亀井 克之

『新版 フランス企業の経営戦略とリスクマネジメント』

要旨

(大阪市立大学 博士(商学) 学位 申請用 要旨)


  この論文の主要課題は、純粋リスクのみを対象とした防災・保険管理型のリスクマネジメント理論から脱皮し、経営戦略に伴う投機的リスクを含む全企業リスクを対象とし経営戦略を展開する際のより良い意思決定(リスクテーキング)のあり方を探求する経営戦略型リスクマネジメント理論の本質を解明することにある。分析対象としたのは、先行研究が希少な現代フランス企業の経営戦略とフランス型リスクマネジメント理論ならびにフランス企業におけるリスクマネジメントの実践である。本論における研究の特長は,まず,企業の戦略的意思決定について経営戦略型リスクマネジメント論の視点から具体的な分析を行い,次にリスクマネジメントの学説と実践を交差させながら考察している点にある。

  現代企業を取り巻く経営環境は劇的な変化を遂げており、環境変化への適応行動が益々重要となっている。環境変化に適応していくためには、絶えず創造的な革新を追及していかねばならない。それはリスクをとって経営戦略を展開することにほかならず、経営戦略に伴う投機的リスク(利得と損失をめぐる不確実性)の認識と制御が必要不可欠となる。

  こうした問題意識の下に纏められた第一部は現代フランス企業の経営戦略の分析である。第1章から第5章は自動車産業の研究であり,石油ショック後のプジョーにおけるM&Aによる拡大戦略への転換と経営危機,電気自動車という独創的新製品開発とリスク,1980年代のルノーにおける北米進出戦略と経営危機,ミニバン車という独創的新製品開発に伴うパイオニアリスク,1997年より業績好調に転じた両社の戦略展開をそれぞれ分析した。とりわけ,欧州でミニバン車の代名詞となった「ルノー・エスパス」のケーススタディでは,マトラ社が提案した世界初のミニバン型高級車開発プロジェクトをめぐり,独創的新製品開発に伴うリスクを積極的に保有してパイオニアとなったルノーとそのリスクを回避してしまったプジョーとではっきりと明暗が分かれたことを題材に,投機的リスクをめぐる戦略的意思決定(リスクテーキング)の意義を明らかにした。第6章から第8章では,フランスが世界で最も進んだ分野であるバンカシュランス(銀行業と保険業の相互参入)を題材に多角化戦略とリスクを分析した。第9章では,積極的なグローバル戦略の展開で,世界的に存在感を強めつつあるルノーやカルフールなどによる日本進出戦略を分析した。環境の変化に伴いニューリーダーと呼びうる経営者に導かれてグローバル企業へと脱皮したフランス企業は,近年,日本進出という一大リスクテーキングを敢行したのである。

  第二部では,第一部の研究を踏まえて,フランス型リスクマネジメント理論と,フランス企業ならびに欧州他国の企業におけるリスクマネジメントの実態を分析した。ファヨールの主張した「保全的職能」を起源とするリスクマネジメントは、石油危機を契機として、フランス企業に導入され、理論研究(CharbonnierMarmuse ら)と実践(AMRAEの活動など)の双方において、投機的リスクを対象とする経営戦略型の展開を見せてきた。

以上の分析と考察を通して、この論文は、まず第一に、経営戦略に伴う投機的なリスクの処理についても、純粋リスクのマネジメントと同様の枠組み、すなわち、@経営環境・資源に関わる情報を収集してリスクを調査・確認し、Aリスクを評価・分析し、Bリスク処理手段として、回避・除去・転嫁・保有の最適の組み合わせを選択するというアプローチが適用しうること、第二に、失敗に学び、失敗要因を除去し、逆に欠如要因を充たす形で成功要因を積み重ねて、経営戦略の支援を企図するもの、第三に、不確実性に直面した際に発揮される意思決定者のリスク感性とリーダーシップの重要性という、経営戦略型リスクマネジメントにおける三つの要諦を明らかにした。以上が、この論文の要旨である。