宗門改帳第1表 平均初婚年齢(数え歳)
| 国名 | 村名 | 男子 | 女子 |
| 陸奥 | 下油田 | 19.6 | 15.6 |
| 〃 | 下守谷 | 17.8 | 14.3 |
| 武蔵 | 甲山 | 25.5 | 18.3 |
| 美濃・尾張 | 43村 | 26.4 | 20.5 |
| 長門 | 紫福 | 28.5 | 22.7 |
第2表は、地域別に集計された平均子供数の値です。中部と西日本では、晩婚の西日本の方が出生率が低いという予想通りの関係が見られますが、より早婚の関東・東北で子供が少ないという、予想とは逆の結果がでています。別のデータからは、東北では結婚したあとの出生力が他の地域に比べてかなり低いということがわかっていますので、東北では低出生率のゆえに少しでも子供を増やそうとして結婚が早まったのではないか、という仮説を立てることができます。
第2表 TMFR(平均子供数)
| 地域 | TMFR |
| 関東・東北 | 4.27 |
| 中部日本 | 6.64 |
| 畿内・中国 | 6.16 |
| 全国平均 | 5.81 |
このような数字を積み上げて行くと、おぼろげではありますが、江戸時代の人びとのライフコースが浮かんできます。典型的な江戸時代の庶民は、10代前半から奉公などを経験して家を出て、女性であれば20歳前後で、男性は20代半ばから後半で結婚したと思われます(大きな地域差があったことは前述しました)。やがて、1組の夫婦から平均5〜6人の子供が生まれましたが、乳幼児死亡率が高かったため、成人できたのはそのうち半分に過ぎませんでした。しかし、成人した後の寿命は意外に長く、20歳の時点であと40年の余命、65歳という現代流には高齢者になる年齢でも、あと10年ほどの余命がありました。
もっとも、平均寿命に達する年齢と、末子が成人する年齢に大きな違いはありませんでしたから、母親にとっては子育てが人生のすべてであった可能性もあります。また、三世代同居の期間も思ったより短く、嫁姑の問題もそれほど深刻ではなかったのかも知れません。宗門改帳を読み解くと、このような江戸時代のライフコースが少しずつ浮かび上がってくるのです
古文書解読に挑戦
1995年から京都にある国際日本文化研究センターを中心に国内外の歴史人口学者が集まって、大規模な研究が始まりました。研究テーマは「ユーラシア社会の人口・家族史」という壮大なもので、宗門改帳と同じような個別記述型史料の国際比較研究が行われています。この過程で、宗門改帳が全国にどのくらい残存しているか調査が進んでいますが、予想をはるかに上まわる大量の史料が見つかり、うれしい悲鳴が上がるほどです。
今回のプロジェクトには、宗門改帳の解読に大勢のアマチュア研究者も参加しています。その一人、埼玉県に住むAさんは、会社の定年後、ふとしたきっかけで地元の博物館が主催する古文書講座に出席するようになりました。講義に出る傍ら、自分でも参考書を買いもとめて、今では古文書の解読が日課になりました。
古文書をはじめて2年目となり、研究者の指導のもとで京都のある町に残っている宗門改帳の解読作業に取りかかっています。Aさんは、暇つぶしのつもりではじめた古文書でしたが、いずれ自分でもテーマを決めて研究をしてみたいとさえ思うようになりました。
古文書から歴史を読む仕事は、今では専門家だけができるものではありません。皆さんの身近にある博物館や文書館には大量の史料が解読される日を待ちながら、眠っているのです。
<歴史人口学についてさらに、興味をもたれた方には、速水融『歴史人口学の世界』(岩波書店、1997年)、が最新の成果を紹介しています。また、古文書を勉強したいという方には、山本博文「くずし字史料の読み方」(『江戸時代を[探検]する』文藝春秋、1996年)、が簡潔な入門となっています。本稿は、「歴史人口学の世界〜古文書で読む江戸時代のライフコース〜」京都学園大学第35回公開講演会、1997年6月20日の内容をもとにしました。>
[はまの きよし 福澤研究センター客員所員・京都学園大学経済学部助教授 日本経済史・歴史人口学。1989年本塾大学大学院経済学研究科博士課程修了。主要著作―「徳川後期の農家経済と人口―武州新町村、1777〜1872年―」(『三田学会雑誌』第79巻3号 1988年8月)、「幕末における結婚と出生率決定メカニズム―長州藩一農村の人口プロファイル―」(『社会経済史学』第60巻5号、1995年1月)]