古文書で読む江戸時代のライフコース
――宗門改帳の世界――
浜野 潔

『三色旗』597号(1997)@慶應義塾大学通信教育部

はじめに
 文献史学は、過去に書かれた文字史料をもとに歴史を組み立てる研究です。そこに書かれたことがらは、誰かが意図的に記録した内容ですから、意図されなかった膨大なできごとは記録に残らない、という宿命にあります。また、その意図に何らかの作為があれば、記録自体が事実とことなることさえあるのです。しかし、逆に意図しなかったことが無意識に記録され、意外な事実を教えてくれる場合も少なからずあります。ここで紹介する「歴史人口学」は、まさにそのような研究といえます。
 歴史人口学は、フランスの著名な人口学者ルイ・アンリによって1950年代に提唱されました。彼は、フランスの人口停滞について手がかりを求めて時代を遡ってゆきましたが、前近代社会については直接的なデータを見つけることができず壁にあたってしまいました。そこで、アンリはキリスト教会に残された洗礼・結婚・埋葬の膨大な記録を使うことを思いつきました。このような記録は、宗教的意図により作られたものですが、これを人口学者に都合のよいように整理することにより、人口統計のない時代でも人口研究が行えることを示したのです。
 この研究は、すぐに世界中の歴史学者・人口学者に衝撃を与えました。日本でも、いち早くこの重要性に気づいた速水融氏(当時、慶應義塾大学助教授。現在、慶應義塾大学名誉教授・麗澤大学教授)は、「宗門改帳」という史料を使って、同じような研究をすぐに開始したのです。

宗門改帳とは
 宗門改帳とは「島原の乱」後、キリスト教を禁止し、全国民が仏教徒であることを村・町ごとに証明させた文書です。1638年には幕府直轄領で、1671年からは全国的に毎年作成が義務づけられました。典型的な宗門改帳は、家ごとに名前・年齢・続柄が書かれ旦那寺の印鑑が押されています(写真参照)。中には、持高・牛馬数や結婚・養子縁組・出稼などの移動情報が書かれたものもあり、江戸時代の人びとについて実に詳細な手がかりを与えてくれます。

宗門改帳

 このような宗門改帳は、通常2部作成され、一部は領主に提出し、控えが名主の元に残されました。しかし、大名文書の中に提出された宗門改帳が、幕末・維新期まできちんと残されている例は、諏訪藩の事例を除いてありません。そのため、実際に利用できる宗門改帳は、たまたま名主の元に残された控えということになります。
 宗門改帳はたとえ一冊でも、村の人口・年齢別、男女別構成・家族構造などさまざまなことを教えてくれます。一方、一冊だけでなく連年にわたって大量の宗門改帳が残されていれば、得られる情報は膨大なものになります。毎年の変化を追うことにより出生率・死亡率・結婚年齢などを知ることができますし、また、一人ずつの一生を追ってライフコースの変化に焦点をあてることも可能です。
 もっとも、このような復元作業は決して容易なものではありません。毎年の情報を家ごとにシートに書き写すという仕事を年数分繰り返してゆく必要があります。しかし、この作業を通して、当時の記録者自身も知り得なかったさまざまなできごとが目の前で明らかにされてゆく過程には、しばしば時を忘れて没頭してしまうほどです。

ライフコースの復元
 日本の歴史人口学も誕生後30年を経て、多くの個別事例が明らかになってきました。ここで、いくつかの統計データを示してみましょう。第1表は連年の宗門改帳などを集計して求めた江戸時代の平均初婚年齢です。この表を見ると同じ日本の中でも、きわめて大きな地域差のあったことがわかります。東北地方の農村では、女子は数え年15歳前後で、男子でも10代後半で結婚したのに対し、西日本の村では男女とも20代の、今とあまり変わらない年齢で結婚していました。均質化の進んだ現代から見れば、本当に同じ国のできごとなのか、という気がしてきます。では、なぜこのような違いが生じたのでしょうか。出産コントロールが行われる以前の社会では、結婚年齢は出生率を規定する重要なファクターでした。したがって、出生率にも大きな違いがあったのではないか、という予想ができます。

第1表 平均初婚年齢(数え歳)
     
国名 村名 男子 女子
陸奥 下油田 19.6 15.6
下守谷 17.8 14.3
武蔵 甲山 25.5 18.3
美濃・尾張 43村 26.4 20.5
長門 紫福 28.5 22.7
速水融・鬼頭宏「庶民の歴史民勢学」新保・斎藤編『近代成長の胎動』(1989)所収、表6−2(p.281)より作成。

 第2表は、地域別に集計された平均子供数の値です。中部と西日本では、晩婚の西日本の方が出生率が低いという予想通りの関係が見られますが、より早婚の関東・東北で子供が少ないという、予想とは逆の結果がでています。別のデータからは、東北では結婚したあとの出生力が他の地域に比べてかなり低いということがわかっていますので、東北では低出生率のゆえに少しでも子供を増やそうとして結婚が早まったのではないか、という仮説を立てることができます。

第2表 TMFR(平均子供数)
 
地域 TMFR
関東・東北 4.27
中部日本 6.64
畿内・中国 6.16
全国平均 5.81
友部謙一「近世日本農村のおける自然出生力推計の試み」『人口学研究』第14号(1991)、表1(p.38)より作成。

 このような数字を積み上げて行くと、おぼろげではありますが、江戸時代の人びとのライフコースが浮かんできます。典型的な江戸時代の庶民は、10代前半から奉公などを経験して家を出て、女性であれば20歳前後で、男性は20代半ばから後半で結婚したと思われます(大きな地域差があったことは前述しました)。やがて、1組の夫婦から平均5〜6人の子供が生まれましたが、乳幼児死亡率が高かったため、成人できたのはそのうち半分に過ぎませんでした。しかし、成人した後の寿命は意外に長く、20歳の時点であと40年の余命、65歳という現代流には高齢者になる年齢でも、あと10年ほどの余命がありました。
もっとも、平均寿命に達する年齢と、末子が成人する年齢に大きな違いはありませんでしたから、母親にとっては子育てが人生のすべてであった可能性もあります。また、三世代同居の期間も思ったより短く、嫁姑の問題もそれほど深刻ではなかったのかも知れません。宗門改帳を読み解くと、このような江戸時代のライフコースが少しずつ浮かび上がってくるのです

古文書解読に挑戦
 1995年から京都にある国際日本文化研究センターを中心に国内外の歴史人口学者が集まって、大規模な研究が始まりました。研究テーマは「ユーラシア社会の人口・家族史」という壮大なもので、宗門改帳と同じような個別記述型史料の国際比較研究が行われています。この過程で、宗門改帳が全国にどのくらい残存しているか調査が進んでいますが、予想をはるかに上まわる大量の史料が見つかり、うれしい悲鳴が上がるほどです。
今回のプロジェクトには、宗門改帳の解読に大勢のアマチュア研究者も参加しています。その一人、埼玉県に住むAさんは、会社の定年後、ふとしたきっかけで地元の博物館が主催する古文書講座に出席するようになりました。講義に出る傍ら、自分でも参考書を買いもとめて、今では古文書の解読が日課になりました。
 古文書をはじめて2年目となり、研究者の指導のもとで京都のある町に残っている宗門改帳の解読作業に取りかかっています。Aさんは、暇つぶしのつもりではじめた古文書でしたが、いずれ自分でもテーマを決めて研究をしてみたいとさえ思うようになりました。
古文書から歴史を読む仕事は、今では専門家だけができるものではありません。皆さんの身近にある博物館や文書館には大量の史料が解読される日を待ちながら、眠っているのです。

<歴史人口学についてさらに、興味をもたれた方には、速水融『歴史人口学の世界』(岩波書店、1997年)、が最新の成果を紹介しています。また、古文書を勉強したいという方には、山本博文「くずし字史料の読み方」(『江戸時代を[探検]する』文藝春秋、1996年)、が簡潔な入門となっています。本稿は、「歴史人口学の世界〜古文書で読む江戸時代のライフコース〜」京都学園大学第35回公開講演会、1997年6月20日の内容をもとにしました。>

[はまの きよし 福澤研究センター客員所員・京都学園大学経済学部助教授 日本経済史・歴史人口学。1989年本塾大学大学院経済学研究科博士課程修了。主要著作―「徳川後期の農家経済と人口―武州新町村、1777〜1872年―」(『三田学会雑誌』第79巻3号 1988年8月)、「幕末における結婚と出生率決定メカニズム―長州藩一農村の人口プロファイル―」(『社会経済史学』第60巻5号、1995年1月)]