今後の税制改革について−法人課税を中心に 
               
 昨年からの懸案であった法人税改革の方向がようやく見えてきた。法人税の基本税率を37.5%から35%程度まで引き下げ、その引きかえに課税ベースを拡大しようというのである。また、地方税としての法人課税に関しては、事業税の外形標準化の方向で検討がおこなわれている。
しかし、今回の法人税改革に関する一般的な関心は、決して高いとは言えない。最近の法人税改革に関する議論は、退職給与引当金、貸倒引当金の存廃や原価償却における定率法と定額法の採用に関するものなど会計的な問題に集中しており、基本理念として法人税制のあり方についての議論が欠けていることが、その関心の薄さを生じているのではないだろうか。そこで、なぜ法人に課税するのか、法人に課税するならば課税ベースとして何が望ましいのかという基本的な問題に立ち返って、法人税改革の方向性について議論しよう。
 法人への課税の根拠としては、個人所得税の前払いとしての捉え方と公共サービスへの対価を法人も負担すべきであるという利益説的な考え方で説明されてきた。ところが、現実の法人税は、そのいずれの考え方にも合致していない。個人所得税の前払いとして、法人税を捉えるならば、個人所得税と法人税の2重課税を調整しなければならない。しかし、我が国の法人税制度においては、平成元年の消費税導入時に、それまで不完全ながらも個人所得税と法人税の2重課税の調整を意図していた法人の配当所得に対する軽課措置を廃止してしまった。また公共サービスへの対価として法人税を捉えるならば、赤字法人課税が必要とされる。なぜならば、赤字法人であっても公共サービスの利益を享受していると考えられるからである。だが、公共サービスへの対価としての性格があるとされている現行の事業税も法人所得を課税ベースとしているため、赤字法人には課税されていない。法人税の抜本的な改革をおこなうのであれば、このような基本的な理念と現実の法人税制のギャップを埋めるべきであろう。

1.国税としての法人税のあり方
 法人税改革の基本的な方向は、所得税の前払いとしての考え方と公共サービスの対価という基本理念に立ち返ることで見えてくる。すなわち、国税としての法人税は、所得税の前払いとして位置づけ、地方税としての事業税は、公共サービスの対価として捉えるべきである。以下では、まず国税としての法人税の改革の方向性について議論しよう。
 所得税の前払いとして法人税を捉えるならば、現在議論されている引当金・準備金の廃止、縮減よりもフリンジベネフィットへの課税問題に注目すべきである。我が国の多くの企業は、本来ならば従業員が個人的に支出しなけばならない費用を福利厚生費として支出してきた。代表的な例としては、従業員の住居に対する家賃補助や市場価格と比べると極めて安い社宅の提供が挙げられる。その他、大企業であれば保養地における格安の別荘などの利用も可能である。これらの現物給与は、現行税法のもとで家賃など一部が課税対象となることを除けば、ほとんど課税されていない。現物給与への課税を個人段階で捉えることは難しいことから、法人段階で個人所得課税の前払いとして課税する方が徴税コストの面でも有利であろう。税制調査会でも「福利厚生費の支出について、従業員一人当たり年50万円を超える部分の金額は損金算入の額に算入しない。」としている。
 また、現在中小企業にのみ認められている交際費の損金算入についても廃止・縮小を検討すべきである。交際費の中には、接待と称した個人的な飲み食いのつけも含まれていると考えられるからである。税制調査会では、「中小企業の交際費の支出について、その損金不算入割合を10%から30%に引き上げる」という議論がなされている。主要国の交際費の税務上の取り扱いを見ても、交際費の損金算入は制限されている。たとえば、イギリスでは交際費は損金算入されないし、アメリカでは事業と直接関連する場合にのみ、その50%を限度として損金算入が認められ、クラブの入会金・会費、接待・レクレーション施設などに係る費用は損金算入されない。
 引当金・準備金については、税収中立の確保のために廃止・縮減すべきであるという意見が多い。しかし、引当金・準備金による増収効果は一時的なものである。なぜならば、貸倒引当金を例にとると、貸倒引当金が全廃されると現在時点で将来の貸倒に備えていた積立額が益金となり増収となるが、将来実際に貸倒が発生した段階では損金算入されることになるからである。引当金・準備金は、納税の延期により金利分のみの節税効果をもたらしているにすぎないのである。それでは、税収の確保以外に引当金・準備金を見直す理由はあるのだろうか。
 税制調査会の議論では、賞与引当金については廃止の方向が打ち出されている。ただし、「事業年度末までに支給する賞与の額が受給者に通知され、その後すみやかに支払われるものであること等の要件に該当するものについては、未払い費用として損金の額に算入できる」とされている。すなわち、賞与引当金を廃止しても未払い費用として計上できるのであるから、廃止による増収効果は一時的にすらほとんどないことになる。したがって、あえて賞与引当金を廃止する必要はないだろう。さらに、貸倒引当金については都市銀行の一角までおよんだ金融不安の現状を考慮して、特に金融機関の貸倒引当金は存続すべきではないだろうか。退職給与引当金については、退職時まで未払いの給与をプールするものであることから、個人所得税の前払いとして法人税を捉えるならば支給された段階で個人に課税すればよいことになる。しかし、退職金は、年功序列と終身雇用制度を前提とした我が国で普及してきた制度であり、退職給与引当金はその制度を後押ししてきたわけである。だが、金融ビックバンに象徴されるように外資系企業との本格的競争時代を迎えるにあたって、退職金のような一度に多額の費用を発生させる賃金慣行は我が国の企業の足かせとなる恐れがある。最近では我が国の企業の一部には、在職期間の給与を引き上げるかわりに、退職金を廃止する動きもある。退職金制度自体が存在しなくなれば、退職給与引当金も必要なくなる。退職給与引当金については、一時的には確実に増収効果もあることから、廃止の方向で検討すべきだろう。
 以上でみてきたように、引当金・準備金の廃止は、長期的にみると増収効果はあまりない。また大蔵省の試算によると交際費課税の強化による増収も9,320億円(平成9年度)にすぎない。したがって、法人部門内での税収中立にこだわると法人税の基本税率はあまり下げられないことになる。しかし、法人税を個人所得税の前払いとして考えると、現行の基本税率37.5%はあまりに高すぎる。個人所得税の税率は、10%から50%までの5段階であるが、ほとんどの納税者は生涯を通じて10%ないし20%の限界税率で課税されることになる。したがって、法人税の基本税率については、少なくとも現在考えられている35%程度ではなく、30%程度まで大幅に引き下げるべきである。

2.株式の譲渡益課税と相続税・贈与税の改正
基本税率を30%程度まで引き下げるならば、その財源を法人部門内のみで調達することは難しい。法人税を改革するならば、所得課税・資産課税改革も含めて議論すべきである。先に実施された村山税制改革においては、所得税を減税し、消費税の税率引き上げが実施された。所得・消費・資産という課税ベースのバランスを考えると、残された検討課題として資産課税の問題が浮き上がってくる。現行税制のもとでは、資産性の所得については極めて不明確な形で課税されている。株式の譲渡所得へのみなし課税は、その典型である。現行税制のもとで、株式の譲渡所得は、売却額の1%のみなし課税と申告分離課税が選択できる。みなし課税とは、株式の売却額の5%が利益であるとみなして、その利益に20%の税率で課税するものである。この場合、5%以上の利益が生じても課税対象とならないことになる。納税者番号を導入することで、株式の譲渡益へ課税を適正化すべきである。ただし、株式の譲渡益課税を実施し、かつ総合課税化を図るのであれば、現行の所得税の一層のフラットが必要となろう。効率性の観点からは、所得税・住民税の最高税率の大幅な引き下げや譲渡所得に対しては、分離課税を適用することも考えられよう。
 また、資産課税としては、相続・贈与税の改正も視野に入れるべきである。近年行われてきた相続税の改正で基礎控除が引き上げられたことにより、一部の資産家を除くと、ほとんど納税者が相続税を負担することなく、ある程度の資産を継承できることになった。高齢化社会は、実は少子化社会でもある。少子化社会では、子供たちは双方の両親からの遺産相続をこれまで以上に期待できることになる。相続財産は、納税者が自らの努力で努力で勝ち取るものではないために、課税による勤労意欲の低下などの効率性の阻害などの悪影響も少ない。相続税の基礎控除の引き下げとともに累進税率表をある程度緩和し、広く薄い課税を検討すべきではないだろうか。また、現行の贈与税では、年間60万円の基礎控除が認められており、毎年少額の生前贈与をおこなうことで、相続税の節税を可能にしている。税務行政上の理由から廃止された、生涯の贈与を累積したうえで課税する累積取得税の復活もコンピュータの利用で十分可能であろう。

3.事業税の外形標準化
 最後に、地方税としての法人課税の改革の方向について議論しよう。最近の議論では、地方税としての法人課税を減税すべきだという意見もある。しかし、地方税としての法人への課税を減税することは、地方分権の流れに逆行する。すでに指摘したように、地方税としての法人課税は、公共サービスの対価として解釈すべきである。したがって、現行の事業税の課税ベースを所得から付加価値などの外形標準などに変更すべきである。これにより、たとえ赤字の法人であってもある程度の税負担を負わなければならないことになる。事業税の外形標準化については、最近の税制調査会の議論においてもあらためてその必要性が強調されている。赤字法人への課税については、根強い反対意見があるが、課税ベースの拡大により低率の負担で済むことや、我が国の赤字法人の多くが交際費や福利厚生費などへの支出により操作された可能性があることも考慮しなければならないだろう。