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このコーナーは、公共経済学の専門論文を読む上で最低限必要な小技(こわざ)を紹介していきます。


社会的厚生関数


 公共経済学では、政府の目的は社会全体の満足度、社会的厚生(social welfare)を最大化することだ想定しています。社会的厚生の指標としての社会的厚生関数(social welfare function)は、数多くの公共経済学の論文の中で出てきますので、必ず覚えましょう。この社会的厚生関数は、一般的には、各家計の効用水準に依存するものと考えられます。具体的には

  W=W(U1,・・・,Ui,・・・UI)      (1)

と表記されます。ここで、Wが社会的厚生、Uiは第i家計の効用水準です。(効用水準が理解できない人は、当館の経済学ワンポイント講座を参照してくださいね。)この式は単に社会全体の厚生は、その社会を構成する家計すべての効用に依存しているということを述べているのにすぎません。社会的厚生関数についてはすくなくとも、任意の家計の効用水準が増加したときに社会全体の厚生水準も増大するという性質を備えています。つまり
   ∂W/∂Ui>0
が成立します。この式の左辺は第i家計の効用が増大したときに社会的厚生がどれだけ増加するかを示した限界社会的重要度と呼ばれるものになっています。任意の家計の効用が増大したときに社会的厚生が増大するのでこの式は正になります。限界社会的重要度が正になる社会的厚生関数は、バーグソン・サムエルソン型の社会的厚生関数と呼ぶこともあります。
 でもこのような一般形のままでは、いまひとつイメージがつかめませんね。そこで、関数を特定化してみましょう。経済学の世界では、一般形のまま解いたほうがビューティフルだということで、関数の特定化を嫌う傾向があります。入門のテキストでもあまり関数を特定化していないのは困ったものだと思います。グラフに書いている曲線は、なんらかの関数を前提にしているはずなんですけどね。
 社会的厚生関数を特定化する場合、よく使われるのが功利主義的な厚生関数です。功利主義とはベンサムという哲学者が唱えた考え方で「最大多数の最大幸福」をみざすものとか。詳しいことは知りません。高校の倫理社会で出てきましたけど、聞いていなかったもので。まさか経済学で使うとはそのときには夢にも思いませんでした。
 話を簡単にするためにいま社会にはAさんとBさんの2人しかいないとしましょう。このとき功利主義的な社会的厚生関数は、Aさんの効用とBさんの効用の合計になります。つまり
   W=UA+UB       (2)
になります。この式をグラフに書いてみましょうか。縦軸にUA、横軸にUBをとります。この式をグラフにするために、少し変形しましょうか。縦軸の切片を調べるためにUAについて解いてみると

     UA=W-UB

ですね。いま、社会的厚生がある特定の値をとるなら、UBがゼロの時、UA=Wとなります。つまりAさんとBさんの効用の合計が社会的厚生なので、社会的厚生が一定の値をとるとき、Bさんの効用がゼロなら社会的厚生はAさんの効用だけに依存することになります。逆にAさんの効用がゼロのときには社会的厚生はBさんの効用だけに依存することになりますね。もっとわかりやすくするために数値例をいれてみましょうか。数値例を使うことは、理論の人はたいてい嫌いますけどね。いま社会的厚生の値を10に固定しましょう。社会的厚生を10にするようなAさんとBさんの効用の組み合わせは無数にありますよね。面倒なので4つだけ例を挙げておきます。

  Aさんの効用

Bさんの効用 社会的厚生
0 10 10
1 9 10
5 5 10
10 0 10


この表があれば、グラフを書けますよね。そうです。傾きが-1の直線になります。縦軸との切片の値は10ですよね。この直線は、社会的無差別曲線と呼ばれるものです。社会的無差別曲線は、所与の社会的厚生水準を達成するようなAさんとBさんの効用の組み合わせを示しています。かりに社会的厚生水準の値が20のときには、この社会的無差別曲線はどのように描かれるでしょうか。30のときには・・・各自グラフに書いてみましょう。
 功利主義の考え方よりも、もっと公平性を重視する場合もあります。一番公平性を重視する考え方としては、ロールズのマキシミン原則が有名です。ロールズも哲学者の名前です。マキシミン原則とは、社会の最も恵まれない人の厚生を最大化しようという考え方です。
 公共経済学では、功利主義、マキシミン原則といった価値判断をつぎのような関数形を用いることで表現しています。
      
  W=(1/γ)ΣUγ     γ≠0    (3)

この式は、γ=1のとき、功利主義的な社会的厚生関数となりますよね。1/γは1になりますし、γ乗に1をいれたらUですね。Σは合計ですから、この式はγ=1のとき、

  W=U1+U2+・・・・+UI

になります。家計の数だけ効用を集計したものが社会的な厚生になります。γの値を小さくするにしたがって、この関数において、恵まれない人、効用水準の低い人のほうが、社会的厚生に占めるウェイトが大きくなります。たとえばγ=-1のときを考えてみましょう。いま社会にAさんとBさんの2人しかいないものと考えます。Aさんの効用は10、Bさんの効用は20だとしましょう。Aさんのほうが効用水準が低いですね。γ=-1のとき、(3)式は、

   W=(-1)×(10)-1  +(-1)×(20)-1
     =-1/10     + -1/20
     =-0.1      + -0.5
      Aさん        Bさん

となります。-0.1が社会的厚生関数におけるAさんの効用、-0.5が社会的厚生におけるBさんの効用です。-0.1のほうが-0.5より大きいですね。マイナスをつけることでもとは小さな値のものが逆に大きくなることを利用しているわけです。誰が思いついたのか知りませんけど、すごいですね。数学が得意な人にはなんでもないことなのでしょうけど。
 グラフを書くのが面倒なので省略しますけど、γの値が小さくなるにしたがって社会的無差別曲線の曲率はきつくなっていきます。専門用語を使うとと代替の弾力性が小さくなっています。実はこの形の社会的厚生関数では代替の弾力性が一定の値をとります。証明もできますけどややこしいので省略します。
 γの値が-∞のときには、社会的無差別曲線が直角になり代替の弾力性はゼロになります。直角なんで、どちらか小さいほうだけが、社会的厚生の値になります。これも証明は省略します。あしからず・・・
 この社会的厚生関数は、最適課税論の論文には必ずでてきます。特に具体的に最適税率をシミュレーション分析で求めるには社会的厚生関数を上記のような形に特定化しなければなりません。社会的価値判断としてロールズ基準を採用する場合には、γの値を-∞におくと説明しましたけど、∞って無限大ですからコンピュータで具体的にシミュレーションするときにどのように設定すればよいか知ってますか?実はコンピューターは厳密には無限大を扱えません。コンピューターには計算限界があります。そこで慣例としてγ=-30をロールズ基準として代用しています。−30でも、十分に小さいから大丈夫です。あとは誤差の範囲内ですから。


コブダグラス関数


 コブダグラス関数は、コブとダグラスという2人の経済学者が生産関数の推計の際に開発した関数だそうです(もとの論文は読んだことありませんが・・・)。この関数は、非常に扱いやすいので、生産関数だけでなく、効用関数としてもよく使われています。ノーベル経済学賞を受賞したマーリースの最適非線形所得税の論文のなかでも、効用関数をコブダグラス型に特定化した場合に、最適な税率表の形状は、線形になるという証明が行われています。ところが、効用関数を他の形にした場合、最適な税率表はS字型になるという論文がその後発表されています。コブダグラス関数は、特殊な形だけに結論をも左右してしまうということに気をつけなければならないわけです。ただし、公共経済学のトレーニングとしては、非常に役立ちますし、コブダグラス型以外の関数はパラメータの推計が非常に難しいという問題もありますので、いまでも十分に現役として活躍しています。
 前書きは、これぐらいにして具体的な関数型を紹介しましょうか。いま、X財とY財に家計の効用関数Uが依存しているとします。効用関数を一般形で記述すると、

   U=U(X,Y)

ですね。でもこのままでは、無差別曲線がどんな形状をしているのかわかりませんよね。そこで、効用関数を以下のような、コブダグラス型に特定化します。

   U=Xαβ (1)

この式のαとβは、それぞれX財とY財に関するウェイト・パラメータになっています。肩についているということは、累乗ですから、その値が大きいと効用Uに占める割合が大きくなるからです。このαとβについては、
   α+β=1
のとき、規模に関して収穫一定が成立します。規模に関して収穫一定とは、X財とY財がN倍になるとUもN倍になることを意味しています。確かめてみましょうか。(1)式のXとYをN倍してみると
   
   U=(NX)α(NY)β
    =Nααββ
    =Nα+βXαYβ 

となります。α+β=1のとき、もとの式をN倍したものになりますね。なお、α+β>1のときは、もとの式のN倍以上になるので、規模に関して収穫逓増、α+β<1のときは規模に関して収穫逓減になります。公共経済学の論文では、規模に関して収穫一定という仮定が、生産関数に関して置かれることが非常に多くなっています。というのは、規模に関して収穫一定の生産関数のもとでは、利潤ゼロ条件が成立して、分析が非常に楽になるからですけど、詳しい説明はまたの機会に。コブダグラス型関数は、この規模に関して収穫一定という仮定を、α+β=1とおくことでクリアできるという意味でも便利なわけです。そこで、はじめからコブダグラス型関数を

  U=XαY1-α      (2)

という形で使う方が一般的です。
 このコブダグラス型関数は、規模に関する収穫一定以外にもいくつかの重要な性質を保持しています。この関数を縦軸にY財、横軸にX財をとって、グラフを描くと、コンパスで描いたようなきれいな形の無差別曲線になります。この無差別曲線の限界代替率は、ちょうど1になります。これは面倒なので証明は省略しておきます(各自ミクロ経済学のテキストをみて証明してみましょう)。
 それではこのコブダグラス型効用関数の実際の使用例を考えてみましょう。公共経済学では、税制が変化したときの消費者の経済行動への影響などが研究対象となっています。それには、消費者の需要関数が税制が変化したときにどのように変化するかを調べないといけません。いきなり税金をいれると難しいので、税金がない場合の消費者の需要関数を導出してみましょう。消費者の需要関数は、消費者の予算制約のもとでの効用最大化行動にもとづいて導出されるのでしたよね。いま、消費者の予算制約は、

  M=PxX+PyY     (3)

となるとしましょう。ここで、PxはX財の価格、PyはY財の価格、Mは消費者の予算です。消費者の効用最大化問題は、

    max   U=XαY1-α
    Sub.to M=PxX+PyY

という制約条件付最大化問題となります。これにラグランジュ乗数法を適用して解いていけばよいのですけど、関数をこのように特定化して解いていくとかえって式がややこしくなります。最初は一般形のまま解いて、途中から関数型を特定化したほうが楽です。そこで一般形のもとでの効用最大化問題を思い出してみましょう。

    max   U=U(X,Y)
    Sub.to M=PxX+PyY

ですよね。これにラグランジュ乗数法を適用すると、効用最大化の一階の必要条件として
 
Ux/Uy=Px/Py        (4)

が導出されます。ただし、Ux=∂U/∂X、つまりX財についての限界効用、Uy=∂U/∂Y、つまりY財についての限界効用を意味します。経済学ワンポイント講座を参考にして、自分で確認してみましょう。
 この段階でコブダグラス型関数を使用したほうが楽です。つまりX財についての限界効用とY財についての限界効用をコブダグラス型関数について計算すればよいわけです。(2)式をXについて偏微分すると

∂U/∂X=αXα-1 Y(1-α)     (5)

となります。Yについて偏微分すると

∂U/∂Y=(1-α)XαY      (6)

となります。(5)(6)式を(4)式に代入すると

αXα-1 Y(1-α) /(1-α)XαY =Px/Py

となります。この式を整理していくと

  Y=(Px/Py)・((1-α)/α)X    (7)

になります。(7)式を消費者の予算制約式(3)式に代入すると

M=PxX+Py{(Px/Py)・((1-α)/α)X}
 =PxX+PxX(1-α)/α)
 =PxX(1+(1−α)/α)
 =PxX(1/α)

となります。両辺にαをかけると
  αM=PxX

ですね。この式をXについて解くと
   
   X=αM/Px      (8)

という形の消費者のX財についての需要関数が導出できます。Y財については、(8)式を消費者の予算制約に代入すると、

  Y=(1−α)M/Py  (9)

という形の消費者のY財についての需要関数が導出できます。このようにコブダグラス型に効用関数を特定化した場合には、消費者の需要関数が非常にシンプルな形になります。消費者の需要関数がそれぞれの財の価格と所得の関数になっています。ところが一般的な需要関数は

  X=X(Px ,Py,M)

でしたよね。つまり消費者の需要関数は、当該の財の価格だけでなく、他の財の価格にも依存すると考えられます。たとえば、りんご需要は、りんごの価格だけでなくみかんの価格にも依存する可能性がありますよね。あまりにもりんごが高くて、みかんの価格が安いなら、消費者はりんごの需要を減らしてみかんで我慢するかもしれません。コブダグラス型効用関数のもとでは、りんごの需要は、みかんの価格に関係ないと単純化してしまうことになります。このような単純化は、他財の価格による影響が無視してよいほど小さいと考えるならば許されますが、他財の価格の影響をも考慮したほうがより一般的であることはいうまでもありません。このあたりがコブダグラス型関数が専門家にはあまり歓迎されない理由です。
 最後に、コブダグラス型の効用関数としては、(2)式よりも対数線形タイプのほうがよく使われていますので、覚えておきましょう。具体的には

   U=αlnX+(1-α)ln

という形を使用します。対数形で使用するのは微分が楽だからです。各自消費者の需要関数をこの対数型の場合で導出してみてください。(2)式の形より簡単ですから。対数の微分法則を知っていればの話ですが・・・。



ライフサイクル・モデル


 学部で習う入門レベルのミクロ経済学では、ある1時点の話しか出てきませんよね。たとえば、消費者の理論では、消費者は、1000円もって、りんごとみかんを買い物に行きます。消費者が効用(満足度)を最大化するには、りんごとみかんをどれだけ購入するのでしょうか。というような問題を取り扱いました。ところが実際の買い物の際には、今だけのことを考えて行動する人はいませんよね。あと先考えずに、もらったお金はすぐに全部使ってしまう人もいますけど。平均的な消費者は、将来のことも考慮して行動するはずです。将来、どのぐらいお金が入ってくるかと予想する金額によって、いま使うお金がかわってくるはずです。
 ライフサイクルモデルは、消費者が生涯を通じてどのくらいの所得を稼ぐかを考えたうえで、いつどのくらいの消費をするかを決定するというモデルです。専門的にいうと、「消費者は生涯の予算制約のもとで、生涯の効用を最大化するように行動する」と考えます。
 生涯の予算制約は、消費者が毎期毎期、どのくらいの所得を稼ぐかだけでなく、物価水準や利子率(割引率)にも依存します。
 まず物価について考えましょう。りんごを買いたいとして、今年は豊作で1個100円で、来年は凶作で1個200円だとしましょうか。同じ100円でも来年はりんごを半分しか購入できません。つまり実質所得で考えないといけません。ただし、ほとんどのライフサイクルモデルでは、物価水準については一定であると想定されています。以下でも単純化のため物価水準は一定として無視します。
 利子率についてはどうでしょうか。利子率は、将来の価値を現在の価値に直すために使います。かりにいますぐ、100円あげますよという話と来年になったら100円あげますよという話をされて、どちらかを選択する場合、どちらを選びますか。今年もらったお年玉を銀行に預けておけば利子がつきますよね。単純化のため利子率を10%だとしましょう。今年の100円は、来年には110円になります。来年まで延期するなら110円以上でないと、選択するメリットはありません。つまり、将来のお金は現在価値に直して比較検討しないといけません。では、将来のお金を現在価値に直すにはどうすればよいのでしょうか。今年の100円は、利子率10%のもとでは将来
    100円×(1+0.1)=110円
になります。ここで利子率を記号rで、おきかえましょう。
    100円×(1+r)=110円
ですね。逆に来年の110円を現在価値に直すには、両辺を(1+i)でわり算すれば、

    100円=110円/(1+r)

となります。つまり1年後の所得を現在価値に直すには(1+利子率)でわり算してやればよいことになります。利子率のことを割引率と呼ぶのは、このようにわり算をしているからです。
 さて、1年後の110円を現在価値に直すには(1+利子率)でわり算すればよいのですが、2年後、3年後、N年度の所得を現在価値に直すにはどうすればよいのでしょうか。さきほどと同様に2年後、2年後、N年度に今年の所得はどれだけの価値になるかから考えれば簡単です。銀行に預けておくと、毎年利子がつきます。しかも複利計算しないといけませんよね。利子が利子を生みますから。今年の100円は利子率10%で複利計算すると2年後には

    100円×(1+r)×(1+r)=121円

になります。だから2年後の121円を現在価値に直すには、

    100円=121円/(1+r)2

となります。N年後のお金を現在価値に直すなら

     現在価値=将来価値/(1+割引率)N
     
となります。
 さてこの現在価値という概念を念頭において、ライフサイクルモデルとして、簡単な2期間モデルを考えてみましょう。いまだと人生80年ぐらいだから80期間モデルとか作成しないといけないのでしょうけど、長すぎて面倒なんで、人生は2期間しかないと単純化しましょう。第1期は、勤労期間で、第2期は退職後の期間だとしましょう。第1期には、所得を獲得して、その1部を消費し、残りを2期めの消費のために貯蓄します。2期目は退職後ですから、1期目の貯蓄とその貯蓄から生じた利子を消費します。この人は、天涯孤独なんで、死ぬまでに貯蓄はすべて消費してしまうと仮定しましょう。まず1期目の行動を式であらわすと、所得をY、1期の消費をC1、貯蓄をSとおくと

  Y-C1=S     (1)

になります。所得から消費を引いたのこりが貯蓄になるということを式で示しているだけのことです。
 次に第2期の消費をC2、利子率をrとすると
  
  C2=(1+r)S    (2)

になります。この式は、1期目の貯蓄に利子がついて、2期目には元本Sと利子rSの合計額を消費するとが可能だと示しているだけです。
 さてこの2つの式には、両方ともにSが出てきてますね。この2つの式はSを通じて、1本の式にまとめることができます。つまり、(2)式の右辺のSに(1)式の左辺を代入すると

 C2=(1+r)(Y-C1

となります。両辺を(1+r)でわり算すると

 C2/(1+r)=Y-C1

ですね。右辺のC1を左辺に移項すると

C1+C2/(1+r)=Y  (3)

となります。この式は、生涯の予算制約式と呼ばれます。左辺は現在価値でみた1期目の消費と2期目の消費を合計したものです。右辺は1期目に稼ぐ所得(1期目なんで割り引かなくても現在価値ですね)です。2期目には所得が発生しないので、右辺は生涯の所得を意味しています。つまり生涯の所得と生涯消費が現在価値でみたときに等しくなっていることを示しています。ライフサイクルモデルでは、この生涯の予算制約のもとで生涯の効用を最大化するように行動すると考えます。生涯の効用には、簡単なケースでは、各期の消費が入ります。つまりこの問題も経済学でよく使われる制約条件付の最大化問題となります。生涯の効用をUとすると

  Max    U=U(C1,C2)        (4)
  Sub.to. C1+C2/(1+r)=Y      (5)

という問題設定になっているわけです。これはおなじみのラグランジュ乗数を使えばとくことができますね。
 ここまでは、教科書レベルの話でもでてきます。では今度は実践編にすすみましょう。最近の公共経済学の論文では、このような単純な2期間モデルはまず使いません。ライフサイクルモデルはいろいろな拡張バージョンがあるのですけど、まずは期間を延ばしたケースについて考えてみましょう。現実的には人生80年の時代なわけですね。でも、経済学の世界では、子供の間は、経済主体として市場に登場しないので、無視するほうが一般的です。個人単位で考えるよりも家計として考えているので子供の消費は家計消費の一部として捉えるわけです。そこで、多期間モデルでは労働市場に参入する年齢を20歳とか23歳とかに設定し、60歳に退職し、80歳まで生存するといった仮定をおくことになります。年齢を特定せずに労働市場に参入する年をF歳、退職年齢をR歳、死亡年齢をT歳と記号でおく場合もありますね。
 このような多期間モデルは、数学的に解くのは非常に難しくなるので、効用関数を特定化して取り扱われることになります。多期間モデルで実際に非常によく使用されているタイプの効用関数は以下のような形のものです。

    T
  U=Σ(1+δ)-(i-1)Ci1-1/γ/(1-1/γ)    (6)
    i=1

ここで、Ciは第i期間の消費、Tは死亡時期、δは時間選好率、γは異時点間の代替の弾力性です。このタイプの効用関数は、相対的リスク回避度一定のライフサイクルの効用関数とも呼ばれます。相対的リスク回避度一定と呼ばれる訳は、異時点間の代替の弾力性、つまり、たとえば第1期の消費と第2期の消費について無差別曲線を描いたときの曲率が一定の値をとるからです。
 生涯の予算制約も多期間モデルでは、書き換える必要があります。ただし、基本的には(5)式と同じように、現在価値でみたときの生涯消費が現在価値でみたときの生涯所得に等しくなるように定式化されます。具体的には、

  T            R           T
  Σ{Ci/(1+r)i−1} =Σ{wi/(1+r)i−1}+Σ{bi/(1+r)i−1}   (7)
  i=1          i=1          R+1

のようになります。ここで、wiは第i期の課税後労働所得、biは第i期の年金給付、rは利子率、Rは退職年齢だとします。この式の左辺は第1期から第T期までの現在価値でみた消費を集計したものに、右辺の第1項は第1期から第R期の退職期までの現在価値で見た課税後所得を集計したもの、右辺の第2項は退職の翌年から死亡時期までの現在価値でみた年金給付を集計したものになっています。Σがついているのでややこしいですけど、この式がよくわからなく、かつ暇な人は労働市場に算入する年齢を20歳、死亡年齢を80歳、退職年齢を60歳と仮定して、Σをはずして記述しなおせば、(5)式とそんなに変わらないことが確認できます。
 ライフサイクル・モデルでは(7)式の生涯の予算制約のもとで生涯の効用(6)を最大化する各期の消費を選択することになります。つまり制約条件付最大化問題ですね。そこで、この制約条件付最大化問題をラグランジュ乗数法で解いてみましょう。ラグランジュ関数をLとすると、任意のCtで偏微分すると

∂L/∂Ct=∂U/∂Ct+λ{1/(1+r)t-1}=0 (8)

となります。t-1期については、

∂L/∂Ct-1=∂U/∂Ct-1+λ{1/(1+r)t-2}=0 (9)

となります。ただしλはラグランジュ乗数です。(8)式を変形すると

∂U/∂Ct(1+r)t-1=-λ (8)’

が成立します。(9)式を変形すると

∂U/∂Ct-1(1+r)t-2=-λ (9)’

となります。(8)’(9)'からλを消去すると

  ∂U/∂Ct(1+r)t-1=∂U/∂Ct-1(1+r)t-2     (10)

となります。静学モデルでの限界効用均等の法則に似た形ですね。(10)式の両辺を(1+r)t-2で割ってみると、

  ∂U/∂Ct(1+r)=∂U/∂Ct-1  (11)

になります。だいぶ簡単になりましたね。効用関数は(6)式のように特定化されているので、t期とt-1期の消費に関する限界効用を求めて、(11)式に代入してみましょう。まずt期の消費で(6)式を偏微分すると

∂U/∂Ct=(1+δ)-(t-1)t-1/γ  (12)

となります。t-1期については、

∂U/∂Ct-1=(1+δ)-(t-2)t-1-1/γ  (13)

となります。(12)(13)式を(11)式に代入すると

 (1+δ)-(t-1)t-1/γ(1+r)=(1+δ)-(t-2)t-1-1/γ   (14)

となります。(14)式の両辺を(1+δ)-(t-1)で割ると

 Ct-1/γ(1+r)=(1+δ)Ct-1-1/γ           (14)'

となります。この式の両辺を(1+δ)で割ると

  Ct-1/γ(1+r)/(1+δ)=(1+δ)Ct-1-1/γ     (14)''

になります。この式を整理すると

     Ct1/γ={(1+r)/(1+δ)}Ct-11/γ      (14)'''

となります。両辺をγ乗すると

     Ct={(1+r)/(1+δ)}γt-1        (15)

となります。この式は、生涯の予算制約のもとで、生涯の効用を最大化する場合には、t期とt-1期のような関係が成立することを示しています。この式は、今期の消費は前期の消費に{(1+r)/(1+δ)}γ
の係数を掛けたものとなってますね。したがって(6)式の効用関数は、毎期の消費が比例的に増加ないし減少するということを想定していることになります。増加するか減少するか、一定となるかはrとγの大小関係で決まってきますね。各自、r、γ、δに適当な値を入れて確かめてみましょう。
 (15)式は今期と来期の消費の関係を示しているにすぎません。生涯の効用を最大にする各期の消費を求めるなら、(15)式の定差方程式を解いて、第1期目の消費を出さないといけません。1期の消費さえきまれば(15)式を関係からすべての消費を求めることができます。暇な人は、各自定差方程式を解いてみてくださいね。面倒なので省略します・・・。なお、定差方程式を解かなくても、効用関数が特定化されているので、シミュレーションで各期の消費を求めることもできます。こちらのやり方もそのうち紹介したいと思います。


世代重複モデル


 世代重複モデルとは、ライフサイクル・モデルが重複しているモデルです。現実の世界では、人生が約80年とすると、0歳から80歳まで81の世代が共存していることになります。ただし、81の重複している世代を考えるとややこしくなるので、人生は若年期と老年期の2期間しかないと簡略化します。人生が2期間しかないとすると、ある1時点で重複している世代は2つになりますね。世代が重複している様子を図にしてみました。HTMLで図を書くのが難しいので少しずれてます。ご容赦のほどを。      

  

             t-1時点     t時点    t+1時点  t+2時点

S世代

  若年期

 老年期

          S+1世代

 若年期

  老年期

                     S+2世代

   若年期

    老年期

   

 上の図で、あるt時点においては、S世代の老年期とS+1世代の若年期が重複してます。t+1時点には第S世代は死亡して、S+1世代は老年期なり、新たにS+2世代登場しています。世代重複モデルではこのように、絶えず新しい世代が登場し、古い世代は退出(死亡)しています。時間に関する添え字と世代に関する添え字の両方がでてくるので、非常にややこしくなってますけど、考え方としては現実の世界に近づけた設定になっていることがわかりますよね。
     



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Last Updated 2001/4/1 22:32:34