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第二部
事例研究:経営者とリスクテーキング
−環境経営−
第1章 環境経営@:
ワシントンホテルプラザのケース
本章では,日本のホテル業界において地球環境問題に対する取り組みが最も進んでいるワシントンホテルプラザを取り上げる。ホテル業界における環境経営のトップランナーとしてどのようにリスクをとってきたのかについて,独自のコンセプトで環境経営戦略を推進した野澤商策社長(現相談役)に対するインタビューを掲げてこれを明らかにする。
キーワード
地球環境問題とリスクマネジメント 環境経営とリスクテーキング 受益者負担 省資源・省エネルギー ごみ減量 リサイクル ISO14001
第1節 ワシントンホテルプラザにおける環境経営
1.地球環境問題とリスクマネジメント
地球環境問題に関わるリスクには,主として次の5つが存在する。すなわち,(1)地球環境問題への取り組みが不十分な企業が取引先を失うというリスク,(2)地球環境問題に積極的に取り組んでいない企業の商品は購入しないというグリーン・コンシューマーが登場して,商品を不採用になるというリスク,(3)地球環境問題への取り組みが不十分な企業には投資しないというグリーン・インベスターの増加による株価変動に関わるリスク,(4)地球環境問題が将来さらに深刻化した場合に環境税や環境保全活動優遇税の導入などによって,結果として地球環境問題への取り組みが不十分な企業にとっては大きな逆風となるリスク,(5)環境規制が強化された場合,環境問題に絡んで汚染問題などを起こすと,大きな責任が問われるといったリスクである。(注1)
以上のような環境リスクに対して,リスクマネジメントを実施するということは,地球環境問題にかかわるコスト管理にほかならないと考えられる。具体的には,地球環境問題に対する事前コスト管理の効果は,主として次の5つがある。まず第一に現在コストの削減である。具体的には省エネルギー,省資源,リサイクル向上,廃棄物削減といったかたちでコスト削減することとなる。このような方法で現在コストを削減すると,その副産物として技術革新が誘発され,資源生産性が向上し,結果として競争力が向上して,マーケットシェアが向上するなどの効果がある。二番目に将来コストの削減である。事前対策を十分に講ずることにより,将来生じる可能性がある賠償責任といったリスクを低減することが可能となる。三番目に資本コストの削減である。地球環境問題にしっかり取り組んだ結果,エコファンドなどに銘柄として採り入れられることにより株価が上昇したり,あるいはグリーン・インベスターと言われる投資家や金融機関に評価され,結果として資本調達コストが削減されるという効果である。四番目は,仮にさらにリサイクル型の社会が進展すれば,地球環境問題への取り組みが顕著である企業,すなわちリサイクル問題にしっかり取り組んでいる企業は,リサイクル問題志向型の市場においてシェアが向上する可能性がある。あるいは,地球環境そのものがビジネスとなりつつあるので,地球環境問題を志向した市場においてビジネスチャンスを得て,その結果としてシェアが向上するという効果がある。五番目は,企業のイメージアップの効果である。具体的には顧客の共感を呼び,従業員のモチベーションが向上し,そして消費者や投資家に評価されることにより企業のイメージがアップするという効果である。(注2)
企業はこのような地球環境問題への取り組みをさまざまな形式で情報開示し,あるいはコミュニケーション活動を行って内外にアピールする。具体的には,環境マネジメントシステムを確立して,国際規格であるISO14001の認証を取得したり,環境会計や環境報告書を発表して情報開示するといったものである。
ここで環境経営を前節で示した経営戦略型リスクマネジメントの枠組みに当てはめて考えてみよう。地球環境問題に関わるリスクは,特に公害とか汚染などを例にとってもわかるように,それが具現化するとロスにしかなりえない。つまり,これは純粋リスクである。しかしながら,地球環境問題のリスクという純粋リスクのマネジメントにしっかり取り組んでいるということ,換言すれば環境経営の取り組みを,例えば環境報告書や環境会計などの手段によってアピールすることにより,結果的に,経営戦略型リスクマネジメントの枠組みにおける成功要因の積み重ねに寄与するものと理解できる。つまり,本来,純粋リスクによるロスを防ぐための地球環境問題の取り組みについて,アピール・情報開示することによって,結果的に,ゲインの部分へチャージすることになるわけである。具体的には,まず第一に投資家が評価して株価が上昇する,第二に消費者がその会社の環境経営を評価して商品やブランドを採用する,第三に自分たちの勤めている企業は地球環境問題にしっかり取り組んでいるということで従業員のプライドが向上して組織が活性化するという形で,ゲインにチャージするわけである。
図5−1 経営戦略型リスクマネジメントと環境経営
(ここに図5−1が入る)
2.ワシントンホテルプラザにおける環境経営
一般に,地球環境問題に積極的に取り組んでいる企業と言う場合,環境会計を既に発表しているような大企業が注目されがちである。例えば,世界に先駆けてハイブリッドカー・プリウスの市販を開始したトヨタ自動車や,全社をあげての環境経営の取り組みが評価されているリコー,早くから環境会計を発表している宝酒造やキリンビールといった企業である。しかし,本研究では製造業ではなく,サービス業界における環境経営の取り組みの事例研究の対象として,ホテル業界を選択した。具体的には,ワシントンホテルプラザをチェーン展開しているワシントンホテル株式会社である。
ホテル業界は,消費の固まりと形容できる業界であり,悪く言えば浪費の固まりのような存在である。しかし,そのような業界であっても,メーカーと同様に地球環境問題に貢献できるという発想から,西日本を中心に「ワシントンホテルプラザチェーン」を展開しているワシントンホテル株式会社では,「地球のためにひとつずつ」を全社統一スローガン(1994年6月)として,環境保全活動を実践している。
ワシントンホテルプラザは,従来より,宿泊客が利用しない非受益部分(広いロビー,豪華なシャンデリア,宴会場などの多機能化といった宿泊客の負担を増加させ,環境に余分な負荷を与える部分)を排除し,必要なものを必要なだけ提供し,受益される部分に対してのみ宿泊客に負担してもらう「受益者負担」の理念を徹底してきた。宿泊客の負担を極力少なくするという「受益者負担」の理念が,省資源・省エネルギー化によって環境負荷を少なくするという環境保全活動への取り組みにつながっていったのである。
環境保全活動の実践には,(1)「省資源・省エネルギー」,(2)「ごみ減量」,(3)「リサイクル」の3本柱がある。具体的な取り組みは表5−1に示す通りである。
ワシントンホテルプラザにおける環境実践経営のその他の新しい取り組みとして,次世代の発電システム「リン酸型燃料電池」設置,井戸水を散布水やトイレ排水などに利用,浴槽に自動定量止水栓を設置し給水時のあふれ防止,ロビーや客室の家具の主力材に間伐材使用,客室備品の一部に学校教材(木製)の端材使用,通路など床材の一部に天然素材リノリウム使用,客室にツインフィラメントランプ設置,ホテル外壁に汚泥リサイクル磁器タイル使用,ホテル内壁に排石リサイクル磁器タイル使用,ロビー床にガラス瓶リサイクル磁器タイル使用,ロビー天井・客室にエコクロス使用などがある。
表5−1:ワシントンホテルプラザチェーンにおける主たる環境保全の取り組み事例
(カード差込み)省エネスイッチ |
1981年3月〜 |
1981年以降のワシントンホテルプラザ採用 |
(育成期間の短い)竹製割り箸 |
1992年8月〜 |
全館導入 毎月267,800膳使用 |
省エネ自動温度調節装置 |
1993年10月〜 |
既存館へ順次導入 |
節水ゴマ(客室シャワー) |
1994年11月〜 |
全館導入 |
(リサイクル可能繊維使用)洗えるスリッパ「アラエルクン」 |
1995年8月〜 |
全館導入 実用新案登録第3016385号 |
再生紙トイレットペーパー |
1996年7月〜 |
全館導入 |
再生紙・名刺 |
1996年9月〜 |
全館導入 |
粉茶の採用 |
1996年9月〜 |
全館導入 毎月53,083個のティーバッグを削減 |
固形石鹸を廃止し、ソープディスペンサーの設置 |
1996年10月〜 |
全館導入 年間22トンの固形石鹸を削減 |
(生ごみを水と炭酸ガスに分解する)バイオごみ処理機「ゴミサー」 |
1996年12月〜 |
順次全館導入 |
ジェットタオルの採用 |
1996年12月〜 |
全館導入 毎月480,000枚の紙資源を削減 |
歯ブラシ・かみそりを廃止 (客室に置かない) |
1997年4月〜 |
全館導入 忘れた方にはフロントで手渡し 歯ブラシ毎月139,500本を削減 かみそり 毎月32,000本を削減 |
手提袋をバガス紙に切替え |
1997年10月〜 |
順次全館導入 |
ペットシュガー、バター、ジャムをポットに切替え |
1997年10月〜 |
全館導入 |
制服はペットボトルの再生繊維 |
1998年10月〜 |
本社・女子従業員全員に支給 新規館より導入 |
2.ワシントンホテルプラザにおける環境経営の効果と戦略展開
以上のようなワシントンホテルプラザにおける具体的な省資源・省エネルギー,ごみ減量,リサイクルの実践の推進により,熊本ワシントンホテルプラザは,宿泊・飲食など全部門について,1999年6月18日ホテル業界としては日本で初めて,国際標準化機構(ISO)が定めた環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」の認証を,財団法人日本品質保証機構(JQA)より受けた。こうした環境実践経営の効果であるが,まずワシントンホテルプラザと言えば,「何か変わったことをしている,地球環境問題の取り組みが盛んなホテルである」というイメージで見られ,ホテル業界における環境経営のトップランナーとしてのブランドが確立した。さらに,「ほかのホテルではやっていないようなことに参画している」,「環境実践経営についてホテル業界のトップランナーに勤めている」というプライドが従業員の間に芽生え,組織が活性化している。
業績については,環境実践経営に積極的に取り組み始めた後も,ワシントンホテル全体で見ると,その業績には浮き沈みがある。しかしながら,ISO14001の認証を取得した熊本ワシントンホテルプラザに限れば,昨年6月18日の認証取得後,業績が上昇しつづけている。以上は,環境実践経営に基づく効果ということであったが,さらに環境実践経営が第二ブランド開発という戦略展開に活用されている。
ワシントンホテル株式会社は,ワシントンホテルプラザに次ぐセカンド・ブランドとして1998年から「R&B」(Room & Breakfast:部屋と朝食の意)という宿泊機能特化型の業態の全国展開を推進している。R&Bは,部屋と朝食のみ,さらに朝食もコーヒーとジュースとパンのみの提供に特化し,余分なコストのかかる無駄な機能は極力排除している。受益者負担という理念の下,宿泊客が利用した部分だけを負担してもらうという形で,低コスト・低料金が実現し,全室1タイプ・1プライス(全室同型一人部屋・料金1種類)となっている。
ワシントンホテルプラザが従来から持っていた受益者負担の理念は,無駄なものはなくすという観点から,環境経営に結び付いていったのであるが,ワシントンホテルプラザの中でも10年以上前からある建物や,シティホテル・タイプの建物の中で環境実践を徹底させることは困難であった。そこで無駄を排す,受益者負担という理念を徹底的に具現化するために,R&Bという新規事業に参入する形となったのである。換言すれば,地球環境問題にしっかり取り組むという理念,無駄を排して受益者負担という理念そのものが,R&Bというセカンド・ブランド構築という新規事業参入戦略の動機ないしはコンセプトの核になったわけである。つまり,ワシントンホテルプラザで地球環境問題という純粋リスクに対してしっかり取り組んでいたということが,結果として新規事業参入という戦略展開の動機ならびにコンセプトの核となったわけである。
3.ワシントンホテルプラザにおける環境経営とリスクテーキング
経営戦略型リスクマネジメントというのは損(ロス)をするか得(ゲイン)をするかという不確実性に対して,いかによりよくリスクを取るかということにほかならない。ワシントンホテル株式会社は省資源・省エネ,ごみ減量,リサイクルといった取り組みを通じて,地球環境問題という純粋リスクに挑戦していたわけであるが,具体的には,地球環境に負荷のかからない新しい設備やシステムを,リスクをとって積極的に採用してきたというわけである。パイオニア・リスクをとって地球環境問題の改善に関わるさまざまな新しい取り組みを開始する際のリスクテーキングについて,ワシントンホテルの経営者は以下のような視点を示している。
まず第一に,新しいことをするときのリスクのとり方は,リーダーシップを発揮してトップダウンでなされるということである。具体的には,歯ブラシとカミソリを客室から撤去する取り組みについては,非常にリスクが大きかったと想像される。この計画について,取締役と現場の従業員のほとんどが反対したと言われる。しかしながら,社長は,「うちのホテルは歯ブラシとカミソリがあるからお客さんが来てくれるのか。歯ブラシとカミソリがなければ来てくれないようなホテルなのか。あるいは,ほかのサービスはそんなに大したことないホテルなのか」という発想を示し,トップダウンでこれを決定した。
第二に,環境実践経営における一般的なリスクのとり方であるが,その判断基準について最高経営責任者は「経済優先です。我々は経済活動しています。ですから,もうからないことはしません」と述懐している。つまり,一般的に地球環境問題に寄与する製品は高コストであり,逆に地球環境問題にあまり寄与しない製品の方が低コストである。最高経営責任者の言うリスクテーキングのあり方とは,いくら地球環境問題によいシステムであってもコストが高ければ採用ができないから,コストがイーブンになるぐらいにまで努力しなければならないという発想であった。
第三に,環境実践経営に伴うコストに対する独自の考え方がある。例えばリサイクル可能な資材でホテルを建設すると,当初建設段階ではコストが高くつく。だが,将来的な取り壊し段階を考えてみると,仮に20〜30年後に地球環境問題に対する社会的な圧力が非常に高まってホテルを取り壊すという行為について非常にコストが高くつくような時代が来た場合,多少現在のコストが高くても,リサイクル可能資材で建設していった方がいいだろうというような独特のコストに対する発想である。
第四に,環境実践経営は哲学ではなく経済行為に優先するものではないという視点である。最高経営責任者は,「環境マネジメントの中でも,絶対に利益はとらないといけない。よく日本では,地球環境問題に対する取り組みは哲学的にとらえられて,経済に優先すると考えられがちですけれども,経済を無視して環境問題にのめり込むというわけではない。経済活動をしているからにはもうからないことはしない。金をもうければ従業員が豊かになるし,株主が豊かになる」と述べている。具体的なエピソードとして,熊本ワシントンホテルプラザのISO14001認証取得の際の記者会見で「ホテル業界で,なぜ,この認証を取得されようとしたのか」という質問に対して,最高経営責任者は一言,「金もうけのためだ」と回答した。ISO14001を取得した企業に対して,環境経営の理念として「それによってお客様は満足しているのか」「その企業は利益を出しているのか」「企業は無駄をなくしているのか」「その取り組みを継続できるのか」といった点が要求されるわけであるが,企業が利益をあげて,ゴーイング・コンサーンとして存続していかなければ,地球環境問題への寄与も何もないだろうという発想なのである。
事例研究の最後に,現状における問題点に触れて締めくくっておく。地球環境問題に対する取り組みのホテル業界におけるトップランナーとして直面している問題点や困難点は,「新しい取り組みをすることそのものにリスクがある。つまり,新しいことをやると,出る杭は打たれるで妨害されがちである。具体的には,当局とのあつれき,積極的に省エネ・省資源・ゴミ削減・リサイクルに寄与する物やシステムを積極的に開発・採用しようとしてくれない関連業者との軋轢がある」とのことである。
第1節 小括
ワシントンホテルプラザを展開するワシントンホテル株式会社の受益者負担に基づいて無駄なものを省くという環境実践経営が,結果的にR&Bというセカンド・ブランド構築という新規事業参入戦略におけるコンセプトの核の一つになった。このように地球環境問題のリスクという純粋リスクに対する取り組みをしっかりとアピールし,コミュニケーションし,あるいは情報開示することによって,経営戦略型リスクマネジメントの枠組みにおけるゲインへのチャージ部分,つまりプラスへの作用に転換することが可能であると,この事例を通じて確認できる。
(ここにPowerpointのスライド6枚を 「1ページ6枚印刷」の形式で1ページにまとめて入れる。ファイルあり。)
第2節 ワシントンホテル株式会社経営者インタビュー@
2000年9月22日
名古屋栄ワシントンホテルプラザに於いて
ワシントンホテル株式会社 代表取締役社長 野澤 商策
取締役・名古屋栄ワシントンホテルプラザ総支配人 棚橋 保祐
事業部業務企画室 見市 正則
社長室 安藤 徳
インタビュアー 亀井 克之
1.ホテル業界において環境経営に取り組み始めた契機
(亀井) 貴社が環境問題に取り組まれるようになったきっかけについてお聞かせください。
(野澤) グリーンビルディング協会をお作りになった方がいます。日本にはグリーンビルディングという思想がまだなく、現実の問題としては一つもやっていないわけです。
ところが、アメリカのオースティン市には行政単位でグリーンビルディングという一つの概念がありまして、四つ星、三つ星、二つ星、一つ星というのがあります。例えば、エネルギーに関しては電気・ガス・水道をある数値化をして、どういう節約の仕方をやっているかということで、節約の度合いが一番上の場合は四つ星、一番下の部分は一つ星というかたちになっています。ごみ処理についてもランクがありまして、ごみの分別ができているところには一つ星、もっと高度になっているときには二つ星となっています。そういうふうにいくつかの環境の側面を測定しながら星を付けていて、最終的には、オフィスであろうがホテルであろうが、このビル自体に星を付けるわけです。ホテルに、これは四つ星です、これは一つ星です、二つ星ですとヨーロッパなどで付けているのと同じような感覚で星を付けています。
そういうものの中で、自分たちは四つ星のオフィスビルのテナントであるということが社会における一つのプレステージになるのです。こういう概念があって、日本でもそういうグリーンビルの考え方をどうしてもやるべきであるという人がいて、グリーンビルディング協会というものをつくったのです。
私どもも、グリーンビルディング協会のメンバーとして登録しました。グリーンビルディング協会のメンバーというのは、水のろ過施設を買ってもらおうとか、電気を節電するためにどうしよう、建築素材ではこういうものがグリーンビルにいいのではないかとかという、要するにほとんどはセルサイドの人たちです。売る人ばかりがグリーンビルディング協会員になれば自分たちの宣伝だけに終わってしまうと、そういうものがどんどんプロダクト・アウトされて、それが流通し、使われ、廃棄され、そして再資源化される(サステイナブルな)世界をつくらなければならない中で、それを使うユーザーサイドがグリーンビルディング協会の中に入ってこないのは、不十分だと思い始めたのです。
「何でグリーンビルディング協会にワシントンホテルは入っているの」という感覚が非常に多いのですが、それはおかしいでしょうと。物をつくるサイドと使うサイドがあってはじめて、そういうものがサステイナブルに地球の中で回っていくのではないか。どうしても使うサイドをもう少し置かなければ、プロダクト・アウトしてもそれを使う人がいなかったらばそこで終わってしまいます。プロダクト・アウトした人のところで流通があり、それが使用され、そしてまた破棄されていくという行為がなかったらば、そういうものは育っていかないのではないかということでは、我々ホテルというのはものすごく重要だと思います。ホテルは徹底した消費体なのです。建物をつくるのにいろいろな建築材をたくさん使う、エネルギーをたくさん使う、食べ物を集めてそれをお客様に召し上がっていただいてごみを出すということでは、消費のかたまりなのです。だから、環境問題の生産面、消費面という中でホテルがきっちりと存在していかなければいけないということです。
ホテルというのは毎日お客様がいらっしゃるわけですから、一つのフィールドがあるわけです。環境問題というのは最終的には、個人個人がいかに地球環境に負荷を与えないかという考え方を持って生活することが一番環境問題の解決につながります。自動車のアイドリングや、電気やエネルギーをむだに使うのを防ぐのは、最終的には人間個々人の環境に対する意識によります。今後、CO2を減らしたり、オゾン層の破壊や地球温暖化を防ぐというもろもろの環境を浄化するための行為は、最終的には人間個々人の環境に対する意識によります。
ところが、ホテルの場合はたくさんの人を集めているわけです。そういう方たちに、「今やっている私どもの歯ブラシだとかカミソリなどをお部屋に入れません。もう使い捨ての時代ではありません。ぜひ、お客様がお持ちのもの、通常お使いになっているものをまたお持ちください」という働きかけをしています。気に入らないとおっしゃる方もたくさんいますし、すごくいいことだとおっしゃる方もいるのです。いずれにしろそういうことをやっているホテルは私どもしかないわけで、年間約200万人ぐらいのお客様が泊まっていますが、その200万人のお客様にみんなそういう環境に対する意識づけの一端を、「歯ブラシ、カミソリをお部屋に置いておりません。ご持参ください」ということにより表現しています。我々のような、お客様を泊めて、たくさんの人との接点を持つというフィールドを持っているということでは、環境問題に対しての、生意気かもわかりませんけれども一つの啓蒙活動みたいなものをしているということが、我々にとって、また社会にとってもものすごく意義のあるものではないかと思っています。要するに、物を作るサイドと使うサイドがしっかりと環境の中でタッグを組んでいかないといけないのではないかと思っています。
今、私どもはホテルを10ぐらい作っていますが、これはR&Bという新しい宿泊施設です。1960年代の建物が老朽化して、みんな壊され、それが大変な産業廃棄物の量です。私どもが建物を介在してしかビジネスができないというホテルであることで、一方において産業廃棄物をどんどんつくるという行為を行っているわけです。これからの30年後、40年後に地球環境を侵すような廃棄物を作っているわけです。だから今、ホテルの建物が捨てなくてもすむような、できることならば80%も90%もリサイクルできるような素材でつくれないかという思いがあるのです。そういう思いがあって、とにかくどうやってグリーンビル化するかという考え方を私どもが持ち始めたのは、すごく大きな環境に対する、いわゆる環境実践ホテルとしての一つの行動になっています。
私どもの新しいR&Bというホテルの場合、一般的に価格破壊をしているというとらえ方をされてしまうのです。決して私たちは価格破壊をしようとしているのではありません。まず、環境問題を考えて、どうしてもお客様が必要ではないものを買わないで済むホテルにしようとしました。例えば都市ホテルの場合、結婚式場があって、和食、洋食、中華、広い宴会場、それでピカピカの大理石とシャンデリアとあります。お客様がいらっしゃって何をお求めになるかというと、ただ、泊まって朝ご飯が簡単に食べられればいいではないかと。それはちょうど化粧品の中身だけでいい、飲み物の中だけでいい、デパートのゴテゴテした包装などいらないではないかという思いです。使うものが使うだけ買えれば一番いいのです。都市ホテルに行ったときに、泊まって朝食を簡単に食べて帰りたいと思っても、どうしてもほかの機能が投資されているわけですから、それに対する投資回収をしなければいけないので、結局、お金が高くなります。そういうものそれぞれが、全部ある意味の環境に対して無駄なものを買ってしまうということにつながっていくわけです。
だから、私どもの新しく考えたホテルは、全部が一つの料金、1人しか泊まれない、全部機械で自動精算をする、朝は焼き立てのパンと挽きたてのコーヒーしかありません。でも、それ以外にもしお客様が欲しいものがあったときには、そういうものがあるところへお泊まりになればいいでしょう。しかし、それだけでいいという人、1人でお泊まりになって朝簡単な食事ができればいいという人には、必要なものは必要なだけ、それ以上のものは何もコストをおかけしませんからいかがですかという提示をしています。それが、一番環境的な人間の行動です。レストランで食事をしたいという人はレストランに行けばいいわけです。我々のようなホテルに泊まりたいというのがニーズならば、そういう泊まり方ができます。それはちょうど、化粧品の瓶はいらないけれども中身だけ買えればいいなと思っている人と同じような消費行動です。
そういう時代がこれからどんどん来るでしょう。だから、我々のR&Bホテルというのは、環境に適応するために必要な機能だけに絞った、よけいな機能を全部排除したという環境適応ホテルとしてあるわけで、何も価格破壊行為をしようと思ってやったわけでありません。環境を一番大切にしたときに初めて生まれたのがR&Bホテルだということですが、そういうとらえ方をなかなかしてもらえないのです。私どもはR&Bをつくるときに、エコロジー・ホテルということで「エコテル」という商標を取りました。日本で持っているのは当社だけです。ところが、アメリカが先に「エコテル」という私的な認証機関をつくられて、それで「エコテル」というのはいくら商標を取っているとはいえ、それを出した場合アメリカと問題が起こるだろうということで引っ込めています。しかし、初めから「エコテル」という思想がもとにあったのです。そういう考え方の会社であるというとらえ方をしていただけると、何ゆえに我々がこれだけ環境問題をいろいろ熱心にやっているかということをご理解していただけるのではないかと思います。
(亀井) こういうことを始められようと思われたきっかけといいますか、バックグラウンドはいったいどのようなものだったのでしょうか。
(野澤) ホテルというものは本来的にクモの巣的なビジネスなのです。一つのところにどんといて、クモの巣を張ってお客様に来ていただくという種類のビジネスです。だから、非常に植物的なのです。要するに、建物自体で動けないわけです。ところが、そういうビジネスのスタイルに動物的な要素を組み入れたというのはチェーン展開です。それは、小売業がかつてやっているのと一緒なわけです。
私どものホテルという一つの産業は、絶対に植物的であっては生きていけないです。働いている人がたくさんいるわけです。その人たちはどんどん成長します。そして、管理スパンをどんどん広げていかなければなりません。そのときに1つのホテルだけでしたら、支配人は1人、店長は1人しかいないし、全然成長していけないわけです。そこで、経営の手法としては小売業と同じチェーン展開をしなければいけません。建物を介在してどんどんつくっていかなければいけません。だから、それが産業廃棄物化してしまうという原点的なものが一番大きかったかと思います。
いつもこんなにどんどんとホテルを作っていくと、ひょっとしてこれからの時代は、建物を作った値段と同じぐらいコストをかけなければ壊すことができない時代が来るかもわかりません。そうすると、日本のように作っては壊し、作っては壊しということは認められる時代でなくなるかもしれません。だから、ヨーロッパにおけるように建物の表を残してリニューアルしていく姿、そういうものが日本にも要求されるようになると思います。そういう中で、どうしても私は、環境問題を抜きにしてこれからの時代は語れないという思いもありました。それが一番もとといえばもとかもしれません。
それから、いろいろな方とお話しする間に、環境問題についてどうしてもやっていかなければいけないと思いました。例えば、スリッパの開発をしました。その開発の一番もとは、平成8年に熊本にワシントンホテルができましたが、平成6年ごろから熊本で作ろうということでいろいろなコンサルタントに相談したときに、ある女性コンサルタントから、「ビニールのベタベタしたスリッパは気持ち悪い。そういうものは神経質な女性には受け入れられない」と言われたことです。それから、一生懸命考えて作ったスリッパですが、このスリッパは何回も洗っても、そして1〜2年間使っても切れないようなリサイクルできるものです。このスリッパをつくってある人に見せたときに、「これがまさにリサイクルの典型ではないか」と言われました。
こういう環境問題を一生懸命考えるようになり、取り組んでいくようになったのは、石黒さん(グリーンビルディング協会の創設者)との話の中で私が刺激を受けたことなどもあります。併せて、あまりにも都市ホテルが多機能になってしまったということもあります。こういうぜいたくなところから無駄なものを取り去って、必要なものが必要なだけ買えるようなホテルのあり方、そういうものの追求と環境というものが一緒になってこういうことになったのではないかと思います。
2.環境経営とリスクテーキング
(亀井) 特に「歯ブラシ、カミソリを持参してください」というお客様への呼びかけの取り組みを始められたときなど、おっしゃったようにかなり賛否両論があり、リスクも大きかったと思いますけれども、そのときの決断(リスクテーキング)のあり方というのはどのようなものだったのでしょうか。
(野澤) これは絶対トップダウンです。要するに、みんながやっていることはみんなが安心することなのです。だから、みんながやっていないことをやるときはトップダウンしかありません。働いている人全部、うちのフロントのチーフや何か全部が反対しました。「そんなことをしたらお客様に来てもらえなくなる」と。そこで私はあえて、「歯ブラシ、カミソリがうちにくっついているからお客様に来ていただけるの? なくなったらとたんにお客様に来ていただけないようなホテルなの? そのくらいのサービスなの? そのくらいの清潔度なの? そのくらいのほかとの差別化ができていないの? そんなものならもうホテルはつぶれていいのだから、早くつぶれた方が世の中のためになるからつぶれたっていいと思うよ」と言ったのです。そこまで言われたら、もうフロントの人間もやらなければならなくなってきました。
今や我々は、お客様にそういうことを働きかけて、どのくらいの方に歯ブラシをお持ちになっていただく、カミソリをお持ちになっていただくかというパーセンテージをISO14001の次の目標にしています。これはずっとよくなり続けません。必ずよくなったり悪くなったりします。なぜならば、私どものホテル以外に、歯ブラシ、カミソリを部屋に置かないというホテルはないのです。日本のホテルには歯ブラシ、カミソリが付いているものだという人たちの方が一般的です。そして、どんどんすごい勢いで使い捨てをしているわけです。だから、外国のホテル、外国の人たちは、大変おろかな行為として見ています。ヨーロッパにしてもアメリカにしてもないわけですから。
(亀井) こういうことをされるようになったバックグラウンドをお伺いしたいのですが、かなり社長は外国のホテル等を視察されましたか。
(野澤) たくさん見ておりますけれども、アメリカの環境活動というのはそんなに表にはたくさん出ていないです。エネルギーはたくさんあるし、何はあるし、そういう中でアメリカで触発されることは環境問題においてはありません。しかし、やはりヨーロッパには感じるものがあります。今、私どもでは一部でしかやっておりませんけれども、寝間着はありませんけれども、「シーツとかタオルの洗濯をしなくてよろしいでしょうか」というホテル側からのメッセージがあるのです。やらなくてもいいというと、シーツは伸ばすぐらいで洗わないのです。
ちなみに、ホテルの中で使われたシーツやバスタオルの洗濯の水の量というのは莫大なものです。バスタブに張ったお湯の2〜3倍ぐらい水が必要です。だから、そういことに対してもこれから一つ一つ、お客様に大量の水を捨てているということを訴えていかなければいけないと思います。そんなことをヨーロッパなどはとうの昔からやっていますから、そういう意識が強くあるのだなと思いますね。
(亀井) いろいろなアイデアが活かされているわけですけれども、そのアイデアは、社長ご自身がお出しになっているものがあるとおうかがいしましたが。
(野澤) そんなことはないですよ。みんながいろいろどうするかということを考えて、提案してきて、それを採用するというかたちになっています。一人だけでやるものではなく、環境に対する思いみたいなものがそれぞれの中に生まれていなければなりません。冒頭に申し上げたように、個人個人の、いかに地球環境に対する負荷を少なくするかという思いが環境をよくするというのが原点です。
この前の支配人会議でありましたが、「環境について個々人がどういう体験をしているかという気付きがあったら書いてくれ」ということを従業員に支配人が要望したら、返ってきたものにはものすごく環境に対して考えている様子がきちんと出ていました。ここでアイドリングしていたらいけないという思いだとか、水の出しっ放しはいけないというようなものが生まれてきて、そういうものが意識づけられてきているのではないかなと思います。会社の中の人たちの生き方までも、少しずつ環境へ動いていっているのではないかと感じました。
そんなにいろいろなものがどんどんできるわけではありませんが。
(亀井) 先程、施設を見学させていただいたとき、泥を使ったタイルをホテル業界として初めて使ったことについて、リスクは大きいけれども、リスクをとって使ったのだということをおっしゃいましたね。そのあたりいろいろ新しいことをする、あるいは初めて物事をするについては、リスクをとるということですけれども、ホテル業界における環境問題への取り組みという新しいことをする際に、どういうふうに決断(リスクテーキング)されていったのでしょうか。
(野澤) 私どもは経済行為をしています。ですから、持ってきたいろいろなものが、こちらはお金は高い、しかし環境にはすごくいい、ペットボトルの含有量が何十パーセントもある絨毯、こちらはその含有量は少ないが値段は安い。「この値段の安いのと高いの、社長、どちらを採用しますか」と言うのです。はたしてどのくらい耐久性があるかどうかというようなことに関しての実証はさることながら、そのときに私は言うのです。「私たちは経済行為をしているのだから、経済行為を損なうような行為は一切したくない。我々はお金をもうけて、うちの社員が少なくともより豊かになってほしいために経営をしているので、それはもちろん株主に対する責任もあり、従業員に対する責任もある。だからその中でもうからない行為はしないから、高かったら採用しないよ」というのはいつも言っています。せめてレベルになっていなければいけないと、そういうことを要求します。だから、リスクをとるという言い方は、使うということにおいてリスクであるかもわからないです。だから、それはとります。しかし、経済的な問題で、環境を維持するためにお金がすごくかかるけれども、それでもやりますかというときには、私はやらないと言っています。
非常に矛盾するように感じるかもわかりませんけれども、例えば、ISO14001は要するにトップダウンの一つの経営手法です。なおかつ、ISO14001というのは入口です。あれはいわゆる免状をもらってそれで合格、卒業という問題ではないのです。あれは入口です。そのISO14001の入口の行為をするときに何を問われるかといったらば、「お客様は満足していますか?」「企業は利益を出していますか?」「企業は無駄をなくしていますか?」「それが継続できますか?」「それができないならばISO14001を取る意味はありません」というのです。だから、環境マネジメントの中でも、絶対利益は出さなければいけない行為なのです。
ところが日本の思想には、環境は哲学的な思想で経済に優先するものであるみたいなのがあまりにもありすぎます。それはまちがっています。絶対に経済が優先しなければいけないのです。生きていけなくなりますから。哲学、思想のために食わなくてもいいなんてことは考えません。そうしなければ生きていけないわけですし、継続もできないわけですから、私はどうしても経済を優先します。経済を無視して環境に傾斜していくという行動はとっていないのです。
なかなかおわかりになりません?
(亀井) そのあたりをもう少しご説明お願いいたします。例えば、環境問題に積極的にいろいろ取り組んでいるということが会社の利益向上にどのようなかたちで現れていますか、具体的にどういうふうに組織が活性化していますか、利益に結び付いていますか、ということです。
(野澤) 企業というのは投資をうんとしてみたりというようなことがあって、必ずしも一本調子でどんどん右肩上がりになっているということではありません。ちなみにISO14001を取得したのは、熊本ワシントンホテルプラザなのです。会社全体で取ったわけではありません。熊本ワシントンホテルプラザで14001を取ったのですけれども、このホテル自体はずっと何年間も伸びています。企業全体としては上がったり下がったりはしていますけれども、熊本ワシントンホテルプラザにおいては右肩上がりにずっと上がっています。
それはなぜかといったらば、環境というものをとらえて言うならば、グリーン・コンシューマーという動きがあると思います。日興證券がつくったエコファンドが1000億円ぐらいお金を集めましたけれども、それが非常に女性の琴線に触れてかなり女性の参加者が多かったということもありますが、いわゆるエコロジーをやっている企業が伸びないはずがない」という企業イメージとか、そういうことをやっていることで行政が熊本のワシントンホテルプラザを大変サポートします。それで行政を訪ねて、熊本における環境問題に関して何か例をご紹介くださいというと、みんなうちへ来て、熊本ワシントンホテルプラザに泊まります。それから、熊本ワシントンホテルプラザの人間が、自分たちがやっている実際の例をそういう人たちにお話しするケースなどもあります。だから、ずっとよくなっています。
私は今、会社全体の中でもそういうものが必ず来るだろうと思いながらやっています。
(亀井) 全体としての利益は上がったり下がったりですから、結果がよくなったかと言われればそういうことはないけれども、いずれよくなるだろうという思いでなさっているわけですね。
(野澤) そうですね。
熊本でISO14001を取得したときに、私どもの本社は名古屋ですから名古屋で記者会見をしました。そのときに、「社長、ISO14001というのはヨーロッパのはしっこでできた世界標準じゃないか」とある新聞記者が言うのです。「あんなもの取って何の意味があるのですか」と。
(亀井) つい去年のことなのに、そういう質問をする記者がいたのですか。
(野澤) おりました。
それで、「あなた何言っているんだ」とそのとき言ったのです。「ヨーロッパの一つの標準であって、全世界的なものだとか何だとかと言う前に、少なくとも今ISO14001というのは日本で3000ぐらいに及ぶ一つの経営の手法として生まれてきている。自分のところに何もできていない場合は、そういうものを取得しても次の行動をとるのはあたりまえではないですか」と文句をその記者に言いました。当然、新聞記者は黙ってしまいましたよ。
そのあと今度は、「社長、何のためにISO14001を取ったのですか?」と聞かれたのです。私は、「金もうけのためにやったに決まってるじゃないですか。貧乏人になろうと思ってISO14001取るバカいませんよ」、そう新聞記者に言ったのです。何社もたくさん来ていましたよ。そうしたら新聞記者が、「社長、そんなこと書いていいのですか?」と。私はまたそこで居直って、「書いていいとか悪いとかいうものではなくて、考えてもらいたい。もし私が、『ISO14001を取った理由は思想のために、地球浄化のために、社会貢献のためにどうしても環境は一つの哲学である』と言ったらば、あなた方は何て言うの。『うそでしょ、金もうけのためじゃないの』って言うに決まってるよ」と言ったのです。そうしたら、「それはそうですな」って笑って終わったのですけれども、そういうきわどい話もしています。金もうけに決まってるではないの、金がもうからなかったら商売にならないし、みんな生きていけないのだから、そんなものあたりまえだよと。
(亀井) 質問を変えますけれども、環境問題に対するいろいろな細かい取り組み、これは結構知恵もいりますし、難しい面もあると思います。例えば、フロントの方もいちいち歯ブラシとカミソリの持参についてお客様にお伺いを立てられていても、このホテルのシステムについてよく知らないお客様がおられたら、「そんなものも置いていないのか」という反応をいただいたりするわけですから、そのあたり結構しんどいというか、こつこつとした取り組みをされているわけですね。
(野澤) 自分はやっていないから偉そうなことを言っているけれども、やっている人たちはすごく大変だと思いますよ。
(亀井) 結果としてそういうしんどい取り組みをするのも、回り回ってプラスになるからという発想でしょうか。
(野澤) 当然、そうですね。もう環境問題を避けて通るなどということはない、歯ブラシ、カミソリを捨てるという行為にどのくらいお金がかかってくるかということを考えるべきだと思う。それはちょうど建物をつくった値段が坪あたり60万円でならば、壊すときにまた坪あたり60万円で壊して、廃棄物の廃棄料から何から入れたら建てるものと捨てるものとは一緒になる可能性だってあるというくらいに将来はなってくる可能性があります。要するに、地球環境を破壊する行為がコストがかからなかったらば、みんなどんどん破壊していきますから、みんな泥の中で、またはごみの中で生活する人間になりますよ。
ところが、人間はそうではありません。必ずそういうものに対してもっときれいなもの、もっと快適なもの、もっとすぐれたものを求めるわけです。そうすると、それに対して当然トレードオフして、それに対するコストをかけてきます。「あなた歯ブラシ、カミソリをどんどん使い捨てするの? はい、わかった、やってもいいよ、そのかわりこれだけお金を払いなさいよ」ということになってきます。そうでなかったらば、使い捨てはどんどんあるのですものね。そんなおろかな行為は人間はしていかないと思いますよ。だから、地球を汚染するような行為は、必ずコストが将来的にもどんどんかかっていくはずだと、そのときに急にできません。
私どもはゴミサーというものを入れています。ごみは今、単純に外に捨てるのと自家処理していくのとはたしてどちらがコストがかかるのか、ゴミサーの償却が十分取れるかどうかといったらば、現状においてすでに取れています。あの生ごみを捨てる行為というのは大変なコストがかかることになっています。400〜500万円という機械を入れてそれをなくすことによって、3年とか2年半などできちんと償却できます。
そういう地球環境を汚染するコスト、それを防ぐための投資コストというものについて、地球を汚染するコストがどんどん安くなっていくと防ぐための投資はどんどんできなくなってしまいますが、ところがそうではない。経済現象としてもそうなっていくと思います。今でこそ、歯ブラシ、カミソリは使い捨てをやっていてもお客様が来て、それを捨てる行為の値段が大したことがないからバランスがとれていると思っている人は、捨てているわけです。ところが、そうではなくなったときには、今度はそれをやめていきます。
それを先駆けて我々がやっているというのは、やはり環境問題を取り組んでいるホテルとしては日本のホテル業界でトップランナーであるというイメージづくり、これも大きいです。
3.環境会計
(亀井) 環境会計というものについてはご計画はおありなのでしょうか。
(野澤) 一生懸命やろうという方向に行っています。今、私どもがホテル業界のトップランナーとして環境問題に取り組んでいるという行為によって、我々はどのくらいマスコミに露出しているか、これは莫大なものです。普通のホテルがちょろちょろできて、今、新聞や何かで取り上げてもらえることはほとんど皆無です。しかし、環境を取り扱って、環境的な側面でこういう実践行為を行っているということに関しては、マスコミはものすごく興味を持ちます。だから新聞記事になるのです。
では、その換算したお金に関してはいったい環境会計上どうやってのせられるのか。ブレーク・イーブンで、環境問題を取り扱うことにコストがかかるようなものとコストがかからないようなものとが同じであって、なおかつマスコミが取り上げて、そういうことを外に露出してもらえれば、その分だけでもプラスになります。それはイメージというものでしょうか。
(亀井) 環境会計というものを大企業などが公表していますけれども、社長自身はむしろああいうものには限界があるとお考えなのでしょうか。
(野澤) どういうものをするかというのは一つのコンセプトもないわけですから、どの投資が環境に対する投資であって、それに対するアウトプットはどういうものだというのが、いつもいつも必ず全部が付いて回るものばかりではない。その側面の中に、マスコミに対する露出度も大きなプラス・イメージです。特に私どもの商品は、だれ一人として我々の商品を買うことがないというものではなくて、だれかしらがお客さんみたいですから、そういう意味でマスコミに取り上げられることは私どもには大変なプラスになっていますが、はたしてどういう入れ込み方ができるかなというのがあります。
ちなみにここに広報の担当がいますけれども、例えば環境に根差してホテルをオープンするとかいうときにはテレビで取り上げられます。テレビの値段までは出していませんけれども、新聞や何かの書面に出たものに関しては広告料に換算して計算しています。それが昨年の場合、3500万円〜4000万円ぐらいあります。そういうものをしっかりと意識する企業になりたいと思いますから、私どももいつになるかわかりませんけれども、環境会計について積極的にやっていきたいという気持ちはあります。
4.現状の問題点 ―新しいことをするリスク(パイオニアとしてのリスク)ー
(亀井) 最後に、現状で直面されている問題点、あるいは困難点というものがもしおありであれば伺いたいのですが。会社全体の経営としてでも結構ですし、特に環境問題に取り組みのホテル業界のトップランナーとして現状で直面されている問題、困難だなと思われているような事柄はどのようなことでしょうか。
(野澤) 人間が進化する間に、かつては篭で渡った川も橋になり、自転車になり、自動車になり、飛行機になりと交通手段が変わっていくように、経営というものも絶えず変えていかなければいけない。変わっていく中で、名古屋国際ホテルもありました。名古屋国際ホテルは昭和39(1964年)に生まれて、なかなか食っていけないということで5年後の1969年にワシントンホテルプラザをつくり、そしてワシントンホテルを約29年ずっと続けてきました。そして、これも乗物としてだんだん古くなってきたということで、R&Bというものに我々の企業は乗物を変えています。
ところが、日本のホテルというものに対する思いは、お金持ちがホテルを持っているという気持ちのよさというもの、そういうものがホテルという概念の中の一番根本にあるのです。ホテルというものは一つの手段であって、泊まるという行為をするものであるわけですから、そういうぜいたくなものばかりではありません。いろいろなものがあっていいわけです。
よく並べることでいろいろなものにも書いていますけれども、デパートで買物をするときにはお客様は何を買うか、スーパーマーケットで買物をするときには何を買うか、コンビニエンスストアで買うときには何を買うか、どういうときに買物をするか。品物が全部ビールかもわかりませんけれども、そのときの動機によって買うところを選択します。それと同じようなことが、ホテルの中にも当然あるべきなのです。
ところが、日本のホテルというのは全部一緒だと思っている人の方が圧倒的に多いわけです。ですから、新しく作ったR&Bという業態に関してなかなか皆さんに理解をしていただけないのです。特に、値段を安くしたことですが、それは多機能なものを単機能にして値段を安くしたわけです。例えばごてごてした洋服からユニクロの単純なものへと、価格を安くしてお客様に提供したのと同じ行為を我々もしているわけですけれども、ことホテルに関しては自分たちの体験の中でイメージしているので、我々の新しいタイプのものに関しての理解が日本になかなかできていないのです。これが一番の問題だと、今、思っています。
今度、名古屋で新しいもの、その次には大阪の曾根崎でやります。以前は、「R&B」の下にホテルと書いてありましたが、今年から印刷物には下にホテルというのを付けないことにしています。それはなぜかというと、ホテルというふうにしておくと、お客様は過去の自分たちの生活体験で得たホテル体験をここへ持ってくるわけです。それで、やれレストランがないとか、部屋に何も持ってこないとか、1人ではなくて2人で泊まれる部屋がなぜないのかとか、そういうことをごちゃごちゃ言うわけです。それでは、うちはホテルをやめよう、もうホテルではないとしようと、そうして少しは、「R&Bというのは泊まるところだけれども、普通のホテルとは違うよ」という思いが出ればいいのではないかと思って、こういうふうにしてしまったのです。
だから、うちへ来てごちゃごちゃ言うと、「うちはホテルではない」と言ってもいいと。ホテルへ泊まりたくて、「レストランが欲しい」「ルームサービスが欲しい」とか言うならば、それではほかのホテルに行けばいいではないか。うちは必要なものを必要なだけ売るという、ある意味で小売業的な考え方です。小売業というのは、売るものを決めたら売らないものが決まっているわけですけれども、サービス業のホテル業というのは、売るものを決めたときにまだズルズルと売らないものまで売ろうとするのです。だから、いろいろなものがどんどん入ってきてしまいます。それで多機能化して、やがてデパートみたいになって、要するに都市ホテルのようになってしまうから、よほどそれを戒めておかなければこういう業態が確立しないわけです。
この業態を確立するときに、ホテルをつくるゼネコンの人も、物の納入をする人も、みんなうちのことをホテルだと思って来るのです。ホテルではないのだから違うものを持っていらっしゃいといっても、そんなことはないわけです。考えもしないのです。だからコーヒーのマシンを置きたいとうちへ来るわけです。その売りたいと思うコーヒーマシンは、エスプレッソもできるし、ノーマルも出るし、アイスコーヒーも出て、ボタンを押すとミルクも出てきて、こんなりっぱなものです、どうですかと持ってくるのです。だから、「うちはそんなものはいらない。ポンと押したらばコーヒーだけがポトンと出てくるだけでいいよ」と言っても、「そんなものはない」と言うのです。「それでは、うちに売りに来るな。うちを昔のホテルと同じに思ってくるならば、うちに売りに来るのはよしなさい」。そういう人ばかりが周りを囲んできて、それでうちが新しくつくろうとするこの種の業態を妨害するのです。その辺のうちの悩みみたいなものはだれにもわかってもらえないのです。その中で孤独にやっています。
(亀井) リスクをとって新しいことをすると注目されますね。そしていろいろと新しいことをすると出る杭は打たれるわけで、そういう面で新しいことをやることによるリスクというものも出てくると思います。そのあたりをひしひしと感じておられるということでしょうか。
(野澤) そうですね。それでクロネコヤマトの宅急便が今のブランドになる前に大変な苦労をして、いわゆる官公庁と闘いをした。最近、そういう闘いをしなければ新しい業態ができないから、闘いができるようになるとそろそろ新しい業態へ入ってきたのかなと思います。だからもまだ新しい業態に入っていないのです。闘っていないから。本当はもっとけんかしなければいけないのです。ところが、市と自動精算機導入をめぐってけんかしたぐらいでは、まだ業態ではないのです。もっとこれから闘わなければいけないのです。だから、業態をやっているなんて言っているけれども、まだ業態になっていないと逆に思います。
(亀井) 具体的に闘いの例などはないのでしょうか。
(野澤) まだ闘っていないですよ。例えば、ホテルの廊下というのは1m80cmある。消防で決まっています。非常階段があったら90cmになるのです。今度階段になると、またそれが広がるというのです。ざっと流れてきた1m80cmの幅が、今度は90cmのドアになって出て、それからまた非常階段が1m20cmになって、そんなの矛盾でしょう。しかも、大きなホテルは2人部屋も3人部屋もあるわけです。うちは全部1人ばかりでしょう。何で廊下を向こうと一緒に大きくしなければいけないのだと言いたいでしょう。そんなこと何も言うことを聞かないのです。だから、外国のホテルの廊下は日本のホテルの廊下より狭いですよ。それで、おかしいと、向こうの人たちの方が背が大きいし、体も大きいでしょう。その大きい人が狭い廊下を通って、小さい人間が広い廊下を通るようにやっているのですからね。
(見市) 欧州視察の最後に最高級クラスのホテルに泊まりましたが、このホテルの廊下でもものすごく狭くて、まして絵がかかっていてよけい狭く感じました。
(棚橋) このホテルはオープンが去年の4月ですけれども、歯ブラシ、ひげそりはご予約の時点でお客様にお願いしていますが、私はこの周辺のホテルが成功するかどうかじっと私どもを見ていると思います。それで、私は市のいろいろな懇親会をやりますと、もっと積極的にここを使ってください。それで、よそのホテルが、この周辺が、みんな見ていますと。うちが成功すれば、よそのホテルもみんななくしていくわけです。そうしたら、基本的に自然にごみが減りますよということで、うちは絶対に成功しなければいかんと。要は流行らなければいけないということなのです。そのためには、行政の方たちが積極的に私どものところを利用していただきたい。今、社長が言いました熊本などは、極端に行政からの宿泊予約が多いわけなのです。ここもそういうふうになってもらうと、よそのホテルが見て歯ブラシ、ひげそりはなくてもやれるのだということで、皆さんがやめていくという、地球環境問題にとって良い循環になっていくと思います。
(注)
1)井上壽枝『環境会計のしくみ』あさ出版,2000,pp.16-19.
2)前掲書,pp.22-36.
(ここに写真を入れる。)
ミニケース@ ワシントンホテルプラザの戦略と戦術
(同社パンフレット
「ワシントンホテルプラザの戦略と戦術」の部分をそのまま複写掲載)
ミニケースA ワシントンホテルプラザ R&Bにおける環境経営
(同社パンフレット
「ワシントンホテル(株)を支えるものその3 エコロジー」の部分をそのまま複写掲載)
2003年配布版であれば19−20ページ
第6章 環境経営A
R&Bのケース
ワシントンホテルプラザを運営するワシントンホテル株式会社においては,「受益者負担」という考え方に基づいて無駄なものを省くという環境経営が,セカンド・ブランド「R&B」構築による新規事業参入戦略する上でのコンセプトとなった。「R&B」黎明期に実施したインタビューを前章に収めた。本章では,前回のインタビューから3年を経た時期に実施したワシントンホテルプラザ経営者インタビューを掲げる。そこでは,環境経営のコンセプトが新規事業戦略そのものに繋がった「R&B」事業の展開を中心に,新規事業におけるリスクテーキングのあり方が述べられている。
キーワード TQC 顧客 ブランド 環境経営とコスト ホテルマネジメント
(R&Bの全景写真を入れる)
ワシントンホテル株式会社経営者インタビューA
2003年5月30日
ワシントンホテル株式会社 社長室に於いて
ワシントンホテル株式会社 代表取締役社長 野澤 商策
広報室 下平恵美
インタビュアー 亀井 克之
1.R&Bの展開
(亀井) このたび社長をご退任されるということで、これは話を聞かなければいけないということで、急いでやってまいりました。
(野澤) 前回来られたのは3年前ですね。3年前というと、ちょうどR&Bが2年めということで、五つか六つ、やっとできたころですね。
(亀井) そうですね。
(野澤) あのときに、先生にはあちこちに当社についての記事も発表していただきました。
(亀井) あのときは、R&Bをこれから始めるぞというころだったので、今日はその後どのような展開になっていったか、お話を伺えたらと思います。それから、これまでずっとトップでおられて、いよいよ一応トップを退かれるという認識でよろしいのでしょうか。
(野澤) 私は、まだそういう面をはっきりはさせていないのですが、できるだけ早く後任に譲っていくべきだし、いきたいなという気持ちがあります。いつまでも院政を敷くようなことはあまりやりたくはないし、かといって、考え方まで理解してもらえているかどうかということがあります。ですから、ちょっと今のところはCEOとかCOOとか何とかと明確にして、要するに会長でなくても、代表権を持っている場合は、あくまでもCEOとしてやるというのがあります。今は極めてあいまいに、心の内では早く移したいという考え方を持っております。
(亀井) では、この3年間の、その後のR&Bの展開ですね。私自身、客として,東日本橋に3回ぐらい、終電に乗り遅れて曽根崎に1回、それから横浜には2回泊まりました。ですから、かなり利用者としては見させていただきました。
(野澤) ごらんいただいているわけですね。当時,どうやってロゴマークをデザインしたかということも、記録として残っています。
(亀井) このロゴマークは印象的ですね。色が赤と緑ですね。
写真 R&Bのマーク
(野澤) 初めから、これは意図して、一つのマークの中にすべてのコンセプトまで、すべてを凝縮して入れて、これ一つを持って歩けばR&Bという考え方で、あとは字も何にもないということです。
(亀井) ホテルという字も入れないとおっしゃっていましたね。
(野澤) そうです。普通はロゴマークがあって名前を入れるという形が一般的ですが、あえてそういうものを全部一緒に凝縮したということで、こんなことになりました。
(亀井) このアイディアの段階では、ホテルという文字があったのに・・・。
(野澤) あのときにお話ししたかどうか分かりませんけれども、お客様の過去の体験の中でしかホテルを見ていただけないからということで、いろいろなことをホテルに期待するので、それではむしろホテルというものを、除いてしまったほうがいいと考えたのです。これをやるに当たり、これは表に出ているものではないのですが、世界のホテルの歴史から、私たちがどういうホテルを目指し、どういうものを作っていきたいのだという思いを、このロゴづくりのために、あなたの考え方をきっちりと私は知りたいからということで、2〜3時間、これを作るかたとお話ししたものが、ここにまとめられています。こういうものの中に、やはり当然のこととして、環境問題とかエコテルという問題も入りまして、このマークができ上がったという過程があるのです。
それから、いかに業態ごとに、それぞれ必要なものがあるかということですが。例えば、名古屋国際ホテルはどういう品ぞろえをしているかという、商品です。これに関しては、名古屋国際ホテルは、料金としてはこれだけあり、それからこれが施設で、ここのところに料理の品目数がどのくらいあるか。ワシントンホテルプラザは、前回ご覧いただいた錦の場合は、76品目で和食1店舗です。その食材関係がどんなものになるかというと、3000品目に対して273品目。それから、今度は什器備品はどうなっているかというと、このワシントンホテルプラザでは2800品目。1店舗ですと1800品目で、それに対して、R&Bは302品目で什器備品が構成されているので、要するにすべてをカットして、いろいろなものを作り上げて、それから値段を安くしたという、価格破壊的な行為ではなくて、むしろ建設的にこういうものを作ったのがR&Bですよという説明をしていた資料です。ですから、過去についてお話ししておきたいのは、そういうものかと思います。
そこで、それからどういうふうになったか。
(亀井) その後の、この3年間の動きですね。私も6〜7回、R&Bに泊まらせていただきましたが。
(野澤) どんなことをお感じになられましたか。
(亀井) もう、コンセプトのとおりです。結局、泊まって、翌朝すぐに朝食を軽く取ってどこかに行くというニーズについては、ぴったり当てはまっているということです。それから、終電に乗り遅れたりしたときに、パッと泊まれる。実際、私が去年、東日本橋に泊まったのは6月9日で、サッカー・ワールドカップの日本対ロシア戦を国立競技場のスクリーンで見まして。もちろん大阪人がそれを見に来るということは、終電は乗り遅れるということなのですが。どこか宿泊先をと思ったときに、思いついたのがR&Bだったのです。
(野澤) そうですか。
(亀井) それが一つと、曽根崎は、純粋に終電に乗り遅れたときに、これももちろんこういうお話を前回おうかがいしたことがあったので、「終電に乗り遅れたときには」ということで思いつきました。あとは、新横浜のほうに泊まったのは、仕事の関係です。安いところに簡単に泊まれたらいいというニーズで泊まらせていただきました。
(野澤) そういうホテルコンセプトとして、お使いになるかたに、それをニーズとして感じていただいた。その機能的なものとしてのR&Bは、そういうことで大体ご理解いただきましたでしょうけれども、そのほか周辺のサービスみたいなものとか、それ以外のものについては、先生としてはどんなことをお感じになったかと思います。
(亀井) 私は結局、予備知識がけっこうあったので、完全に理解していたのですけれども、人によっては、もしかしたら、その辺の理解度がまだまだ低いかたは、何も付いていないということを理解するのにちょっと時間がかかるかもしれません。何回か使えば、むしろそちらのほうが快適だと思ってくるのではないでしょうか。ビールや弁当は近くのコンビニで買い、先に料金の支払いを済ませているから、朝は本当に時間の計算が利きますね。さっと出られますから。それから、本当に朝早く6時台に出るときには、もう朝食は放棄していくけれども、それでも6000円台であれば安いということです。
(野澤) そのままの機能としては確かにあるのですが、私どもがを始めたときに、R&Bを一つの小売業だと位置づけました。小売業とは、品物としては完成されているものが左から右へ動くものですね。ですから、極端なことを言うと私たちはまさにそれを望んだのです。ところが、ホテル業、サービス業は、いつもいつも完成品ではなく、いつも未完成である。その未完成というのは、完成に近づくか近づかないかというのは、それをお求めになった瞬間に相手のお客様が完成品としてとらえるか、未完成品としてとらえるかというところになるわけです。我々としては、幾ら小売業で、あれを一つの機能販売業としてお客様に買っていただいて、それで終わりだよと言いながら、やはり人間がついて回るわけです。そこのところに未完成部分がどうしてもでき上がってきて、それをより完成品にしていかなければならないということで、サービスというもの、そして、そのサービスは一体どういったものなのかということになるわけで、あとはお客様の感じ方ですから。
そういう意味で、我々の非常に拡張性のない商品。一般的なホテルというものは、すべてが未完成で、それを完成に近づけるという行為が、お客様にある種の感動を与えたり何かしていくわけですが、我々にはその余地がすごく少ないです。そのために、どうやってそういう部分に拡張性を持たせなければいけないかということを、私はずっと感じているわけです。ですから、機能を理解したところで不満だなといったら、私たちの商品は永久に未完成商品として、お客様に受け入れていただけなくなることがいつも怖かったのです。一体このあと何をしたらいいのかということを考え続けています。先生とお会いしたあとも、みんなその歴史ではなかったかと思うのです。
それで、拡張性に何があるかというと、他社でやっている、和食が好きな人におにぎりを出したらいいとか、みそ汁を出したらいいとか、そんなものが今度は相変わらずプラス、プラスで何かをしてあげようというものです。その結果はどういうふうになるのかといいますと、乗っかったものはやはりコストがかかりますから、お客様に手を出していただかなければならない行為になるわけで、最終的にはお客様に負担をかけていく行為になるわけです。やはりそれは戒めたい。それ以外のところで、果たしてどんなものがあるのか。
(亀井) ということは、その後3年間、ずっとR&Bが進んできて、やはりいろいろと現場の声、あるいはお客様の要望があるということでしょうか。
(野澤) いろいろなものを、これが欲しい、あれが欲しいという歴史はずっと続いていました。それに関して、私どもはほとんど何も出していません。
(亀井) 基本的なコンセプトが、結局、受益者負担といいますか、お客さんが使っただけ負担していただくということですね。
(野澤) 必要なものを、必要なだけ、お届けするという考え方です。
(亀井) さまざまな要求に応えていくということは、その考え方と反するわけですから、結局、それをもちろん受けるわけにはいかないので、そのあたりで葛藤があるのではないでしょうか。
(野澤) そうなのです。それと併せて、今度は内部の人間、やっている人間は、当然のこととして、もう少しお客様を増やそうとします。それをどういう形でするかということで、これは私がよく言うことですが、日産から日産へ移るときの日産車のセールスマンの姿勢や、トヨタからトヨタに移るときのトヨタのセールスマンの意向は、釣った魚にえさやらずという思想が色濃いです。日産からトヨタに変わるときには、すごい勢いでシェアが一挙に変わっていくわけですから、両者ともすごく熱心にやる。それは同じく、NTTドコモからauに替わるようなときも同じです。ですから、違う企業から自分のところに移ってもらうときには、すごいサービスをするようなところがあるわけです。
我々R&Bの場合、どちらかというと、やはりより多くほかのところにお客様を求めるためにマスコミを使った宣伝であるとか、駅に看板をつけるというような行為を極力控えながら、お客様に還元する形が何かできないかというところに至りました。今、しきりに主張しているのが、例えば今のパンの種類が2種類というものを、もう少し増やして差し上げて、お客様にそういうところの喜びを、もっと感じていただけるようにしたらどうかということです。それから、これは全部できているわけではありませんけれども、例えばロビー空間にもっと花を飾って、より豊かな空間にして、お客様にある種のくつろぎを与えたり、新鮮さを提供するようなことができないだろうかと言っています。しかし、なかなか全体の行動としては難しい。それから、先生がどうとらえたかは分かりませんけれども、従業員のお客様に対する姿勢とか応対が一体どうなっているか。これは、もっともっと上げていかなければ。
(亀井) そうですね。実際に対面の言葉遣いとかサービスは、すごくいつも感心しているのですけれども、電話で予約を取るときに私がいつも思うのは、一応リピーター的ですから、何か記録が残されていて、いちいち「どこそこの何です」と、連絡先をそのつど言わなくてもいいようになればいいのに、という気が時々いたします。予約するときに、割ときっちり聞かれるのです。そして2回目、3回目ということを言えば、システムが分かっているので説明はされないし、最初の1回目、2回目のときは、もちろん例のかみそり、歯ブラシが設置されていないことをおっしゃるわけです。
(野澤) そうなのです。電話を取った瞬間に、お相手の方がリピーターであるかどうかをキャッチしなければいけない。
(亀井) そうですね。これもまたコストがかかってしまうので、そういう情報システムを組むことは無理なのでしょうか。
(野澤) 難しいですね。それではもう一つ手前で、お客様の過去の来歴、我々との関係においての履歴をどうすればいいのかということで、現実にはそれはつかめているのです。
(亀井) そうなのですか。
(野澤) はい。だから、お越しいただいたときには、「先だっては神戸でお泊りいただきましたね。どうもありがとうございました」という把握システムを昨年秋から確立してきました。ところが、お客様は、自分の個人情報がそんなにあちこちに伝わってしまうのかということにおいての、心配みたいなものを感じる人がいるというのです。
(亀井) なるほど。難しいですね。
(野澤) ですから、「先だっては、神戸でお泊まりいただきまして、どうもありがとうございました」と東京で言うと、お客様は、一瞬ハッとするかたと・・・。そのタイミングをどこでとらえなければいけないか。これは全部、今うちでは分かっているのです。いらっしゃったときに、このかたは前回どこにお泊まりになったということが分かって、そういう会話のできる体制。お客様を、いわゆるワン・トゥ・ワンととらえて、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント的なものの可能性はでき上がっているのですが、今、正直なところ、なかなか怖くて使えない部分もある。
(亀井) なるほど。
(野澤) ですから、なかなかお客様はいろいろ複雑なのです。
(亀井) そうですね。
(野澤) だから、本当はパッと電話を取った瞬間に、何番の電話ということでたたいたら、そのかたの履歴として出せる可能性は、幾らでもあるのです。
(亀井) なるほど。よくタクシーを呼ぶ場合に。
(野澤) そうですね。「電話は何番ですか」と言うと、「あ、だれだれ様」ということになっていますね。ですから、それはできるのです。
(亀井) 私とは違って、逆の反応をなさるかたもおられるので、難しいと。
(野澤) それは、今後どういうふうにやっていくのか。ですから、二言三言、お話を交わして、お客様がどういうかたかということが分かると、それはお話ができる可能性はあります、安心ができると思われて。そうでないかたもいらっしゃるので、その辺はけっこう様子を見てやっているかなと思います。ですから、今のシステムとしては、そういうことができるようになって、個々のお客様にどう対応しなければいけないかというものに対しての武装は、もうかなりの状況ででき上がっています。コンピューターの映像回線を音回線に替えて使いますので、例えばお気に召さなくて、フロントでお客様が怒って「責任者を出せ」と言ったときに、うちの場合は女性ですから、「私です」と言うと、「きみじゃないんだ。責任者を出せ」と言う人が圧倒的に多いわけです。「いや、私が責任者です」と言っても、「もっと偉い人を呼べ」というような感じです。
(亀井) そういう場合はどうなさいますか。
(野澤) そこで、「そうですか、分かりました。それではすぐ電話をおつなぎしますから」と言って、パッと持って、すぐに本部につながるのです。それから、電話でお客様が文句を言って、「きみじゃない。責任者を出せ」と言うと、「はい、かしこまりました」とパッと切り替えると、うちの本部の全体を統括している室長のところにつながるのです。ですから、そこで電話でのお客様のコンプレイントを即座に受けることは、うちの中でできているのです。
この間、仙台の方で地震がありましたね。みんな電話がつながらなかったのですが、うちは電話が幾らでもつながっていました。だから、そういうことに関して、一つの今のIT技術を使って、お客様の前歴やリピーターであるか否かとか、そういうコンプレインに対する迅速な対応に関しては、その後かなり進んでできるようになっているというのが、あれからのテクニカルな問題での現状でしょうか。
(亀井) それは、ワシントンホテルプラザのほうでも、もちろん同じような。
(野澤) プラザのほうではできていません。ですから、むしろR&Bのほうが進んでいるのです。
(亀井) なるほど。新しく作っていかれたので、システムも付け加えやすかったと。
(野澤) そうです。ところが、一方においてシステム、システムでやったR&Bと、今度はプラザという古いものがありますね。このプラザは、いわゆるTQC運動を始めて20周年になるのです。マニュアルとか、そういう取り決めごとだけで進んでいくものではなく、もう少し個々人の改善運動とか、トータル・クオリティ・コントロールの運動に関しては、20年の歴史があります。うちはその発表会をつい4〜5日前にやりましたが、そういうことを今度はR&Bの人が来て見ると、すごいことをやっている、私たちはあんなことは到底できないと。みんな決められたことをきちっきちっとやるということにおいて、私たちはきちんとやっていると思うけれども、要するにパートタイマーのかたや何かが、仕事のやり方をお客様にどう合わせて・・・。
例えばこの間、うちで1等になったTQC運動があります。お客様から「すみません」と、座っていて呼ばれますね。この「すみません」というのは、お客様に限りなく不満足な状態であると。この「すみません」の回数をどれだけ減らすかという、そういうサービス・クオリティの向上を、どうやってするかという運動があったのです。それは、パートのかたばかりで。それを見て、R&Bは「すごいことをやっている」と。要するに、文化の違いみたいなものが、ものの見事に出てきてしまっていて、片一方のITによるシステムの導入は、プラザはできていない。ところが、R&Bではできている。
予約という業務も、プラザの今の状態は、かなりのパーセンテージで、お客様のお名前を全部メモ書きして、予約カードに記帳して、それからいわゆるスペース・コントロールをして、というような形の状態なのです。ところが、R&Bの場合は、スペース・コントロールは、お客様から電話が入ると、もういきなり「だれだれ様」と入れて、ポンとダイレクトインでやりますから、そういう点もかなり進んでいるのです。どうしても、ある部分で違いがどんどん出てきているということで、これをやはりどこかで、ある意味で両方のシステムの融合を、将来はやっていかなければいけないのではないかと思っています。
R&Bは、ある部分においては進んでいて、ある部分においては初めのコンセプトが、小売業的なものであり、サービス業ではない。必要なものが必要なだけという、極めてそういうものがポンポンポンとでき上がっていましたから、それがちょっと遅れているようなところもあるので、そういうものをもう少し何かできるかというところです。
例えばズボンプレッサーが欲しいという要望は、その後もちゃんとあるのです。で、ズボンプレッサーはちゃんと用意しました。そのズボンプレッサーの用意も、ワシントンホテルプラザとなりますと、それを全室に入れたがるわけです。R&Bはそうではない。必要な人が、必要なだけ使えばいいのですから、一つのフロアに3台置いておけばそれでいいのではないかと。そういう形で、台数を限定して、お客様の利用範囲の中でそういうものを用意する方向で、新しい商品が少しずつ入っているというところでしょう。
(亀井) この3年間、ずっと事業を展開してこられて、順調に成長しているということでしょうか。
(野澤) 伸びているところは10%〜40%ぐらい伸びている。東京あたりになりますと、ちょっと2〜3%減るケースも出ています。というのは、すでに初めから2年、3年とやっていますから、それがもういっぱいになって、どうしてもそれ以上に伸びていかなくて、落ちていく。ということは、土日の利用率が完全にもっと高まっていけばいいかもしれませんけれども、あの種のホテルはそう簡単には上がっていきません。そうすると、ウィークデーに関しては、今までいっぱいになっていた100%のものが1〜2%落ちたりということがあるので、どうしても東京圏というのは落ちる。20%落ちたりということもあります。でも、全体としては伸びているということです。それに、新しいものが加わりましたから、極めて順調であると申し上げたほうが正しいと思います。
開業2年目以降のところはほとんどが利益体質になっています。盛岡や熊谷なども、場所によっては黒にできていないところもありますけれども。
2.R&Bと顧客
(亀井) 曽根崎はいかがですか。
(野澤) 曽根崎はまだトントンぐらいで、利益が出ていないのです。
(亀井) 曽根崎は残念ながら、繁華街のど真ん中にありますね。よく知っている者にとっては、ちょっと一人では泊まりにくい地域です。あれはちょっと残念ですね。
(野澤) そうですね。私は偉そうに、要するに一つの地域開発的な意味で、健全なお客の導入を図ることによって周りを浄化することも、私は可能性がある思っています。だから、「こんなところに、まさかホテルを造ってもらえるとは思わなかった」とオーナーが言っていました。
(亀井) そうですか。
(野澤) だから、初めから分かっていましたし、従業員募集のときに「あそこでは絶対に働いてくれるな」とお父さん、お母さんに言われて、それで辞められたかたがたくさんいます。
(亀井) なるほど。その後、曽根崎の話は・・・。
(野澤) しかし、その後は曽根崎もじわじわとは行っているという感じです。確かに苦戦しているといえばしているほうかも分かりませんね。あの大都市で、ああいう状態ですから。でも、知る人ぞ知るで、恐らく私はできるようになるだろうと思っているのですけれど。
(亀井) では、こういう地域の浄化ということを考えられて、あえて・・・。
(野澤) そんなことも考えたのです。それにしては規模が小さいのかも分からないけれども、規模を大きくすると、あの辺の浄化にはつながると思うのです。
(亀井) ですから、確実に終電に乗り遅れた場合なんかには便利ですね、あのR&Bは。
(野澤) そうですね。
(亀井) 曽根崎の場合ですと、多分、割と遅い時間でも空きがあるのではないですか。
(野澤) 本当にそうです。ですから、大阪のあれだけの繁華街の場所で、今のように苦戦するとは、正直なところ思っていませんでした。もっと早く利益体質になるんじゃないかと思っていました。今は本当に、ちょっと赤字があるくらいですけれども。
(亀井) 逆に、リピーターみたいな方がおられるかもしれませんね。
(野澤) そうなのです。中身の良さを理解していただければ大丈夫だと思いますが、やはりあのような繁華街においては何か考えなければいけないのかもしれませんね。
(下平) でも,外国人の方がいっぱい利用して下さっています。
(亀井) そうですね。外国の方が泊まられていましたね。周りの環境についての予備知識がないわけですしね。何よりも低料金と内容を評価しておられるのでしょう。
(野澤) ところで、外国の方が多く泊まっていて、それでは中には犯罪者のような方が泊まっているかというと、逆です。うちはパスポート・ナンバーとか、日本における紹介者とか、そういうものをみんな要求するのです。
(亀井) そうですか。
(野澤) 同じ外国人でも、ほかに泊まっている外国人と相当、異質だと私は思っています。相当厳しいですから。ですから、パスポート・ナンバーを要求したために、日本に慣れた外国人が、差別だと、裁判すると、私どものところに言ってきた人がいます。
(亀井) それは、どうなったわけですか。
(野澤) かなりちゃんとした企業にお勤めの外国人で、うちへ泊まろうとした。うちは、パスポート・ナンバーを要求する。外国人ということで差別しているんじゃないかと言われました。そこで、うちは決して差別ではありませんと。初めから、私どもはこういう外国のかたをお泊めするときの一つのマニュアルは、きっちりとホテル建設からずっと持っております。その範囲の中でやっていることで、どなたにもそういうことを要求しております。外国人のかたに対しては、みんな同じ取り扱いをしておりますから、差別化しているとは思いません。もし、そういうことでお気に召さないならば、裁判をしていただいても、何をしていただいてもけっこうですと言いました。3回ぐらい電話をかけて文句を強力に言ってこられましたけれども、もうおとなしくなりました。確かに、ワシントンホテルプラザでは、パスポート・ナンバーをいちいち要求することはしておりません。ところが、R&Bではしているのです。
(亀井) それは、どういう・・・。
(野澤) それは、価格が安いということは、お客様の参入障壁が非常に低いことで、ものすごくいろいろなかたに、ホテルというムード、ホテルのクオリティを崩される可能性があると、初めから我々は踏んでいました。ですから、参入障壁をどうやってきっちりと高めておかなければいけないかということが、お客様に対して、いろいろお電話番号とか何だかんだとうるさく聞くという行為になっているのです。あれはまさに、うちのスタンダードをどうやってきっちりと維持するかということで、初めから仕組んだ戦略です。
(亀井) 職場を聞くというのは、確かに珍しいですね。
(野澤) 大学生なら、どこの大学かということまで聞いたりしたことがあるのです。そのくらいきちんとしておかないと、うちのホテルスタンダードは、私どもが幾ら高めてもお客様が壊す場合もあるし、お客様が上げても、我々がいいかげんなサービスをすればそのムードを壊すことになる。お客様と我々のきっちりとしたマッチングが、ホテルのスタンダードを作り上げるのです。ですから、我々が何としてもそういうことをきちんとやっていくということは、だれでも来て泊まっていただけたらお客様だなんて、うちは思っていないということなのです。
(亀井) そういう発想は、けっこうホテル業界では珍しいというか・・・。
(野澤) 高額のホテルや何かでは、そんなことをするかも分かりません。しかし、うちのようなホテルで、初めから私どもは、安っぽいホテルを作ろうなんていう考え方は一つもありませんでしたから。お客様の動機によって、これでよろしいんだというお客様で、質の高いものをどうやって作るかという考え方をしましたから、すごくそういうことを厳格にしたのです。これはきっと、なかなか表に出ないので、分かっていただけるものではないと思います。
横道に行きますけれども、最近、私はつくづく感じるのです。日清がグータというラーメンを作りました。あのグータというラーメンのコンセプトは、どうやってフリークエント・ショッパーズ・プログラムを作るかということなのです。ということは、あの大量生産するラーメンでさえ、いわゆる対象顧客をどうやって絞るかということを、もう考え始めているのです。ですから、私たちがとった、お客様の対象顧客をどうやって絞るかという一つの行為。「生意気に、おまえのところみたいな安っぽいホテルが、くどくどと何で名前とか何とか聞くんだ」と、恐らく皆さん思うと思いますけれども、私どもは恐らく初めからフリークエント・ユーザーズ・プログラムがその中に組み込まれていたという自負を持っていいのではないかと、改めて思っているのです。
ですから、相変わらず私どもの利用顧客というのは、とにかく頻度の高いお客様が圧倒的に多いです。一方において、どうやってニューカマーを必ずお客様として入れていくかが重要です。
3.環境経営の取り組み
(亀井) この3年間における環境問題に対する取り組みについてお聞かせ下さい。
(野澤) 環境問題の細かいプログラムについては「環境実践レポート」というものを発行しております。もう一点ですが環境という切り口から、お客様の選択の対象となり得るかということを考えますと、日興さんのエコファエコファンドの場合は、そこに組み込まれた株式について、その企業の環境経営の取り組みを評価して購入したということが言えるかと思います。では,果たしてR&Bを選択した理由が、環境経営の取り組みにあるのかどうか。これはまた恐らく調べてみなければなかなか分からないと思いますけれども、「なぜR&Bへお泊まりなんですか」という質問は、まだまだしたことがないのです。
(亀井) そうなのですか。
(野澤) その中に、環境について熱心なイメージがいいからとか、値段が安いとか、便利だとか、駅に近かったとか、そういう種類のものを質問項目として与えて、お客様が、その中でどれくらい環境について意識して、お泊まりになっているかどうかということは、やはり今後調べていかなければいけないと思います。でも、現在はそれをやっておりませんから、お客様がグリーン購入という立場から、当社を選択してくれたかどうかということに関しては、残念ながらまだ記録はありません。
でも、明らかにある種のイメージ、企業に対するイメージが、ちょっとこのホテルは違うところでイメージづくりをしているとか、そういうことを感じてくれている人がいるのではないか。事実、そんなことをおっしゃる人も入るわけです。環境レポートに関しても、うちの環境レポートはそれこそ手作りですから、ほか様がやっている豪華な色刷りのパンフレットで、ドンと出てくるような種類のものではないのです。一つ一つを素朴に、環境に対する行為をどうしているかという歴史であって、非常に地味なものなのです。これは半年ぐらい前に、東京の環境レポートの展示コーナーか何かにうちが出品したら、随分面白いから送ってくださいという連絡を頂いたことがあります。それはたしか社長室の安藤君が知っています。果たして、それが私どものホテルにお泊まりいただく動機になっているかどうかは、ちょっとまだ分かりませんね。
(亀井) あとは、例のかみそりと歯ブラシを客室に置かないことによるお客さんとのフロントでのあつれきなどは、その後いかがでしょうか。
(野澤) ほうっておけば、ワシントンホテルプラザのほうは、決めておいても言わないで、お客様に分からなくなってしまうというケースがありますけれども、R&Bに関しては、ありませんから。お客様がお忘れになったら「お求めください」ということになっていますから、圧倒的にR&Bに関しては、完全にそういう考え方のホテルであるということで定着しています。もちろん、文句を言ってくるかたもいらっしゃいますけれども、それは数少ないですね。ですから、ああいうものはオール・オア・ナッシングで、ありかなしかでポンと決めるほうが、ある意味では、そういうことが促進されるのではないでしょうか。
4.環境経営とブランド
(亀井) 環境問題が直接、利益向上に結びついているということはないけれども、ブランド力の一つとして確実になっているという理解でいいのでしょうか。
(野澤) そうなのです。これはまた、恐らく話が拡張してしまうのですけれども、ブランドというものをとらえたときに、ブランドというものは何といっても、その認知がいちばん重要なわけです。もし認知ということをとらえるならば、大量のお金を使い、マスコミに流せば、私はある意味で、今の時代、ブランドとしてのし上がることはできると思うのです。これは極めてアメリカ的です。ところが、ヨーロッパのブランドは、やはり背景にストーリーがあります。
なぜ、エルメスがそんなに高級ブランドとして残っているのかということを聞いたときに、エルメスは、パリに何千頭の馬がいる時期に誕生したと。それで、馬具を作って今の基礎を作ったわけです。それから、自動車社会に変わったときは、それはそれはドラスチックだったそうです。要するに、いわゆる貴族とか、非常にレベルの高い人たちが馬車を使い、馬を使って動いていたわけですから、その人たちが自動車と出会ったときに、簡単に自動車なんか手に入る人たちばかりの層だったそうです。それがポンと変わって自動車になって、現代社会にワッと流れて、エルメスは馬がいなくなったから、馬具が作れなくなったかというと、それからかばん屋に転身したという、エルメスのストーリーを聞いたことがあります。ヨーロッパのブランド構築は、そういう非常に物語を持ったブランドなのです。
私は、このR&Bというブランドにどうやって物語性をつけるかというときのいちばん大切なものは、やはり環境に対する考え方が、一つのストーリーとしてうちのブランドを支えるということではないかと思っているのです。だから、うちは大量にR&Bの宣伝もしませんし、何もしません。しかし、いつも背後に環境というものを、きっちりとうちのコンセプトの中に位置づけながら、ブランド・ストーリーを作っていく歴史を我々がやるべきではないかと思うのです。だから、私はR&Bのブランド・ストーリーづくりに、環境が絶対に欠かすことのできないものとして、今後もずっと、それはお客様が買ってくださるとか、くださらないということではなくて、続けていくべきものではないかと思っているのです。
(亀井) 3年間、R&Bも順調に成長してきて、ライバル他社の動きはいかがでしょうか。環境問題に対する取り組みにしても、あるいはR&Bの登場に対しても、どのような他社の動きがあるでしょうか。
(野澤) よく言われるのですけれども、「おたくは宿泊特化型ですね」と。「似たり寄ったりのものが、アルファーワンとか、ルートインとか、東横インとか、たくさんありますね」と。記者のかたもみんな言います。私はそのときに、「いや、そうじゃありません。私どもだけです。ほかとは全然違います」と言うのです。「え? 何が全然違うんですか」と言うのです。うちは今、16ホテルありまして約3500室ですが、全部同じ部屋です。同じ部屋を持っているところというのは、どこにもありません。3500を作って、3500が全部同じ部屋なのです。これは、まるっきりほかと違う一つのコンセプトがそこにあると認めていただかないと。「同じようなものですね」ということではありません、ということなのです。
何種類も料金を持てば、何種類も会計の方法があって、それから何種類もそれに対する応対が出て、ものすごくどんどん複雑になっていくわけです。それは、やがてはコストに必ずつながっていきます。私どもには、コストにつながらない一つのきっちりとしたコンセプトがあるわけで、業態としてとらえたときに、そういうものとは全然違うと言うのですけれども、この説明は、お客様にとっては何の意味もないことなのです。お客様はいつも、行きますと一部屋しか使わないですから、ほかの部屋が変わろうが何があろうが、全然関係ないのです。いちばんベースのところで、そういうもののきっちりとした考え方が、どうやってお客様に負担の少ないホテルになるかということの根本なのです。けれども、そこに関しては、意外とネグレクトされていますから、一般的な説明の中にそれを入れても、無理なのかという思いはします。しかし、やはり私は、ほかの宿泊特化型とは全然似て非なるものであるということを、そういうかたたちには申し上げるのですけれども、これを利用者に理解してもらうことは、そんな簡単にはできないのではないかという気がします。
(亀井) 環境のISO14001をホテル業界で初めて取られて、3年前はほかにないというお話でしたが、その後、他のホテルなんかで、ISO14001を取られるところは、その後出てきたのですか。
(野澤) ぼちぼち出ているとは思います。ぼちぼち取り始めてはいます。しかし、今、私どものR&BのISO取得はチェーン全部でやっています。これはもう、恐らく追随を許さない、私どもの環境思想に基づいた一つの考え方が、それによって表れているのではないかと思っているのです。
(亀井) R&Bさんの場合は、新しく開業されたらすべて。
(野澤) 全部取っています。
(亀井) これはちょっと、他の追随を許さない。
5.環境経営とコスト
(亀井) 私の関心というか観点として、これまで何か新しいことにどんどん取り組んでこられて、新しいことをするということは、常に不確実性にチャレンジすることであるし、やはりリスクを取るということです。そのときに、トップとしてどのように判断なさってこられたのか。もちろん、野澤様のいろいろな考え方に基づいて、いろいろと判断してこられたと思いますけれども、新しいことをするときに、どのようにリスクを取られるのかというお話を聞かせていただけますか。
例えば3年前は、環境問題について何かをやるというときに、「結局、これは哲学じゃないんだ。金もうけでやっているんだ」という面白いお話をしていただきました。環境にいいからといってコストがばかみたいに高くなったら、それは採用しないと。少なくともイーブンでないと、取らないというお話をしていただきました。
(野澤) それはもう、全く同じなんです。何をもってリスクというか。私は環境問題をやるときに、一つの言葉でよく言いましたけれども、これから世の中の環境がどんどん汚染されていく。エネルギー多消費型とか、環境を汚染する行為がこのままどんどん促進されたら、世の中は限りなく汚れていくだろう。でも、この汚染する行為が、非常にコストの高いものに必ずなるはずだと。人間の知恵として、限りなくどんどん使って、どんどん汚して、そしてこの構図は絶対にどこかで消えていくはずだと。必ず、環境問題という、将来いかに環境を浄化していくかという行為は、ある意味でコストがどんどん安くなることにつながるだろうという思いは、すごくあったのです。
ですから、環境問題をやるときに、それがコストの高いものであるとか、思想であるとか、それからリスクを取ることであるという考え方は、意外と初めからなかったのです。いちばんのベースとして環境をやって、お金を道楽として使うなんていうことが初めから機軸としてなくて、それでいて現在における環境に対応する行為のコストのいちばん安いものをとらえていく。ですから、うちの「必要なものを必要なだけ」とか「地球にできることをひとつずつ」とか、そういう一つの考え方は、ドラスチックに、いきなりリスクを取るというようなものではなかったような気がしてならないのです。
それから、都市ホテルの豪華さがどんどんエスカレートして、すべて大理石を使い、うんと電気を使い、電球の質を何してかにして、豪華絢爛というものに対して、うちのR&Bの対峙したものの考え方自体が、もう極めて環境的なものですから、そこのところでリスクを取ったという思いがないのかな。
実は、4年前に名古屋に中部マーケティング協会があるのですけれども、そこにパネラーとして招かれました。そのときに同席したのが、トヨタ自動車となどのイメージの高い会社の方々だったのです。ご一緒したお相手の方々は、やはり環境というものに取り組む場合は、それ相応のコストが必要だと。だから、応分の負担をお客様に強いるか、自分のところの我慢みたいなものがどうしても必要になってくるという主張が・・・。例えばトヨタのプリウスにしても、大体、車格としてはカローラと一緒ではないかと。ところが、カローラと一緒の車格でありながら、コストとしては100万円近いものが、どうしても上乗せされてしまう。そのご理解を得なければ、そういう環境問題が解決された自動車には、乗れないということになるのは仕方がない。だからといって、トヨタがそれでたくさんもうけているかというと、たくさんもうけてはいない。そういうことで、どうしても高くならざるをえない。
化粧品会社の方は、やはりお客様は中身を買うのであって、瓶ではないのだと言いながら、瓶に対する夢みたいなものを作ることが、日本において化粧品の有力なコンセプトであるから、瓶に対するコストはどうしてもしかたがないと。しかし、その瓶を回収して、もう一回使えばいいじゃないかと言われたところで、その回収のコストはまた膨大に上がるために、これもまたできないということをおっしゃっていました。結局、環境というものに対しては、お金のかかるものであるということが常識論として流れていたわけです。
ところが、ホテルの業態を変えるということになると、一気に非常に高コストから低コストのもので、しかも、そのこと自体が環境に極めて適応して、お客様にもご負担のかからないものになるというコンセプトだという話で、ある意味ではかみ合わない、全然違った主張をしたわけです。そういう意味で、環境に手を出したときに、私はそれがコストであり、リスクであるという考え方はなかったのです。
それから、こういうまるっきり新しい業態が、日本で果たして定着するかどうかということに関しても、随分前から、こういうものがあって当然じゃないかみたいなものも、一方において私はあったのです。いろいろなアンケートの中で、10年ぐらい前に「何で必要なものが、必要だけのホテルってないの?」という落書きみたいなものを見たときに、ものすごく「全くそのとおりだな」と感じたことがあるのです。それは、こういうR&Bを作ろうなんていうことを考える、だいぶ前の話で、ワシントンホテルをあちこちに作っている時期に、そんなものを読んだ記憶があります。それから、やはり外国ではすでに相当な勢いでやっていたということで、これも絶対に必要だと。
(亀井) フランスのアコー・グループのホテルを視察に行かれた。
(野澤) そうなのです。
(亀井) あれは廉価ホテルのフォーミュラ・ワンを見られたのですかね。
(野澤) そうです。フォーミュラ・ワンとか、イビスとか、そういったところに泊まって見たときも、私はショックを感じて、当然これはやるべきだと。
(亀井) フランス視察などが、一気にR&B計画を具体化されるというきっかけになったわけですね。
(野澤) そうですね。でも、それをやったところで、「野澤さん、そんなこと言ったって、今世の中はどんどん高いホテルができて、高く売れて泊まっているのに、何でこんなときに、そんな安いホテル、安いホテルって言っているんだ」って、さんざん言われました。だから、東日本橋のオーナーにしてみれば、変わり者だなという考え方でしょうね。でも、私は何べんも何べんも、そうじゃないんだということで、「小売業でもデパートとコンビニと両方があるじゃないですか。あれとまるっきり一緒なんだから、必ずなくちゃだめなんだ」ということをさんざん言って、それで理解していただいたのです。それがいちばん大変でしたね。なかなか普通の人には分かってもらえないですから。そんなものは、はなから考え方がおかしいと。
(亀井) そういうちょっとした無理解なんかに直面すると、やはりご自身が持たれているコンセプトを、しっかり何度も何度も、理解してもらうまで説明するのですか。
(野澤) もう、それ以外にはありませんでした。あとは、二つめは、それを見た人がなるほどと思ったり。みんなオーナーと会って、私はこういうおしゃべりだから、一生懸命そういうことを話しますから、そのあとに、いわゆるこのベンチマーキング的なスタンダードを、ホテルのスタンダードとして作っておけば、このスタンダードごと、ポンとまた外国のホテルは買ってくれますよと。もし、これがバラバラだったら、外国のホテル業者はどうやって買っていいか分からない。
6.ホテルマネジメント
(亀井) 3年前も、野澤様が、日本のホテル産業は未熟だおっしゃっていた点ですね。
(野澤) スポンスポンと売り買いされていくのが本来的なのです。外国のファンド今すごい勢いでホテルを買っているのです。うちの新大阪のワシントンホテルプラザは、もうモルガン・スタンレーがもう買ってしまいましたよ、
(亀井) そうなのですか。それは、新大阪のワシントンホテルプラザを。
(野澤) いわゆるビルをボンと。
(亀井) なるほど。でも、オペレーションはもちろん。
(野澤) ホテルのオペレーションは私たちがやっています。R&Bの中で、今まででもう二つ、オーナーが替わりました。
(亀井) 外資・・・。
(野澤) 大阪の曽根崎は外資ではありません。日本のどういうかたか、相当なキャッシュフローのあるかたが大阪を買いました、それから、神戸を買ったかたも。だから、作ったものがパッと売られていく。そうすると、まさに日本人が考えている「ホテルは不動産だ」なんていうものでは、もうなくなったのです。動産なのです。
(亀井) 逆に、決してオペレーションに徹するのではなくて、所有して、かつオペレーションもしているホテルとなると、そういう部分が機動的でないので、苦しくなるということなのでしょうか。
(野澤) これからは、恐らくなると思います。でも、こんなにいい不動産がどんどん下がっていけば、お持ちのかたは、結果としては、いわゆる減損会計の分野に置かれるわけですね。そういう意味で、自分が所有してオペレーションしていることは、一生懸命稼いでいるのか、損しているのか、分からなくなるのです。キャピタルでは、キャピタルロスが行われて、インカムでゲインしていっても、このキャピタルロスを、インカムのゲインで埋められるかというと、埋められないようなビジネスが、どんどんつながっていくのではないですか。
(亀井) R&Bについても、もちろんオペレーション会社に徹するという形でチェーン展開なさっていますね。そういうやり方をしているホテルは、ほかにも多いのでしょうか。
(野澤) それは多いです。うちは40年近い歴史ですから、うちがやっているのは随分早いです。せいぜい、あとやり始めたというのは、それから20年ぐらいたってから、そろそろそういうことが始まっているのではないですか。外国のホテルは、どちらかというとオペレーションといっても、マネジメント・コントラクト(MC)という状態でやりますから、自分たちはリスクテイクしていませんので、名前だけを貸して、それでマネジメント・フィーを初めから幾らかもらって、それで自分は安全の中で、それがランニングで損するか得するかは関係ないという問題ですから。
だから、これからますます、我々のオペレーションとしての物の考え方をしっかりして、先ほど申し上げたようなR&Bのブランドが、どういうストーリーと、どういうコンセプトと、どういうPI(フィロソフィ・アイデンティティ)を持っているか。「だからこうなんだよ」という考え方のストーリーを持ったブランドが、オペレーターとして非常に重要になっていくのではないかとは思います。
7.現状で直面する問題点
(亀井) かりに、今直面しているような大きな問題点は。
(野澤) 今のは、圧倒的に不動産投資が消極的になってきたことです。
(亀井) なるほど。
(野澤) 極端に言うと、いかに銀行の資本を充実させるか。そのためには、今の銀行は全部、貸しているやつを引き離すという行為の連続です。ですから、新しいビジネス、将来性があるビジネスに、お金を投資しようとすることすら、もうしないのです。それが、例えばうちが独特で、自分のところで買ってやるという形になると、やる人がいるかも分かりませんけれども、ほかのオーナーは、それぞれ別に特別なブランドがあるわけでも何でもないかたですが、今度はR&Bに貸すから貸してくれと。そして、うちに貸したいというときに、投資をしてくださらない。オーナーになりたいかたのところへは、銀行がなかなかお金を貸してくださらない。だから、それがいちばんですね。かといって、自分のところで土地・建物を持ちながら、売り買いすることはできませんし。ほかのかたたちは、そういう遊休の土地を持っていても、銀行からお金を借りて、それでそれを建てるというものにはなかなかなっていかないし。ということで、随分減速されてしまう。
(亀井) 今後の展望といいますか、先ほどブランド力をつけるとおっしゃいましたが、何か今後、こういう方向に進んでいくべく、持っていきたいということはございますか。
(野澤) 一つの影も形もない中で、偉そうなことを言ってはいけないのだけれども、たくさん日本へ来ているファンドは、不動産投資信託で稼いで、35〜36歳で30億、40億というお金を彼らは持っています。それは投資信託として。これをどうやって高回転させるかということを、彼らは考えているわけですから、いわゆる日本でだめなホテルというのは、そういう人が買っているわけです。それをどうやって、きちんとオペレーションするか。しっかりとしたオペレーターは、まだまだそういう意味では日本にはいないのです。その辺に、やれるチャンスがあるのではないかと思います。
(亀井) なるほど。
(野澤) みんなが好き勝手に造ったホテルが、日本にはあるのです。それで、みんな傷んでいるのです。当然、今までは土地を持っていれば、土地の値段が上がったと思う、そのことがゆえでホテルを建てているのですから。「今に土地は上がるんだよ。だから、そんなものは少々を損したって、最後に売るときには別にどうっていうことはないよ」というような。だいぶ変わってきましたけれども。もうそうではない、年々下がっていくということになってしまったわけですから。そのころ建てた人というのは、何年か前に建てた人は、どうせ土地なんていうのは、土地があれば別に大丈夫だよという形で建てた人がいて、オペレーションなどには何の考えもなかった人が、ホテルを持っているわけです。それがダーッと下がったら、「それじゃ、お金にしてあげるよ」というのが来て、ポンと買われてしまうということがあって、すごくたたかれて売られていくわけです。買ったほうは、今度はまた売るのです。
彼らの追いかけるのは、いわゆるインカムではなくて、キャピタルの移動によって買ったもので、いろいろな品物を買ったのと一緒なんです。たまたま値打ちだから、この茶わんを買っておこうというのとまるっきり一緒で、「高く買うやつがいないかな」と言って、高く買うやつが「はい、はい」と手を挙げると、「それじゃ、あと3億乗っけて幾ら」と売って、それが自分たちが持った原資の利回りとして考えるわけです。だから、恐らく次々に売られていくわけです。しかし、いちばん元は、やはりしっかりしたオペレーターがいないことには困るんです。
(亀井) そこに、将来的にノウハウの蓄積をされたところが、何か参入できないかと。
(野澤) 何か役に立てることができるのではないかと。
まさに、私どもの環境思想というのは、やはり建物のロングライフがいちばんの環境思想です。造って壊すというのは、これはいちばん環境を汚染しているわけですから。我々の使命が環境であるならば、建物を壊すという行為が始まる前にどうやって救うかということが、ある意味の、環境実践ホテルとしての本来の姿だと思うのです。だから、今やっているホテルを、どうやってロングライフにするのか。それから、ちまたで捨てられそうになっている建物も、どうやってロングライフに生き返らせるのかということが、我々の大きな意味での仕事だと思うのです。そういう意味でも、非常に意義のある、意味のある仕事になるのではないかと思うのです。
そちらのほうは、むしろ、どうやって環境思想に基づいた・・・。そうすると、今度は改装とか何とかというとき、やはりうちの環境に対する物の考え方を入れて、それをどうやって・・・。コンクリートと窓枠であるなら、そのまま存在することは環境を汚染しているわけではありません。あとは中をどうやってコストがかからないようにするかということに入れ替えることによって、環境思想に基づいて、なおかつ建物を壊さないでロングライフを我々がつかさどるという、オペレーターとしての役割が出てくるのではないかと思うのです。それが、できるか、できないかは難しいです。ということは、皆さんが勝手に造っているから。
(亀井) また、そういう形でビジネスとしてやっていこうということで手を挙げているところもないし、まだまだ・・・。
(野澤) そうね。一時期だけでも、この買った人が売るまでの間、ちょっとやってくれというから、「何か少し商売になるからやるよ」なんていう人は、恐らくいるかも分かりませんね。しかし、本当のオペレーターと、本当の思想をきっちりと持って、何がゆえにということを、やろうとしている人はいないと思いますし、ないと思います。それから、バックグラウンドとして、私どもはすでに三十数年のオペレーターとしての地位がありますし、ワシントンというブランドも背景にあるわけです。ですから、そういうものがもっとしっかりと、捨て去られる建物をどうやってきっちりとオペレーションしていくかということは、考えただけでもすごく意味のあることではないかとは思うのです。それは、みんな欲と欲の突っ張り合いの中でやっているわけですから、さっさとできる問題ではないかも分かりませんが。
もう一つは、思想的には、今のハートビル法などの状況がありますね。どうやってあまねく身障者を受け入れられる施設にするか、なんていうものがあります。日本の場合、今のところは、やはりまずは身障者がいちばん先に出て、バリアフリーが象徴的に出ていますが、将来的にはもっとユニバーサルデザイン的な、単に身障者ではなくて、視聴障害者などに対して一体どういうことができるか。そういう方向もホテルとして、今後、環境の次に、もう一つそういうものも、入れていかなくてはいけないのではないかという思いがあります。
すでに熊本のいちばん新しいR&Bでは、そういうものをご紹介してやっているのです。知覚障害者、聴覚障害者、身体障害者といったかたたち、要するにユニバーサルデザインですね。力の強い人と弱い人が同じようにできるとか、あるいはご婦人がたが使いやすいホテルづくりとか、そちらの方向性を模索しなければいけないのではないかという思いもあったのです。
今のあれを見ると、先生はご存じだろうけれども、例えば廊下が1m60cmとか、建築基準法で決まっているのです。その廊下に手すりを設ける。そうすると、この手すりが、ここから持つところだと、15cmぐらいで、こちらも15pとすると、30pになります。この15cm、15cmをカットして、1m60pの廊下が、30cmずつカットしたので1m30cmしかないから、これは認められないというのが今の法律なのです。だから、環境問題から、既存の建物を生かしてバリアフリーとか身障者用といっても、今は法律的にできないのです。つけてはいけないのです。そんなことが日常茶飯に行われているのです。
国は、その法律を作っている人は何と言うかというと、「それじゃ、この30cmが出っ張るから、広げると容積が足りなくなっちゃうだろう」と。容積率というのはご存じですね。その容積率が足りなくなって、要するに建物が建てられない。そうしたら、「その容積率をあなたのところにあげます」と。だから、容積率を5%なり10%なり余計にあげるから、こういうものを造って、なおかつ1m60cmをクリアしなさいという言い方になるのです。我々サイドは一体どうなるのかというと、それだけコストのかかるものを建てなければいけないのです。15cm、15cmで30cmです。30cmが30mあったら、どれだけになりますか。それが坪当たり70万、80万と取られていたら、みんなコストが高くなります。
そうすると、そのコストはどなたに請求するかといったら、当然お客様に請求するわけです。それでいてバリアフリーにしろなんて言ったって、バリアフリーにしたって、高コストでお金をたくさん取られたら、最後にそういうかたたちは、どちらかといえば、強いか弱いかといったら、やはり弱い人ですから、その弱い人からお金を召し上げろということになりまして、ものすごく論理矛盾なのです。そういうことが全然分かっていないのです。簡単に、容積率をあげますと。だから、大きくして、廊下を30cm広げて手すりをつければバリアフリーになるじゃないですかと。そのお金はどうするのですか。そんなことは知ったことじゃないですね。うちはどうするかというと、お金をお客様から頂く。弱者から金を取り上げろという論理は、今いろいろな人がやっていることでしょう。あんな施設の何とかなんて。国土交通住宅何とかなんて偉そうなところが、そうやって弱者いじめのバリアフリーを促進しようとしているのです。どうして、そんなことが分からないのかね。ちょっとぐずぐず文句を言うやつに話を聞けば、すぐに分かりますよ。外国なんか、もっと狭い廊下で、でっかい人間が歩いていますものね。日本だけが1m60cmで、小さいのがチョロチョロ歩いている。
(亀井) 廊下の幅のお話は3年前に伺いましたけれども、バリアフリーとの絡みでは、また新しい観点ですね。
(野澤) だから、結果的に、そういう人たちは経済に対して理解がないのです。お国のお金を使って、お国のお金をもらって生きているわけですから、自分たちで稼いでどうするなんていう考え方がないのです。だから簡単に「そんなものは容積を上げれば、できるじゃないですか」と。「上がった容積のコストはどうするんですか。ただでフワッと増えるわけじゃないですよ」と言われれば、すぐに分かると思いますけれども。
しかし、ホテルサイドも、ホテルをビジネスとして本当にとらえていたかどうかという歴史から考えると、日本の歴史は、やはり極めて利益のためのものとして、ホテルというものはなかなか生まれてこなかったのです。いちばん初めに、ホテルがたくさん出始めたのはオリンピックです。オリンピックというのは、国家施策です。今、中国もそうですけれども。あの国家施策の中で、全然、生活レベルの違う外国人を日本の中に泊めるためには、そのときには全然、合わないような高コストの建物を建てて、来客を誘致せざるをえなかったわけです。投下資本をどうやって回収するかという論理が、日本のホテル業界の黎明にはなかったのです。
普通のビジネスというのは、投下したら、投下資本をどうやって回収するかということが、どこでも全部行われているわけです。ところが、日本のホテルの黎明期をあえてオリンピックとするならば、資本回収をどうやってするかという論理はなくて、国家施策のために、とにかく外人に間に合うようなホテルを造れということですね。中国は、外貨を引っ張り込んできて、それで最後はただで置いていけというような種類の、あれはうまい政策をやっていますね。日本はそうではなくて、日本の中でやったわけです。
その中で働く人間は、みんなビジネスマンではないですね。あなたがたが幾ら頑張ったって、こんなに高いものを造って、一時期に外人をチョロチョロと泊めて、いなくなったあと、日本人を泊めて資金回収ができるかというと、そんなことは到底できないのです。だから、日本のホテルマンに要求したことは何かといったら、身繕いがきっちりとしていて、お客様ににこやかにして、お料理のことをよく知っていて、お酒のことも知っていて、どうやってサービスをして、物腰の柔らかい。そんなことはばかり言っていたでしょう。ほかのビジネスは、みんな資金回収ばかりです。どうやって売っていくのか。売って、頑張ってお金を取ってこなければ、我々は生きていけないのだと。みんなそうやって教育されているのに、日本のホテルマンだけは、物腰が柔らかくて、にこにこして、もうかっているか、もうかっていないか分からないような料理を出して、泊めて、それでずっと流れてしまったのです。
そしてしばらくしたら、今度は地域開発のために、またホテルを建てるのです。そこのところに、もう損益の論理が極めて少なくなって、日本のホテルマンはすごく弱くなってしまったのです。外人のホテルマンは絶対にそうではありません。初めから、どうやってこれだけのホテルをやったら、どれだけ資金を回収するかと、みんな考えながら、ビジネスマンです。だから日本は、お客様が「何が欲しい」と言うと、「かしこまりました」と何でもくっつけた。歯ブラシ、かみそり、はい、分かりましたと。それではイブ・サンローランの名前が入ったものをやりましょう。石けんは、15gじゃなくて30gのものを出しましょうと。どうやって資金回収するのか、コストをどうやって回収するのか考えているのかと言われたときに、日本のホテルは、それは今すぐにはできないけれども、たくさんお客様が泊まっているうちに、どうやって取るかとか。そんなばかなビジネスは、世の中にないです。だから、何でもかんでもみんなくっついている。
「日経」の130円を、恐らく130円で売っているのではないですか。本当は130円を部屋に届けたら、250円でお客様から頂かなくてはならないのです。人間を介在して、今持ってこいと言われたら、そのコストはどうするのか。「はい、はい」と言ってみんな持っていきます。ですから、みんな日本のホテルはマネジメントで倒れてしまう。これは全部、本題とだいぶ違いますね。
(亀井) 大丈夫です。
(下平) この辺りで休憩を。
(野澤) まだまだしゃべりますから!
(スペースがあいたら写真を入れる)
ミニケース3 R&Bの戦略と戦術
(同社パンフレット
「R&Bの戦略と戦術」の部分をそのまま複写掲載)
コラムB 経営戦略型リスクマネジメントと環境経営
(同社広報誌 Smile2001 1 No.242 19−20ページをそのまま複写掲載)