第10章 多角化戦略:

欧州における金融多角化のケース 

 

多角化戦略には大きなリスクが伴う。本章では,イノヴェーションに基づく多角化戦略の成功要因を提示し,成功のための要素の欠如がリスクであり失敗要因となるという認識に基づいて,欧州における@銀行の損害保険事業への多角化(バンカシュランス)と,A保険会社による銀行事業への多角化(アシュルフィナンス)の事例研究を行う。

 

キーワード

イノヴェーションの3つの軸 多角化戦略の成功要因ABCDE 強いブランドの3条件一貫性の保持(成功要因) 一貫性の欠如(失敗要因・リスク) バンカシュランス 事故調査部門の分離 ローンとの組み合わせ販売 アシュルフィナンス パッケージ提供 マルチリレーショナル マルチチャネル化 多角化におけるマーケティング・イノヴェーションの意義

  

1節 多角化戦略の成功要因 ABCDE

 

1.  多角化戦略

 

経営戦略論における古典的な「多角化」に関する理論的枠組みとして,アンゾフの製品・市場マトリクス(図9−1)に基づくものがある。すなわち,既存の市場(顧客)に対して既存の商品の販売を促進しようとする「浸透戦略」,既存の市場(顧客)に対して新たに開発した製品を販売しようとする「新製品開発戦略」,既存の製品を新たな市場を開拓して販売しようとする「新市場開拓戦略」,そして,企業の成長戦略の最終的段階として,新たに開発した製品を新たに開拓した市場において販売しようとする「多角化戦略」をそれぞれ位置づけるものである。(注1)

 代わって,エイベルが『事業の定義』の中で提示した顧客セグメント(誰に提供するのか?),顧客ニーズ(何を提供するのか?),マーケティングミックス代案(どのように提供するのか?)という3つの軸(図9−2)を用いて,多角化を把握することもできる。すなわち,「Who(誰に),What(何を)How(どのように)販売するのかという3つの軸に基づいてイノベーション(革新)をはかり,新たな戦略的事業単位へ進出すること」を「多角化」と定義することも可能である。

(注2)

 

図9−1 「多角化」に関する古典的理論 アンゾフの「製品・市場マトリクス」(1965)

 

市場   製品 

既存

新規

既存

市場浸透

新製品開発

新規

新市場開拓

多角化

 

 

 

 

図9−2  多角化事業のコンセプト設定上のイノヴェーションの3つの軸

               

          標的市場セグメントに関する

           イノヴェーションに基づく多角化

Who(誰に)

コア・ビジネス(本業)

 

      What(何を)             How(どのように)

商品・サービスに関する            マーケティング・システムに関する                 

イノヴェーションに基づく多角化        イノヴェーションに基づく多角化

 

. 多角化の形態

 

多角化戦略策定・実行に当たり,経営環境に顕在・潜在するリスクを調査・確認・評価・分析の上,多角化失敗の要因をできるだけ取り除き,結果として,多角化成功の要因を積み重ねて,より効果的な多角化の手段が選択される。多角化戦略の手段,すなわち,その形態には,(1)独自資源による開発:(a)自社内での新規事業構築あるいは(b)子会社設立,(2)外部資源の活用:(a)戦略的提携,(b)戦略的提携に基づく合弁事業,(c)既存企業との合併,(d)既存企業の買収がある。

 

3.多角化戦略における成功要因と失敗要因

 

多角化戦略に関する数多くの論考の中から,まず,ヴェリの研究に基づいて,多角化戦略における成功要因と失敗要因を以下にまとめる。(注3)

多角化戦略を成功に導く二つの柱は「(既存組織との)一貫性・適合性」と「競争力」である。まず新規戦略事業と既存組織との「一貫性・適合性」は,@経営者のマネジメント能力について,A企業文化について,そしてB企業の長期的な戦略的ビジョンについて,それぞれ充足されなければならない。次に,「競争力」は,@新規事業のパフォーマンスと,A既存事業と新規事業を含む企業の活動全体のパフォーマンスの両方について発揮されるものでなければならない。

「一貫性・適合性」と「競争力」という多角化成功の二大要因を支えるのが,失敗要因の除去である。以下に多角化失敗要因を列挙しておこう。

・市場成長が望めず潜在的価値の少ない事業分野の選択,

・企業の長期的な戦略的ビジョンとの首尾一貫性を欠くような事業分野への進出,

・新規事業と既存事業との間の文化的に相容れない部分の存在,

・新規事業経営者における当該事業運営に必要な能力の欠如,

・経営資源の共有や既存の優れたノウハウの移転が不可能,

・経営資源の共有により,企業の既存事業の競争力を弱化,

 

4.多角化戦略の成功要因ABCDE

ヴェリの分析を踏まえた上で,企業側の戦略的視点のみならず,消費者側の視点をも考慮に入れて,多角化戦略を成功に導く要素をそれぞれの英語の頭文字をとってABCDEとする。

 

(A)顧客訴求(Appeal):新規事業分野におけるアピール

(B)ブランド(Brand):既存ブランド活用または新規ブランド構築

(C)コンセプト(Concept):新規事業展開の拠り所となる明確かつ強固なコンセプト

一貫性(Coherence):既存事業の組織・戦略・文化に新規事業が適合・適応

信頼・自信(Confidence):新規事業展開によって従業員・顧客に信頼感・自信

(D)差異化(Differentiation):先発企業の戦略・業界常識からの差異化確立

(E)教育(Education):新規事業分野において従業員教育・顧客への情報提供

 

(A)顧客訴求(Appeal)

  本業以外の事業分野への多角化にあたっては,進出した分野における自社の存在についてアピールすることが重要となる。従来の専門分野とは異なる分野においても事業遂行能力があること,安心して新規分野におけるサービスも利用してもらえること等をアピールする必要がある。標的セグメントの消費者に対するアピールの材料として,理解されやすい一貫性のある強固なコンセプト,本業分野で築き上げた信頼性に富むブランドのイメージまたは新たに構築したブランドのイメージ,新規参入分野における既存企業のシステムとどこが異なっているのかという差異化を強調することが重要となる。

 

(B)ブランド(Brand)

  多角化戦略における有効なブランド・イメージ形成は,コンセプトの一貫性,顧客に訴求しやすい簡潔なシステム,既存企業との差異化が三位一体となって実現する。一貫性のある強いブランド・イメージの形成は,多角化分野における企業と顧客の双方に自信と信頼感を抱かせる結果となる。多角化戦略とブランドについては,本業分野で築いたブランドを多角化分野にも活用しグループ全体としてのブランド力を向上させる場合と,多角化分野において新たにブランドを構築し,新たなイメージを顧客訴求や差異化に活用する場合とがある。

 

(C)コンセプト,一貫性,信頼・自信(Concept, Coherence and Confidence)

  金融・保険というサービス産業においてイノヴェーションを図って新規事業に進出する場合,そのコンセプトは独創的かつ一貫性を持つものでなければならない。個々のマーケティング戦略は追随企業によって簡単に模倣されてしまうが,強固なコンセプトは模倣が困難である。コンセプトの持つ独創性が新規事業に魅力を付与し,一貫性が標的市場に対する浸透力を与える。コンセプトに基づいて,標的セグメントが設定され,さらに,その標的セグメントに対していかにサービスを提供するのかというマーケティング・システム(商品企画・価格付け・チャネル整備・コミュニケーション構築)が設定される。

一貫性の持つもう一つの意味として,コンセプトがしっかりとしたものであるという意味以外に,既存事業の組織・戦略・文化との融合ないしは適合という意味合いがある。すなわち,コンセプトが,既存事業の組織と相容れないものであったり,企業全体の戦略や文化と矛盾するような場合,新規事業として効果を発揮しえない。つまり,多角化の結果開始された新規戦略事業においても,既存の事業ならびに企業全体の文化との一貫性が保持されることが肝要となる。

一貫性のある強固なコンセプトに基づいてブランド・イメージが形成されると,企業と消費者,特に販売担当者(接客者)と顧客の双方に信頼感・自信を抱かせる。サービス企業の場合,強固なコンセプトは接客者たる従業員チームに自信を抱かせることとなる。従業員チームがこのコンセプトを実践に移すと,イメージそのものに彼らの自信が反映される。この強固なコンセプトの下にサービスの質と従業員の自信,さらに顧客の信頼感が一体化する。

 

(D)差異化(Differentiation)

多角化によって新市場に参入する場合,当該市場において既に確固たるシェアを獲得しブランドイメージを確立している企業と真正面から競争して優位に立つことは非常に困難である。既存企業のシステムといかなる差異化を図るかがコンセプト策定の出発点となり,効果的な差異化は顧客訴求とブランド・イメージの原動力となる。

 

(E)教育(Education)

製品の品質が主として企業のイメージを構成する製造業と異なり,金融というサービス業においては,顧客と接する従業員が企業のイメージに直結する可能性がある。したがって,サービス企業においては元来従業員に対する教育は非常に重要であるが,多角化によって新規事業に参入する場合,新分野についての社員教育の徹底が成功の鍵となる。ここで言う教育には社員教育という意味合い以外に,消費者に対する教育という意味合いを持つ。すなわち,多角化事業における新商品や新サービスについて,消費者に適格に情報提供することが同じく成功の鍵となる。こうした教育においても,企業・従業員と顧客の双方にブランドに対する信頼感を抱かせるような方向性を持たせることが必要となる。

 

5.ブランドの要素

 多角化戦略成功要因のABCDEのうち,ブランドにさらに注目してみよう。

  コトラーによれば,ブランドとは,販売者ないしは販売グループの製品やサービスを識別し,それらを競合他社から差異化するために付される名前,言葉,記号,シンボル,デザイン,ないしはこれらの組み合わせからなるものである。(注4)

  したがって,ケーススタディの題材として,ネーミング(名前),ロゴマーク(シンボルマーク),色彩(カラー),キャッチフレーズ,広告・CMなどに着目できる。

その他にアーカーの言うブランド・エクィティ(ブランド資産)の構成要素である知名度,知覚品質(消費者が当該ブランドに対して感じる品質のイメージ),ブランド連想(消費者が当該ブランドから想起するイメージ),ブランド・ロイヤルティ(消費者が当該ブランドに抱いている愛着)などにも着目できよう。(注5)

  強いブランドの条件としては,「一貫性と継続性」,「独自のテーマ性」,「ライフスタイルの提案」の3(注3)が挙げられる。(注6)

 

  強いブランドの条件

  1.「一貫性と継続性」−イメージの訴求ポイントが一貫している。

  2.「独自のテーマ性」−固有のわかりやすいテーマを持つ。

  3.「ライフスタイルの提案」−新しいライフスタイルを提案している。

 

7.ブランドと信頼

接客者と信頼という観点からブランドを捉えてみよう。サービス業固有のマーケティングを考える場合,重要な点は接客者の問題である。接客者はサービス企業のブランド・イメージに直結しうる存在である。同時に,その立場は企業の利益と顧客の利益の狭間にあって複雑であり,業務の反復性によって疲弊しやすい存在でもある。

 サービス・マーケティングにおいて,ブランド・イメージを強化することは,こうした複雑な立場にある販売チャネルに,自社ブランドに対する帰属感・信頼感を与え,自らの業務に自信を抱かせることにつながる。この2点に大きな意義があるというのが本論の主張である。同時に,ブランド・イメージ構築は,新規獲得顧客のみに向けられるのではなく,既存の顧客の間に当該ブランドに対する帰属感・信頼感,さらに当該企業のサービスを利用していることについての自信・安心感を抱かせる。

 

8.多角化戦略におけるブランド

 ブランド戦略は,統一されたブランド名を軸にした単一ブランド戦略と,チャネル毎に異なるブランド名を使用する複数ブランド戦略がある。多角化戦略の観点から見ると,@多角化によって参入した分野においても,既存のブランドを用いる場合と,A多角化によって参入した分野においては,新たなブランドを構築する場合とがある。

 業界再編を例にとれば,合併・買収による再編を機会に,@ブランドをどちらか一方に統一するケースや,A新たなブランドを構築するケース,Bそれぞれのブランドを残すケースがある。

そして,本章で事例として取り上げる金融多角化の場合,@銀行から保険業への多角化で銀行のブランドをそのまま活用するケース,A銀行から保険業への多角化で保険事業については新たなブランドを構築するケース,B保険会社から銀行業への多角化で,保険会社のブランドをそのまま活用するケース,C保険会社から銀行業への多角化で,銀行事業については,新たなブランドを構築するケースが考えられる。@の例が,本章でケースを取り上げるフランスのクレディ・アグリコル銀行による損害保険業への多角化である。同じく本章でケースを取り上げるフランスの保険会社AGFによる銀行事業,バンクAGFの開業はBの例である。一方,Aの例としては,英国バンク・オブ・スコットランド銀行による損害保険事業ダイレクト・ライン,Cの例としては,英国生保プルーデンシャルによるダイレクト銀行事業「エッグ」がある。

 

9.一貫性の保持(成功要因)と一貫性の欠如(失敗要因)

 本節では多角化戦略の成功要因ABCDEについて述べてきたが,この5要因が欠如しているということが多角化戦略におけるリスク,すなわち失敗要因ということになる。

特に,ベリの研究において,「競争力」と並ぶ2大成功要因として「一貫性・適合性」(Cの要因:Coherence)が指摘されているが,一貫性が欠如することはは,大きな失敗要因となる。ベリ自身,「企業の長期的な戦略的ビジョンとの首尾一貫性を欠くような事業分野への進出」,「新規事業と既存事業との間の文化的に相容れない部分の存在」を失敗要因として挙げている。

  したがって,「成功要因としての一貫性の保持」と「失敗要因(リスク要因)としての一貫性の欠如」を重要な枠組みの一つとして,次節において欧州金融機関における多角化戦略のケーススタディを掲げる。

 

(1)    H. Igor ANSOFF, Corporate Strategy, McGraw Hill, 1965.(広田寿亮訳『企業戦略論』産業能率大学出版部,1969)参照。

(2)    Derek F. ABELL, Defining the Business : The Starting Point of Strategic Planning, Prentice-Hall, 1980. (石井淳蔵訳『事業の定義』千倉書房,1984)参照。 

(3) Philippe VERY, Stratégies de Diversification, Editions Liaisons, 1991参照。

(4) フィリップ・コトラー,ゲイリー・アームストロング著,和田充夫・青井倫一訳『マーケティング戦略』プレジデント社,1995323頁。

(5)デービッド・A・アーカー著,陶山計介他訳『ブランド・エクイティ戦略』ダイアモンド社,1994参照。

(6)小川孔輔『よくわかるブランド戦略』日本実業出版社,20012425頁。

 

第2節       事例研究:欧州における金融多角化のケース

 

1.バンカシュランスとアシュルフィナンス

  1990年代以降,世界の金融業界において,グローバル化と他の金融分野との統合化を二大潮流とする大型再編成が繰り広げられてきた。特に1990年代末には,大型の合併・買収・提携が続いた。国境を越えた再編成,銀行・証券・保険の枠組みを越えた再編成が日常的となり,複数の国家と複数の分野にまたがる金融グループや金融コングロマリットと呼ばれる企業群が形成された。さらに,製造業,流通業など異業種からの金融市場・保険市場への参入も実現している。

欧州では,早くからこの金融再編ならびに金融サービス融合化が進行してきた。この中で,フランスなどで見られる動きが,バンカシュランスと呼ばれる銀行による保険業への多角化と,アシュルフィナンスと呼ばれる保険会社から銀行業への多角化である。(注7)

 

1.1.バンカシュランス(銀行→保険)

バンカシュランス(bancassurance)はフランス語で銀行を意味するbanque と保険を意味するassurance を合成した造語であり,狭義には銀行による保険業への多角化を示す概念である。広義には保険会社による銀行業への多角化も含んだ銀行業と保険業の相互参入を示す概念で,以下のような意味合いで用いられる。

(1)銀行業と保険業の相互参入,

(2)銀行による保険業への多角化,

(3)銀行の窓口における保険商品の販売(窓口販売),

(4)保険会社による銀行業への多角化,

(5)金融コングロマリット内における銀行業と保険事業の両事業の展開。

1980年代後半より,フランスの金融機関が,100%出資生命保険子会社を設立し,貯蓄型生存保険商品の販売に大成功を収め,現在,フランス生命保険市場のシェア50%以上を銀行の生命保険子会社が占めている。それゆえ,欧州では,バンカシュランスと言う場合,(2)の銀行による保険業への参入,具体的には(3)の銀行の窓口を通じての保険契約の流通といった銀行主導型の戦略を意味する傾向にある。

 

1.2.アシュルフィナンス(保険→銀行)

アシュルフィナンス(assurfinance)は,フランス語で保険を意味するassuranceと金融を意味するfinanceとの合成による造語であり,一般に以下に示すような保険会社の銀行業への多角化を意味する。

バンカシュランスが銀行のチャネルである窓口における保険商品販売を指すのが一般的であるように,アシュルフィナンスは保険会社のチャネルである代理店や営業職員によるローンや投資商品を販売を指すのが一般的であった。しかし,本章のケース部分で取り扱う保険会社AGFによるバンクAGF設立の成功を受けて,保険会社の銀行子会社による普通銀行口座開設に重点を置いた戦略が普及しつつあり,さらにアシュルバンクという用語も使われるようになっている。これは,assuranceと銀行を意味するbanqueとの合成による造語である。 

 

3.クレディ・アグリコルのケース −銀行による損害保険事業への多角化−

 

- 2000915日クレディ・アグリコル・デュ・ミディ本部に於けるインタビュー

- クレディ・アグリコル・デュ・ミディ マーケティング部長 アルクサンドル・ベギュ(Alexandre Begu)

- 同 保険業務責任者 フランシス・ジアン(Francis Djian)

 

20008月末から9月 フランス銀行による損害保険商品販売キャンペーンに関するフィールドワーク

−南フランスのラングドック・ルシオン地方,エロー(Hérault)県県庁所在地モンペリエ(Montpellier)市,コメディ広場(Place de Comédie)の周囲および近辺に立地する銀行支店訪問調査

 

 これは,クレディ・アグリコル(Crédit Agricole:農業信用金庫)グループを構成する地方農業信用金庫の一つで,ラングドック・ルシオン地方で事業展開するクレディ・アグリコル・デュ・ミディ(Crédit Agricole du Midi)による損害保険市場参入戦略のケーススタディである。このケーススタディは,上記インタビューならびにフィールドワークに基づいている。

  金融分野における多角化戦略を考察する場合,銀行から損害保険業への参入(あるいはその逆)が,現在実現している金融再編の事例の中でも,最も真の「多角化」として,経営戦略論的観点からの考察にふさわしいと考える。例えば,フランスでは,銀行が「100%出資生命保険子会社」を設立して,窓口で貯蓄型の生存保険商品を販売することは,大成功の末に既にごく当たり前のことになっており,もはや,何ら目新しいものではなく,銀行から生命保険事業への多角化はケーススタディとしての考察対象としては完全に陳腐化している。

ところが,保障型の死亡保険商品の販売や,損害保険商品の販売については,金融機関の扱う本来の商品とは明確に異なるタイプの商品であり,こうした商品販売への多角化に一定の成功を収めている金融機関は,数少ないのが現状である。

フランス市場は,クレディ・アグリコル銀行の100%出資損害保険子会社パシフィカやクレディ・ミュチュエル銀行100%出資損害保険子会社のACM IARDという「銀行が100%出資した損害保険子会社による損害保険商品の窓口販売」についての,きわめて珍しい成功例を輩出していることになる。

 

3.1.クレディ・アグリコルにおける損害保険事業の組織構造

 

  クレディ・アグリコルの損害保険事業は図8−6に示す組織構造に基づいて展開されている。子会社プレディカ(Prédica)を設立し生命保険事業への多角化に大成功したクレディ・アグリコルは,損害保険についても子会社を設立し事業展開を図った。1990年に設立された損害保険子会社パシフィカ(Pacifica)は商品開発,各地方農業信用金庫への基準料率の設定,全国規模のコミュニケーションを担い,クレディ・アグリコルグループを構成する独立した各地方農業信用金庫は,言わばブローカーとして,パシフィカの商品を採用・販売し,地方規模のコミュニケーションを展開する。パシフィカの商品を取り扱う地方農業信用金庫は着実に増加していき,2001年には50あるすべての地方農業信用金庫でパシフィカの商品が販売されることとなる。ラングドック・ルシオン地方農業信用金庫であるクレディ・アグリコル・デュ・ミディの場合,1996年にパシフィカの商品取り扱いが開始された。事故調査については,パシフィカ直轄のUGSと呼ばれる事故調査ユニット(Unité de Gestion des Sinistres)が担い,アシスタンス業務については提携するスペインのマルチアシスタンス社のサービスが活用される。

 コミッションは,まず,パシフィカから,各地方農業信用金庫に対して,保険料収入に応じて支払われる。この際,損害率もコミッション額決定についって考慮の対象となるのがクレディ・アグリコルの損害保険事業の特色である。次に,各地方農業信用金庫では,獲得契約件数に応じて,支店のアドバイザーに対してコミッションが支払われる。料率については,損害率に基づいて,パシフィカから,変更の勧告などの指導が,各地方農業信用金庫に対して行われる。

 


図9−3  クレディ・アグリコルにおける損害保険事業の組織構造

クレディ・アグリコール(Caisse Nationale du Crédit Agricole : 全国農業信用金庫)

 

 
 

 

 


 

 

 


マルチアシスタンス社(スペイン)

 

UGS(Unite de Gestion des Sinistres :損害調査ユニット)

 
     商品開発・提供,基準料率提示,

     全国規模キャンペーン,

    

   地方農業信用金庫(Caisse Régionale du Crédit Agricole)

 
                  損害調査の集中管理,              提携に基づき

                      24時間年中無休で電話受付         パシフィカの契約者に

                                                                    アシスタンス・サービス提供

     商品採用・支店窓口販売,

     行員に対する社内教育,

       地域規模キャンペーン

 

3.2.クレディ・アグリコルの損害保険事業における顧客への(A)アピール

 

  損害保険商品販売開始当初,クレディ・アグリコルでは,口座開設者の内,住宅所有者の約8割が住宅ローン,自動車所有者の約6割が自動車ローンを組んでいる現状から,住宅総合保険と自動車保険の二種類に商品を絞り,顧客に対して,「皆様が信頼を寄せて下さっている当社では,皆様の日常生活のあらゆる場面においてサービスを提供するために,皆様の住宅と車の保険についてもお取り扱いいたします」といったアプローチがなされた。

  具体的には,支店内の窓口において,窓口行員(guichetier)が,顧客の一般的オペレーションの要求に対応しながら,住宅や車についていくつか質問することによって,損害保険商品勧誘に適しているかどうかの見極め(préqualification)を行い,適していると判断した場合には,パシフィカの商品と料率体系について一般的な情報を提供し,詳しい情報や保険料の見積もり(devis)を希望する場合,支店内の個別ブースにいるアドバイザー(conseiller)に紹介するという手順が踏まれている。同時に,文面に「詳細はアドバイザーまで」と記された損害保険商品に関するポスターを支店内に貼ったりパンフレットを設置することも行われている。保険勧誘ならびに保険料見積もりの際には,口座開設,給与振り込み,ローン開設などの取引きを通じて知り得た顧客の情報が実質的に活用されている。

  口座を開設している顧客に対して,クレディ・アグリコルの損害保険子会社パシフィカの商品について勧誘する場合,二通りの場合が考えられる。例えば,自動車の場合,(1)顧客が自動車を買い替えるときに(多くの場合自動車ローンとセットで)子会社の自動車保険を勧誘する場合と,(2)顧客は自動車を買い替えないが,自動車保険について他社からの乗り換えを勧誘する場合である。(2)の場合,他社への解約手続きをクレディ・アグリコルが代行する。

 銀行における保険商品販売はキャンペーン期間が設定されて販売強化が実施されることが多い。

損害保険については,自動車保険の特性から,秋にキャンペーンが実施される。ラングドック・ルシオン地方のクレディ・アグリコル・デュ・ミディの場合,1999年の秋には,(1)車替えと(2)会社乗り換えの双方について,期間中の契約者に対して保険料3ヶ月分を割り引くという販売促進キャンペーンを実施した。

フランスでは,2000年8月から9月にかけて,各銀行が損害保険商品販売について,歴史的なキャンペーン合戦を繰り広げた。クレディ・アグリコル・デュ・ミディの場合,2000年の秋には,パリで開催される世界自動車サロンに合せて,期間中に自動車ローンと自動車保険両方の契約をした顧客に対して自動車保険料2ヶ月分を割り引くというキャンペーンが実施された。ポスターには,「(自動車ローンと自動車保険の両方が入手できるので)すぐに車を動かせます。(Le Prêt-à-Rouler)」というキャッチフレーズが、「ローン+保険」という文字と共に大きく刷られている。県庁横の支店では,外面のガラス窓に合計7枚のポスターが独占的に貼られていた。なお,キャッチフレーズのprêtという語には,「すぐに何かをすることができる」という意味と「貸し付け」という意味の二つを持ち,掛詞となっている。

フランスでは,保険を解約する場合,保険期間終了日の2月前までに書き留め郵便でその旨を保険会社に通知しなければならない。自動車保険や住宅総合保険などの場合,保険契約者からの通知がなければ,契約は自動的に更新される。自動車保険の場合,保険期間開始日が第一四半期,すなわち,1月から3月までの間であることが多い。それゆえに,クレディ・アグリコルでは,その期間から2ヶ月逆算して,秋にキャンペーンを実施するわけである。

  具体的には,キャンペーン期間などを利用して,秋に,顧客に対して,保険料割引の特典などを提示しながら,パシフィカの自動車保険への乗り換えを勧誘する。例えば,1231日が保険期間終了日の顧客に対して,9月ないしは10月にアプローチを行う。顧客が同意した場合,保険契約を締結し,用意された他社あて解約通知フォームに署名をしてもらう。他社あて解約通知の送付などはクレディ・アグリコルが行い,翌年11日になると,パシフィカの自動車保険期間開始となり,顧客にはそれに先立ち自動車保険証や契約者のしおり等の案内が送付される。

  キャンペーンに基づく保険料の割引は具体的には次の様に行われている。例えば,年払い保険料が6000フランの場合,契約者の口座からいったん6000フランを引き落とし,その後,3ヶ月割引キャンペーンの場合には,保険料3ヶ月分に相当する1500フランを契約者の口座に振り込み直すというものである。最初から4500フランの引き落しを実施しないのは,翌年,保険料が6000フランに値上がりしたというイメージを契約者に持たれないためである。(注18)

 

3.3.クレディ・アグリコルの損害保険事業における(B)ブランド

 フィールドワークによると,損害保険商品のパンフレットやポスターにおいては,基本的にはクレディ・アグリコルのロゴマークであるCAが前面に出ている。このように親会社である銀行のブランドが大きく活用されている。パシフィカの名前は,パンフレット裏面の下部に若干小さめの活字で,損害保険子会社パシフィカの商品であることが記されているだけである。ただし,クレディ・アグリコルのロゴマークのCAにPacificaという文字を組み合わせたロゴも考案され,一部のパンフレットには使用されている。フランスで自動車保険に加入した場合,自動車保険会社のシールを車のウィンドウに張ることが一般化しているが,クレディ・アグリコルの損害保険子会社パシフィカの自動車保険加入者が張るシールでは,CAにPacificaを組み合わせたロゴマークが使用されている。

 

3.4.クレディ・アグリコルの損害保険事業における銀行文化との(C)一貫性・適合

損害保険商品取り扱いは,特に損害査定・クレームサービスという銀行の文化との一貫性を持たないばかりか,保険金の支払いをめぐって顧客とのトラブルを引き起こしうる要素を含んでおり,容易ではない。はっきりと異文化の商品とわかるものを銀行の窓口で販売するためには,できる限り銀行の文化に適合するような方向で,銀行のマーケティング・システムの中に組み入れる必要がある。

損害保険事業に参入した銀行の戦略を見ると,まず,損害保険商品の販売対象者を一般に口座保有者に限定することにより,リスク選択の第一段階を敷いている。次いで,取り扱い商品を主として自動車保険と住宅総合保険に絞った。これは,それぞれ自動車ローンと住宅ローンと組み合わせて販売をすることにより,銀行の文化に適合させることが可能だからである。自動車ローンおよび住宅ローン申込者は,銀行において,自動車や住宅に関する具体的な情報について質問に答える義務があるが,こうして提供された情報に基づいて,自動車保険および住宅保険の保険料見積書を作成して提示し,保険加入を勧めることが可能となる。ローンを設定する場合,当然,新しく自動車や住宅を入手するわけであるから,既加入の保険からの乗り換えを勧誘する気まずさもない。次に保険料支払いであるが,これは,既に開設されている銀行口座からの自動引き落としが容易に設定される。この点については,従来の保険会社との契約おける手続きよりもはるかに手間が省ける作業となる。なお,保険金の支払いについても,同様に口座振り込みの作業が容易に行われることとなる。

次に事故調査・クレームサービスであるが,この業務に関するシステムの取り扱いについて,銀行間で明確な違いが出ている。すなわち,事故調査部門を自社で組織しえない銀行は,既存の損害保険会社と提携したりジョイントベンチャーを設立したりして既存損保のシステムに依存することになる一方,損害保険子会社を設立し事故調査部門を自社で構築する銀行もある。前者のタイプの銀行は,銀行の文化と適合しないクレームサービスという業務を既存の保険会社にアウトソーシングしたわけである。結論的には,後者のタイプの自社独自に損害保険子会社を設立している銀行は少なく,全体としても,損害保険商品販売事業に成功を収めている銀行はわずかである。例外の一つは,1990年に100%出資損害保険子会社Pacificaを設立して損害保険事業に参入し,事業を軌道に乗せているフランスの銀行Crédit Agricoleである。Crédit Agricoleは,自社独自の事故調査・クレームサービスのシステムを構築した。具体的には,24時間年中無休対応の電話による事故受付に特化したUGS(Unité de Gestion des Sinistres)と呼ばれる事故調査ユニットを設置し,保険契約者にはフリーダイアル番号の記載されたカードを配布した。導入されたクレームサービスのシステムは,バンカシュランスとしてのみならず,当時のフランスの損害保険業界全体にとってのイノベーションとなった。事故調査はすべてUGSにおいて電話で集中対応するというシステムの確立によって,銀行支店での保険料見積もりと契約締結を中心とするシステムとの明確な分離がなされた。すなわち,損害保険業務の内,支店では,銀行の文化と一定の適合性を持つ部分を取り扱い,銀行の文化との間に一貫性の乏しい事故調査・クレームサービスについては,UGSと呼ばれる事故調査組織を通じた対応に特化したのである。こうして,Crédit Agricoleの顧客は,銀行の支店において,常日頃接している担当者,あるいはローン開設時の担当者には,あくまで保険料見積もりを依頼して契約を締結し,仮に事故が起こった場合は,その担当者とは関わりなくUGSにフリーダイヤルで保険事故の報告をしクレームサービスを依頼することによって,保険金受領に関して気まずい思いをすることなく従来通り担当者との取引を継続することができるわけである。

 

3.5.クレディ・アグリコルの損害保険事業によるイノベーションと(D)差異化

  クレディ・アグリコルが損害保険市場に参入するにあたり行った既存の保険会社との差異化は,@料率,A商品内容,Bサービスの三つを軸とするものである。具体的には,@料率については,自動車保険で,A商品内容については,その簡潔さ,住宅保険におけるイノベーション,そしてローン設定者に対する特別補償で,Bサービスについては,クレームサービスに関するイノベーションでそれぞれ差異化が企図された。

  @料率については,当初,損害率の低い登録年数の長い小排気量の小型車が標的セグメントとして設定され,このセグメントについては顧客にとって魅力的な料率が用意された。しかし,料率面の競争が激しいフランスの自動車保険市場では,価格競争力が非常に強い直販相互保に対して料率面での差異化を図るのは実質的に困難で,結果として,伝統的な総合保険会社に対する差異化が実現するにとどまっている。なお,現在では,クレディ・アグリコルにおける自動車保険販売の標的セグメントは徐々に拡大していっている。

  A商品内容については,まず自動車保険,住宅保険共にその簡略化,標準化が図られた。これは,窓口での販売を意識して,商品の複雑化を裂け,支店を訪れた顧客にとっては理解しやすく,行員にとっては説明・勧誘しやすい商品内容に設定されたということである。

  住宅保険では,「新品による交換(rééquipement à neuf)」補償という業界全体にとってのイノベーションが導入された。これは,家具の老朽化による補償の減額を一切行わないというものである。すなわち,水害などの事故によって,住宅内の家具や電化製品が使用不能となった場合,900フランを小損害免責額として,その家具や電化製品の使用年数に関わりなく,事故受付後48時間以内に,新品と交換し設置をするという内容である。老朽化した家具や電化製品を時価で評価して補償する場合,買い替えに必要な補償額が得られない場合が多く,契約者が不満を抱くこととなるが,この新品による交換補償はそれをを避けるのに非常に有効である。現在,数社が,新品による交換補償を模倣したサービスを採り入れている。

  また,自動車ローンと自動車保険,住宅ローンと住宅保険という組み合わせで契約をしている顧客に対しては特別の補償が付与される。自動車ローンと自動車保険の両方の契約を持つ顧客に対しては,自動車の全損あるいは盗難の場合,その自動車の時価(注19)に5%を乗じた額が支払われる。住宅保険の場合,住宅および家具など保険価額の20%以上に相当する被害を被った場合,保険金に加えて,毎月のローン返済額の3ヶ月分が支払らわれ,さらにローン返済額5ヶ月分の金額の貸し付けが行われる。なお,保険会社MAAFが「パックMAAF」というセット商品の中で提供している「契約締結から一年間は,全損の場合,取得価格を補償」するという内容のサービスについては,パシフィカではまだ開発・提供しえていない。

  Bサービスにおける差異化は,独創的な事故調査・クレームサービスのシステム確立によるものである。パシフィカは,フランスの損害保険業界で初めて,電話による事故受付に特化したシステムを導入した。パシフィカ直轄のUGS(Unité de Gestion des Sinistres)と呼ばれる事故調査ユニットは,当初の2つから現在は全国で10に増え,それぞれが管轄する地方農業信用金庫の損害保険契約者からの事故報告を24時間年中無休でフリーダイヤルで受け付ける。パシフィカがパイオニアとなった電話による事故調査の集中管理システムは,業界では「電話プラットフォーム(Plate-forme téléphonique)」と呼ばれている。パシフィカが導入して10年が経過した現在も,電話プラットフォーム導入の面で,他社はその重要性を認識しながらも,パシフィカに追随しえていない。具体的なパシフィカのクレームサービス・システムは,(1)24時間年中無休受付のフリーダイヤルにより,書式に記入する必要なく,事故報告が可能,(2)事故調査の専門家と直接対話可能,(3)80%のケースが,一回目の電話で,90%のケースが二回目の電話で事故調査終了,(4)保険金の支払いが迅速で,修理業者への直接支払い,および保険契約者の口座への振り込み共に,事故受付後平均48時間以内に実施されるというものである。

 

3.6.クレディ・アグリコルの損害保険事業における成功の4要因と(E)教育

  クレディ・アグリコルが,損害保険商品販売を銀行のマーケティング文化へ適合させるのに一定の成功を収める要因となっているのが,@コミュニケーション,A社員教育,B一定の販売リズム,C簡潔な商品設計の4つである。これら4つが,クレディ・アグリコルの特色である地域に緊密に張り巡らされた支店網の存在との相乗効果により,パシフィカの商品の窓口販売普及を推し進めている。

  @コミュニケーションとしては,特に販売地点,すなわち支店における顧客に対する直接の継続的なコミュニケーションが重視されている。損害保険商品の引き受けが可能であることを窓口行員ならびにアドバイザーからの勧誘,ポスター・パンフレット類の設置,さらには販売キャンペーンなどによって顧客にアピールし,顧客間に口コミで伝わっていくことが狙われている。これら地域農業信用金庫レベルでのコミュニケーションに,パシフィカの展開する全国規模のコミュニケーションが加わる。全国規模のCMが流されると,全国の支店網において,顧客から損害保険商品に関する問い合わせがあり,結果として,口コミなどを通じて損害保険商品取り扱いに関する一般的な認知度が向上する。なお,損害保険商品に関するコミュニケーションにおいては,パシフィカの名前よりも,銀行のブランドの方が前面に出されている。

  A社員教育については,各支店勤務のアドバイザー全員に対して,損害保険商品を販売するのに必要なレベルの知識を獲得させるための約10日から15日間の研修が実施される。

  B一定の販売リズムは,アドバイザーが損害保険商品に関する知識を保持するために重要である。すなわち,損害保険のような高度の専門的知識が要求される商品については,販売キャンペーン期間以外の時期においても,常に販売に携わっていかなければ,当該商品に関する知識の維持が困難となる。商品の知識が乏しくなれば,提案することはできないし,ましてや販売することは不可能となる。したがって,クレディ・アグリコル・デュ・ミディの場合,一定の専門的知識を維持するために,アドバイザー一人一人が1週間に1件の契約を獲得することが目標とされている。

  C簡潔な商品設計が,自動車保険と住宅保険への特化傾向と共に,上記3つの要因を促進している。すなわち,複雑な商品を避けることにより,顧客に対するコミュニケーションが容易となり,比較的短期間の社内教育で損害保険販売能力を身につけたアドバイザーによる継続的な販売が可能となっている。

 

3.7.クレディ・アグリコルの損害保険事業が直面している問題点

  1998年の時点で,クレディ・アグリコルの損害保険事業は,全地方農業信用金庫の合計で,緊密な支店網に14,742人のアドバイザーを配し,自動車,住宅,健康(社会保障の補足的保障),法的保護という商品ラインナップで合計1,749,752契約を保有,保険事故調査198,203件,総保険料収入195,578万フラン(最大手アクサの約20分の1規模),最終利益5,500万フランの業容に成長した。しかし,損害保険事業参入後10年間における順調な成長に付随して,問題点も明らかとなってきている。具体的なリスク要因として,@解約件数の増加,A競合他社の反応という問題点に直面している。

 ラングドック・ルシオン地方の農業信用金庫であるクレディ・アグリコル・デュ・ミディ(支店数130) の場合,1996年よりパシフィカの自動車保険と住宅保険の販売を開始して4年間で,シェア3%,保有契約4万件を獲得するに至っている。現在,クレディ・アグリコル・デュ・ミディの顧客の10%がパシフィカの保険契約者となっている。しかし,保有契約数の増加に伴い,解約件数も増加してきている。獲得した保有契約総数に対する解約件数の比率は12%あり,その6割は異なる地方への転出などの自然発生的な解約で,残る4割は料率面などでの不満による解約と見られている。損害保険商品を銀行支店内で販売することについては,さまざまな戦略を策定・遂行してきたクレディ・アグリコルであるが,解約にどう対処するかについてはノウハウがなく,苦慮しているのが現状である。 

クレディ・アグリコルなど銀行の損害保険市場参入について,当初,冷ややかな目で見ていた競合他社は,損害保険商品のバンカシュランスが一定の成果をあげた現在,積極的な反応に転じている。具体的には,銀行の損害保険商品を意識した料率設定が行われている。パシフィカは,どのセグメントについても,直販総合保険会社の低料率に対する競争力をもはや持ちえなくなってきている。

 

3.8.2000年秋キャンペーン後の展開

 

- 2001110 クレディ・アグリコル・デュ・ミディ本部に於けるインタビュー

- クレディ・アグリコル・デュ・ミディ 保険業務責任者 フランシス・ジアン(Francis Djian)

 

上記インタビューによると,前節で述べた@解約件数の増加とA競合他社の反応という2大問題点に対して,以下のような対応がなされた。

まず,@解約件数の増加について,解約者について分析した結果,最も補償が充実したオールリスク契約による契約者ほど解約せず、逆に一番補償が充実していない,つまり最も保険料の安い契約をしている契約者ほど解約していくということが判明した。そこで,販売を担当するアドバイザーに対する手数料の支払い方として,オールリスク契約を獲得した場合は手数料も高く,低補償の契約を獲得した場合は手数料は低くという形をとった。つまり,アドバイザーが積極的にハイレベルの契約を勧めるような形に持っていったわけである。結果として,クレディ・アグリコル・デュ・ミディでは,2000年については,解約率12%という数字を単純に当てはめてはじき出される数値よりも,解約件数が300件少なくなった。A競合他社の反応については,クレディ・アグリコルの損害保険子会社パシフィカが設立されて11年,クレディ・アグリコル・デュ・ミディが1996年からパシフィカの商品を売り出したので4年経過したが,保険会社を次々と換えるような浮動層はなくなり,契約者は長期の顧客として定着する時期となってきたことを勘案し,契約者向けの小雑誌を年3回発行することを決定した。顧客の囲い込みを図るためのこうした雑誌では,まずコミュニケーションのあり方として,連帯感に訴え,クレディ・アグリコル・デュ・ミディの自動車保険加入者が連帯感を持つように,あるいは信頼感を持つようにするのが第一の目的である。第二の目的はリスクコントロールについての啓蒙である。でリスクに対する意識を保険加入者に植え付け,結果的に事故が減って損害率の減少に寄与する形になるというものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


3.9.によるイノヴェーションと多角化戦略の要点

クレディ・アグリコルの損害保険事業のマーケティング戦略を中心に分析してきたが,本章第1節で提示した理論的枠組みに基づけば,図9−4・表9−1のようにまとめられる。

 

 

 

図9−4 クレディ・アグリコルの損害保険事業への多角化とイノヴェーションの3軸

               Who(誰に)クレディ・アグリコルの口座保有者

コア・ビジネス:銀行業

 

緊密な支店網

の有効活用

 
      What(何を)             How(どのように)

 

 

     自動車保険             ・自動車ローン,住宅ローンとの組み合わせ販売      

     住宅総合保険            ・秋の販売キャンペーン

     傷害保険              ・簡潔な商品設計

     法的保護保険            ・販売地点におけるコミュニケーション

     生活上の事故補償保険        ・事故調査ユニット(UGS)における24時間

                    年中無休の電話受付に特化したクレームサービス

 

表9−1:クレディ・アグリコルの損害保険事業のに見る「多角化成功要因のABCDE」

A(Appeal):販売地点コミュニケーション,ローンとの組み合わせ契約者に対する保険料割引などの特典を強調した販売キャンペーンによるアピール

B(Brand):クレディ・アグリコルのブランド を前面に

C(Concept:コンセプト=窓口では販売業務に特化し,事故調査にはタッチしない

(Coherence):ローンとの組み合わせ販売による銀行の文化との一貫性の保持

      銀行の文化と一貫性を持たない事故調査部門の分離・独立 

(Confidence):損害保険の提供により預金者のクレディ・アグリコルに対する帰属感・信頼感向上

D(Differentiation):小型中古車セグメントへの魅力的な料率,住宅総合保険における新品交換補償サービス,

24時間年中無休フリーダイヤル受付のクレームサービスのシステムによる差異化  

E(Education):アドバイザーに対する社内教育,顧客への情報提供(消費者教育

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4.バンクAGFのケース −保険会社による銀行業への多角化−

 

20023月,8月 

−南フランスのラングドック・ルシオン地方,エロー(Hérault)県県庁所在地モンペリエ(Montpellier)市に於いて AGF代理店への訪問調査

−バンクAGF開業にあたりコンサルティングを行ったヴィジ(Vigie)社代表 ジュン・ピエール・ダニエル(Jean-Pierre Daniel)氏へのインタビュー

 

 これは,ドイツ保険最大手アリアンツの傘下にあるフランスの保険会社AGFが,2000年にまったく新しいコンセプトで開業したダイレクト銀行子会社であるバンクAGFのケーススタディである。このケーススタディは,上記訪問調査ならびにインタビューに基づいている。

金融分野における多角化戦略を考察する場合,銀行から損害保険業への参入と同様に,損害保険から銀行業への参入が,金融再編の事例の中でも最も真の「多角化」として,経営戦略論的観点からの考察にふさわしいと考えられる。

これまで,アシュルフィナンス(保険から銀行への多角化)と言えば,例えば,フランスでは,保険代理店においてローンや投資商品を販売するという限定的な業務への参入を意味していた。バンクAGFの場合は,普通預金口座開設を念頭にした総合的金融サービスの提供を目的にしており,革新的な試みであった。

 

4.1.多角化の背景としての(B)ブランドの刷新

  欧州では,金融業界再編が継続する中,保険業界におけるブランド戦略の意義がクローズアップされている。保険料率面・サービス面での競争は限界に達しつつあり,技術的な差異化が困難となっているのを受けて,新たな要素としてブランド戦略が保険業界においても重視される傾向となった。同時にこれは銀行への対抗策の意味合いも持つ。

  なおブランド戦略に基づくコミュニケーション活動は顧客だけではなく,従業員さらには代理店にも向けられている。これは,顧客のみならず,従業員・代理店に対しても,自社ブランドへの帰属感・信頼感の醸成を促そうとするものである。 

ブランド・アィデンティティ強化・ブランドの信頼性向上策の一環としてブランド刷新が実施される場合がある。具体例として,フランスでは,1999年にMMAが行ったロゴの色彩・デザイン面を中心とする画期的なブランド刷新がある。同時に展開された一大プロモーションにより,MMAは大きく知名度を向上した。

  1998年春にドイツのアリアンツ傘下に入ったAGFにおいても,20003月に,ブランドの抜本的な刷新が行われた。具体的には,アリアンツ系列の3社,すなわちAGF,AGF傘下のアテナ,アリアンツのフランス子会社であるアリアンツ・フランスが合併し,3ブランドはAGFブランドに統一された。AGFブランドへの統一の際,ロゴ,色彩,代理店正面の看板・デザインなどが一新された。AGFのブランド統一・刷新は,半年後にバンクAGF設立というマーケティング戦略を展開する上での基盤となった。

 

4.2.バンクAGFの設立

AGFは,ダイレクト銀行形態であるバンクAGF(Banque AGF)20001016日に設立した。開業18ヶ月での20万口座の獲得,次いで損益分岐点となる35万口座の獲得などの目標が掲げられた。バンクAGF開業に際してのAGFの投資額は1億ユーロに上った。開業時には,「利息5%のマルチサービス預金口座」を一番のアピール材料として積極的な大キャンペーンが展開された。

  営業開始後3ヶ月の20011月初頭の時点で,バンクAGFは,4万口座を獲得するのに成功し,預金総額は2億ユーロに達した。当初,導入した情報システムについてトラブルが生じたものの,1週間に3,500人のペースで口座開設者を獲得するに至った。

  バンクAGF開業1年目の業績は次の通りである。まず,当初の目標を上回る20万人の口座開設者を獲得し,AGFの保険契約者500万人中4%がバンクAGFで口座を開設した形となった。口座開設者の平均預金高は8,000ユーロで,預金総額は75,000万ユーロとなった。また,口座開設者の85%が,他者にもバンクAGFを勧めると答えているという調査結果も出た。AGF代理店には,順次ATMが設置されていくこととなった。

 

4.3.バンクAGFの(C)コンセプト

4.3.1.「パッケージ提供」による(D)差異化

 バンクAGFは,既存銀行のサービスとの徹底的な差異化を実現した。そのイノヴェーションの一つに「パッケージ提供」というコンセプトがある。これは,具体的には,「マルチサービス口座」(Compte Multiservices)と呼ぶパッケージ商品の提供である。

フランスにおける銀行預金は,給与振込み・自動引き落とし・カードならびに小切手決済などが行えるが無利息の「普通預金口座」(Compte à vue)と,有利息の「貯蓄口座」(Compte sur Livret)とに大別される。一般に銀行で普通預金口座を開設する場合,無利息である。バンクAGFのマルチサービス口座は,普通預金口座と貯蓄口座を組み合わせたものである。これは,無利息である普通預金口座の残高が500ユーロ(現在は750ユーロ)を超えれば,超えた額が自動的に有利子の貯蓄口座に移されるというサービスに立脚しており,結果として「普通預金口座を開設すると→自動的に利息がつく」という,業界常識にないサービスの提供を実現した。またバンクAGFは開業時,貯蓄口座の利率を業界一般よりも高めの5%に設定した。(20041月の利率は2.25%)

マルチサービス口座は,さらに,「各種サービスの料金体系明示」という既存銀行との差異化コンセプトに依拠している。一般に銀行の提供する各種サービスは,それぞれ小額ではあるが有料である。しかしフランスではどのサービスがどのように課金されているかは口座開設時にも明確には説明されてはこなかったし,預金者も無意識のうちにそうした料金を口座から引き落とされている傾向にあった。バンクAGFの場合,口座開設者に「(サービス)料金一覧」(Conditions Tarifaires)という冊子を明示・配布し,どのサービスにはいくら料金がかかるのかを徹底的に明らかにしたのである。その上で,マルチサービス口座に含まれるすべてのサービスをそれぞれ一つずつ購入した場合の合計料金は187ユーロになるが,マルチサービス口座というパッケージで購入すれば年間64ユーロであり66%割引になるというような料金設定を行っている。

その他の差異化要因として,何よりもすべてのサービスについて料金が既存銀行より低めに設定された。また,決済時に残高不足となった際の貸し出し利息が一般銀行では14.4%であるところ9.9%に設定された。(現在は10.9%)他人からの小切手による入金については他銀行では数日かかるところ,バンクAGFでは即日入金となった。保険会社の子会社ゆえに,マルチサービス口座には,もしもの場合の緊急ローンや,カード盗難・紛失の際の保険など,リスク管理的な要素のサービスも含められている。

 

4.3.2.「マルチリレーショナル」による(C)一貫性の保持

バンクAGFのマーケティング戦略におけるコンセプトのもう一つの柱が「マルチリレーショナル」と呼ばれるマルチチャネル化である。バンクAGFが,他のダイレクト銀行と異なる点は,ダイレクト銀行の要件を充たしつつも,既存の保険販売チャネルを活用している点にある。一般的にダイレクト銀行においては,口座開設(希望)者は,取引きを電話の通話またはインターネット上の操作で完結しなければならないが,バンクAGFでは,代理店・営業職員・ブローカーに,口座開設や取引について直接問い合わせることができる。結果として,口座開設者の90%がAGFの既存の保険契約者であり,インターネット経由で口座を開設したのは全体の10%という状況になっている。

このように,AGFの銀行事業バンクAGFの展開においては,損害保険商品販売の文化である代理店への問い合わせ・訪問との間に一貫性が保持される形となっている。

 

4.4.メディア・プランニングとプロモーションによる(A)アピール

 20001016日のバンクAGF開業の際,1013日からメディア・プランニングに基づくキャンペーンが展開された。同時に営業職員によるプロモーションや代理店におけるポスターやパンフレット設置による販売地点広告も実施された。統一キャッチフレーズは「私の新しい銀行(MA NOUVELLE BANQUE)」であった。各メディアにおける訴求点は次の通りであった。

テレビCMの内容と訴求点:場面@(買い物中の女性2人)「預金に5%の利息がつくのよだから今この瞬間にもお金を増やしていることになるわ」,場面A(ペタンクする男性2人)「インターネットでわしの銀行と取引できるんじゃ」,場面B(灯台の守衛,受話器片手に)「アドバイザーの方へ ええ,一応自宅からですが」,場面C(男性2人)「投資商品もいろいろ取り扱っているんだ」「僕はそこで自動車ローンを組もう」,場面D(老夫婦,妻がカード片手に)「無料で孫たちに送金できるのよ」,場面E(バカンス中の女性2人,船のデッキ上)「で残高不足になったら?」「利息はわずか9.9%でいいのよ」,場面F(就寝時の夫婦)夫「年中無休24時間アクセス可能!」,場面G(音楽に合わせてバンクAGFのロゴがすこしずつ現れ,次に「私の新しい銀行」「インターネット-電話‐6000人のAGF代理店とアドバイザー」の文字)声「バンクAGF,私の新しい銀行」。

新聞・雑誌広告と販売地点広告(ポスター)の内容と訴求点:パターン@(買い物袋を提げた女性2人)「今この瞬間にもお金を増やしていることになるわ。つまり預金に5%の利息がつくのよ」,パターンA(男性2人)「知ってるかい,バンクAGFでは預金に5%の利息がつくんだ」,パターンB(バカンス中の女性2人,船のデッキ上)「残高不足になっても,利息はわずか9.9%でいいのよ」。いずれのパターンも5%あるいは9.9%という数字を大きく表示し既存銀行との差を強調。「6000人のAGF代理店とアドバイザー」「インターネット−電話−AGFの代理店とブローカー」「銀行オペレーションの仲介役」と示してマルチリレーショナルの特長を強調。特に代理店においては,「ここが相談受付場所・バンクAGF・あなたの保険代理店が銀行オペレーションの仲介役をします」というポスターが扉や窓に貼られた。

 

4.5.チャネルと顧客対応による(C)信頼感向上

 バンクAGFにおける口座開設の流れは次の通りである。@テレビCM,新聞・雑誌広告,代理店のポスターなどで関心を持ち,電話・インターネットを通じて資料・申込書を請求・入手する。A営業職員や代理店・ブローカーに相談し資料・申込書をもらう。B口座開設申込書に記入署名し郵送,または営業職員や代理店・ブローカーに提出する。C口座開設後の各種取引は電話・インターネットで行なうが,営業職員や代理店・ブローカーに随時相談できる。

既存の各保険販売チャネルは,各種プロモーションによってマルチサービス口座開設に関心を持ち相談に訪れた顧客に対して,口座開設手続き・相談はもちろんのこと,既存保険契約に関する話や新規保険契約の勧誘をすることができる。さらに,口座開設後は,顧客の財政状況把握の基盤を得たことから,その他の商品,特に長期貯蓄型・投資型の生命保険商品勧誘への流れを作ることができる。何よりも,販売チャネルは顧客とのフェイス・トゥ・フェイス・コミュニケーションの機会を新たに得て,顧客の囲い込み,さらには信頼関係の向上を実現する形となっている。このように顧客との関係向上・他商品勧誘へのきっかけの獲得という金銭面に現れないものを得ていることから,マルチサービス口座開設1件につき代理店に支払われる手数料は1回きりのわずか10ユーロに設定されている。

 筆者の聴き取り調査によれば,バンクAGFについて,代理店の対応には2類型があった。@消極派の例:もともとアリアンツ系の代理店であったし,AGFのする銀行業務には興味がない。AGFのブランド刷新も何の影響もない。顧客はAGFの顧客ではなく,この代理店つまり自分自身の顧客である。つまり顧客のほとんどが知人・友人である。ITや銀行などいろいろと競合相手が出てきて低料率を呈示しようと,顧客は料率が多少高くても事故処理まできちんと対応するこの代理店でこれまでの信頼関係に基づいて継続加入してくれる。A積極派の例:顧客の財政状況把握のため,顧客との信頼関係向上のための大きな機会として積極的に口座開設勧誘に尽力している。バンクAGF開業後1年半で,1200人の保険契約者の内,30人が口座を開設し,その内10人がそれをメインの口座に切り替えた。

 なお,顧客に対する対応として,バンクAGFが開業時に各チャネルを通じて提示した「サービスのクオリティ・チャート」(Charte Qualité),具体的には「顧客満足のための8つの公約」(Huit engagements pour vous satisfaire)の内容は以下の通りである。

@「いつでも」:マルチリレーショナルなチャネルを通じて36524時間アクセス可能。A「料金について後から驚かせたりしません」:各サービスの料金について完全に透明化。B「即座に」:小切手について,受領した即日に口座に入金。C「敏速に」:ローンの要望に対して,電話の場合,即座に回答。D「十分に保護」:ネット取引についてS.S.L.(Security Socket Layer)に基づいたセキュリティ。E「待たせません」:書面による要望には48時間以内に回答。F「常に改善」:サービスに関する満足度調査を定期的に実施し改善。G「いつでも意見を拝聴」:本社の「顧客満足」担当チームがフリーダイヤルにて顧客の意見を聴取体制。 

 

4.6.バンクAGFのロジック

AGFがバンクAGFを開業した最大の動機は,顧客の財政状況を把握するための「基盤の獲得」にある。銀行の場合,給与振込み,カード・小切手決済の行われる普通預金口座を通して預金者の財政状態を把握することが可能である。普通預金は,無利息であるから,当然,次は貯蓄口座,さらには投資型商品へと勧誘がなされる。この際,フランスの銀行では,生命保険子会社の長期貯蓄型・投資型商品が勧められる。これは,生命保険商品の場合,8年以上預ければ利息無課税といった税制上の優遇があるからである。普通預金口座を通じて預金者の財政状態を把握しており,利殖上魅力的な生命保険子会社の商品の窓口販売へと勧誘していけるというこの流れこそがバンカシュランス躍進の要因であった。

 保険会社の場合は,顧客の日常的な家計情報を知る術がなく,直接,長期貯蓄型・投資型の生命保険商品を勧誘せざるを得ない。そこで,AGFは顧客の家計情報把握のための基盤を獲得することに着目した。それは顧客に普通預金口座を保険会社の下で開設してもらうということであった。こうして財政状態を把握すれば,次に自社の貯蓄型・投資型生命保険商品を販売するという流れを築くことが可能となる。しかし既存銀行ですでに預金口座を開設している保険契約者に,新たな預金口座開設を促すのは容易ではない。魅力的なイノヴェーション導入が不可欠である。バンクAGFの場合,普通預金口座と貯蓄口座をセットしたマルチサービス口座というパッケージ商品の提供を中心に,既存銀行からの差異化を実現して,保険契約者のみならず一般見込み客にも大きくアピールした。

 このように,「顧客の基本的な財政状況把握」という,生命保険市場における銀行の窓口販売(バンカシュランス)を大成功に導いた要因が,今度は,逆に,保険会社が新たな銀行業参入(アシュルフィナンス)戦略を展開する動機となったわけである。

 

図9−5 バンクAGFのロジック「(顧客の家計情報の)基盤の獲得」

銀行の場合 

 

無利息 給与振込み カード・            貯蓄口座 

小切手決済等 ⇒ 家計情報把握           生命保険子会社の投資型商品

保険会社の場合 

 

          生命保険の貯蓄型・投資型商品

 

          基盤の獲得

 

4.7.バンクAGFによるイノヴェーションと多角化戦略の要点

バンクAGFの開業時のマーケティング戦略を中心に分析してきたが,本章第1節で提示した理論的枠組みに基づけば,図9−6・表9−2のようにまとめられる。

また,バンクAGFの展開について,@新規事業におけるイメージの訴求ポイント(「パッケージ提供」と「マルチリレーショナル」)の一貫性,Aダイレクト銀行でありながら保険販売チャネルを仲介者として利用できるという固有のわかりやすいテーマの保持,B既存保険販売チャネルを活用した預金口座の開設という新しいライフスタイルの提案に見るように強いブランドの3条件を充たしていることが認識できる。

 

 

図9−6 AGFの銀行業への多角化とイノヴェーションの3軸

               Who(誰に)AGFの保険契約者に

      What(何を)                How(どのように)

「セット商品」                 「マルチリレーショナル」 

      マルチサービス口座             ダイレクト銀行として電話・インターネット経由で 

(普通預金口座+貯蓄口座+各種サービス)    既存の保険販売チャネル(営業職員・代理店他)経由

 

表9−2:AGFの銀行業事業に見る「多角化成功要因のABCDE」

A(Appeal):メディア・プランニングに基づくキャンペーンや販売地点広告などのプロモーションを通じて「マルチサービス口座」「利率5%」「残高不足時貸し出し金利9.90%」等のイノヴェーションをアピール

B(Brand):バンクAGF開業6ヶ月前に刷新されたAGFのブランド  

C(Concept:コンセプト=既存銀行にない「パッケージ提供」・ダイレクト銀行でありながら「マルチリレーショナル」

(Coherence):既存チャネル活用という形での保険マーケティング文化と銀行商品販売との間に一貫性

(Confidence):独創的な戦略展開により営業職員,代理店,顧客の相互の間にAGFに対する帰属感・信頼感向上

D(Differentiation):既存銀行のサービスとの徹底した差異化  既存銀行のサービスに欠けている部分を実現

=各サービスの料金体系の明示,マルチサービス口座などのイノヴェーション

E(Education):銀行商品販売についての営業職員の教育,代理店の指導,顧客への情報提供

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4.8.多角化戦略におけるマーケティング・イノヴェーションの意義

フランス市場では,また,バンクAGFの開業と成功を受けて,既に述べたように保険会社他社による新たな銀行業参入が見られるようになったほか,既存銀行の中に,バンクAGFに倣って,各サービスの料金体系について透明化し顧客に明示するものが出てきた。このように,既存企業との差異化に基づいて多角化戦略を構築し新規市場に参入しても,必ず模倣・追随を受け,イノヴェーションは色あせていくことになる。これは,クレディ・アグリコルによる損害保険事業が市場に導入したイノヴェーションについても同じことが言える。住宅総合保険における新品交換補償などは,他社に完全に模倣されている。

欧州市場の場合,保険・金融マーケティング上,新しいチャネルや各事業間の相互参入が実現してきたが,さまざまなイノベーションが導入されてきたフランスにおいても,模倣・追随・競争激化の末にチャネルのすみわけが定着し,チャネルAがチャネルBに取って代わられるというような現象に至っているわけではない。

本質は,新規参入者がリスクをとって市場参入を果たすときに,必ず既存企業に対する差異化を実現して市場に定着してきた点にある。つまり,新チャネルないしは新規市場参入者はそれまでになかったサービスを市場に導入し,既存企業はいずれそれを模倣することになり,結果的に,市場全体として顧客に対する利便性が向上したということになる。

 

図9−7:多角化戦略におけるマーケティング・イノヴェーションの意義

 新しいことをするというリスクテーキング(意思決定)→

イノベーション・既存企業との差異化(それまで存在しなかった顧客サービスの導入)に立脚した多角化・市場参入:

 

 
 

 


     

  

円/楕円: 市    場
     
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(7)Jean-Pierre DANIEL, Les Enjeux de la Bancassurance, Editions de Verneuil, 1995 (

亀井克之訳『バンカシュランス戦略』関西大学出版部,1996)参照。

 

参考文献

亀井克之「フランスにおける金融サービス多角化戦略の展開」,『新版フランス企業の経営戦略とリスクマネジメント』第8章法律文化社,2001年。

______ 「欧州金融再編下の保険事業におけるブランド戦略」 『損害保険研究』第634号,損害保険事業総合研究所,2002年。

______ 「保険購買者の利便性向上につながるマルチチャネル化を」『インシュアランス』損保版,同生保版・200311日号,保険研究所. 

______ 「欧州保険会社による銀行業参入・アシュルフィナンスの新展開−バンクAGFのマーケティング戦略を中心に−」 『保険学雑誌』第584号,日本保険学会,2004年。

 

(ここに写真が入る。Powerpointのスライド6枚を「1ページ6枚型」の形式で1ページにして入れる。ファイルあり。)


セオリーE サービス・マーケティングの理論 – Servuction –

 

1.Servuctionの理論

  サービス業のマーケティングは,経済環境の変化に伴い,米国において1960年代より研究の対象となり始めた。サービス固有のマーケティングを考える場合,その特殊性をまず認識することが肝要である。すなわち,@不可視性・非物質性,A不分離性(生産と消費の同時性) ,B不均一性(標準化困難),C消滅性(ストック不能)である。

  製造業のマーケティング理論を単純にサービス業のマーケティングに適用するという発想から脱却したのが,フランスのエグリエとランジャールが1987年に発表したServuctionの理論である。ServuctionServiceProductionの合成による造語であり,サービス業によるサービスそのものに加えて,製造業のマーケティングにおける製品流通に付随するサービスをも視野に入れたサービスの生産という概念を示す。フランス語ではセルヴュクションと読む。

製造業における生産システムにおいては,製造段階と流通・販売段階が明確に分離しているのに対して,Servuction(サービスの生産)のシステムにおいては,それらが一体化している。

Servuctionのシステムは,図TE−1のように@物的サポート,A接客者,B顧客,Cサービス,D顧客の所有物から構成される。理髪のように顧客に対する直接のサービスの場合,Servuctionのシステムから,顧客の所有物の部分が抜ける。

 

 

TE−1  Servuctionのシステム  (自動車保険加入時の例)

 

    

 

 

 


                                          ドライバー

顧客の所有物

(Objet)

 
 

接客者

(Personnel en contact)

 

サービス

(Service)

 
 


                                                                       自動車

 

                                           保障

                           保険会社

 

サービス企業     

 (Entreprise de service)            Eiglier et Langeard(1987) より    

 

  サービス固有のマーケティングを考える上で重要な点は次の2点である。

  まず第一に,顧客参加の必要性(サービスの生産においては,生産現場そのものに顧客の存在が必要)である。伝統的な製造業のマーケティングにおいては,顧客は製品の消費者であり,買い手であり,使用者であった。サービスの場合,顧客は消費者であると同時に生産者でもありうる。この顧客の参加・協力がサービス産業の生産性改善において重要な位置を占めている。Servuctionのシステムの中で,顧客を動かすにはどうすればよいのか,顧客が正しく参加するための説明・教育システムをいかに構築するか,顧客の協力に対するインセンティブ(低料金,プロセスの迅速化,サービスの高品質)をいかに設定するかなどを考案する必要がある。

  第二は,接客者の問題である。接客者はサービス企業のイメージそのものとなりうる存在であり,その立場は企業の利益と顧客の利益の狭間にあって複雑であり,業務の反復性によって疲弊しやすい存在である。

  損害保険の販売を例にとると,@損害保険の場合,購買時だけではなく事故発生時にサービスの提供がなされるという二重性を有し,保険販売と事故処理という異なる性質を持つ二つのServuctionのシステムを構築する必要がある。A販売時と事故処理時のシステム双方において,いかに顧客が参加・協力するかを合理的・効率的に設定する必要がある。B保険会社と被保険者双方の利益の狭間にある販売担当者(保険販売チャネル)のジレンマは常に重要な問題となり,そのマネジメントが重要となる。

 

2.サービスの創造・イノヴェーション

  Servuctionの理論に基づけば,サービスの創造,特にそのイノベーションにおいては,図TE−2に示す5点の確立が重要となる。

 

TE−2  サービス創造のキー・ポイント

 

Dイメージ

 

BServuctionのシステム

 

Cサービス提供のシステム

 

@コンセプト

 

Aセグメント

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Eiglier et Langeard(1987)

 

  @コンセプト:サービス・マーケティングにおいてイノベーションを図る場合,そのコンセプトはユニーク(独創的)でなければならない。個々のマーケティング活動は簡単に真似ることが可能であるが,(強固な)コンセプトは簡単に真似ることが不可能である。ユニークなコンセプトとは,独創性(オリジナリティ)と一貫性を有する。独創性がコンセプトに魅力を付与し,一貫性が標的市場に対する浸透力を与える。このようなコンセプトはリーダーシップを伴った独創的・天才的想の持ち主たる経営者によって考案されるケースが多い。

  Aセグメント:サービスのコンセプトは,顧客に明示するのが容易でなければならない。すなわち,あるタイプの需要に対して一貫性を持って応えるものでなければならない。強固なコンセプトは,八方美人的なものであってはならず,市場細分化戦略に従う。コンセプトの独創性を十分に発揮するには意識的なセグメンテーションが必要である。強固なコンセプトは,セグメント周辺の顧客を誘因することによって,標的セグメントの規模を拡大する。 

  BServuctionのシステム:コンセプトは企業と顧客が接して初めてサービスとして具現化される。コンセプトを実現化するために販売担当者(接客者),物的サポート,顧客の3要素を中心にServuctionのシステムの整備・配備する必要がある。 

  C供給のシステム:イノベーションの一環として提供しているサービスが特別なものではなく,強固なコンセプトに基づく基盤的なサービスであることを顧客に認識させる。単純性と信頼性を保つために周辺的サービスの数を限定する。顧客の将来的な態度を理解すること,および当初の顧客の不安感を理解する。以上の認識が供給システムの構築において肝要である。

  Dイメージ:サービス・マーケティングのイノベーションに関する効果的なコミュニケーションの実施が重要である。有効なイメージ形成は,コンセプトの統一性・一貫性,Servuctionのシステムの簡潔性,明快かつ意味のあるイメージの普及が三位一体となって実現する。良きイメージの形成は,販売担当者(接客者)と顧客の双方に自信・信頼感を抱かせる。すなわち,サービスの強固なコンセプトは接客者たる従業員チームに自信を抱かせ,従業員チームがこのコンセプトを実践に移すと,イメージそのものに彼らの自信が反映される。やがて,強固なコンセプトの下にサービスの質と従業員の自信,さらに顧客の信頼感が一体化する。サービス・マーケティングのイノベーションに関するイメージ形成は以上のプロセスを経る。

なおServuction理論におけるイノベーションの5要点に関して,筆者は,サービスの持つ生産と消費の同時性という特殊性に鑑み,BのServuctionのシステムとCの供給のシステムをひとまとめにして把握してもよいと考えている。