「消費税による産業別価格上昇と消費者物価への影響」
                   大阪大学経済学部教授 本間正明
                   大阪大学大学院    橋本恭之
要約
@消費税による生産者価格の上昇は、既存間接税の廃止により約1%相殺される。
A消費者物価の上昇率は最大のケースでも1.95%にとどまる。
B消費税導入のみでみた負担は、必ずしも逆進的であるとは言えない。
 
生産サイドからみた消費税による価格上昇メカニズム
 我々のグループは、政策構想フォーラムによる税制改革プロジェクトの一環として、税制改革が国民生活に及ぼすさまざまな影響を分析してきた。ここではその研究成果の一部を紹介しよう。
 今回の税制改革が物価に与える影響は、金融的側面を別にすると、需要側の要因によるものと供給側の要因によるものに大別できる。需要側に着目すると、所得税減税による消費拡大効果と消費税導入による消費抑制効果の相反する効果が存在している。企業が消費者に消費税を完全に転嫁できるか否かは、この需要側の効果に依存している。一方、供給側の要因としては、消費税における消費財と投資財の非対称的な取り扱い、国内品と輸出入品の取り扱いの違いなどが挙げられる。したがって、需要側の要因を無視して消費税の価格転嫁が100%可能であるとした場合ですら、供給側の要因から消費税が物価水準に与える効果は違ってくる。
 供給側の要因のみを考える場合、消費税はまず原材料コストの上昇をもたらし、産業間の取引を通じて各産業の生産者価格を引き上げることになる。生産者価格の上昇は、流通マージンが付加されたのちに消費者価格を引き上げることに
なる。以上のような価格上昇メカニズムを分析するためには、産業連関表による価格分析が不可欠である。産業連関表の価格分析は、ある産業で生じた価格上昇ないしは、下落が、産業間の取引を通じて他の産業に波及していく状況を示すことができる。したがって、消費税における課税品を中間投入に使用したことによる非課税品目の価格上昇についても計測することが可能となる。また、既存間接税の廃止の効果についても計測できる。産業連関表による価格分析に消費税を組み込むときに注意を要するのが、国境税調整としての輸出入の扱いと消費型付加価値税の特徴である投資財税額控除の扱いである。
 まず、輸出の取り扱いについては以下のことに留意する必要がある。消費税は、仕向地原則にしたがうので、輸出品を生産するのに要した中間投入財の税額は通関の段階で全額還付される。この消費税における輸出税額還付は、仕入れの段階で含まれている税額を還付しているのに過ぎないので、企業が納税額の減少をコストの減少と錯覚しない限り、国内の価格体系には影響を及ぼさない。しかし、今回の消費税は仕入れ税額が帳簿上で計算されるので、輸出価格には影響を与えることになる。
 輸入品は、国内で消費されるため当然課税対象となる。しかし、通関時に課税されるため、国内品の価格上昇の影響を受けない。したがって、その価格は課税品目であれば税率分だけ上昇し、非課税品目であれば価格上昇しない。輸入品の価格上昇は国内品の価格上昇と異なるため、輸入財を中間投入に使用している産業と使用していない産業との価格上昇には差異が生じる。われわれの分析では、輸入品による国内価格上昇の違いを正確に測定するために、産業を国内産業と輸入産業に分割した非競争輸入型の産業連関表を使用した。
 次に、産業連関表の価格分析に消費税を組み込む際に、最も留意しなければならないのが投資財税額控除の捉え方である。消費税は消費型の付加価値税であるために、投資財の購入額に含まれる税額は即時還付される。投資財購入の多い産業の納税額はマイナスになる場合もある。そのため既存の産業連関表を用いた実証研究では、投資財税額控除の存在は価格を引き下げる要因となるとされてきた。しかし、企業が投資財税額控除により価格を引き下げるならば、毎年の投資額によって価格が大きく変動することになる。企業が価格の変動をきらう場合には、投資財税額控除額のうち減価償却分を差し引いた残りを価格引き下げに用いるといった行動をとることが考えられる。また、企業が投資財税額控除は仕入れに含まれている税額を相殺するものにすぎないと考える場合には、投資財税額控除によって価格の下落は生じない。
 以上のような、投資財税額控除の対する企業のベイビアの中でどの想定を妥当なものの考えるかは、価格転嫁しやすい状況にあるかどうかに依存している。そこで、企業が投資財税額控除額を初年度に全額価格の引き下げに用いるケース(静岡大学や神戸大学のシミュレーション)と投資財税額控除による還付分を企業が減価償却分に使い、価格引き下げに用いなかったケースを、それぞれ価格上昇率最小と最大のケースとしてシミュレーションを試みた。さらに中間的なケースとして、投資財税額控除額の2分の1を初年度の価格引き下げに用いた場合についても計算した。
 
電力産業、自動車産業は価格が下落
 表1は、72部門の産業連関表により計算した生産者価格の上昇率をまとめたものである。表1の第1列は、既存間接税廃止による各産業の価格下落をとりだしたものである。既存間接税の廃止により、電力と自動車の価格はそれぞれ3.81%と3.23%と大きく下落している。このような既存間接税廃止による価格抑制効果は、既存間接税の廃止がない産業にも波及する。
 表1の第2列には、既存間接税の廃止を含めて考慮したケース1からケース4の産業別の価格上昇率が示されている。中間的なケースであるケース2についてみてみよう。最大の価格上昇となる産業は、不動産賃貸業(2.87%)であり、最小の価格上昇となる産業は、電力(△1.96%)である。なお、この価格上昇の違いは、主として既存間接税廃止の効果によるものであり、消費税の非中立性を示すものとは言えない。
 
消費者物価上昇率は最小1.29%、最大1.95%
 消費税の導入が消費者に与える影響をみるためには、以上で求めた産業別の生産者価格の上昇率から、消費者物価の上昇率を求めなければならない。消費者は各産業の生産物を直接購入するわけではなく、卸、小売という流通経路を経たものを購入する。そこで産業別の生産者価格の上昇に商業マージンと運輸価格の上昇を加え、各産業の価格のうち消費者が購入するものをピックアップし、消費者物価指数のウェイトを使って家計調査の10大消費項目の価格上昇と消費者物価の上昇率を計算した。
 消費者物価の上昇率は表2に示したように、最小のケースでは1.29%、最大のケースでは1.95%と、ともに税率の3%を下回っている。この結果は、既存間接税廃止が消費税による物価上昇の一部を相殺するために生じたものである。ケース1ないしケース2では、ケース3よりも物価上昇が低くなっているが、すでに説明したように次年度以降の物価上昇が大きくなる可能性がある。これに対してケース3では、比較的物価上昇率は高いが、その上昇は一度限りのものとなる。
 個別消費項目の価格上昇には、消費項目によりかなりの違いがある。最大の価格上昇となるのは住居である。一方、最小の価格上昇は、光熱水道である。光熱水道の価格上昇が低い主な理由は、電気税の廃止による効果である。その他の消費支出の価格上昇が低いのは、料理飲食等消費税の税率が特別地方消費税となり税率が10%から3%に引き下げられることなどによるものである。家具家事用品の価格上昇率が低くなっているのは、現在物品税の対象となっている家電製品、たとえば電子レンジ(税率:15%)、全自動電気洗濯機(税率:15%)などの値下がりが見込まれるためである。
 
間接税の逆進性は、既存の間接税の効果
 表2の消費項目毎の価格上昇率を用いれば、消費税による間接税負担の増加率を求めることができる。図1は、最大の価格上昇が見込まれケースについて消費税導入前後の間接税負担率を給与収入階級別に示したものである。消費税導入後の間接税負担の増加率は、自民税調の所得減税案による可処分所得の増加を考慮して求めたものである。したがって、この段階では需要側の要因をも考慮していることになる。図によると税制改革後の間接税の負担率は逆進的になっていることがわかる。しかし、所得減税と消費税導入による税制改革後の間接税の負担率を示す線は、改革前の間接税の負担率を示す線をほぼ平行移動させたものにすぎない。これは、消費税それ自身はほぼ比例的な負担をもたらすものであり、逆進的な負担をもたらしているのはむしろ既存の間接税の方であることを意味している。
 
 
 
 
 
 
 
表2 消費者価格の上昇

消費項目

ケース1

ケース2

ケース3

食料
住居
光熱・水道
家具・家事
被服・履物
保健医療
交通通信
教育
教養娯楽
その他

  1.71%
  2.74%
 -1.15%
  0.80%
  2.02%
  1.25%
  1.06%
  2.68%
  1.18%
  0.47%

  2.02%
  2.78%
 -0.34%
  1.03%
  2.22%
  1.48%
  1.44%
  2.75%
  1.42%
  1.06%

  2.34%
  2.83%
  0.47%
  1.25%
  2.42%
  1.71%
  1.83%
  2.82%
  1.65%
  1.65%

消費者物価指数
 

  1.29%
 

  1.62%
 

  1.95%
 
                                    
                                    
                                    
 
表1 産業別価格上昇率           単位:%


産業名

既存間接
税廃止

消費税+
既存廃止

消費税
単独

第1次産業
耕種農業
林業
漁業

第2次産業
金属鉱業
建築
飲料
煙草
織物
身廻品
製材・木製品
家具
紙製品
印刷・出版
皮革・同製品
ゴム製品
石油製品
窯業・土石製品
銑鉄・粗鋼
金属製品
一般機械
重電機器
軽電機器
自動車
精密機械

第3次産業
商業
金融・保険
不動産業
不動産賃貸業
運輸
通信
電力
都市ガス
水道
サービス
 


 -0.15
 -0.38
 -0.15


 -0.37
 -0.33
 -1.89
 -1.98
 -0.30
 -0.25
 -0.24
 -0.67
 -0.32
 -0.32
 -0.33
 -0.33
 -0.05
 -0.42
 -0.53
 -0.34
 -0.41
 -0.40
 -2.73
 -3.23
 -2.48


 -0.42
 -0.16
 -0.08
 -0.06
 -0.58
 -0.14
 -3.81
 -1.29
 -0.45
 -1.22
 


 2.76
 2.54
 2.76


 2.51
 2.56
 0.97
 0.93
 2.49
 2.60
 2.68
 2.20
 2.52
 2.57
 2.58
 2.49
 2.89
 2.42
 2.31
 2.52
 2.44
 2.47
 0.08
-0.44
 0.30


 2.40
 0.61
 0.85
 2.90
 2.26
 2.80
-1.12
 1.59
 2.44
 1.64
 


 2.91
 2.94
 2.91


 2.89
 2.90
 2.92
 2.96
 2.79
 2.86
 2.92
 2.89
 2.85
 2.90
 2.92
 2.83
 2.94
 2.86
 2.86
 2.88
 2.87
 2.89
 2.89
 2.89
 2.86


 2.83
 0.78
 0.93
 2.96
 2.85
 2.94
 2.80
 2.92
 2.91
 2.90
 
注)@産業連関表は昭和55年の72部門分類を使用A消費税の非課税品目については、金融・保険業、不動産業、保健・社会保障機関とした。B既存間接税については、物品税、砂糖消費税、木材引取税、入場税、トランプ類税、通行税、電気税・ガス税が吸収されるものとし、料理飲食等消費税、娯楽施設利用税、酒税、たばこ消費税については負担調整がおこなわれるものとした。


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