序章

 

1  本書の目的

 

  本書の目的は,リスクマネジメントの理論と実践について,その本質と実態を解明することにある。本書は,リスクマネジメントを経営学の一部分として構成し,経営戦略を展開する際のより良い意思決定(リスクテーキング)のあり方を探求する経営戦略型リスクマネジメント理論の構築を目標とする。

  企業を取り巻く経営環境は劇的な変化を遂げており,環境変化への適応行動が益々重要となっている。企業が環境変化に適応していくためには,絶えず創造的な革新を追及していかねばならない。創造的な適応,すなわち革新とはリスクをとって経営戦略を展開することにほかならず,経営戦略に伴う投機的なリスク(利得と損失をめぐる不確実性)の認識と制御が必要不可欠となる。

  こうした問題意識を持って纏めた本書の第一部は,現代フランス企業の経営戦略分析である。第一部における研究は,いずれも経営戦略における投機的リスクと,こうしたリスクを伴う経営戦略策定上の意思決定(リスクテーキング)の問題を念頭に纏めたものである。第二部では,第一部の研究を踏まえて,経営戦略に伴う投機的リスク(成功するか失敗するかわからないという不確実性)にも論及しているフランス型リスクマネジメント理論と,フランス企業におけるリスクマネジメントの実践を分析する。フランスのリスクマネジメント理論は,日本におけるリスクマネジメント理論と同じく,その創始期から,純粋リスクのみを対象にした保険管理型を脱皮し,経営戦略における投機的リスクをも研究対象にしようと努めてきた点に特徴がある。

  本書では,分析を通して,M&A・新製品開発・海外進出・新規事業参入等の戦略展開に伴う投機的リスクに関与する経営戦略型リスクマネジメントでは,経営環境と経営戦略に伴うリスクを十分に調査・確認・評価・分析した上で,当該リスクを保有するのか,回避するのか,損失に備えて準備を整えながら保有するのか等の重要な意思決定が必要になるという,理論と実務の双方にとっての本質的課題の解明が目指される。

  本書における研究の特長は,第一に経営戦略に関するリスクマネジメントの分析とリスクマネジメント理論の検討を一体として論じ考察すること,第二に一国の基幹産業における個々の戦略的意思決定に関して戦略的リスクマネジメント論の視点から具体的な分析を行うこと,第3に学説と企業実務の実態を交差させて検討することにより,フランスにおけるリスクマネジメントの最新の理論と実践を分析し,経営戦略型リスクマネジメント理論のフレームワークの提示に努めることにある。

 

2  本書の構成

 

  本書は,第一部「フランス企業の経営戦略」と第二部「フランスにおけるリスクマネジメント」の二部構成で,15章から構成される。

 

1.第一部「フランス企業の経営戦略」

  第一部「フランス企業の経営戦略」は,第1章から第9章までの9章で構成される現代フランス企業の経営戦略研究である。第1章から第5章は,製造業の研究として,自動車産業をとりあげた。第6章から第8章は,サービス企業の研究として,銀行と保険会社をとりあげ,両事業間の相互参入戦略を分析した。第9章は,近年顕著となってきた,フランス企業による日本進出戦略の分析である。

 第1章「フランス自動車産業における拡大戦略」は,M&A戦略とリスクならびに経営危機克服の研究である。分析対象は,1970年代後半にプジョーが一大戦略転換により展開した「拡大戦略」とそれによるフランス自動車業界の再編成である。石油ショック後に拡大戦略に転じたプジョーによる1976年シトロエン吸収合併,78年クライスラー欧州3子会社買収によって,フランスの自動車業界は,ルノーとプジョーの二大グループ体制に再編成された。しかし,プジョーは合併に伴い低生産性の設備や労働争議などの負の遺産をも継承することになり,その結果,1980年に赤字に転落し経営危機に陥った。なお,M&A戦略のリスクを積極的に保有して危機に陥ったこの時の経験が,1990年代後半の自動車業界合従連衡の流れの中でも,プジョーが合併や提携のリスクを回避し独立路線を貫く根拠となっている。

 第2章「フランス自動車産業における新製品開発戦略」は,新製品開発戦略とリスクの研究である。分析対象は,ディーゼル・エンジン開発と共に,プジョーが世界のトップレベルにある電気自動車開発戦略である。プジョーは,電気自動車の開発・市販で世界で最も進んだメーカーの一つである。プジョーは電気自動車開発という新製品開発固有のリスクに挑み,自動車業界が環境問題志向型自動車として燃料電池自動車の開発にシフトするようになった現在も,電気自動車の開発・市販ではパイオニアとして先端的な実績を残している。

  1章と第2章では,フランスで現存する最古の自動車メーカーであり,フランス最大の自動車メーカーとなりながらも,日本においては,ルノーと比較するとその経営戦略がほとんど分析されていないプジョーに注目した。

 第3章「フランス自動車産業における海外進出戦略」は,海外進出戦略とリスクならびに経営危機克服の研究である。分析対象は1980年代前半にルノーが展開した北米大陸進出戦略である。ルノーは,1979年に当時アメリカ第4位のメーカーであったアメリカンモーターズ(AMC)と提携し,北米への本格的な進出戦略を遂行した。 現地生産されたルノー9(アメリカにおけるモデル名「アライアンス」)は大成功をおさめた。しかし,日本の自動車メーカーの北米における台頭や,フランス本国におけるルノーの深刻な経営危機といった要因から,北米におけるルノー車販売は減少に転じた。ついに1987年,ルノーはアメリカンモーターズの株式をクライスラーに売却し,北米市場から実質的に撤退した。 北米への本格的な進出という海外進出戦略のリスクをとったルノーは,1980年代に陥った本国における壊滅的な経営危機によって無惨な撤退を余儀なくされた。

 第4章「フランス自動車産業における競争戦略」は,競争戦略ならびに独創的新製品開発戦略とリスクの研究である。分析対象は,ルノーのプジョーとの対応における競争戦略である。ルノーが1980年代の経営危機を克服し好調に転ずる契機となったのが,一連の独創的な新製品開発戦略である。そして,その源流にあるのが,1984年に欧州初のミニバン車として発表されたエスパスの開発である。 

 プジョー・グループ傘下にあったマトラの自動車部門は,独創的なモデル開発プロジェクトを提案したが,当時経営危機に瀕していたプジョーはこれを拒絶した。その結果,マトラはプジョーと袂を分かってルノーに接近した。プジョー以上に経営状態が悪化していたルノーであったが,マトラのコンセプトを理解し,資本提携に基づいてエスパス開発を行うことを決断した。

 マトラのプロジェクトをめぐる,フランス2大自動車メーカーのリスクテーキングは正反対の方向を示した。プジョーはリスクを回避し,ルノーは新製品開発に伴うリスクならびに市場におけるパイオニア・リスクを積極的に保有した。エスパスはミニバン車の先駆として大成功を収め,欧州におけるミニバン車の代名詞となった。エスパスの成功は,さらに小型および中型のミニバン車という独創的なモデル開発へと繋がった。ルノーは大型・中型・小型というそれぞれのカテゴリーにおいて,パイオニア・リスク(ある市場にパイオニアとして参入する際に市場開拓に失敗するか成功するかわからないという不確実性)をとって,市場創造に成功したのである。

 第5章「フランス自動車産業における成長戦略の展開とリスクテーキング」は,脆弱性と戦略展開(リスクテーキング)の研究である。企業は,自らが置かれた経営環境の下でどのような脆弱性を有するかを認識し,それに対応するために,戦略を策定・遂行してリスクテーキングを行う。分析対象は, 1997年以降のフランス自動車産業における戦略展開とリスクテーキングである。具体的には,第1章から第4章における1997年までの時期に関する考察を踏まえて, 1990年代中期においてフランス自動車業界が呈した脆弱性と,それに対応した1997年以降の戦略展開とリスクテーキングを考察対象とする。

 ルノーとプジョーは自らの脆弱性,すなわち海外展開の遅れや高級車市場での低競争力などへの対応戦略を近年積極的に展開し始めたわけであるが,本書におけるフランス自動車産業に関する論考の総括として,第5章では,最新のマーケティング戦略の分析を通じて,外的成長を軸とするルノーと内的成長を軸とするプジョーとのリスクテーキングのあり方を比較分析する。

 第6章「フランス保険市場におけるバンカシュランス戦略」は,異業種への参入戦略とリスクの研究である。分析対象は,フランスの銀行による保険市場参入(バンカシュランス)戦略である。フランスの銀行は1980年代後半より,生命保険子会社を設立し,貯蓄型の生命保険商品を支店の窓口で販売することに成功し,現在,生命保険の販売チャネル別シェアの50%以上を銀行の窓口販売が占めるに至っている。異業態への参入には大きなリスクが伴う。したがって,異業種参入戦略に伴うリスクの観点から,フランスにおける銀行と保険の相互参入の実態を考察する。

 第7章「ヨーロッパにおけるバンカシュランス戦略の展開」では,異業種参入戦略およびマーケティング戦略とリスクの研究である。まず第一に,フランスで貯蓄型の生命保険市場で大成功を収めたバンカシュランスが,欧州各国でどのような展開を見せているかについて分析する。具体的には,貯蓄型の生命保険商品販売で市場参入に成功した銀行は,保障型の生命保険の市場,さらには損害保険市場への参入戦略を打ち出した。一方で,保険会社の対抗戦略も顕著になってきた。第二に,銀行と保険の相互参入をめぐる新たな戦略の展開をふまえて,マーケティングにおける4つのP(商品・価格・チャネル・プロモーション)の観点からの成功要因の分析を行う。最後に,銀行の保険市場参入戦略について,批判的な検討を行う。

 第8章「フランスにおける金融サービス多角化戦略の展開」は,多角化戦略の観点からのリスクの研究である。規模の経済と範囲の経済の効果を追求すべく欧州で進展している金融サービス業の大型再編と金融・証券・保険事業融合化の動きを踏まえて,金融サービス融合化における保険事業とその戦略的な位置付けに着眼点を置く。具体的には,金融再編を多角化戦略の問題としてとらえ,理論的な枠組みとして,多角化のコンセプトを設定するイノベーションの3つの軸(Who誰に・What何を・Howどのように)や多角化成功のためのABCDEの5要素(Appeal顧客訴求・Brandブランド・Concept/Coherenceコンセプト/一貫性・Differentiation差別化・Education教育)を提示した後に,フランスにおける保険を軸とした金融サービス融合化の事例を分析する。最後に事例研究として,フランスにおいて近年競争が本格化し始めた損害保険商品銀行窓口販売の最新の実態についてフィールドワークに基づいて詳細に分析する。

  9章「フランス企業の日本進出戦略」は,グローバル戦略とリスクの研究である。分析対象は,1999年のルノーと日産のグローバル・アライアンス締結に見るように,近年顕著となってきたフランス企業の日本進出戦略である。まず,フランス企業の日本進出の背景として,フランス企業の伝統的な特徴を分析した後に,1990年代以降のフランス企業の戦略転換を分析する。次いで,カルフール,アクサ,ビベンディ,LVMHといった個別企業の日本進出戦略を分析する。

 

2.第二部「フランスにおけるリスクマネジメント」

 

  第二部「フランスにおけるリスクマネジメント」第10章から第15章までの5章から構成される。

  10章「フランス経営管理論とリスクマネジメント理論」では,ファヨールの『産業と一般の管理』における「保全的職能」に,リスクマネジメント理論のルーツを見出し,フランスにおける経営管理論とリスクマネジメント論の関係に論及する。さらに,フランスにおける初期のリスクマネジメント理論であるCharbonnierKaufの理論に論及する。 

  11 「フランスにおけるリスクマネジメント理論の生成」では,フランスにリスクマネジメント理論がいかに導入され,企業において具体的に実践されるように至ったか,その背景を分析する。フランスでは,石油ショック後の「危機」と呼ばれた時代に,アメリカから本格的なリスクマネジメント理論が導入された。

  12 「ヨーロッパ企業におけるリスクマネジメント」では,欧州各国企業によるリスクマネジメントの実践について,AEAI1984年に実施したリスクマネジャーへのアンケート調査の結果に基づいて比較分析する。 

   13章「フランス企業のリスクマネジメント」 では,フランス企業における具体的なリスクマネジメントの実践について,まず第一にBénard et Fontanの理論書で提示されたリスクマネジャーに対する聴取調査,第二にリスクマネジメント専門機関であるAMRAEの活動,第三に一般的なリスクマネジメント研究の現状という各観点から分析する。

   14章「経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワーク」では,本書における諸考察を踏まえて,経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワーク提示を試みる。 まず,純粋リスクと投機的リスクの分類を含む一般的なリスクマネジメント理論の概要を提示した後に,経営戦略とリスク,経営戦略における意思決定とリスクテーキング,経営戦略型リスクマネジメントの形態,地球環境問題と経営戦略型リスクマネジメントという観点から,経営戦略型リスクマネジメントを論じる。

   15章「フランスにおける経営戦略型リスクマネジメント理論」では,第14章で提示した経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワークを踏まえて,フランスにおける最先端の経営戦略型リスクマネジメント理論を展開しているMarmuse et Montaigneの理論を分析する。Marmuse et Montaigneの理論は,純粋リスクと投機的リスクの処理を同等に扱ったビジネス・リスクマネジメント理論であり,純粋リスクと投機的リスクの相関,リスク監査論,純粋リスク処理のアプローチの投機的リスク処理への応用,脆弱性の補完するための戦略としてのリスクマネジメントの展開などに論及し,リスクマネジメントの対象リスクを巡る議論,リスクマネジメントの組織内の位置付けに関する議論,投機的リスク処理のあり方についての議論に,それぞれ一定の解答を示している。

                                   

第3節         新版における新設章の意義と理論展開

 

  本書の初版が公刊された1998年以降,フランス企業の経営戦略とリスクマネジメントをめぐる環境は大きく変貌を遂げた。こうした環境の変化をふまえて,新版では,初版に全面的な加筆修正を施した上で,新たに5,8,9,14,15の合計5章,220頁を加筆した。初版と新版の内容の対象をまとめれば,表0-1のようになる。

 

表0−1  初版と新版の対照

  初版   新版

 

第一部「フランス企業の経営戦略」

1章→第1

「フランス自動車産業における拡大戦略」

2章→第2

「フランス自動車産業における新製品開発戦略」

3章→第3

「フランス自動車産業における海外進出戦略」

4章→第4

「フランス自動車産業における競争戦略」

 (新設)第5

「フランス自動車産業における成長戦略の展開とリスクテーキング」

5章→第6

「フランス保険市場におけるバンカシュランス戦略」

6章→第7

「ヨーロッパにおけるバンカシュランス戦略の展開」

(新設)第8

「フランスにおける金融サービス多角化戦略の展開」

(新設)第9

「フランス企業の日本進出戦略」

第二部「フランスにおけるリスクマネジメント」

7章→第10

「フランス経営管理論とリスクマネジメント」

8章→第11

「フランスにおけるリスクマネジメント理論の生成」

9章→第12

「ヨーロッパ企業におけるリスクマネジメント」

10章→第13

「フランス企業におけるリスクマネジメント」

 (新設)第14

「経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワーク」

 (新設)第15

「フランスにおける経営戦略型リスクマネジメント理論」

 

  新版において5つの章を新設した意義をまとめておこう。

  第一部「フランス企業の経営戦略」では,第5章,第8章,第9章を新設し,他の章についてもデータの更新や加筆修整を施した。まず新設した第5章は,初版を執筆した1997年以降に好調に転じたフランス自動車産業の積極的な戦略展開と勢いのある現在の状況を分析した。初版発表段階におけるフランスの自動車業界は,海外展開の遅れなど,脆弱性を露呈し,悲観的な状況にあった。第1章と第3章でそれぞれ分析したように,1980年代前半にプジョーはM&A戦略に失敗し,ルノーは北米大陸進出戦略に失敗した。こうした失敗を踏まえた,現在の両者のリスクテーキングはきわめて異なっており,これが第5章における比較分析の対象となっている。すなわち,現在,プジョーは世界の自動車産業における合従連衡の輪に加わらず独立路線を貫き,一方,ルノーは積極的なM&A戦略・グローバル戦略を展開している。第4章で分析したルノーの独創的な新製品開発は,現在も,ルノーの経営戦略の根幹を成しており,第5章ではその最新の現状を分析している。一方,第2章におけるプジョーによる電気自動車開発戦略は,初版の段階では成功事例としての分析であったが,その後,世界の自動車業界における環境問題指向型自動車の開発が,性能の向上の限界が露呈しつつある電気自動車の開発から,ハイブリッド自動車や燃料電池自動車の開発へとシフトしてしまったため,必ずしも成功事例とは言えなくなってしまった。新版では,環境の変化に伴い変容しつつあるプジョーの環境問題志向型自動車開発について,第2章への加筆と第5章での低公害型・高燃料消費効率型のディーゼル車開発への言及という形で分析している。なお,我が国においては,日産とルノーの提携後,ルノーから派遣されたカルロス・ゴーン日産社長による日産の経営再建に関するさまざまな報道や分析を経た後も,この3年間のフランス自動車産業の勢いというものは伝えられていない。したがって,マーケティング戦略を中心にフランス自動車産業の現状を的確に伝えることも,第5章新設の意義となる。

  新設した第8章は,第6章(初版第5章)と第7章(初版第6章)において分析した銀行の保険市場参入(バンカシュランス)を中心とする金融・保険の異業種参入戦略について,新たな分析枠組みでその最新の事例を論ずるものである。これまで,我が国においても,バンカシュランスが最も成功したフランスにおける生命保険市場(特に貯蓄型商品の市場)への銀行の参入については,本書の初版も含め,筆者らによって紹介されてきた。しかし,近年顕著となってきた銀行による損害保険商品の販売や,保険会社によるクレジット販売などの最新の動きについては,具体的な先行研究が存在しない。そこで,第8章では,2000年夏にフランスで実施した銀行と保険会社に対する訪問調査・聴取調査に基づいて,銀行の損害保険商品販売戦略に焦点をあて,最新の事例を分析した。

  新設した第9章は,近年,世界的に存在感を強めているフランス企業の日本進出戦略の分析である。初版を刊行した1998年以降,フランス経済は好調に推移し始め,欧州通貨統合やグローバル化の流れの中,フランス企業は積極的なグローバル展開を見せるようになった。そこで,新版では,第9章を新設して,フランス企業の日本進出について,その背景と個別企業の具体的な戦略を分析した。

  第二部「フランスにおけるリスクマネジメント」では,第13章(初版第10章)に大幅に加筆修正し,第14章と第15章を新設した。

  初版を出版した1998年以降,フランスにおけるリスクマネジメントをめぐる状況に変化が生じた。まず,1999年末のエリカ号重油流出事故や暴風雨による被害,2000年に社会不安を惹起した狂牛病をめぐる食品の安全問題などが発生し,社会と企業を取り巻くリスクに大きな関心が寄せられるようになった。フランスのリスクマネジメント専門機関AMRAEはさらに活動を活発にし,AMRAEが所属する欧州におけるリスクマネジメント専門機関の上部組織であるAEAIFERMAに名称を変更した。フランスにおけるリスクマネジメントの研究・教育についても変更があった。こうした1998年以降の変化を第13章(初版第10章)に大幅に加筆する形で盛り込んだ。

  新設した第14章では,第10章(初版第7章)と第11章(初版第8章)で見たようにフランスのリスクマネジメント理論が当初から投機的リスクをも対象とした経営戦略型リスクマネジメント理論へと発展していく可能性を示していたことを踏まえて,経営戦略型リスクマネジメントの一般的な理論的フレームワークの確立を試みた。

  新設した第15章では,第14章で経営戦略型リスクマネジメントの理論的フレームワークを設定したのを受けて,フランス型の経営戦略型リスクマネジメント理論を紹介し,その内容を分析した。分析対象としたのは純粋リスクの処理と投機的リスクの処理について最もバランスのよく論及したMarmuse et Montaigneのリスクマネジメント理論である。

  新版における理論展開を示せば,表0-2,表0-3のようになる。

表0−2  本書の理論構成@

第一部:フランス企業の経営戦略研究

(経営戦略とリスク・投機的リスクと意思決定・成功要因と失敗要因)

分析の枠組み

分析対象・事例

-M&A戦略とリスク

-経営危機の克服

-プジョーの1970年代後半の拡大路線へ戦略転換→失敗→1980年代前半の経営危機克服

-新製品開発戦略とリスク

-地球環境問題と経営戦略

-プジョーの電気自動車開発戦略→成功(世界一の実績)→環境の変化に伴う戦略転換

-海外進出戦略とリスク

-ルノーの1980年代前半の北米進出

→失敗→1980年代前半の経営危機克服

-独創的新製品開発とリスク

-パイオニア・リスク

-投機的リスクと意思決定

-エスパスのケース:マトラの新製品開発プロジェクトをめぐるプジョーとルノーの意思決定の差

-ルノーの独創的新製品開発戦略→成功→欧州でいずれもパイオニアとなった大・中・小3タイプのミニバン車開発

-脆弱性を補う経営戦略としての経営戦略型リスクマネジメント

-投機的リスクと意思決定

-エスパスのケース:1998年以降の展開

-仏自動車メーカーの脆弱性と戦略的対応

-1997以降のルノーとプジョーの最新のマーケティング戦略とリスクテーキングの比較

-異業種参入戦略とリスク

-フランス金融機関による保険市場参入(バンカシュランス)→貯蓄型生保市場における成功

-異業種参入戦略とリスク

-マーケティングの4P

-ヨーロッパ金融機関による保険市場参入

-保険会社の対抗戦略

-フランスにおけるバンカシュランスの新展開

-異業種参入戦略とリスク

-多角化戦略の成功要因

-多角化戦略の失敗要因

-イノベーションの3軸

-多角化成功ののABCDE

-一貫性の保持(成功要因)

-一貫性の欠如(失敗要因)

-金融多角化・融合化と消費者行動

-銀行の死亡保障型商品/損害保険商品販売

-保険会社による金融商品販売

-フランスにおける銀行の損害保険商品販売の実態(2000年夏の販売キャンペーン現地調査)

-クレディ・アグリコールの損害保険市場参入戦略のケース(最新事例と聴取調査)

-グローバル戦略とリスク

-環境の変化と企業の変化

-コーポレートガバナンス

-一貫性の保持(成功要因)

-フランス企業を取り巻く環境の変化

-フランス企業の特徴と戦略転換

-フランス企業の日本進出戦略(カルフール,

ビベンディ,LVMHAXA,ルノーのケース)

表0−3  本書の理論構成A(仏=フランス,RM=リスクマネジメントと略記)

第二部:フランス型リスクマネジメント理論の研究

フランス企業におけるリスクマネジメントの実践に関する研究

 

分析の枠組み・分析の対象

リスクマネジメント理論

リスクマネジメントの実践

10

 

[古典]

-古典:Fayolの管理学説(「保全的職能」論)

-系譜:仏におけるRM理論の流れ

-初期理論:Charbonnierのリスクコントロール論

11

[導入]

-仏におけるRM理論の導入・普及

-Charbonnierの『企業保全管理論』

-Kaufの『危険制御論』『資産保全論』

[導入の背景]

-フランス企業におけるリスクマネジメント導入の歴史的背景

12

[一般RM]

-リスクの分類・評価

-RMの組織内位置付け

-RMの役割・職責

-RMと保険

 

[欧州での実践]

-欧州企業におけるRMの実態(AEAIによる欧州各国リスクマネジャーに対する調査)

-イタリア企業におけるRMの実態(Tagliaviniによる調査)

13

[仏のRM]

-Bénard et Fontan『企業危機管理論』

-リスクの分類・評価

-RMの役割・職責

-RMと経営戦略

-RMの将来像

-RMの教育

[仏での実践]

-仏企業におけるRMの実態(Gras Savoyeによる調査)

-フランスのRM専門機関AMRAEの活動

-フランスにおけるRM教育・研究の実態

14

[経営戦略型RM論]

-経営戦略型RMの理論的枠組み提示

-一般的RM理論の概要

-純粋リスクと投機的リスクの分類

-経営戦略とリスク(競争戦略とリスク,独創的新製品開発とリスク)

-戦略的意思決定とリスク(直観的・感性的アプローチ,事業機会の選択)

-経営戦略型RMの形態

-失敗に学ぶマネジメント

-地球環境問題と経営戦略型RM

15

[仏の経営戦略型RM論]

-Marmuse et Montaigneの『リスクマネジメント論』

-経営戦略型RM理論

-純粋リスクと投機的リスクの区分と相互関連性

-リスク監査(RMの組織内位置付け)

-投機的リスクの処理

-脆弱性への対応としての経営戦略

-カントリー・リスクと海外進出戦略