自主財源の研究-地方分権下における個人所得税・住民税改革のあり方について-
関西大学経済学部 橋本恭之
大阪経済大学経済学部 前川聡子
1 はじめに
現在の地方分権議論において最も不足しているのが、歳入面の抜本改革の視点であろう。地方分権に伴い、地方へ権限を委譲するのであれば、当然歳入面においても地方の自主的な税収の確保を義務づけなければならない。現行の強力な国による地方の財政保障機能を果たしている国庫支出金、地方交付税の存在を考慮すれば、歳出面のみの権限委譲は、地方団体の無駄な歳出増大を生じることになる。地方での歳出拡大が、当該地域での負担の増大につながる仕組みを導入すれば、歳出面での無駄を排除することができよう。したがって、地方分権においては、何よりもまず地方の税源の拡充が求められることになる。1999年度(平成11年度)予算では、国と地方の税収を合わせた税収総額(84兆3972億円)のうち、最も大きな割合を占めるのが個人所得税と個人住民税(合計24兆5629億円)である。地方の財源強化をはかり地方税の税収比率を高めるためには、最大の税収項目である個人所得税と個人住民税の見直しは避けて通れない課題である。
2 個人所得税・住民税改革の影響
地方分権の時代に対応して地方税の充実を図ることを目標に所得税・住民税改革を設計する場合、その具体策は大きく分けて2種類ある。ひとつは、国税としての所得税の最低税率部分の税収を地方に振り向け、所得税についてはある一定の所得層以上の納税者に対する付加税と変えようとするものである。このような提案としては、神野・金子(1998)が有名である。いまひとつの方法は、所得税・住民税と共同税化することである。
そこで本報告では、所得税・住民税の改革案として、所得税・住民税を最低税率10%から最高税率50%までの5段階の税率表を持つ共同税に改革したケースAと、地方税を税率10%のフラット税、国税を付加税としたケースBを設計した(表1参照)。なお共同税の税収は、国に4割、地方に6割で配分し、地方に配分された住民税収は各都道府県に県民所得の都道府県別シェアで配分されるものとした。
表1 所得税・住民税改革の想定
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国税税率表 |
地方税 |
所得控除 |
ケースA |
課税所得 限界税率 100万円以下 10% 250万円以下 20% 800 万円以下 30% 1800万円以下 40% 1800万円超 50% |
1999年度(平成11年度)と同一 地方税は国税の水準まで引き上げ |
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ケースB |
課税所得 限界税率 130万円以下 5% 300万円以下 10 670万円以下 20 1600万円以下 30 1600万円超 40 |
都道府県
5% 市町村 5% |
同上 |
税率表の設計にあたっては、特別減税含まない1999年度(平成11年度)税制による税収を確保し、しかも各所得階層の税負担率をほとんど変えないように留意した。すなわち、ケースA,Bともに改革時点において「税収中立性」、所得階層間の「税負担中立性」を達成するものとなっている。この2つの条件が満たされるならば、個人の税負担状況はほとんど変化しないので、改革の実現性が高まることになる。ケースA、Bにおいて所得階層間の税負担中立性が維持されていることを確認したものが図1である。この図によれば、ケースA、Bともにほぼ全所得階層にわたって税負担額をほとんど変化させていないことがわかる。
このような所得税・住民税改革が実施された場合、ケースA、Bともに各都道府県の住民税の税収は大幅に増加する。しかも都市部よりも地方において住民税の税収が伸びることが分かった。これにより、現行制度のもとでの地域間の税収格差は大幅に縮小できる。一人当りの住民税収の変動係数でみると、現行制度のそれが0.269であるのに対して、ケースAでは0.138、ケースBでは0.258となり、改革によって地域間の税収格差は減少する。また、その税収格差是正の効果は、共同税化したケースAの方が大きい。
さらに、国と地方の税収配分を見ると、地方の税財源は大幅に拡充できる。税収全体でみた国と地方の税収比率は、現行の国:地方=58:42が、ケースAでは国:地方=48:52に、ケースBでは国:地方=49:51といずれも、地方税収の比率を大幅に高めることができる。その効果が大きいのは、共同税化したケースAの方である。
3 長期的な財政収支均衡と税制改革
本報告の主な関心は、地方分権化における財源調達のあり方にあるものの、長期的にみた財政収支を無視するわけにもいかない。わが国の財政は、危機的な状況にある。1999年における日本の国と地方を合わせた財政赤字は、GDPの11%にも達する。これは、EUの通貨統合加入の条件である、財政赤字の対GDP比3%以下という基準を満たしていない。
そこで、現行税制を維持した場合、自然増収だけで財政赤字が解消されるかどうかを見たものが図2である。ここで、将来の経済成長率は、経済戦略会議等で想定された日本経済の潜在成長率である2%で推移するものと仮定した。また、歳出の数字は、行財政改革を断行し、歳出をバブル前の水準にまで抑えた場合を想定している。
図2 長期的な国と地方の歳出、歳入の推移(成長率2%)
図では、現行の歳入構造を維持した場合、EU通貨統合の3%基準については2029年でかろうじて達成できるものの、2030年時点でも依然として若干の財政赤字が残り、過去の債務残高を解消できるのはさらに後になることが示されている。すなわち、成長率2%の場合、行財政改革に加えて何らかの増税が不可欠となる。一方、2005年時点から消費税率を3%ひきあげて8%にすれば、2025年にかろうじてEUの基準を達成することができる。
4 地方税改革と国と地方の財政関係の見直し
長期的な財政収支も考慮した場合の増税手段としては、地方税収増加の観点からは、消費税率の引き上げが望ましい。所得税の場合、自然増収により増税を行わなくても負担率が上昇していくという問題がある。また、地方税の原則として「応益性」、「安定性」が求められていることも考えると、地方税の課税ベースとしては、「消費」をより重視するべきであろう。現行では、消費税の税収の29.5%は交付税財源にも充当されているが、交付税を通して配分するよりも、地方消費税という形でダイレクトに地方に配分するべきである。本研究では所得税・住民税改革にあわせて、消費税の税率を8%にまで引き上げ、さらに消費税に占める地方消費税の比率を50%とし、交付税財源から消費税をはずした場合の国と地方の財政関係について検討した。
地方分権下における地方税改革を成功させるためには、税制だけでなく、国庫支出金、地方交付税という国から地方への財源移転システムの改革を忘れてはならない。そこで、本研究では、地方税改革とともに逆交付税の導入についても検討した。ただし、逆交付税の導入は、富裕団体の税収確保の意欲に水をさす政策でもある。逆交付税の算定にあたっては、基準財政需要を上回る基準財政収入の金額に一定の逆交付税率(50%を想定)を乗じることで、富裕な地方団体の歳入確保意欲を損なわない措置が可能であろう。
逆交付税導入後のマクロ的な国と地方の財政関係について、地方の自主財源の確保という点からみて優れた改革案であるケースAの結果をみてみよう。ケースAの場合、地方全体では、地方税収は41.7兆円から57.5兆円と15兆円近く増加し、さらに、逆交付税の導入で国から地方への移転は、現行の39兆円から23兆円に大幅に削減される。特に、交付税については、現行制度を維持した場合の14兆円に対して、10.9兆円まで削減できる。
都道府県レベルでみると、まず地方税収の増加により、ほぼ全ての自治体で現行よりも財政力指数が3倍近く上昇する。例えば、東京、大阪のような都市部の財政力指数は、112%から334%(東京)、94%から293%(大阪)に上昇している。北海道や沖縄でも、40.7%から122%(北海道)、26.3%から85.2%(沖縄)に上昇している。
逆交付税の対象となる都道府県は、東京、静岡、愛知、大阪であった。ただしこれらの都道府県は、地方税の大幅な増収が得られるために、逆交付税を実施しても純歳入額は依然として黒字となる。例えば、東京都の場合約9900億円の逆交付税を支払うことになるが、地方税収の増加(約2兆円)等を考慮すると、最終的な純歳入額は約1兆円以上も増える。一方、北海道や沖縄では国からの移転の削減額の方が地方税の増収分よりも大きいため、純歳入額は減少する(北海道:−約5800億円、沖縄:−約2000億円)。
5
むすび
以上、地方の税収配分を高め、逆交付税の導入により国からの移転を削減する改革案について検討してきた。このような改革は、地方の税源を拡大し国からの移転に頼らない財政構造に変える点で、地方財政全体にとってはプラスになる。しかし逆交付税を導入してもなお、最終的な歳入額等をみると都市部に有利であり、地方には不利になる。この結果は、現在の国による地方自治体間の財政調整が強力すぎることの裏返しである。地方の都道府県において、国からの手厚い交付税・国庫支出金のもとで行われてきた無駄な歳出の効率化を図ることも必要とされるところである。
<分析結果・分析手法の詳細は学会当日配布致します。>
また、ホームページhttp://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~hkyoji/index.htmでも入手できます。
[参考文献]
齊藤愼(1989)『政府行動の経済分析』創文社.
神野直彦・金子勝(1998)『地方に税源を』東洋経済新報社.
橋本恭之(1995)「地方分権化と地域間税収配分」『地方分権をめざした地方税のあり方に関する研究』日本租税研究協会.
橋本恭之・前川聡子(2000)「地方財源の充実」関西経済研究センター『地方分権下の地方財政についての実証的研究-真の地方分権社会をめざして-』NIRA研究報告書.