第3章 税制改革論議
3.1政府税制調査会答申に学ぶ
(1)高度経済成長と減税答申−昭和39年12月答申
 政府税制調査会:内閣総理大臣の諮問機関として昭和34年4月に設置

昭和39年12月12日
最初の長期答申『今後におけるわが国の社会、経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方』
   経済成長期における税負担の増加をいかにして軽減していくか

表3-1 自然増収額(当初予算ベースで目的税をのぞく)に対する減税額の割合の推移 単位:億円

税制調査会 「当分の間、少なくとも毎年度自然増収のうち20%程度を減税に充てることを目途に、国民負担の軽減を図っていくことが適当」
                ↓
 減税が所得税中心でおこなわれた理由
「昭和28年から昭和37年までの間の国民所得に対する国税収入全体の弾性値は平均1.5程度であるが、所得税の弾性値は平均2.5程度に達している」
                ↓
扶養控除の引き上げ、給与所得に対する負担軽減として給与所得控除を拡充することで、課税最低限を引き上げ

、当時専門委員であった木下、古田の2人の財政学者に法人税の転嫁についての研究を委託


 木下専門委員
@企業会計上と税務会計上の費用概念の相異について
A販売価格の決定について
B市場の競争状態と企業活動について
C法人課税と賃金、原材料価格について
D設備投資の決定について
E資金調達方法について
F減価償却期間について
アンケート調査により法人税の転嫁の実態調査を試みた
→「この調査の集計結果から、法人税が転嫁する可能性があること、法人税の転嫁の可能性及びその程度は市場の需給関係、競争状態、独占度などさまざまな要因によって異なってくること等が認められた」

古田専門委員 K-Mモデル(Krzyzaniak & Musgrave(1963))による法人税の転嫁に関する実証分析

被説明変数
企業の粗収益率(税込み利潤の資本ストックに対する比率)
説明変数
法人税変数(Lt)、法人税以外の要因(GNPに対する消費比率Ct、売上高に対する在庫比率Vt、GNPに対する法人税以外の全税収マイナス政府移転支出の比率Jt)

「法人税の短期的転嫁は、全産業については256%を上限とし、223%を下限とする転嫁が行われ、製造業については263%を上限とし、235%を下限とする転嫁が行われた」

 
(2) 財政再建と一般消費税導入構想−一般消費税大綱

1978年(昭和53年)9月「一般消費税特別部会報告」
1978年12月27日「一般消費税大綱」
・累積排除の仕組みとしては、ヨーロッパ諸国でおこなわれているVAT(付加価値税)におけるインボイス方式ではなく、仕入控除方式(アカウント方式)の採用
・食料品についてはゼロ税率ではなく非課税
・小規模零細事業者も一般消費税において非課税


「一般消費税大綱(54年度答申別紙)」
税率水準は、5%の単一税率
逆進性を緩和する措置として食料品の非課税

 
(3)「増税なき財政再建」路線への転換

昭和55年度の税制改正に関する答申 利子所得の総合課税化を図るためグリーン・カード制度の導入

昭和56年度税制改正答申 約1兆3,900億円超の増税 法人税、間接税の増税
  法人税については、基本税率及び配当軽課税率についてそれぞれ2%の税率引き上げ
  間接税の増税は、酒税と物品税の引き上げに
  物品税 課税対象が拡大されるとともに、乗用車の税率が2.5%引き上げられ、自動二輪の税率が5%引き上げ
  有価証券取引税についても増税

(4) 税制の抜本的見直し−中曽根税制改革から竹下税制改革まで

レーガン税制改革の影響
 1984年11月27日「TAX REFORM FOR FAIRNESS, SIMPLICITY, AND ECONOMIC GROWTH」
 アメリカ財務省報告
 1986年10月28日 政府税制調査会「税制の抜本的見直しについての答申」
 「公平」、「公正」、「簡素」、「選択」、「活力」を基本理念とし、同時に「中立性」と「国際性」にも配慮するもの
抜本的答申の4つの柱
・税率表のフラット化による所得税・住民税の減税
・最高税率引き下げによる法人税の減税
・非課税貯蓄制度の廃止
・新型間接税の導入


表3-2  所得税の税率表
所得税の税率表をよく吟味すると、確かに改革前の税率表において存在した55%、60%、65%、70%の限界税率は廃止されるものの、50%以下部分の税率表はあまり変化していない。

レーガン税制改革が税収中立の枠組みのなかで限界税率を引き下げるために、課税ベースの拡大を実施したのに対して、
税調答申では課税最低限の引き下げなどの課税ベースの拡大が見送られたことによる
       ↓
「新型間接税」の導入を意図していた答申では、間接税の持つ逆進性に対する批判をかわすため、
課税ベースの拡大をあきらめ、むしろ配偶者特別控除の新設にみられるような課税最低限の引き上げを必要としていた

(5)専門小委員会報告(1986年)
 

 「課税単位に関する専門小委員会報告」(1986年2月25日)
 「合算分割制を採用する場合には、片稼ぎ世帯と共稼ぎ世帯との負担のバランスの見地から専業主婦の帰属所得の取り扱いについて検討する必要がある」
2分2乗制度の採用は、「高所得者の負担の軽減割合が相対的にみて大きくなることから、税負担の累進性を弱める」につながり、
さらに「配偶者間での合算制を採用するとした場合には、所得税制は婚姻に対する中立性を失うことになる」という問題点を指摘
                      ↓
「専業主婦の夫の稼得に対する貢献の評価(妻の座あるいは内助の功への評価)という点についていえば、個人単位課税を維持しつつ、
専業主婦に着目した夫婦に対する特別控除のような人的控除の枠組みでの工夫をするといった方向で対応するのが適当」
                      ↓
           配偶者特別控除の新設

 「給与所得控除等に関する専門小委員会報告」(1986年3月11日)
 1956年(昭和31年)12月の答申
給与所得控除の性格は、
イ)経費の概算控除
ロ)資産所得や事業所得との比較での担税力の低さへの調整
ハ)正確に捕捉されやすいことへの調整
ニ)源泉徴収に伴う早期納税の金利分

1983年(昭和58年)11月の中期答申
「勤務に伴う費用の概算控除及び給与所得と他の所得との負担の調整」が強調

大島訴訟に対する判決
1974年(昭和49年)5月30日の京都地裁判決
給与所得控除の性格
イ)必要経費の概算控除
ロ)給与所得が他の所得に比べて担税力が一般に弱いことへの概算的調整
ハ)捕捉率が高いことの調整
ニ)早期納税することの調整
という4つの内容を総合したもの

1979年(昭和54年)11月7日大阪高裁判決
「他の所得者との負担の公平を確保するために給与所得控除が設けられているものであるとし、給与所得に特有の極めて政策的な一種の所得控除」

1985年(昭和60年)3月27日最高裁判決で
「給与所得控除には必要経費の概算控除の趣旨が含まれている」
「給与所得控除は、勤務に伴って支出する費用を概算的に控除することのほか、給与所得と他の所得との負担調整を図ることを主眼として設けられているものとして理解することが妥当」

報告書では、「現行の概算的な給与所得控除を、給与所得者の「勤務費用に係わる概算控除」と「他の所得との負担調整に配慮して設けられる特別の控除」とに分解」したうえで、「給与所得者の「勤務費用に係わる概算控除」について、選択により実額控除を認める」ものとした。

特定支出控除との選択制
報告では、給与所得控除のうちの「勤務費用に係わる概算控除」の部分についてのみ実額控除との選択を認める方針が給与所得控除全額との選択じぇ

事実上、給与所得控除の性質を「勤務費用に係わる概算控除」と認定したことに

 累進構造に関する専門小委員会報告(1986年3月18日)
資産性所得は分離課税され、サラリーマンだけが累進課税されているという現状は公平性の観点からも問題
「ブラケットの幅の拡大、税率区分の簡素化(刻み数の削減)を行うとともに、最高・最低税率を含め、税率構造全体として、累進度を相当程度緩和すること」
「大多数の納税者の集まる所得階層あるいは、ごく一般的なサラリーマンについて現役期間中の年間収入水準をカバーする所得階層に対して適用される限界税率を極力フラット化すること」

 法人課税に関する専門小委員会報告(1986年3月20日)
 「法人課税の税率は、基本的には単一の比例税率が適当であること、特に協同組合、公益法人等が営む事業が一般法人の営む事業が競合している場合
があること等を考慮すれば、これらの軽減税率制度については、基本税率との格差を縮小する方向で検討することが適当」

「すべての税は最終的に個人によって負担されるものであること、また、法人所得は結局のところ株主に帰属するもので、
株主の所得の一部を構成するという考え方に立てば、法人税と所得税の調整は必要である」
「負担調整については個人段階で行い、配当税額控除方式に一本化するか、法人税加算調整方式へ移行するかのいずれかが考えられる」
「法人間配当に関して、受取配当益金不算入制度は株主の態様の相違、企業の経営形態の選択に対し法人税制をできるだけ中立的なもの
とする制度であり、基本的に現行制度を維持することが適当」

 間接税に関する専門小委員会報告(1986年7月18日)
 既存の個別間接税の問題点と
@課税範囲が狭い、間接税のウェイトの低下
A課税されるものと課税されないものとの間の負担のアンバランス
Bサービスに対する課税の割合が小さい
C国際間取引の阻害要因


 A-I案 製造業者売上税(非課税リスト・免税購入票併用方式) 単段階課税の売上税、非課税品をリストアップする方式
 A-U案 製造業者売上税(免税購入票方式)A-I案のように非課税リストは作成しないが、免税購入票を活用することにより、累積課税を排除
 B案 事業者間免税の売上税(免税購入票方式)多段階課税の取引高課税の一種 免税購入票を買主が発行し、その免税購入票を活用することで累積課税を排除
 C案 日本型付加価値税(税額控除票方式)付加価値税の一種 累積課税の排除方式としては、帳簿方式ではなく税額控除票方式を採用
     非課税制度を設ける場合、非課税とされる事業者は、その売上げに対し課税されない反面、仕入れに係わる税額は控除することができない
      →非課税業者は税額票を発行できないとされたため、かえって不利になる可能性もあった

 年金課税に関する専門小委員会報告(1986年8月5日)
 わが国の税制は原則として、拠出時非課税、給付時課税
  →給付時の課税については、抜本的税制改革前の時点では給与所得控除が適用されることで、事実上は非課税
 「現行の社会保険制度が賦課方式に接近しつつあり、受益者負担的な色彩が希薄化しているところからみて、このような制度への拠出に対しては所得控除を認めることが適当」
社会保険料の雇用主負担については、「事業主拠出を被用者の給与所得として課税を行うという考え方があるが、
拠出時においては、被用者が未だ具体的な経済的利益を受けているとは認めがたい」とした。

 給付時の取り扱いについては、「老後生活における収入源の多様化が今後進展すること等を勘案すれば、老年者に対する税制上の配慮は、
一般的な配慮である老年者控除により行う方が望ましい」とし、
「年金課税における各種控除の整理を図るため、給与所得控除の検討結果を踏まえつつ。年金に着目した負担調整措置と老年者への税制上の配慮について、
整序する方向で検討することが必要」とした。



(6)中曽根税制改革−所得税減税とマル優制度廃止、売上税廃案
中曽根内閣のもとでの税制改革案

法人税率引き下げ:課税ベース拡大のため税率一本化
改革前 基本税率43.3%配当分33.3%→37.5%:地方税を含めた法人税実効税率52.92%から49.98%に低下

中小企業 改革前 基本税率31% 配当分軽減税率25%→28%

利子課税 一律分離課税20%

新型間接税 
日本型付加価値税、仮称「売上税」の導入 税率5%
税額票による前段階税額控除方式:ヨーロッパの付加価値税のように取引ごとに発行するのではなく、一定期間の取引をまとめて発行
食料品等は逆進性の緩和のために非課税、ゼロ税率は採用されなかった
1987年(昭和62年)5月27日売上税など税制関連法案廃案
1987年(昭和62年)9月19日所得税減税、マル優(少額貯蓄非課税制度)廃止の税制改革関連法 参院可決・成立

(7)竹下税制改革−所得税減税と消費税導入
1989年(平成元年)4月竹下税制改革 消費税導入
 ・原則非課税なしで企業の免税点も売上税よりは低め、税率についても3%に抑制。
  伝票を伴わない帳簿型の付加価値税と仕入れを売上の一定比率とみなして売上高に課税する簡易課税が広く認められることとなった。
 ・配偶者特別控除と最低税率適用課税所得の大幅な引き上げによって、低所得層にも手厚い配慮をおこない、減税超過型で実施。
 ・所得税・住民税は、税率表の簡素化と人的控除の引き上げにより約3兆円減税
 
(8)平成不況と村山税制改革−1994年6月答申
 1994年6月21日政府税制調査会「税制改革についての答申」
 →1993年11月中期答申「今後の税制あり方についての答申−『公正で活力ある高齢化社会を目指して』−」
   を踏まえて税制改革の基本的な考え方と具体的な方向付けを中心に提言したもの

 税制改革の基本的な方向
「@高齢化社会を支える勤労世代に過度に負担が偏らないよう、世代を通じた税負担の平準化を図り、社会全体の構成員が広く負担を分かちあう税制を目指す、A高齢化社会においても安定的な経済成長を持続させるため、国民一人一人がその活力を十分発揮することのできる税制を目指す、B安心して暮らせる高齢化社会を構築するため、社会保障などの公共サービスを適切に提供しうることのできる税収構造を目指す」

消費税の益税の解消の必要性
事業者免税点制度 「相対的に規模の大きい免税業者には課税業者としての対応を求めていく」
簡易課税制度「適用上限について、中小事業者の事務負担に配慮しながら、更に引き下げることが適当である。」
限界控除制度「廃止を含め適切な是正をおこなうことが適切である」

複数税率化「単一税率を維持すべきである」

消費税の納税「請求書、納品書、領収書その他の取引の事実を証する書類(インボイス)のいずれかを保存することをその要件に加える」

(9)高齢化社会を見据えた答申−2000年7月答申
2000年(平成12年)7月政府税制調査会「わが国税制の現状と課題−21世紀に向けた国民の参加と選択−」
 「いわゆる「直間比率の是正」という考え方については、所得課税の負担が低くなっていること、財政状況が極めて深刻になっていることなどから、これまでのような所得課税の減税を伴う改革は行い得ないと考えられます。」と明確に否定

所得税
「個人所得課税が本来持っている機能を十分に果たすことができるよう、その再構築に向けた議論が必要と考えられます。」
「個人所得課税は、大きな規模の課税対象を持ち、国民一人一人の負担能力に応じた分担を実現できる税であり、所得再分配機能を持ち、垂直的公平に適う税です。」
「課税ベースとなる所得はできる限り包括的に捉える必要があり、広く公平に税を負担する個人所得課税の理念として、総合累進課税が基本であると考えられます。」
→包括的所得税を基本理念と考えている

金融資産から生じる所得に関しては、「金融資産からの所得全般について総合課税を行うためには、各種の所得の性質の差異などに留意した上で、
資料情報制度の充実、納税者番号制度の導入など、所得捕捉の体制の整備が不可欠であることから、現状においては、利子等について分離課税
を維持することが現実的と考えられます。」
→現実的な選択肢としては、資産所得に関して分離課税をせざるをえないという考え方

消費税
「少子・高齢化が更に急速に進展し人口の減少が避けられない21世紀を展望し、
経済社会の活力を維持していくためには、公的サービスの費用を広く公平に分担していく
必要があるとともに、世代間の公平やライフサイクルを通じた負担の平準化という視点が
重要です。」
→高齢化社会の財源調達手段

法人税
「わが国の法人課税の実効税率は、わが国企業の競争力を確保する観点から、大幅に引き下げられ、
その水準は既に国際的な水準になっています。」
→税率引き下げの必要性については否定的

地方税
「外形標準課税の導入は、地方分権を支える安定的な地方税源の確保、応益課税としての税の性格の明確化、
税負担の公平性の確保、経済の活性化・経済構造改革の促進等の重要な意義が認められる地方税のあり方
として望ましい方向の改革です。」
→外形標準課税の導入に前向き

(10)小泉政権下の税調答申−2002年11月答申
 2002年11月「平成15年度における税制改革についての答申−あるべき税制の構築に向けて−」

経済財政諮問会議「公平」を「公正」に、「効率性(中立性)」を「活力」に変えるべきだと提唱

政府税調答申答
「(1)個人や企業の自由な選択を妨げず経済活動に中立で歪みのない税制を基本とすること、
(2)経済社会の構造変化に対応しきれず、税負担の歪みや不公平感を生じさせている税制上の諸措置の適正化を図ること、
(3)納税者にとり分かりやすい簡素な税制とすること、
(4)安定的な歳入構造の構築に資すること、
(5)地方分権の推進と地方税の充実確保を図ること。」という視点を提示

→政府税制調査会が投資促進措置よりも、税制が経済活動に対して中立的であることを重視

各税目別の答申内容
@個人所得課税については、人的控除の簡素化・集約化を進めていく第一歩として、経済社会の構造変化に対応させるため、配偶者特別控除や特定扶養控除について、廃止を含め、制度をできる限り簡素化する。こうした取組みを通じ、個人所得課税の「空洞化」の状況を是正し、基幹税としての機能回復を図る。
A法人税については、わが国企業の競争力強化と構造改革を促進する観点から、21世紀をリードする戦略分野の成長を支援する研究開発税制、設備投資税制を集中・重点的に講じる。
B消費税については、将来その役割を高めていくための前提として、消費税に対する国民の信頼性、制度の透明性の向上を図る観点から、事業者免税点制度を大幅に縮小し、簡易課税制度については原則廃止とする方向で抜本的な改革を行う。
C相続税・贈与税については、高齢者の保有する資産の次世代への移転の円滑化に資する観点から、相続税・贈与税の一体化措置を導入する。これにあわせて、相続税について最高税率の引下げを含む税率構造の見直し及び課税ベースの拡大を図るとともに、贈与税について相続税に準じた見直しを図る
D法人事業税については、税負担の公平性の確保、地方分権を支える基幹税の安定化等の観点から、外形標準課税の導入を図る。
E固定資産税については、連年の地価下落の状況にも留意して、その安定的確保と課税の公平の観点から、負担水準の均衡化・適正化を一層促進する
F土地税制については、都市再生等、土地の有効利用の促進に資する観点から、登録免許税・不動産取得税の軽減を図る。
G金融・証券税制については、金融商品間の中立性を確保するとともに、簡素で分かりやすい税制を構築する。


(11)サラリーマン増税−個人所得課税に関する論点整理
 平成17年6月21日政府税制調査会基礎問題小委員会『個人所得課税に関する論点整理』
石弘光会長「これから国民が全体としてこの国をどう支えるかという議論からいいますと、
サラリーマンが核にならなかったら絶対できないですよ。サラリーマンというのは、就業者の8割を占めています。
・・・<中略>・・・サラリーマンの方々にみんなで頑張ってもらうほかないんじゃないですか、というメッセージを送りたいと思います」
→この論点整理は「サラリーマン増税」を意図したものだとマスコミから批判を浴びた。

給与所得控除の見直し
「給与所得控除については、従来より、給与所得者にかかる「勤務費用の概算控除」のほか、被用者特有の事情に配慮し
た「他の所得との負担調整のための特別控除」という二つの要素を含むものとして整理がなされてきた。
このように被用者特有の事情を画一的にとらえて一律の控除を行うという現行の仕組みを見直し、
後述の事業所得にかかる必要経費の取扱いの見直しとあわせて、給与所得者の控除や申告のあり方についても、
経費が適切に反映されるような柔軟な仕組みを構築していくべきである。」
→「概算控除」としてとらえるべきだという考え方を打ち出した
事業所得
「事業所得に係る必要経費についてみれば、その範囲が必ずしも明確ではなく、本来、必要経費に算入できない家事関連経費に
ついて混入を防止する制度的担保が存在しない。そうした中、一般の給与所得者にとって、日常生活において目にする事業所得者
の行動に納得し難い思いを抱くこともあり、税負担の不公平感が醸成されている。」と指摘
「実額での必要経費は正しい記帳に基づく場合のみ認めることとし、そうではない場合には一定の「概算控除」のみを認めるとの仕組み
を導入することも考えられよう。」

金融所得課税の一体化
「金融所得課税の一体化についての基本的考え方(平成16年6月金融小委員会報告)」
「今後とも、金融所得間での課税方式の均衡化、損益通算の範囲拡大を柱とする金融所得課税の一体化の検討を進め、
金融所得課税に係る現行の分離課税制度をより簡素で中立的な仕組みにしていく必要がある。」
→貯蓄から投資へという政策目標に沿った改革

配偶者控除について
「夫婦を担税力という面での配慮が必要な関係と一方的に位置付けることには疑問がある。
配偶者の存在が納税者本人の担税力を減殺させているとの考え方については、夫婦のあり方や
配偶者の家事労働の経済的価値もあること等から、改めて検討する必要がある。」
「現行制度の下では、配偶者は、その就労のあり方を決めるにあたって、パートナーの税負担に及ぶ影響
を考慮に入れざるを得ない場合があり、配偶者の就労に対する中立性といった面でも矛盾が生じている。」
「就業している配偶者であっても、所得が一定額以下であれば自らは基礎控除の適用を受けて課税関係が生じない。
その一方で、パートナーが配偶者控除の適用を受けることで、夫婦で二重に控除を享受するという問題が生じている。」
「夫婦のあり方、財産制度、配偶者の就労に対する中立性確保の要請といった観点を踏まえ、引き続き検討していくべき課題であろう。」

扶養控除について
「政策的に子育てを支援するとの見地からは、税制において、財政的支援という意味合いが強い税額控除という形態を採ることも考えられる。」

特定扶養親族(年齢16歳以上23歳未満)の特定扶養控除
「同控除は、平成元年の消費税導入に伴う所得減税の一環として、働き盛りで収入は比較的多いものの、教育費等の支出がかさみ生活に
ゆとりのない世代の一層の負担軽減を図る観点から設けられたものである。ただ、その後の累次の税制改正における累進構造の緩和などを通じ、
導入当時と比べて相当の負担軽減が進む中、特定の世帯の負担軽減に狙いを絞った同控除の存立趣旨は失われつつある」

実効税率の水準について
「実効税率としては平均で3%程度である。わが国の実効税率は諸外国と比べて極めて低い状況にあり、個人所得課税の本来機能の回復の観点からは、
後述のように、課税ベースや税率構造の見直しにより、その水準を引き上げていくことが今後の課題となる。」


個人住民税
「税源移譲に伴い応益的な性格が強まることから、人的控除をはじめ各種の所得控除について、所得税とは独立して、整理合理化を図ることが望ましい。
なかでも、生命保険料控除、損害保険料控除など政策誘導的な色彩の強い控除については、地方分権の観点からも、地方税である個人住民税においては
速やかに整理すべきである。」

個人住民税の均等割
「均等割の税率は、これまでの1人当たり国民所得等の伸びを勘案すると低い水準にとどまっており、その税率の引上げを図る必要がある。
その際、基礎自治体である市町村を重視することを検討すべき」

納税者番号制度
「プライバシー保護を含めたシステムにおけるセキュリティが十分確保されることが不可欠であろう。」
「基礎年金番号を利用する「年金番号方式」については、法律上の根拠を付与し、年金非対象者等も含め広く全国民に自動的に付番する仕組み
とするなどの改善が必要である。住民票コードについては、既に法律上の枠組みが存在することから、喫緊の課題として税務行政に活用される
番号制度を早急に導入する必要がある場合には、「住民基本台帳方式」を採ることが現実的であろう。」
→「住民票コード」の利用について軍配を挙げている。

3.2 わが国の税制改革論議
(1)所得税改革
包括的所得税のめざす所得税改革の基本的な考え方:課税ベースの拡大と税率表のフラット化
→1980年代に実施されたアメリカのレーガン税制改革や日本の抜本的税制改革でも基本的にはこの考え方が採用

課税ベースの拡大と税率表のフラット化についての議論
宮島(1994)「資産所得や社会保障移転所得の課税ベースの拡大によって退職高齢世代に新たな負担を求め、
それを財源とした超過累進税率のフラット化や社会保険料拠出料率の抑制によって勤労青壮年世代の負担軽減を図る」

石(1993)「あまりに自己増殖した諸控除の統廃合、租税特別措置の整理を行い課税ベースのイロージョン(浸食)を縮小すれば、
最高税率を30〜35%程度にして2〜3段階の税率体系で理想的な所得税を再構築しうる」

最適課税論の立場をとる八田教授の主張は課税ベースの拡大には賛成しているものの、累進税率表についてはむしろ強化を主張
→八田(1994)「生産性だけの観点からは、限界税率は99%でもよい」
「恒久的な所得税減税は慎む。累進度を高めると同時に課税最低限も下げ、平均所得税率をせめて経済協力開発機構(OECD)の
先進国の平均レベルまでに長期的に高める」
「高額所得者全体からの税収を引き下げないように、他の改革と組み合わせて最高税率を下げる」


所得税の総合課税化の議論
石(1993)「総合課税は今後とも望ましい税制のシンボルとして残されるべき」
石(1990)では、利子課税については、源泉分離課税と還付制度によって総合課税化を実現し、
キャピタルゲインについては、納税者番号制度を導入し総合課税へ移行することを支持

八田教授「資産所得は分離課税するほうが望ましい」
「原則的には一律分離課税で、低所得者に対しては総合課税によって資産所得税の源泉課税分を還付」
→資本所得については、課税により海外へ逃避する可能性や資本蓄積を阻害するために、
分配面を無視した代表的な家計が存在するモデルでは理論的には最適資本所得税率はゼロ

支出税
貝塚(1986)「もうひとつの改革の方向は、消費課税への転換である。EC型付加価値税のような間接税が一つの選択肢であるし、
直接税としての支出税がもう一つの選択肢である」
「かなり先の税体系をこのような消費課税中心の発想法でみるならば、資産所得は非課税となり、利子・配当所得の一律分離課税は、
経過的な措置となる」
野口(1994)「課税を支出税の原則に沿ったものとするためには、労働所得からの貯蓄を全額非課税とし、引き出し時に課税する方式に
転換することが必要」

二元的所得税論
森信教授
「金融所得と勤労所得とを同一の所得と見て合算し累進税率を課す総合課税は、垂直的公平性の確保という観点からは理想の税制であるものの、
米、独、北欧諸国の現実を見ると、金融手段の発達、グローバルな資金移動の下で、理論と実際の隙間をついた租税回避行動や、資本所得へ
の高い限界税率の適用を嫌った資金移動を生じさせ、効率性、公平性に大きな問題を生じさせている」

(2)消費税改革
 石教授
  「安定財源確保のために消費税のウェートを高め」
 、「各世代により広く負担の行き渡る消費税の相対的な割合を増加させるべき」
  →包括的所得税は理論的には理想的であったとしても、高額所得者に有利な各種の所得控除による課税ベースの浸食や、
    業種間の税負担格差としてのクロヨンなどにより現実には所得税が有効に機能していない
 
 八田教授 課税に対する労働供給の反応は小さいとして、所得税を重課すべきだと主張
        消費税への負担は公平性に反する:八田(1994)「消費税シフトを行うことは、高齢化時代の現役世代の税負担を増大させ、
その一方で高齢化社会の退職世代の税負担を軽減する」
 →「ライフステージでの税負担の平準化」や「世代間の税負担の格差解消効果」に対して懐疑的な見方を示した

八田(1994)「高齢化時代に消費税シフトを行うことは、高齢化時代の現役世代の平均的個人の一生を通じての財政負担を減らさない」
野口(1994)「現在24歳以下の階層は、増減税がちょうど相殺する・・・中略・・・最も大きな恩恵を受けるのは、現在45歳〜49歳の世代」

(3)法人税改革
 基本的な方向性としては、課税ベースの拡大と税率の引き下げに賛成する意見が多い。
 八田(1994)「誰が最終的に負担しているのか不明な税はなるべく縮小」
  「株の譲渡益税を導入すればその分法人税を下げることができる」
  貝塚(1997)「法人税はネットに減税して、消費税をその分だけ引き上げたらいい」

 法人税の減税の財源
  課税ベースの拡大により、法人税の枠内で求めるべきだという考え方が多い
  宮島(1992)「法定外福利厚生費(フリンジ・ベネフィット)や交際費の一部を個人段階で的確に課税」
   「オーストラリアやニュージーランドのフリンジ・ベネフィット課税のように、企業の支出段階で特別課税制度ないし
    損金不算入制度を適用するという次善の方法も実際には考慮される」
 
(4)相続税・贈与税の改革
 専門家の間では相続税の強化に賛成する意見が多い。
八田(1994)「累進的な相続税を強化することが社会の分配の平準化に有効」
野口(1994)ミード報告で推奨されたPAWAT(Progressive Annual Wealth Accession Tax)をとりあげ、
「資産を取得した時点で一定の年齢(たとえば85歳)までのannual wealth taxの現在価値相当分を払う。
したがって、若い人ほど税率が高くなることになる。この場合、過去において取得した資産の記録を参照して、
生涯取得資産に対して累進課税がなされるようにする。そして、資産を贈与あるいは遺贈した時点で、
残余期間に相当する税の払い戻しを受けることとする」