第一部 理論研究
経営戦略型リスクマネジメントとInformationモデル
第一章 リスクマネジメントの基礎的概念
1.伝統的なリスクの概念
リスク(risk)は,@ペリル・事故(peril),A事故発生の不確実性(uncertainty),B事故発生の可能性(possibility),Cハザード・危険事情(hazard)の結合,D予想と結果との差異,E不測事態(contingency),F偶発事故(accident),Gクライシス・危機(crisis),H危険状態(danger),I脅威(threat),J困苦(pinch)などの意味に使用される。
安全管理や保険管理などの中心とする伝統的なリスクマネジメント論においては,リスクは「事故発生の可能性」と理解され,特に次の4つの概念の総てを包含する。すなわち,@ハザード(hazard):事故発生に影響する環境・条件・事情,Aリスク(risk):事故発生の可能性,Bペリル(peril):事故それ自体,そしてCクライシス(危機):事故の可能性の接近・事故の結果の持続である。
自動車の運行を例にリスクの概念をまとめると次のようになる。
ハザード(事故発生に影響する事情):路面の凍結,視界不良
リスク(事故発生の可能性):スリップの可能性,激突の可能性
ペリル(事故):スリップ,激突
→ロス(損失):自動車の破損,身体的傷害
図1−1: 伝統的なリスクの概念とロス(損失)との関係
ハザード(事故の可能性に影響する条件)
↓
↓ ← リスク(事故の可能性)
↓
ペリル(事故)
↓
ロス (損失)
2.伝統的分類:純粋リスクと投機的リスク@
組織を取り巻くリスクはさまざまな角度から分類されるが,伝統的なリスクマネジメント理論における,最も基本的な分類が,純粋リスク(pure risk)と投機的リスク(speculative risk) による二分法である。
純粋リスクとは,自然災害や偶発的事故など,それが現実化した場合に,「損失のみが発生するリスク(loss only risk)」である。一方,投機的リスクとは,企業活動や経営環境の変動など,それによって,「損失または利益のいずれかが発生するリスク(loss or gain risk)」である。
表1−1にまとめた両者の特徴に見るように,「リスクマネジメント=保険管理,安全管理」とする従来の限定的な発想に適合するのが純粋リスクである。一方,投機的リスクとは,戦略的意思決定に伴うビジネスリスクである。これは,保険管理や安全管理に限定しない「リスクマネジメント=保険可能リスクから経営戦略上のリスクまで企業活動に伴うあらゆるリスクのマネジメント」とする発想に適合する。
「リスクをとる」とか「リスクテーキング」(リスク負担を伴う戦略的意思決定)と言う場合のリスクが投機的リスクである。現代的リスクマネジメントにおいては,純粋リスクと投機的リスクの双方を対象とする。
表1−1 伝統的分類:純粋リスクと投機的リスク
純粋リスク |
投機的リスク |
・偶発的事象・事故に伴うリスク。 ・損失のみを発生する。 ・企業によって,受容されたリスクではない。 ・純粋リスクによる損失は限定不可能である。 ・時間に関わりなく,また前兆なく発生する。 ・当事者の意思とは関係なく発生する偶発的事象であり,保険化が可能。保険可能リスク(insurable risk)。 ・防災など自然科学的対策により減少することが可能。 ・具体例:自然災害,事故,賠償責任など。 |
・「リスクをとる」「リスクテーキング」(リスク負担を伴う戦略的意思決定)と言う場合のリスク ・企業経営者の意思決定・行動に伴うリスク。 ・損失を発生することもあれば,利益を発生することもある。 ・企業の意思決定に基づく,受容されたリスクである。 ・投機的リスクは限定可能である。例えば,開発費,広告費などの予算を限定することによって新製品開発が失敗した場合の損失を限定することが可能である。 ・経営戦略の実施,経営環境の変化などの後,時間の経過を経て,何らかの予兆を伴って発生する。 ・保険化困難。 ・企業の意思決定に伴うリスクであるゆえに,自然科学的対策が困難。 ・具体例:事業機会の選択,投資の決定,組織変革(リストラ,M&A),海外進出,新製品開発など。 |
(Marmuse et Montaigne, Management du risque, Vuibert, 1989,pp.46-50に基づいて作成)
3.伝統的分類:純粋リスクと投機的リスクA
マルミューズとモンテーニュの研究では,「意思決定者の意図がリスクの源泉であるか否か」が,純粋リスクと投機的リスクとを分類する基準として,強調されている。すなわち,投機的リスクは,利潤の追求と規模の拡大といった目的を達成しようとする企業経営者の意図・行動の結果もたらされるもので,それに影響を及ぼす要因として,税制や法制などの政策決定,技術的イノヴェーション,市場動向,財務要因,キーマンなど人的要因,合併・買収などによる構造変革といったものが考えられる。投機的リスクの特長は,企業経営者の行動に起因することであり,経営計画実行時の合理的な選択の結果もたらされる点にある。
リスクに直面しての意思決定,すなわちリスクテーキングは,リスクの積極的な保有からリスクの回避(行動の中止)まで,企業によって異なりうる。一般的に,投機的リスクは,その影響を測定することが可能である。企業は,投機的リスクによってもたらされるゲイン(利得)ならびにその逆のロス(損失)を事前に算出することが可能である。さらに,投機的リスクは,経営管理,財務管理,監査,マーケティング管理,法務管理などの採用により制御が可能である。こうした「ゲインの可能性」「行動に伴うリスク」という投機的リスクの一般的傾向をふまえ, ヘイラーは図1−2のようにリスクの構造をまとめている。(注1)
図1−2:リスクの構造
リスク
↓
期待が充足されない可能性:混乱の可能性
↓
いいえ ←利得が可能か?→ はい
「純粋リスク」 「投機的リスク」
心理的次元
↓
いいえ←行動の結果に直接関係しているか?→はい
付随的な条件を脅かす 行動の結果を脅かす
↓ ↓
条件のリスク 行動のリスク
4.投機的リスクと純粋リスクの相互関連性
純粋リスクならびに投機的リスクは,図2−3 に示されるように,企業の活動のみならず,企業を取り巻く環境によってももたらされる。前世紀初頭ならびに第二次世界大戦前後の経営環境においては,投機的リスクと純粋リスクは明確に区別することが可能であり,投機的リスクは「経営」そのものに関与し,一方,純粋リスクは不幸な偶発的事象として把握されていた。
しかし,マルミューズとモンテーニュが主張しているように,ますます複雑化する産業社会の影響ならびに特徴の一つとして,純粋リスクとビジネスリスク(投機的リスク)が密接に絡み合うようになってきている。経営環境の複雑化,その変化の速度上昇によって,経営外部的な純粋リスクと経営者の意思決定に伴う経営内部的な投機的リスクとを分離するのは困難である。相互に依存し関連し合っているこの2つのタイプのリスク双方が企業経営におけるリスクマネジメントの対象になる。(注2) マルミューズとモンテーニュの研究に見るこうした考え方が,現代的リスクマネジメントの特徴となっている。
図1−3:リスクとその発生源
取引先(供給業者) 顧客 政治 競合企業
企業:企業活動に固有のリスクの源泉
「物理的」環境 生産:「製品」関連リスク 法制の変化
(Marmuse et Montaigne, Management du risque, Vuibert, 1989,p.51)
5.現代的リスクマネジメントにおけるリスクの概念
日本におけるリスクマネジメント研究のパイオニアである亀井利明名誉教授は,世界にさきがけて,既に1970年代から,「ビジネス・リスクマネジメントの対象は,純粋リスクだけではなく,投機的リスクを含む全リスクである。したがって,リスクマネジメントは保険管理(安全管理)型にとどまるべきではない。リスク負担を伴いながら,ゲインを志向する戦略的意思決定の問題や,経営者のリスク感性の問題を考慮に入れて,経営管理型,経営戦略型リスクマネジメントの展開がはかられねばならない」という旨の主張をしていた。(注3)同名誉教授が1978年に創設した日本リスクマネジメント学会においては,創設当初から,投機的リスク(loss or gain risk)を含む全ビジネス・リスクを対象とする経営管理型ないしは経営戦略型リスクマネジメントの考え方が,ごく普通に議論されていた。しかし,一般においては,こうしたリスクマネジメントの考え方に対する理解度は非常に低く,リスクマネジメントと言えば,純粋リスクに限定した安全管理型・保険管理型のものを考えるのが通常となっていた。したがって,1989年にフランスのマルミューズとモンテーニュが発表した投機的リスクの処理論は例外的であったと言える。
さて,パイオニアによる問題提起・先発的理論から実に20年以上遅れて,1990年代後半頃から,我が国においても,純粋リスクに限定しない,投機的リスクを含む総てのリスクを対象にしたリスクマネジメントの考え方に基づく研究が見られるようになった。パイオニアによる先発的理論に対して,1990年代後半以降に登場してきた後発的理論は,「統合型リスクマネジメント」「リスクマネジメント・システム」「エンタープライズ・リスクマネジメント」「事業リスクマネジメント」「トータル・リスクマネジメント」「コーポレートガバナンスとリスクマネジメント」「リスクマネジメントと内部統制」「企業価値向上とリスクマネジメント」などの名称・概念で展開されてきている。これらは,経営環境の激変,企業不祥事件の悪質化,不正会計の増加,大型企業倒産の多発化,経営者責任の追求,自然災害の多発などを背景に高まったリスクマネジメントに対する社会的要請に応えて発表されてきたものである。これらを総称して現代的リスクマネジメントと呼ぶ。
現代的リスクマネジメントとリスクの概念の特徴は,リスクマネジメントに関する世界初の国際的規格であるオーストラリアとニュージーランドの規格AS/NZS 4360:1995(
改訂版1999)に端的に表現されている。(注4)
「リスクマネジメントとは,活動,機能又はプロセスに伴うリスクを,組織にとって損失が最小限でかつ好機が最大限となるように,論理的,系統的に状況の確定,特定,分析,評価,処理,監視及びコミュニケーションする方法を指す用語である。リスクマネジメントとは,損失を回避,低減することと同様好機を特定することでもある。」
(Standards
Australia and Standards New Zealand, AS /NZS 4360 :1999 Risk Management ,英和対訳版,日本規格協会,2000年, p.1より)
筆者が下線を付した部分は,原文ではRisk management is as much about identifying opportunities as
avoiding or mitigating losses.となっているが,これを見ても,リスクマネジメントの規範が,純粋リスク(loss only risk)のみならず投機的リスク(loss or gain
risk)をも対象とするものへと移行してきたことが明らかである。
日本リスクマネジメント学会に創立期より所属する研究者として先発型の理論を把握した上で,(注5)近年独自の「企業価値創造型リスクマネジメント」理論を提起している上田和勇教授は,現代的リスクマネジメントにおけるリスクとリスクマネジメントの特徴を次のように説明している。(注6)
・現代的なビジネスリスクの捉え方は、ロスの発生に関する不確実性とリスクの中に内包されるチャンスの発生可能性に関する不確実性である。
・企業価値の変動に関する不確実性をリスクと捉える。
・企業価値の最適化(ロスの最小化と同時にチャンス,すなわち企業価値増大の可能性を最大化すること)を継続的に追求していくことが、企業目標および企業の利害関係者の共通目標といえる。
・ロスの最小化とチャンスの最大化の概念をリスクの最適化という。
・企業価値へのマイナス影響を最小化し、プラスの影響を最大化することに貢献するリスクマネジメントが企業価値向上をめざすリスクマネジメント,すなわち企業価値創造型リスクマネジメントである。
上田教授はこうした現代的リスクマネジメントの概念に基づいて,伝統的な安全管理型・保険管理型のビジネスリスクマネジメント(伝統的BRM)と現代的な経営管理型または経営戦略型のビジネスリスクマネジメント(現代的BRM)を図1−4のように比較している。本書のテーマである経営戦略型リスクマネジメントと意思決定(リスクテーキング)を考察する場合は,言うまでもなく図1−4に図示されている現代的ビジネスリスクマネジメントのフレームワークの方があてはまる。このフレームワークは,筆者が第3章および第5章で提起している「失敗要因を除去して,結果として成功要因を積み重ねる=ゲインへのチャージ」という考え方と,理念を共有していると考える。
図1−4 伝統的ビジネス・リスクマネジメントと現代的ビジネス・リスクマネジメント
リスク=損失の可能性 RMの目的=損失の最小化 (狭義)リスクがもたらすマイナスの側面に注目 RM手段 ロスの回避,軽減=リスク・コントロール ロスの移転,保有=リスク・ファイナンス
(上田和勇『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年,35頁より)
6.伝統的なリスクマネジメントのプロセス
リスクマネジメントは,伝統的に,次の3つの段階から構成されるシステムとして捉えられる。
@ リスク・インフォメーション(リスク発見のための情報収集):自らが置かれた経営環境,保有する経営資源,展開する経営戦略などに関する情報を収集し,いかなるリスクが想定されるか,調査・確認する。
A リスク・アセスメント(リスクの確率と影響に関する予測)確認されたリスクが,いかなる確率・頻度で不確実性の段階から現実のものとして発生し,その結果,いかなる影響を及ぼすかを評価・分析する。
B リスク・トリートメント(リスク処理手段の選択に関する意思決定と実行):費用対効果を考慮した上で,リスク処理手段(回避・除去・転嫁・保有)の最適の組み合わせを選択し実行する。(図1−5参照)
リスクマネジメント・サイクルという考え方に基づけば,@からBのリスク処理手段選択までの段階は,リスク処理の「計画」段階に相当する。第一段階の計画に基づいて,第二段階として,リスクマ処理に関する「組織」が整備される。次いで第三段階として,そのリスク処理のための組織において,リスク処理の「指導」が行われる。すなわち,リスク処理に関する命令が下され,組織構成員によってリスク処理手段が実行される。そして,最終の第四段階として,リスク処理の「統制」が行われる。これは,リスク処理手段を実行後の状況を評価し,次のリスク処理の「計画」にフィードバックすることを意味する。この循環する4つの段階が,リスクマネジメント・サイクルと呼ばれる。
図1−5で筆者が示しているリスクマネジメント・システムの3つの段階も,「リスクの調査・確認」→「リスクの評価・分析」→「リスク処理手段の選択・実行」→実行後の状況を評価して,さらに新たな「リスクの調査・分析」→….という風に 循環していくサイクルとして捉えられる。
なお,本書の理論的フレームワークであり第4章で取り上げる「経営戦略型リスクマネジメントのInofrmationモデル」は,図1−5に示す伝統的なリスクマネジメントのシステムの考え方に立脚している。
図1−5 伝統的なリスクマネジメントのシステム
7.伝統的リスクマネジメントにおけるリスク処理手段
リスク処理手段は,リスクコントロールと,リスクファイナンスに大別される。
リスクコントロール(リスク制御)は,リスクが万一発生した場合に被りうる損失を最小にするための予防的手段の採用であり,リスクファイナンス(リスク財務)は,リスクが発生し損害が生じた場合に必要となる資金繰りを事前に計画して準備することである。伝統的なリスクマネジメントの考え方に基づいたリスクコントロールとリスクファイナンスの内容を表1−2に示す。(注7)
表1−2 リスクコントロールとリスクファイナンス
リスクコントロール リスク制御(risk control) |
|
回避 |
リスクの遮断,行動の中止 |
除去 |
リスクの防止(予防,軽減),分散,結合 |
リスクファイナンス リスク財務(risk finance) |
|
転嫁 |
保険の利用 |
保有 |
自家保険,キャプティブ,危険負担 |
7.1.リスクの回避
リスク・コントロールに属するリスク・トリートメントのうち,最も単純なものはリスクの回避である。これは予想されるリスクを遮断するため,そのリスクにかかわる活動自体を行わないということである。たとえば,自動車保有から生じる賠償責任の回避のために自動車の保有を中止するとか,新しい商品の販売や新事業所の開設に伴うリスクを回避するために,このような活動を断念するといった場合である。リスクの回避はリスクを伴う活動からの逃亡であり,便益や利益の放棄であるから,きわめて消極的なリスク・トリートメントである。
7.2.リスクの除去
リスクを積極的に予防し,軽減しようとする手段がリスクの除去である。リスクの除去にはリスクの防止(防災),分散,結合などが含まれる。
リスクの防止は,@リスク(損害)の発生頻度を減少させる予防という手段と,A損害の規模を減少させる軽減という手段に分れる。
リスクの分散は,たとえば工場,倉庫,事務所などを1カ所に集中せず,各地域に分散したり,商品や原材料のストックを分離保管するなどの方法によって,リスクが発生する可能性がある対象を分散させることを意味する。
リスクの結合は,企業が同一のリスクに対しなんらかの協定を結んで,そのリスクを除去しようとすることである。すなわち,価格協定,取引協定,技術協定,生産制限,競争制限などの協定を結び,競争リスクや倒産リスクを排除しようとすることである。
7.3.リスクの転嫁
リスク・ファイナンスに属するリスク・トリートメントとして,転嫁と保有がある。企業はリスクをできるだけ回避し,除去しようとし,回避または除去できないリスクはできるだけ第三者に転嫁しようとし,転嫁できないリスクはやむを得ず保有する。リスクの転嫁は,保険,共済,基金制度,掛繋取引(ヘッジ取引)など,第三者にリスクを転嫁することを意味する。リスクの転嫁の代わりに,リスクの移転という用語も用いられる。
7.4.リスクの保有
リスク・ファイナンスに属するリスク・トリートメントとして,転嫁と保有がある。リスクの保有には,@リスクに対する無知から結果的に保有していたという消極的保有とAリスクを十分確認したうえでこれを保有するという積極的保有(リスクへの挑戦)の2つがある。積極的保有の場合でも,あらかじめ何らかの対策を立てたうえで保有する場合(リスクの準備)と,何も対策を講じず放置する場合とがある。リスクの準備の例として,準備金設定,自家保険,キャプティブがある。
8.リスク処理手段の選択(リスク・トリートメント)の一般的原則
リスク処理手段の選択(リスク・トリートメント)に関する一般的原則は,次のとおりである。
@
選択の基準を明確化しなければならない。意思決定の判断基準(価値前提)は「最小の費用で最大のリスク処理効果を」ということであるが,その場合の選択基準は最適化,満足化のいずれかで,どれを選ぶかを明確にしておかねばならない。
A
最低3つの手段を選び,これを比較考慮し,優先順位をつけることが必要である。
B
効果適合性と費用適合性とを配慮する必要がある。効果適合性を追求しすぎると,リスク処理としては良好でありえても費用がかさんでしまう。双方をある程度満足させるように処理しなければならない。一般にリスクマネジメントにおけるリスク処理の意思決定の基準は費用適合性の観点からと満足化基準を用いることにある。
C
リスクの頻度(Frequency)と強度(Severity)を大小だけで表すと,レッド・リスクないしA型リスク(F大S大),イエロー・リスクないしB型リスク(F小S大),グレイ・リスクないしC型リスク(F大S小),グリーン・リスクないしD型リスク(F小S小)の4種類になる。A型リスクは「回避」,B型リスクは「保険またはそれ以外の転嫁」,C型リスクは「除去や防災」,D型リスクは「保有」が原則である。
D
純粋リスクには「除去」か「転嫁」,投機的リスクには「回避」か「保有」が基本である。
E
1つのリスクに1つの手段のみが適しているとは限らず,こうした場合には複数の手段の組み合わせ(ツール・ミックス)を考慮しなければならない。
F
リスク処理「計画」段階におけるリスク処理手段の選択はリスクマネジメントの核心をなすゆえ,前段階として「リスクの調査・確認」と「リスクの評価・分析」に万全を期さねばならない。
G
リスクの5要因を認識すること。
それは(1)管理の欠如(lack of control):計画力・組織力・指導力・統制能力(リーダーシップ)の不足,(2)情報の欠如(lack of information),(3)時間の欠如(lack of time):時間管理不良・業務多忙・決断遅延,(4)感性の欠除(lack of
sensibility):感受性,才覚,直観,瞬間的意思決定の不足,(5)コミュニケーションの欠如(lack
of communication):意思伝達能力の不足の5要因である。
H
リスクの三様相(リスクは繰り返す,リスクは変化する,リスクは隠れている)に注意し、調査・確認・評価・分析を徹底すること。
I
リスクは回避し,除去し,転嫁し,しかる後に保有する。
J
純粋リスクは可能な限り保有しないが,投機的リスクは利潤の源泉,すなわちビジネス・チャンスであるがゆえ,調査・確認・評価・分析の上,保有する必要がある。(注8)
9.純粋リスクの処理と投機的リスクの処理
純粋リスクは,投機的リスクと対比され,偶発的な出来事で,突発的で予測不可能で,人間の意思とは無関係に発生するものとして把握されてきた。このことから,企業における純粋リスクの処理は,保険や社会保障といった制度に転嫁されてきた。マルミューズとモンテーニュの研究では,偶発的事故に関する分析の結果,不運で総てを説明することはできず,人災的側面(人的リスク)が多くの場合,事故発生の契機になっている点である。同様に,意思決定者による戦略的な判断が,純粋リスクの発生や悪化の原因となりうる点も指摘している。こうした現実を踏まえて,企業経営の中に純粋リスクの管理をしっかりと組み入れ,分析(リスクの確認・評価),コントロール(予防・保護),保有,転嫁の各処理手段を基盤に,積極的かつ合理的な姿勢で取り組む必要性があると論じられている。(注9)
一方,投機的リスクは,経営戦略と密接な関連を持つ。企業は,戦略的意思決定(リスクテーキング)に基づく諸選択によって,脆弱性,すなわちリスクに晒される度合いを増加させる可能性がある。いかなる企業といえども,戦略上の脆弱性を有しており,市場において高シェアを獲得しているような企業も脆弱性と無縁ではない。脆弱性は,競合者との関わり合いから,脆弱な市場におけるポジショニングと脆弱な企業行動とに分別される。
マルミューズとモンテーニュの研究では,純粋リスクに対する処理のアプローチを投機的リスクに対する処理に応用できるのではないかと主張している。投機的リスクは,保険化不可能であるが,純粋リスクの処理と同様の合理的手法をその処理に活用できるというわけである。(注10)純粋リスク処理アプローチの投機的処理への応用については,第3章で検討する。
10.リスクマネジメントの展開
リスクマネジメントを展開するに当たって,その基本となる考え方はマネジメントをいかに理解するかにかかっている。(注11)
マネジメントを@「管理過程ないし管理要素の循環(マネジメント・サイクル)」と見るか,A「意思決定の連続」と見るかによってその展開は異なる。
@「管理過程の循環」と見る場合が経営管理型リスクマネジメント(管理リスクマネジメント)である。
A「意思決定の連続」と見る場合が経営戦略型リスクマネジメントとなる。
前者の経営管理型リスクマネジメントは,リスクマネジメント・サイクル(リスク処理の計画→リスク処理の組織→リスク処理の指導→リスク処理の統制)を形成する。リスクマネジメントの核心を成すのが,リスクマネジメント・サイクルにおけるリスク処理の計画(リスクの調査・確認→リスクの評価・分析→リスク処理手段の選択)の段階である。
一方,後者の経営戦略型リスクマネジメントは,投機的リスクに対する意思決定(情報活動→企画活動→選択活動→再検討活動)を中心とする。
また,リスクマネジメントを「対策の結合」@導入対策,A事前対策,B渦中対策,C事後対策としての展開となる。この場合,リスクマネジメントの中の危機管理の側面が重視されていることになる。(*セオリーA「「リスク」と「マネジメント」の結合」参照)
表1−3 リスクマネジメントの展開のタイプ
マネジメントをどのように把握するか? |
リスクマネジメントのタイプ |
その内容 |
要素の循環 (マネジメント・サイクル) |
経営管理型リスクマネジメント |
リスクマネジメントサイクル (@〜Cの要素の循環) @リスク処理の計画 (リスクの調査・確認→リスクの評価・分析→リスク処理手段の選択)→Aリスク処理の組織 →Bリスク処理の指導 →Cリスク処理の統制 |
意思決定の連続 |
経営戦略型リスクマネジメント |
投機的リスクに対する意思決定 @情報活動(リスク・インフォメーション) →A企画活動(リスク・アセスメント) →B選択活動(リスク・トリートメント) |
対策の結合 |
危機管理型リスクマネジメント |
@導入対策→A事前対策→B渦中対策→C事後対策 |
(注)
(1) Christian Marmuse et Xavier
Montaigne, Management du risque,
Vuibert, 1989, pp.46-p.48. 1989年に発表された,マルミューズとモンテーニュによるこの著作は,その最終章である第8章全体の約40ページが,「投機的リスクの処理」に関する論考に充てられ,経営戦略とリスクマネジメントの関係が論じられている。これは,当時のリスクマネジメント研究においては,過去に類を見ないものであった。本書における第一部・理論研究(第1章〜第4章)は,この著作に負うところが多い。
マルミューズとモンテーニュは,リスクの分類については, M.Haller, “New Dimension of Risk : Consequences for
Management”, Cahiers de Genève, No.7,
1978を,リスクと発生源については,M. Lutique, Les Techniques du risk-management, MBM Risk-Management, 1978を参考にしている。
(2) Marmuse et Montaigne, ibid.,
pp.50-51.
(3)亀井利明『危険と安定の周辺 リスク・マネジメントと経営管理』同朋舎,1978年。
(4) Standards Australia and Standards New Zealand, AS /NZS 4360 :1999
Risk Management (英和対訳版,日本規格協会,2000年) p.1参照。
(5)上田和勇『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年,13-14頁。上田教授は,次のように先発理論をレビューしている。「1984年発刊の文献から2002のそれに至る18年間の中で,RM(リスクマネジメント)の目的について亀井名誉教授は最終的に「Lossを排除しながら,gainを求める攻撃のマネジメントとならざるをえない」と指摘されている。実はこの考えは後でみる現代的RMの中心的概念である「リスク最適化」の概念である。わが国ではつい最近,実務家を中心に現代的RMを指摘する見解がごく一部にみられるが,研究者レベルで,その見解に変化はあるものの,現代的RMの出現を見抜いているのが亀井名誉教授といえる」。
(6)上田和勇「企業価値向上をめざすリスクマネジメント −その考え方と事例−」『企業価値向上・ITとリスクマネジメント』(『危険と管理』第35号)日本リスクマネジメント学会,2004年,12頁。
(7)リスク処理手段に関しては,亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版−』同文舘,第3章「リスク処理手段」に基づいている。
(8) Marmuse et Montaigne, Management du
risque, Vuibert, 1989, pp.50-51.
(9) Marmuse et Montaigne, ibid.
(10) リスク処理手段の選択に関する理論的フレームワークについても,前掲書・前掲章に基づいている。
(11)亀井利明『リスクマネジメント総論』同文舘,2004年,79-80頁。
コラム@ リスクマネジメントをめぐる動向
リスクマネジメントの意義が社会的に認知されるに至った今日,国家,企業,地方自治体,家計などの経済主体によって,制度的または個別的なさまざまな取り組みが実現してきた。以下にそうした動きの中から主なものを列挙してみよう。
@リスクマネジメントのパラダイム・シフト
ビジネス・リスクマネジメントの規範が,純粋リスクのみを対象とするものから,投機的リスクを含む全ビジネス・リスクを対象とするものへとシフトした。また,専門的部署において純粋リスクに対応するという発想から,部門横断的な統合的な体制を構築して,ビジネス・リスクに対処するという発想にシフトしている。
A第3の流れとしての「経営管理分野への展開」「経営戦略分野への適用」の定着
従来,リスクマネジメントは,工学的な安全管理の分野と,保険を中心とするファイナンスの分野を二つの源流としていた。今日,第3の流れとして,経営管理分野への展開が定着し,さらに経営戦略分野への適用が進んできている。近年,続々と発表されている現代的なリスクマネジメント研究は,この第3の流れである「マネジメント」分野での展開によるものである。
Cさまざまなマネジメント概念との連動
経営環境の激変,大型倒産や企業不祥事の続発を受けて,「企業価値向上」「コーポレートガバナンス」「企業倫理」「内部統制」「企業の社会的責任(CSR)」「地球環境問題」などの概念と,リスクマネジメントとが連動して考えられるようになった。
Dリスクマネジメントと連動するマネジメント概念の規範
リスクマネジメントとの連動を基盤にして,以下に示すように,さまざまなマネジメント概念の規範が発表されている。
経済産業省『リスク新時代の内部統制 〜リスクマネジメントと一体となって機能する内部統制の指針〜』2003年6月。
OECD『コーポレートガバナンス原則改訂版』2004年4月。(1999年版を改訂)
米国のCOSO(The Committee of Sponsoring Organization of the Treadway
Commission)『エンタープライズ・リスクマネジメントの枠組み』(“Enterprise Risk
Management Framework”)2004年9月。(1992年発表の『内部統制の総合的枠組み』(“Internal Control –Integrated Framework”を改訂)
Eリスクマネジメントの規格化の動き
オーストラリアとニュージーランドによる世界初のリスクマネジメントの規格=AS /NZS
4360 :1999 Risk Management (初版1995年・1999年に改訂)。
日本のリスクマネジメント規格=JIS Q2001 「リスクマネジメントシステム構築のための指針」2001年。
リスクマネジメントの用語に関する国際規格=ISO/IEC Guide 73:2002 “Risk Management -Vocabulary- Guidelines for
use in standards”(「リスクマネジメント −用語− 規格において使用するための指針」)2002年。
ISO/IEC
Guide 73:2002の日本規格協会による日本語訳=TR Q0008:2003,2003年。
現在,リスクマネジメントの国際規格が検討されている。
Fリスクマネジメントの組織化
リスクマネジメントに対する社会的要請の高まりに伴い,以下のように,リスクマネジメントを組織内に具体的に位置付けることが試みられるようになってきた。
(a)全社的な統合型のリスクマネジメント体制の中核を担う組織の設置と責任者の任命
(b)内部統制,コーポレートガバナンス,企業倫理と連動させた組織体制作り
(c)自治体における「危機管理室」の設置,「危機管理監」の任命
(d)金融機関における「統合リスク管理」のコンセプトに基づく組織の設置と責任者の任命
(e)医療機関におけるリスクマネジメント体制構築と「リスクマネジャー」職責の確立
G伝統的理論を踏まえた上で展開されている新しいリスクマネジメント理論書の発表
亀井利明『リスクマネジメント総論』同文舘,2004年。
上田和勇『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年。
吉川吉衛「リスクマネジメント戦略」『ビジネス・エッセンシャルズ@経営』大阪市立大学商学部編,2003年,第4章。
第2章 リスクと意思決定の基礎的概念
1.戦略的意思決定とリスクマネジメント
リスクテーキング(リスク負担活動)とは,リスク処理の戦略的意思決定,すなわち経営戦略上の投機的なリスクをめぐる意思決定を意味する。これは,企業を経営環境に適応させ,企業を成長へと導くための経営外部問題に関係するものである。事業機会の選択,多角化,海外進出,新製品開発など企業の成長や存続に関わる重要事項の意思決定には,大きなリスクが付随する。すなわち,企業は成長のための戦略を遂行する上で,成長の反対面であるリスクをいかに把握(調査・確認)し,いかに評価・分析し,いかなるリスク処理手段を選択してリスクを制御しながらリスクを保有するのかを決定しなければならない。(注1)企業活動は,リスクテーキング(リスク負担活動)であると言え,リスクの全面的な回避は企業経営の放棄を意味する。既存の経営活動や,将来に関する戦略の選択・実施は,必然的に,リスクの保有を伴う。留意すべきは,そのリスクを一部回避した上で保有するのか,一部除去した上で保有するのか,一部転嫁した上で保有するのかという意思決定である。(注2)換言すれば,企業が,投機的リスク(loss or gain risk)をとって経営戦略を実践する場合,全面的にリスクを保有するのではなく,何らかの安全弁を準備した上で,リスクを保有するのが一般的であると考えられる。つまり,リスクを保有するのかどうか,保有するのであれば,どのような安全弁(リスク処理手段)を用意するのかに関する意思決定が最重要事項となる。(注3)リスクを伴う戦略的意思決定を考える上で忘れてはならないのが,意思決定の主体である経営者の資質の問題である。リーダーシップを支えるのが,リスク感性,コミュニケーション能力,さらにはコーディネーション能力であろう。
2.リスク処理の戦略的意思決定の2アプローチ
奥村昭博教授によれば,企業の意思決定には,Right or Wrongの決定とGood or Bad
の決定があり,前者が技術のある部分の決定などに典型的な1+1=2というような合理的決定であるのに対して,後者は,場合によっては1+1=3でもよいような主観的で価値主導的な決定である。(注4)サイモンは,前者を「事実前提」に基づく意思決定,後者を「価値前提」に基づく意思決定としている。(注5)不確実性下においてリスクをとるという戦略的意思決定は,後者の価値前提的意思決定となる傾向にある。(注6)
意思決定の2類型におけるリスク性向について,奥村教授は次の様に述べている。
「事実前提に基づく決定は,サイエンティフィックであり,合理性を追求しているため,できるかぎり数値化してゆこうとします。その結果,リスク・ミニマムを追求することとなります。しかし,真の戦略的決定が,問題としているのは,「賭ける価値があるリスクかどうか」です。もし賭ける価値があると,主観的に判断すれば,それがリスク・マキシマムであろうと決定します。これが「決断」です。」(注7)
ルングらの研究者は,経営計画策定におけるリスク処理の意思決定へのアプローチを「確率的リスク分析技術(probabilistic risk analyse techniques)」と「単純リスク適応手法(simple risk adjustment methods)」の2つに大別している。(注8)前者は,計画に潜在するリスクの分析を通じて定量的データを作成し,それに基づいてリスク処理の意思決定を下すというアプローチであり,後者はリスク処理についての直観的・主観的な意思決定に基づくアプローチである。ルングらにおける前者のアプローチ,すなわち合理的アプローチ(理性に基づくアプローチ)と,後者,すなわち直観的・主観的アプローチ(感性に基づくアプローチ)は,経営戦略論に援用すれば,それぞれ奥村教授の言う分析型経営戦略のアプローチとプロセス型経営戦略のアプローチに対応するものと考えられる。経営戦略の分析型アプローチとは,「問題発見」「策定」「選択」という三つの段階を,合理的かつ論理的に進めていくもので,そこでは個人的な意向,組織内の政治問題,感情的な対立などは考慮されない。(注9)一方,経営戦略におけるプロセス型アプローチとは,精緻な合理性の追求ではなく,個人や組織の特性を生かすことに着目し,創造性を重視することに特徴があり,特にあいまい性・偶発性への対処,戦略の柔軟な遂行,イノベーションの創発といった側面に有効である。(注10)
リスクマネジメント一般および投機的リスク処理に関する戦略的意思決定(リスクテーキング)も,合理的な分析型のアプローチと,直観的なプロセス型のアプローチとに大別することが可能である。
2.直観的・感性的アプローチ
リスク処理の戦略的意思決定の分析的アプローチ(注11)の持つ欠点として,奥村教授の指摘する分析型経営戦略論の限界があてはまる。すなわち,@常に計算された,リスク・ミニマム型のものとなってしまうこと,A分析型アプローチは環境の安定を前提とするが,現実の移り変わりの激しい経営環境の下では,環境分析そのものが無力となりつつあること,B分析型アプローチが拠り所としている確率は,環境の変化が著しい現実の不確実性の下では,信頼性に問題があること,C組織論的な視点を反映できないことである。(注12)
ボストン・コンサルティング・グループのPPM(Product Portfolio Management)分析などに代表されるような分析型経営戦略論のアプローチに代わって,知識創造論に代表される様なプロセス型の経営戦略論のアプローチが注目を浴びるようになったが,リスクマネジメントにおいても,リスク処理の戦略的意思決定に関する合理的な分析型アプローチを補完するものとして,プロセス型の直観的・主観的な決定に基づくアプローチ(感性的アプローチ)を提起しうる。
リスク処理の意思決定の直観的・主観的アプローチにおいて重視されるのが意思決定者のリスク感性である。理性に基づくリスク認識はリスク理論,統計的・会計的資料,チェック・リスト等の結果に基づくものであるが,分析に時間がかかり過ぎて遅きに失する場合があり,かつまた潜在的リスクの発見が困難である。(注13)各種の定量的データには価値があり,合理的分析において重視されるが,過去の事実を表現するものであって,それでは刻一刻と変化する現実の環境を説明したり,不確実な将来の予測を的確にすることは難しい。データ作成時とそれを意思決定に利用しようとする現在との間にギャップが生じてしまう。(注14)ここにリスク感性の必要性と意義が見出される。すなわち,リスク感性とは,このようなギャップを埋め,将来のリスク動向を把握する能力がリスク感性である。したがってリスク感性は,リスクマネジメントを学習し,実務経験が豊富な人のリスクに対する直観という意味に解される。(注15)
「リスク感性を向上させる方法」として,@決断についての学習,A歴史に見られる危機回避の学習,B知的好奇心の保持,C全く異なる分野,異なる性格の人物との交流,D異文化体験等の方法が列挙できる。特に,過去の有能な経営者や歴史上の人物が,危機に際して,いかなる決断を下したか,それによってどのような危機を回避したかを学習することがリスク感性の向上に有益である。(注16)
さて,ラロッシュらは,戦略的意思決定について次のように述べている。
「企業家の役割は,明確に2つに区別される。第一は,警戒・予防(vigilance)であり,情報や利得の機会を発見しようとするもので,リスクテーキング(prise de risque)の要素を含まない。第二が,発見した機会の開発・運用であり,リスクテーキングと経営資源の投資という要素を含む。これら二つは,企業家の思考の中では切っても切り離せないものであるが,企業レベルでは分離可能と考えられる。すなわち,警戒・予防段階は,企業のすべての構成員で保証されるのに対して,リスクテーキングを含む意思決定はトップマネジメントに属するひと握りの人物によってしかなし得ない。」(注17)
ラロッシュらの言う前者を純粋リスクの処理,後者を投機的リスクに関する戦略的意思決定にあてはめて考えれば,純粋リスクの除去(防災的活動など)や転嫁(保険の購入など)は,企業組織の各階層における業務的意思決定および管理的意思決定の対象であり,一方,投機的リスク(および大型の純粋リスク)の回避(海外進出や新製品開発の中止など)や保有(市場参入や新製品開発発売)はトップマネジメントの戦略的意思決定の対象であると把握できる。
純粋リスクを中心とする業務的意思決定や管理的意思決定は理論や過去の資料に基づいた企業組織各階層における合理的な定型的意思決定で十分な場合が多いが,投機的リスクを中心とする戦略的意思決定については,非定型的意思決定となり,意思決定者,すなわちトップマネジメントのリスク感性が投影される。つまり,投機的なリスクテーキングを伴う戦略的意思決定においては,合理的アプローチでは限界があり,それを補完する形で,直観的なアプローチが重要な要素となる。(注18)
戦略的意思決定の直観的アプローチの例示として,奥村教授は,HOYAの新事業分野進出に関するケースの中で,鈴木哲夫社長の次の様な発言を引用している。(注19)「鈴木社長によれば,こうした戦略決定の際には「論理的分析の役割は二割からせいぜい三割程度,残りの七,八割はやはり直観的判断による」としています。しかし,最初の論理的な詰めは大切であり,「容易に決定したものはいい結果がでない」とも言います。」
図2−1 リスクと意思決定(リスクテーキング)の2アプローチ
ロスの可能性← リスク →ゲインの可能性 (不確実性)
意思決定 ゲインを得るべくリスクテーキング(ロスの可能性としてのリスクを負担)
3.事業機会の選択とリスクテーキング
ドラッカーによれば,企業の業務には,@今日の事業の業績をあげること,A潜在的な機会を発見し実現すること,B明日のために新しい事業を開拓することの3種類がある。(注20)ドラッカーは,企業に内在するリスクや弱みが事業機会の存在を教え,両者を問題から機会に転化するときに大きな成果が得られるとしている。具体的には,次の問いかけによって,事業機会は明確になると述べている。
(1) 事業を脆弱なものにし,成果を阻害し,業績を抑えている弱みは何か。
(2) 事業内においてアンバランスになっているものは何か。
(3) 事業に対する脅威になっているものは何か。いかにすればそれは機会として利用できるか。
リスクや弱み,すなわち脆弱性を克服し,事業機会を開拓するためには,新しい能力や知識の分析・開発に基づいた体系的なイノベーションが必要となる。(注21)新規事業の開拓にあたっては,事業機会の類型を踏まえておかなければならない。それはドラッカーによれば表2−1に示す3類型である。
表2−1 事業機会の3類型
付加的機会 |
補完的機会 |
革新的機会 |
既存の資源をさらに活用するための機会。事業の性格は変わらない。 |
現在の事業と結合して,それぞれが別個のものであったときよりも,大きな総和をもたらすような新しい事業の機会。事業の構造を変えてしまう機会。 |
事業の基本的な性格と能力を変える機会。実現のためには技術的,システム的革新を必要とする。 |
(例)製紙メーカーによる印刷業者の市場から事務用コピー用紙市場への進出。 |
(例)製紙メーカーが,紙とプラスチックを使用している包装加工業者を吸収合併して,プラスチック分野へ進出。 |
(例)事務用コピーの技術の将来性を理解し,製品化・実用化に成功したゼロックス。 |
高度の優先順位を与えるべきではない。付加的機会から得られる利益は限定されているので,それに伴うリスクも小さくしなければならない。補完的機会や革新的機会の資源を奪うようなことがあってはならない。 |
大きなリスクを伴う。 むしろリスクがないならば,その機会は幻として退けなければならない。事業全体の富の創出能力を数倍にしてくれるものでなければ,大きな機会とは言えない。 |
多大な労力を必要とする。そのため第一級の資源,特に人材を充てなければならない。多額の研究開発費を必要とする。 リスクは常に大きい。 |
(ドラッカー著・上田訳,1995年,288-290頁に基づいて作成)
事業機会の選択とリスクテーキングに関連して,ドラッカーはリスクを@負うべきリスク,A負えるリスク,B負えないリスク,C負わないことによるリスクの4つに分類している。(注22)
@ 負うべきリスク(the risk one must accept):事業の本質に付随するリスクで,企業がその産業にとどまる限り,負わねばならないリスクである。例えば,新薬開発には,常に薬害を引き起こすリスクがつきまとう。このリスクは他業界の企業にはとても耐えることのできないレベルに発展する可能性を有する。しかし,製薬に携わる製薬会社にとっては,これは負うべきリスクとなる。
A 負えるリスク(the risk one can afford to take):事業機会の追求に失敗して多少 の資金と労力を失うリスクである。
B 負えないリスク(the risk one cannot afford to take)とは,負えるリスクの反対のもので,事業機会の追求に失敗して企業の存続が危ぶまれるとか,倒産するかもしれないというリスクである。
C 負わないリスク(the risk one cannont afford not to take)とは,特に革新的機会(breakthrough opportunity)に伴うリスクである。そのリスクをとって成功した場合には,極めて大きな利益が得られたはずであるのに,機会を見過ごしたために利益を得られないというリスクである。すなわち無為のリスクである。本書における事例では,第9章で取り上げるエスパス開発のケースで,マトラの独創的な新製品開発プロジェクトの提案を拒否した当時のプジョー・シトロエングループが,その典型例である。
なお,ドラッカーは効果的な機会選択の必要条件として,@リスクを小さくすることではなく,機会を大きくすることに焦点を合わせること,A大きな機会は,個別に分離して検討するのではなく,一括して体系的にそれぞれの特性を中心に検討すること,B事業に合致する機会とリスクを選択すること,C目の前にある機会の改善のための易しい機会と,革新のための,事業の性格を変えるような長期的で難しい機会とのバランスをとることの
4点を例示している。(注23)
リスク処理と意思決定について論考するにあたり,リスクの投機性と意思決定(リスクテーキング)の本質を表現したものとして,以下を引用しておこう。
「リスク(risk)」という言葉は,イタリア語のrisicareという言葉に由来する。この言葉は「勇気を持って試みる」という意味を持っている。この観点からすると,リスクは運命というよりは選択を意味している。
(バーンスタイン著・青山護訳『リスク』日本経済新聞社,1998年,23頁)
リスク(risk)という英語は,もともとラテン語のrisicareが語源である。このrisicareのrisiの部分はcliff(崖)を意味するギリシャ語から派生しており,risicare全体として「岩山の間を航行する」という意味があると説明される。
(石井至『リスクのしくみ』東洋経済新報社,2002年,12頁)
4.1.リスク処理の戦略的意思決定
リスク処理の戦略的決定は,経営外部リスクならびに重要な経営内部リスクに関するリスク処理計画の大綱の作成を意味する。これは,主として非定型的な意思決定となり,企業の命運を左右するような投機的リスクに対処する計画である。それゆえ,問題解決の難易度は最も高く,一方で,自由裁量の余地が大きいという特徴がある。
企業は成長発展を求めるにあたって,その反対面であるリスクをどのように確認し,評価し,いかなるリスク処理手段を選択・実行するかを決定しなければならない。成長戦略を追及する場合,企業経営はリスクテーキング(リスク負担活動に伴う意思決定)の連続となり,必然的にリスクの保有を伴う。その場合,そのリスクを全面的に保有するか,一部回避のうえに部分的に保有するか,一部除去のうえ保有するか,一部転嫁のうえ保有するかという意思決定が重要となる。
戦略的意思決定は,激変する経営環境の下,不確実な情報と情報不足のもとで下さねばならないので,合理的なリスクの予測手法を活用しながららも,経営者の経験・感性・直感,すなわちリスク感性に基づくことになる。
リスク処理の戦略的意思決定は,現在の事業活動の場合と,将来の事業活動の場合とでは,ニュアンスを異にする。現在の事業活動の場合,国際環境の悪化,経済環境の変化,といったハザード(危険事情)の悪化や,新しい環境・制度・テクノロジーに伴う新たなリスクの発生に対処するため,なんらかのリスク処理手段を選択する意思決定が行われる。
将来の事業活動の場合,それ自体が投機的なリスク(loss
or gain risk)である。つまり,新規事業(新市場進出,海外進出,新製品開発,新工場建設等)に伴う収益(ゲイン)の可能性と,それに伴うリスク,すなわちロス(損失)の可能性との両方が存在する。両者の可能性を比較考量のうえ,リスクを保有して新規事業に進出するのか,あるいはリスクを回避して新規事業への進出を行わないのかの意思決定がなされる。結局,将来の事業活動への進出は,投機的リスクを負担したことを意味し,「リスクの保有」というリスク処理手段を採用したことを意味する。しかし,この場合も,なんらかの安全弁を用意した上で,リスクの保有をするのが一般的である。つまり,リスクを保有するとしても,リスクの除去(ロスの発生確率削減への方策,ロスの規模縮小への方策)やリスクの転嫁(ロスの規模縮小のためのリスクの転嫁先の確保)などの安全弁をどのようにするかの意思決定が最も重要となる。(注24)
4.2.リスク処理の管理的意思決定
リスク処理の管理的意思決定および業務的決定は,主として,経営内部リスク,すなわち組織の内部問題に関するものである。リスク処理の管理的意思決定は,トップマネジメント層によるリスク処理の戦略的意思決定に基づいて作成されたリスク処理計画を組織化し,日程計画や行動計画を作成することである。これは,トップで決定されたリスク処理計画はあくまでリスク処理の大綱であるので,さらに具体的に最適の選択をするというミドルマネジメント層による意思決定を意味する。リスク処理の管理的決定は,戦略的に決定されたリスク処理計画の大綱をより具体化するとともに,戦略的に取り扱われなかった若干の経営外部リスクおよび多くの経営内部リスクに関するリスク処理の具体的計画を策定することである。場合によってはリスク処理便覧の作成となる。(注25)
4.3.リスク処理の業務的意思決定
リスク処理の業務的意思決定はリスク処理の日常的業務に関する意思決定である。これは,リスク処理計画に基づくリスク処理業務の計画化・予算化,リスク処理便覧の適用,それに従って遂行される各部門間におけるリスク処理業務の調整ということになる。これは日常性が強く,定型的な意思決定である。それゆえ,リスク処理の業務的意思決定には自由裁量の余地が小さく,問題の難易度は低いということになる。(注26)
5.リスク処理の意思決定過程
一つの意思決定がなされるためには,いくつかの過程を経なければならない。サイモンによれば,意思決定は以下の3つの主要な過程から成立しており,これらの3つの過程は,リスク処理の意思決定にもあてはまる。(注27)
@ 情報活動(intelligence
activity):意思決定が必要となる条件を見きわめるため環境を探索すること,すなわち,決定のための機会を見出すこと。
A 企画活動(design activity):可能な行為の代替案を発見し,開発し,分析すること。
B 選択活動(choice activity):利用可能な行為の代替案のうちからある特定のものを選択すること。
@情報活動:リスク処理の意思決定における情報活動とは,企業経営を阻害する各種のリスクをリスクをペリル(事故),ハザード(事故発生に影響する事情),リスク(事故発生の可能性)の3次元で調査し,多方面の情報を収集し,これを整理し,分類することを意味する。
A企画活動:リスク処理の意思決定における企画活動とは,情報活動によって収集,整理,分類されたリスク情報を評価・分析し,それに基づいて予測し,代替案を案出することを意味する。リスク情報の評価・分析においては,まず,その情報がペリル(事故),ハザード(事故発生に影響する事情),リスク(事故発生の可能性)のいずれに関するものであるかの検討が行われる。次いでリスクの発生確率と強度に関する評価・分析に基づいて,リスクの格付けが行われる。リスクの予測においては,数値的なデータは万能ではなく,直観や推定に依存せざるをえない部分がある。その場合の直観や推定は,@過去のリスクは将来のリスクであるということ(リスクは繰り返す),A環境の変化により将来のリスクは過去のリスクから変化していること(リスクは変化する),Bリスクは新たに創造されていること(リスクは隠れている)ということである。こうしてリスクの予測がなされると,各種のリスク処理手段(代替案)が案出され,その代替案の長短,代替案の組合せが比較検討され,その優先順位がつけられて計画案が作成される。そしてリスク処理の意思決定の第3過程である選択活動に入ることになる。
B選択活動:リスク処理の意思決定における選択活動とは,リスク処理に関する計画案(代替案)のうち,どれを採用するかという判断ないし決定である。すなわち,リスク処理の意思決定過程の最終段階としてのリスク処理手段の選択(リスクトリートメント)を意味する。(注28)
6.純粋リスク処理の意思決定
一般に,純粋リスクのマネジメントを担当するのは組織のミドル・マネジメント層であり,純粋リスク処理の意思決定は,習慣的かつ標準化された手段の採用を中心とする定型的意思決定となる。危機管理マニュアルないしはリスクマネジメント・マニュアルといった手引書が整備されている場合には,その手引書の規定に従って,リスク処理手段が選択されることになる。しかし純粋リスクであっても,組織に対する衝撃度が強く組織破綻に直結するものや,いわゆる危機については,トップ・マネジメントないしは全般管理者層が担当し,その意思決定は非定型的意思決定となる。たとえば予測困難で,頻度は小さいが一度発生すると衝撃度が非常に大きい地震リスクなどの処理がそうである。(注29)
7.投機的リスク処理の意思決定
投機的リスクのマネジメントを担当するのは,いうまでもなくトップ・マネジメント層であるが,純粋リスクのマネジメントを担当するのはミドル・マネジメントであると断言することはできない。純粋リスクであっても組織に与えるインパクトが強く,組織破綻への影響度の強いものや,いわゆるクライシス(危機)については,やはりトップ・マネジメント層にて担当されるべきである。投機的リスクの多くは非定型的意思決定となる。たとえば,新製品の開発,工場の新設,海外への投資といったリスクを考える場合,これらは革新的意思決定であって,日常的反復的に生じる意思決定ではなく,例外的かつ一回かぎりの意思決定である。これらの意思決定に誤りがあった場合には企業の命運を左右することになることは,いうまでもない。それゆえ,多くの投機的リスク処理に関する意思決定をリスクマネジメントの体系からはずそうとする考え方もある。しかしながら,こうした意思決定にスタッフとしてリスクマネジメント部門が関与するところに,リスクマネジメントの存在意義と必要性が認められる。一方,投機的リスクのうち為替相場の変動,物価の変動などのリスクは,日常的な販売活動や仕入活動中に生じている。この種のリスクについては習慣的かつ標準化された手段の採用といった定型的意思決定となる。(注30)
注
(1)亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版―』同文舘,2001年,91-92頁。
(2) 前掲書,92頁。
(3)
前掲書,93-94頁。
(4)奥村昭博『経営戦略』日本経済新聞社,1989年, 69頁。
(5)奥村,
前掲書;Herbert A. SIMON, Administrative Behavior, 3rd
edition, The Free Press,1976 : 松田・高柳・二村訳『経営行動』ダイヤモンド社,1989年,56-73頁。
(6)奥村,前掲書。
(7) 前掲書。
(8) HM LEUNG, KB
CHUAH and Tammala RAO, “A Knowledge-based system for identifying potential
project risks”, Omega International Journal of Management
Science,Volume 26, No.5, 1998, pp.623-624.
(9)奥村,前掲書,75頁。
(10)
前掲書,137頁。
(11)直観とマネジメントについては,べヒトラー,トーマス・W編,川崎晴久訳『マネジメントと直観』
東洋経済新報社,1990年参照。
(12)奥村,前掲書,103−109頁。
(13)亀井利明,前掲書,73頁。
(14) 前掲書。
(15) 前掲書,73頁。
(16) 前掲書,75頁ならびに亀井利明監修,上田和勇・亀井克之編著『基本リスクマネジメント用語辞典』同文舘,2004年参照。
(17) Laroche, Hervé LAROCHE, Jean-Pierre NIOCHE et
al.(1998), Repenser la stratégie
Fondements et perspectives, Vuibert, p.285.
(18)亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版―』同文舘,2001年,75頁。
(19)奥村,前掲書,136頁。
(20)Peter F. DRUCKER, Managing
for results, Harper Business, 1993 :上田惇生訳『創造する経営者』ダイヤモンド社,1995年,11頁。
(21) 前掲書,216頁。
(22) 前掲書,293-296頁。
(23) 前掲書,296頁。
(24)リスク処理の意思決定に関する記述は,亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版−』同文舘,2001年,第5章「リスク処理の意思決定」に詳しい。リスク処理の戦略的意思決定については,同書91-94 頁を参考にした。
(25)リスク処理の管理的意思決定については,前掲書,94-95 頁を参考にした。
(26)リスク処理の業務的意思決定については,前掲書,95 頁を参考にした。
(27)リスク処理の意思決定過程については,前掲書,第5章「リスク処理の意思決定」に詳しい。サイモンの分類については,同書,83-84頁の記述を参考にした。
(28)リスク処理の情報活動・企画活動・選択活動については,前掲書, 84-85頁に基づく。
(29)純粋リスクの処理と意思決定については,前掲書,88-89頁に基づく。
(30)投機的リスクの処理と意思決定については,前掲書,89-91頁に基づく。
セオリー@ 麻雀モデル
経営戦略は囲碁や将棋にたとえられる場合があるが,戦略的意思決定の合理的なアプローチではなく,直観的アプローチに着目する場合,麻雀に喩えた方がより良く説明できる。すなわち,市場において競争者は一人ではなく複数である。手元に配られる麻雀牌は常に不確実で,競争者の動向は相手の捨てた麻雀牌を頼りに類推しなければならない。何よりもみずからの手元にある麻雀牌という限られた資源からどのように「アガリ」まで導けるのか,初期段階でまず戦略を策定しなければならない。実際は,手元の麻雀牌は不揃いであることが多く,さまざまな代替案が頭の中をよぎることとなり,戦略的意思決定は困難を極める。麻雀における場の進行の速さは,経営環境の変化の速さに喩えられる。 手元に呼び込んでくる麻雀牌を見て,どの麻雀牌を残し,どの麻雀牌を捨てるかを瞬間的に判断しなければならない。ひとたび相手が「リーチ」をかけたり,あるいは「テンパイ」をしたもののと予測できると,どの麻雀牌を捨てるかの判断はますますリスキーなものとなる。自分も「アガリ」を狙うために,リスクを覚悟で危険な麻雀牌を捨てるのか,リスクがあまりにも大きいと判断して「アガリ」を断念した上で安全な麻雀牌を捨ててリスクを回避するのか,きわめて複雑な意思決定を瞬間的に迫られることとなる。自らの経営資源(配られた麻雀牌と引いてくる麻雀牌)を基に,刻一刻と変化する経営環境(自分と相手のツキ具合,場に出ている麻雀牌の種類,競技者の稼いだ点数の状況)の中で,戦略(いかにして「アガリ」に到達するか,いかにして相手に振り込まないか)を構築すべく,リスクテーキングとしての直観的な意思決定の連続を強いられるゲームが麻雀である。一人の相手に勝つあるいは負けるというのではなく,4人の競技者の中で誰が最も多く点数を稼ぐかを競う点においても経営戦略および経営戦略型リスクマネジメントのモデルのひとつとしてふさわしいものと考える。
(*麻雀に見る戦略的意思決定・リスクテーキングについては,補章「リスクテーキングの言葉」参照)
第3章 経営戦略型リスクマネジメント
1.リスクマネジメントの組織化と経営戦略型リスクマネジメント
経営戦略型リスクマネジメントについて考察する場合,まず,「リスクマネジメントの組織上の位置付け」に関わるリスクマネジメントの形態について考える必要がある。なぜなら,投機的なリスクを伴う経営戦略を展開する上で,トップマネジメントの意思決定に,いかにリスクマネジメント的発想を導入するかということが,経営戦略型リスクマネジメントの考え方の出発点であるから,必然的に,トップマネジメントに関わる部分でリスクマネジメントをどのように具体的に組織化するかが課題となるからである。
1.1.リスクマネジメントの形態
ビジネス・リスクマネジメントは,伝統的に,@危機管理型,A保険管理型,B経営管理型,C経営戦略型に類別され,このうち@とAが災害管理型リスクマネジメント,BとCが経営政策型リスクマネジメントとして体系化された。
今日では,災害管理型リスクマネジメント(危機管理型リスクマネジメント)を,企業のみならず,家計,行政など,社会一般の経済単位に共通するものとするならば,ビジネス・リスクマネジメントは経営管理型をメインとし,それに業務管理型(保険管理型から発展),経営戦略型を付加して3分類に考えられるようになってきた。(注1)
ビジネス・リスクマネジメントの伝統的分類
I.災害管理型リスクマネジメント
@危機管理型リスクマネジメント
A保険管理型リスクマネジメント
II.経営政策型リスクマネジメント
B経営管理型リスクマネジメント
C経営戦略型リスクマネジメント
ビジネス・リスクマネジメントの現代的分類
@災害管理型リスクマネジメント(危機管理型リスクマネジメント)
A業務管理型リスクマネジメント
B経営管理型リスクマネジメント
C経営戦略型リスクマネジメント
1.2.ファヨールの保全的職能論
アンリ・ファヨールは,1916年の主著『産業ならびに一般の管理』の中で,「保全的職能(fonction de
sécurité)」を6つの経営職能の1つとして規定した。その内容は資産と従業員の保護であった。これは,経営の一機能としてのリスクマネジメントを論考した世界で最初のものである。ファヨールは,同書の中で,職能別の組織図を示しているが,この時代に既に,リスクマネジメントを財務管理部門等の他の部門に従属させるのではなく,一つの独立した部門として組織付けすることを主張していた。(注2)それは,企業経営における独立したリスクマネジメント部門の世界で初めての図示であった。リスクマネジメントの組織上の位置付けについて,ファヨールが先駆的な論考を残しながら,後継研究が続かず,リスクマネジメント職能の研究と実務は,保険管理を中心に,戦後のアメリカで開花することとなった。
1.3.リスクマネジメントの組織化の先駆的3形態論
米国を中心に普及した保険管理型のリスクマネジメントの理論においては「他の経営管理との関係について,リスクマネジメントの位置づけが必ずしも明確ではなく,各部門管理との管理領域の範囲を確定していない」として,亀井利明名誉教授は,1978年に,世界で初めて,形態別に,リスクマネジメント部門の経営組織上の位置付けを図示して,それを明確にした。(注3)
これは,(A)財務などの各部門に従属させる形,(B)財務などの各部門管理と,並列する形で,独立した一部門として確立する,(C)全般管理に対するスタッフ組織として位置付ける形という3形態であった。その後の研究において,それぞれ,図3−1に示すように,(A)保険管理型リスクマネジメント,(B)経営管理型リスクマネジメント,(C)経営戦略型リスクマネジメントという3形態論として確立された。(注4)
純粋リスクに対する保険管理という米国流のリスクマネジメント観が主流であった1970年代において既に,@「リスクマネジメントの対象となる企業リスクは(純粋リスクに)限定されたものであってはなく,リスク充満の時代に生き残るための(投機的リスクを含む)企業リスク全般にわたる管理でなければならない」(注5)とし,(C)のタイプに見るA「全般管理スタッフと部門管理スタッフの双方を担当するスタッフ部門として位置付けるのが妥当である」(注6)とする先駆的な主張は,現代における統合型リスクマネジメントの組織化論を先取りする内容であった。(注7)
図3−1 「保険管理型」「経営管理型」「経営戦略型」の3形態
(ここに図3−1が入る)
(亀井利明「経営管理とリスクマネジメント」『危険と管理』第18号,日本リスクマネジメント学会,1990年,5頁より)
1.4.リスクマネジメントの現代的4形態論
1978年に提起された3形態論は,グリコ・森永事件から阪神大震災に至る事例をふまえて危機管理の取り組みが進展してきたのを背に、緊急事態に対応した「危機管理型」ないしは「災害管理型」と呼ばれる形態を新たに加えて4形態論へと進展した。リスクマネジメントの組織化については、さまざまな考え方が発表され、実践に移されているが,表3−1に示す4形態論に示すいずれかの理念と共通項を持っている。
さらに最新の4形態論では,ビジネス・リスクマネジメントを「業務管理型(保険管理型から発展)」「経営管理型」「経営戦略型」の3形態に分類し,これに緊急時の「危機管理型」を付加した4形態を提示している。(注8)こうした現代的ビジネス・リスクマネジメントにおける業務管理型,経営管理型,経営戦型の組織について,図3−2に簡潔に示した。(注9)
なお,こうしたリスクマネジメントの各形態は,一つの組織内に同時に併存・展開し得るものである。
表3−1:リスクマネジメントの4形態
A型 業務管理型リスクマネジメント (保険管理型リスクマネジメント) |
|
目的 |
偶発事故からの保全管理 リスク処理費用(保険費用)の合理化 |
対象リスク |
純粋リスク(付保可能リスク) |
内容 |
各部門における業務上のリスクの管理 安全管理 防災管理 保険管理 |
位置付け |
部門管理の一部(保険管理の場合は財務管理の一部) ライン組織 |
活動 |
業務的意思決定 マニュアルの活用 |
B型 経営管理型リスクマネジメント |
|
目的 |
企業リスクの克服 財務的安定性の保持 |
対象リスク |
純粋リスクと一部の投機的リスク(管理可能な) |
内容 |
安全管理 防災管理 財務管理(保険管理) @生産・販売・財務・労務など各部門におけるリスク処理を一括的に管理、またはA各部門で処理しきれない部分について一括的に管理 |
位置付け |
独立した部門管理 ライン組織 |
活動 |
管理的意思決定 |
C型 経営戦略型リスクマネジメント |
|
目的 |
@経営戦略に伴うリスクの処理を目的とする企業防衛のマネジメント・ Aロス(損失)要因を除去してゲイン(利得)への寄与を志向する経営戦略支援型のマネジメント |
対象リスク |
投機的リスクを含む企業リスク全般 |
内容 |
リスク処理について、トップマネジメントと各部門の双方に対する助言、調整、監視(内部コンサルタント) @
経営戦略に伴うリスクについてトップマネジメントにコンサルティング A
各部門におけるリスクについて各部門にコンサルティング |
位置付け |
スタッフ組織(専門スタッフ部門または委員会) |
活動 |
トップの戦略的意思決定への助言 各部門の管理的意思決定への助言 |
D型 危機管理型リスクマネジメント(災害管理型リスクマネジメント) |
|
目的 |
緊急事態における経営危機の打開と克服による正常な企業活動の続行 |
対象リスク |
偶発的、持続的な巨大事故・災害、政治・経済・社会的事件による経営危機 |
内容 |
防災管理、緊急事態に対応するための戦略業務 |
位置付け |
全般管理、部門管理を含めた全社的な緊急組織 |
活動 |
危機管理マニュアル内外の活動 決断や戦略的意思決定に伴う活動 |
(亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版−』同文舘,2001年に基づいて筆者作成)
図3−2 現代的ビジネス・リスクマネジメントの組織形態のまとめ
A.業務管理型リスクマネジメント=財務部門,法務部門などに1セクションとして従属(保険管理型リスクマネジメント=財務部門に属する保険専門のセクションとして)
「各部署で担当するリスクマネジメント」の実施セクション
リスク処理の業務的意思決定の主体
B.経営管理型リスクマネジメント=リスクマネジメント部門として独立
「管理部門または専門の担当部署で対応するリスクマネジメント」における運営組織
リスク処理の管理的意思決定の主体
C.経営戦略型リスクマネジメント=トップマネジメント内にリスク担当役員を置く
(統合型リスクマネジメント) あるいはトップマネジメント直属の独立スタッフ組織
「全社的対応が要求されるリスクマネジメント」の統括組織」
リスク処理の戦略的意思決定の主体
1.6.経営戦略型リスクマネジメントの組織化と意義
経営戦略型リスクマネジメントは,すべての企業リスクをリスクマネジャーないしはリスクマネジメント部門集中的に処理することは不可能であるという認識のもとに案出されるものである。企業リスクは全般管理リスク(全般リスク)と部門管理リスクに分類される。このうち生産リスク,販売リスク,財務リスク,労務リスク,情報リスクなどの細部にわたる部門管理リスクのすべてをリスクマネジャーまたはリスクマネジメント部門が集中的に処理することは実質的に不可能である。 したがって,例えば生産工程上のリスクは生産部門で,販売リスクは販売部門で,労務関係のリスクは労務部門で処理する方が企業のリスクマネジメントとして良策となる。すなわち,リスクマネジメント部門は企業活動全般にわたるリスクを把握することはできるが,その処理の実践活動に適しているとはいえないからである。つまり,生産上のリスクは,生産活動を通じて生産部門で処理する方が実質的である。よって,リスクマネジメント部門はリスク処理の執行活動を行わず,各部門におけるリスク処理はその部門の活動に委ね,リスクマネジメント部門はスタッフとして機能するにとどめるべきとなる。リスクマネジメント部門が部門管理のスタッフとして機能するならば,部門管理を統括する全般管理に対するスタッフとして機能することも可能であるからである。(注11)
リスクマネジメント部門を各部門管理のスタッフとして,各部門におけるリスク処理について,助言,助力,調整,監視等の機能を果たすと同時に,全般管理に対するスタッフ機能を加えたもの,すなわち全般管理と部門管理の双方に対するスタッフとして,リスク処理に関する助言,助力,調整,監視等の機能を遂行するものと位置づけられるのが経営戦略型リスクマネジメントである。一方,保険管理型リスクマネジメントは,リスクマネジメントを財務部門に属する保険担当のライン組織として位置づけられる。(注11)
経営戦略型リスクマネジメントは,結局,リスク処理に関する内部コンサルタントとしての機能を果たすものと位置づけられる。また,経営戦略型リスクマネジメントは企業リスク全般を対象とするものの,特に全般管理に対するスタッフとしての側面から,投機的リスクや経営戦略上のリスクマネジメントに関する業務に重責を担うものとなる。例えば,新製品の開発・製造中止,海外進出・撤退,新事業分野への進出・撤退,戦略的提携・M&A等の投機的リスクに関する戦略的意思決定に関与することとなる。このように述べると,経営戦略と経営戦略型リスクマネジメントの間の線引きが難しくなるが,経営戦略型リスクマネジメントはあくまで全般管理や部門管理に対するコンサルタント業務の遂行であるから,投機的なリスクを保有するのか,回避するのか,損失に備えて準備を整えながら保有するのかといった全般管理や部門管理における戦略的意思決定はに対する助言にとどまるものである。(注12)
2.マルミューズとモンテーニュの理論に見る経営戦略型リスクマネジメントの考え方
マルミューズとモンテーニュの理論における基本的な考え方は,企業のリスクマネジメントの対象を投機的リスクにまで拡大することにある。この理念は,以下のように表現されている。(注13)
現代の企業経営において,保険管理は重要である。しかしながら,保険が対処しうるのは付保可能なリスクのみである。いわゆる純粋リスクは,経営者の行動によって生じる性質のものではない。純粋リスクは企業の意図には関わりなく,偶発的に,独立して発生する。純粋リスクと投機的リスクの古典的な分別法は,マネジメントに課せられた責務の複雑性,特に企業の経営戦略の重要性を鑑みれば,もはや意味を持たない。経営上の失敗や意思決定の及ぼす影響についても保険に依存しようという考え方も,本書の意図するところではない。まったく逆に,純粋リスクのマネジメントをも含めて,保険に無条件的に依存するのではないということの必要性をはっきりと認識しなければならない。純粋リスクのマネジメントの分野においても,複雑高度かつ巨大なリスクに付いては,保険料のコストが非常に高く,保険会社に依存することが極めて困難となっている。
こうした理念をふまえて,マルミューズとモンテーニュは,リスクマネジメントの対象リスクに投機的リスクを含み入れ,純粋リスクに対するアプローチ(伝統的なリスクマネジメント・システム)を投機的リスクに対するアプローチに応用できるのではないかと主張している。すなわち,両者によれば,投機的リスク,換言すれば戦略策定上の脆弱性のマネジメントは,リスクの調査(事前調査・戦略策定・内部コンサルティング),予防(その結果戦略実践について確信を持つこと),リスク処理手段の選択(パートナー・関連企業への転嫁,準備金,契約書の整備),回避(撤退・参入中止)などから成る。
なお,マルミューズとモンテーニュは,リスクマネジメントに関する企業内組織のあり方としては,リスクマネジメント部門の責任者はトップマネジメントの一員であるべきこと,そして表3−2で示したように,企業におけるあらゆるリスクを監査(audit du risque)できるような言わばリスク監査役(auditeur du risque)として確立されるべきことを主張している。
3.純粋リスク処理アプローチの投機的リスク処理への適用
純粋リスク処理のアプローチ,すなわち伝統的なリスクマネジメント・システムを投機的リスク処理にあてはめることについて,マルミューズとモンテーニュは次のように述べている。(注14)
結局,投機的リスクの処理は,純粋リスクの処理に要求されるのと同様の哲学に基づくことが確認できる。企業は,投機的なリスクに対して防衛手段を講じ,転嫁を模索し,削減に努めなければならない。確かに,企業が投機的リスクの処理のために有する手段は,純粋リスクの処理のための手段,とりわけ保険とは極めて異なる性質を持つ。企業におけるリスクマネジメントの最高責任者の職責は,企業内に,投機的リスクに対するより積極的な態度を植え付けることでもある。投機的リスクを客観的に把握することによって,企業の持つ脆弱性をよりよく認識することが可能となる。
では,伝統的なリスクマネジメント・システムの枠組みである「リスクの調査・確認」→「リスクの評価・分析」→「リスク処理手段の選択(回避・除去・転嫁・保有)と実行」に基づいて,経営戦略に伴う投機的リスクへの対処を図示してみよう。
図3−3:純粋リスク処理のアプローチ(伝統的リスクマネジメント・システム)の投機的リスク処理への適用
ロスの可能性←投機的リスク→ゲインの可能性
経営戦略策定・実行に際して,投機的なリスクに直面
l
「リスクの調査・確認」
環境変化に対応するための自らが置かれた状況・経営環境の分析
経営環境における脆弱性・リスク・不確実性の認識,SWOT分析=特にWとTの要素に着目
↓
「リスクの評価・分析」
・投機的リスクに伴う,ロスの可能性とゲインのチャンスを比較
・いかにリスクを負担するかを考慮
・どのように失敗要因(ロス要因)を除去して成功要因を積み重ねていけるかを考慮
・どのようにして脆弱性を補っていけるかを考慮
・リスクテーキングを展開する組織の整備
↓
「リスク処理手段の選択(リスクテーキング)」
回避:戦略の不実行,機会(チャンス)の放棄,撤退,参入中止
除去:戦略展開規模の限定,予算の限定
転嫁:提携先・関連企業への転嫁,準備金,契約書の整備)
保有:リスクのうち,除去も転嫁を不可能な部分を保有
↓
(失敗の場合)
フィードバック:失敗に学ぶマネジメント
キー・ファクター
「環境の変化に対応するための経営環境の把握(調査・確認,評価・分析)」
「意思決定=リスクテーキング(選択)」
「リスクテーキングを遂行するリーダーシップとリスク感性」
「リスクテーキングを支える組織・リスクテーキングを展開する組織」
「失敗要因の除去の結果としての成功要因の積み重ね=ロスの可能性の最小化とゲインの可能性の最大化」
「失敗に学ぶマネジメント」
「脆弱性への対応」
4.経営戦略と経営戦略型リスクマネジメントの接合点
経営戦略とリスクマネジメントの接合点は,まず第一に,徐聖錫教授の言うように,「外部環境の不確実性」である。仮に経営環境が安定している場合には,企業の競争力,収益性が成功的経営の決定要因として作用するが,経営環境の変化の激しい現実においては,企業の外部環境に対する適応能力が企業存続の要因となる。(注15)
第二の経営戦略とリスクマネジメントの接合点は,磯部洋一氏の言う「リーダーシップ」である。あるいはこれを「リスク感性」と言い換えてもよいと考える。
経営戦略に要求される「合理性・論理性」と「創造性・革新性」という矛盾する条件を融合させ,成功につなげていくものが「リーダーシップ」の質の高さと力強さである。戦略は合理的なものでなければならないが,それを越えて組織の構成員を実際に動かすものでなければならない。可能性を語り人々を動かしていく夢と,リスクをとる企業文化の宿っていない戦略は,机上の戦略に過ぎない。ここに,戦略策定と経営戦略型リスクマネジメントの接合点がある。(注16)
「合理性・論理性」の欠如に対するリスクマネジメントは重要ではあるが,組織を構成する複数者の判断を通じて管理することが可能である。重要なのは「創造性・革新性」および「リーダーシップ」に関わる部分である。 すなわち,経営戦略の策定・遂行においては,第一の接合点である「外部環境の不確実性」という未知の領域に飛び込んでいくリスクと,そこに組織構成員を導いていく「リーダーシップの質」という人的なリスクを抱え込むことになるのである。(注17)
さらに,第三点目として,「リスクテーキングとしての意思決定」を付け加えることができる。戦略とはあるものを選択し,あるものを捨てることを意味する。すなわち,何かをするプラスマイナスと,何かをしないプラスマイナスとをトレードオフ的に勘案し,リスクをとって決定を行うことを意味するのである。(注18)すなわち,戦略的な意思決定それ自体が一つのリスクを生むことになる。以上の点に経営戦略と経営戦略型リスクマネジメントの接合点がある。
5.失敗に学ぶマネジメントとしての経営戦略型リスクマネジメント
戦略が意図した通りに動かなかった場合,失敗とみなされる。失敗が致命的に大きなダメージを企業に与える場合は,倒産という事態に陥ることとなる。奥村昭博教授は,実現しなかった戦略,すなわち失敗の原因として,@デザインの間違い,すなわち「何をなすべきか」のレベルでの間違い,Aタイミングを失した戦略行動,B競争相手がさらに強力な手を打ってきたことで,初期の戦略意図が未実現になること,C実施段階でのコンセンサスのなさの4点を挙げている。(注19)戦略が実現しなかった場合の最大の問題は,その失敗をどのように処理するかにあり,(注20)未実現戦略を意味のあるものとする方法は,それを次の成長への糧とすることであると述べている。(注21)
経営戦略を語る場合,「よい」戦略とか戦略の「成功」と言った表現を用いられる場合が多い。しかし,経営戦略は「リスクテーキングとしての意思決定」の連続であるから,投機的なリスクをとったことが,結局,期待した収益に結びつかず,逆に損失を招いた状況,つまり失敗について分析することも同様に重要であると考える。
磯部氏は,成功事例に学ぶマネジメントを旧来のマネジメントや経営とし,失敗事例に学ぶマネジメントを経営戦略型リスクマネジメントとするという区分をした上で,企業活動においては,その殆どが「失敗事例」である。少ない「成功事例」にスポットを当てているマネジメントを「(旧来の)マネジメント」や「(旧来の)経営学」と呼ぶのであれば,リスクマネジメントは「失敗に学ぶマネジメント」というべきものであり,現実の経営においては決して切り離すことのできないものである」としている。(注22)
失敗に学ぶマネジメントの効用を表現したものとして,以下の引用を掲げておく。
「失敗の経験は,成功の経験よりも教訓に富むものです。 しかし,それが苦ければ苦いほど忘れたくなるのも事実です。それを乗り越えて,「失敗の勲章」が必要なのです。 ホンダには「失敗表彰制度」があります。 未知のことに挑戦して失敗したとしても,それはその失敗した方法を二度ととらなくてよいということを発見したのだから,表彰に値するというわけであります。 しかも,それは次の成功への方法を見いだす,より明確な道を開いたという意義もあります。こうすれば,人々は失敗を恐れずに新しいことに挑戦するようになります。 要は,前向きに失敗をとらえて,それを生かすことです。」
(奥村昭博『経営戦略論』日本経済新聞社,1989年,152頁)
「ホンダの創始者である本田宗一郎氏がいかにオートバイという事業に着目し,技術革新を行うことで成功していったかに関する記述は数多く存在している。また,アメリカにおけるアップル・コンピュータの創始者スティーブン・ジョッブスの成功談も示唆に富む。しかし,それはあくまで本田氏あるいはジョッブス氏個人の経験であって,そこから新事業創造の一般化を行うには無理がある。むしろ,隠れた失敗談の中により興味ある事実が隠されていることが多い。」
(石井淳蔵・奥村昭博・加護野忠男・野中郁次郎(1996)『経営戦略論』新版,有斐閣,1996年,199頁)
マルミューズとモンテーニュによれば,脆弱性は,二つの変数によって表現される。一つ目は,企業がリスクに晒される度合い(l’exposition au risque),すなわちリスクの強度(importance du risque)であり,二つ目は,企業がそうした困難点を克服する能力の度合い(capacité de régler les difficultés),すなわちリスク制御のレベル(degré de contrôle du risque)である。(注23)
経営戦略論においては,戦略的意思決定の前段階としての「強み・弱み」「機会・脅威」の分析,通称「SWOT分析」と呼ばれる枠組みがある。S=Strength(強み),W=Weakness(弱み=脆弱性),O=Opportunity(機会=チャンス・成功要因),T=Threat(脅威=リスク・失敗要因)である。脆弱性への対応という発想は,SWOT分析における,特にWとTの要素への注目を意味している。
6.2.戦略上の脆弱性への対応
経営戦略とは,企業の有する脆弱性への対応と捉えることが可能である。マルミューズとモンテーニュは,脆弱性への対応として,3種類の戦略を挙げている。まず第一に,投機的リスクへの積極的な対処を軸とする首尾一貫した経営戦略の強化を指向する「強化戦略」(stratégie de renforcement),第二に,投機的リスクについて種々の回避策を軸に,競争上の脆弱性に対応しようという「回避戦略」(stratégie d’évitement),第三に,リスクと脆弱性という変数を含めて,企業の戦略全体を再検討し新たな戦略を総合的に創造するという「超越戦略」(stratégie de dépassement)である。
これら3つの戦略は,相互に独立した排他的なものではなく,組み合わせて策定・遂行し,シナジー効果を創出することが可能である。対応戦略には,脆弱性の変化・進展に伴い,修整が施される。また,対応戦略は,迅速に,すなわち,事前に確認されていた脆弱性が露呈し,リスクに直面した場合に,遅滞なく遂行される必要がある。(注24)
6.2.1.強化戦略:脆弱性のリスクへの対処(Les Stratégies de renforcement : traiter le risque de vulnérabilité)
強化戦略は,企業を取り巻く環境の急速かつ根本的な変化や,市場環境・競争上の地位の変動に適応するために,企業のアイデンティティをさらに明確にし,中核能力を強固にすることを目的とする。すなわち,それは「戦略的一貫性」(strategic coherence)を推進することにある。マルミューズとモンテーニュは,ショルツによる次の一節を引用して,この戦略的一貫性を説明している。「戦略的一貫性とは,企業を特徴づける内部及び外部のあらゆる要素が,全体的な戦略の下に,お互いに関連しあっている状況を示す。戦略的一貫性を追求することは,経営者にとって,所与の環境の下,策定した戦略の諸要素を企業の全体的な戦略と関連させる必要性に基づく。戦略的一貫性は,同様に,マッキンゼーの提示する7つのSの諸要素について,発揮される。7つのSとは,戦略(Strategy)・組織構造(Structure)・システム(Systems)・スタイル(Style)・組織構成員(Staff)・共有された価値(Shared values)・諸スキル(Skills)である。」マルミューズとモンテーニュは,戦略的一貫性を構築するための有効な戦略の一つとして,コーポレイト・アィデンティティやブランド・アイデンティティに関わるイメージ戦略を挙げている。(注25) 戦略的一貫性について,本書第2部で取り上げる事例から補足しておこう。
まず,第10章で取り上げる欧州金融業界における多角化戦略を例にとれば,銀行が損害保険事業への参入を場合,事故調査や保険金支払いといった銀行の文化と一貫性がなく,適合しない部分については,銀行は脆弱性を呈する。しかしながら,クレディ・アグリコル銀行は,損害保険事業への多角化を実現したとき,銀行窓口では販売業務に特化し,事故調査については,外部にコールセンターを作って対応しすることによって,銀行本来の業務との一貫性を保持した。また,自動車保険や住宅保険を販売する際に,自動車ローンや住宅ローンとのセット販売をすることによって,ローン提供という銀行の販売文化と一貫性を持たせた。
次に新製品開発戦略について考えてみると,いかに自社の持つ技術上の中核能力を発揮するような形で新製品を開発していくことが,新製品開発に伴う成功するかどうかわからないという不確実性(投機的なリスク)に対応する上で重要である。第9章では,ルノー・エスパスの開発に関する次のような内容のケースをとりあげる。1980年代初頭に,世界初のワンボックス型ミニバン車の開発を計画していたフランス第4位の自動車メーカーのマトラは,@自社独自の販売網を持たない,Aブランド力が大手3社と比較して圧倒的に弱い,B独創的なタイプの車が市場に受け入れられるかどうかわからないといった戦略的脆弱性に晒されていた。当時,その傘下にあったプジョーからは計画に理解を得られず,プジョーと袂を分かったマトラはルノーとの提携し,この計画を実現することとなった。ルノーのブランドで「エスパス」と命名されたモデルは,ルノーの販売網で販売されることとなった。当時,独創的であったワンボックス型ミニバン車の市場は,必然的にニッチ市場であった。ニッチ市場向けの少量生産で採算をとるのは困難である。しかし,マトラが航空宇宙事業で培ったプラスティックによるボディ加工技術を活用することにより,鉄によるボディ生産システムよりも投資がはるかに小さくて済むプラスティック・ボディ生産システムが構築され,ニッチ市場向け少量生産でも採算をとることが可能となった。こうして,この計画の持つ脆弱性に対応すると同時に,マトラの中核能力であったプラスティック加工技術との一貫性も保持される形となった。
6.2.2.回避戦略:脆弱性のリスクの縮小(Les stratégies d’évitement : traiter le risque de vulnérabilité)
マルミューズとモンテーニュの言う回避戦略は,リスクの完全な回避というよりも,戦略的提携によって,自社一社で負担するリスクを縮小する,あるいは,リスクを他社と共有分担するというニュアンスが強い。いずれにせよ,それは,消極的な回避を意味するのではなく,戦略策定時の合理的意思決定に伴う積極的な回避を意味する。
市場における競争状態の進展速度を鑑みれば,独立戦略の効果について再考慮せざるを得ない。戦略的提携は,競争戦略と併置あるいは代置される。戦略的提携は,ますます激化する競争環境に直面した企業の持つ弱みへの消極的な対応と捉えられがちであるが,マルミューズとモンテーニュは,これを企業間の相互依存性や競合状態の増大に対処するための新たな積極的方策と位置づけている。(注26)
6.2.3.超越戦略:リスクの統合(Les stratégies de dépassement : intégrer le risque)
マルミューズとモンテーニュの言う超越戦略とは,製品―市場ミックスやマーケティング諸方策といった短期的な狭い視点および企業の置かれた競争環境といった日常的な戦略的意思決定事項を越えた,さらに幅広い,地球規模,地域規模,国家規模での環境を考慮して,戦略を再検討することを意味する。両者の理論書が出版されたのが1989年であるので,1992年の欧州市場統合を例に,拡大された地理的条件を想定した,軍事的総合戦略に例えらえるような総合的戦略の再検討・策定の意義が主張されている。企業の経営戦略に関わるこうした概念は,経営者の日常的な懸案事項を超越しているため,実践は容易ではない。しかし,将来の根本的な総合的環境の変化に伴って発生すると予想される脆弱性に対処するためのより幅広いビジョンを企業に保障するものとなるとマルミューズとモンテーニュは主張している。(注27)
具体的な事例で補足すると,現在,世界の自動車業界で劇的に進行している合従連衡は,燃料電池電気自動車の共同開発が,その一つの軸となっている。将来的に予想される化石燃料の代替エネルギーの時代には,代替エネルギーを動力源とする車両を開発し得ない企業は存在価値を失う危険性がある。したがって,自動車業界の合従連衡とそれに基づく次世代エネルギー車開発に関わる戦略的提携は,地球規模での経営環境で将来的に陥りうる脆弱性を想定しての総合的戦略と言える。
7.経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワーク
経営戦略とは,その企業が置かれた環境やマーケットについての情報を収集し,それに基づいて予測を立て,戦略を策定し,実行することにほかならない。これにリスクを絡めて考えると,企業が置かれた環境に関して,あるいはマーケットに関して,どのようなリスクが存在するかを調査・確認し,それを評価・分析し,それを踏まえてリスク処理手段を選択するということとなる。第1段階がリスク・インフォメーション,第2段階がリスク・アセスメント,そして第3段階がリスク・トリートメントとなる。
経営戦略とは,損失(ロス)を被るかもしれないし,利益(ゲイン)を得るかもしれないという不確実性に挑むことにほかならない。この不確実性こそがリスクと呼ばれるわけである。リスクは2種類に大別される。純粋リスクは,実際発生すると損害しか起こらないというもの(loss only risk)であるのに対して,経営戦略に伴うリスクは投機的リスクであり,これは損失を被るかもしれないし,利益を得るかもしれないというもの(loss or gain risk)である。
両者に対して,それぞれどのようなマネジメントになるかと言えば,まず純粋リスクの場合,回避・除去・転嫁・保有という手段を組み合わせでロスが生じないように努める。一方,投機的リスクに対しては,失敗するかもしれないし成功するかもしれないというような,具体的には新製品開発や新市場参入などの戦略展開に際して,新製品開発失敗につながりうる要因を取り除き,逆に成功に導きうる要因を積み重ねていくこととなる。しかし,この成功要因の積み重ねのみに注目した場合,それは経営戦略そのものにほかならないから,経営戦略型のリスクマネジメントと言う場合は,図3−4に示すように,失敗要因を取り除いて,結果として成功要因を積み重ねるという風に把握する。すなわち,それは「ロスを排除しながらゲインを求める攻撃のマネジメント」と位置づけられる。なお,脆弱性への対応は,失敗要因の除去に相当するものと考える。(注28)
図3−4 経営戦略とリスクマネジメント「失敗要因の除去と成功要因の積み重ね」
8.経営戦略型リスクマネジメントの課題と要諦
デトリーらは,経営戦略を組織の@意思決定,A構造,そしてBアイデンティティという3要素に立脚するものとして把握しているが,(注29)この3要素の観点から経営戦略型リスクマネジメントの課題をまとめておこう。
@戦略的意思決定はリスクテーキングである。 不確実な経営環境におけるリスクを合理的に調査・確認,評価・分析した上で,意思決定が下されなければならない。意思決定者には,合理的な分析に基づきながらも,リスク感性を発揮し,直観的に決断を下す資質,さらにリーダーシップが要求される。
Aリスクテーキングとしての意思決定を支える組織の構築が重要である。具体的には投機的リスクの処理に関する意思決定者への助言,助力をするスタッフとして,リスクマネジメント部門が経営組織内に位置づけられねばならない。すなわち,意思決定者がリスクテーキングにあたり,合理的なリスクの分析に基づくリスク感性豊かな直観的かつ的確な判断が下しやすいような環境を組織内に整備しなければならない。
Bリスクに挑戦する経営戦略の策定・遂行段階で,意思決定者たるリーダーの指揮の下,組織が一つの理念,一つの方向性に向かって活性化しなければならない。リスクテーキングに対する組織の確固たるアイデンティティ形成には,組織構成員が創造的に団結してリスクに挑戦していきやすいような意思決定がリーダーによって下されることと,意思決定者たるリーダーのリスク感性を発揮しやすいような環境・組織の形成が前提となる。
最後に,本章のまとめとして,経営戦略型リスクマネジメントの要諦を記しておく。
@ 企業の戦略策定・実行におけるリスクマネジメント的思考の導入。
A 純粋リスク処理のアプローチ(伝統的リスクマネジメント・システム)の投機的リスク処理への適用。
B 戦略策定,戦略展開時におけるリスクに直面しての,リスク負担を伴う戦略的意思決定(リスクテーキング)の重要性。
C 戦略的意思決定において,合理的判断を補う直観的判断と,直観的判断を支えるリスク感性。
D 合理的な評価・分析を踏まえた上で,直観力・リスク感性を発揮してリスクを負担すること(あるいはリスクに挑むこと)。
E SWOT分析におけるWとTへの注目。
F リスク感性を発揮すべきリーダーのリーダーシップ。
G リスクテーキングを展開する組織。リーダーの戦略的意思決定(リスクテーキング)を支える組織。
H 脆弱性の補正としてのマネジメント。
I 最悪のケース・失敗を想定したマネジメント。
J 失敗に学ぶマネジメント。
K 失敗要因の除去と成功要因の積み重ねによって経営戦略を支援。
(注)
(1)リスクマネジメントの形態については,亀井利明『リスクマネジメント総論』同文舘,2004年,第5章「リスクマネジメントの形態」に詳しい。本書における形態の表示もこれに基づいている。
(2)Henri FAYOL, Administration industrielle et générale, Dunod :
アンリ・ファヨール著・佐々木恒男訳『産業ならびに一般の管理』109頁。
(3)亀井利明『危険と安定の周辺 リスク・マネジメントと経営管理』同朋舎,1978年,87頁。
(4)亀井利明「経営管理とリスクマネジメント」『経営管理とリスクマネジメント』(『危険と管理』第18号)日本リスクマネジメント学会,1990年参照。
(5)亀井利明『危険と安定の周辺 リスク・マネジメントと経営管理』同朋舎,1978年,79 頁。
(6) 前掲書,85頁。
(7) 現代的なリスクマネジメントの考え方が普及してきたのに伴い,統合型リスクマネジメントの理論と実践が定着してきている。経営戦略型リスクマネジメントと,統合型リスクマネジメントと,理念を共有する。上田和勇教授は,統合型リスクマネジメントの特徴を「企業や組織目標の達成を阻害させるリスクおよびチャンスや利益に結びつくリスクを,関係する部署が個別に評価・管理するのではなく,企業全体の視点から総合的・包括的に評価・管理するアプローチ」(上田和勇 『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年)としている。こうした統合型アプローチに基づく組織化によるリスクマネジメントの最高責任者について,CRO(Chief Risk Officer)という肩書きが使用され始めた。近年,他方で,内部統制,コーポレートガバナンス,企業倫理と関連させたリスクマネジメントの組織化の理論・提言と実践が進んでいるのは周知のところである。
(8) 亀井利明『リスクマネジメント総論』同文舘,2004年,第5章「リスクマネジメントの形態」参照。
(9)
「 」内は,三菱総合研究所『リスクマネジメントガイド』日本規格協会, 2000年より。
(10)Christian MARMUSE et Xavier MONTAIGNE, Management du risque, Vuibert, 1989,
pp.107-110.
(11) 亀井利明『危機管理とリスクマネジメント −改訂増補版−』同文舘,2001年,19-20頁。
(12)
前掲書 ; 本節で提示している経営戦略型リスクマネジメントの位置付けに関わる理論的フレームワークは,前掲書に依拠している。
(13) Marmuse et
Montaigne, ibid., p.11-12.
(14) Ibid., p.204.
(15)徐聖錫「保険管理型リスクマネジメントの限界と経営戦略型リスクマネジメント」『危険と管理』第23号,日本リスクマネジメント学会,1995年,194-195頁。
(16)磯部洋一「戦略策定と経営戦略型リスクマネジメント」『危険と管理』第27号,日本リスクマネジメント学会,1998年,118-119頁 ;株式会社グロービス『MBAマネジメントブック』ダイヤモンド社,1995年, 5頁。
(17)磯部,前掲論文,119頁。
(18)株式会社グロービス,前掲書。。
(19)奥村昭博『経営戦略』日本経済新聞社,1989年,149-151頁。
(20) 前掲書,151頁。
(21) 前掲書,152頁。
(22)磯部,前掲論文,122頁
(23) Marmuse et
Montaigne, ibid., p.167.
(24) Ibid., pp.173-174.
(25) Ibid., pp.174-177.
(26)
Ibid, pp.178-180.
(27) Ibid, pp.181-183.
(28) 亀井利明『企業危機管理と家庭危機管理』日本リスクプロフェショナル協会,2000年,23頁。
(29)Jean-Pierre DETRIE
et al., Strategor, 3e édition, Dunod, 1997.
セオリーA 「リスク」と「マネジメント」の結合モデル
新たなリスクマネジメントの枠組みとして,2004年に発表された『リスクマネジメント総論』(同文舘)の中で,亀井利明名誉教授によって,「リスク」と「マネジメント」の結合モデルが提起された。これは,リスクマネジメントとは、結局のところ「リスク」を「マネジメント」することであるから,どのような「リスク」を対象とするのか,そしてそれに対する「マネジメント」としてどのような方法を展開するのかによって,リスクマネジメントの内容は異なったものになるというものである。すなわち,リスクマネジメント検討する場合,対象とするリスクは何か,マネジメントをどのように解釈するのかを明確にしなければならないということである。このモデルは,理念として,従来のリスクマネジメント研究においては,「リスク」研究の精密さとは裏腹に「マネジメント」の概念が不明確なものが多く社会的要請に応えていないという認識に立って案出されたものである。すなわち,「マネジメント」を「過程や要素の循環(マネジメントサイクル)」と見るか,「意思決定の連続」と見るか,「対策の結合」と見るかによって,リスクマネジメントの展開は異なるという主張である。
下図は,左側に「リスク」の形態,右側に「マネジメント」の意義について,それぞれその主要例を示している。例えば,これから検討しようとするリスクマネジメントの対象が「企業リスク」で,マネジメントを「要素の循環」と解釈するとすれば,この場合,企業リスクを対象とし,その内容はリスク処理の計画,リスク処理の組織,リスク処理の指導,リスク処理の統制というリスクマネジメント・サイクルを描くことになる。(「企業リスク」と「要素の循環」との結合)。また,自治体がリスクマネジメントを検討し,「災害リスク」を対象にして、そのマネジメントの意味を「対策の結合」とするならば,その場合,リスク処理の導入対策,リスク処理の事前対策,リスク処理の渦中対策,リスク処理の事後対策という展開となる。(「自治体リスク」・「災害リスク」と「対策の結合」との結合)
図 「リスク」と「マネジメント」の結合の例
リスク |
マネジメント |
企業リスク 家庭リスク (1) 学校リスク 自治体リスク 純粋リスク(loss only risk) (2) 投機的リスク(loss or gain risk) 災害リスク 業務リスク (3) 管理リスク 戦略リスク 不注意 ミス (4) 失敗 内部告発 事故 事件(企業不祥事件を含む) (5) 危機 犯罪(コンプライアンス違反を含む) |
(a)要素(過程)の循環 (計画,組織,指導,統制) ↓ 調査・確認=情報収集・発見 評価・分析=予測 選択・決断=処理手段の選択 (b)意思決定の連続 (情報,企画,選択,再検討) または (情報,予測,決断,選択) (c)対策(対応)の結合 (導入対策,事前対策,渦中対策,事後対策) (d)マニュアルの運用 (作成,運用,適用,是正) (e)業務の連続 (Risk ControlとRisk Finance) インフォメーション コミュニケーション アセスメント トリートメント |
(亀井利明『リスクマネジメント総論』同文舘,2004年,64頁に基づいて作成)
さて、このように対象とする「リスク」対して、どのような「マネジメント」を展開するかによって、リスクマネジメントは異なったものとなるが、それに対応した組織の位置付けがあり得る。つまり,どのようにリスクマネジメントを把握するかによって組織体制は異なってくる。これを「リスク」と「マネジメント」の結合論(2004)に基づく組織化モデルとして筆者は提起する。以下にその例を示す。((R)は「リスク」,(M)はマネジメント,(RM)はリスクマネジメント,(O)は組織をそれぞれ示す。)
(例1)(R)「企業リスク」,特に「純粋リスク」・「業務リスク」・「不注意」+(M)「マニュアルの運用」の結合 =(RM)「業務管理型リスクマネジメント」(マニュアルの作成・解釈・適用・是正)→(O)各部門内におけるリスクマネジメント担当者の設置または部門全体での安全管理体制の徹底。
(例2)(R)「学校リスク」,特に「純粋リスク」・「犯罪(不審者の侵入)」+(M)「要素の循環」=(RM)「経営管理型リスクマネジメント」の学校への適用(安全に関する計画・組織・指導・統制)→(O)職員会議構成員による安全に関する独立分掌の組織し担当者を任命。警備員の配置。PTA構成員による警備係の組織。
(例3)(R)「企業リスク」,特に「投機的リスク」・「戦略リスク」+(M)「意思決定の連続」の結合=(RM)「経営戦略型リスクマネジメント」(情報・予測・決断),「統合型リスクマネジメント」 →(O)トップマネジメント直属のスタッフとしての組織。
(例4)(R)「自治体リスク」,特に「純粋リスク」・「災害リスク」・「危機」+(M)「対策の結合」=(RM)「危機管理型リスクマネジメント」(導入対策,事前対策,渦中対策,事後対策)→(O)「危機管理監」の任命。危機管理マニュアル作成,防災活動を中心とするスタッフを組織。緊急事態発生時における「危機管理対策本部」の召集。
参考文献
亀井克之「リスクマネジメントの組織化の研究 −理論と事例−」『損害保険研究』第66巻第2号,(財)損害保険事業総合研究所,2004年8月。
第4章 Informationモデル
本章は,ビジネス・リスクマネジメントに関する新たな理論的フレームワークとして,Informationモデルを提示する。Informationモデルは,投機的リスクに対するより良い意思決定(リスクテーキング)を志向する経営戦略型リスクマネジメントを描出するために着想したものであるが,ビジネス・リスクマネジメント全般を説明する上でも有効である。
1.経営戦略型リスクマネジメントの展開
リスクマネジメント研究においては,リスクコントロール(事前の予防対策)とリスクファイナンス(有事に備えての保険や他の財務手段の整備)という伝統的な純粋リスク処理ツールの研究に加えて,第3章で見たように,経営戦略展開における投機的なリスクに直面しての経営者のより良い意思決定(リスクテーキング)のあり方や,意思決定者の資質に関わる経営者リスクと呼びうるヒューマンファクターの研究を包含した経営戦略型リスクマネジメントと呼びうる分野が確立されてきた。
経営戦略型リスクマネジメントの特徴については,第3章の最後にまとめたが,@企業の戦略策定・実行におけるリスクマネジメント的思考の導入,A純粋リスク処理のアプローチ(一般リスクマネジメントシステム)の投機的リスク処理への適用,Bリスクに直面しての意思決定(リスクテーキングの重要性),C失敗要因を除去して,成功要因を積み重ねて経営戦略を支援,という4点に要約される。それぞれ,以下に先行研究をレビューしておく。
@企業の経営戦略策定・実行におけるリスクマネジメントの重要性:
「リスクマネジメントは,将来の不確実性に直面した企業の全体的な戦略にすべて包含される。」(A. Lemaire, 2000, p.35)
A投機的リスクは純粋リスクの処理(リスクを調査・確認,評価・分析の上,リスク処理手段である回避・除去・転嫁・保有の最適の組み合わせを選択し実行すること)と同様の発想で対処可能:
「投機的リスクは,保険化不可能であるが,純粋リスクに対処するのと同様の合理的アプローチによって対処可能である。すなわち,純粋リスクを分析する場合と同様の発想で分析可能である。」(Marmuse et Montaigne, 1989, p.166.)
B意思決定・リスクテーキングの重要性:
「経営戦略型リスクマネジメントは意思決定の連続であり,リスク処理に関する1.情報活動,2.企画活動,3.選択活動,4.再検討活動である。」(亀井利明,2002,61頁)
C失敗(損失)要因を除去して,結果として,成功(利益)要因を積み重ねる形で経営戦略を支える:
「経営戦略の策定と実行に伴うリスクを適切に管理しつつ,一方で利益最大化を狙い他方で損失最少化を企図するものが経営戦略型リスクマネジメントである。」(吉川吉衛,2000,281頁)
2.Informationモデルの概要
経営戦略型リスクマネジメントの考え方を中心とする現代的なビジネス・リスクマネジメントの理論的フレームワークとして,以下に,独自の「Informationモデル」(図4−1参照)を提起したい。
現代のめまぐるしく変化する環境の中,環境に適応した経営戦略を展開していくために最も重要な要素は情報(information)である。英語のinformationを3分割すると図4−1
上部のようになるが,これを「環境に関わる情報収集活動(info)」「情報と実行(リスク処理)をつなぐリスクマネジメント(rm)」「環境適応に関わる意思決定に基づくリスク処理の実行(a(c)tion)」と考える。ところでationのままでは,「行動・実行」を示す英語のactionからcが欠けている。経営戦略型リスクマネジメントにおけるリスク処理とは,リスクを何らかの形で負担して,経営戦略を展開することにほかならない。
このモデルでは,Cの要素が欠けているから,脆弱性を呈し,不確実性とリスクが生じると考える。したがって,Cの欠如を充たすことがリスクマネジメントであると考える。この発想に基づけば,Cの欠如を充たすことによって,環境に適応した経営戦略の展開を支えるのが経営戦略型リスクマネジメントとなる。したがって,このInformationモデルでは,リスクマネジメントについて「Cの要素の欠如を充足して,情報収集活動とリスク処理の実行・戦略展開とを結びつける意思決定(リスクテーキング)」という側面から捉えている。
図4-1A: Information モデル
info (情報) rm(=risk management) (リスクマネジメント) a(c)tion (実行)
環境に関わる
Cの欠如を充たして「情報」と 環境適応に
情報収集 「実行(リスク処理・戦略展開)」とを結ぶ
関わる意思決定
3.Cの要素
それでは,「Cの要素の欠如を充足して,情報収集活動をリスク処理の意思決定(リスクテーキング)に基づく実行・戦略展開に結び付ける」というInformationモデルに基づいて,Cの要素を列挙すれば次のようになる。
3.1.全体的要素
まず,全体的な要素として考えられるのが以下の諸点である。
@ 経営環境(Circumstance)を把握し,自らが置かれた環境(Context)におけるリスクを調査・確認,評価・分析し,リスク処理手段を選択する上で必要な情報の収集(Collection),
A 「失敗に学ぶマネジメント」として,過去の教訓を活かした戦略の修正(Correction)ならびに脆弱性の補正(Correction),
B 明確(Clear)で理解しやすく(Comprehensible)かつ強固な(Consolidated)コンセプト(Concept),
C 戦略展開において,自らの文化(Culture)・中核能力(Core Competence)・コンセプトを維持すること,すなわち一貫性(Coherence)の保持,
D 地球環境問題や消費者(Consumer)の健康・安全問題に留意し地域社会(Community)との共存(Coexistance)を図ること,社会への貢献(Contribution to the society)
E 苦情に耳を傾け(Complaint consciousness),顧客満足 (Customer Satisfaction) を図ること,顧客の信頼(Credibility)を得ること
F コンプライアンス・法令遵守(Compliance),
G 資金(Capital)とコスト(Cost)管理.
H ブランド力を支えるコーポレート・アイデンティティ(CI:Corporate Identity)
3.2.意思決定者と組織構成員の資質に関する要素
次に,I意思決定者と組織構成員の資質・能力(Competence)に関わる要素として,次のように列挙しうる。
・コミュニケーション能力(Communication),
・コーディネーション(調整)能力(Coordination),
・経験(Career),
・独創性(Creativity),
・好奇心(Curiosity),
・教養(Culture),
・常識(Common Sense),
・指揮(Command, Conduct),
・警戒心(Carefulness ; Caution)と挑戦心(Challenge)・勇気(Courage),
・変革力(Change),
・コミットメント(Commitment),
・集中力(Concentration),
・理解・包容力(Comprehension),
・考察力(Consideration),
・自分の判断に対する確信(Conviction ; Certainty; Confidence)
・個性(Character)
・情熱(Passion),何かにかける心(Heart, フランス語でCoeur)
・経営理念(=組織における共通の目的)(Common purpose)
・志(=ビジョン)(Vision, 日本語の志をローマ字化すればCocorozashi)
意思決定者にとっては,以上の諸要素総てが,リーダーシップと「リスク感性」を構成する。なお,リーダーシップ(Leadership)とリスク感性(Risk Sense)はいずれも最重要要素でありながら,Cの頭文字をとることができない。そこで,リーダーシップにはその指揮能力の側面を見てCommandとConductをあて,リスク感性には,リスクに直面しての自分らしさ,すなわち個性の発揮という風に理解してCharacterをあてる。
3.3.組織に関する要素
経営戦略展開の主体となる組織に関わる要素としては,まずK調整(Coordination)がある。調整については,組織の観点から後述する。
さらに,意思決定者の意思決定に基づいて団結してリスクに挑戦していく組織構成員(Company ; Colleague )の間に,次の要素がL共通目的・連帯(Common purpose),Mコミュニケーション(Communication),N信頼感(Credibility ; Confidence),O協働(Cooperation)が確立され,リスク処理に関わるP知識(Knowledge ; 仏語でConnaissance)が創出(Creation)されていくことが必要となる。
2.4.経営戦略型リスクマネジメントにおける選択と好機
経営戦略型リスクマネジメントとは,経営戦略に伴うリスクをいかに処理するか,いかにそのリスクを負担するかの意思決定(リスクテーキング)であると言える。経営戦略を策定・実行するときにさまざまなリスクが考えられる。それは,ゲイン(利得)とロス(損失)をめぐる不確実性としてのリスクに直面したときに,ロスを最小化して,ゲインのチャンス(好機 : Chance)を最大化するためのQ選択(Choice)である。すなわち,ロスの可能性を,ゲインへのチャンス(Chance)へと転換(Convert)するための選択(Choice)である。
リスクマネジメントとは,リスク処理手段の選択(Choice)についての意思決定にほかならない。
2.5.リスクマネジメントの組織における2つのC
リスクマネジメントを組織にどのように位置付けようと,常に重要なのが,コミュニケーション(Communication)とコーディネーション(Coordination=調整)の機能である。この2つの要素は既に列挙しているが,今一度注目してみよう。
コミュニケーションには,@リスクマネジメントに関してトップから現場まで組織内で認識を共有するためのコミュニケーション,A投機的リスク処理に関する意思決定支援としてのコミュニケーション,B純粋リスク処理に関する指導・意思決定支援としてのコミュニケーションが考えられる。コーディネーション(調整)としては,@リスクマネジメントに関するトップから現場に至る縦のラインでの調整,A各部門間の横断的な調整,Bリスクの調査・確認,評価・分析,処理手段の選択について組織内におけるコンセンサス作りのための調整が考えられる。Aの各部門間の横断的な調整の具体的な例として,第12章のカルロス・ゴーンに関するケースで取り扱う「クロス・ファンクショナリティ」(Cross Functionality)の概念がある。
リスクマネジメント職能におけるコミュニケーションと調整の重要性は,非常に古くから認識されているテーマである。クロックフォードの研究に基づいて,その要点を列挙しておく。
@
リスクマネジメント担当責任者は,企業の特定部門でリスクを管理する担当者達に,リスクに関する助言,助力,説明,激励を行うために在籍しているのであり,自らが企業のリスクを管理するわけではない。
A
企業内の権限が分権化されている場合には,分権化されたリスクマネジメントの・アドバイザーを数多く設置することの方がより効果的である。本部のリスクマネジメント担当者も依然として必要であるが,その仕事は正に調整役(コーディネーター)のための調整役となる。
B
ライン・マネジャー(部門管理者)は,各自の部署のリスクを管理することが要求されるが,リスクは部門毎に整った形で現れるわけではない。リスクは機能上,組織上の境界からはみ出し,1つのリスクは異なった報告経路を有する多数の部門にまたがる。したがって,部門間協力が必要となり,中央のリスクマネジメント・アドバイザーが有益となる。しかしながら,効果的に職務を果たすためには,リスクの確認と処理に直接携わる関係者と,公式,非公式の両面での良好なコミュニケーションを持つことが必要である。
C
統合型のリスクマネジメントは企業にとって新しい体制となるが,多くの構成部分は既に企業の中に存在している。企業は,火災防止の専門家,安全管理担当者,保安担当者,品質管理部門,顧客からのクレーム担当者,法律アドバイザー,保険部門などを設置してきており,これらの部門や担当者が,部分的なリスクマネジメントに従事してきたのである。こうした各専門分野を指揮するために,集権的なリスクマネジメント体制を構築することは,各部門間の共同作業よりも対立関係を生むことが多い。全社規模の直接的コミュニケーションに関して,リスク・マネジャーに生じる問題を解決するには,リスクマネジメント担当者の職責を明確に定義する必要がある。まず,リスクが管理されている部門では,マネジャー達のコーディネーター(調整役)としての役割を強調し,逆にリスクが管理されていない部門では,リスクマネジメント技術に関するアドバイザーとしての役割を強調することである。
(Crockford(1980)
pp.100-105 ; 南方訳(1999) 145-151頁)
3.Informationモデルで見る本書第2部における事例の要点
Informationモデルを別の角度から図示(図4−1B)し,本章第2部で展開するケーススタディをCの要素の観点からまとめてみよう。
図4−1B Informationモデル
INFORMATION :
INFO
環境に関わる情報収集
A TION
各章ケースに見るCの要素
・第5章・第6章 「環境経営」:ワシントンホテルプラザ,R&Bのケース
地域社会との共存(Coexistance with Communitiy) ,環境経営のコンセプト(Concept),組織内における環境経営という共通目的(Common purpose)。
・第7章 「起業」:パソナのケース
「社会の問題を解決する」というコンセプト(Concept),志を同じくする人への呼びかけ「この指とまれ」(Company=同じパンを食べる仲間)。
・第8章 「ブランド経営」:ルイ・ヴィトン ジャパンのケース
ルイ・ヴィトン日本進出時に秦郷次郎社長が展開した斬新なビジネス・コンセプト(Concept),ブランドを支えるヒストリーとコーポレート・アイデンティ(Corporate
Identity),信頼・クレディビリティ(Credibility)の構築−広告・PRの一貫性(Coherence),
顧客満足(Customer Satisfaction)の追求,危機に対処するコミュニケーション(Communication)。
・第9章 「新製品開発戦略」:ルノー・エスパスのケース。
エスパスの独創性(Creativity),マトラが提案したプロジェクトに対する選択(Choice)。
・第10章「多角化戦略」:欧州における金融多角化のケース
新規事業においていかに本業の文化と一貫性を持たせるか,成功要因としての一貫性(Coherence)の保持。
・第11章 「戦略的提携」:ルノー・日産アライアンスのケース
資金とコスト管理(Capital and Cost),グローバル化の遅れという脆弱性の補正(Correction),過去のアライアンスの失敗に学んで戦略を修整(Correction),日産とルノーの相互信頼(Confidence)。
・第12章 「危機管理とリーダーシップ」:カルロス・ゴーン流企業危機管理のルーツ
危機管理(Crisis Management),リーダーシップ(Conduct)とコミュニケーション(Communication),クロス・ファンクショナリティ(Cross
Functionality),リーダーの個性(Character)とリスク感性,コミットメント(Commitment)。
・第13章 女性起業家:ブレーン・パワーのケース
地域社会との共存(Coexistance with Community),挑戦(Challenge),家庭の理解(Comprehension)と家庭との両立(Compatibility with
family life)。
・第14章 南仏プロバンス・街角の経営者
事業の選択(Choice),顧客との交流・顧客満足(Customer Satisfaction)。
参考文献
Neil
CROCKFORD,An Introduction to Risk
Management, Woodhead-Faulkner, 1980
(南方哲也訳『リスクマネジメント概論』晃洋書房, 1999年).
Alain LEMAIRE, “Quel avenir
pour le risk manager?” Risques, n〫44, octobre/décembre 2000, LGDJ/SCEPRA, pp.35-37.
Christian MARMUSE et Xavier MONTAIGNE, Management
du risque, Vuibert, 1989.
亀井利明『企業危機管理と家庭危機管理の展開』危機管理総合研究所,2002年。
吉川吉衛「環境経営と経営戦略型リスクマネジメント」『関西大学商学論集』第45巻第4号,関西大学商学会,2000年。
コラムA Informationモデルの発案
過去に書いた経営戦略とリスクマネジメントに関する論文を著書の一つの章として収録するために手直ししていたときのことである。
リスクマネジメントをRMと略すかどうかで迷った。その論文ではリスクマネジメントを「RM」と略して書いていた。最初はそのままにしていたのだが,本にするにあたって,結局,略さずに「リスクマネジメント」と記すことにした。
その論文では,かなり多くの部分でRMという風に記していた。そこで,論文のファイルの中のRMという言葉をすべてリスクマネジメントという言葉に置き換えるにために,ワープロの置換機能を使った。「検索する文字列」を「RM」,「置換後の文字列」を「リスクマネジメント」として,「すべて置換」をクリックした。
置換後の原稿を眺めてみると,奇妙な文字列があるのに気付いた。
…Infoリスクマネジメントation…
最初は,これは何だと思ったが,すぐに論文中で使っていた英語のInformationという言葉の真ん中にあるrmのスペルを拾って,それもリスクマネジメントに置き換えてしまったのだなと判った。
そのまま,じっとこの文字列を眺めていた。そのうちに,「Infoとationをリスクマネジメントが結び付けている」形から,「情報収集」(リスクの調査・確認,評価・分析)と「実行」をリスクマネジメントが結び付けるという風に読み取った。さらに実行(action)とするにはationではcの文字が足りないことから,Cの欠如を充足するということを思いついた。
こうして,Informationモデルを着想したわけである。
このモデルでは,第4章で説明しているように,リスクマネジメントの中心をCの欠如を充たして,「情報」と「実行(リスク処理・戦略展開)」とを結ぶ意思決定(リスクテーキング)と捉えている。
セオリーB リスクの本質
上田和勇教授は,『企業価値創造型リスクマネジメント』(白桃書房,2003年)の補章「リスクの理解」の中で,リスクの基本的特徴について,次のように図示し11項目を列挙している。これらは,現代的リスクマネジメントの最大の特徴であるリスク最適化(ロスの最小化とゲインのチャンスの最大化)と意思決定(リスクテーキング)を考える上で,非常に有益である。
図 リスクの理解
(ここに図が入る)
(上田和勇『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年,164頁)
リスクの基本的特徴
@ 個人,企業,国家といったすべての組織は常にリスクに直面している。
A あるリスクは,個人や組織にマイナスの影響を与え,損失を生じさせることがある。
B あるリスクは個人や組織にプラスの影響を与え,チャンスや好機の機会を生じさせる。
C 個人や組織は,リスクを回避することができるが,リスクをとらなければ(リスク負担),リスクによるチャンスの恩恵にはあずかれない。
D リスクには発生頻度と発生した場合の強さ(影響の強さ)がある。
E リスクの頻度と強さは経験,情報などにより測定ができる場合がある。
F リスク発生の背景にはそれを助長するさまざまな要因があり,それがリスクの大きさに影響を与え,最終的に損失の発生や場合によってはチャンスの増大に結びつく。
G リスクによっては,リスクは連鎖していく場合がある。
H リスクは,コスト負担をすることにより,リスクの発生頻度や強さをコントロールすることができる。
I 個人や組織は,コスト負担によりリスクを他に転嫁できることもある。
J リスクへの人々の反応(頻度や強さの予測,怖さ,負担意欲他)は人により異なる。
(上田和勇『企業価値創造型リスクマネジメント』白桃書房,2003年,164-165頁)