トピック:知的でダイナミックな視知覚


  われわれは視知覚を頭の中に絵を形成するという比喩でとらえがちである。しかし、環境への適応のために進化した動物の視知覚においては、運動する対象を移動しながら知覚するという事態が基本的であり、頭の中に絵を形成するというような静的なものとしてではなく、行動との関連でダイナミックに情報抽出がなされているととらえたほうがよい。ここでは、人間の視覚系にそなわっているダイナミックである種知的な情報抽出の例をみてみよう。


1. 対象の運動の知覚的分析

A.運動の成分への分解:サイロイド=回転運動+直進運動への分解

B.光点群の運動からのバイオロジカルモーションの抽出:光点群の配置の関係の変化からかなり微妙な運動まで読みとることができる。

C.運動奥行き効果(Kinetic Depth Effect):二次元平面に投影された影からは、もとの三次元立体の形はわからない。しかし、三次元立体を回転させ、二次元平面に投影された影が動き始めると、われわれはそこから三次元立体の形をはっきりと知覚できるようになる。これは数学的にいうと逆射影変換である。眼は頭より賢い?

D.回転するエイムズの窓:回転する三次元立体の二次元平面への投影では、「奥行き方向の知覚の逆転+回転方向の知覚の逆転」(右回転で奥の投影像が画面上左に移動しているのか?、左回転で手前の投影像が画面上左に移動しているのか?)が生ずることがある。台形のエイムズの窓では、この回転方向の反転知覚+奥行きの反転知覚が、長い方の台形の窓枠が奥にいくたびに生ずる。結果として、回転運動が反転運動にみえてしまう。台形の窓でない鉛筆などを窓にさすと正しく回転運動に知覚され、反転運動をする窓を鉛筆がすり抜けるという奇妙な知覚が生ずる。

http://ipr.hijiyama-u.ac.jp/~hyoshida/studies/


2.観察者の移動と奥行き知覚

A.奥行き手がかり

○平面的絵画でもちいられる奥行き手がかり:相対的大きさ、対象の重なり、陰影、画面の中の上下の位置、きめの勾配、大気遠近法、線遠近法

・陰影による奥行き形状の知覚

・Hollow face 錯視:陰影手がかりよりも知識が優位になる。(分裂病者はHollow face を正しく知覚する。)

・サッチャーの錯視、漱石の錯視:顔の知覚においては視点よらない対象認知ではなく表面的な画像情報が重要らしい

 ○平面的絵画ではもちいられない奥行き手がかり:運動視差、両眼視差、焦点調節

B.種々の幾何学的遠近法(相対的大きさ、きめの勾配、線遠近法が関連)

 @順遠近法  遠くの対象を小さく描く通常の遠近法(消失点が設定されると線遠近法になる)

 A等遠近法  遠近にかかわらずおなじ大きさの対象は同じ大きさに描く(児童画、素朴絵画など)

 B逆遠近法(Inverse Perspective) 遠くの対象を大きく描く表現(重要対象、内側の視点など)

 C反転遠近法(Reverse Perspective) ダイナミックな奥行きの逆転知覚と変形

C.絵画知覚における視点と移動の問題

 ○古地図、児童画、素朴絵画、現代画における多視点表現

 ○Reverse Perspectiveにおける反転遠近感は、(遠近法的な奥行き感と実際の対象の奥行きの矛盾)×(運動視差)によって生ずる。平面の絵画でも、遠近法的な奥行き感と実際に平面の画面に は矛盾があり、観察者の移動による運動視差が加わると、絵が観察者を追従している錯覚が生ずる。 左右反転眼鏡により観察者の移動にともなう運動視差が反転すると、反転遠近感は消失する。

ソルソ 「脳は絵をどのように理解するか」  新曜社

N.D. Cook, T. Hayashi, T. Amemiya, K. Suzuki and L. Leumann, Effects of visual-field inversions on  the  reverse-perspective illusion, Perception 31(9), 1147-1151, 2002 

http://www.res.kutc.kansai-u.ac.jp/~cook/Jindex.html


3.視知覚と身体感覚

 百聞は一見にしかずといわれるが、人間にとって視覚の重要性は大きい。視覚は運動感覚、身体感覚の変化を誘導する。視覚と身体感覚、聴覚などの情報が矛盾した場合、視覚が優位になり他の感覚が修正をうけることが多い。

A.視覚的に誘導される自己運動の錯覚

・観察者の移動にともない視野の流れが生ずる。これをOptical Flowという。観察者はOptical Flowから観察者の移動方向や面までの距離などの情報を抽出していることが知られている。

・静止している観察者にOptical Flowを提示すると自己運動の錯覚が生ずる(Optical Flowが視野の周辺にま広がっていると効果は強くなる)。これをVection(視覚誘導性自己運動の錯覚)という。ビックリハウスなどはVectionの例である。

B.視覚情報と身体感覚、聴覚情報の矛盾

・プリズムなどで、視野を左右にずらしたり、拡大縮小すると、視覚的な身体情報と身体感覚の間に矛盾が生ずる。この矛盾は通常は、身体感覚が視覚に応じて変化することで解消される。これをVisual Caaptureという。

・腹話術のように、聴覚的な音源の位置と、視覚的な音源の手がかりが矛盾すると、音源定位は視覚情報にしたがっておこなわれる。

・発音と口の形についても、発音の聴取が口の形の知覚の影響をうけることが知られている。これをマガーク効果という。

C.逆転眼鏡

 プリズムを使って、視野の左右、上下、及びその両方等を逆転させる眼鏡があります。1896年にStrattonが自らにこの「逆転眼鏡」をかけて、何が起こるかを報告して以来、人間の視覚のメカニズムや脳の可塑性を研究する方法として綿々と研究が行われてきました。吉村浩一著 「3つの逆さめがね」(ナカニシヤ出版、1997年)は、著者自身が自ら逆転眼鏡をかけた研究結果を報告しています。 報告は多岐にわたり、その詳細を御紹介することはできませんが、「逆転眼鏡」をかけ続け、脳がそれに慣れてくると、次のような奇妙な内的感覚が生じます。(左右逆転眼鏡をかけて)客観的右方向へ頭を向ける。そうすると、右手の映像が見えてくる。その時、右手像は視野の左端から入ってくる。このことに違和感はない。その状態で目を閉じても、右手像のイメージはそのまま視野の「左」位置にある。(前掲書より)逆転眼鏡においては、逆転した視野を基準としての視覚イメージが新たな基準となり、それに合わせて自分の身体のイメージや、周囲の空間のイメージが修正されていくようです。ですから、左右逆転眼鏡の場合、目を閉じると、右手が(客観的には右側にあるのに)左側にあるようにイメージされるわけです。逆転眼鏡の実験は、人間の空間イメージ、身体イメージのメカニズムについて様々な情報を与えてくれます。また、逆転眼鏡をかけた人が、数日ほどで次第にその新しい視覚体験に慣れて言ってしまうことは、私たちの脳の高い可塑性を表しています。一体、逆転眼鏡をかけた世界がどのようなものなのか、体験してみたいところですが、この実験は、(特に逆転眼鏡をかけた直後、脳の回路が「つなぎ変わる」過程で)かなり強い吐き気を伴うということで、一般の人が気軽にやることはお勧めできません(笑)。

(http://www.qualia-manifesto.com/news.htmlより)

太城 2000「逆さメガネの心理学」KAWADE夢新書

雨宮1983「回転視野への順応」基礎心理学研究、 2(2), 27-38.

http://homepage3.nifty.com/sakasama/