『少子高齢化時代における贈与税および相続税制改革のシミュレーション分析』

 

目次

はじめに

第1章 相続税、贈与税の課税根拠と実態

 1.1 相続税、贈与税の課税根拠

 1.2 遺産税方式と遺産取得税方式

 1.3 課税最低限と最高税率および課税件数

第2章 家計の実物資産と金融資産

 2.1 分析の手法

 2.2 資産分布

第3章 ライフサイクル資産の推計

 3.1 分析の手法

 3.2 コーホート・データの作成

 3.3 ライフサイクル資産と移転資産の比率の推定結果

第4章 分析の結果を踏まえて

むすび

 

1.はじめに

 現在の日本には財政面でさまざまな課題がある。例えば、少子高齢化、経済の低成長化に伴う財政危機である。中でも、進行中の少子高齢化に伴う労働力人口の減少は税収の減少につながる。そして、将来的にもこの傾向は続くと予測されている。

 こういった状況下では重要となるのはそれによる財政需要の増大を賄う税源をどこに求めるかということである。この点においては、近年、フローに着目する消費税や所得税を税源にすべきとする案が議論されている。確かに現在の日本における税目別の構成比率は『国税庁統計年報書』(2001年度版)によると、所得税37.1%、消費税20.4%となっており、基幹税としてみなすことができるが、消費税は所得に対する負担率が逆進的である点、所得税は勤労意欲を阻害し、日本経済の活力を奪っている点から、必ずしも税源としてふさわしいとは言えない。

 このようなフローに着目する所得税や消費税に対して、ストックに着目したものが資産課税である。フローの所得格差は一般的に小さいと言われているが、資産は職業や年齢によってかなりの格差が見られ、少子高齢化の進展とともに、この資産格差の拡大は避けられず、富(所得)の再分配を行う必要が出てくる。また、資産所得の課税に加えて、資産価値への課税を考える際にも有効な手段となることからも注目できる。よって、資産課税を研究対象として進めていく。

 資産課税は相続税と贈与税で構成されており、特徴としては、課税最低限が高いことが挙げられる。また、超過累進税率の最高税率が70%と高いことによって超資産家にとっての税負担は非常に重いが、それ以外の人にとっての税負担は重たくないこと、利子所得や配当所得といった金融資産に比べ実物資産、とくに土地に対して優遇措置があることも特徴である。

 しかし、そのような特徴が逆に資産格差を拡大させているのも事実である。第1に、負担水準、具体的には超過累進税率と課税最低限について、超過累進税率の最高税率70%の課税対象者はほとんどいないので意味をなさない。また、課税最低限は諸外国と比べ平均的な水準にあるが、実際には土地優遇措置により大幅に引き上げられているといっても過言ではない。第2に、土地の優遇措置について、わが国の場合、農地については事業用地などに比べ、より優遇されている。しかし、バブル期にはこの土地優遇措置によって地価高騰につながったので、やはり問題がある。第3に、生前贈与による相続税負担の回避についてである。わが国の場合、生前に財産を少しずつ贈与しておけば資産課税を回避できるので問題がある。

 このような課題を明らかにしていきながら、フローとストックの概念に当てはめつつ、租税原則の「公平」と「中立(効率)」を両立させる望ましい資産課税のありかたを模索していきたい。

 

2.先行分析

 橘木(1989)はバブル期における地価、株価などの変動によって資産分布にどのような影響を与えるかを実物資産、金融資産それぞれについてジニ係数を計測し、資産分布の不平等度は高く、特に実物資産(中でも土地)においてその傾向が顕著であることを示した。このような資産価値の上昇による急速なストック化は資産を保有するもの、保有しないものの間に大きな格差を生じさせることになる。このような課題がある際には、相続や贈与による移転資産が資産の保有状況にどのような影響を与えてきたのかを分析することが有益である。総資産保有額はライフサイクル資産と移転資産との和によって求められるが、Kotlikoff and Summers(1981)はアメリカにおける家計の生涯における毎期のフロー貯蓄を累積することでライフサイクル資産を推計し、この大きさと家計の実際の資産の全体額とを比較した。Modigliani(1988)は相続と贈与のフロー・データに着目し、これらを累積することで移転資産の大きさを推計し、家計の実際の資産の全体額との差をライフサイクル資産とみなし推計を行った。同様の分析手法を用いて日本のライフサイクル資産の推計を行ったものとしては橋本(1991)が挙げられる。橋本(1991)は過去36年分の『家計調査年報』から得られるデータをコーホート・データと呼ばれる同一出生年次の人口集団の追跡データを作成することよって移転資産を求めた。しかし、Atkinson(1971)は富の格差については同一出生年次の人口集団内でも全体の格差と同程度の格差が存在し、ライフサイクル資産の推計のみでは現実に存在する富の格差を捉えることができないと指摘している。

 

3.分析手法

 実証分析として、第2章では橘木(1989)、高山(1992)の分析手法を踏襲する。高山(1992)も橘木(1989)同様、資産分布の不平等度に関して実物資産、金融資産それぞれにジニ係数の計測を行っているが、実物資産の中でも土地、住宅、耐久消費財など資産項目ごとにジニ係数を分解し、より詳しい分析を行っている。本稿でも資産分布の不平等度に関して実物資産、金融資産それぞれのジニ係数の計測を行うことで、現在、実物資産と金融資産のどちらの不平等度が大きいのか、またバブル崩壊以降地価の下落が続いているが、土地の資産格差は当時と比較してどのように推移しているかについて分析を行いたい。

 また、第3章ではライフサイクル資産の推計をKotlikoff and Summers(1981)、橋本(1991)が行ったように『家計調査年報』の最新のデータを収集した上でコーホート・データを作成し、総資産のうちどの程度、移転資産に依存しているか明らかにしたい。

 そして、第4章ではこれらの結果を踏まえた上で、今後の望ましい資産課税のありかたを模索していきたい。

 

参考文献

石川経夫(1991)『所得と富』岩波書店.

井堀利宏(2003)『課税の経済理論』岩波書店.

高山憲之(1992)『ストック・エコノミー』東洋経済新報社.

高山憲之(1996)『高齢化社会の貯蓄と遺産・相続』日本評論社.

橘木俊詔(1989)「資産価格の変動と資産分布の不平等」『日本経済研究』第18巻.

橋本恭之(1991)「コーホート・データによるライフサイクル資産の推計」『桃山学院大学経済経営論集』第32巻第4号,1−13.

橋本恭之(1998)『税制改革の応用一般均衡分析』関西大学出版部.

橋本恭之(2001)『税制改革シミュレーション入門』税務経理協会.

Atkinson, Anthony B.(1971),“The Distribution of Wealth and the Individual Life-Cycle,”Oxford Economic Papers,Vol.23,No.3,239−254.

Kotlikoff,L.J. and L.H.Summers(1981),“The Role of Intergenerational Transfers in Aggregate Capital Accumulation,”Journal of Political Economy,Vol.89,No.4,706−732.

Modigliani,F.(1988),“The Role of Intergenerational Transfers and Life Cycle Saving in the Accumulation of Wealth,”Journal of Economic Perspectives, Vol.2,No.2,15−40.