剣だよね。立木君、不器用だからね。」

  順一「ああ。でも、君がついていてくれるんで、ちょっと安心してたんだけど、君が

     いなくなっちゃったら、あいつどこまでも行っちゃいそうだな。」

  和恵「かもしれない。でも、私、もう立木君のお守りはできないよ。」

 

(1969年1月18日。東京大学安田講堂内。)

  隆夫「燃えるなあ。いよいよ決戦だ。この安田砦を絶対死守するぞ。秋子、おにぎり

     と『少年マガジン』、ここにたくさん持ってきてくれ!」

  秋子「うん、わかった。」

(秋子、おにぎりとマンガ雑誌を運んでくる。)

  秋子「ねえ、でもここ危ない過ぎない?真正面だよ。」

  隆夫「だから、いいんじゃないか。裏なんかにいたって、ちっともおもしろかねえよ。

     それより、おまえこそ、危ないから早く帰れ。」

  秋子「隆夫がいるなら、私もいるわ。」

  隆夫「だめだ!女にはこの戦場はきつすぎる。早く帰れ!」

  秋子「大丈夫よ。それより、隆夫が心配だわ。」

  隆夫「馬鹿!早く帰れ!女子供がいたら、足手まといになるだけだ!」

  秋子「相変わらず古めかしいこと言うのね、隆夫は。でも、わかったわ。行くわ。隆

     夫も無理しないで。機動隊来たら、逃げてね。」

  隆夫「馬鹿野郎!逃げられるか、そんないい場面で。」

  秋子「だめだったら。そう約束してくれないなら、私もここに残るわ。」

  隆夫「わかった、わかった。おまえの言うとおりにするよ。だから、安心して帰って

     くれよ。」

  秋子「絶対よ。」

  隆夫「ああ。」

(秋子、安田講堂を去る。)

  隆夫「さてと、腹ごしらえをしておくか。『あしたのために その1』だな。」

 

(数時間後、猛烈な勢いの放水が始まる。)

  隆夫「畜生、畜生。無茶しやがって。これでも喰らえ!」

(瓦礫を投げようとする隆夫に、強力な放水車の水がまともに当たる。)
  隆夫「ああ〜〜〜!」

第9話 脱落

(1969年1月19日夕刻。秋子の部屋。)

  隆夫「うっ、いてっ。ここはどこだ?機動隊は?」

  秋子「ああ、よかった。気がついた。このまま目が覚めなかったらどうしようと思っ

     たんだから。隆夫、大丈夫?私がわかる。」

  隆夫「秋子……。おまえ、どうしてここにいるんだ。」

  秋子「何、言ってるのよ。ここは私のうちよ。」

  隆夫「えっ、どうして?どうして、俺、おまえのうちにいるんだ。俺は東大の安田講

     堂で……。」

  秋子「そうよ。あなたは闘ってたわ。でも、放水車の水をまともに受けて、落ちてし

     まったのよ。」

  隆夫「ああ、そうだ。思い出した。ものすごい勢いの水がまともに当たったんだ。で

     も、なんでおまえのうちにいるんだ?おまえが俺を連れだしたのか?」

  秋子「ええ。藤井さんに手伝ってもらって。」

  隆夫「順一?」

  秋子「馬鹿ね。そっちにいるじゃない。」

(隆夫、頭を動かして、窓際の方を見る。)

  順一「よう、生き返ったな。」

  隆夫「順一!」

  順一「驚いたよ。秋子さん、テレビの画面でおまえが落ちたのわかったんだぜ。俺な

     んか豆粒にしか見えなかったのに。」

  秋子「そりゃ、わかるわ。おにぎり持っていったところだもん。」

  順一「でもなあ。一応ヘルメットとマスクしてたんだよ。すごいよ。」

  隆夫「……なんで、助けたんだ?」

  順一「あん?」

  隆夫「俺はもっとあそこにいたかった。」

  順一「馬鹿か、おまえは!あそこでのびたまま、逮捕されたかったって言うのか!」

  隆夫「その方がよかった。革命を求めた仲間たちと一緒に……。」

  順一「馬鹿野郎!おまえ、秋子さんの気持ちも考えてやれよ!大体、何が革命だよ!

     おまえなんか、マルクスもレーニンも1冊も読んでやしないじゃないか!おま

     えに革命の思想なんか全然ないじゃないか。おまえは、ただ何かをやっていな

     いと、自分を持て余すからやってるだけじゃないか!おまえにとっては、学生

     運動もただの祭みたいなものじゃないか!」

  秋子「藤井さん、やめて!この人はこの人なりに一所懸命なんだから!そんな風に言

     わないで!」

  順一「……ごめん。言い過ぎたよ。だけどなあ、隆夫。おまえ、もうやめろよ。おま

     えに運動は似合わないよ。何か違ってるよ。」

  隆夫「……。」

  順一「俺、帰るよ。じゃあな。」

(順一、去る。)

  秋子「隆夫、私はいいんだよ。あなたの好きなようにして。」

  隆夫「……で、どうなったんだ?」

  秋子「えっ、何が?」

  隆夫「安田講堂……。」

  秋子「ああ。さっきニュースで、中にいた人、全員逮捕されたって言ってたわ。」

  隆夫「そうか……。負けかあ……。そうだよな、勝てるわけないよな。」

  秋子「……お茶、入れようか?飲める?」

  隆夫「ああ。」

(秋子、お茶を入れに台所へ行く。)

  隆夫「……秋子、俺、もうやめるよ。」

  秋子「えっ?」

  隆夫「順一の言うとおりだよ。俺、もともと革命なんて全然考えてなんかなかった。

     いつのまにか巻き込まれて、偉そうなことも言ってきたけど、自分でもしっく

     りしてなかったんだ。やめるよ、もう。」

  秋子「……いいの?」

  隆夫「ああ。」

  秋子「でも……。」

  隆夫「もういいさ。」

 

(1969年6月21日。順一の家。)

  隆夫「相変わらずきれいっすね、おばさんのアジサイ。」

  厚子「ありがとう。立木君がしばらく来てくれなかったから、アジサイも寂しがって

     たわよ。でも、今年は恋人と一緒だもんね。アジサイも一段とよろこんでるわ。」

  隆夫「いやあ、恋人なんかじゃないっすよ、なあ、秋子。」

(秋子、憮然として何も言わない。)

  厚子「まあ、ひどいわね、秋子さん。順一から聞いたわよ。立木君、秋子さんのおか

     げで助かったんでしょ?」

  隆夫「いやあ。それは、本当に感謝しています、はい。」

厚子・秋子「ふふふ。」

  隆夫「まあ、その話はもういいでしょ。そうだ、順一、おまえんとこも、夏のレポー

     トあるんだろ?テーマ、もう決めたか?」

  順一「いや、まだだ。」

  隆夫「何するんだ?」

  順一「たぶん、ハイデッガーをやるつもりだけど……。」

  隆夫「いいな。おまえは、そういうの得意で。俺、30分も本読んでると、頭痛くなっ

     てくんだよ。普通の本でもこれだぜ。まして古文書だぜ。読めっこないって。

     どうしたらいいかな。」

  順一「知らねえよ。おまえが自分で選んだ専攻だろ。だけど、おまえには秋子さんと

     いう強い味方がついているじゃないか。」

  隆夫「そうだ。秋子、頼むよ、俺のレポートやってくれよ。」

  秋子「できないわよ。私、古文書なんて読めないんだから。」

  隆夫「まあ、そう言わず。そこを何とか……。」

  秋子「無理だったら。無理よ。」

第10話 よど号

(1970年3月10日。東日本大学のキャンパス。)

  順一「隆夫。どうした元気ないなあ。」

  隆夫「ああ。おまえも就職課に来たのか?」

  順一「いや、俺はちょっと調べ物で図書館にな。」

  隆夫「そうか……。おまえはいいよな。前歴ないもんな。俺、停学受けてるだろ。就

     職課の奴から嫌み言われちゃったよ。『君、まともなとこなんて回っても無駄だ

     よ』ってさ。だめだよな、前歴あると。その後改心しても、履歴について回る

     もんな。」

  順一「きついな。だけど、おまえ、馬力あるし、案外やってみたらいけるんじゃない

     か。」

  隆夫「ああ、だといいけどな。だけどな、最大の問題は、俺、今自分が何をしたいの

     かよくわかないんことなんだ。だから、たとえ停学の処分を受けてなかったと

     しても、同じような気分かもしれない。俺って、会社に入ってサラリーマンを

     やるタイプか?」

  順一「まあな。でも、みんな同じようなこと、考えてるんじゃないか?」

  隆夫「なんかさ、俺、最近生きてるなって、実感がないんだよ。燃えないんだよ。」

  順一「……。」

  隆夫「安田講堂の時は、燃えてたんだけどな……。」

  順一「隆夫、おまえ……。」

  隆夫「わかってるって。しねえよ、何も。ああ、そうだ。もうじき、万博、始まるだ

     ろ?俺、あれに秋子と行ってくるよ。4月6日から3日間。楽しんでくるよ。」

  順一「そうか。よかったな。秋子さん、喜んでるだろ?」

  隆夫「まあな。」

 

(1970年3月31日。秋子の部屋。ぼーっとテレビを見る隆夫。)

  秋子「来週は大阪ね。楽しみだわ。私、『月の石』が見てみたいわ。」

  隆夫「ああ……。」

(テレビ)「臨時ニュースを申し上げます。今朝、羽田空港を飛び立ち、福岡に向かってい

     た日航機『よど号』が、赤軍派を名乗る学生たちによって乗っ取られました。」

  隆夫「飛行機乗っ取り、赤軍派……。」

(テレビ)「犯人たちは飛行機を北朝鮮に向かわせるよう指示しているようすです。」

  隆夫「北朝鮮……。なんかすげえなあ。」

  秋子「何言ってんのよ!飛行機に乗っている人たちはどうなるのよ!」

  隆夫「ああ、そうだな……。」

  秋子「無茶苦茶だわ!」

 

(1970年4月5日。秋子の部屋。テレビのニュースを食い入るように見る隆夫。)

(テレビ)「……赤軍派を名乗る犯人たちは、犯行声明の中で『われわれは「あしたのジョ

     ー」である』と述べています。」

  隆夫「『あしたのジョー』か……。かっこいいな。」

  秋子「隆夫、何言ってんのよ!犯罪よ!」

  隆夫「だけど、秋子。かっこいいと思わないか?」

  秋子「思わないわ!」

  隆夫「なあ、明日の大阪行きだけど、誰か友達と行ってくれないか?」

  秋子「なんで!いやよ!ずっと楽しみにしてたのに!」

  隆夫「わかってる。だけど今、俺、お祭りを見に行く気分じゃないんだ。そんなこと

     している場合じゃないって気がすんだ。」

  秋子「いや!わからないわ。どうして?あなたも飛行機を乗っ取るつもりなの!」

  隆夫「馬鹿だなあ。そんなことしやしないよ。だけど、とにかく、万博なんてお祭り

     に、俺は行っちゃいけないんだ。今年は70年なんだよ。」

  秋子「何が70年なの!安保なんてちっとも盛り上がってないじゃない!」

  隆夫「確かに今はそうだけど、まだ2ヶ月半ある。これから、俺たちが頑張れば……。」

  秋子「いいかげんにして!もうあなたはやめたって言ったじゃない!」

  隆夫「ああ。だけどこの1年ちょっと、俺、死んでた。やっぱり、俺は動かないとだ

     めなんだ。わかるだろ?就職だって決まりゃしないし……。」

  秋子「どうして、やる前から、そんなこと言うの?やってみなきゃ、わからないじゃ

     ない!」

  隆夫「いや、わかるんだよ。なあ、だから。俺、もっといきいきと生きたいんだ。」

  秋子「私にはわからない!」

  隆夫「しょうがないな。ごめん。とにかく、俺、行くよ。」

  秋子「どこに行くの!」

  隆夫「わからん。だけど行くよ。ごめんな。」

  秋子「隆夫!」

(出ていく隆夫。泣き崩れる秋子。)

第11話 70年安保

(1970年6月14日。新左翼系の反安保集会。)

  静香「あらっ、藤井さんでしたよね?」

  順一「ああ、えーと……。」

  静香「谷です。谷静香です。」

  順一「そうそう、静香さんだ。」

  静香「お久しぶりです。何年ぶりになるかしら?」

  順一「あれ、1年の6月だったから、ちょうど3年ぶりかな。」

  静香「早いですね。」

  順一「本当にね。」

  静香「こういう集会、よく来られるんですか?」

  順一「いやあ、最近は全然。今日はちょっと人捜し。」

  静香「そうなんですか。私は、これ配りに来たんです。」

(と言って、「女たちよ!立ち上がろう!」と印刷されたビラを1枚、順一に渡す。)

  順一「はあ。」

  静香「3年前に、私が話したこと覚えていらっしゃいますか?」

  順一「ええ、大体。」

  静香「ようやく、ここまで来たんです。この夏に私たち女だけの合宿をするんです。

     そこで、男性社会の問題性を徹底的に討論しようと思っているんです。」

  順一「そうですか。」

  静香「藤井さんならわかってくれますよね。今、問題なのは、安保とかじゃないと思

     うんです。そんなことよりもっと大事なこと。女が不当に軽視されるこの社会

     を変えなければいけないんです。社会主義革命より、リブ革命が日本には必要

     なんです。」

  順一「リブ革命?」

  静香「私たちの運動、ウーマン・リブって言うんです。女たちの解放っていう意味で

     す。」

  順一「ああ、なるほど。」

  静香「よかったら、今度、私たちの勉強会にいらっしゃいませんか?合宿は、女性だ

     けなんですけど、月に1度やっている勉強会には、男性も参加できるんです。」

  順一「ああ、そうですね……。」

  静香「ぜひ、来てください。」

(遠くの方を隆夫によく似た男が通り過ぎる。)

  順一「あっ!すみません。探していた奴がいたんで。これで失礼します。また、聞か

     せて下さい。」

  静香「え、ええ……。」

  順一「じゃあ!」

(脱兎のごとく走っていく順一。)

  順一「どこだ、どこ行った?隆夫〜!畜生、見失った!」

 

(1970年6月23日。藤井の家。)

(テレビ)「本日午前0時をもって日米安全保障条約は自動更新されました。これに抗議し

     て、総評を中心に全国各地でデモが行われています。」

  順一「今頃、デモをして何の意味があるんだ!」

  厚子「ねえ、順ちゃん。理江、知らない?」

  順一「大学行ったんじゃないの?」

  厚子「おかしいわね。今日は授業のない日のはずなんだけど……。」

  順一「まあいいじゃないの。大学生にもなったら、いろいろあるよ。」

  厚子「そうね。でも女の子だからね、理江は。でも、まあいいわ。(急に気分を変えて)

     ねえ、順ちゃん、今年もアジサイきれいでしょ?」

  順一「そうだね。」

第12話 それぞれの道

(1970年10月21日。東日本大学のキャンパス。)

  直子「藤井君!」

  順一「やあ。」

  直子「相変わらずね。」

  順一「何が?」

  直子「ファッション。就職活動やっているようには見えないわね。」

  順一「ああ、やってない。」

  直子「どうするの?」

  順一「考えている最中。」

  直子「だって、もう卒業だよ。」

  順一「そうだね。」

  直子「他人事みたい。」

  順一「だね。」

  直子「本当にしょうがない人。」

  順一「君だって、そんなジーパンはいて、就職活動しているようには見えないよ。」

  直子「私はもう終わったの。これでも、ちゃんと先生になるんだから。」

  順一「へえ、先生か。中学?高校?」

  直子「中学の数学。」

  順一「へえ〜、驚いた。」

  直子「何とでも言ってちょうだい。どうせ私は藤井君にフラレた女よ。」

  順一「何、馬鹿なこと言ってんだよ。そんなこと、なかったじゃないか。」

  直子「鈍感!まあいいわ。ともかく、私は一人で生きていく強い女になったの。で、

     これからウーマン・リブの集会へ行くってわけ。」

  順一「えっ、橋本さんが。」

  直子「そう。何か文句ある?」

  順一「いや、ない。というか似合いすぎかな。」

  直子「ありがとうと言うべきなのかな?」

  順一「さあ……。」

  直子「まあ、とにかく急ぐから、またね。」

(直子が去る。代わって、背広を着て、髪の毛を七三に分けた徳山弘がやってくる。)

  順一「よう。」

   弘「(どきっとして)お、おう。」

  順一「うまく行ってるか?」

   弘「何が?」

  順一「就職活動に決まってんだろ。」

   弘「まあまあってとこかな。」

  順一「おまえだけだな、順調に行ったのは。」

   弘「何が言いたいんだ!俺が、あの馬鹿げた運動に最後までつき合わなかったから

     って皮肉を言いたいのか!」

  順一「そんな風に思ってないよ。おまえの生き方に誰もケチなんかつけられやしない

     さ。」

   弘「当たり前だ!」

  順一「じゃあ、それでいいじゃないか。」

   弘「うっせえよ!おまえみたいな無気力人間にいろいろ言われるのが一番不愉快

     だ!」

  順一「そうか。じゃあ、俺は行くよ。じゃあな。」

 

(1971年3月17日。東日本大学の卒業式。)

   泰「ああ、もう卒業か。あっという間だったな。」

 潤一郎「本当だな。4月からは銀行員か。考えただけで、気が重くなるな。」

   泰「おまえは、まだいいよ。俺なんか証券会社だぜ。ノルマめちゃくちゃ厳しいら

     しいんだぜ。ああ、卒業したくねえな。」

(直子、和恵、秋子とともに順一が歩いてくる。)

   泰「何だよ。両手に花より多いじゃないか。なんで、まともに就職しない奴がこん

     なにモテるんだ?」

  順一「馬鹿。モテてるわけじゃないよ。いろいろ話をしてただけだよ。」

   泰「いいねえ。俺も仲間に入れて。」

  秋子「すいません。ちょっとまじめな話なんで。」

   泰「ああ、そうすか。じゃあ、俺には関係なさそうっすね。あっち行きますよ。」

  秋子「ごめんなさい。」

(泰と潤一郎が去る。)

  和恵「で、どうなの?立木君から全然連絡ないの?」

  秋子「うん。」

  直子「秋子の所からいなくなって、もう1年近いよね。藤井君、立木君の家の方にも

     全然連絡ないの?」

  順一「いや、家の方には、6月末と11月半ばの2回、電話があったって。心配しな

     くていい、元気でやってるって。」

  和恵「秋子のことは?何か言ってなかったの?」

  順一「うん、何もなかったみたいだ。」

  和恵「ひどくない、それって。立木君、自分勝手過ぎるよ。せめて、秋子にちゃんと

     連絡を取って、謝るべきだよ。」

  順一「うん、ごめん。」

  和恵「あなたが謝ってもしょうがないわ。」

  順一「うん、そうだね。」

  秋子「和恵、もういいんだ。もう1年だよ。私だって、いつまでも過去ばかり見て歩

     いていられないわ。今日は卒業式。この日まではと思ってたんだけど、もうい

     いんだ。大学も隆夫のことも、今日ですっぱり卒業するわ!」

  直子「そうだよ。それがいいよ。」

  和恵「新しい第1歩のスタートか。」

  秋子「うん。」

(少し晴れやかな気分になった3人の女性たちを複雑な表情で見つめる順一。)

第13話 あさま山荘

(1971年12月18日。飲み屋の座敷。大学1年の時のクラスの同窓会。)

   泰「それじゃ、大体集まったようなので、卒業後初めての再会を祝って乾杯をした

     いと思います。皆さん、コップ持ちましたか?では、乾杯!」

  全員「乾杯!」

(各自、近くにいる人と雑談を始める。)

  和恵「ねえ、藤井君、仕事は?」

  順一「ああ、考えてはいるんだけどね。」

   泰「いいよな、藤井は。仕事はしんどいぞ。毎日、毎日、残業、残業。俺も藤井み

     たいな極楽トンボになって生きたいよ。」

  順一「まあ、これはこれでしんどいぜ。」

   泰「そうかあ?そうは見えないぞ。」

  和恵「ねえ、でも、本当にまじめに考えないといけないんじゃない。いつまでも学生

     時代みたいな気分でいちゃだめだよ。」

  順一「ああ、わかってはいるんだけどね。」

(テレビ)「……今日の午後、土田警視庁警務部長宅で爆発した爆弾は、小包を装った過激

     派からの爆弾であったことが判明しました。」

   泰「またかよ。こいつら、何考えてんだ?」

 潤一郎「もう学生運動の季節は終わったのにな。ああ、そうだ。藤井、おまえの高校時

     代からの友人で、笠原って奴いただろ?1年の時にバリストで退学になった奴。

     俺、この間、あいつと町でばったり会ったよ。」

  順一「そうか。あいつ、何してた?」

 潤一郎「何とかという塾の教師やってるって言ってたよ。」

  順一「そうか。」

 潤一郎「あっ、それでな。その時、笠原から聞いたんだけど、あの立木が最近危ないグ

     ループに入って活動してんだってさ。」

  順一「どこのセクトだ?中核か?革マルか?」

 潤一郎「名前は教えてくれなかったけど、かなり危ないグループらしいぞ。」

  順一「そうか……。」

   泰「まあ、あほな奴のことは忘れて、ぱっとやろうぜ、ぱっと。」

 

(1972年2月20日)

(テレビ)「あさま山荘に人質を取って立てこもっているのは、5人と見られています。坂

     東国男、坂口弘、西邦彦の3人はわかっていますが、後の2人の氏名はまだわ

     かっていません。」

  順一「西邦彦……。まさか、隆夫も……。」

  厚子「本当に、こういう人たち、何考えているんでしょうね。ご両親も泣いているで

     しょうね。」

  理江「もう時代が変わっちゃったのにね。いつまでも革命なんてね。」

  順一「簡単に言うなよ!」

  理江「どうしたのよ、お兄ちゃん?」

  順一「彼らは彼らなりに一所懸命なんだ。」

  理江「でも、状況認識がまちがっているわ。戦術だって。」

  順一「そうかもしれない。だが、俺には簡単に否定できない。」

  厚子「さあさあ、そんなこと、どうでもいいわ。お昼にしましょ。順一、あなた、4

     月からはちゃんと働いてよね。」

  順一「わかってるよ。」

  厚子「うちの家計が楽じゃないの、あなた、よく知っているでしょ。」

  順一「わかってるって!」

 

(1972年2月28日)

(テレビ)「ついに10日間にわたる籠城から人質が解放されました。5人の犯人は全員逮

     捕されました。」

  順一「隆夫はいない!」

 

(1972年3月13日)

(テレビ)「まったく怖ろしい光景です。『総括』という名の下に、仲間の命を次々と奪っ

     ていったのです。まともな神経とは思えません。今日最後に折り重なるように

     発見された加藤美智子さんと立木隆夫さんで、12人の遺体が発見されたことに

     なります。」

  順一「隆夫!やっぱり、おまえ……。なんでだ?なんで、こんなことになるんだ!」

エピローグ〜榛名山〜

(1972年6月18日。美智子と隆夫の埋められていた妙義山にやってきた順一、和恵、秋子。)

  秋子「寂しいとこだね。」

  和恵「うん。」

  秋子「美智子と隆夫って、恋人になってたのかな?」

  順一「さあ、どうかなあ……。」

  秋子「なれてたらいいんだけどね。」

和恵・順一「……。」

  秋子「隆夫、美智子のこと、ずっと好きだったから。」

  和恵「秋子……。」

  秋子「たぶん、隆夫にとっては、恋愛も運動もみんな同じ引き出しに入ってたんだよ

     ね。『情熱』って引き出し。その引き出しが空っぽになりそうになると、隆夫、

     無性に不安になっちゃうんだ。『俺の情熱をかけるものがない』って。私は、隆

     夫の引き出しを埋めることはできなかった……。私は、あいつの何だったのか

     な……。」

  和恵「そんなことないよ。ねえ、藤井君。」

  順一「ああ……。」

  秋子「和恵、気を使ってくれなくてもいいよ。もう、私、ふっきれてるし。私は、あ

     の時、隆夫が好きだった。毎日が楽しかった。隆夫の単純さも不器用な生き方

     も、この人には私がついていなきゃだめだって気にさせてくれてたから。私は

     せいいっぱい生きてた。だから、後悔はないんだ。」

  和恵「強いね、秋子。」

  秋子「強くなんかないよ。(立ち止まって)ねえ、この辺にしない?そろそろ、美智子

     と隆夫にさよならしよう。」

(持ってきた花束を置く秋子と和恵。しばらく黙祷する。)

  秋子「さあ、行こう。」

  和恵「うん。藤井君は?」

  順一「俺、もう少しいていいかな?」

  秋子「うん、そうだね。和恵、先に行こう。」

  和恵「うん。じゃあ、先、行くね。」

  順一「悪いね。」

(和恵と秋子が去る。一人残った順一。もう少し奥まで進み、日当たりの良さそうなところを見つけ、そこに持ってきたアジサイの株を植える。)

  順一「隆夫、おまえの好きだったうちのアジサイだよ。3年ぶりだろ。ここに植えて

     いくよ。毎年咲くといいけどな。おまえ、大きなアジサイが好きだったよな。

     小さな花が集まって大きな花に見えるのがいいって言ってたよな。おまえはな

     れたのか、大きな花に。ひとつだけ先に落ちた花びらだったんじゃないのか?

     隆夫、おまえはせいいっぱい生きたのか?俺にはわからないよ。隆夫……。」

 

(完)

 

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