地方交付税の諸問題
                            橋本恭之
 
1.交付税のひも付き財源化
 地方交付税は、補助金とは違い、使い道が限定されていない一般財源であるとされてきた。しかし、近年巧妙な手段により「交付税のひも付き財源化」がおこなわれてきたという見方がある。その一つの例が、竹下内閣の「ふるさと創生事業」である。一般には、ふるさと創生では、あたかも全市町村に新たに現金が1億円ずつ配られたかのようなイメージで捉えられていた。しかし、実際には地方交付税の算定の際の基準財政需要額に1億円を加算するという形でおこなわれたのである。この措置により本来一般財源である交付税の使い道をふるさと創生という特定の事業に誘導したのである。またこの時は、地方交付税の不交付団体については、もらってもいない1億円をもらったつもりで支出せよという奇妙な事態も生じた。
 この例は、現行の地方交付税の問題点を浮き彫りにしてくれる。地方交付税には、特別交付税と普通交付税が存在するが、交付税総額の大部分を普通交付税が占めている。この普通交付税は、各地方政府が行政サービスを行うために必要な財政需要を各々の行政項目毎に経常的経費、投資的経費として算定した合計額である「基準財政需要額」が普通税の収入見込み額に地方譲与税の総額を加えたものである「基準財政収入額」を超える地方政府に対して交付されることになる。
 この基準財政需要額の算定が地方交付税を複雑化し、本来一般財源である交付税をひも付き補助金化しているのである。基準財政額の算定は、個別の地方団体において道府県では警察費などの38行政費目、市町村では消防費など47費目を集計し、単位費用を求め人口や面積などの測定単位を掛け合わせ、さらに規模の経済性を考慮した段階補正や都市化の程度に依存する普通態容補正などの補正係数を乗じておこなわれる。この基準財政需要額の算定の詳細は、極めて複雑であり、自治省の担当者でなければ理解不能とまで言われている。この複雑さを利用して、新たな補正係数を創設することで国の意向に沿った支出が誘導されてきたのである。
 実は、この地方交付税における基準財政需要額は、主に人口と面積によってかなり高い精度で推定可能であることが林(1987)、中井(1988a)(1988b)の研究で明らかにされている。本稿では、最近のデータでも同様の結論が導けるかどうかを確認しておこう。以下の式は、平成4年の都道府県別の一人当たりの基準財政額について、中井と全く同じ推計式で説明したものである1)
 
ln(基準財政需要額/人口)=36.7789 -1.391ln(人口)+0.0696{ln(人口)}2
             (10.04) (-3.00)   (2.24)
          +0.0000068(面積) -0.0041(人口密度)-18.1793(人口増加率)
            (5.71)    (-0.16)     (-5.96)
                    自由度修正済決定係数=0.93759178
 
 この推計式からは、平成4年の都道府県別データを利用した場合には、人口密度に関するt値がかなり低くなることがわかる。そこで、人口密度を説明変数から取り除いて推計すると
 
ln(基準財政需要額/人口)=48.7506 -2.2416 ln(人口)+0.0657{ln(人口)}2
             (10.98) (-4.01)    (3.48)
             +0.0000069(面積)-18.0025(人口増加率)
              (7.47)     (-6.41)
                   自由度修正済決定係数=0.93903962
 
となり、すべての説明変数が有意となる。このように最近のデータにおいても一人当たりの基準財政需要のほとんどの部分が人口、面積で説明できることがわかる。人口と面積でほぼ説明できるのであれば、適用団体が少なくなった補正係数や金額的に補正の効果が小さくなったもの等については、統合・廃止や特別交付税への振り替えを模索する必要があろう。現行の交付税の算定方式にこだわり、現状の基準財政需要額を既得権化することは、普通交付税制度の抜本的見直しへの障害となろう。
 
 
2.地方交付税の財源調整機能
 
図1 地方交付税の仕組み
 
 地方交付税制度のいまひとつの問題は、地方交付税の持つ地方団体間の財政調整機能に関するものである。地方交付税の財源調整の仕組みは、図1で説明できる。図の横軸には人口規模、縦軸には基準財政収入額と基準財政収入額を人口1人当たり金額に直したものがとられている。既存の地方交付税の実証分析からは、基準財政需要額と基準財政収入額には図のような関係が成立することが知られている2)。すなわち、基準財政需要額は、人口一人当たり金額に直すと人口規模に対してU字型になる一方で、基準財政収入額は人口規模に対し
て比例的に増加することになる。
 現行制度のもとでは、この図の基準財政需要額が基準財政収入額を上回る地方団体へその差額が交付税として支給され、基準財政収入額が基準財政需要額を上回る地方団体については不交付団体となり、交付税は支給されない。これにより、交付税は地方団体間の財政調整を果たしていることになる。現行制度のひとつの問題点は、不交付団体に対する「逆交付税」が存在しないところにある。すなわち地方交付税を地方団体間の財政調整制度としてのみ捉えるならば、基準財政収入が基準財政需要を上回る団体に対してはその差額を徴収するという「逆交付税」を創設する必要があろう。なぜならば、現行制度のもとでは、豊かすぎる不交付団体の財政調整をおこなう術がないからである。財政需要を上回る財政収入の存在は、不交付団体の無駄な行政支出を招く原因となろう。
 交付税の持つ財政調整機能に関しては、その調整そのものが強力すぎるという批判もある。この問題に関しては、林(1995)の実証研究が存在する。本稿では、基本的には林(1995)の研究を踏襲することで、近年における交付税の財源移転効果を推計してみよう3)
 
平成3年度(1991年度)
b/a= 25.2208 −1.5835ln(人口) 自由度修正済決定係数=0.458815
  (6.943)   (-6.324)
 
平成6年度(1994年度)
b/a= 26.4841 −1.6555ln(人口)  自由度修正済決定係数=0.522249
  (7.89)   (-7.16)       
 
以上の推計は、林(1995)の推計が1977、1987、1990年度を対象とするものであったので、平成3年度、平成6年度について同様の計算をおこなったものである。ここで、bは都道府県・市町村の地方交付税決定額であり、aは交付税財源額である。林(1995)は「地方交付税は財政力の弱い団体への財源移転であるが、人口1人当たりの交付税財源は人口の規模と正の相関にあり、逆に1人当たり交付税は人口規模と負の相関関係にあることが確認されている。したがって、この両者の比率を人口との相関で分析することは、交付税の財源移転の状況を異時点間で比較検討するための材料となる」と指摘している4)。1977年度から1990年度までの林(1995)の推計結果では、人口に関する負の相関が徐々に弱くなっている、すなわち交付税による財源再配分効果が弱くなってきていることが指摘されていたが、本稿の推計では1991年度、1994年度にかけては再び人口に関する負の相関が強まりつつあることがわかった。林(1995)は、1977年度から1990年度への交付税による財源再配分効果の縮小は、交付税財源に消費税とたばこ税といった比較的地域間の偏在度が少ない税が加えられたためであると述べている5)。しかし、本稿の推計結果からは、最近では再び交付税による財源再配分効果が強まりつつあることが指摘できよう。
 交付税による財源再配分効果があまり強すぎると、多くの地方団体が地方交付税に安易に依存することになる。現行制度のもとでは、基準財政需要額が基準財政需要額を上回る地方団体には、ほぼ自動的に財源が降ってくる。このような自らの徴税努力無しに集められたお金については、それだけコスト意識が欠如し、無駄な支出に費やされる恐れが生じるだろう。真の地方分権化をすすめるためには、交付税の総額を減らし、自主財源としての地方税の比率を高める必要があろう。    
 
3.シャウプ勧告における財源配分
 以上のように、地方分権を進めるうえでは、財源配分の側面においても数多くの課題が山積していることがわかった。これらの課題を克服し、今後の改革の方向を探るうえで、まず、わが国の税制の基礎を築いたシャウプ勧告における財源配分の議論を参考にしよう。
 昭和24年9月に公表されたシャウプ勧告は、約半世紀たったいまでも参考にすべき内容を多く含んだ優れた報告書である。シャウプ勧告における地方財政改革の特徴は、国税と地方税の税源の分離原則を採用し、地方団体間の財政格差を是正する手段として平衡交付金を導入したところにある。
 まず、税源の分離原則を貫くために、道府県税の主要な税目として、(所得型)付加価値税、入場税、遊興飲食税、自動車税を設定し、市町村の主要な税目として、市町村民税、固定資産税を設定した。この税源分離の目的は、都道府県と市町村がそれぞれの段階で独立税をもつことで、地方自治を確立することにあったと言えよう。この税源分離の原則は、その後の各地方団体の税収不足を補うために税源の重複を認めることで崩されることになる。 
 次に、シャウプ勧告における平衡交付金制度は、現在の地方交付税のもととなった制度である。平衡交付金制度のもとでは「各地方に交付される金額は、合理的だが、最小限度の標準的行政を行うと仮定した場合の歳入の予想必要総額から、利用しうる税と適切な標準税率によって歳入額として表した財源を控除したものとなろう。」とされた6)。この平衡交付金制度のおける基本的な仕組みは、現在の地方交付税に引き継がれている。現在の地方交付税制度との違いとしては、国から地方への財源移転の水準そのものの算定方式の違いが挙げられる。平衡交付金制度では交付額の総額が、法律上は各地方団体の不足額を積み上げたものとされていたが、実際には地方財政計画上の地方財源不足額から算定されていた。このため、地方財政計画そのものの妥当性が国と地方の間の争点となり、現実には毎年度の平衡交付金の総額が現実の地方財源不足額を大きく下回ったいたといわれる7)。そこで、地方交付税では、国税収入の一定割合を自動的に交付することとなったのである。この地方交付税の国税へのリンクは、地方団体の財源確保には貢献してきた。しかし、それはまた地方団体が安易に地方交付税に依存する姿勢を助長してきたとも言えよう。
 
5.今後の展望
 近年、地方分権擁護の声が多くなってきた。しかし、その多くは国から干渉を排除し、地方への権限移譲をすべきだという点に集中しているように思われる。しかし、財源面での地方団体の独立なしには、権限移譲も進展しないであろう。財源面での地方税の強化は、これまで国からの補助金や地方交付税に安住してきた地方団体が、自らの手で財源を確保するという責務を担うことになるのである。平成6年の村山内閣で導入がきまった地方消費税は、自主財源としての地方税強化のひとつの方向である。しかし、地方消費税は、自主財源と言っても、徴収は国がおこなうため、地方団体、地方住民にとっては地方税という意識はそれだけ希薄なものとなろう。税痛感のない税金は、それだけ無駄な支出を招く恐れもある。地方消費税は、小売り消費額を基準として再配分されることになっている。将来的には、地方消費税を小売売上税に変更し、国と地方で税源の分離を図ることも改革の視野に入れるべきである。小売売上税は、税負担者と納税地域の一致も保証されることになる。
 地方税の強化が必要であるとしても、地域間の税収格差が存在する以上、何らかの財政調整制度が必要であることも事実である。財政調整制度としての現行の地方交付税制度は、抜本的に見直されなければならない。地方交付税制度の問題は、ひとつの制度に国と地方の財政調整機能、地方団体間の財政調整機能、地方の財源保障機能という目標をすべて達成しようとしているところにある。これらの機能のうち、国と地方の財政調整機能とナショナル・ミニマムを達成させるための地方の財源保障機能は、国と地方の役割分担を見直すことで対処できるものである。たとえば、義務教育や生活保護費などの負担金は、全額国の負担とすべきである。地方交付税の機能を地方団体間の財政調整に限定し、逆交付税制度を導入すれば、交付税の規模を大きく抑制することになろう。
 
[参考文献]
石原信雄(1984)『地方財政調整制度論』ぎょうせい.
齊藤愼(1989)『政府行動の経済分析』創文社.
中井英雄(1988a)「地方交付税の構造変化」『経済研究』第39巻第2号.
中井英雄(1988b)『現代財政負担の数量分析』有斐閣.
橋本恭之・跡田直澄(1991)「硬直化する補助金行政」本間正明編『地方の時代
 の財政シリーズ 現代財政(3)』有斐閣.
橋本恭之(1995)「地方分権とその財源」『季刊TOMORROW』第9巻
 第4号.
林宏昭(1995)『租税政策の計量分析』日本評論社.
林宜嗣(1987)『現代財政の再分配構造』有斐閣.
福田幸弘(1985)『シャウプの税制勧告』霞出版社.

1)数式内の()内の数値はt値である。
2)このような関係が成立することは、中井(1988)によって明らかにされている。
3)推計にあたっては、関西大学大学院の森福理恵氏の協力を得た。なお、推計式中の括弧内の数値はt値である。
4)林(1995)204頁引用.
5)林(1995)206頁参照。
6)福田幸弘(1985)289頁引用。
7)石原信雄(1984)64頁参照。