認知言語学におけるイメージ・スキーマの先行研究

 

                         鍋島弘治朗(naby@muf.biglobe.ne.jp

 

関西大学

 

 本小稿では、認知言語学におけるイメージ・スキーマの先行研究をまとめ、イメージ・スキーマが一般に考えられる単なる図像ではなく、複数の感覚次元にまたがるマルチモーダル(multi-modal)なものであることを主張する。以下に、Johnson (1987), Lakoff (1987), Turner (1991), Clauser and Croft (1999) からイメージ・スキーマに関してまとめる。

 

Johnson1987)におけるイメージ・スキーマ 

Johnson (1987p19-)には、イメージ・スキーマに関して以下のような記述がある。

 

(i) The experience of containment typically involves protection from or resistance to, external forces.

(ii) Containment also limits and restricts forces within the container.

(iii) Because of this restraint of forces, the contained object gets a relative fixity of location.

(iv) This relative fixing of location within the container means that the contained object becomes either accessible or inaccessible to the view of some observer.

(v) Finally, we experience transitivity of containment. If B is in A, then what ever is in B is also in A.

 

この概略を以下に記す。

 

(i) 容器は外部からの力を遮断または和らげる。

(ii) 容器は内部からの力が外部に出ることを妨げる。

(iii) 容器の中のものは比較的位置が変わらない。

(iv) 容器の中のものは内部の人には見やすく、外部の人には見にくい。

(v) 容器には推移性が働く(例えば、鞄の中にある財布の中の硬貨は必ず鞄の中にある)。

 

すなわち、容器のイメージ・スキーマには少なくとも(i)(ii) に表される力関係(圧覚)と(iv)に表されるような視覚が関わる。

このほか、イメージ・スキーマのマルチモーダル性に関して、Johnson (1987)では、主体とイメージ・スキーマの関わり方の多様性を(1)のように述べている。

 

1I believe that our sense of our orientation is most intimately tied to our experience of our own bodily orientation. Our body can be the trajector, as in “Paul walked out of the tunnel,” or it can be the landmark, as in “She shoveled the potatoes into her mouth.

 

これは、例えば日本語の例を挙げれば(2)のようになると思われる。[1]

 

2a. 私は部屋の中に入った

   b. 私はチキンを丸ごとお腹の中に収めた。

 

Johnson (1987) では、網羅的でないイメージ・スキーマのリストとして、以下を挙げている。なお、イメージ・スキーマの種類と分類に関しては、Clausner & Croft の項でさらに掘り下げる。

 

container / balance / compulsion / blockage / counterforce / restraint removal / enablement / attraction / mass-count / path / link / center-periphery / cycle / near-far / scale / part-whole / merging / splitting / full-empty / matching / superimposition / ITERATION / CONTACT / PROCESS / SURFACE / OBJECT / COLLECTION

 

Lakoff1987)におけるイメージ・スキーマ

Lakoff (1987) では、以下に挙げる通り、イメージという用語が視覚のみを意味しないことが述べられている。

 

The term image is not intended here to be limited to visual images. We also have auditory images, olfactory images, and images of how forces act upon us. (Lakoff, 1987: 444)

 

Mental imagery, as we pointed out above, is not merely visual. (ibid. 445)

 

また、ここでは、メンタル・イメージが身体運動的であるという研究の複数を挙げ、メンタル・イメージが身体運動的であるなら、そのスキーマであるイメージ・スキーマが身体運動的であっても不思議はないと論じている。さらに、272ページからは CONTAINER, PART-WHOLE, LINK, CONTER-PERIPHERY, SOURCE-PATH-GOALのスキーマそれぞれに特有の基本ロジックが存在することを論じている。

 

Turner1991)におけるイメージ・スキーマ

 Turner (1991) では、例えば、the scent of pineにもイメージ・スキーマがあるとすると考えていると思わせる言及がある。このようにすべての感覚にそれぞれにスキーマとしてのイメージ・スキーマがあるとする立場を便宜的に「広義のイメージ・スキーマ」と呼び、繰り返し起こり重要度が高いと思われるイメージのスキーマだけをイメージ・スキーマと呼ぶJohnson1987)に記されるような立場を「狭義のイメージ・スキーマ」と呼ぶことにする。

 Turnerは基本的に広義のイメージ・スキーマの立場を取っていると思われるが、以下の部分は主に狭義のイメージ・スキーマを想定した内容と考えられる。

 

3)イメージ・スキーマの諸相 (Turner, 1991 p. 176-177:数字は筆者)

(iAbsolute size is unimportant for image-schemas.(大きさは関係ない)

(ii) Movements count.(イメージ・スキーマは静止したものだけではない)

(iii) Number of entities counts.(参与者が1つなのか、2つなのか、・・・・多数なのか)

(iv) Interiors, exteriors, centers, and boundaries count. (内部,外部,中心,境界線は重要である)

(v) Connectedness of the image counts, as does continuity. Degree of curvature counts, but only in rough fashion. (イメージのつながり、連続性は重要である。ある程度曲がり方も関わる)

(vi) Various image-schematic relations (reflexivity, symmetry, and transitivity) count. (反射性、対称性、推移性などは重要である)

(vii) Certain order relations count. (ある種の順序は重要である)。

 

Turner (1991) は主にイメージ・スキーマのトポロジー的性質を記述したものと言える。

 

Clausner and Croft1999)におけるイメージ・スキーマ

Clausner and Croft (1999) では、Johnson (1987) のイメージ・スキーマのリストを改編して、次のようなリストと分類を挙げている。

 

SPACE                         UP-DOWN, FRONT-BACK, LEFT RIGHT, NEAR-FAR, CENTER-PERIPHERY, CONTACT

SCALE                        PATH

CONTAINER              CONTAINMENT, IN-OUT, SURFACE, FULL-EMPTY, CONTENT

FORCE                        BALANCE, COUNGTERFORCE, COMPULSION, RESTRAINT, ENABLOEMENT, BLOCKAGE, DIVERSION, ATTRACTION

UNITY/ MULTIPLICITY MERGING, COLLECTION, SPLITTING, ITERATION, PART-WHOLE, MASS-COUNT, LINK

IDENTITY                  MATCHING SUPERIMPOSITION

EXISTENCE               REMOVAL, BOUNDED SPACE, CYCLE, OBJECT, PROCESS

 

Clausner and Croft (1999)のリストはイメージ・スキーマの分類を非常に合理的に行ったものと考えることができる。但し、EXISTANCEの類に挙げられているREMOVALは本来のJohnson (1987)の記述ではRESTRAINT REMOVALで一句になっていることからEXISTENCE から外すべきであろう。また、PATH SCALEの一種という上位下位関係にも再考が必要かも知れない。しかし、現在あるイメージ・スキーマの分類としては最も合理的なものと考えられる。

 

まとめ

本稿では、Johnson (1987), Lakoff (1987), Turner (1991), Clausner and Croft (1999) から、認知言語学におけるイメージ・スキーマについて検討を行った。Johnson (1987) では、<容器のスキーマ>が取り上げられ、少なくとも視覚と圧覚が関わっているマルチモーダル(多感覚次元的)な性格を有していることを確認した。さらに、主体がイメージ・スキーマのLM もしくはTRとなる、「主体化されたイメージ・スキーマ」が最初に言及されていることを観察した。

Lakoff (1987)では、imageという用語が視覚のみならず複数の感覚を含むものとして使用されていること、イメージ・スキーマという用語はイメージのスキーマとして身体運動的である方向性が想定されていることを確認した。

Turner (1991) では、大きさが関わらないこと、参与者の数が関係すること、内部/外部が関連することなど、主にイメージ・スキーマのトポロジー的性質を考察した。加えて、イメージ・スキーマを取り扱う際に「狭義のイメージ・スキーマ」と「広義のイメージ・スキーマ」を区分した。

最後にClausner and Croft (1999) では、Johnson (1987)を主要なイメージ・スキーマにまとめた分類を観察した。この分類が現在のイメージ・スキーマの理解として最も進んだものではないか。

 認知言語学においてイメージ・スキーマは、メタファー研究、多義研究において重要な概念として利用されておりながら、その心理的実在性の検証はなおざりにされてきた感がある。本小稿および関連する研究を通じて、イメージ・スキーマの実在性、および他分野における概念との関連性が解明されていくことが望まれる。

 

 

主要参考文献

 

Clausner, Timothy and William Croft. 1999. Domains and image schemas. Cognitive Linguistics 10-1, pp. 1-31.

Johnson, Mark. 1987. The body in the mind: The bodily basis of meaning, imagination, and reason. Chicago: University of Chicago Press.

Lakoff, George.  1987. Women, fire, and dangerous things. Chicago: The University of Chicago Press. (池上嘉彦、河上誓作他訳 『認知意味論ー言語から見た人間の心』, 紀伊国屋書店, 1993

鍋島弘治朗 2003. メタファーと意味の構造性. 『認知言語学論考 No. 2. ひつじ書房.

Turner, Mark. 1991. Reading minds: The study of English in the age of cognitive science. Princeton: Princeton University Press.

 



[1] イメージ・スキーマの主体化の詳細に関しては、鍋島(2003)を参照。